【燃費】
「まったく…後輩に心配かけるなよ」
「んむ?…んぐ、だってお腹減ったんだから仕方ないじゃないですか」
僕と桜坂で買ってきた菓子パン類を頬張る支倉。桜坂はそんな彼女を笑顔で見守っている。
まるで母親のように見えるが、言わないでおこう。
「あんまりがっつくと喉に詰まりますよ。これ、お茶です」
「ありがとしずくちゃ〜ん」
「これじゃどっちが先輩かわからないな…」
支倉かさねは燃費がとても悪い。
朝食もかなり食べいるそうで、さらに昼食もいつか見た時は男子でもキツそうな量だった。
それでもなお、放課後まで持たない。ギャル曽根もびっくりの大食嬢である。
「いつもそんなに食ってて、よく太らないよな、支倉は」
太る、という単語は女性にとっては禁句になる事もあるが、彼女は気にもせず答える。
「私、昔から燃費悪いんです。リッター3kmくらいですかね?」
「アメ車顔負けの酷さだな。だがわかる人にしかわからない比喩をするのはよせ」
「わかる人にわかればいいんですよ」
「この場合わからない人にもわかる比喩をして欲しい」
桜坂が完全にキョトンとしてるじゃないか。
【身長】
身長というのは、ある程度は重要だと言える。
かと言って高すぎても不便なことは増えるのだろうが、やはり男女共に低過ぎるのは嫌だろう。
そして今。
僕の目の前で、衆目の下で恥辱を被る人間がいる。
音ノ木坂には自販機がいくつかある。
そして、何故なのか、
「…くっ…この…!!」
いつもここまで苦労して、最上段に配置されているいちごオレを飲んでいるのか。生徒会に『いちごオレを下段に配置して欲しい』と意見書でも出してくれれば対応させてもらうというのに。
僕は自分(の身長)との戦いを演じるその人物の後ろから手を伸ばし、目当てであろういちごオレを押した。
「っ!!…ユウ…」
「よう。相変わらず苦労してんな」
低身長女子、
現在彼女1人だけとなってしまったアイドル研究部の部長であり、μ'sの活動をあまり効果のない方法で妨害し続ける人物である。
「何の用?」
「用がなきゃ話しかけちゃいけないか?」
今日、μ'sの面々が部を作ろうと用紙を持ってきたのだが、残念ながらアイドル研究部があるので却下した。生徒数が少ない状況で似たような部をやたらと増やすわけにはいかないからだ。
却下したのは今回エリーではなく、僕である。仕方がないだろう、その時僕しか居なかったんだから。
「なんでですか!部員が5人以上集まれば部として認めてくれるって言ってたのに!」と穂乃果に抗議されたが、アイドル研究部の事を話すと膨れっ面ながら去っていった。
「…あんたでしょ?μ'sを私のところによこしたのは」
「僕はアイドル研究部と話をつけろと言っただけだよ。具体的な指示はしてない」
「充分迷惑なのよ」
「そう言うなよ。部員が増えていいじゃないか」
簡単な話だ。彼女達がアイドル研究部に入部し、矢澤がμ'sの一員となれば全て丸く収まる。
「そんなに簡単に行くとは思えないけど」
「行くさ。でなきゃあいつらはバカだ」
「ふん…」
納得はしていないように見えるが、言い返してくる事もなく、彼女は放置されていたいちごオレを取って歩き出す。だが途中で立ち止まり
「…ありがと」
「ん。お安い御用だ」
矢澤だってぱっと見性格はアレだが悪い奴じゃない。それに、根っこにある気持ちが同じならきっと分かり合えるだろう。
僕は確信にも似た感覚を覚えながら、事の成り行きを見守るのだった。
あ、ちくしょう、麦茶売り切れてやがる。
【身長〜軽音部にて〜】
放課後である。僕はまた軽音部へと赴いた。今日来ているのは3年だけのようで、支倉や桜坂の姿はない。
浅井?男など知らん。
「お、まさかお前が2日連続で来るとは」
「明日は猛暑にでもなりそうだな」
「ミツキも相川も、そんなに僕が来るのが珍しいか…」
大体いつものやりとりなので慣れたが、言われ始めた時は地味にヘコんだりしたものだ。
にこを見たおかげで、ふと2人の身長の事を考えた。
ミツキはかなりの長身で、なんと189cmある。バスケでダンクができるのが自慢なのだそうだ。
相川も女性としては背が高く、確か168cmだ。浅井よりも1cm高い。あいつもそれ聞いて悔しそうな顔をしていたっけ。
ちなみに、僕は176cmで、わりと高い方だがずば抜けて高いわけでもない。中間層である。
「作詞の進捗状況はどうだい?」
「私は数日で歌詞を仕上げられる程のセンスは持ち合わせていないよ」
「同じく俺もまだ全然」
まあ、これで仕上がってたらびっくりするとこだけど。
2人ともそうは言いつつもあと数日すれば「できたぞ」とか言ってきそうだけど。というか言ってくるけど。
「そういえば、皆勤賞支倉は?」
「『ストックが切れた!』と叫んで走ってったぞ」
「ああ…ランチパック買いに行ったのか」
ストックて。
確かにあいつにとっては備蓄が切れるのは死活問題だけども。
その後、支倉はランチパックの山を抱え戻ってきた。
中に『練乳いちごスパゲティ』なる種類が混ざっていたので一口貰ったのだが、僕の舌はそれを食べ物と認識しなかった。
【柔軟の重要性】
メンバーが増え賑やかになったμ'sは、雨でなければ毎日屋上を使って練習している。
僕のお気に入りの場所でもあるので、自由に使えるスペースが減ったのは少し残念だが、彼女たちの練習する姿を見るのは嫌いじゃない。
「穂乃果!ステップが逆です!」
「はいっ!」
海未の手拍子に合わせて皆が踊る中、穂乃果だけ逆にステップを踏んでいた。
当然指摘され、すぐさま修正。
「タイミングが遅いです穂乃果!」
「は、はいっ!」
再び穂乃果が指摘された。今度は前に出るのが遅れていたようだ。また修正。
「穂乃果!今度は早過ぎです!」
「はいぃっ!」
三度指摘される穂乃果。遅れる事を意識し過ぎたために、早くなってしまった。
練習開始からずっとこんな感じ。
穂乃果…お前には『中間』というものはないのか。修正が全て通り過ぎているじゃないか。
指摘する海未の顔も次第に般若に近付いて来ている。穂乃果も気付いてはいるのだろう、彼女の顔も緊張が増していた。
幸いそれから指摘されることはなく、無事(?)休憩に入ったμ's。
だが、残念ながら放免ではなかった。
「穂乃果…?一体どういうことなのですか…?」
「ご、ごめん海未ちゃん…で、でも、直そうとはしてたんだよ?本当だよ…?」
「ま、まあ海未ちゃん、穂乃果ちゃんだって直そうとしてたし…」
怒られる穂乃果に、苦笑いしながら海未をなだめることり。
彼女たちを傍目に、僕は1年生組の側へ。
「はい!かよちん」
「ありがと凛ちゃん」
「ちょっと凛、それ私の!」
もう馴染めたようで、それぞれ楽しそうに練習している。
それは喜ばしいのだが、花陽と凛に関して少しばかり気になることがあった。
「凛、花陽。ちょっといいかい?」
「えっ?私たちがどうかしましたか?」
「2人とも、その場で足を伸ばして座ってくれ」
言われるまま長座する。僕は彼女たちの後ろに周り、背中に手を置くと。
「ほいっ」
「「い"っ!!??」」
ぐっと前に倒した。
2人の顔が苦痛に歪み、短い悲鳴が上がる。
「2人とも、身体硬いのね」
「いたた…そういう真姫ちゃんはどうなんだにゃ!!」
「私は毎晩お風呂上がりに柔軟体操してるから、大丈夫よ。ほら」
真姫は言いながら座り、すっと足を180度まで開いた。
それだけで凛も花陽も驚いているが、それでは終わらないのがマッキークオリティ。
…睨まれた。どうやら心を読まれたらしい。恐ろしや。
と、とにかく、彼女はそこからぺたんと前に倒れたのだった。
身体の硬い2人は完全に顔文字みたいな顔をしている。
「あそこまで柔らかくなれとは言わないが、90度から倒せるようにはなれるといいな」
「別に身体硬くても関係ないんじゃないのかにゃー?」
「それがあるんだよな。筋肉が柔らかい方がバランスが取りやすいし、動きにもキレが出るようになるし、怪我もしにくくなる。いいことづくめだ」
「なるほど…一石三鳥ですね」
「そういうこと」
納得した様子の2人。
柔軟の方法はそれぞれ調べてもらうとして、2年組の方にも言っておかないといけないな。
2年の中で、身体が硬かったのは穂乃果だけで、ことりも海未も真姫程ではないが柔らかかった。
…なんだか、『身体』とか『柔らかい』とかばっかりだからどことなく変な気分に…いやいや、変態か僕は。
無事高3になり、やっと絵里や希に追いついた気分。