どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

14 / 54
お待たせしました、ようやく投稿で御座います。

今回も注意事項があります。妙高型スキー様、潜水艦スキー様はご注意下さいませ。

UA10万超え、総合評価3000pt超え、誠にありがとうございます。今後とも本作をよろしくお願いしますv(*^^*)

8/10(月)にて一部修正。


君は今、どこにいる?

 “軍刀を持った深海棲艦”と“軍刀を持った新種の艦娘”……その噂が人類側と深海棲艦側に流れ始めてから半年の月日が流れた。その間に噂の存在と接触し、交戦して壊滅した艦隊は数知れず……しかし、奇跡的に誰も轟沈していないという。噂が流れ始めた当初は数人の再起不能者が出たものの、今では出ていない。最も、再起不能者は今も尚苦しんでいるが。

 

 幾たびの接触を経て、人類側はようやくその姿を知る。艦娘とも深海棲艦ともとれる姿は僅かな動揺を齎したが、戦う姿を見た、実際に戦った艦娘達は震える声で口々に告げた。

 

 

 

 ― 勝てない。自分達が勝つ姿が浮かばない ―

 

 

 

 これに困惑したのが大本営。1つの鎮守府の1艦隊が言ったのなら、ただの弱者の言い訳だと切り捨てられたかもしれない。だが、現在まで接触してきた艦娘達が例外なくそう告げたのだ。噂は所詮噂だと軽く見ていた大本営は、ようやく噂の主が本物で偽りなき強さを誇ることを悟った。

 

 ここで、大本営は勝負に出る。それは、現在4人いる大将達の最高戦力で連合艦隊を作り、質と数で噂の主を撃破せよと通達したのだ。しかし、ここで問題があった。それは、噂の主の所在が不明であるということ。今までも接触しようとしても中々出来ず、たまたま出会うというのが普通。攻めようにもどこに向かえばいいのか分からないのだ。常に連合艦隊でいる訳にもいかず、鎮守府の運営にも支障が出かねない。その為、大本営は佐官が運営する鎮守府全てに噂の主の所在を特定するように任務を出し、特定次第、先の連合艦隊が向かうという姿勢を取った。この姿勢を取ったのが、噂が流れてから2ヶ月程経った日のこと。今もなお……その所在は特定はされていない。

 

 

 

 

 

 

 「イクの魚雷を食らうのね!」

 

 「ゴーヤもいっぱい撃っちゃうよ!」

 

 「シオイも魚雷をどごーんします!」

 

 その声の主達は海から顔だけを出しながら魚雷を放ち、敵深海棲艦を全て沈める。そして敵の反応がないことを確認すると、声の主達……潜水艦娘の伊19、伊58、伊401は海上に立って戦果を喜び合う。

 

 「やっと終わったのね! もうオリョール海は飽きちゃったのね……」

 

 「まあまあ。戦果は上々だし、いっぱい提督に誉めてもらおうよ」

 

 「私は帰ったらお風呂にどぼーんしたいなぁ」

 

 女3人寄れば姦しいとばかりにきゃいきゃいと騒ぎながら3人は鎮守府へと帰るべく反転し……伊19……イクがいきなり伊58と伊401……ゴーヤとシオイの頭を掴んで海へと沈め、自分も海中へと潜った。

 

 「いきなり何するでち!?」

 

 「びっくりしたじゃない!!」

 

 彼女達が水中であるにもかかわらずにこうして普通に会話が出来ているのは、潜水艦娘の特性によるものである。水中に潜んで戦闘を行う潜水艦娘は、艤装を装備している場合に限り水中で呼吸が出来るようになるのだ。

 

 それはさておき、突然のことにびっくりし、少しの怒りを言葉にするゴーヤとシオイ。だが、イクの様子を見て言葉を失った。伊19という艦娘は、少々過激な発言をするが基本的に元気で明るく、物怖じもあまりしない艦娘だ。しかし今、そのイクが顔を青ざめさせながら身体を震わせている……まるで何かに怯えるかのように。

 

 「……いたのね」

 

 「いた?」

 

 「いたって、誰が……」

 

 

 

 「軍刀を持った……深海棲艦。こっちに向かって歩いてきてたのね」

 

 

 

 イクの言葉、2人も同じように顔を青ざめさせた。3人が所属する鎮守府は、全体から見れば中堅程。提督の階級は中佐である為、噂の主との接触は情報収集目的以外では禁じられている。また、提督自身から情報収集の為の専用艦隊以外の艦娘は出会ったら全力で逃げるように言い付けられている。その理由は、この鎮守府にあった。

 

 イク達の鎮守府は、大本営から通達が来る前に噂の主と出会ってしまい、所詮噂だと高をくくって交戦してしまった艦隊が敗北しているのだ。その中には、今この場にいるイクもいた。

 

 「ゆっくり、静かに帰るのね。絶対に気付かれないように。じゃないと、2度と空を拝めないのね」

 

 あまりに真剣な表情と震える声に2人は言葉を発さずにコクコクと頷き、言われた通りにゆっくりと動き始める。イクの見たという噂の主と水中と海上とは言えすれ違わないように、少しずつ遠回りをするように。見つかったら終わる……そんな強迫観念が、3人に慎重に慎重を重ねさせた。それ程までに、イク達の鎮守府では噂の主は恐怖の対象となってしまっているのだ。その理由もまた、敗北した艦隊……正確に言うなら、その“惨状”に起因する。

 

 噂の中では、艦隊が壊滅して再起不能になってしまった艦娘が少数ながら存在する。イクのいた艦隊の艦娘の1人が、その少数の中に入っているのだ。そしてイクは再起不能になった艦娘を間近で見ており、他の2人も帰還した艦隊を出迎えた時に見ている。

 

 その時の艦隊は、イクの他に空母1、戦艦2、重巡1、駆逐艦1という構成だった。鎮守府の中では第一艦隊には及ばないまでも決して弱くはないメンバー……それが、敗北して帰ってきた。メンバーは軒並み大破していたが、辛うじて帰還出来る程には動けた……が、1人だけ動かない艦娘がいたのだ。名を……足柄。彼女は交戦して敗北した艦隊の中で唯一戦意を喪失せず、大破して尚仲間達を逃がす為に自ら志願して殿を務め……見るも無惨な姿で逃げる艦隊の前にさらけ出された。

 

 

 

 『忘れ“モノ”だ』

 

 

 

 女性にしては低めのハスキーボイスで告げられた、日常でも使うような言葉。それが余計に恐怖を齎した。右手には血の滴る軍刀を持ち……左手には、気絶した足柄。その姿にイク達は吐き気を催した。なぜなら、足柄のだらんと垂れ下がった右腕は中指から二の腕の半ばまで真っ直ぐ切り裂かれ……まるで腕が3本あるかのようになっていたからだ。

 

 酷いと、惨いと相手を糾弾出来たら良かった。だが、イク達にそれをする資格などない。

 

 

 

 『先に攻撃してきたのはお前達だ。そんな奴らに容赦をする優しさなど……持ち合わせていない』

 

 

 

 先に攻撃したのはイク達だった。イクによる先制雷撃、空母による空からの攻撃、残る4人の一斉射撃……噂を舐めてかかり、相手を舐めてかかり、自分達の勝利が提督の為になると疑わずに行ったことが全て裏目に出た。艦載機は刀身が伸びる妙な軍刀で切り落とされ、イクもまたその妙な軍刀で水中にいたにも関わらず肩を貫かれ、4人もまた一撃も当てることが出来ずに主砲などの武装部分の艤装を破壊され、一太刀ずつ浅くも深くもなく斬り裂かれた。

 

 正当防衛や過剰防衛など戦いの中には存在しない。敵と見なせばすぐに攻撃……早計で短絡的ではあるが、間違いでもないだろう。だからこそ、噂の主の言った言葉もまた間違いではない。先に会話をしていれば、また違った結果になったかもしれない。だが、そんな“もしも”は訪れない。足柄は確かに治った右腕がまだ斬り裂かれていて痛いと言って鎮痛剤を使用しなければ日常生活すら危うい。イクを含めた5人も、今では刃物を見るだけで震えが止まらない。ナイフやハサミを見れば身体が動かなくなり、他の艦娘が持つ軍刀が視界に入れば狂乱する。それが、イク達が噂の主と戦ったことで起きたことだった。

 

 そこまで回想したところで、3人は噂の主との距離をある程度離すことに成功した。まだ予断を許さない距離ではあるが、相手は水上でこちらは水中……しかも相手は軍刀以外の艤装を持っていない。妙な軍刀のことがあるが、流石にここまで離れてしまえば届かないだろう。そう考えたイクが噂の主がいるであろう場所に向けて振り向いた……その時だった。

 

 

 

 「……ひぁっ」

 

 

 

 イクに取って見覚えのある切っ先が、イクの目の前に存在していた。小さな悲鳴を上げた彼女の目からは自然と涙が涙が溢れ出し、過去に貫かれた左肩が痛み始める。身体が動くことを拒み、出来ていたハズの水中での呼吸が出来なくなる。そこでイクの意識は途切れた。

 

 

 

 イクが目覚めた場所は、鎮守府にいるイクを含めた4人の潜水艦娘が共に過ごす部屋だった。上半身を起こし、なぜこんなところに……と考えたところで、イクの頭に意識が途切れる前のことが蘇る。自分達を恐怖に陥れた噂の主を見つけ、遭わないように水中に潜って遠回りして、逃げ切ったと思って振り返ったらそこには……。

 

 「ひっ……!」

 

 恐怖が蘇り、イクは自分の体を抱き締める。只でさえ刃物を見るだけで身体が動かなくなるというのに、それが自分を貫いた物だとすれば……その恐怖は本人以外には計り知れない。

 

 「お……うぶっ……おええっ……」

 

 たまらず、イクはその場で嘔吐した。消化しきっているのか出てきたのは胃液だけで、その独特な不快な苦味が余計に涙を流させる。そこにはいつも元気なイクの姿などどこにもない。あるのは、恐怖に怯える1人の少女の姿だけだった。

 

 「えぐっ……ていとくぅ……ていとくぅぅ……」

 

 少女は助けを求めた。刃物の恐怖から、噂の主の恐怖から助けて欲しいと愛しい者の名を呼んで。

 

 その扉が開くのは、その涙が嬉し涙に変わるのは……もうすぐ。

 

 

 

 

 

 

 「“軍刀を持った深海棲艦が目撃された為、佐官提督の運営する鎮守府のオリョール海への出撃を一定期間禁ずる”……ねぇ」

 

 そう呟いたのは、軍刀を持った深海棲艦と思わしき存在に助けてもらったことのある雷だった。その手には、彼女が言った言葉がそのまま書いてある紙が一枚。付け加えるなら、雷の言った言葉の後に“将官提督は艦隊を率いて調査せよ”と書いてある。雷の所属する鎮守府の提督は将官である為、現在長門率いる第一艦隊が出向いている。

 

 この通達が来たのは4日程前。本来なら提督と調査に向かう艦隊の面々にのみ知らされるハズだったこの命令文は、偶然にも秘書艦をしていた雷も知ってしまった。無論、この命令文が通達されるに至った理由も聞かされている。

 

 「……イブキさん」

 

 オリョール海に出撃していた艦隊が噂の“軍刀を持った深海棲艦”を発見した。これが半年前ならば、また噂のタネが出来たくらいの話で済む。だが……今では違う。数々の艦隊を壊滅させ、少数とは言え艦娘を再起不能とした謎の存在……今の海軍では、この噂の主は姫級と同等の存在として危険視されている。謎の存在とは言っても、既にその姿は既知のモノだ。何せ、既に写真や映像があるのだから。その写真や映像を雷は見た。長門達第一艦隊の面々も見た。そしてそれは……紛れもなくイブキだった。

 

 「……お腹が空いちゃったわね。何か食べに行こっかな」

 

 自分1人しかいない部屋で、雷は呟く。同室の姉妹達は遠征に出向いていて、雷はお留守番。1人で食べるのは寂しいが、食堂に行けば誰かに出会えるかも……ヒトフタマルマルと時計を見ながら内心で呟き、雷は部屋から出て食堂へと向かった。

 

 「あっ、長門さん」

 

 「……雷か……」

 

 その途中、雷は調査に出向いていたハズの長門と出会った。その表情は暗く……何かあったのだと雷は察するが、珍しいモノを見た気持ちだった。

 

 戦艦“長門”と言えば、武勇誉れ高きビッグセブンの内の1隻だ。その勇猛果敢な姿は艦娘となっても変わることはなく、長く美しい黒髪を靡かせる優美可憐でありながら戦う姿は凛々しくも雄々しい。この鎮守府では第一艦隊旗艦を勤め、真面目ながら少々融通が利かないところがあった性格も少し丸くなって視野も広がり、半年前に比べれば個人的にも率いる艦隊的にも戦果が上がっている。鎮守府での最高戦力であり、希望でもある長門……そんな彼女は、弱音を吐かないし弱った姿を滅多に見せない。見せたとしても直ぐに取り繕う。そんな彼女が、こうして雷に暗い表情を見せ続けるのが……雷には少し意外だった。

 

 「どうしたの? 長門さん。元気ないわね……大丈夫?」

 

 「大丈夫……ではないな。身体に異常はないが……正直、かなり混乱している」

 

 「混乱……? 何があったの?」

 

 

 

 「イブキに会った」

 

 

 

 それは通達が来てから3日目……つまりは昨日の夜のこと。通達が来てから連日オリョール海に調査に向かっていた長門達が夜になった為に鎮守府へと帰還していたその途中、夜月の明かりの下に人影を見た。気になった長門達はその人影に向かい……その姿を視認出来るところまで近付いた時、人影が長門達の方に振り向いた。

 

 銀髪とも白髪とも言える長い髪、艦隊にいる夕立と似たような制服、白いを通り越して青白い肌、鈍色の双眼。そして、後ろ腰と右肩から左腰にベルトを掛けることでぶら下がっている軍刀とその鞘……全てが噂の主……並び、長門達が出会ったイブキのモノと一致する。

 

 『やっと見つけたぞ……イブキ』

 

 『……』

 

 苦笑しながら長門に名を呼ばれたイブキだが、彼女は何も答えない。こちらをただジッと見詰めるだけで、何も行動しない。もしや忘れているのでは? と長門は考えた。何しろ出会ったのは半年も前のことだ。それに、艦娘という存在は同じ名前と姿を持つ者が多数存在する。イブキはひょっとしたら半年の間に沢山の長門、陸奥、赤城、加賀、木曾、夕立と出会い、どの長門達か把握出来ていないのでは……長門はそう考えたのだ。

 

 『……違う。あの夕立じゃない』

 

 『何……? っ!?』

 

 ボソッとイブキが何かを呟いたが、あまりに小さいその言葉は長門達には届かなかった。少し気になった長門だったが、イブキが近付いてきたことでその思考を一旦止める。というのも、目の前のイブキから……言いようのない“ナニカ”を感じたからだ。そのナニカは恐怖と呼んでもいいし、畏怖と呼んでもいい。悪寒と呼んでもいいし、嫌悪感と呼んでもいい。ヤバい、マズい、イヤな予感がする……そういった類のナニカを長門……長門達は感じ取っていた。

 

 『……長門』

 

 『な……んだ?』

 

 『お前は、これの持ち主を知っているか?』

 

 ふと、長門の頭に“軍刀を持った深海棲艦”の噂の内容が過ぎる。出会った存在に深海棲艦の一部らしき物を見せながら“これの持ち主を知っているか?”と問いかける……今のイブキは、右手に布のような金属のような異形を手のひらに乗せながら、噂に違わない台詞を述べている。イブキが噂の主であることは確定的だった。

 

 長門は後ろにいる仲間達を見る。誰かイブキの手にあるモノに見覚えはないかと目で訴える為に。結論として、全員が全員首を横に振った。数多の戦いを生き抜いてきた長門達でさえ、イブキの手にあるモノに見覚えはなかったのだ。分かるのはせいぜい深海棲艦のモノであるということぐらいで、それ以外のことは何も分からない。

 

 『すまないが、私達は知らない』

 

 『……本当だろうな?』

 

 『嘘などつかんさ』

 

 『……そうか』

 

 代表して正直に答えた長門にイブキは疑うように問いかけるが、長門がそう言うと納得したらしく1つ頷いた。噂では、嘘をついたり知ったかぶりをしたりすると襲われるという……つまり、冗談半分か何かでそれらを行った者達がいたということだ。イブキが長門達の言葉を1度は疑うのも当然のことだと、長門達は考えた。

 

 『……イブキ。お前は、私達の間で流れている噂を知っているのか?』

 

 『悪いが、無駄話に付き合うつもりはない』

 

 『ちょっと、そういう言い方はないんじゃない?』

 

 長門の言葉を無駄話と決め付け、切り捨てたイブキにカチンときたのか陸奥が不満げに顔を歪めながら言葉をかける。だが、イブキは陸奥の言葉に何かを返すことはなく、彼女達に背を向けて去ろうとした。それに反応したのは、木曾。

 

 『ちょっと待て……』

 

 

 

 『俺の邪魔をするな』

 

 

 

 ちょっと肩を掴もうとしただけだった。忠告しようとしたのであろう長門の言葉を無碍にされ、お前は何様のつもりなんだと言葉をぶつけようとしたところだった。だがその手はイブキの肩に触れることはなく、木曾がその言葉を発することは出来ないでいる。木曾からは見えていないが、他の面々も唖然としていて声を出すことが出来ないでいる。その理由は、イブキと木曾の状態にあった。

 

 いつの間にか、後ろ腰に右と左に交差するように4つあった軍刀の内……左腰の鞘と左後ろ腰の下の鞘には軍刀はないが……左後ろ腰の軍刀を左手で引き抜いていたイブキ。その軍刀の切っ先が、イブキの右後方にいた木曾の口の中に入り込んでいた。喉の奥に刺さってはいない。口内を傷つけてもいない。だが、イブキが少し動かすだけでそうなる……そして、イブキの鈍色から金色へと変わった右目が語っていた。

 

 ― 動けば殺す ―

 

 長門達は動けない。声も出せず、イブキの金色の瞳から目を離せない。これが、かつて出会ったあのイブキと同じ存在なのかと驚愕した。あまりに遠い力の差を直感した。彼女達は歴戦と呼ぶに相応しい。大規模作戦に出向いて生き残り、深海棲艦に制圧された海域の解放に貢献した。鬼級を沈めたこともあり、姫級と対峙して生き残ったことだってある。力の差という恐怖を乗り越え、一線の先に足を踏み出して戦った。だが、これは越えられない。その先には“戦い”はない。あるのは……。

 

 『……』

 

 ゆっくりと軍刀を木曾の口から引き抜いたイブキは、軍刀を握り締めたまま長門達の前から姿を消した。長門達が動けるようになったのは……イブキの姿が完全に消えてから更に数時間経ってからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「雷……悪いことは言わない。イブキには会うな。少なくとも、今のあいつには」

 

 長門の話を聞いた雷は、何かを考えるように俯いて黙り込んでいる。その姿は長門から見て、恩人の変わりように落ち込んでいるように見えた。それはそうだろうと思う。雷にとってイブキは恩人だ。イブキと別れた日の帰り際には半日と過ごしていないハズの恩人の良いところやカッコイいところを言い続けて長門達は微笑ましく思いながら苦笑を浮かべてしまった。だが、その話や長門達が見て感じたイブキと今のイブキは違いすぎる。容易く命を奪いかねない行動を取り、こちらの言には聞く耳を持たない。何よりも違うのは、その雰囲気。

 

 殺意、怒気、憎しみ、悲しみ……そういった負の感情をひとまとめにしたかのような重く、暗い雰囲気を纏っていた。その雰囲気は毒のように長門達の気力を蝕み、戦意を喪失させていく。そして、イブキが木曾に軍刀を向けた時……艦隊の誰一人としてその動きを捉えることが出来ずにいた。もしもあの瞬間に誰かが動いていたならば、木曾は確実に死んでいただろう。戦おうとすれば、戦いなどとは呼べない蹂躙劇になっていただろう。“戦いはない”とはそういうことなのだ。あるのは“蹂躙劇”……今までの長門達の戦歴や経験を嘲笑うかのような一方的な蹂躙劇。それが本能的に分かっていたから、余計に動けなかった。

 

 「……長門さん」

 

 「分かってくれたか? 雷」

 

 「……うん」

 

 

 

 「私、イブキさんに会いに行く」

 

 

 

 一瞬何を言われたか分からなかった長門だが、すぐに雷の言葉を理解して眉を顰めた。正直に言って、彼女がイブキと会おうとする意志を曲げないとは思っていた。何せ、何度も言うようにイブキは雷の命の恩人なのだから。だが、今のイブキに会うことは危険極まりない。例え雷であっても、イブキは容易く斬り捨てかねない。

 

 「ダメだ。今のあいつは危険過ぎる」

 

 「そんなことは関係ないのよ長門さん。誰かが困ってる。誰かが助けを求めてる。それだけで私には充分なの」

 

 笑顔。長門の話を聞いていたハズの、凄惨な噂を知っているハズの雷が俯いていた顔を上げた時、その表情は笑顔だった。強い意志を秘めた瞳に、長門は知らず1歩下がる。そのことに気付いた長門は冷や汗を流し、内心で首を振る。

 

 「あいつが困っていると? それは、今のあいつを直接見ていないからそう言えるんだ」

 

 「だったら余計に会わなきゃ。百聞は一見に如かずって言うでしょ?」

 

 「っ……お前の練度では会いに行くことは出来ないだろう」

 

 「私1人じゃ無理でも、艦隊を組めば大丈夫よ。長門さん達だって1人じゃ出撃しないでしょ?」

 

 「……提督の許可が下りるハズがない」

 

 「どんな手段を使ってでももぎ取るわ」

 

 誰だ、これは。長門は今目の前にいる雷が、自分の知る雷と同じとはとても思えなかった。世話焼きで、誰かの役に立つことが好きで、見た目相応の幼さを持ちながら母性を感じさせる……“雷”という艦娘は、そういう存在だった。だが、今目の前にいる“雷”はなんだ? 強き意志を宿し、長門を下がらせる気迫を感じさせ、1歩も引くことなく言を交わしたこいつは誰だ?

 

 「……なぜ、そこまで」

 

 「私は“雷”だもん。危険とか安全とか、敵とか味方とか関係ない。困っているから助けるの。助けを求められなくても助けるの。だから……私はイブキさんを助けに行くわ」

 

 

 

 ― だって、私は“雷”だから ―

 

 

 

 駆逐艦だと、子供だと無意識に侮っていたのだろう。噂に流されて、話を聞いて絶望して、そのまま再会を諦めるのだと思っていた。だが違った。雷という艦娘は長門が考えていた以上に強い心を持っていた。イブキが助けを求めていると言って、助けに行くのだと言った。何をバカなと笑うのは簡単だが、思えば自分達はイブキの行動の理由を本人から聞いていない。もしかしたら、本当に困っているのかもしれない。

 

 百聞は一見にしかず……思えば一見して真実を知らない長門にとっては耳に痛い言葉だ。だが、“次”はそうはいかない……長門はそう心に刻んだ。

 

 「許可は自分で掴み取れ。そうすれば私が……私達が連れて行ってやる」

 

 いつの間にか、長門の後ろには第一艦隊の面々がいた。陸奥、赤城、加賀、木曾、夕立……全員が柔らかな笑みを浮かべ、雷を見ている。今の面々を見て、イブキと出会ってから帰ってくるまでの間、まるでお通夜のような雰囲気だったと誰が信じられるだろうか。恐怖で体が竦んで動けず、あまりに近かった死の距離に怯え、何も出来なかったと力不足を悔やんでいた等と……誰が信じられるだろうか。だが彼女達は立った。雷という駆逐艦に触発され、再び意志を取り戻した。

 

 「もちろんよ! ちゃんと準備しててね!」

 

 少女とその恩人が約束を果たす日は……近い。

 

 

 

 

 

 

 「……ふぅ」

 

 朝、屋敷の裏にある湖で水浴びをしながら、俺は今日この日までのことを考えていた。

 

 夕立が行方不明になり、俺が復讐を決意してからもう半年……未だに誰が犯人なのか分かっていない。その間に俺がやってきたことと言えば、艦娘と深海棲艦に片っ端から“布のような金属のような異形”を見せて持ち主を知らないか聞いていくこと。時には冗談半分か苦し紛れなのか嘘をつかれることもあった。時にはいきなり攻撃を仕掛けられたこともあった。前にいきなり攻撃をしてきた艦娘……足柄だったか。そいつになぜ攻撃してきたんだと聞いたところ、何やら艦娘の間では“軍刀を持った深海棲艦”という噂が流れていて、俺がその深海棲艦の特徴と一致するんだとか……まあ、俺のことだろう。もしかしたら、深海棲艦側でも似たような噂が流れているかもしれない。

 

 だがまあ、知ったことじゃない……そう思えるのは、俺が復讐を誓った日からすっかり変わってしまったからだろう。あの日以来、俺は自分でも驚くほど簡単に艦娘と深海棲艦を傷付けることが出来るようになってしまった。先に言った足柄も、右腕を裂けるチーズのように斬り裂くなんていう……自分で言うのもなんだが、惨いことをした。今では嘘をつかれたり知ったか振りをしたりされたら、その相手に対して言いようのない怒りを感じて感情のままに斬ってしまうようになってしまったし、本心から艦娘を信じることが出来なくなってしまった。人間不信ならぬ艦娘不信か……笑えないな。

 

 足柄だけじゃない。身体を真っ二つにする勢いで斬り裂いた艦娘。手足を斬り飛ばした艦娘。死なない程度に滅多刺しにした艦娘……とてもこの世界に来た当初の俺が出来るような諸行じゃない。そして、俺が傷つけたのは艦娘だけじではなく、深海棲艦だって例外じゃない。人型の深海棲艦を見つける度に艦娘達にしたものと同じ質問をしたし、人型でなくとも……駆逐イ級のような異形の姿をした奴にも質問した。だが結果は散々なモノだった。俺の姿を見るなり攻撃してくる奴、話を聞かない奴、嘘をつく奴、質問に答えず命乞いをする奴、そもそも会話すら出来ない奴……艦娘と何も変わらない。

 

 「夕立……」

 

 情報が全く集まらない中で一番辛かったのは、出会う艦隊に夕立の姿があった時だ。つい先日も、夕立のいる艦隊に出会ってしまった……というか、この世界に来た初日に出会った長門達だったんだが。もしかして……そう希望を持った瞬間には、俺の中の何かが彼女ではないと確信させ、落胆する。そうなった後は何もやる気が起きなくなり、何もかもが邪魔になって鬱陶しく感じてしまう……俺が傷つけることに鈍感になってしまったのは、これのせいでもあるかもしれない。今となっては、言い訳に過ぎないが。

 

 「夕立……君は今、どこにいる?」

 

 俺はいつになれば、夕立を見つけられる。沈んだ等とは微塵も考えない。もし彼女が沈んでしまったなら、俺はきっと……生きる気力もなくただただ動く肉塊になり果てるか……それとも誰彼かまわず斬り捨てる悪鬼と成り果てるだろう。最早夕立を探すことが俺の生きる意味になっている。同時に、復讐するべき相手を見つけ出して斬り殺すことも生きる意味になっている。

 

 「そうだ……早く犯人を見つけて……夕立がどこか聞き出さないと……」

 

 後ろを振り返れば、そこにあるのは半壊したままの屋敷。修理するにしろ建て替えるにしろ、材料も工具もノウハウもない。それに、例え半壊しているとしても……この屋敷は俺と夕立が過ごした場所。そして……犯人が残した傷跡。屋敷を見る度に思い出せる。夕立と過ごした日々と、夕立を失った日の慟哭を。これがあるから、俺は今日この日まで復讐心を忘れずにいられたんだ。

 

 「イブキさん元気出して下さいー」

 

 「私達がついてますー。ひゅ~どろどろ~」

 

 「私達は妖精ですー。幽霊じゃないですー」

 

 そして俺が未だに俺のまま居られるのは、妖精ズのおかげだろう。人数が2人減ってしまったが、この世界に来た日からずっと一緒にいる彼女達のおかげで会話に飢えることもなく過ごせている……寂しさだけは、どうしても紛らわせられないが。復讐心が消えることもないが。

 

 妖精ズのじゃれあいを見ながら、俺は湖から出て服を着る。昼は抜くものの朝と夜は適当に食事をするし、朝にこうして水浴びをする。清潔にしておきたいし、食事は燃料になるからだ。さて、今日も動くか……そう考えたところで、屋敷の向こうから砲撃音が聞こえてきた。この島の近くで戦闘でも起きているのか? いや、もしかしたら犯人が近くにいるのかもしれない。

 

 「……やることは変わらないか」

 

 俺は素早く艤装を取り付け、屋敷の向こうにある海へと向かう。すっかり慣れてしまった、軽くなった艤装の重さに寂しさを覚えながら。




足柄さんの惨状については、劇場版エヴァの量産型vsアスカのもぐもぐされた後のシーンを思い浮かべて下さい。因みに、私は足柄さんのことは嫌いじゃないです。むしろ好きです。

加速するやりたい放題。イブキは今、ハガレンで言うならエンヴィー戦のマス○ングみたいな状態です。まずはその舌の根から斬り裂いてやろう。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。