どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新で御座います。


……ああ。また

 イブキと時雨が島を出てからおよそ3時間ほど。ここまでの道のりは、深海棲艦と接触することもなければ姿を遠巻きに見ることすらもなく、至って平穏な道のりだった。そう……平穏、なのだが。

 

 (会話が……ない……)

 

 島を出る時に礼を言ったのを最後に3時間、2人の間に全くという程に会話のかの字もなかった。なにぶん時雨とイブキは出会ってから24時間も経っていないどころか実際に顔を合わせた時間を考えれば半日にすら満たない。共通の話題も特に見当たらない……せいぜいが夕立のことくらいだろう。しかし、夕立の何を話せと言うのだろうか? それすらも思い浮かばない。つまり、もうしばらくはこの無言空間が続くことになる。

 

 「……ねぇ、イブキさん」

 

 「なんだ?」

 

 

 

 「空が青いね」

 

 「いや、曇っているが」

 

 

 

 時雨は全力で脳内に浮かぶ己の姿を殴り飛ばした。島を出る時には確かに快晴だったのに気がつけば空はどんよりとした雲に覆われている。天気のことなど分からない時雨には何ともいえないが、雨が降ると厄介だ……なんとかそれまでに鎮守府に帰りたい。というかそう真面目に考えないと羞恥心で沈んでしまいそうな時雨であった。

 

 「……時雨と夕立がいた鎮守府は、どんなところなんだ?」

 

 「ふぇ?」

 

 不意に、イブキがそう問いかけてきた。一瞬何を言われたのか理解出来ずに間の抜けた声を出してイブキがいる後ろを振り返る時雨だったが、すぐに聞かれたことを理解すると答える為に自分の記憶を振り返る。

 

 「そうだね……楽しくて騒がしい場所、かな」

 

 自分と夕立を含めた白露型の姉妹達、他の仲間達に女性提督……男っ気のないその鎮守府は、いつだって様々なことで騒がしかった。テレビや漫画、雑誌などの話題で盛り上がったり、炊事掃除洗濯の当番を決める際に女子力対決をしたり……提督の女子力は意外に高かったらしい……食事時のおかずやおやつの時間のお菓子を取り合ったり、誰が同じ艦種で1番スタイルがいいかを競ったり……1番と豪語した白露がとある陽炎型を見て撃沈していた……戦闘結果を競ったりと、騒がしくも楽しい日常を過ごせていたと、時雨は語る。無論……そこには、確かに夕立の笑顔も存在していた。その裏では苦しんでいたのだと今は知っていても、その笑顔は確かにあったのだ。

 

 (これからは……そんな笑顔も見られないんだけど)

 

 想像して、時雨の表情が少し暗くなる。いくらイブキに任せたと言っても、夕立の為だと分かっていても……苦楽を共にした仲間、姉妹だったのだ。永遠に会えない訳ではないと分かっていても、その寂しさが消える訳ではない。それに、鎮守府に帰れば仲間達に夕立が沈んだと嘘の説明をしなければならない……それが、時雨の心に重くのしかかる。

 

 (どうしてこうなっちゃったんだろう)

 

 そう思わずにはいられない。何が悪くて今の状況になってしまったのか……考えても、すぐに答えなど出る訳がない。そもそも、答えがあるのかすら分からない。それでも悪かったことを探すなら……きっと、運や巡り合わせが悪かったと言う他にいのだ。

 

 (白露は……信じなさそうだなぁ。1番お姉ちゃんだけど子供っぽいから、そんなのは信じないって怒鳴りそうだ。村雨は……誰もいないところでこっそり泣くかも。姉妹の中では1番大人っぽいし、あんまり泣くところを見られたくなさそうだし。五月雨はわんわん泣くんだろうなぁ……涼風も、声を出さずにその場で泣きそうだ)

 

 夕立が沈んだと聞けば仲間達は絶対に悲しみ、涙を流す。それだけ夕立は愛されていたからだ……だが、行方不明ではなく沈んだと決まれば仲間達は必ず前を向く。戦争をしているのだ、犠牲は必ず出る。それを知っているからこそ、悲しんでばかりはいられない。

 

 (でも……提督はどうなるんだろう)

 

 実は時雨の提督は未だに艦娘を沈めたことがない。提督自身の手腕は経験を積んでいるとは言え至って平凡なモノだ。そもそも今の時代で提督という存在が出来ることなど、書類関係や出撃中の艦娘から状況を聞いて進退を決定することぐらいで共に出撃して直接指揮を執ることなどしない。出来ることは出来るのだが……そうなると当然提督が乗る為の船や軍艦が必要であり、現在海軍が所有する軍艦では深海棲艦の攻撃に耐えられず、直接船を狙われては艦娘が守ることも難しい。故に、提督が海に出ることはほぼないのだ。そんな状況で時雨の提督が沈んだ艦娘がいないという事実は、運が良かったという他ないだろう。

 

 (でも、それはつまり……艦娘が沈んだことに対する耐性がないということ。行方不明になっただけであれだけ憔悴してたのに、嘘でも夕立が沈んだなんて言ったら……)

 

 女性提督の心はどうなるだろうか。悲しみに暮れるのか、嘆いて心を壊すのか……居もしない怨敵に復讐を誓うのか。時雨の提督は、優しい心を持った普通の女性だ。普通に勉強して、普通に士官学校を卒業して、普通に提督になって、普通に時間をかけて実績を上げてきた……そんな普通の女性なのだ。そんな優しくも普通の彼女が仲間が沈んだと聞いたら……どうなるのか。

 

 だが、どれだけ考えても答えなど出ない。所詮は想像でしかないからだ。

 

 「時雨? 急に黙り込んでどうしたんだ?」

 

 「……あっ、ごめんイブキさん」

 

 イブキに声をかけられたことで、時雨は自分が話の途中で己の思考に没頭していたことに気付く。せっかく話題を振ってくれたというのに、これはあまりに失礼だろう。とは言っても、鎮守府のことは大体話し終えてしまった。また新たに話題を探さねば……そう時雨が考えた時だった。

 

 「……ん?」

 

 今まで時雨とイブキ以外何もなかった海の上、2人から離れた前方にうっすらと人影が見えた。時雨の目では正確な数までは分からないが、少なくとも1人ではない。そして人影である以上、その正体は艦娘か深海棲艦のどちらかになる。

 

 「ねぇ、イブキさん。前にいる人影、見えるかな?」

 

 「……ああ、見えている。艦娘みたいだな……4人いる」

 

 「目がいいんだね……」

 

 「目が命なんでな」

 

 自分ではうっすらとしか見えないのに人影の正体と人数を認識出来るほどの目の良さに驚愕しつつ、時雨は艦娘について考える。4人ということは、まだ着任したての新米提督の艦隊、或いは中堅以上の提督による遠征艦隊だろう。もしかしたら、自分の鎮守府の艦隊かもしれない。そんな希望を持って、時雨はイブキに問い掛ける。

 

 「イブキさん、その艦娘が誰か分かる?」

 

 「ああ。1人はゆ……白露だな」

 

 ゆ? と一瞬に疑問に思うが、次に聞こえた名前に喜びが表情に現れる。白露がいる以上、自分の鎮守府の艦隊である可能性があるからだ。

 

 「それから……卯月、北上。後は……誰だ?」

 

 が、次に出た名前でその可能性が消える。卯月も北上も、時雨の鎮守府にはいないからだ。勿論、自分がいない間に新しく配属された可能性がないでもないが……何となく、時雨はそうは思えなかった。せめて、イブキの言った分からない“誰か”さえ分かればいいのだが。

 

 それはさておき、時雨の目で見えているということは向こうからもこちらが見えている可能性が高い。何しろ向こう側はこちらに向かって移動しているのだから。こういった艦娘同士の接触は、別に珍しいことではない。広い海だが出撃や遠征に出向く海域等が定められている為、違う鎮守府の艦隊が同じ海域で出会い、協力することもしばしばあるのだ。そう考えれば、前方に見える艦隊と接触することに問題はない……が、それは艦娘“だけ”の場合に限る。

 

 こちらには、艦娘か深海棲艦か本人も分かっていないという存在であるイブキが居る。彼女を見てどう取られるかによって対応が変わってくる。最悪、戦闘になるだろう。しかし今更進む方向を変えても怪しまれるかもしれない。結局、なるようにしかならないということだ。そして、いざお互いの姿がハッキリと分かる距離まで近付いた時。

 

 

 

 「「「あ――っ!!」」」

 

 

 

 時雨から見えた4人の姿から、4人の名前が北上、白露、卯月、そして深雪であると認識すると同時、北上を除く3人がイブキを指差して驚愕の声を上げる。その声を近くで聞いた北上が両耳を押さえてうずくまっている姿を哀れに思いながら、時雨はイブキの方を振り返る。そのイブキもキョトンとしていたが、数秒すると合点がいったというように声を漏らした。

 

 「……ああ、君達はあの時の」

 

 「知り合い?」

 

 「夕立と出会う前に、な」

 

 そう言うイブキに時雨はなるほどと頷くが、再び前に向き直ると指を差していた3人が冷や汗をかきながら警戒態勢を取っていた。その姿はまるで、追い詰められた獣のようで……そんな3人を訝しげに見る北上との温度差が凄かった。

 

 「……いやさ、何してんの?」

 

 「油断しちゃダメだよ北上さん!」

 

 「あの白い髪の奴、前に言った化け物深海棲艦っぴょん」

 

 「あたし達が何にも出来なかったほどの奴なんだから!」

 

 「えっ、球磨姉さんが絶対に沈めたいって言ってた相手? うっわどうしよう……」

 

 3人の言葉を聞いて、北上が困った表情を浮かべる。時雨も自分の存在が一切触れられないことに“実は僕、影薄いのかな……”と地味に凹んでいた。同時に確信する……この4人は自分の鎮守府に所属している者達ではないと。ならばさっさと進みたいところだが、警戒している3人が黙って通してくれるか分からない。ヘタをすれば後ろから撃たれる可能性だってある。

 

 「……別に俺は君達をどうこうする気はないんだが」

 

 「あ、マジで? 良かったー、穏便に済みそうで」

 

 「そんなの信じられないっぴょん!」

 

 「前はいきなり襲いかかってきたじゃん!」

 

 「俺から君達に何かした覚えはないんだが……それに、あの時に用があったのは君達ではなく船の方で」

 

 「やっぱりあたしらなんて眼中になかったってことか!?」

 

 「いや、そういうことではなくて……」

 

 全く会話に入れない時雨は溜め息を吐きながらどこか遠くを見据えて“まだ帰れないのかな……”と黄昏る。とりあえず分かったことは、イブキが彼女達に何かした……いや、イブキの言が正しいなら、イブキは本当に何もしなかったのだろう。だが、彼女達の言うことが嘘だとも思えない。そこで時雨が気になったのは、イブキの言った“用があったのは船の方”という言葉。そこから察するに、イブキは3人が護衛か何かしていた船に用があり、彼女達が応戦したのだろう。あまりに暇で考えるくらいしかすることがなかった時雨はそう結論づけた。

 

 「あのさぁ……あんたら自分で化け物だなんだ言ってた相手に何突っかかってんの? 死にたいの?」

 

 「えっ……それは、その……」

 

 「相手が穏便に済ましてくれそうなのにケンカ売るとかさぁ……それでマジで戦闘になったらどうすんの? 勝算あんの?」

 

 「ない……ぴょん」

 

 「じゃあ考えなしで散々言ってたワケ? そういうのはあたしのいないところでやってくんない?」

 

 「ご……ごめん……なさい」

 

 「謝って済む問題じゃないところだったんだけど。これだから駆逐艦は……」

 

 「「「ごめんなさい~っ」」」

 

 頭に手を当てながら淡々と述べていく北上の最後の言葉を切欠に、3人が泣き出す。時雨がチラッとイブキを見てみると、困惑の表情を浮かべていた。それはそうだろう……出会った瞬間に警戒態勢を取られ、戦う気はないと言ったら疑われ、その後は相手が仲間内で言い争う(但し一方的)という目まぐるしく展開が動いたのだから。時雨も客観的に見ているにもかかわらず少々困惑している……その理由はイブキとは違い、敵かもしれない相手を前に無防備な姿を晒している北上達に、であるが。

 

 「あたしに謝ってどうすんのさ。謝るならこの人でしょうよ……いやー悪いね、あたしんとこのバカ達が」

 

 「いや、構わない。出会い方が出会い方だったからな……ただ、さっきも言ったように俺達は君達と事を構えたい訳じゃない。彼女を……時雨を所属している鎮守府に送っている途中だからな」

 

 「何この人、めっちゃいい人じゃん。でも1人で大丈夫? 何だったらあたしらも付いてくよ? 帰る途中だったし」

 

 「だが、君達の向かっていた方向とは逆に……」

 

 「あー、そっか……んじゃダメだねぇ」

 

 お互いの保護者組が子供(駆逐艦)そっちのけで話している姿を見ながら、時雨はいつの間にか自分が白露達3人に囲まれていることに気付いた。ひょっとして、イブキの仲間(?)である自分に何かするつもりだろうか……と少し警戒した時雨だったが、3人の表情が泣き顔から心配そうな表情に変わっていることに気付く。なぜそんな表情で自分を見ているのか分からない時雨だったが、卯月の発した言葉でなるほどと内心で頷いた。

 

 「あいつに何かされなかったっぴょん? あいつはとんでもない化け物っぴょん。うーちゃん達4人で攻撃しても掠りもしなかったし、怪我人押し付けられたし! タンカーを鎮守府に持って帰るの滅茶苦茶疲れたぴょん!」

 

 「いやー、まさかあたしらが犯罪の手助けやらされてたとは」

 

 「でも摩耶さん無事で良かったよね」

 

 話が全く見えない時雨だったが、イブキが何かしたことだけを再び大ざっぱに把握した。両手を上げてうがーと怒っている卯月、うんうんと頷いている深雪……犯罪という言葉には深入りしない……あははと苦笑している白露。化け物と言って警戒していた割に余裕があるように見えるのは、後ろで北上がイブキと普通に会話出来ているからだろうか。

 

 「僕は何もされてないよ。いや、されたと言えばされたんだけど……ね」

 

 3人はイブキを化け物だと言うが、時雨にとっては恩人であり、夕立のイイ人だ。確かに化け物と呼ぶ力はあるのだろうが、弱い部分も持っていることを時雨は知っている。そうして昨日の夕方のことを思い返しながら胸に手を当てて俯くと自分の露出した肌が目に入り、今朝に見たイブキの裸体を思い出して赤面してしまう。そんな時雨を見ていた3人は、どう思うだろうか?

 

 レ級の攻撃によりボロボロとなった服を着たままであるが故の露出度の高さ、赤らめた頬、されたと言えばされたというセリフ……そこから連想される答えは。

 

 (いやーんな感じっぴょん!?)

 

 (あはーんなことされたの!?)

 

 (風邪でもひいてんのかな?)

 

 1名は純粋な子であった。他2人は時雨と同じように頬を赤らめながら時雨を見て、次にイブキを見て、最後にイブキと会話している北上を見る。どうやら北上は駆逐艦達の元気の良さに鬱陶しさを感じているようで、そのことを溜め息混じりにイブキに愚痴っているようだった。その内容にちくちくとした胸の痛みを感じながら、卯月と白露の2人はイブキから守るように北上に抱きつき、その様子を見ていた深雪もまた遅れて抱きついた。尚、時雨はイブキの隣へと移動している。

 

 「……いや、急にどしたの」

 

 「北上は渡さないっぴょん! いっつもうーちゃんに“ぴょんぴょん煩い”って冷たい目で言ってくるケド、たまにうーちゃんの嫌いなニンジン食べてくれるし!」

 

 「あんたにとってのあたしの価値はニンジン食べることだけか」

 

 「……北上を渡さないとはどういう意味だ?」

 

 突然の卯月の叫びに2人は困惑した表情を浮かべ、すぐに北上が溜め息を吐く。今日1日で彼女からどれだけの幸せが逃げていったのだろう。2人にとっては、ただ愚痴を聞いてもらっていた側と聞いていた側。だが卯月と白露にとっては、イブキは時雨という同性に手を出した存在になっているらしい。つまり、2人の現在の思考は……北上がイブキに狙われているという結論に至った。

 

 「そうだよ! それに間宮さんのお店に一緒に行ったら、たまに一口分けてくれるし」

 

 「あたしが頼んだパフェガン見して無視したら泣きそうになるから仕方なくね……泣かれても鬱陶しいし」

 

 「よく分かんないケド、北上は渡さないからな! 遠征から帰ったら毎回ジュース奢ってくれるし、演習終わったらお疲れーって言ってくれるし、書類で分かんないとこあったら分かるまで教えてくれるし、後……後……えーっと、すっげぇ優しいんだからな!」

 

 「……慕われてるじゃないか」

 

 「……鬱陶しいだけだよ」

 

 「「「きゃんっ」」」

 

 恥ずかしいのか本当に鬱陶しいと思っているのか北上はまた溜め息を吐きながらイブキから顔を背け、抱き付く3人の頭にコツンと拳骨を降らせる。その頬がほんのり赤くなっていたのは……言わぬが花だろう。

 

 そんな4人の仲睦まじい姿に、時雨は自分の鎮守府の仲間達と自分の姿を重ねた。たまに悪戯が過ぎて女性提督に怒られた白露とドジを踏んで申し訳なさそうにしている五月雨の姿が、拳骨を受けた3人の姿と良く似ているのだ。そうして仲間達を思い浮かべると、早く鎮守府に帰りたいという気持ちが強くなる。ちゃんと入渠もしたいし、服も着替えたい。夕立が沈んだという嘘もつかなければならない。イヤなことは、早く済ませておきたかった。

 

 「イブキさん。そろそろ……」

 

 「あ、ああ……済まなかった。俺達はこれで失礼する」

 

 「あい、んじゃね。ガキんちょ達と球磨姉さんには、いきなりぶっ放さないように言っておくからー」

 

 「助かる」

 

 そう言葉を交わしながら、イブキと時雨は北上達とすれ違うようにして去っていく。急かしたとは言え、目指す鎮守府まではもう少しかかる。また無言の気まずい空間が流れるのかと時雨は肩を落とすが、不思議と無言でも気まずくはない。なぜだろうか……と時雨が考えていると、いつの間にかイブキと手を繋いでいることに気付いた。どうやら急かすあまりに無意識の内に手を引いていたらしい。

 

 「いきなり手を引っ張るからびっくりしたぞ……そんなに慌てなくても、鎮守府は逃げないぞ?」

 

 

 

 ― そんなに慌てなくても、ご飯は逃げたりしないよ? ―

 

 

 

 小さく苦笑を浮かべるイブキの姿が、女性提督と重なる。そのせいで余計に提督に会いたくなって、つい腕を引っ張って催促してしまう。そんな時雨に何も言わず、イブキは繋いだ手を振り払うこともなく時雨に合わせて進んでくれる。

 

 (……そういえば、最後に提督とマトモに会話したのはいつだっけ)

 

 ふと、時雨はそんなことを考えた。時雨もまた、夕立と共に先のサーモン海域での大戦に参加した身だ。その大戦では本部から通達があった鎮守府から第一艦隊が海域に送られ、指揮は本部から来た実績と経験の豊富な元帥が担当していた為、時雨の提督は自分の鎮守府にいた。鎮守府から海域への移動時間、作戦までの準備期間、終わって帰ってもすぐさま夕立の捜索に乗り出した。そのことから考えるに、マトモな会話をしたのは半月近く前のことになる。時雨の中の提督に会いたい気持ちが、また強くなった。

 

 

 

 「俺はここまでだ」

 

 あれから数時間。もうすぐ日が沈み切るという時間帯で、ようやく時雨達は目的地である鎮守府の姿を肉眼で捉えた。ここまでは意外なことに深海棲艦との接触や北上達以外の艦娘と出会うことはなく、こうして鎮守府の姿が見える場所まで来れた。だがその段階で、イブキは一言そう告げて立ち止まる。その言葉に時雨は疑問を持ったが、前方に再び人影が見えたことでその意味を悟った。こちらから鎮守府が見えている以上、鎮守府の索敵範囲内にいることはほぼ確実。その範囲内に時雨の反応があるとすれば、仲間達が出てくることは容易に想像出来る。つまり、あの人影は時雨の仲間達の誰かだということだ。そして、仲間達にイブキの存在を近くで見られるのはマズい。時雨と共に居れば大丈夫かもしれないが、万が一ということもある。

 

 「うん……わかったよ。ここまでありがとう、イブキさん」

 

 本音を言うなら、鎮守府に招待して夕立を助けてくれたことや自分を送ってくれたことに礼をしたい。だがそれが出来ない以上、イブキをこの場に留めることはしてはいけない。だから……ここでお別れ。故に、時雨の口から出る言葉は……夕立の時と同じように再会を願って。

 

 「またね」

 

 「……ああ。また」

 

 そう言ってイブキと別れた後にやってきたのは、白露、村雨、五月雨、涼風の姉妹艦4人であった。4人は時雨の姿を捉えると同時に泣き始め、白露が時雨に飛び付くように抱きついたことを切欠に次々と抱き付き、時雨の帰還を喜んだ。たった1日……その1日という時間は、姉妹達に夕立と同じように時雨もいなくなってしまうのではないかという恐怖を植え付けるのに充分だった。だが、時雨はボロボロになりながらも帰ってきた……嬉し涙を流すのは仕方のないことである。

 

 姉妹達との抱擁を終えた時雨は、ようやく鎮守府に帰ってくることが出来た。さて、早速入渠を……と考えた時雨だが、その前に姉妹達に艤装を預け、とある場所へと足を運ぶ。その場所は……執務室。時雨は執務室の扉の前に立つと深呼吸を1つし、扉を開けて中へと入る。すると、時雨を見てホッとした直後、すぐに涙目になった若い女性の姿があった。時雨はそんな女性の姿を見てクスッと笑みを零し、右手を上げて敬礼をする。夕立のことはすぐにでも言うべきなのだろうが……嘘を付く前にせめて、涙を浮かべる提督にこれだけは言っておきたかった。

 

 

 

 「駆逐艦時雨……只今帰還しました」

 

 

 

 

 

 

 日はすっかり暮れてしまい、どこか夕立を拾った時の夜と重なって見える……あの時はこんなどんよりとした空ではなかったが。

 

 時雨を送り届けて数時間。彼女に合わせていた時よりも遥かに速い速度を出して走っている為、もう少しすれば島が見えるだろう。その“もう少し”という時間を埋めるように、時雨を送る道のりのことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 (会話がないな……)

 

 島を出てから何時間か経ったが、俺と時雨の間に会話は全くなかった。間に流れる空気は非常に気まずい……ということは別にない。俺は1度口を開けば会話するが、謎変換が怖くて普段は自分からはなるべく口を開かないようにしている。それに、会話がなくとも誰かと居るという状況が今の俺には有り難いのだ。レ級の死を目にした精神的なダメージがまだ抜けきっていない今、1人ではないことが嬉しいからだ。だが、時雨はどうだろう? 艦娘と言えど女の子だ、会話を楽しみたいという気持ちがあるかもしれない。夕立はおしゃべり好きというか俺と一緒にいるのが好きだと言っていたが。

 

 「……ねぇ、イブキさん」

 

 「なんだ?」

 

 そんなことを考えていると、時雨が名を呼んだ。やはりこの無言空間は辛かったのだろう……だが、こうして俺を呼んだということはその無言空間に耐えきれなくなったと考えるのが自然。俺がしてやれることは、時雨が辛くないように会話をなるべく続けてあげることだけだ。

 

 「空が青いね」

 

 「いや、曇っているが」

 

 会話終了、しかも俺が空を見上げながらそうツッコんだことで時雨が顔を真っ赤にして俯いてしまった……いや、今のはどう返せば良かったんだ。同意すれば良かったのか、それともおちゃらけて……この体でおふざけは出来ない気がする。仮に出来たとしても、出来ることはせいぜい耳と尻に軍刀を差して5刀流とふざけるくらいしか……軍刀の数が足りないな……いや、そうではなくて。というか落ち着け俺。

 

 さて、時雨の為にもどうにか会話を続けたいんだが……如何せん、俺は女性の喜びそうな話題なぞ思いつかないし、ファッションや料理の話など出来はしない。そこでパッと思い付いたのが、夕立と時雨の鎮守府のことだ。はっきり言ってしまえば、俺は鎮守府という言葉を知ってはいるが、実際はどういう施設なのかよく知らない。艦これのゲーム画面では改装や編成という行動が出来るが、具体的な場所に行くわけではない。どれくらいの規模なのか、どういった施設があるのか、何も知らないのだ。

 

 「……時雨と夕立がいた鎮守府は、どんなところなんだ?」

 

 「ふぇ? そうだね……楽しくて騒がしい場所、かな」

 

 言ってから今の時雨に聞いて良いものかどうか不安になってしまったが、幸いにも時雨はゆっくりと話し始めてくれた。俺の気になっていた施設云々の話は聞けなかったが、時雨の鎮守府が楽しく過ごせる暖かな場所であるということは分かる。チャンネル争いや家事の当番制、飯の取りあいなどは聞いてて大家族の家でありそうな光景だなぁと内心で笑ってしまったくらいだ。頭の中で、鎮守府ではなく普通の家で暮らす彼女達を想像する程に。

 

 ふと、時雨が黙り込んでいることに気付く。何かを考えていたのか、思い返すことに集中して喋る口が止まってしまったのかは分からないが。気になって聞いてみてが謝られただけで、黙り込んだ理由は分からない。その理由について考えている時、時雨から疑問の声が上がった。

 

 「ねぇ、イブキさん。前にいる人影、見えるかな?」

 

 「……ああ、見えている。艦娘みたいだな……4人いる」

 

 「目がいいんだね……」

 

 「目が命なんでな」

 

 本当に、この感覚様(敬称)というか弾を見切る目が無ければ、俺はこの世界に来た初日に死んでいる。某大総統もその目と人間を超越した圧倒的なまでの身体能力を持って名だたる強キャラ達を圧倒したのだ……今の俺が目指すべきお方だろう。あくまでも強さで、ではあるが。

 

 「イブキさん、その艦娘が誰か分かる?」

 

 「ああ。1人はゆ……白露だな。それから……卯月、北上。後は……誰だ?」

 

 思わず某軽音楽アニメの少女の名前を呼びかけるが……いや、本当に似てる……なんとか正しく名前を呼ぶ。向かってきているのは今言った白露に卯月。北上は艤装に魚雷発射管があまり見られず服装が深緑の制服なのでまだハイパー化……雷巡にはなっていないようだ。最後の艦娘は駆逐艦だろうとは思うが……誰だ? 何となく見覚えがあるにはあるんだが。

 

 「「「あ――っ!!」」」

 

 近くまで来た彼女達……北上を除いた3人から指を指されながら声を上げられたことでようやく彼女達が以前出会った艦隊の艦娘だと悟った。違うところと言えば、球磨が北上になっているところだろう……そう言えば、摩耶様は元気だろうか。

 

 そう考えていた俺に時雨は知り合いかと聞いてきたので夕立と出会う前に会ったと説明したんだが、気がつけば北上以外の3人が俺を警戒していた。まあ、警戒されるのは仕方ないだろう。何せ彼女達と初めて会った時、俺は彼女達を怖がらせてしまったようだったからな。ただ、化け物深海棲艦だとか球磨が絶対に沈めたいって言ってたとかは少し傷付いた。それ程俺という存在は化け物じみているのだろうか……。

 

 「……別に俺は君達をどうこうする気はないんだが」

 

 「あ、マジで? 良かったー、穏便に済みそうで」

 

 どうやら北上は温和な性格らしい。駆逐艦とさほど変わらない胸に手を置いて安堵の息を吐く姿は、艦娘特有の美少女姿と相まって非常に可愛らしく映る……俺の胸を見てから自分の胸に手を置いて溜め息を吐いたようにも見えたが気のせいだろう。それはともかく、いきなり攻撃されないだけでこんなにも嬉しいとは……俺が最初に誰かに出会う時、殆ど警戒され、もしくは攻撃され、或いは戦場に突っ込み……北上という存在がどれだけ希少で有り難いか。まあ、他の3人はそうもいかないようだが。

 

 「そんなの信じられないっぴょん!」

 

 「前はいきなり襲いかかってきたじゃん!」

 

 「俺から君達に何かした覚えはないんだが……それに、あの時に用があったのは君達ではなく船の方で」

 

 「やっぱりあたしらなんて眼中になかったってことか!?」

 

 「いや、そういうことではなくて……」

 

 どうやら彼女達の俺に対する敵意は相当なモノのようだ。今はまだ警戒される程度で済んでいるが、もしも球磨がいたなら戦闘になっていたかもしれない……時雨がいるから仮に球磨がいても大丈夫だとは思うが。というか最後の君は本当に誰だ。最初に出会って以来名前が分からなくてもやもやしているんだが……どことなく吹雪に似ているような気がしないでもないが。

 

 とか何とか考えていたら、北上が3人に淡々と説教しているところだった。なんでそんなことに……というか下手に怒鳴り散らされるよりはこうして淡々と言われる方が精神的にクるな。見ている俺がこうなんだから直接言われている3人は……あーあ、泣いちゃったよ。

 

 「いやー悪いね、あたしんとこのバカ達が」

 

 「いや、構わない。出会い方が出会い方だったからな……ただ、さっきも言ったように俺達は君達と事を構えたい訳じゃない。彼女を……時雨を所属している鎮守府に送っている途中だからな」

 

 「何この人、めっちゃいい人じゃん。でも1人で大丈夫? 何だったらあたしらも付いてくよ? 帰る途中だったし」

 

 「だが、君達の向かっていた方向とは逆に……」

 

 「あー、そっか……んじゃダメだねぇ」

 

 北上の提案は有り難いが、生憎と俺達が向かう先は北上達がやってきた方角にある。まあこのまま北上達が進んでも俺達のいた島しかない為、どこかで曲がるんだろうが……それはさておき、こうして北上と会話するのはなぜか心地いい。彼女の緩いというかどこか気だるげという雰囲気は、側にいるだけで穏やかな気持ちになる。それに、これは俺の勝手な思い込みかもしれないが、なぜだか彼女とは波長が合うというか……上手く言葉に現すことが出来ないな。

 

 「やー、球磨姉さんとがきんちょ達から聞いた話だともっと怖い人かと思ってたんだけど、実際はそうでもないね。脳ある鷹は、って奴?」

 

 「どんな話か聞いてみたいが、やめておこう。気落ちしそうだ」

 

 「あっはっは、賢明な判断じゃない? 球磨姉さんはそりゃあもうカンカンでね、あんたと会って帰ってきた日から敵意丸出しで訓練に勤しんでたし」

 

 「聞くのはやめておこうと言ったのに……意地が悪いな」

 

 「おっと、口が滑った」

 

 にししっ、と笑う北上は非常に可愛らしい。それに、まるで気の知れた友人と話すようなこの空気と距離感が……なぜだかとても安心する。それはきっと、この世界に来てからそういう空気になるのが初めてのことだからだろう。北上のような存在は貴重で有り難い。この距離感を大事にしていきたいものだ。

 

 この後は北上から愚痴を聞いていた。その内容は殆どが北上のいる鎮守府の駆逐艦達のことで……好き嫌いが激しくて処理に困るとか、甘味を食べていたら一口分けるまで見てくるとか、物覚えが悪いから書類関係を教えていたらいつも日が暮れるとか、なぜだか毎回一緒に風呂に入ることになるだとか、1人で眠るのが怖くて一緒に眠るように頼んできて一緒に寝てやると暑苦しいだとか……なんだかんだで付き合うことになっている辺り、北上はお人好しで面倒見がいいのだろう。その証拠に、いつの間にか駆逐艦3人は北上を渡さないと言って俺から守るように北上に抱きついているし。

 

 「……慕われているじゃないか」

 

 「……鬱陶しいだけだよ」

 

 照れたように3人に拳骨する北上は、見た目相応で可愛らしかった。

 

 

 

 北上達と別れてから更に数時間程進んだ時、俺の目に先程出会った白露とは別の白露、村雨、五月雨、涼風の姿が映った。その姿は何やら必死のようで、かなり速いスピードでこちらに向かっている……姉妹感動の再会と言ったところか。なら、俺がいるのは邪魔だろう……それに、早く帰らないと夕立が拗ねるかもしれない。

 

 「俺はここまでだ」

 

 「……うん……分かったよ。ここまでありがとう、イブキさん……またね」

 

 少し間があったのは、何か考えごとでもしていたのだろう。だが、またね、か……彼女が夕立にも言った、再会を願う言葉。夕立はさよならと返していたな……だが、俺は今回の縁を大事にしていきたい。

 

 今回だけじゃない。夕立に時雨以外にも今日まで俺が出会ってきた人達……雷に長門達、敵対した球磨達に摩耶様、戦艦棲姫山城、これまた敵対した日向達、今日出会った北上。そして……レ級。まだまだ沢山の艦娘や深海棲艦達に出会うだろう。時には友好的に、時には敵対するかもしれない。だが、それでも俺は出会えたことに感謝する。それがきっと、この世界で生きていくということだから。

 

 「……ああ」

 

 また……会う日まで。

 

 

 

 

 

 

 回想が終わった頃に、ようやく島が見えてきた。夕立はもう寝てしまっているだろうか。それともまだ起きているだろうか。待たせ過ぎて拗ねているかもしれない。もしそうなら、添い寝で許してくれるだろうか。きっと許してくれるだろう。そして次の日からは、再び夕立と2人で平和な日々を過ごすのだ。そんなことを考えていたから……そんな平和な時間を過ごせると思っていたから……。

 

 

 

 

 

 

 「あ……え……?」

 

 

 

 

 

 

 俺は、屋敷が半壊しているという現実を受け入れられなかった。




という訳で、今回はちょっとした再会と新たな出会い、時雨を無事に鎮守府に届けて帰ったら屋敷が壊れていたというお話しでした。球磨がいたら即死だった。たまにはこんなほのぼのもありでしょう(最後から目をそらしながら

章分けをすらならば、次回で1章が終わる頃ですね。それが終われば、1つ番外編でも書いてみましょうかね。あ、妖提督はもうしばらくお待ち下さい(土下座






今回のおさらい

北上、卯月達を伴い登場。時雨、無事鎮守府に帰還。イブキ、屋敷を見て絶句。夕立の運命や如何に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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