宿舎に戻るなり、アトラはふたたび格納庫に呼び戻された。
ZGMF-42S〝デスティニー〟──
新たな機体に身を潜らせ、各計器を立ち上げていくアトラ。通信機をオンにすると、すぐさまデュランダルとの回線が繋がった。怜悧なその目に向け、アトラは事務的に放つ。
「すいません、いま戻りました」
〈いや、構わん。それより、状況は把握しているか?〉
その問いかけに対しては、アトラは「何も──」と本心から首を横に振る。
「いったい何なんです、この警報?」
〈オーブから送り込まれたスパイが、〝グフ〟を奪取して逃亡を図っている。いま、追撃にはレイの〝レジェンド〟が当たっている〉
「……オーブからの?」
やはりその言葉に反応するアトラであったが、デュランダルは間髪入れずに続けた。
〈君の出番だ〉
「──なるほど。命令ならば、従いましょう」
アトラは状況をようやく理解する。
が、続けて云った。
「ただ、解せない部分はありますね。レイが追撃に出ていながら、なんで私が……」
〈──侮ってはいけないよ。相手はシン・
「…………!?」
各計器を立ち上げていたアトラの手が、さすがに止まった。
「アスカ!?」
オーブにおいて、その名を持つ一族。推理するまでもないことだろう。
──その人は、もしかして
詮索したアトラに、デュランダルは突き放すように続ける。
〈君が気を揉むところではないだろう? 『戦士として力を尽くす』──先の君の言葉、期待しているよ〉
「貴方という人は、この期に及んで私を試すつもりですか……」
途方に暮れるアトラに、デュランダルは肩を竦めてみせる。
〈たしかに出来すぎた状況ではあるが、コレばかりは私の意図したものでは無いよ〉
そうして彼は、悪びれもなく説き明かした。
〈シン・アスカ。君がうすうす察している通り、君の友人であるマユ・アスカの
「……つまり、私はつくづく自分の巡り合わせの悪さを嘆くべきですか?」
よりにもよってマユ・アスカ──アトラにとって、疑い無き友の縁者を討てという命令なのだ。
アトラは自嘲する。よくもこんな役回りばかり、自分に巡ってくるものだ──と。
「シン・アスカ……ね」
実際のところ、アトラも名前ぐらいは伺っていた。戦災孤児であるというマユが、ずっと行方を探していた人物。こんな所で──しかも自分の方が先に──鉢合わせることになるとは夢にも思わなかったが。
(清算しろ、ってことか)
──形態として、踏み絵に近いものだろう。
エンジェルダウン作戦ではマユの事を取り逃したアトラであるが、その失点は、他ならぬシンを討つことで取り返すことが出来る。
──そもそも、マユに対する
そのことは、間違いなくデュランダルの耳にも入っている。ならばその疑念を払拭する機会として、マユの兄を討つ。これ以上に都合の良い舞台は無いだろう。
──デュランダルは、そこまで見越して命令を下したのか。
嗚呼、本当に『偶然』なのか怪しくなるほどだが、アトラも居直って次のように云った。
「……まあ、前言を撤回する気は無いですよ、私は」
〈ほう?〉
「『例外規定は認めない』──そう云い出したのは私です。なら、そんな私だけが命令に背く訳にもいかないでしょう。だったら、示してみせましょう」
戦士は戦果で示すことが忠誠の形だ。
──ならば、たとえ相手が誰だろうと迷う余地は無い。
マユには悪いが──
「
据わった目で、そう云った。
「アトラ・デンソン、〝デスティニー〟行きます」
言葉にしたのち、アトラはみずからの手で格納庫のハッチを開放する。
巨大な剣を背負った騎士が、その一歩を踏み出す。後背の赤い翼が展開し──次の瞬間〝デスティニー〟は凄まじい加速と共にハッチを飛び出し、雷鳴と暗雲の空へと翔け上がった。
ジブラルタル基地の海上では、なおも決着をつけられないまま砲火が交っている。レイの周囲には新たなる〝ザク〟の小隊が駆けつけ、〝グフ〟を包囲して戦闘を続けている。
しかしながら──このとき、追撃隊の筆頭となるべき──レイの動きは鈍い。〝レジェンド〟は茫然とし、まともに戦闘に参加できずにいた。それはモビルスーツの中で、少年の信じてきたものが揺らいでいたからだった。
『命は、何にだってひとつだ!』
シンが語りかけてくれた言葉が、真っ直ぐにレイの胸を貫いていたからだ。
──今までの誰も、そんなことは教えてくれなかった。
レイは、自分がラウ・ル・クルーゼの
だからこそラウの遺志を継ぎ、彼の再現を果たすことが、己の必然だと信じてきた。一切の選択の余地無く、生き方も──その死に方さえ──自分はいずれラウの後追いをすることになるのだろう……と、これまでは漠然と考えてきたのだ。
──だが俺は、たしかにラウではない……!
──俺は、あの男の複製品ではない……っ!
栓が外れて噴き出すように、これまでは考えもしなかった激情が、レイの体の奥から溢れ出す。このとき、レイは生まれて初めて〝運命〟というものを疑問視していた。
────そしてそれは、ある意味で当然の出来事だった。
レイがこのとき抱いた反骨心は、人にして真っ当なものだった。そもそも、彼は見落としているのではないか? 彼が模範とするラウもまた、みずからに課せられた〝運命〟に納得できず、反発し──その激情ゆえに世界への逆襲を企てたのだという事実を。
────周辺の〝ザク〟が次々に被弾し、撤退していく。
入れ替わるように、今度は〝グフ〟の追撃隊が現れる。
が、シンの〝グフ〟は鬼神の如き機動をもって、やはりこれを退ける。通信機から、シンの懸命な声が響いた。
〈レイっ! 聞こえているんだろ、レイ!?〉
「っ…………!」
〈レイ、話を聞いて──〉
シンが説得の言葉を続けようとする、そのときだった。
さらなる遠方から高出力のビーム砲が放たれ、二人の間を切り裂いたのは。
〈ッ!?〉
赤色のビームの奔流。凄まじい一撃であり、間違いなく従来のビーム砲とは一線を画す出力だ。
ハッとして視線を巡らせた二人の視界に、光の翼を広げて飛び来る新型機が映る。
青、赤、白のトリコロール。赫々と照るツインアイからは血涙のような赤い紋が描かれた騎士然としたシルエット──それは。
「〝デスティニー〟!? ──アトラか!」
レイは唖然とする。あのアトラまでもが、この追撃隊に加わったのだ!
〈たった一機を相手に、何をやってる! レイ!〉
通信越しに、アトラが吐き捨てる。そうして戦場に舞い込んだ〝デスティニー〟は、腰溜めの高出力ビーム砲を斉射する。
シンの〝グフ〟は凄まじい反応で飛びずさる。辛うじて逃れた〝グフ〟であるが、これをさらに、容赦ないアトラの射撃が追い立てた。
「クソッ! あの新型、例の女の子か!?」
回避運動に揺れる機内で、シンは相手の新型機達を睨みあげる。
殺気を放つ〝デスティニー〟──格納庫で議長と互角にやり取りをしていたザフトのエース──その名を、たしかアトラという少女が乗り込んでいる!
その機体は後背の翼を押し広げ、燐光を散らす高速機動で迫ってきていた。
「分身!? いや、幻影っ!?」
シンは目を見張った。新たな敵影は、そうした高速機動の軌道上に幾多の残像を残しながら移動しているのだ。
ミラージュコロイドによる幻惑機能──? 見たこともない光学残像であり、その圧倒的な性能には舌を巻くしかない。
「ちっくしょう! 〝グフ〟なんかでやれるのかよ、俺!?」
自分自身を叱咤するシン。そうしなければ、最新鋭機を前に圧倒される自分を自覚していた。
やむを得ず、回線をオープンにして呼び掛けた。レイにしたものと同じように、交渉を呼びかけたのだ。
「〝デスティニー〟のパイロット、待ってくれよ!」
〈──待ちませんよ〉
「なんでだよっ!?」
叫ぶシンであるが、言葉どおり、アトラは待たなかった。
必死の呼び掛けに構わず、敵対する〝デスティニー〟はビームライフルを散らし、的確に〝グフ〟の退路を断ってくる。
シンは背が凍る思いだった。操縦に集中しなければ、それこそ一瞬で討ち取られてしまう冷徹な射撃! 当然ながら、
〈──その〝グフ〟には撃墜許可が出ています。
その正論ないし論理に、シンはぐっと口を噤む。良くも悪くも、シンは理屈を立てて相手を論破できるタイプではないのだ。そもそも、デュランダルを相手にあそこまで論戦できるアトラなら、
「くそっ!」
──ならばどうするか?
このときのシンに出来ることは、ひたすらに己の土俵──『実力』の土俵で、みずからの道理を通すだけだ。
「はァァっ!」
シンは反撃として〝スレイヤーウィップ〟を迸らせる。空気を切り裂いて迫る鞭を、アトラはしかし〝ソリドゥス・フルゴール〟ビームシールドを展開して弾き飛ばす。
なおも放たれる〝デスティニー〟のビームだが、シンは低空でこれを回避。空振りに終わった光条が、次々に海面にぶつかって水蒸気爆発を巻き起こす。
〈──! やる!〉
感嘆の声。
エネルギーの翼を広げ、今度は右方へと展開してくる〝デスティニー〟。
〈右から追い込む。レイ、前へ回り込んで〉
シンはハッとする。二対一に持ち込まれたら、やはり〝グフ〟では持ち堪えきれない!
〈──レイ?〉
しかしその瞬間、アトラの声に疑念が混じった。
巡らせた視線の先、レイの〝レジェンド〟は覇気を失ったままだった。
思うように動かない〝レジェンド〟を、アトラは叱責した。
「レイ、何してる!」
〈……! あ、ああ……っ〉
役割を思い出したかのように、ぎこちない動きで加勢する〝レジェンド〟。
ライフルを構えてビームを射かけるレイだが、その射線はどれも拙い。云ってしまえば、
「どうしたのレイ? 〝レジェンド〟は──貴方の力は、その程度じゃ無いよね」
母親が子を叱るような論調であるが、レイの攻撃は、アトラをそうさせるほどに酷かった。しかし、頭上のモニターを繋いで見るレイの表情は、それを上回って凄惨なものだった。
〈アトラ、彼は……っ! 彼の、云うことは──〉
ポーカーフェイスのレイには似つかわしくない、怯懦した面持ち。
おおよそ年齢に見合わない、子供じみた震えや恐怖。幼子のような動揺が、所在無げにレイの表情を彩っている。
(へぇ、珍しいこともあるもんだ)
──レイのそんな顔、初めて見た。
アトラが苛立ちを示さなかったのは、怒りより興味が先に立ったからだ。しかし、アトラはあくまで冷徹に言及する。
「何があったか知らないけど、随分と感傷的なんじゃない?
それが、デュランダルという男の本性だ。あの場所に立ち会うことを許されたレイが、まさか気付いていない訳がない。それ故に、アトラから贈れる言葉はこれだけだった。
「仕事しなよ、レイ」
突き放すように発した瞬間、シンの怒号が通信に割って入った。
〈アトラ──! アトラ・デンソン!〉
シンは激高した声音で話す。
〈人間は! 人間は仕事とか遺伝子とか、そんなものの奴隷じゃないんだぞ!〉
「いいえ同じ事ですよ。これからの将来、遺伝子が人を支配する時代が訪れるのなら、人は、そんなものでなくてはいけない」
〈お前……本気でっ!?〉
「貴方はどこまで諜報したのです? 私の名を知っているという事は、議長との会話を〝聞いていた〟と思って良いらしい」
──盗聴器か、それとも物陰に隠れていたのか。
なんにせよ、話が早く済むことは結構なことだとアトラは思う。
「誰もが等しく能力を捧げて生きていく社会。天才も無能も、それによって不当に扱われる者が居なくなれば、世界は今より住み善いものになるでしょう?」
淀みない観念的な話を、シンは唖然として聞くしかなかった。自分には理解できない価値観だが、彼女はそれによって世界が救われるというのだ。
そして、シンにはやはり判らない。
人間が奴隷のように強いられる世界など、現代の価値観からは退行的だ。人は自由と平和を保障された上で生きるべきであり、それが彼の祖国、オーブ連合首長国の理念の一環でもある。信じられないと、シンはそうしてスロットルを握る拳を固く握りしめる。
〈オーブで生まれた人間が、なんでそんな風に考えるんだ!〉
「オーブに生まれたからですよ。そして、端からあなたに理解されるとは思っていない」
断言しきってみせたのは、目の前のシンもまた、マユと同類だと判ずるからだ。恵まれた環境で、人よりも苦悩のない人生を送ってきただろうと断ずるからだ。
一方で、アトラの不幸はオーブにこそあった。彼女は深い諦念と共に云い放つ。
「分かり合えないこともあるということでしょう。人は、己の知っていることしか知らない」
アトラはふたたび銃口を振り絞る。
会話の傍観者となっていたレイに、うすら寒い口調で告げた。
「──貴方がやらないのなら、私がやるよ、レイ」
その瞬間、アトラの中で何かが弾けた。
〝デスティニー〟の機体を大きく前進。僚機である〝レジェンド〟との連携を完全に放棄し、みずからの独断での戦闘を再開させたのだ。
光背を大きく広げて突っ込んでくる〝デスティニー〟を、シンはくっとして迎え撃つ。〝グフ〟に装備された〝テンペスト〟ビームソードを抜き放ち、同じく対艦刀らしき〝アロンダイト〟と相対した。
勢いを乗せた突貫攻撃。まずはシールドで受け止め、続いて振り上げられた相手の大振りをいなす。シンは次いで、逆にビームソードで襲い掛かる。互いに大振りの刃を振り回し合うような戦闘であるが、それはすなわち、一太刀でも決まれば即座に決着がつくことを意味していた。
「こんのぉぉ!」
シンは吼える。性能の差は埋めようがない──だが、やることは変わらない。相手よりも素早く、ただ強く在ることだ!
次の瞬間、シンの中で、何かが弾けた。
〝グフ〟はそうして、距離によって剣と鞭とを使い応じながら、自機よりも格上であろう〝デスティニー〟に挑み続けた。
(──重いんだ!)
相手の懐へと突っ込んだアトラであるが、内心は唾棄していた。そもそも対艦刀というものは、文字どおり対艦や対MA戦闘において有効なのであって、対MS戦闘に用いるには不向きだ。
端的に云えば、取り回しが悪い。この不都合をアトラは如実に感じており、議長はなぜ〝デスティニー〟に
その結果として、何が起こったのか。対艦刀同士の殴り合いにつき、驚くべきことに、アトラの方が遅れを取るという形勢が生まれた。
(剣さばきで負けている? ──私が!?)
これはもう
(よく振り回せる! 本当に、マユの兄さんなの!?)
次の瞬間だった。ぎこちなく斬撃を繰り出したアトラの目と鼻の先で、〝アロンダイト〟が半ばから砕けて散った。すれ違いざまにシンが繰り出したカウンターの一閃が、〝アロンダイト〟の実体部分を意図も容易く叩き折ったのだ。
「やってくれる!」
驚嘆するアトラだが、しかし、別に構わない。
アトラは瞬時に、〝デスティニー〟の肩部〝フラッシュエッジ〟ビームブーメランをせり出させ、これを抜き放って刃とする。そのまま振りかぶり、弧を描いて敵機へと叩きつける。
シンはその機転にぎょっとした。急ぎシールドを翳し、短くも鋭い斬撃を受け止める。
「なッ……!?」
「
──扱いやすい!
そうして〝アロンダイト〟を投げ捨てるや、すぐに両肩の刃を抜き放って逆撃にかかるアトラ。
一撃必殺を捨てた、電光石火。
刃渡りの違いによって繰り出せる斬撃の数──手数の違いが、それまで劣勢にあったアトラを一気に攻勢へと転じさせる。
「クソッ!」
対艦刀をへし折ることで戦いを制した?
いや違う、寧ろここからが本番なのだ。
「コイツ、なんて動きを!?」
ビームエッジらしい、刃渡りの短さを活かす軽妙な密着戦闘。ビームソードを豪快に取り回す〝グフ〟では部が悪く──
「グゥッ!?」
今度は〝グフ〟の方が、シールドを半ばから切り捨てられていた。手指のビームガンで応戦するが、しょせん苦し紛れだ。〝デスティニー〟は背に幻影を散らしながら最接近してくる。
「こんなところで、やられてたまるかァァッ!」
アトラが投げ放ってきたブーメランの両刃を、軌道を見切って切り飛ばすシン。それによって、軌道の狂ったブーメランは海中に没し、今度こそ〝デスティニー〟の格闘武装が消えた。
これに勝機を見たシンであったが、今度は別方向から照準されたことを悟り、慌てて回避行動を取る。
〝レジェンド〟からのロックだ。レイからビームライフルが放たれ、やはりシンは後ずさる。
「くそッ、レイ!」
──今は余裕がないんだ!
そうして突っ込んでくる〝レジェンド〟に、シンは逆に挑みかかった。振るわれたビームサーベルを躱し、レイがシールドを構える前に脇腹を蹴り飛ばす。目にも留まらぬ一連の動作に、レジェンドは大きく姿勢を崩された。これ以上邪魔するなという、シンからの警告でもあった。
レイは愕然とした。これほどまでに、力の差があるのか──!? と。
そんなレイのすぐ後方から、機影が迫る。疾風が駆けたように機体が揺れたが、〝デスティニー〟が〝レジェンド〟を背後から追い抜かしたのだ。
その拍子に、アトラは云った。
「借りるね」
ビームサーベルのことである。許可も得ずレイから二挺を奪い取ったアトラは、
それは、アトラの得意な形態だった。
「ここからです」
流麗なる両刀──大胆さと豪放さを求められる〝デスティニー〟にあるまじき武装だが、これをもって、アトラは〝グフ〟を再度追い立てた。
繰り出されるビームガンを縫うようにかわし、〝スレイヤーウィップ〟の伸びきった瞬間を狙い、恐るべき反応速度で斬り飛ばす。
「くっそォォッ!」
やむを得ずビームソードで突っ込んでくる〝グフ〟だが、今度は対艦刀同士の殴り合いではないのだ。些細でもなければ微妙でもない機動力の差を突くように、アトラは抜き身の一閃で〝グフ〟の大剣を右腕ごと斬り飛ばす。
この時点で、アトラはみずからの勝利を確信したという。
この撃墜命令の達成をもって、アトラは晴れて疑いを晴らし、議長に仕える戦士としての価値を証明できる。そのためには──
「私のために死ね! シン・アスカ!」
後退する暇を許さず、
「
意識していたかどうかも分からない、口をついで出た恨み節。
「──
シンは愕然とし、その言葉の意味を問うていた。
「ど、どういうことだ!? いま、兄妹って──!?」
問答は続かなかった。
「死に逝く者の聞くことか!」
動揺を示したシンが気づいた時には、目の前に〝デスティニー〟が迫っている!
────そして。
次の瞬間、無防備な〝グフ〟の胸部装甲をビームハルバードが貫いた。
「報告! 〝グフ〟撃墜です!」
執務室に速報が伝えられた瞬間、士官達の安堵の声が、その室内に満ちる。
「おお、良かった!」
「さすが〝ミネルバ〟隊の二人だ! これでひとまず安心だな……」
それぞれが思い思いの声を漏らす中、ソファのひとつに座らされていたミーアだけが、表情を落として蒼褪めている。
「…………っ」
──撃墜……シンが?
彼の強さを知っているからこそ、余計に信じられない。今まで〝ザク〟も〝グフ〟も蹴散らした彼が、しかし、最後に現れたアトラという子には敗れた……?
ほんの数十分前に別れた、シンのきかん気そうな顔が脳裏に浮かぶ。子どもっぽく怒ったり、笑ったり──それでいて、時には逞しく自分に手を差し出してくれた。そのひたむきな目が、今も目の前にちらつく。
そんな彼はもう居ない──ザフトの追手に殺されたのだ……!
──撃墜。
──その言葉だけは、聞きたくなかったのに……!
ミーアは膝を抱えて縮こまり、嗚咽を堪えた。これで、
胸部を串刺しにされたあと、人形のように墜ちていく〝グフ〟の機体を、アトラは見送った。
荒れた海に没してゆく機体、次いで海面が膨れ上がるほどに、海中で巻き起こる爆発──
──終わった……。
飛沫を上げて、海水が雨のように降りそそぐ。
その疑似的な雨に打たれた〝デスティニー〟の機体を翻し、アトラはすぐ傍らで、茫然と佇む〝レジェンド〟に向き直った。
「任務完了だ、レイ。──敵を討ったんだ。私たちは」
──私たち? その言葉にレイは唖然とする。
自身を戦果に含められたことが、レイの腑には落ちなかった。彼自身は〝何もしていない〟と感じていたからだ。これは謙遜ではなく──。
「あ、これ、返すね」
先ほどまでの冷徹な気圏はどこへやら──
アトラは、けろりとした顔で話しかけてきた。レイから借りていたビームサーベルの通電を切り、そのふたつを翻し、正当な持ち主に返してくる。
「レイが居てくれて助かったよ。これ貸して貰えなかったら、逆にこっちが危なかった」
シン・アスカ。試作機に過ぎない〝デスティニー〟に装備された武装──残されたビームライフルと、名無しの長射程エネルギー砲だけでは、間違いなく対抗できない相手だった。
──どうやら『お兄さん』の方は、並外れた戦闘センスを持っているみたいだ……。
もっとも、惜しむようなものでもない。そんな彼はたったいま死んだのだ──ついに、この世界の役に立つこともなく。
「……俺は何も……」
レイは言い淀んだ。
──結局、またしてもアトラが、ひとりで全てをこなしたのだ……。
自分がやったことと云えば、アトラにビームサーベルを貸した、その程度だ。そのことを責められもせず、こうして普通に話しかけられていることが、かえって不気味に思える。そして案の定、アトラは神妙な顔をして続きを語った。
「たしかに、今回は貴方らしくも無かったね、レイ」
その批判の始まりに、レイは押し黙るしかなかった。
「
「────」
「ただ、あの場にレイが残ってくれていたおかげで、私が彼を討てたのも事実だ。あまり目くじらを立てすぎるのも〝いけない〟って私も学んだから──まあ、今回は見逃してあげるよ」
冷ややかで、鋭い光を目に浮かべ、念を押すように云う。
「──でも、
働け、と。
その容赦なき物言いに、レイはゾクリとおののいた。
アトラはにこりと笑う。
「さ、戻ろうか。私たちの仕事は終わった」
言い残すや、機体を翻し〝デスティニー〟は飛び去ってゆく。レイは妙に後ろ髪を引かれる思いで、青い機体が落ちて云った地点を見つめていた。
「……シン……君は……」
──命は、なんにだってひとつだ!
本当の意味で、生まれてはじめて、自身の存在を肯定してくれた人間。出会って間もないはずの少年だったが、その存在は強烈にレイの中に刺激を与えていた。
──もっと、時間さえあれば……。
語り合ってみたかった、と本気で思う。
自分自身、シンに限られた寿命について話したのは何故だったのか。
「……無念だ……」
そうしてレイが、諦めたように機体を翻した時点だった。荒廃した海上に、なにか光を照り返すものを見つけ、モニターを見直したのは。
「────」
荒れた波間の合間に、一艘のボートだ──ジブラルタル基地から出立してきたものだろう。
そのボートは、隠れるように海域のすぐ付近で待機していて──勘繰りでなければ──〝デスティニー〟に続いて〝
レイは不審がってビームライフルを構える前に、自問自答する。その問答の末、彼はひとつの究極的な答えを出すことにした。
「…………」
レイは、そのまま〝レジェンド〟を翻らせたのだ。
そうして後方に置いてきたボートが、〝グフ〟が墜落した海域の捜索を始めたことに気付きながらも、その動きの一切につき、何も見なかった振りをしてやった。