音ノ木坂学院ラブライ部!   作:れみんとぅ

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ユウ「さって…どの辺りを話したもんか」

ことり「そんなに色々あったんですか?」

ユウ「まあ、挙げればキリがないってくらいな。ほんの一ヶ月ちょっとの事なのに、色々ありすぎた」

ことり「へぇ〜…」

ユウ「できるだけかいつまんで話すつもりだけど、きっとかなり長くなるよ。具体的には、10000万字に迫るくらいに」

ことり「字…?」

ユウ「気にしなくていい。退屈だったら、飛ばしても全然問題ないからな」

ことり「飛ばす…?」

ユウ「気にしなくていい。じゃあ、出会いから…」

ことり「字とか、飛ばすってどういう…」

ユウ「気にしなくていい」

ことり「でも…」

ユウ「気にしなくていい」




悠「思い出話」 【8割番外編】

 

「私の伴奏をしてくれないかしら?」

 

いきなり何を言いだすんだ、と思った。

 

初対面の人間にそう言われたら、どう思うだろう。まあまず間違いなく「え?」か「は?」か、とにかく意味をなさない声を上げてしまうと思う。それがいくら、美人の先輩だったとしても。

ちなみに僕の場合の声は、後者の方だった。

 

「元々の伴奏者にやめられてしまったの。代わりを探そうにも、私には大人との繋がりはあまりないから」

 

ここは音楽室。当時中学2年、中二病真っ盛り(といっても髪を伸ばすくらいの軽いものだった。某RPGの最年長主人公のように)だったので「ピアノ弾ける男子ってカッコよくね?」と音楽室で孤独に弾いていたところに来た話。

 

当然僕は断った。他人の伴奏をできるほどピアノを弾ける自信はなかったから。でも、相手の方はそうは思わなかったらしい。

 

「私はあなたがいいのよ。いつもここで弾いていたでしょう?」

 

それはその通り。でもだからといって上手いってわけじゃない。

 

僕は自分が弾きたい曲しか弾いていないし、誰かに師事して専門的に教わったわけじゃない。小学校から中学2年までの間、姉さんが習っていたのをそのまま姉さんから教わっただけ。

 

「少し聴くだけですぐにわかったわ。あなたは上手い」

「楽譜の通り、しっかり再現できる。作曲者の指示通り忠実に」

「それは簡単なようで、実は一番難しいこと」

「それが自然にできているあなたは、本当にピアノが上手いのよ」

 

褒められているような、貶されているような。

 

楽譜通り忠実に弾く、というのは確かにとても難しいことだし、だからこそ僕はそれが出来るようになろうと弾いている。

でも音楽は『芸術』なのだから、ただコピーできるだけじゃ残念ながら食べてはいけない。

自分の弾くピアノに『自分』がいなければ、他人は聴いてはくれない。

 

別に、僕は音楽で食べていく気がないから何も問題はないのだけど。

 

「大丈夫よ。あなたを(・・・・)聴かせる(・・・・)んじゃない(・・・・・)でしょう?」

「あなたはあくまで伴奏者(・・・)。主役は私。主役の演奏に花を添えるのが伴奏の役割じゃない」

 

…複雑な心境だった。その通りなんだけど。

 

どうやら彼女の中ではもう僕が隣で弾くことになっているらしい。断ることはできなさそうだった。先輩だったし。

 

どうなっても知りませんよ、と苦笑混じりに答えると、彼女…先輩は初めて、僕に笑顔を作って見せた。

 

「それも心配いらないわ」

 

その笑顔は、自信に溢れる、とても綺麗な笑顔だった。そして彼女は続ける。

 

「失敗なんて、ありえないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるのはクライスラー『愛の喜び』よ」

 

次の日、そう言いながら楽譜の入っているであろうファイルを僕に差し出す先輩は、肩にこげ茶のハードケースを提げて現れた。そのケース中央には英語のステッカー。"Life Is Music(人生は音楽だ)"だそうだ。

 

…なんというか、見かけによらずロックな人らしい。早くも先輩に対するイメージを壊された僕だった。

 

「合わせるのは明日にしましょう。今日はこれで帰るわ」

 

そういえば、昨日は名前を聞くのを忘れていた。

 

突然の「伴奏やれ」に驚いてそれどころじゃなかったし、先輩も先輩で名前は言わなかったし聞かれなかったしで、結局昨日は自己紹介していなかったのだ。

 

「…そういえばそうだったわね」

「私は悠弓…藤城(ふじしろ) 悠弓(ゆみ)よ。『悠久』の悠に『弓』と書くわ」

 

僕が先にしようと思ったのに、なんだかかっこいい自己紹介をされた。ついでに僕も『悠久』の悠なので、説明を奪われた。

 

とりあえず同じように名乗る。「同じ字なのね」と少し嬉しそう。表情は人形の如く真顔のままだったが、なんとなくそんな気がしたのだ。

僕が改めて挨拶すると、先輩はどこかむず痒そうに言った。

 

「先輩、はやめて。呼び捨てでいいし、敬語もいらないわ」

 

そう言われても、後輩としてはそうもいかない。周りの目があるのだ。

 

しかし、初対面で話しただけでわかるレベルの頑固者、きっと譲らなかっただろう。

だから、僕は彼女のことを「悠弓さん」と呼ぶことにした。その代わり敬語は継続する事にした。

 

それでも納得できないような顔をする彼女に僕はひょっとして悠弓"ちゃん"の方がいいのか、と聞いてみた。すると「怒るわよ」と言われた。からかおうとしただけなのに割と本気で怒られた。

 

「じゃあ、また明日。ちゃんと練習してくるのよ」

 

わかってますよ、悠弓さん。

 

 

ーーーーーーー

ーーー

 

 

初合わせである。

「軽く行きましょう」なんて言っておいて、悠弓さんは最初から最後までフルスロットルだった。

 

「…ふぅ。初にしては及第点、かしら」

 

なにが及第点か。じゃじゃ馬に合わせるこちらの事を少しは考えて欲しかった。

 

演奏、どころか音そのもの(・・・・・)がコロコロ変わる。ひとつ前の小節でミスしたなら、その次は不機嫌そうに荒っぽくなる。ちょっと上手くいくと、すぐに調子に乗ってどんどん好き勝手に弾き始める。

…でミスるとまた不機嫌になる。

 

波がありすぎる。しかもその波が高すぎる。

まるで荒れた海のような演奏だった。

 

「荻野くん、あなた私に合わせようとしてるわね」

「だから疲れるのよ」

「あなたは踊り子の舞台(ステージ)。踊り子の私がその上で踊っても、あなたはただ踏まれてるだけでしょう?」

 

まず前提として、僕の役割は『床』らしい。

 

「床、ね…そう、あなたは床を作るのよ。私がどんなに暴れても、抜けない床をね」

 

僕が踏まれる事で快楽を得る属性を持っているかのような例え話だった。正直、もう少しなんとかならなかったのかと思わざるをえない。

 

「わかったらもう一度行くわよ。今度はしっかりお願いね」

 

床、床ね…床…なるほどわからん。

とにかく、いつもよりも楽譜を見る回数を増やし、しっかりと指示通り弾く事を考える。

 

すると、驚くべき事が起きた。

 

なんとガッチリと曲にハマったのだ。それはもうこれしかない(・・・・・・)ってくらいに。

驚きながらも僕の両手は動き続け、彼女が言うところの『床』を作り続ける。

 

悠弓さんは、僕の作る床の上で、自由に踊っていた。

 

楽譜の指示に沿う方が珍しい。

 

自分が思うように。

 

ありったけの自分で。

 

心の底から楽しそうに。

 

その演奏は。

 

これ以上なくひたむきで、真っ直ぐだった。

 

「…ふふっ」

 

演奏の途中、悠弓さんが笑い声をこぼす。

気付けば僕は、ピアノを弾きながらも夢中になって、彼女の演奏に耳を傾けていた。

 

次から次へといろんな音を奏でる悠弓さんの次の音に、腕の動きに、一挙手一投足すべてに集中する。

早く、早くと気が焦る。でも、不思議とテンポを外す事はない。

 

あっという間に、曲が終わっていた。

 

「…いい感じ」

 

どうやら、彼女のお気にも召したらしい。

 

「やっぱりあなたは上手いわ」

「私の演奏を聴きながらでも、テンポは外さないしミスもない」

「前の伴奏者よりもずっとやりやすいわよ」

 

流石にちゃんとした伴奏者と比べるのはおこがましい。それに、僕がテンポを外さずに弾けたのは、僕の実力じゃないと思う。

 

好き勝手弾いてるように見えて、彼女は舞台から飛び出す事は絶対にない。曲の枠の中にキッチリと収まっているのだ。

許された範囲、いわば『誤差』の範囲を目一杯使って、自分の思うように演奏してしまう。その引き出し(、、、、)が多過ぎて、一見めちゃくちゃに見えてしまうんだろう。

 

それだけじゃない。

 

悠弓さんの演奏は、人に伝染する。

 

どういう事かというと、聴いていると対抗してしまうというか、感化されてしまうというか。

つまり、自分まで(、、、、)彼女と同じように弾きそうになってしまうのだ。

そのせいで、言うなれば殴り合いのようになってしまう。僕も何度も釣られそうになり、その度気合を入れ直していた。

 

「伝染…というのは少し気に入らないわ」

「何がいいかしら…そうね、『喚起』とでも言いましょう」

 

いや…呼び方はどうでもいいのでは…。

 

とにかく、その『殴り合い』を回避しなければ本当にめちゃくちゃになってしまう。

きっと前の伴奏者が辞めたのは、ネオジウム磁石のように強力な彼女の演奏に耐えられなくなったからだろう。

 

「それに釣られないのだから、やっぱり荻野くんは上手いのね」

 

私の目に狂いはなかった、と言わんばかりの表情である。

 

確かに、悠弓さんの目に狂いはなかったのかもしれない。けれど、僕が釣られない理由は音楽をたしなむ者として少なからず複雑なもののような気がした。

 

僕が彼女とともに弾いても崩れない理由。

それは、そういう耳(、、、、、)がないからだと思う。

 

プロとは言わずとも、コンクールの伴奏を任されたり、音楽教室で教えたりする人達はそういう『聴覚』を持っている人たち。

演奏者の音を把握し、瞬時に自分の演奏をアジャストする力。

その『耳』自体は、しっかりと修練を積めば誰でも修得できるんだと思う。むしろ、才能と言われるのはその先。アジャストする技術の方だ。

 

音楽は車のようなもの。その日その時その一瞬が、全てリズムも音色も違う。

演奏者に運転させる(、、、、、、、、、)のが伴奏者なのだと思っている。そうでなければ、ストレスが溜まるばかりになってしまうから。

 

「少なくともコンクールなら、あなたの方が上手いって言われると思うわよ?」

「どれだけ楽譜に忠実に、ミスなく弾けるかが重要視されるのだから」

 

これもまた、複雑な褒め言葉だ。というか悠弓さんは褒めるのが下手だと思う。

 

「それに…私は好きよ。あなたのピアノ」

「決して目立たず、あくまで演奏者を主役にするように」

「自分が機械のように弾くことで、演奏者の人間味をより引き立てる」

「後ろから支える。そんな演奏」

 

ひとりで弾くんじゃ、宝の持ち腐れだけれどね。そう言って少しだけ微笑む。

なんだかとても魅力的に見えて、さりげなく視線を逸らした。

 

もし、自分がそうだとして。

 

それを教えてくれたのは、間違いなく悠弓さんだ。

 

僕は、知り合ったばかりの先輩のために、人生で初めて、空腹でぶっ倒れるまで練習した。

 

 

ーーーーーーー

ーーー

 

 

本番を明日に控えた金曜日。習慣になりつつある放課後の音楽室。夏にも本番が近付いてきたのを感じさせる、気温30度にも登りそうな濃い日差し。

 

飯を食わずに倒れた、と悠弓さんに伝え、その間メールにも電話にも反応しなかったことを謝った。

気にかけてくれていたらしい。いつもよりもかなり饒舌に僕に怒気をはらんだ言葉を浴びせかけた。

 

「ご飯食べないで倒れるなんて、あなたはもしかしてバカなの?いえ、もしかしなくてもバカね。自分の体調管理くらいちゃんとしなさい。全く本当に情けないんだから」

 

それはもう息継ぎなしで思いっきり。ここまで怒られると地味に凹む。

 

こういう時、悠弓さんのような人は実は心配してくれていたなんていうのがフィクションでは定番だ。ツンデレというやつである。少し期待して次の言葉を待ってみた。

 

「…心配させないでよ」

 

期待通り。心の中でガッツポーズである。

ボソリと呟き、更に少し頰を染めているのがまたいい。ご飯3杯…は無理だな、2杯ならいける。胃袋的に。

 

「なに見てるのよ早く準備なさい本番は明日なんだから」

 

照れ隠しにちょっと早口になる悠弓さんだった。ぷいっと顔を背けて、バイオリンのチューニングをし始めるのもとてもいい。そしてミスってやり直すのもまた更にいい。

 

「…調整程度に行きましょう」

 

そう言って、結局本気でやるのはもう恒例。もう慣れた。慣れてしまった。

はいはい、なんて返事を返しながらピアノに楽譜を置くき、頭の中のメトロノームを曲のテンポに合わせる。

 

心地のいい時間。

隣で悠弓さんの姿を独り占めする時間。

なんて、気を抜いてるとこっちがミスするから、あんまり見れないんだけど。

 

そこから1時間…合計6回ほど合わせた後、最後に本気で1度通して練習終了。

 

「…これなら、いけるわ」

 

演奏直後の悠弓さんは、極端に口数が減る。いや、元々あまり喋る方じゃないし、偶然家が近くにあるらしく一緒に帰るようになったけれど、道中特に話すでもない静かなものだから、あまり関係はない。

 

出会った頃は薄暗く星も見え始めていたこの時間帯も、最近は夕焼けが綺麗に空を塗り潰し、昼間の暑さもまだ残っていた。

 

「帰りましょうか」

 

バイオリンの弓をケースに仕舞うと、肩にかけて立ち上がる。僕は鍵盤に布をかけて鍵盤蓋(けんばんふた)を閉めて終わりなので、基本的に悠弓さんの片付けを待つ形になる。

 

「せっかくまだ明るいし、今日はコンビニにでも寄っていく?」

 

いいかもしれない。暑くて、アイスでも食べたい気分だったところだ。

 

「あら、私もよ。ちょうどいいわね、行きましょう」

 

…今日はやけに饒舌だ。そして、よく笑顔を見せてくれる。

 

普段無表情で感情の起伏がわからないから、今の悠弓さんはとても新鮮だった。

そして、表情豊かな悠弓さんは、本当に美人だなと感じられる。夕焼けに映えて本当に綺麗だった。

 

「…どうしたの?まだ調子が戻らない?」

「病み上がりだし、今日は休んでもらったほうがよかったかしら…」

「無理をさせてしまったわね。ごめんなさい」

 

…なるほど。饒舌なのはそのせいか。

 

無表情だし、なんとも思っていないように振る舞う悠弓さんだけれど、実は心配性らしい。

そして、心配性が発動している時の彼女はよく喋り、表情豊かだ。

 

「…なに笑っているのよ。私の顔に何か付いてる?」

 

いえ、悠弓さんは可愛いところあるんだなって

 

心の声が口に出てしまった。

まあ、悠弓さんの事だし軽くあしらってくれるだろう。そう思って何も言わず反応を待ったんだが…

 

「……」

 

黙り込まれてしまった。顔を背け、スタスタと先を行ってしまう。完全に予想外の反応である。

声をかけても無視。仕方なく僕は悠弓さんと同様早歩きで後をついて行った。

 

 

ーーーーーーー

ーーー

 

 

本番当日。

 

現地集合と言っていたので、先に会場に入り悠弓さんを待っていた。

借り物のスーツに、借り物のネクタイ。微妙に合わないサイズを気にしながら、緊張が段々と僕の中にに染み込んで来たところだった。

 

僕のケータイが、着信を知らせる音楽を鳴らす。

 

悠弓さんの番号。遅くなるってことだろうか。

 

通話のボタンを押し、名前を告げる。

 

相手は、悠弓さんの父親と名乗る人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

悠弓さんが事故に遭った。

 

病院の名前だけを僕に告げると、電話は一方的に切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

病院に着くなり、顔を見せないままそう言った。別に僕は怒ってはいないのに。

 

「バイオリンもダメになっちゃった。気に入ってたんだけどね」

 

僕はバイオリンじゃなくて、悠弓さんが無事なのかを聞いたはずだ。意図して無視しているのは明らか。理由はわからないけれど。

 

「まあ、家にもう一本あるし、何も問題はないけれど」

 

どうしてこっちを見ないんだろう。窓の外はどんより曇っていて、晴れていても特にいいわけでもない景色が更に微妙な景色になっているのに。

 

「…私は五体満足よ。なにも心配ない」

 

本当に何もないんだったら、こっちを向いて笑ってほしい。

 

「…ごめんなさい。嘘、ついたわ」

 

知ってる。だって、明らかにおかしいから。

 

力なく横たわる左腕が、なぜかすぐに何かあったのだと僕に知らせていた。

 

 

 

 

「動かないの。私の左手足」

 

 

 

 

想像はついていた。それでも、悠弓さんの声は乾いていて、無機質で、それが重くのしかかって来るようで。

後遺症。巻き込まれた事故なのに、失うものがあまりにも大きすぎる。

 

「…ああ、ごめんなさい。一生このままってわけじゃないの」

「リハビリをすれば、問題なく治るわ」

「ただ…1年以上、かかるそうだけど」

 

そうか。

 

最初に聞いた「ごめんなさい」は、コンクールに来なかったことに対してではなかったのだろう。

きっと、練習の時僕が悠弓さんを見ていたこと、『見惚れていた』と言えるくらい見つめてたのをわかっていたんだ。

 

1年かかるということは、もう僕と演奏することはできないって事になる。当然だ、悠弓さんは3年なんだから。

それに受験だってある。きっと音楽科のある高校を目指しているんだろう。そうなれば、もう会うことだって無くなるかもしれない。

だけど、それでも。

 

よかった、と僕は呟いていた。

その反応が意外だったらしい。その時やっと、悠弓さんの顔がこっちを向いた。

 

泣き腫らして、目を真っ赤にして、正直不細工で。思わず笑うと、悠弓さんは少し怒ったような顔を見せる。

 

「…なによ」

 

不機嫌そうに言うその声は、いつもの彼女の声だった。

 

僕が一緒に弾くのは、どのみちあの日だけだった。だから、高校に行って離れ離れになっても僕は大丈夫だ。

もちろん、出来ることならもっと長く隣で弾きたい。もっと聴きたい。それでも、やっぱりどこかでお別れなのだ。その事をいちいち悲しんでいたら、僕は今頃きっと死んでいる。

 

「…私が」

 

ここまで聞いて、悠弓さんは僕の声を遮った。僕としてはこれからいいことを言う気で話していて、ノッて来ていたので、少なからず肩透かしを食らった気分だ。

 

「…私が、寂しいのよ」

 

…僕の格好付けた話よりもずっとこっちの方がいい。どきりと胸が高鳴り、頬が熱くなるのが感じられた。

 

「私が嫌なの。もっとあなたと弾いていたいのよ」

「あなたと朝に、昼休みに、放課後に、一緒に練習するのが本当に楽しかった」

「コンクールが終わった後も、一緒にやろうと思ってた。クラシックだけじゃない、色んなジャンルをやろうって」

「なのに…こんなことになって…台無しになって…」

「それが本当に、本当に嫌」

「自分のものなのに、ピクリとも動かないこの左腕が憎らしい」

 

震える声で言う悠弓さんは、また涙を流していた。すぐに動かせる右手で拭って、またそっぽを向いてしまう。

僕は何も言えず、しばらく小さなすすり泣く声だけが聞こえていた。

 

 

 

 

結局無言のまま、やがて悠弓さんの声も聞こえなくなった。窓の外に見える空も、雲が減って晴れ間が見えてきたようだ。

 

ふと悠弓さんがある場所を見る。釣られて僕も目を向けると、そこにはラップか何かで包まれた半球のメロンが、皿の上に乗っかっていた。

 

「…ねえ。あそこにメロンがあるのだけれど」

 

泣き止んだ悠弓さんは、そんな事を言い出した。

 

「で、私左腕が動かないから、一人じゃどうしようもないの」

 

つまりは、食べられるように用意しろと。

 

「何を言っているの。それは言われずともやりなさい」

 

これは手厳しい。まだ要求があるのか。

 

「ここまで言ったんだから察しなさい。最後まで言わせる気?」

「右手だけじゃうまく食べられないじゃない」

 

…ん?なんだかちょっと予想できる気がするぞ。これはあれか。僕が役得的な展開か。

 

「食べさせて」

 

心の中で狂喜乱舞。

彼女の頼みを断る理由は、僕は持ち合わせていなかった。あったとしても、捨てていただろうけれど。

 

 

ーーーーーーー

ーーー

 

 

悠弓さんは、卒業式まで学校に来る事はなかった。

僕は何度かお見舞いに行ったけれど、そのうち「もう来ないで。見苦しくなるから」と言われてしまった。きっとリハビリが始まるからだったんだろう。

 

当日は、彼女はまだ車椅子だった。左手は車椅子を漕ぐくらいは問題ないようだったけれど、左足はまだまだ動かないということか。

即席のスロープを、先生に押されてステージに上がる。ふと見えた横顔に、なにか決意の色が見えた気がする。

 

式を終え、正門前に先輩達が集まっている。その景色を音楽室から眺めた。悠弓さんの姿は見当たらない。

なんとなくピアノの前に座り、なんとなく彼らに聞こえるように窓を開け、いざ、指に力を込めようとした時。

 

「…やっぱり、ここにいた」

 

悠弓さんが、音楽室の扉を開けた。膝の上には、黒いケース。きっともう一本のバイオリン。中央にはまたステッカーが貼られていた。字は"Music is crystal of sound(音楽は音の結晶だ)"と書かれている。今度のケースは、ソローというアメリカの作家の言葉だった。

 

「一番に見てもらおうと思って」

 

そう言って、ケースを床に降ろす悠弓さん。一体何が始まるのやら。

そう思ってぼんやりと見ていると、彼女はなんと、手すりに手を掛け、体を持ち上げたのだ。

 

おいまさか、まだ半年くらいだぞ。無理に決まってる。僕はすぐに駆け寄ろうと腰を上げる。

 

だけど、その必要はなかった。

 

「ね?」

 

笑顔で、少し首を傾げて。

 

破壊力抜群の表情を見せる悠弓さんは、自分の足で立ち上がっていた。

 

「この通り、本当は歩けるのよ

「でも車椅子って、想像以上に楽でね」

「卒業するまでくらいは皆に頼ってしまおうと思って」

 

悪戯っぽく彼女は笑う。出会った時の無表情はどこへやら、今の悠弓さんはただの美人だった。

いや、ただの美人って何だ。僕は今の悠弓さんの方がいい。きっと高校に入ったらさぞモテることだろう。

 

「…どうしたの?」

 

突然間近で声が聞こえて、めちゃくちゃびっくりした。いつの間にかすぐ隣に来ていたらしい。

そのままピアノ椅子を半分使い、僕の隣に腰を下ろす。

 

「…私、日本の(、、、)高校には行かないの」

「ポーランドの、ショパン音楽大学。名前くらいは知っているでしょう?」

「向こうで普通の高校に通いながら、父さんの知り合いの先生に師事することになってるわ」

「その大学に進むためにね」

「だから…会えるのは今日で、最後」

 

もともと、こっちの音楽科の高校に受からなかったらそうすることになっていたんだけれど。そう言う悠弓さんの顔は、浮かなかった。

 

それでも、おめでとうございます。と僕は言う。

自分の胸の中の、ちくっとした痛みは無視して。

 

「…なんでそんなに平気でいられるの?」

「私と会えなくなるの、悲しくないのかしら?」

 

そりゃ悲しい。悲しくないわけがない。短い時間とはいえ一緒にいたんだから。そしてあんな風に同じ時間を過ごしたんだから。

 

「そう…ならいいわ」

 

しばらくの間、静かになった。外から聞こえる笑い声や泣き声、カメラのシャッター音が場を満たす。

 

「ねえ、ちょっと目…瞑ってくれない?」

 

何をする気なんだろう。笑いながら言うから、なんとなく警戒してしまう。

 

「別に落書きとかじゃないわ。ほら早く」

 

急かされ、気圧されながらも目を瞑った。

 

左肩に、手が触れる感覚がする。

 

10秒くらい、その感覚は続いた。

 

やがて離れ、また悠弓さんの声。

 

「…もう、いいわよ」

 

目を開けると、頬を染めて拗ねたような顔をする悠弓さんがいた。

何をしたのか、と聞いても「なんでもない」としか答えてくれない。一時的に初対面モードに戻ってしまった。

 

「ねえ、桜の雨…弾ける?」

 

悠弓さんは立ち上がって、ケースの元へ。まだ少し動きがぎこちないけれど、しっかりと歩いている。

 

「今日にぴったりよね。リハビリがてら練習したのよ」

「そのおかげで、左手の回復はやけに早かったわ」

 

チューニングを終えて、悠弓さんはこちらを向く。

 

目を合わせ、微笑み掛けてから弾き始めた。

イントロは僕。やがて、元々はボーカロイドが歌うメロディを、悠弓さん弾き始める。

 

コンクールの練習の時と同じ、始めからフルスロットル。それだけじゃない、あの時よりもっと引き出しが増している。

 

艶やか。それが一番しっくりくる。

 

まだ本調子じゃないんだろう。全然左手が動いていないし、ビブラートも上手くかかっていない。

 

でも、今の悠弓さんの演奏は。

 

僕の視線を釘付けにする。

 

僕だってピアノを弾いてる。全く手元を見ないんじゃミスが出るはずだ。なのに、不思議なことに僕の手は寸分違わず旋律を紡ぐ。

 

やがて、サビに入る。

 

4拍。短い無音の時間。2人同時に体が沈む。

風が吹き、桜の花びらが音楽室に吹き込んだ。

 

悠弓さんがこちらを見る。

 

彼女の頬には涙が伝っていた。

 

でも、同時に楽しそうに笑っていた。

 

僕も多分、笑ってた。

弾いていて、なんだか込み上げてくるものがあったけれど、それも全部、音に乗せる。

 

「…よかった。もう一度、一緒に弾けて」

 

弾き終えると、悠弓さんは振り返り、僕にまた微笑む。

 

 

 

 

「あなたと…。荻野くんと弾けて、本当によかった」

 

 

 

 

ありがとう

 

悠弓さんはそう言った。でも、お礼を言うのは僕の方だ。たとえ短い間でも、本当に幸せな時間だったから。

 

「すごーい!悠弓が弾いてたんだ!」

「っていうか立てるの!?なんで私に車椅子押させたのよ!?」

「隣の後輩くんとはどんな関係?もしかして付き合ってるのー?」

 

…窓、開けてたんだった。

 

正門前にいた先輩たちほぼ全員、窓の外から顔を見せ、口々に悠弓さんに声をかけている。

 

一瞬、悠弓さんに睨まれた。

 

でもすぐに、苦笑を含んだ笑みに変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

高校3年になった、春。

 

英語で書かれた手紙で、悠弓さんがショパン音楽大学に受かったことを知った。

 

あの時、悠弓さんと最後に弾いた時のように。

 

僕の通う音ノ木坂でも、桜の花びらが舞っていた。

 

 





ユウ「…と、まあこんな感じ」

ことり「…うっ…ぐすっ…」

ユウ「え!?ちょ!?泣くか!?」

ことり「だって…だってぇ…」

ユウ「いやいや思い出話だから!!そんなに感動する話でもなかっただろ!?」

ことり「うぇぇぇぇ…」

ユウ「えぇぇぇぇ!?なんでそんなになk」

海未「先輩…?」

ユウ「海未!?どうしたんだよ、忘れ物か?」

海未「ことりが遅いのでまた呼びに来たんです。それで…?なぜことりが泣いているんですか…?」

ユウ「海未さん…目が怖いよ…。僕が思い出話をしたんだけど、なんでか泣かせちゃったみたいでだな…」

海未「思い出話で泣くなんてことそうそうありません!一体ことりに何をしたのですか!」

ユウ「待って海未本当なんだって!!ちょっまっ」

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