離別後は以前のような『
今回もバトルシーンはありません。これじゃあほのぼの系になってしまう。反省してます。
――――7/17.LT:5:15
喫茶『IFD』のあるビルの二階。久藤夜陰の起床は早い。空が常に橙色で夕刻程の明るさなのでわかりにくいが、十年前なら夏でも薄明かり、冬ならまだ辺りが闇に呑まれている頃に、夜陰は起きる。
夜陰は体を起こすとベッドから出て、リビングに行き、冷蔵庫を開けて二リットルのペットボトルを取り出す。中身はミネラルウォーターだ。起床後にミネラルウォーターを飲む高校生は中々に珍しいと思う。ちなみに、夜陰の寝ていた部屋は、冷蔵庫の左手にある扉の向こうにある。入ると目の前に小さな本棚が備え付けてある机があり、椅子は上の部分が回転するものが置いてある。左奥にはベッドがあり、その反対側の奥にはタンス、扉側には背の高い本棚がある。
夜陰は再びミネラルウォーターを冷蔵庫にしまうと、部屋に戻り、タンスの一番下の引き出しからジャージを取り出して着る。白を基調にしたもので、ところどころに青のラインが入っている。その後、洗面所に向かうと、蛇口を捻り、両手で水をすくうと、二、三回顔にかける。水を止めて、横にかかっていたタオルで顔を拭くと、右手首に黒いリストバンドをして、玄関に向かう。靴入れからやはり白いランニングシューズを取り出すと、腰をかがめて靴を履く。外に出て、左にある扉のドアノブに手をかける。鍵が開いているということは、喫茶店の開店準備でもしているのだろう。階段を降りると、いくつか蛍光灯に電気がついていて、その下で源次がモップで床を拭いていた。
「おう、相変わらず早いな」
源次が夜陰に気付き、手を止めて言う。
「マスターもね……っと」
床に置いてある、水の入ったバケツを避けながら入り口に向かう。すると、後ろから源次がこえをかける。
「夜陰。後で昨日のこと聞かせろよ」
夜陰はわかってるよ、とだけ言うと、外にでてランニングを始めるのだった。
――――7/17.LT:5:20
同ビル二階。夜陰の隣の部屋。
扉の閉まる音で、天河弥宵は目を覚ました。上半身を起こし、周りを見回す。間取りなどは夜陰の部屋と全く同じだが、あちこちにぬいぐるみなどが置いてあり、女の子らしい部屋になっている。そのぬいぐるみの持ち主は、弥宵の隣でまだ寝ている。しかし、時計を見ればそれも当然だろう。弥宵ももう一眠りしようか、と思ったが、完全に目が覚めてしまったようだ。ベッドから立ち上がり、どうしたものか、と思ったが、他人の部屋の物を勝手に漁るのもどうかと思い、先程の音が夜陰なら下にいるだろうと、下に行くことにした。
(でも……まさか、男だったなんて……ね)
昨日の終食の時にも聞いたが、あの見た目で男というのは、些か詐欺が過ぎるのではないか、と思う。しかし、早めに言ってもらえて助かった、というのもある。知らないままだったのなら、夜陰と風呂に入っていたことだろう。最悪の事にならず安堵すると共に、軽いショックのようなものをもちながら、弥宵は玄関から外に出た。
下に行こうと階段を降りようとした時、話し声が聞こえ、夜陰が外にでた音がした。弥宵は階段を降りきると、モップで床を拭いている源次に尋ねる。
「あ、店長おはようございます。夜陰はどこ行ったんですか?」
すると源次は手を止めて弥宵に振り向く。
「嬢ちゃんも早いな、夜陰はランニングだ」
そう言うと、源次は左手を顔の高さまで持ち上げ、人差し指を立ててチッチッと降って言った。
「だがな嬢ちゃん。俺は店長じゃねぇ。マスターだ。そこんとこ間違えてくれるなよな?」
正直、どう違うのだろう、と弥宵は思った。しかし、面倒臭そうなので、弥宵は「あ、はいわかりました」とだけ言った。
しかし、話し相手がいなくなってしまった。夜陰はランニング、蛍はまだ夢の中、時雨はわからないが、恐らくまだ寝ているだろう。正直いうと、弥宵は時雨が少し苦手だった。昨日会ったばかりだが、なんというか、生理的に。暁、というのも、もちろんあるのだろうが。夜陰は、見た目がアレなので、どうにも異性として認識できない。
(蛍は……起こしちゃ悪いよね)
本格的に暇だ、と、部屋に戻ろうとした時、源次が後ろから声をかけてきた。
「嬢ちゃんコーヒーは平気か?」
振り向くと、カウンターにコーヒーカップが置いてあり、いつの間に淹れたのか、その中には吸い込まれそうな程黒いコーヒーが入っていた。
「あいつが帰ってくるまで暇だろう?昨日のことを聞かせてくれると助かるんだが」
そう言って源次はカウンターに肘をついてコーヒーを薦めた。なんと、話し相手ができてしまった。
(確かに……あそこには帰りたくないし、話しておいた方がいい……よね)
弥宵はカウンターに座ると、コーヒーを一口飲んでから、黒い男が自分を殺そうとしたこと、その時、たまたま近くを通りかがった夜陰が助けてくれたことなどを、かいつまんで説明した。
――――7/17.LT:6:10
「なるほど。つまり嬢ちゃんは、二ヶ月前、あの実験施設を抜け出したが、昨日施設から送られた『
カウンターの向こう側で源次が整理する。カウンターを挟んで源次の正面に弥宵が座っており、二つ空けた左に時雨、弥宵の右隣りに夜陰が座っている。夜陰は二十分程前、弥宵が源次に説明をしている間に戻ってきた。時雨は十分前に起きてきたばかりだ。
「やっぱり、あの施設は閉鎖されてなかったんだな」
夜陰がコーヒーを飲みながら言う。本当に閉鎖されたとは思っていなかったが、明確な情報がなかったため、確信が持てなかったのだが、これでハッキリした。
「で、俺と蛍が必死こいて見つけた情報を、夜陰があっさり見つけちゃった訳だ」
やはり時雨達が掴んだ情報は昨日のあの男のことだったらしい。やはり、逃してしまったのは痛い。
「でも、店……マスターも力のこと知ってるなんて、ビックリしました」
弥宵が源次に言う。時雨の父親なのだから知ってて当然だと思うのだが。そもそも、事情を知らなければ夜陰に部屋を貸したりしていないはずだ。それ以前に、七年前に引き取ったりしていない。もっといえば……関係者以外は、だ。
「でさマスター。弥宵に一部屋貸して欲しいんだけど」
夜陰が空になったコーヒーカップを洗いながら言う。弥宵は当然だが戻りたくはないだろうし、ここにいれば他よりは安全のはずだ。何より、夜陰達にとっても貴重な仲間だ。
「それはいいが……」
「家賃なら事務所の収入でいけると思うんだけど」
「右端の部屋を使え」
源次は壁にかけてあった鍵のうちの一つを弥宵に投げて寄越す。丸いプラスチックのキーホルダーには『201』と書いてある。
(……部屋番号、あったんだ)
表札がないので、ないものだと思っていたのだが、鍵にはついているのか。
弥宵は鍵をポケットに入れる。服は昨日、夜陰の物を貸してもらった物だ。
「弥宵の服買わないと、色々不便だな」
夜陰が弥宵を見ながら言った。確かに、このまま夜陰の服を借り続けるわけにはいかないが……
「私、お金ないよ?」
施設からは何も持ってこずに……否、そもそも、持っていくようなものがなかったため、患者衣の様なものだけで出てきたのだ。財布など持っているはずがない。
「出すからいい。……時雨が」
「何故に!?」
「女に物を奢ると好感度が少し上がるという噂が」
「それは真ですか!」
ガタン!と椅子から勢いよく立ち上がる。が、その拍子にカウンターに膝をぶつけてのた打ち回る。それに見向きもせず、夜陰は弥宵に言う。
「時雨が出すらしいから。後でデパートにでも行くか」
椅子から立ち上がり、少し伸びをしてから、階段に向かう。弥宵も夜陰についていく。
時雨も行こうとするが、かなり強く打ったらしく、たった瞬間にまた転び、額を強く打ち、またもやのた打ち回る。
「――――起きたら時雨がのたうち回ってるとか、なんの罰ゲーム?」
いつの間に来たのか、階段の上から、蛍がそう言った。
――――7/17.LT:13:36
「うわー、大っきー!」
横浜駅近くにある、巨大なショッピングセンターの中で弥宵は素直な感想を口にした。
このショッピングセンターは去年出来たばかりで、汚れなどが殆どない。正面入口から入ると広いホールになっていて、五階まで吹抜けで、様々な店を見て取れる。ホール中央には、他より少し高くなった段差の上に、二〜三階程の高さはある巨大なファイバーツリーがある。段差は広く、楽器なども置けるようになっていて、イベントの季節には、ここから様々な音楽がセンター内に響き渡る。そのホールの向こう側には二階に上がるためのエスカレーターが四つ、左から順に登り、下り、登り、下りで備わっている。
「俺初めて来たわ。でっけぇなぁ」
「あたしは先月夜陰と来た」
時雨は初めて、蛍は夜陰と何度が来ている。といっても、夜陰達が来る時は、電化製品以外は見ないのだが。
「広いからはぐれるなよ。服が売ってる所は……三階が一番近いかな」
ホールを抜け、二階に上がる。この建物は吹抜けが多いらしく、三階に向かうエスカレーターはホールの一つ奥の吹抜けの両側にあった。右側から三階に上がるとすぐに『夏物大セール』と書かれた看板を見つけた。右半分が男物、左半分が女物の売っている場所らしい。左に移動すると、蛍が服を選んでいく。
「これとこれと……これかな。スカートとズボンどっちがいい?」
「え?ズボンかな。動きやすいし」
テキパキと服を選んでいく蛍を見て、時雨が一言、
「小学生でも通る身長なのになぁ」
と感想を言った。
「時雨はカツアゲで生活費をたててるチンピラでも通ると思う」
「ひでぇ」
弥宵の服を選びながら、時雨に毒を吐く。いくつか手に取ると、弥宵と共に試着室に入っていった。
「……なぁ夜陰よ」
「ん?」
「……お前も選んでもらったらどうだ?」
「殴って試着室の中入れてやろうか」
「それはそれで役得……」
「蛍は間違いなく他人のふりをするだろうな。でお縄につくわけだ」
「覗きをしようとする奴ってクズだよなぁ」
ケラケラと時雨は笑う。つまりお前はクズってことだな、と夜陰は言う。時雨は蛍より夜陰の方が毒舌だなぁ、と返す。
暫くすると、試着室のカーテンが開き、中から弥宵と蛍が出てくる。
「決まった?」
夜陰が二人に言うと、蛍が
「うん。これ全部」
と言ってカゴを時雨に渡した。かなりの量の服が入っており、カゴにはこれ以上入らないだろう。
時雨は少し青ざめながら、
「え……マジで俺が払うの?」
と言った。口元が少し引きつっているのは、気のせいではないだろう。
「だ、出すならせめて、着てるとこ見せてくんないかなぁ?」
明らかに引きつっている。震える声で、蛍に言った。
「サイズは夜陰と同じだから。夜陰に着せたら?」
「それはそれでいいかもな」
「よし時雨。そこの非常階段まで来い」
「うわ、待て待て落ち着け夜か――うおっ!?」
夜陰が時雨にアイアンクローをきめ、時雨が悲鳴を上げる。
(あはは……なんか、思ったより普通だ)
弥宵は改めて、施設から出てきてよかった、と思うのだった。
しかし、次の日、事務所に届いた一通の手紙から、まだ先だと思っていた
次回から、ようやく本格的に話が進みます。