原作との乖離が進んでいるので簡単な強さ比較表
シン▶メンタル的に安定しており原作DESTINY以上の強さ。ミーアと出会っているためデスティニープランには懐疑的、というか否定的。
レイ▶原作に比して戦闘経験が少ない。囲いにいく予定だったアトラが自分以上に極まった思想の持ち主だと判った為、精神面でも相対的に隙が生じている。
アトラ▶原則としてシンと同等程度。だが覚悟が極まっているので原作シンよりは強い。ただし、搭乗機であるデスティニーとの相性は別に良くない。
レイ・ザ・バレルは〝メンデル〟で生まれた──いや、『造られた』というべきか──少年だった。
かつてユーレン・ヒビキが弄んだクローニング技術──それによってアル・ダ・フラガの
──生まれ持って定められたテロメアの分しか生きられず、破滅を宿命づけられたラウ・ル・クルーゼ。
そんな男と同一の遺伝子を持って生まれたレイは──おそらくは──ただ、『できるから』という理由で製造された。このような存在を望んだ有力者が、何を目的とし、何を求めていたのかは定かではない。だが、技術や資金を弄ぶ科学者と資産家らの戯れとして、彼らなりの十分な理由があったのだろう。
(人より早く老化し、そう遠くなく死に至るこの身が、科学の進歩の素晴らしい結果とも思えないが……)
哀れな同族に対する同情だったのか? ラウはまだ幼少だったレイを研修室から連れ出し、後のことをデュランダルに託し、戦乱に身を投じ散った。
それからというもの、レイの世界は、身元引受け人となったデュランダルに彩られた。彼にとって、デュランダルの提唱する世界と理想こそが全てになっていったのだ。
『ラウは、もう居ないんだ。──だが、君もラウだ』
ラウの所在をデュランダルにそう云われたとき──
その言葉の意味を、しかし自分は、正しく認識していなかったのだろう。
『この意味が分かるだろう?』
けれども〝レジェンド〟を──どう見ても〝プロヴィデンス〟の幻影を背負った禍々しい機体を託された時、レイはやっと、その意味を真に理解したように思う。
(ギルは、俺にラウを見ていた)
必然だった。所詮は遺伝子を信奉するデュランダルにとって、ラウと同じ遺伝子で構築されたレイは、ラウと同一の存在。それ以上でも以下でもなく、当然、それ以外に成ってもいけない。
故に〝レジェンド〟に乗り込んで、文字どおり、あの男が残した『伝説』の再演をしなければならない──
(──そうか、俺はラウなのか)
アトラの覚悟をすぐ脇で耳にしたとき、はっきり云って、レイが憶えたのは期待以上の感慨。
──強いて云うなら、それは恐怖だった。
ルナマリアやメイリン、同期の多くがアトラのことを〝怖い〟と漏らしていた理由が、驚くべきことに、そのときレイにも理解出来てしまった。
──もともと、アカデミー時代からアトラには目をつけていた。
今後の世界設計において、ギルにとって必要不可欠な〝駒〟──レイはアトラという人間の戦術的価値を推し量り、その重要性に着目し、それを指示したギルにも密告してきた。アトラをザフトに取り込むためならば、レイ自身もどんな策でも弄するつもりだった。孤立した彼女の友誼につけ込むことでも、アグネスという判りやすいライバルから彼女を庇ってやることでも──
──しかし、そんな小手先の小細工では無かったのだ。
アトラに対して最も有効な手段なら、目の前でギルが実践してくれた。彼女の最も恐ろしい所は、理屈が合えば納得してしまう点にある。常軌を逸した──彼女の器を越え得る程の──覚悟を示せば、そちらに容易に屈服し、恭順してしまうことだった。
そこに、人間的な感情の揺らぎは無い。
ほとんど機械的で──その探究者的な敬虔さと善悪への無頓着さは、たった今、己の運命を聞かされて動揺を示した自分以上に冷酷であった。
────何が云いたいのかと云うと、結局のところ、レイもアトラを見誤っていたのだろう。
想像もしていなかった論戦の末、結果的に、ギルはみずからの手でアトラを手中に収めた。今後のアトラはどこまでも『戦士』であり、
──ならば、自分も……。
レイ自身、まさかアトラの後追いをするとは想像もしていなかった。だが、今ここで、自分も覚悟を決めなければならない。
──この〝レジェンド〟に乗るためには……。
やはり自分も覚悟を決め、ギルバートが求める『戦士』となるしか道は無いのだ。
──初めから、求められた『役割』の通りに。
レイ・ザ・バレルという人間を支配している、その遺伝子に従うままに……。
誰も使わないであろう宿舎屋外に備えられた非常階段の下──
思わぬ再会を果たし、シンはぎょっとしていた。
「ミーア、なんでここに──」
「しっ!」
驚きに声を上げるシンであったが、その先は咄嗟に距離を詰めてきた人差し指に塞がれる。
それから、十秒ほどの静止。
何事かと伺えば、基地内部の方では何やら騒ぎが巻き起こっていた。聞けば「ラクス様が居なくなられた!」だとか結構な騒ぎであり、その騒乱の元凶であろう人物を目の前に認め、シンは相手の指を越えて口を開いた。
「また脱走でも企ててたのかよ!?」
「だから、しーっ!」
──そうは云うが、これは前回とまるで同じ流れじゃないか。
詰るシンに対し、ミーアは、べっ、と舌を出してはぐらかす。そしてその対応もシンは知っていた。どうせ『マネージャーのスケジュール管理が厳しすぎる』だとか云い出すときの顔なのだ。
「懲りないやつだな」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
ミーアの方も詰められてばかりいる訳ではない。
「シンの方こそ、こんな所で何やってるの?」
「うぐッ」
飛んできた口撃の矢に、シンが怯む。
手頃なベンチを発見した感覚だろう、ミーアは非常階段の方に身を回すと、胸元からハンカチを取り出して置き、その上にちょこんと座った。一方シンは所在なさげにその場に立ったまま。
互いに向かい合うような形で目の高さが合うが、ばつが悪そうなシンの反応を、少女は真っ向から捉えて楽しんでいるようだった。
「あたし言わなかったカナー? 今のザフトは、きみが来ていいところじゃないってー。えー、忠告してあげたのにぜんぶ無視ですかー? さすがに傷つくナー」
「い、いやっ……。それは……」
「まー分からなくもないんだけどね。今は連合もごちゃ混ぜになって、スパイが紛れ込むには絶好の状況ってカンジですもの」
云われ、シンも救われた思いになる。
──そうなのだ。
こうしてシンがふたたびザフトに潜入した理由。それはひとえに世界情勢の目まぐるしい変化にあり、やはりザフトの今後の動向を探るためなのだ。
しかし、ミーアはどこかうきうきした様子で続けている。
「どっかのおマヌケ少年兵さんも、性懲りも無く私のところに現れてくれるんじゃないかって、心のどこかでは思ってたのよねー」
「……え? それって俺に会うのを楽しみにしてくれてたってこと?」
「シンって時折おバカよね。そーゆーことわざわざ口に出して確かめ直しちゃいけないのよ」
女心が分かっていないと暗に指摘されるが、シンからすれば無茶苦茶な言い分である。
──察しろというのか? 俺なんて、ろくに女のコと付き合ったこともないのに?
悔しそうに、シンは告げる。
「な、なんだよっ。俺の方は〝
しゅんとして口にした本音の言葉は正解だったのか、不正解だったのか。言葉として届けた瞬間、ミーアはなぜか体ごと捻るようにぎゅんと後ろを向いてしまった。
大きく肩が震えている。その表情までは読み取れないが、非常階段と睨めっこをするのがそんなに楽しいのか。
それからミーアが次のアクションを起こすまで、たっぷり一分ほど近く必要になってしまった。
「だから、そーゆーことを口に出しちゃうところが……っ」
ミーアの独り言は、シンには聞こえなかったらしい。首を傾げているが、向き直ったミーアの頬はなぜか赤みを帯びていた。こほん、と咳払いをしたところで、シンが怪訝そうに尋ねてくる。
「……なんだよ?」
「なんかね、親戚の家で飼ってた犬を思い出した」
「今の会話のどこに犬が出る要素があるんだよ!」
「ごめんごめん。ハイハイ、よしよーし」
「犬扱いするな!」
頭を撫でるというより、髪をくしゃくしゃっとされたのでシンは反発して吠えていた。
そんなとき──
「ラクス様」
「ひやあああっ!?」
悲鳴を上げたミーアであるが、いつの間に接近を許していたというか? そのときすぐ傍らに、赤服の青年が立ち寄っていた。
シンもまたびっくりする。まるで気配を感じなかったからだが、目を向けた先に金髪の美丈夫──レイの姿がある。彼は慇懃な口調で口を開いた。
「あまり、おひとりで軽率に基地内をウロウロされないで下さい。探しましたよ」
どうやら、捜索隊の一人としてレイはこの場に現れたらしい。彼はデュランダルの側近にも近しい存在であるから、ミーアも以前紹介されたことがあり、面識自体はあったのだ。
「び、びっくりした……っ!」
ほっと胸を撫で下ろすミーアであったが、総合的に見て〝まずい〟状況に置かれたのは確かだ。脱走を咎められただけならまだしも、この場にはシンという、異邦からの諜報員も居合わせているのだ。
案の定というべきなのか。査問するようなレイの目は次に、随伴していたシンに向けられた。彼は口を添える。
「それに、あまり感心も出来ませんね。
「エッ!? 婚約!? ──ウブッ!?」
「ア、アハハ! 違うのよ! これはえーっと、そーゆうんじゃなくてっ!」
そう云えば『ラクス・クライン』には
思いもしなかった「婚約」という単語に驚嘆の反応を示したシンの口をガッと塞ぐミーア。その目は完璧に泳いでいたが、取ってつけたように弁明した。
「──親戚! そう! 親戚なのよ、私達!」
「……親戚?」
「そ、そう! この子がジブラルタル勤務なのは知ってたから、密かに抜け出して様子を見に来ただけなの! だから、これはゴシップでも何でもないのよ!」
ぐいっと身を引っ張られて、さらに頭をぐしゃぐしゃとされるシン。だが、この時ばかりは彼もされるがままだった。
レイは査定するような目でシンを見たが、幸いなことに、すぐに疑念を払ったように応じてくれた。
「──そうでしたか、それは大変失礼いたしました。ラクス様がそう仰られるのであれば」
ついで、レイは手を差し出す。
それを見たシンは、咄嗟にミーアに首を抱きかかえられたような柔らかな感触から強引に抜け出す。
身なりを整えつつ、握手に応じた。
「〝ミネルバ〟所属のレイ・ザ・バレルだ。邪推して済まなかった」
「い、いや、こちらこそ! ──あっ俺、シンっていうんだ」
取り繕ったように、シンは差し出された手を握り返す。
ファミリーネームまで云わなかったのは余計なボロを出さないようにするためであったが、結果として、それは大正解だった。もっとも、このときのシンには知る由もなかったが。
〈ハロ! ハロ! エクスキューズ・ミー?〉
そんなとき、間の抜けた機械音と共に、赤い球体ロボット──ハロが転がり込んできた。
「ハロ!」
それはミーアの所有物であるが、そのハロのアイカメラは、まさかとは思うが不審がるようにシンの顔を正面から捉えていた。
〈フー・アー・ユー? フー・アー・ユー?〉
「……なんなんだ、これ?」
「気にしなくていいのよ。ちょっと訛りの強いコなの」
真正面から眇められたシンは不審がるが、いつもの調子だ、とミーアは何の気なく答えていた。
基地宿舎内のVIPルームに、デュランダルは足を移していた。格納庫での会談の後、アトラは宿舎に戻ったという話だし、レイの方にはラクス──ミーアの捜索という任を受け持って貰った。
ふいに、外からノックの音がして、案内する。
サングラスを掛けた怜悧な印象の女性。名をサラといい、ラクスの付き人を命じた
「議長」
「やあ、サラ」
デュランダルは、気さくにも思える笑みをサラに向ける。
「お勤めご苦労だね。それで、何か進展はあったかね?」
デュランダルも困ったものだった。
ミーアがまたしてもマネージャーらの目を掻い潜って行方を眩ましたという報告は、すでに彼の許にも届けられていた。
サラは何という気もなく、冷淡な口調で告げた。
「その件ですが──たった今、ハロから送られてきた映像と音声データです」
────デュランダルがミーアに『ラクス・クラインの代役』を任せて以来、その偽装工作の一環として制作されたのが、件の赤いハロである。やや濃いめのカラーリングと欧米がかった口調を除いて、それはオリジナルのハロをそっくり真似て開発されたもの。だがミーアのそれには、ひとつだけ彼らの意図する『新機能』が追加されていた。
すなわち、監視対象である、ミーアの盗撮と盗聴──
デュランダルやサラの預かり知らぬところで、ミーアが
使う瞬間が来なければ良かった、しかしながら、とうとう役立つ瞬間が来てしまった。サラは務めて冷酷な口調で告げる。
「こちらで調べたところ、彼女は声紋照合にも、顔貌照合にも合致しないザフト兵と接触しているようです」
「そうか」
前へ進み出て、テーブルの上に数枚の写真を並べるサラ。荒い画質のせいか一目での判別は困難だが、ミーアは現在、緑服のザフト兵とレイと共に居る。
緑服を着用しているのは、きかん気そうな顔つきの黒髪の少年。しかし、軍のデータベースにはいずれもヒットしない人物だという。
「やれやれ、困ったものだな。今は連合も参入し、ただでさえゴタついているというのに」
「──『ラクス様』に親しげに近付く輩など、良からぬ虫に違いありませんわ。
妄信的な執着を言葉に紛れさせながら、サラは物騒にも腰にしていた拳銃に手を伸ばしている。
デュランダルはしばし思考の後、胡乱げな手つきで、卓上に並べられた写真を手に取って見る。
「────ほう」
その瞬間、デュランダルの目の色が変わった。
「この少年に見憶えが?」
「いや初対面だ。だが、データは
珍しい反応から訊ねたサラであったが、デュランダルは意味深に答え、そうしてソファから立ち上がり、云った。
「────私が行こう」
思わぬ来賓だった。
私が直接言葉を交わすべきだろうと、デュランダルは心からそう思う。
そのままサラを付き従え、関係各所にいくつかの指示を飛ばしたあと、デュランダルは部屋を後にした。
レイ・ザ・バレルが〝レジェンド〟と呼ばれる最新鋭機のパイロットに選ばれたトップエリートであることは、すでにシンも知っていた。だが、握手と共に自己紹介を行ったあと、話してみれば意外と人の良い青年であることが分かったのは、シンにとっては大きな発見だった。
ああ勿論、彼が必要以上を口にしない寡黙な人物なのだな、という印象に違いはなかったが、それでも雑談の延長として訊ねたことには答えてくれたし、格納庫で盗み見ていた時の幽霊じみた──まるで感情のない人間なのではないかという──冷血漢的な印象が拭われたことは確かだ。
設置された通信機を手に、義務としてミーアの発見報告を行ったレイは、関係部署から新たに指示を受け取ったのだろう。ミーアを連れてふたたび格納庫に戻ってくるよう指示を受けていた。
「君も来てくれるな、シン?」
「エッ!?」
だが、その一言にばかりは追い詰められた表情になった。
ミーアの機転で、なんとか状況を乗り切ったと思っていた。だが所詮、いつバレるとも知れない簡単な嘘だ。これ以上、他の誰かに詮索されるのは非常にまずい事態である。
しかし、だからと云って断る口実も思い浮かばず、シンは大人しく、今は従って先導するレイの後をついて歩いていた。
「シン……その、ごめんなさい。こんな
責任を感じているのか、いつもの明朗さはなりを潜め、ミーアはおずおずとシンに耳打ちしてくる。だがシンは云った。
「いや、いいよ。それより、さっきは咄嗟に庇ってくれて、ありがと」
ミーアが責任を感じるところではない。
結局のところ、これまでも、これからも、シンの詰めの甘さが招いたことなのだ。少なくとも、彼は心からそう思っている。
(さて、これからどうするか……)
今後の切り返し方を考えるシン。少なくとも、ミーアは自分の味方で居てくれるらしい。彼女の立場からすれば自分は敵国の使者であることに間違いはないだろうに、こうまで心を砕いてくれる──それは非常に有難いことだ。
そんな思考の延長で、ふと、思い出したことがあった。
「あっ、それより……婚約してたんだな、あんた」
ついさっき、レイが云っていた話だ。シンはあまり言い慣れていないが、素直に祝福の言葉を口にする。
「オメデト」
が、彼なりに気を利かせてやったというのに、ミーアから返ってきたのは烈火のごとき抗議だった。
「や、やーねっ! そんなの『お役目』の中の話でしょ! 本気にしたの!?」
「えッ、そうなの?」
「ラクス様には、そーいう相手が居るってだけよ! あたしの話じゃないし──もうホント、おバカなんだから……」
「おまえなっ! さっきから聞いてれば、人のことバカ、バカって!」
「おバカなんだからしょーがないじゃない! このおバカ! 子ども! ガキ!」
「なんだと!?」
「──本当に、仲がよろしいんですね」
最後にレイが振り返って云ってくる。
家族を知らないレイにとって、その距離の近さが親戚というものなのだろうかと、彼は珍しいものでも見るような目をしていた。
が、シンとミーアにも言い分がある。
「どこがっ!」
互いにふんと顔を背ける。
しばしの沈黙のあと、しかし、先にからかうように声を発したのはミーアだった。
「え、でもなになに? あたしに『婚約者がいる』って知って、もしかしてヤキモチ焼いちゃった?」
「焼くか! どうせ政略結婚なんて、ろくでもない男と鉢合わせられるのがオチなんだろ?」
「フフフ、それがねえ! ザフトの『伝説』のトップエリートなの! あたしもまだ会ったことないんだけど──アスラン・ザラ! 写真だけ見せて貰ったことあるけど、これがもー、スゴいイケメンでカッコイイ人!」
「…………」
シンはますます仏頂面になった。
「ほらぁ! やっぱりヤキモチ焼いてる! シンってばわかりやす~い」
「うるさいな! もう黙れよ!」
「黙りませーん」
やいのやいのしてる二人であったが、レイの案内する先、格納庫はもうすぐだった。
キサカは軍港にて、シンからの報告と連絡を待っていた。残念ながら、キサカの方は偵察として〝外れ〟であり──しかしながら、シンの方はどうだろうか。何か収穫はあっただろうか。
さっきから秘匿回線で呼び掛けを続けているが、応答はない。ぎゅっと受話器を握りしめたその太い腕に力が籠る。
「シン、いったい何をしている……」
──嫌な予感がする。
こういうとき、生粋の軍人として彼の勘は当たって来たものだった。そして、そういうときこそ焦りは禁物だった。吉祥が凶と出ている今──さて、どう動くのが正解か。
「……待つか」
依然として動きがない限り、彼に出来ることというのは、他にないのだから。
案内された三番ドッグ。そこは流石に〝デスティニー〟や〝レジェンド〟ではないものの、いずれも最新鋭機に相当する〝グフ〟が収容された場所だった。
そんな所に案内されたシンであったが、そんな彼は会場一面を閃かせるほどの強烈なライトによって報われた。
大掛かりなスポットライトが瞬時に点灯し、激しい逆光が、シンの目を奪う。視界が奪われた一瞬の隙を突くように、傍らのミーアの悲鳴が聞こえた。
「きゃ──っ!?」
「な、なんだ!?」
対応が遅れた! それでも、即座に視覚が回復するのはコーディネイターならではである。
だがシンの視界に次に入ったのは、防弾加工のベストに身を包む保安要員の群れ。それらに取り囲まれ、ほとんど拉致されるように保護されたミーアの姿だった。
その物騒な兵団の中から割れるように道が開かれる。長身の男が泰然と歩み出て、シンは息を飲んだ。
黒い長髪、切れ長の瞳──映像の中で何度も見た、その男こそがギルバート・デュランダルだった。
「やあ、初めましてだね──シン・アスカ君」
その存在を以前から知っていたような口振りで、デュランダルは気さくにも思える論調で言葉を発した。
「デュランダル議長……!?」
初めて対面して分かる、自分と相手の間に横たわる、人間的で圧倒的な格の違い。その黒い瞳が向けられた瞬間、シンの身体は凍ったように動けなくなった。
デュランダルは鷹揚と語りかける。
「君がここへ来るとは、正直、思ってもいなかったよ」
その目が湛える色は穏やかだった。悪戯っぽく輝くそれは、まるで教師が呼び出された生徒を落ち着かせるように、緩やかに細められている。しかし、深い。余りにも深すぎた。シンよりも長い時を生き、より深い絶望を味わった者の修羅が、そこには濃縮されていた。
これに近しいもの──この種の闇を、シンはミナにも感じたことがある。政治家というものは、例外なくこうなのか。いや、一般論からしても目の前の男は規格外であり、この男は紛れもなく怪物で、シンの目には怖ろしくて堪らなかった。こんな男と対等に話していたというのか──あの、アトラという少女は?
「ど、どういうことだ、なんで議長が……!」
──出てくるんだ?
──それに彼は、なぜ俺の名前を知っている?
シンには分からない。見事に〝ハメられた〟のかと、シンは一瞬ミーアを見るが、保安要員らに拘束された彼女はやはり心当たりなどないように顔を蒼醒めさせている。シンの目は次にレイに向いたが、彼の方も状況をいまいち読み込めてないようだった。その証拠に、このように口にしている。
「──アスカ……?」
その名を持つ人物に心当たりとでもあるというのか。しかし、さっき吐いた親戚の話が嘘であることは、レイにも理解されてしまったらしかった。
デュランダルは肩を竦め、周りの保安要員達を制しながら言葉を紡ぐ。
「私がこうして君の許に足を運んだのは、他でもない。
その言葉に、最も強い驚愕を示したのはレイだった。シンの方は困惑の方が強いようだが──
ギルの言動から察するに、シンもまた、比類なき『戦士』としての適性を持っているのか? それも、アトラに並ぶほどの──
「要は、勧誘だ。せっかく君の方からおいでになったのだ、話ぐらい聞いていったらどうだろう?」
そして次の瞬間、シンは強い幻覚を見た。男の背後から闇色の触手のような手が迫り、無数のそれらが己の体を絡め取り、強い斥力で引きずり込もうとしたのだ。
どっ、と嫌な汗が湧き出す。シンはおぞましいその感触から抜け出すように、振り払うように、次の瞬間には隠し持っていた拳銃を勢いよく引き抜いていた。
「……成程。問答は無用──そう云いたげだね」
──あるいは、既に私の話をどこかで盗み聞いていたのかな?
拳銃を向けられてなお、デュランダルは泰然とした教師のような態度を崩さない。流石の保安要員達はどっと銃口をシンに集中させたが、彼はさらに続けた。
「やめたまえ、せっかくここまで来たのに。そんなことをしたら、世界はまた、元の混迷の闇へと逆戻りだ」
「────!」
「私の云っていることは、真実だよ?」
混迷の闇。まだ道半ばであるにしろ、現在は〝ロゴス〟狩りという名目で確かに纏まりかけている世界──ここでデュランダルが斃れれば、その余波を受けた世界はさらに大きく、長い混乱に苛まれる事になるだろう。
──たしかに、真実なのかも知れない……。
シンにとってさえ、その言葉は正しく聞こえる。しかし、デュランダルはさらにその先を続けたのだ。
「それに、それでは君自身の為にもならない。それだけの資質、力だ──それを正しい目的の為に使えば、いったい、どれほどの事を成せるだろうか? その未来を放棄し、みずからを不幸に貶める選択など、じつに空虚だ」
「…………! さっきから聞いてれば、貴方には、それしかないのか……!?」
──〝デスティニープラン〟
期せずして、その全貌を把握した今だからこそ、シンはそのときようやく口を開く。
「資質だとか、役割だとか……! 聞いていれば貴方の話は、そればっかりだ!」
「いけないか? 人は己を知り、精一杯できることをして役立ち、満ち足りて生きるのがいちばん幸せだろう?」
「っ……! 人は! 人ってのは、そんなものだけじゃないだろう!?」
デュランダルの滑らかすぎる弁舌に、思わず飲み込まれ、畳み掛けられてしまいそうになる自分を自覚する。
シンは折れないように、懸命に反論を訴え続ける。
しかし、デュランダルはさらに続けた。シンの視線の動きに気づいたように、今度はミーアを指し示しながら。
「何を不安に思うことがあるのだね?
「──! それはっ!!」
激昂するシンは、デュランダルの茶番に付き合うつもりは無い。
──ああ、そうだった。
目の前の男こそ、ミーアのひたむきな夢につけ入り、甘い言葉で彼女を踊らせ、操っている張本人だ。そのことを改めて認識した途端、シンの中に激しい怒りが込み上げる。
「それは貴方がたの、政治の都合だろ!」
ミーア・キャンベル──求められる役割を演じ、消費され、都合よく犠牲にされ続けている少女。生まれ持つ姿まで変えられ、過去の写真すら捨てさせられ、挙句の果てに最愛の家族とも切り離された。
──彼女には、家族と会う権利があるはずなのだ。
会いたいと願っても、もう二度と家族に会えないシンにとっては、それは何よりも悲劇。そんな彼女の本心を目の前で聞かされたことがあるばかりに、シンは絶対に許容することが出来ないと嫌悪を抱く。
「何が『お役目』だ……! その人を解き放て! そのコはごく当たり前に夢を見て生きていた、
「いいや違う。彼女は『ラクス・クライン』であり、
「……えっ……!?」
その未来宣告を初めて耳にし、ミーアの表情から血の気が失せた。
──束の間のお役目だと、そう聞いていた。
本物のラクス様が、いらっしゃらない間の代理なのだと。
けれども議長は云った。死ぬまで──それはミーアにとって、ほとんど永遠に匹敵する長さに思えてしまう。
──つまり、ラクス様は永遠に戻られない……?
議長は初めから、そのことを知っていたのか。それ故に最期まで、自分は『ラクス・クライン』を演じ続けなければならない──あたしはもう二度と『ミーア・キャンベル』には戻れない……。
少女の目から光が消えた。だが、
「それが彼女の才能であり、運命なんだよ。シン・アスカ君」
「ふざけるな! その人の未来を、そんなもんのために決められてたまるか!」
代わりに、シンの方が激昂していた。
体が反応し、それに怯えたように保安要員達がもう一度銃口を向け直す。その音を聞き、ミーアはハッとする。
「シン……っ! シン、やめて!」
ミーアは懸命に言葉を続けた。
「抵抗しないで! ほんとうに殺されちゃう!」
「ラクス様! いけません!」
だがその叫びは、ふたたび保安要員らに囲まれて遮られる。
デュランダルは嘆くようにシンに告げる。
「ラクスと出会って何を吹き込んだかは知らないが、彼女は今や、名実ともに世界に愛されるアイドルなのだ。たかが個人の──それも異邦の君の、私利私欲でどうにかしていい存在ではない」
「…………!」
「しかし、身の程を弁えろというのも酷な話だ。云ってみれば、それが今のこの世界──ということだからね」
「議長……!」
「今のこの世界では、誰ひとり本当の己を知らず、知らぬがゆえにそう育たず、そう生きず──誰もが時代と環境に翻弄されて生きている。ならば君のその無知もまた、ある意味で仕方のない罪なのだ」
淀みなく紡がれる観念的な話を、シンは唖然として聞いていた。
「この際だからはっきり認知してもらおうか、シン・アスカ君。──君の持つ〝力〟は強大だ。本来ならば君は、この世界の多く……他の誰よりも『戦士』として優れた才能と資質を持っている。それは私が保証しよう」
デュランダルが手放しで絶賛するほどの『才覚』──それこそシンが初めからデュランダルの下に転がり込んできていたのなら、間違いなく容赦なしに囲いに行くところだった。
──けれども何の因果か、その役割はアトラという少女に回った。
──そしてアトラは先の会合を経て、デスティニープランを信奉する側に就いた。
それはシンとは真逆の反応だった。同じオーブの人間でありながら、こうも違うものか──と、面白いような気分に駆られたが、まあそれはデュランダルにとっての余談でしかない。
「私は君の、それほどの力の無駄にはしたくない。君には世界を動かすだけの力があり、是非ともその力を、我々のために使って欲しいと思っている」
「──俺のこの力は、もう二度と戦争のない世界を作るために手にしたものだ! 戦争なんて無縁の……あったかくて、やさしい世界を作るための!」
「──出来るさ。私には」
「だが、あんたのいう世界には『自由』だってない!」
ぴくり、とデュランダルの眉が動いた。ふと、アトラの発した言葉が脳裏に蘇ったのだ。
──マユは、自由な子ですから……。
まるで同じことを云ってくれる──やはり兄妹というわけか。
「俺は絶対に、あんたが作ろうとする世界を認めない! 何があっても、ぜったいに止めてみせる!」
「……よもやとは思うが、逃げ出せる気でいるのかな? この状況で?」
デュランダルは怪訝に問う。
ここはジブラルタル。ザフトが地上に構える一大拠点であり、そうでなくとも武装した兵士に取り囲まれている状況だ。そのような詰みの状況にあって、しかし、シンの瞳からは従属や屈服の色は見えなかった。ただ、逆境に対する反骨の精神だけが強く宿っていた。
次の瞬間、シンが動いた。最も接近していた保安要員のひとりに不意を突くようにどつき倒したのだ。どっと混乱が招かれるが、兵士達はなぜか発砲することもなく、それによって次々にシンによって蹴倒されていく。
「ミ……」
その混乱の最中、シンはミーアの名を思わず叫ぼうとして、出来なかった。そうすることが彼女の立場を、さらに悪くさせるものだと思い至ったからだ。
そして、探し求めるそのピンク髪の少女は、もはや、シンの手の届かないところまで引き離されてしまっていた。多くの保安要員に取り囲まれ、はっきりと目だけが合う。
が──とても無理だ。
「──クソっ!」
振り払うように、シンは跳んだ。このままでは埒が明かないとキャットウォークから飛び移り、かたわらのモビルスーツの装甲に身を回し、コクピッドめがけて器用にも登っていったのだ。
その様子を涼しげに見届けているデュランダル。傍らの指揮官らしき保安要員が叫ぶ。
「議長!? 発砲の許可を!」
「いや、いい」
デュランダルは一言の下に要請を切って捨てた。
「彼もやはり『戦士』なのだ。決着をつけるとすれば、モビルスーツで行ってやるのが本望だろう」
意味の繋がらぬ言葉に、保安要員が痺れを切らした。
「しかし! このままでは〝グフ〟を奪取されます!」
「くれてやれ」
デュランダルは美しい所作で踵を返すと、その場において唖然としていたレイの肩にぽんと手を置いた。
シンが乗り込む、傍らの〝グフ〟が起動した。そちらには目も向けず、デュランダルはそのまま託すように命ずる。
「そういうことだ、レイ。〝レジェンド〟の発進準備だ。──彼を討ち果たせ」
「……ハイ、議長」
頷くレイが、一拍置いてドッグから出ていく。
黒銀色の『伝説』──前大戦の亡霊が目を醒まそうとしていた。
保安要員らによって保護されたミーアは、しかし、何かに罰せられるというわけでもなく、丁重な扱いをもってデュランダルや警報を聞きつけたザフトの高官らが集う執務室に連れ立って移送された。
そんな彼女の胸中では、さっきから強い罪悪感が渦巻いて暴れている。
(あたしのせいだ……あたしのせいで、シンが……っ)
本当に、軽い気持ちで声を掛けたつもりだった。
これは既に本人にも伝えたことだが、この情勢下ではもしかしたらシンが来てくれるのではないか──
いいや、素直に云ってくれた彼に倣って〝会えるのではないか〟と期待していたから、シンが本当に目の前に現れてくれたとき、ミーアは大いに感激した。
その嬉しさのあまり、彼が何のためにここにやって来たのかを忘却し、自分の都合だけで振り回してしまったのだ。
(あたしが、声なんて掛けなければ……っ)
ディオキアの時とは違う。シンのことを安全に逃がしてやれた前回と違い、今回ばかりは、自分こそが彼に厄災を招いてしまったのだ。
「──報告! 〝グフ〟を追撃中のエドガー隊全機被弾! 帰投します」
──紛れ込んだスパイが〝グフ〟を盗んだ上、逃亡を図った。
こうした状況説明は、既に基地全域に知れ渡る内容となっていた。工廠区からはザフトの追撃部隊が出動しているが、その部隊がジブラルタル湾の海上で奪取された〝グフ〟と会敵したところ、物の見事に返り討ちにされたという。
「つ、強すぎるっ──」
「相手は〝グフ〟一機だぞ!? 何をやっているか!」
「しかし、まるで歯が立ちません! 同じ〝グフ〟なのに!」
焦りを露にパニックになっている高官らを脇にしながら、デスクについたデュランダルは内心で苦笑している。
──それはそうだろう。シン・アスカは、凡百の兵で敵う相手ではない。
この確信に、デュランダルが辿り着いたのは本当に偶然だった。戦前、本物のラクス・クラインに近しかったマユ・アスカを
そして──その『才能』に見惚れた。
是非とも自分の所へ来てくれないか──だから先程も、わざわざみずから出向いて声を掛けにいったのだ。万に一つも、その才能を勧誘できる見込みがあるのなら、と。
「っ…………!」
高官らによる報告を、正面のソファに腰掛けさせられたミーアはぎゅっと拳を握って聞いていた。人知れず、少女は祈り続ける。
──おねがい、もうそれで諦めて!
幸いなことに、シンはスゴく強いらしい。
ああ、それもそのはずだ。ミーアだってそれくらい知っているし、実際に暴漢から自分を守ってくれたこともあるヒーローなのだ。そこらへんの人に太刀打ちできるわけがない!
ミーアは内心の不安とは裏腹に、どこか高々に思う。それこそ好都合なのだ。議長がそんな彼の強さに怖気づき、彼の追撃を諦めてくれるなら──
──ああ、行かせてあげて……!
──もうこれ以上、シンを、あの子を追いかけないで!
少年の身を案じるミーアであったが、次なる声が現実を叩きつける。
「レイ・ザ・バレルの〝レジェンド〟──戦闘区域への到着を確認。会敵します!」
背に光背を背負ったような黒銀色のモビルスーツが、〝グフ〟や〝バビ〟の速力を圧倒的に凌いで戦域へ到達する。たった今、〝スレイヤーウィップ〟を駆使して追撃部隊を壊滅させた青い〝グフ〟に向かって、レイはビームライフルを構えた。
敵もこれに気づいたらしい。即座に機体をひねり、放たれた光条を回避する。空を切って海面に着弾した光が、強い飛沫を巻き上げて爆発する。
「あの機体は──っ!?」
奪い取った〝グフ〟のコクピット内、シンは凝然として目をむく。格納庫で見た最新鋭機の片割れだ。いくら新型の〝グフ〟と云えど、最新鋭機の〝それ〟に対しては明確に劣る。シンは歯噛みした。
「くそ、〝レジェンド〟か……ッ!」
それ以上に思うところがあり、シンは通信機のスイッチに手を伸ばしていた。新たに現れた少年に向かって呼びかける。
「──レイ! それに乗ってるの、レイなんだろ!?」
自分とミーアを保護した、自分とそう年齢の変わらなさそうな少年。数回のやりとりを交わしただけの間柄に過ぎないが、それでも直に会って手を取って、伝わってきた感触があったのだ。
「お願いだから聞いてくれ、レイ! 俺を……俺をこのまま行かせてくれ!」
〈君の〝グフ〟には撃墜命令が出ている。議長がそれを命じた今、俺にそれを見逃すという選択肢は無い〉
事務的で、やはり感情の一片すら含まれていない声だ。
シンはどうしようもないもどかしさを憶えながら言葉を探す。〝グフ〟と〝レジェンド〟は互いに睨み合ったまま、海上の高速飛行を続けている。
「聞いてくれよ! 議長の云うデスティニープランは、そうやって人に役割を課す事なのかもしれない──でもこれは本当に、君がやりたいことなのか!?」
〈…………!?〉
「〝選択肢が無い〟なんて……君は! 君の方こそ、まるで追い詰められてみたいじゃないか!」
──追い詰められている? 俺が?
レイにはその言葉の意味が分からなかった。そんなことは無いのだ──議長から直々に指名され、素晴らしい最新鋭機のパイロットに任命された。それは非常に名誉な事で、そのことによって追い詰められた部分など無い。
──だが、たしかに〝レジェンド〟は……。
レジェンド──その言葉の重さを改めて痛感するレイ。自分は文字どおり〝例の男〟と同一の存在として、例の男と同じだけの活躍を残さなければならない。
不意に思考が淀んだレイに、シンは言葉を重ねた。
「役に立つことが一番の幸福だと議長は云った! でも、これが本当に君の幸せなのか?
〈──俺には俺の役割がある! ギルはそれを俺に求めた……! そしてそれが、今はお前を討つことだ!〉
「利用されているだけだってこと、気付いてくれよ!」
さらにビームライフルが放たれ、痺れを切らすように〝グフ〟が高度を上げてサーベルを抜き放つ。〝テンペスト〟ビームソード──通常のビームサーベルより巨大な、対艦刀にも匹敵する大型の刃だ。
慣れた手つきでそれを降って踊りかかってくる〝グフ〟に、レイはシールドを広げて応戦する。かかり結び、激突の火花が雷鳴と共に荒天に散る。
〈逃れられないもの──それが自分。そして取り戻せないもの──それが過去だ!〉
レイは聞かせるように言葉を発する。
──まだ誰にも打ち明けたことのない真実。
だが、このくらいなら明かしてやっても良いだろう。
〈これから死に逝く者への手向けとして明かしてやる。俺にはもう──あまり未来も無い〉
ラウ・ル・クルーゼ──自分の分身ともいうべき存在。そんな彼が、もしも前の戦争を生き延びて穏やかに暮らしていたとしても、きっと今ごろには天命を迎えていたはずだ。レイにはそれが分かる──
〈それが俺の運命──呪われたクローンとして生まれた俺には、あの男の遺した『伝説』を再演する義務がある!〉
「クローン……!?」
〈だからもう終わらせる──この世界の全てを! デスティニープランは導入され──あるべき正しき姿へと戻るんだ! 人は! 世界は! 〉
──もう二度と、自分達のような悲劇の子らが生まれないように。
「でも──っ!」
言葉を交わし、シンにはたったいま、分かったことがある。
目の前のレイも、ミーアと同じなのだ。ミーアが『ラクス・クライン』という伝説の再演を求められているように、レイもまた、何かしらの偶像を追うように求められている。彼の場合はクローンだから──その男と〝遺伝子を同じくする〟という理由で! でも、そんなもののどこに、個人の自由や意思があるというのだ!?
「──違う!」
シンは声の限りに叫び返す。
「命は、何にだってひとつだ! だから、その命は君のものだ! 他の誰のものでもない!」
シンは叫ぶ。このことを、ミーアにも伝えてあげて欲しい。
──彼女は決して『ラクス』じゃない!
レイもまた『彼』ではないのだということを──
〈────ッ!?〉
レイからハッと息を飲む気配が伝わってくる。
その一瞬に、シンは〝グフ〟の右腕をしならせ、〝スレイヤーウィップ〟を鞭走らせていた。空気を切り裂く鋼鉄の鞭が〝レジェンド〟のライフルを絡め取る。電撃が走り、そのライフルが両者の中空で爆発した。
レイは凝然として、失われたメインウェポンの残骸に目を奪われる。
──強い……! これがギルが認めた〝力〟……!
レイは内心で舌を巻く。自分の実力が及んでいないというのもあるが、やはり、シンの持つ技量や才覚は一流だ。焦りがレイを支配する。
──これでは、いけない……!
自分もまた『戦士』にならなければいけない今、こんなところで後塵を喫していては、自分はギルに見放されてしまう──!
観測隊により届けられている映像で戦闘経過を眺めながら、デュランダルは不満げに声を漏らした。
「……やはり、ダメかな?」
ミーアはハッとして顔を上げる。
──ダメ?
疑うなくエースであるレイですら、シンには〝敵わない〟と議長は認めてくれたのか。副官のひとりが不安げに声を漏らしている。
「議長、このままでは逃げられます!」
「──分かっている。たった一人のスパイにまんまと逃げられるようでは、我々の良い恥だ。そんなことでは、参集してくれた各国の士気にも影響する」
「では──」
「止むを得ん。宿舎からアトラを呼び戻せ」
それを聞いたミーアは、蒼然とした面持ちでデュランダルを見た。彼の目は何ひとつ諦めてなどいなかった。
デュランダルは、残酷なまでに冷徹な口調で謳い上げる。
「
人は希望に縋るから絶望する──まだ心から愛し合っていた頃、彼女が私から離れていったときも、そうだった。
──ならば、中途半端に見せびらかされる希望など要らない。
人は初めから、定められた運命に従えば良い。それこそがデスティニープランであり、そこには少なくとも、希望も期待も、失意も絶望もないのだから。
「〝デスティニー〟出撃だ。レイには足止めに徹底させろ」
叶わぬ夢など、見ない方が幸せなのか──?
「我が軍が誇る〝最強〟をもって、今度こそ、裏切り者に引導を渡すのだ」
まさしくその瞬間、ミーアの表情が絶望に彩られた。