カランカラン、と、ドアにぶら下げている鉄や木の棒達が、互いの体を当て、店の主人に客の来店を知らせる。横浜駅から、西に三十分程歩いた通りを一本裏に入った道にあるこの店の名は、『喫茶・威風堂々』。何故この店名になったかは、マスターである深見源次ですらよくわかっていない。若くして亡くした彼の妻がつけたらしいのだが、最期まで理由を言わずに亡くなったらしい。客の間では、略して『IFD』と言われており、今では源次ですらそう呼ぶようになっている。
外の明るさは変わらないとはいえ、五時半過ぎの喫茶店に来る客は随分と珍しい。そう思いながら、源次はカウンターの向こうから、ドアの方を見た。
「いらっしゃい……って、なんだ、お前か夜陰」
開いたドアから現れたのは、以前は源次の家、といっても、この喫茶店の奥がそこに繋がっているのだが――そこで居候をしていた久藤夜陰だ。
「今日は遅かったな、買い物でも長引いたか?」
と、笑いながら夜陰に言う。
「買い物っていうか……その後かな、長引いたのは」
「なんだそりゃ?……ん?」
夜陰の言葉に疑問をもった源次だが、後ろから現れた銀髪の少女を見ると、疑問は全てそちらにいってしまった。
「夜陰。その嬢ちゃんはだれだ?」
源次はパンパンに膨らんだレジ袋を両手に持ち、カウンター奥の『関係者以外立入禁止』と書かれた階段を上ろうとしている夜陰にそう質問した。
「あー、店が閉まってから話すよ」
ひょい、と顔を出して夜陰は答える。それに源次は、少し小声になって言った。
「
「うん。だからまた後で」
夜陰がそう答えると、源次はそれ以上何も言わず、コーヒーカップを拭きながら、今度は弥宵に言った。
「狭いトコだが、まぁゆっくりしてきな、嬢ちゃん」
突然声をかけられ、一瞬ビクッとした弥宵だが、すぐに頭を下げて、
「あ、ありがとうございます」
と、源次に礼を言った。
「弥宵、こっち」
階段の上から、夜陰が声をかける。弥宵は階段の下まで行くと、もう一度源次に頭を下げてから、階段を上る。
「あいつらはもう上に行ってるぞ」
「わかった。マスターありがと」
階段を上がる音が聞こえなくなると、源次は一人、溜め息をついた。
(あいつらも大変だな)
そう思いながら、源次は洗い済みの食器を拭いていった。
階段を上がりきると、外と店内を遮る扉がある。それを開けると、マンションやアパートの様な廊下に出る。部屋は全部で四つ。扉に向かって右に一部屋、左に三部屋。右の部屋と一番左端の部屋は、今のところ誰も住んでいない。扉の左横の部屋が夜陰の住む部屋で、その隣が蛍だ。夜陰は右手に持ったレジ袋を一度下に置き、鍵を取り出して、ドアノブの上にある鍵穴へ差し込み、左に半回転させた。鍵が開いたのを確認すると、ドアノブを回して扉を開き、下に置いたレジ袋を持つと、中に入った。玄関に入ると、すぐ左に靴入れがある。夜陰は靴を脱ぐと、弥宵に言った。
「入っていいよ。すぐ出るけどな」
入室の許可をもらった弥宵は、靴を脱いで、部屋に上がった。玄関を上がると、すぐ左に洗面所とトイレがあり、その奥は風呂場になっていた。そこを素通りする。玄関から見えていたのはリビングだった様で、真ん中には木のテーブルが置いてある。その向こうはベランダに繋がっている様で、全面ガラス張りの引き戸があった。リビングの左には台所がありまな板や包丁などがある。その右、ベランダに面した壁から引き戸に変わる部分には、冷蔵庫があった。夜陰は冷蔵庫を開けると、レジ袋の中身を入れていった。じゃがいもやほうれん草などは、一段下の野菜室に入れ、ふりかけなどは台所の下の扉の中にしまっていく。パンパンだったレジ袋が二つとも空になると、夜陰はレジ袋を三角折りし始めた。
「えと……す、捨てないんだ?」
弥宵が、少し居心地悪そうにキョロキョロしながら夜陰に言った。二つ目のレジ袋の三角折りをし終えると、台所の下の扉を開け、ふりかけが置いてあるカゴの右側にしまった。
「まあ、ゴミとかまとめるのに使えるしな」
そう言いながら、夜陰は玄関に向かう。
「ど、どこいくの?」
慌てて夜陰の後を追う弥宵は、靴を履く夜陰に聞いた。
「事務所」
靴を履き終えた夜陰は、扉を開け、廊下に出た。弥宵も靴を履き、夜陰に続く。
「事務所?……あ、さっきの上って、その事務所のこと?」
扉に鍵をかける夜陰に、弥宵は聞いた。
「ああ、一回が喫茶店とマスター達の家、二階は部屋四つ、三階が事務所」
そう言いながら、夜陰は廊下の奥に向かう。左端の部屋の横に、三階に続く階段があった。上がると、二階の様な廊下はなく、上から見るとコの字にスペースが空いていて、左が階段、上が扉で、下は椅子が置いてある。右には、ちょうど頭の高さ辺りに白いプラスチック製の小さな看板があり、『Alice's in wonderland』と書かれている。
「ねぇ夜陰。これ何?」
弥宵は看板を指差しながら、夜陰に問う。
「ん?ああ、気にしなくていい。自己暗示みたいなもの……かな」
そう言うと夜陰は、事務所の扉を開けた。
中はかなり広い。入ってすぐ右には、少し低い木のテーブルがあり、それを挟む形で二人がけのソファがおいてある。そこを区切るように、奥側のソファの後に、一部分だけ壁がある。部屋の中央には少し高めのガラス張りのテーブルがあり、真ん中に花の入った花瓶が置いてある。奥の壁には、扉がガラス出てきた本棚が二つ目置いてある。右奥にはもうひとつ部屋があるらしく、ここからでも扉が見える。この事務所の窓は全て上の方についていて、部屋全体が少し暗いイメージになっている。二階と比べるとこの部屋は異常に広い。三階が事務所、と言っていたが、三階全部が事務所だったとは、弥宵も思いもしなかっただろう。
夜陰は部屋を見回すと、奥の部屋に行った。
「時雨、蛍、いるか?」
すると、部屋の扉が開き、中から時雨と蛍が出てきた。
「よ、遅かったな夜陰」
「ああ、色々あってな」
夜陰は部屋の中に入り、左に置いてあるベッドに座った。入ると、長机が部屋の隅に」の形で置いてあった。その上にパソコンとモニタが3つずつ置いてあり、机の下は配線やらケーブルやらでグチャグチャだ。蛍は机の前で椅子に座っている。
「んで夜陰〜。この子だれよ?」
時雨が壁にもたれかかりながら、弥宵を指さして言う。蛍もようやく弥宵に気付いたらしく、不思議そうな顔をしている。弥宵が姿勢を正し、少し頭を下げながら、
「えと、天河弥宵です。よろしく」
と、自己紹介をした。
「ハイハーイ、弥宵ちゃんは彼氏はいますかぁ?」
巫山戯半分に時雨が聞く。
「好きな料理は?」
こちらは大真面目、と言った顔で尋ねている。
「え?た、玉子焼き?」
「いや答えなくていいから。弥宵、あっちの小さいのが七海蛍」
「小さくないよ」
「で、こっちのアホ丸出しのヤンキー君が深見時雨」
「はは、ひっでえ紹介」
蛍は少しブスッとして、時雨は笑いながら弥宵の方を向いく。
「えっと、皆はどういう……?」
弥宵は頭にクエスチョンマークを出しながら、全員の顔を見て聞いた。
「弥宵は、『
夜陰が弥宵に質問する。すると、時雨と蛍が少し警戒するのがわかる。弥宵は体を強ばらせながら、夜陰に答える。
「う、うん。『宵』、だけど。でも、あの……」
「俺と蛍は『宵』で、時雨は一応『暁』だ」
暁、と聞いた瞬間、弥宵が少し怯える。
「あぁ、平気平気。俺、力が暁なだけだから」
そう聞くと、弥宵はホッとした様で、ふと思ったことを聞いた。
「でも、なんで」
「
夜陰が遮って言った。弥宵はコクリ、と頷いた。
「俺達は……『暁の王』を探してる」
弥宵は、一瞬何を言っているかわからない、という顔をしていたが、我に返ると、最もな疑問を投げかけた。
「な……なんで?」
しかし、弥宵が聞いたのは、『なんのために』ではなく、『何故そんなことをする』か、というものだった。
――――『暁』と『宵』のことは、夜陰達も全て知っているわけではない。しかし、この言葉を知るのは、ごく一部の……ある実験施設の関係者だけだ。今わかっているのは、『暁』や『宵』と呼ばれる人間は、簡単に言えば異能をもっている者だ。そしてそれらの者は『
あの実験施設は、両方の王を作るための場所だったと夜陰達は考えている。施設自体は、夜陰が脱出した一年後に閉鎖されたらしいが、そこから出てきた
ちなみに、時雨と蛍ももとはあの施設にいたらしい。夜陰は力を隠していたため、一度も会ったことがなかったのだが。
弥宵の質問に、最初に口を開いたのは蛍だった。
「離別が王の力によるものだったら、捕まえて元に戻す」
それに弥宵が質問で返す。
「それって『宵の王』でもいいんじゃ」
「『宵の王』の情報がないんだよ、弥宵ちゃん」
「だったら暁の王もわからないんじゃ……?」
暫く聞いていた夜陰が、静かに口を開く。
「……俺は、暁の王と会ったことがある」
弥宵の目が点になる。きっちり十三秒考えてから、ようやく言葉の意味を理解し、
「は……えええええ!?」
と、一階の喫茶店まで聞こえる声で叫んだ。
「あ、会ったことあるって!?暁の王と!?」
「いや、多分だけど……」
「多分会ったことあるの!?」
「弥宵、落ち着いて」
「どうどう……」
蛍と時雨が弥宵を落ち着かせる。水を飲んで落ち着いた弥宵は、改めて夜陰に聞いた。
「ほ、ホントに会ったことあるの?」
ずい、と夜陰に近付く。
「あ、ああ。十年前だから確証はないけど……」
へー、と弥宵は驚いたように言った。
「あー、なんだ。とりあえず飯にしねぇか?」
時計を見ると既に七時を過ぎていた。外が明るいままなので、やはり時間感覚がおかしくなっている。普段ならもう終食を食べている時間だ。
「そうだな。明日から週末だし……あいつのところにでも行ってみるかな」
そう言うと、夜陰はベッドから立ち上がった。
「今日のご飯のメニューはなんでしょう?」
蛍がパソコンの電源を落とし、夜陰に聞く。
「うーん、中華かな。時雨もくるか?」
「あー、そうだなぁ。久々に夜陰の飯食うかなぁ」
時雨が部屋の扉を開け、事務所の入り口へ向かう。
「って訳だから。この話は明日の朝にでもして、終食にしようか」
夜陰が弥宵に言って、部屋から出る。
「あ、弥宵の服とかどうしよう。蛍……のは小さいよな」
小さくないけどね、と言いながら、蛍も部屋を出る。時雨は入り口の扉を開けた外で待っており、夜陰に言った。
「弥宵ちゃんの寝るとこどうすんだ?」
「え?あ、そうだな……今日のところは蛍の部屋でいいんじゃないか?明日になったらマスターに言って弥宵の部屋用意してもらわないとな」
事務所の鍵をかけながら、夜陰がそう言った。
「確かに、お前の部屋じゃなぁ」
「流石に夜陰の部屋は色々まずい」
三人がそういうので、弥宵は不思議そうに言った。
「なんで?私は夜陰の部屋でもいいけど……?」
弥宵の言葉に、三人は顔を見合わせる。
「弥宵ちゃん。
この後、再び喫茶店に弥宵の声が届いたのは言うまでもない。
これは……面白いんですかね(今更)?
現実でボッチだとネットでもボッチなんですね。
あ、ネットでボッチ略してネッチ、