もしも比企谷小町が姉だったら・・・   作:fate厨

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この文章は駄文です。ご了承ください。


第2話

目を開けると懐かしい”平凡”が広がっていた。

 長らく病院に入院していたため、清潔感にあふれる病室の天井を毎朝飽きるほど見ていた俺にとって、自分の家の自分の部屋の、少し汚れが見える天井はとても心地よく感じられる。

 4月の初旬。入学式当日に全治1カ月の骨折をした俺は、つい昨日。めでたく退院したのだった。

 気持ちの良い朝日感じながら、ベッドから起き出る。

 体がだるいな。ずっと病院のベッドに寝転がりっぱなしだったから筋肉が衰えてるみたいだ。少し運動しよう。

 

 さて、今日から俺の高校生活が始まる。本当は1カ月前から始まるはずだったんだけどな・・。

 俺が入学する高校である総武高校は千葉県の中ではかなり勉強に力を入れている進学校だ。

 まぁ特にこれといって総武高校に進学した理由はないのだが。しいて理由を挙げるとすれば、自転車で通える距離にあることと、自分の身内に総武高校の卒業生がいることぐらいである。

 そう。何を隠そう我が姉、比企谷小町は、総武高校の卒業生なのだ。

 そのため、姉貴には受験勉強で何かと助けてもらった。特に壊滅的だった数学も、姉貴の必死の教えのおかげか、平均点ちょっと下ぐらいまで持っていくことができた。俺が総武高校に受かったのは姉貴のおかげといっても過言ではないだろう。

 そんな姉貴のおかげで着ることができる、総武高校の制服に身を包んだ俺はガチャリ、と部屋のドアを開ける。

 

 

ドアの向こうには俺の鼻孔をくすぐる、ひどくおいしそうな匂いが広がっていた。キッチンからだろうか。何だろう。この匂いは。そうだ、スクランブルエッグだ。俺の大好きな。砂糖がたっぷりと入った。

 その匂いにつられるように、リビングの扉を開ける。

 リビングと繋がっているキッチンには、機嫌が良いですよ、と言わんばかりに鼻歌を奏でながら朝ごはんを作る我が最愛の姉、比企谷小町がいた。

 彼女がキッチンに立って朝ごはんを作る光景を見るのは何年ぶりだろうか。

 というのも、姉貴は高校を卒業後、千葉県内の有名な国立大学に進学する関係で、家を出て独り暮らしをしている。

 そのためここ数年。比企谷家のキッチンは俺の独擅場と化していた。

 

「およー。八幡おはよう。思ってたより起きるの早いね」

 

 俺の視線に気づいたのか、姉貴はフライパン片手ににっこりとほほ笑む。

 

「あぁ。朝ごはんは自分で作るつもりだったからな。それよか姉貴こそ、なんでここにいんだよ。大学はどうしたんだ」

 

「大学は今日は休みだから、愛しの弟のために朝ごはんを作りに来たんだよ。あっ今のお姉ちゃん的にポイント高い」

 

 姉貴、朝から絶好調だな。

 

「はいはい。高い高い」

 

「あー、なんか返事が雑だよ。まぁいいや。朝ごはんできたから、座って座って」

 

「お、おう」

 

 姉貴に急かされ、席に着く。続いて姉貴も料理を並べてから、俺の正面に座った。

 ああ。そういえば俺の正面は姉貴の定位置だったな、なんてどうでもいいことを思い出し、懐かしむ。

 

「「いただきます」」

 

 姉貴と俺の声が重なった。 

 こんな当たり前のような食事前のあいさつも、一人の時は言っていなかった。言わなきゃダメだな、こういうことは。

 姉貴は自身の作ったスクランブルエッグを頬張りながら、「うーん。おいしー」などと自己満足に浸っている。

 グ―――――――。

 姉貴の食べっぷりを見たからだろうか。俺のおなかが盛大になった。

 俺は姉貴の作った朝ごはんをものの数分で食べ終えてしまった。

 

「どうですか?おいしかったですか?」

 

 俺が食べ終えるやいなや、姉貴は、頬杖をつきながら、使っていたスプーンをマイクのようにして、インタビューをしてくる。

 

「・・・いや・・・まぁ」

 

「なぁに?その微妙な反応は。もしかして美味しくなかった?」

 

「いや、うまかった」

 

 それも俺の16年の人生で1,2を争うレベルで。しかし実際、姉貴の作ったスクランブルエッグは俺の作るものとあまり変わらないのかもしれない。

 それでも、こんなにもおいしく感じられるのは、たぶん・・・・。

 

「久しぶりに誰かと食べられて・・・まぁその・・よかった」

 

 姉貴は、鳩が豆鉄砲を食らったかのようにポカンとしている。

 ・・・・・・・・しまった。つい柄でもないことを言ってしまった。やばい。すごい恥ずかしい。

 

 

「・・・・い、いやー八幡がそんなこと言うとはね・・あっでもそこはお姉ちゃんとって言ってくれたほうが、お姉ちゃん的にはポイント高かったかな・・・なんて」

 

 姉貴もいつもとは違う俺の発言に驚きを隠せない様子だ。

 

「・・・・・そろそろ時間だから、学校いくわ」

 

 この場から逃げたいという衝動に身を任せ、席を立つ。

 

「あっちょっと待って、八幡」

 

「・・・なんだよ」

 

「入学写真撮ろう、入学写真」

 

「は?・・いや・ま・・」

 

 俺が何かを言う前に姉貴はポケットからスマホを取り出し、俺の右腕に抱き付き、内カメラをこちらに向けた。

 胸が腕に当たってドキドキ、なんてことは全くないが、姉貴の髪から香る、シャンプーの匂いがこそばゆく感じられる。

 

「はいチーズ」

 

 カシャリ、というシャッター音とともに、姉貴のスマホに1カ月遅れの入学写真が記録された。

 自身のスマホ画面を見ながらフムフムと満足そうにうなずく。どうやら望み通りの写真が撮れたようだ。

 

「あ、そうだ八幡」

 

 何かを思い出したらしく、スマホから顔を上げる。

 

「高校で”いいこと”、あるといいね」

 

 そう言いながら、姉貴は笑った。

 ニシシ、という擬音が聞こえてきそうな笑み。例えるならそれはいたずらが成功した少女のような。少し不安だ。

 いつもより入念に身支度を整えて玄関で真新しいローファーを履く。

 姉貴はリビングからひょっこり顔だけを出しながら、

「行ってらっしゃい。八幡」

 

 

「・・・行ってきます」

 

 

 

 

 この挨拶も、久しぶりに言った気がした。

 

 

 


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