どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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大変長らくお待たせしました、ようやく更新出来ました……約2万文字、過去作品含めても最長の話になりました。やはり戦闘は長い(確信)ていうか未だにスマホに馴れない(絶望)

それはさておき、茉莉(海鷹)様がまたまたイブキを描いて下さいました!! 溢れ出る強者の匂いが堪らないですハイ。

咲-saki-全国編も買いました……やっべ、艦これ買えないかも←

それでは、本編をどうぞ(*・ω・)つ


俺の名前はイブキだ

 「イブキサン、大丈夫でしょうカ」

 

 ー サァナ。デモイブキダカラ大丈夫ダト思ウ ー

 

 イブキに逃げるように言われた金剛は今、屋敷の裏の湖を越えた先にある森林の中にいた。迫り来る連合艦隊、それに真っ向から相手をするというイブキから逃げろと言われた際には反感を抱いたが、冷静な部分が自分に出来ることはないと告げる為に渋々こうして戦場から離れた場所まできた。

 

 だが、その胸の内にはイブキへの心配とやはり自分にも何か出来るようにがあったのでは……という後悔があった。無論、出来ることなどないことはわかっている。何せ金剛は生まれて2週間に満たない新米艦娘。ろくに経験を積めず、身体は治ったものの艤装は未だに直っていない。弾薬だって半分以下、補充出来る保証もない。改めて考えてみた結果、金剛はガックリと項垂れる。

 

 

 

 「……っ!?」

 

 

 

 瞬間、金剛の背筋に凄まじい悪寒が通り抜けた。バッと勢いよく、項垂れるていた顔を金剛は上げる。そこには当然ながら森林の中ゆえに木しかない。だが、金剛……そしてレ級の2人は感覚的に悪寒の正体を捉えていた。

 

 場所は今、金剛が見ている方向……イブキと連合艦隊がいるところとは正反対の方向。そこに、強い力と敵意を持った“何か”がいる。距離はかなり離れている、それでも尚はっきりと感じられる気配を持つ“何か”が。

 

 「……何デショウ、このフィーリング。深海棲艦デショウカ」

 

 ー ダロウナ。シカモコッチニ近付イテキテル……多分、姫ダ ー

 

 「姫……? まさか、駆逐棲姫デスカ?」

 

 ー ソレハ分カンナイ。ダケド、姫級デ間違イナイ ー

 

 金剛自身には姫級はおろか、深海棲艦の情報もろくに存在しない。が、これ程の悪寒が走る相手であるならば、それは間違いなく危険な存在であることは嫌でも理解出来る。そして、その感覚はレ級も同じように感じていることから正しいということも。

 

 そんな相手が、何が目的かは不明だが不幸にもイブキが戦っている場所へと移動している。只でさえ連合艦隊を1人で相手しているというのにそこに深海棲艦、しかも姫級が加われば……金剛の脳裏に、最悪の展開がよぎる。

 

 しかし、己に出来ることはあるのだろうかと、再び冷静な部分が問いかけてくる。イブキに知らせる? 否。金剛の後方からは砲撃音が聞こえている。つまりは戦闘中……戦闘経験、練度などないに等しい自分が行ったところで流れ弾に当たって沈むのがオチだろう。声だけ届けようにも、砲撃音にかき消されてしまう。ならば、姫を足止めする? それこそ無理だ。どれほど強いのかは分からないが、羽虫の如くあっさりと沈められて終わることは予想できる。じゃあどうする? このまま逃げ、隠れ、ほとぼりが冷めるまで可能なかぎり安全に過ごすのか?

 

 「んな訳、ないデショ!」

 

 ー キヒヒッ! 当然ダネ。オレガ“憑”イテルンダカラナ! ー

 

 冷静な部分の問いかけを笑って否定した金剛に、頭の中のレ級が嗤いながら自信満々に告げる。この2人の中には、共通した確信があった。それは、自分達なら姫をどうにか出来るという、人が聞けば無謀と鼻で笑うような確信。そして、自分達にはまだまだ“上”があるという確信。

 

 1人では不可能。だが、2人ならば出来る。存在を確認してから、意識が覚醒してから3日。意志疎通が出来たのはほんの少し前。その僅かな時間で、彼女達は無意識下でお互いを認め合い、なくてはならない存在だと認識していた。

 

 金剛は森林を進み、姫の反応に向かう。己の中の確信に従い、自分達の出来ることをする為に。

 

 「イブキサンの邪魔はノー、なんだからネー!」

 

 ー ノ、ノー? ナンダカラナー! ー

 

 

 

 

 

 

 「無傷だと? バカな……100や200ではきかん数の砲撃だったハズだぞ」

 

 『信じがたいことですが、事実です。目標、こちらに歩いてゆっくりと向かって来ます。弾薬残り6割、再び一斉射撃をするのは推奨出来ません』

 

 「言われんでも分かっている。軍刀棲姫……イレギュラーの力をまだ甘くみていた。射程に入り次第、潜水艦娘による魚雷一斉射を……」

 

 『っ! すみません総司令、目標が走り出しました。状況を伝えることが困難になると思われる為、以後現場の判断で動きます』

 

 「なに? まて、大淀!」

 

 新たな指示を伝えようとした善蔵だったが、突然大淀が一方的に通信を切った。再び大淀に通信をしようと通信機に腕を伸ばそうとした善蔵だったが、途中でその手が止まった。それは、通信が切れる直前に大淀が言ったことを考えたからだ。

 

 軍刀棲姫は他の艦娘や深海棲艦のように、船としての動きしか出来ない訳ではないと情報が入っている。まるで陸上にいるかのような動きは世界の常識を覆し、動きを予測して砲撃することも困難。更にその速度は海軍最速である島風が全力以上の速度を出して尚追い付けない程だという。逃げられれば追い付けず、追われれば逃げられない……そんなデタラメな速度なのだ。

 

 それほどの相手が接近してきているとなれば状況は目まぐるしく変化するだろう。つまり、ここで善三が作戦の指示をしたとしても、すぐにその作戦は意味がなくなってしまう。2手3手と先読みして指示したところで、こちらが最初の1手を進める頃には相手は既にその先読みした動きを実行しているのだから。となれば、こうして安全圏にいる善蔵が指示を出すよりも現場の艦娘達の自己判断で動く方がいいだろう。

 

 そこまで考えた善蔵は椅子に深く座り直し……デスクの隅にいる小さな人影に目を向ける。そこにいるのは、艦娘達と人類の味方である妖精。2頭身の手のひらサイズの小さな身体に、それよりも更に小さな猫を吊るしている妖精。善三はその妖精を感情の見えない目で見つめ……。

 

 「……まあいい。私は勝利を信じてここで座して待つだけだ……それに、幾つかの“保険”はある」

 

 そう、1人ごちた。

 

 

 

 

 

 

 「射程距離に入り次第、駆逐艦は魚雷発射。遅れて他の艦も魚雷発射。二重の魚雷斉射で沈めます」

 

 「聞こえたな? 担当艦は魚雷発射用意……駆逐艦、撃て! 続けて他担当艦、撃てぇ!!」

 

 大淀の指示と武蔵の声に従い、先に全ての駆逐艦達が魚雷を放ち、数秒遅れて軽巡と雷巡達がこの日の為に大本営からの支給された五連装酸素魚雷を放っていく。その数、実に235本……それら全てが、たった1人の存在に向けられた。数撃ちゃ当たるということなのか、その軌道は広範囲にまんべんなく、尚且つ魚雷同士がなるべく接触しないように。

 

 近付けさせなければいい、近付けさせてはならないというのが連合艦隊の共通かつ絶対の考えだ。魚雷は海中を進むので軍刀棲姫の軍刀では迎撃出来ない。出来るとすれば伸びる軍刀などという奇っ怪な艤装くらいだろうが所詮は一振り、3桁に及ぶ魚雷を全て迎撃出来る訳がない。

 

 跳ぶことが出来るならばそうやって回避しそうだが、それならば後の魚雷群で仕留められる可能性がある。更に足の着かない空中ならば身動きが出来ずに無防備になるだろう……そうすれば此方のモノ。まだ距離があるとは言え普段から空中を自在に飛び回る艦載機を相手に砲を撃つ艦娘達、ここにいるのはその中でもさらに優れた精鋭達だ。狙撃することは容易い。

 

 跳ぶことも迎撃することもなく走りながら迂回して逃げきろうとしても問題ない。広範囲にばら蒔くように放っている以上、逃げきろうとするならほぼ真横に移動しなければならない。それなら距離を稼ぐことが出来るし、魚雷に意識が向いている内に魚雷に平行するように飛んでいる空母達の艦載機が空から攻撃する。どう動いても対応出来るという自信が大淀にはあった。

 

 

 

 しかし、軍刀棲姫は大淀の予想を軽く越えていく。

 

 

 

 軍刀棲姫が左手を左から右へと振り払うと、その手に持った軍刀の刀身が伸び、前方の離れた場所で幾つもの巨大な水柱が上がる。その水柱の高さが酸素魚雷の威力の高さを物語っているが、その威力の高さ故にか爆発にに巻き込まれたのか、連なるように連続して水柱が上がる。広範囲にばら蒔いたせいで水柱の壁が瞬間的に出来上がってしまい、軍刀棲姫の姿が見えなくなった為に相手がどうなったか確認出来なくなってしまった。

 

 「っ!? 敵艦“上空”!!」

 

 どこからか、そんな叫び声が聞こえてきたと同時に大淀達元帥の艦隊の面々も空を……正確には、水柱の上を見る。するとそこには、水柱よりも高い場所……太陽を背にして空から“こちら側”に降ってきた軍刀棲姫の姿があり……遅れて空に赤い花火のような爆発が幾つも起きた。

 

 「まさか……水柱を飛び越えた? 艦載機を落としながら!?」

 

 目測ではあるが、大淀から見て水柱は垂直に7、8Mもの高さがあった。それ故に軍刀棲姫の姿を見失ってしまったのだから。更には連なるように起きた為に距離も出ている。その水柱の壁を、軍刀棲姫は跳び越えた。ビル群のように幾つも連なった水柱の高さと距離をものともせず、跳んでいる最中に艦載機を落とすという余裕すらも見せながら。

 

 軍刀棲姫は海上に着水すると同時に連合艦隊へと走り出す。未だ目の前で起きたことが理解出来ずにいる艦娘達が多くが動けない中で、殆ど動きを止めることなく攻撃を再開したのは……あの日向達の艦隊だった。

 

 「動きと思考を止めるな!!」

 

 「日向だけにはやらせません! 主砲、撃てぇ!!」

 

 「朝でも昼間でも、夜戦のつもりでバリバリいくよ!!」

 

 「あの時とは違うのよ! やるわよ瑞鳳!」

 

 「はい! 瑞鶴さん、一緒に! 各機発艦!!」

 

 「連装砲ちゃん、一緒に行くよ!」

 

 日向、大和の主砲が火を吹き、瑞鶴と瑞鳳の放った矢が編隊を組んだ艦載機へと変わり、川内と島風が交互に主砲と魚雷を放つ。案の定と言うべきか、それらが軍刀棲姫に当たることはなかった。砲弾は見切られて回避されるか斬り払われ、魚雷と艦載機は伸びる軍刀で斬り捨てられる。

 

 だが、それだけで終わるような日向達ではなかった。何しろ、彼女達は半年もの間軍刀棲姫に勝つ為に己を磨きあげ、鍛え上げてきたのだから。

 

 日向は鍛え続けた。遠中近零、その全ての距離で戦えるように。大和は鍛え続けた。右に出る者無き己の大火力、それらを針に糸を通すが如き百発百中の砲撃精度を実現する為に。瑞鶴と瑞鳳は鍛え続けた。本来決まった時間で矢から艦載機へと変化するという過程を自在に操れるようになり、単純な弓道の技術を上げる為に。川内は鍛え続けた。昼と夜とで変わる己の戦闘力と気持ちを統一し、大好きな夜戦と同じ力をいつでも引き出せるように。島風は鍛え続けた。己の艤装である3体の連装砲ちゃんの操作精度と射撃精度を上げ、単艦で艦隊戦を行うが如く多方向から弾幕を張れるように。

 

 そしてそれらの努力は確かに実を結んだ。日向の砲撃が軍刀棲姫の身体と避けた先に放たれた結果斬り払わせ、それによって一瞬動きの止まる軍刀棲姫の足首や脇腹といった部分に大和が当たるか当たらないかという際どさで狙い撃ち、瑞鶴と瑞鳳の矢が時にそのまま、時に艦載機になり、爆撃だけでなく目眩ましや弓矢による直接攻撃をする。川内はその仲間達の攻撃が止む僅かな時間を埋めるように主砲を放ち、島風は自ら抱えた連装砲ちゃんと左右の離れた場所にいる2体の連装砲ちゃんの3方向から攻撃させていく。

 

 

 

 「ちっ……やはり当てられんか」

 

 

 

 だが、日向達の火力と精度、数を持ってしても1度として軍刀棲姫の身体に攻撃をかすらせることすら出来なかった。前述したように日向の砲撃は避けられ斬り払われ、大和の際どい狙いの砲撃は日向の物を斬り払った手と同じ手の軍刀で同じように斬り払われた。瑞鶴達の放った艦載機は逆の手にある伸びる軍刀の刀身が伸びて貫かれて、そのまま横凪ぎに振られることで矢も弾かれた。川内と島風の多方向からの砲撃は真横に跳んだことであっさりとかわされ、魚雷も目標を追うことなく通り過ぎていった。

 

 10秒に満たない時間の中で、これだけのことが起きていた。日向達を含めた連合艦隊の面々は起きたことを、軍刀棲姫が行ったことを正しく認識出来てはいないだろう。理解出来ていないだろう。彼女らの視点から見れば、銀閃が一瞬煌めいたかと思えば空中で爆発が起き、軍刀棲姫の後方と周囲に数多の水柱と爆発が発生し、気が付けば目標が立っている場所が変わっている。狐に化かされた、白昼夢を見ていた……そう思う艦娘がいるのは仕方ないだろう。

 

 (これ程とは……)

 

 無表情の裏、大淀は……いや、善三の第一艦隊の面々は自分達と善蔵の認識の甘さと敵を過小評価していたことにようやく気付いた。数で攻めれば勝てるだとか、“敵が深海棲艦である以上は如何なる犠牲を払ったとしても最後には勝つ”だとか、そんな相手ではないのだと……ようやく気付いた。

 

 「化け物め……」

 

 “アレ”は深海棲艦等ではなく、化け物だと大淀はぽつりと口にした。その言葉は、連合艦隊にいるほぼ全ての艦娘の心の内を代弁したものだったのだろう。だが、何事も例外がある。

 

 (イブキさんは……化け物なんかじゃない)

 

 それが、かつて軍刀棲姫……イブキによって助けられた雷。彼女は知っている。軍刀棲姫と呼ばれるイブキは、本当は優しい心を持つ存在であることを。その手は柔らかく暖かいものであることを。その声は自分を安心させてくれたことを。そして、垣間見た圧倒的強さを彼女ははっきりと覚えている。

 

 そんなイブキが化け物呼ばわりされることが、雷は我慢ならなかった。更に言えば、雷はこの連合艦隊とイブキを討伐する目的の大規模作戦自体に不満と疑問を持っていた。なぜなら、雷が自身の提督に頼み込んでイブキと接触したという艦娘達の話を聞きに行った時、1度としてイブキから艦娘の艦隊を襲ったということを聞かなかったからだ。正確に言うなら、イブキから戦いを挑まれた艦隊はないということだが。

 

 とある鎮守府の球磨達の時は、球磨達から攻撃したがイブキからは攻撃されていない。今連合艦隊にいる日向達の場合、戦艦棲姫を守る為に戦ったという。決してイブキ自ら戦いにいった訳ではない。他の艦隊だってそうだ。再起不能や全滅に追い込まれた艦隊は確かに存在するが、それはイブキの問いかけに対してわざと嘘をついたり、もしくは自分達から戦いに行って返り討ちにあった艦隊だけ。言わば自業自得と言えるのだ。

 

 雷とてイブキが悪くないと言うつもりはない。海軍にも被害が出ている以上、それが故意であれ他意であれ力を振るってしまったイブキにも責はあるだろう。だが、こうも一方的に相手が悪いと決め付けて全力で大戦力を投入して沈めにかかるのは……何か違うのだと、雷は思うのだ。

 

 チラッと、雷は長門達を見る。雷は撃つ姿勢だけをとって1度も攻撃に参加してはいないが、彼女達は作戦だからと仕方なく攻撃していた。と言っても、至近弾すらないが的外れでもない場所から放って攻撃に参加はしているぞ、というスタイルをとっているが。

 

 「はぁ……ああも攻撃が通じないなら、士気と戦意がなくなってきても仕方ないですね」

 

 「だな……特に、イブキから被害を受けていない鎮守府の艦娘の士気と戦意の低下が激しい。強制参加の作戦だから仕方なくという艦娘も少なくないのだから、こうも消費した弾薬と燃料の割には合わなければ当然だろう」

 

 「まだ戦意を保っているのは被害にあった艦娘達か……元帥のところのはよくわからんが。日向達は打倒イブキらしいから、未だにやる気満々だな」

 

 「やる気だけあっても戦況に変わりはないわ。まだあちらとの距離はあるけれど、こちらの攻撃は当たらないのだから。近付かれて蹂躙される前に撤退した方が懸命ね。これだけの戦力とあれだけの攻撃をしたのだから、そんなことをすれば民衆からの海軍の信頼はなくなるだろうし、そもそもこちらから攻撃して攻撃される前に逃げるなんて、そんな厚顔無恥なことは矜持が邪魔して出来ないでしょうけれど」

 

 「加賀さん……たまに長く喋ったらいつも毒ばっかりっぽい。あーもう夕立は速く帰りたいっぽいー! そもそも私たちは何の被害も受けてないのに強制参加とか意味わかんないっぽい!」

 

 「夕立ちゃん……私達は軍属だから、命令には従わないと、ね?」

 

 (……あ、そっか)

 

 赤城、長門、木曾、加賀、夕立、赤城という順に会話が交わされる中で、雷はどうして今回の大規模作戦が何か違うと感じたのか分かった気がした。

 

 本来、大規模作戦はどこかの海域が鬼や姫などの強く危険な深海棲艦によって制圧され、1つの鎮守府の戦力だけでは解放が困難である場合……或いは、制圧された海域が本土に近い、もしくは通商の妨げになり、迅速な解放が求められる場合に指令が届く。だが、今回の場合は海域が制圧された訳ではなく、本土に近い場所に島がある訳でもない。複数の艦娘が1隻の存在によって返り討ちに遭い、危険だからと言って総力を持って潰しに来ている。

 

 「テレビで見た、子供のケンカに親が出る場面を見たような気分なのね」

 

 「……子供のケンカに親が出る、か。雷も中々言うじゃないか」

 

 ぽつりと呟いた雷の言葉を拾った長門が苦笑を浮かべる。この場合、子供が返り討ちにあった艦娘達とイブキで親が連合艦隊になる。先に親側の子供がケンカを吹っ掛け、負けて泣かされて帰ったら次の日に親が返り討ちにした子供を自分の子供の代わりに仕返しにきた……雷が感じたのはこういうことだった。

 

 そして今、その親も自分達の子供と同じ末路を辿ろうとしている。こうして雷達が会話している間にも、イブキは復活した艦娘達から迫り来る弾幕を避け、斬り払いながら確実に迫って来ている。流石に数が多いのだろう、真っ直ぐではなく蛇行するように緩やかに動いているが、それが却って恐怖を生んでいた。

 

 チラッと、雷は周りの艦娘達に目を向ける。戦艦娘や空母艦娘等の見た目が大人の艦娘達は、その殆どが苦しい表情を浮かべている。自慢の砲撃も艦載機による攻撃も当てられないのだから、それは仕方のないことだろう。一瞬“ひえ~”という悲鳴のような泣き声のようなものが雷の耳に入ったが気のせいだろう。潜水艦娘は潜っている為に姿が見えないので分からない。

 

 重巡、軽巡も似たような表情だった。中には妙に目を輝かせている高級メロンのような名前の艦娘や“わ、私の方が可愛いもん”などと戦闘中に呟いている艦隊のアイドル(自称)がいたが。特に後者は雷達の鎮守府の第二艦隊から聞こえたような気がするが、雷は聞こえなかったことにした。

 

 酷いのは、雷と同じ駆逐艦だった。いかんせん見た目と心が幼い者や争いが嫌いな艦娘がいる為か、何人かガタガタと震えて泣き出してしまっている者もいた。普段強気な態度の駆逐艦でさえ、主砲を構えるその手ははっきりと分かるくらいに震えている。あれでは只でさえ当てられない砲撃が余計当てられないだろう。そして……その中には、雷がよく知る駆逐艦の姿もあった。

 

 (暁姉、響姉……電)

 

 それは、雷の鎮守府にもいる姉妹艦達の姿だった。それぞれ別の艦隊にいるし、彼女の鎮守府にいる姉妹達と違って姉達は改二ないしヴェールヌイとなっていたが。

 

 暁は目尻に涙を浮かべながらも、同じ艦隊の眼鏡をかけた巫女服の戦艦娘らしき艦娘に手を繋がれて泣くのを堪えている。響……ヴェールヌイは体こそ震えてはいるが、主砲を放つ手は止まらない。電は……泣いていた。恐怖に耐えきれなかったのか、元より戦いを拒んでいたのか……その手の砲からは何も出てはいなかった。

 

 (……参ったなぁ)

 

 心情的には、雷はイブキの味方だ。だが、だからと言って連合艦隊を引っ掻き回すようなことをするつもりはないし、イブキに与することも出来はしない。しかし、このまま何もせずにいることは出来ない。未だに味方に被害は出ていないが、あまりのハイペースの砲撃でもう何分も保たずに弾切れになるだろう。そうなれば、後は接近戦か撤退するか。そうなるまでに、自分は何が出来るのか。

 

 

 

 しかし、雷の考えが纏まる前に状況はガラリと変わってしまった。

 

 

 

 「ぐぅっ!?」

 

 「武蔵さん!!」

 

 今まで避け、斬り払いながら連合艦隊に近づいていた軍刀棲姫が、不意にその手の軍刀を最前線の善蔵の艦隊にいる武蔵に向かって投げ付けた。その軍刀は凄まじい速度で彼女に迫り……左腕の肘を鍔の部分まで貫通し、艤装にまでその刀身が突き刺さった。

 

 突然の攻撃と最強の元帥直属第一艦隊旗艦の被弾、通常の戦闘ではまず見ない軍刀が体に突き刺さっているという状態……一瞬とはいえ、艦娘達の思考が停止してしまうのは仕方のないことだろう。だが、戦場ではその一瞬が命取りとなる。

 

 「軍刀……棲姫ぃぃぃぃ!!」

 

 弾幕が止んだ僅かな一瞬……たったそれだけの時間でまだ400Mはあったハズの距離を詰めた軍刀棲姫は武蔵に突き刺さっている軍刀の柄を握り……そのまま武蔵から見て左方向へと凪いだ。必然、刺さっていた左腕は肉を斬られ骨を断たれ、艤装もまた斬り裂かれる。痛みか怒りか、無表情を貫いていた武蔵の表情が般若の如き形相となり憎しみの声を上げ……斬られた艤装から起きた爆発によって軍刀棲姫から離れるように後方へと海上を転がった。

 

 対する軍刀棲姫は爆発が起きるよりも速く武蔵から離れていた為に無傷であり……最も近くにいた矢矧へと武蔵の血が付いた軍刀で斬りかかろうとしていた。

 

 「くっ、この!」

 

 流石は最強の第一艦隊と言うべきか、矢矧は軍刀棲姫が武蔵から離れた時点で目標へと砲口を向けていた。そして、その砲撃を放ち……5Mもない距離にもかかわらず、軍刀棲姫はその体を左方向に回転させて避けてみせた。流石に避けられると思っていなかったのか、矢矧の目が驚愕に見開かれる。

 

 「そんなっ、ああっ!!」

 

 そんな矢矧の声と同時に軍刀棲姫の軍刀が閃き、矢矧の艤装を斬り裂いた。直後、武蔵と同じように艤装が爆発し、矢矧の体が吹き飛ばされる。無論、軍刀棲姫は爆発する前に離れていた。

 

 「これ以上はやらせないぞ!!」

 

 再び近くの艦隊へと斬りかかろうとしていた軍刀棲姫の真横から日向が突撃し、その手に持っていた軍刀を振り下ろした。軍刀棲姫は降り下ろされた軍刀を体を後方へと反らすことで紙一重にかわし……反撃する前にどこからか飛んできた砲撃をしゃがんで避けた為に、次に日向が降り下ろした一撃を両手の軍刀を×字にしてしゃがんだまま受け止めた。

 

 「大和、助かった。ようやく止まったな、軍刀棲姫!!」

 

 どうやら飛んできた砲撃は大和の物だったらしく、日向は大和に礼を述べた後にニヤリと笑みを浮かべた。以前の戦いは、戦いと呼べるようなものではなかった。だが、今回は違う。避けられた、斬り払われた、それでも尚挑み、こうして刃を交えることが出来た。

 

 艦娘の戦い方ではないということは、日向自身理解している。近づいてはならない相手に接近戦を挑むのは無謀であるとも承知している。だが、艦娘の戦い方では当たらないのだ。遠くから撃っても、近くから撃っても勝てないのだ。だが、近づいて相手と同じように剣を振るう方がまだ可能性が僅かにでもあるならば。艦娘の戦い方を捨てた方が千にでも万にでも1つの可能性があるならば。日向は躊躇いなくそれを選ぶのだ。

 

 「私は……私達は、貴様に届くぞ!!」

 

 

 

 刹那、日向の視界に銀閃が閃いた。

 

 

 

 「……あ?」

 

 いつの間にか、軍刀棲姫が片膝を付いた姿勢のまま両手の軍刀を振り抜いた体勢で存在していた。その姿を認識した後、日向の目の前を見馴れた銀の刃が通り過ぎ……ちゃぽん、と音を立てて海へと消え去った。その音がした場所へと日向が視線を落とすと、その先には刀身が半ばから折れている己の愛刀の姿。そして、横一閃に切れ込みの入った己の艤装。

 

 「俺の名前はイブキだ……軍刀棲姫なんて名前で呼ぶな」

 

 「ち、いぃっ!」

 

 軍刀棲姫……イブキは呟き終わると後ろに跳んで距離を開き、それと同時に日向の斬られた艤装が爆発を起こし、日向は爆発によって大和達の方へと吹き飛ばされて海上に横たわる。

 

 「日向!? このっ!!」

 

 所々焼け焦げてボロボロになった日向の姿に激昂した大和は、しかし冷静にイブキに向けて砲を放つ。そこに川内と島風も加わり、他の艦娘達も加わろうとして……撃てなかった。なぜなら、大和達の放った砲撃が避けられた次の瞬間には大和達の懐へと潜り込んでいるイブキの姿が目に入り、このまま放てば大和達に当たると危惧したからだ。

 

 だが、動きを止めた僅かな時間の間に大和、川内、島風は武蔵、矢矧、日向と同じように艤装を斬り裂かれて破壊され、沈みこそしないが艤装と中の弾薬の爆発によって全身を焼かれ、海上にその身を横たえさせることとなった。島風はその持ち前の素早さと反射神経から咄嗟に魚雷発射管を取り外して爆発によるダメージを抑えたが、3体の連装砲ちゃんを遥か彼方に蹴り飛ばされた為に全ての武装を失ってしまった。

 

 「まだよ!」

 

 「まだ、終わってません!」

 

 「いや……終わりだ」

 

 「「っ!? うああああっ!!」」

 

 大和達から少し離れた位置にいた瑞鶴、瑞鳳の2人が弓矢を構える。が、その頃には既にイブキは2人の間に片膝をつき、右手を前に、左手を横に振り切った姿勢で存在しており……2人がいつの間にと言いたげな表情を浮かべると同時に弓の弦は切れ、両肩を浅くなく深くなく斬られたらしくそこから血が吹き出し、2人とも連合艦隊に向けて蹴り飛ばされる。他の艦娘達がそうして海上を転がってきた2人の惨状を見て、また顔を青ざめさせる。

 

 それは、あまりにも速かった。艦娘でも深海棲艦でもあり得ないと断じられる程に、移動速度も攻撃速度も速すぎた。何しろ、今の一瞬に何が起きたのか、いつ移動して軍刀を振ったのか、誰1人として理解出来ていなかったのだから。何よりも、最強とそれに近い艦隊が傷1つ負わせられることも出来ずに敗北してしまった。その事実が、歴戦の勇士であるこの場の艦娘達の殆どの心をへし折った。

 

 「こんなの……どうやって勝てばいいんだよ」

 

 「もうやだぁ……」

 

 どこからか、そんな弱音が聞こえてきた。イブキはゆっくりと立ち上がり、金と炎のように揺らめく蒼の双眼を残った連合艦隊の艦娘達へと向ける。

 

 数は連合艦隊が圧倒している。だが、戦力では逆に圧倒されていた。正しく一騎当千を体現している存在が相手では、百を超える数がいても尚届かない。轟音と爆音であれほど煩かった海は、今では波の音しか聞こえない。それは、砲撃も雷撃も艦載機も最早飛んではいないから。撃っても、飛ばしても無駄だと理解したからだ。その状況に焦るのは、大淀だった。

 

 (こんな……こんなハズじゃ……)

 

 圧倒するハズだった。即座に終わらせるつもりだった。善蔵がイレギュラーと呼んだ存在を沈め、今頃は拍子抜けだ過剰戦力だと言い合いながら帰路についているハズだった。

 

 だがそれは夢想に過ぎなかった。武蔵はイブキの軍刀と艤装の爆発によって左腕の肘から下を失い、戦闘を行うことは困難だ。かろうじて右の艤装は生きているし、大破して尚立っている姿は味方から見ても驚嘆に値する。だが、同じ艦隊の矢矧は完全に砲をやられている。一瞬でも目標と軍刀を交えた日向達の艦隊は全滅、意識が飛んでいるのか身動き1つしていない。沈んでない以上、生きていることは確実であるのが救いだろう。

 

 (……あれだけの力を持ちながら、誰1人沈められていない? 目の前まで近づいて艤装を破壊しているのに?)

 

 ふと、大淀は疑問に思った。元々不思議ではあったのだ。半年の間に交戦した艦隊で再起不能となった艦娘がいても、沈んだ艦娘が1人もいないということが。

 

 今回もそうだ、誰1人沈んでいない。武蔵と矢矧、日向達など沈んでいてもおかしくはない。何せ、軍刀の刃が届く位置まで近づかれ、斬られているのだから。首を斬り落とされていても、心の臓を貫かれていてもおかしくはない……しかし、現実として彼女達は沈んではおらず、目標は動かず、今もこうして膠着状態となっている。その気になれば蹂躙できるというのに、だ。

 

 (……まさか、艦娘を沈めることを避けている?)

 

 こうして大淀がイブキから視線を離さず思考に没頭出来るのは、イブキが瑞鶴と瑞鳳の2人を斬って蹴り飛ばしてからその場から動かず、その金と蒼の鋭い視線で艦娘達を貫いているからだ。艦娘はいつ来るかわからない恐怖から動けず、イブキもまた動かない。その理由が、誰も攻撃する姿勢を取っていないからではないかと、大淀は考えた。

 

 攻撃してきた艦娘は沈めない程度に攻撃して艤装を潰し、同時に攻撃方法を潰す。そして攻撃してこない艦娘は放置する受け身のスタンス。連合艦隊の先手必勝を潰して避けて返り討ちにする後手必殺とも呼ぶべきスタイル。それは、無意識か意図的かは定かではないが、攻撃した後の相手の方が、沈まないように“手加減”しやすいからではないか? と、そう考えたのだ。

 

 (確証はありませんが、可能性は高い……とはいえ、それをどう活かすかですが……)

 

 僅かに見えた連合艦隊の勝利への光明……それを考えていた大淀のすぐ近くを、小さな影が通り過ぎていった。その後ろ姿を見た大淀は……思わず無表情を崩し、ニィと笑みを浮かべる。

 

 (勝利の為なら手段を選ぶな……でしたね、総司令)

 

 

 

 「もうやめて! イブキさん!」

 

 

 

 「雷ちゃん!?」

 

 「あの馬鹿!」

 

 同艦隊の赤城と木曾の声を背に受けながら、雷はイブキの前までやってきた。攻撃するつもりはないという意思表示なのか、両手を広げながら。対するイブキは、その軍刀を手放さない。

 

 「……“あの”雷か?」

 

 「ええ。私は、貴女に助けられた雷よ。久しぶりね、イブキさん」

 

 「ああ、そうだな……元気そうで何よりだ」

 

 会話だけ聞けばなごやかなものだが、状況と2人の表情はすこぶる悪い。イブキは一瞬だけ雷に視線を向けたものの、今は連合艦隊にその視線を向けている。雷は目を合わせてくれないかつての恩人の言葉を聞き、今にも泣きそうな表情になっていた。

 

 

 

 “お互いに、元気な姿で”

 

 

 

 かつて、雷にとって再会を願って交わした約束。それがこんな状況で果たされることになるなど、当時では微塵も考えていなかった。だが、現実としてこのような殺伐とした状況で果たされてしまったことに……自分の願った暖かな再会ではなかったことに、雷は泣きそうになる。

 

 しかし、彼女は泣かない。泣いてどうにかなるのであれば泣きわめくだろうが、そんなことをしたところで状況は好転しないのだから。

 

 (でも、どうすれば……)

 

 雷は考える。先程はつい“やめて”と叫んでしまったが、元々先に攻撃したのはこちらなのだ。イブキのした行動は正当防衛に過ぎず、その行動を咎めることなど出来はしない。では、このまま蹂躙されるのを黙って受け入れろと? そんなこと、出来る訳がない。

 

 状況を好転させる……どのようにすれば、どのように変われば、好転したと言えるのだろうか? 雷は必死に考える。考えて、考えて、考えつくす。そうして出てきた最初の言葉は……この状況とまるで関係ないことだった。

 

 「イブキさん」

 

 「なんだ?」

 

 「噂で、イブキさんは何かを……誰かを探してるって聞いたわ。イブキさんは何を探してるの? なんで探してるの?」

 

 いきなり何を聞いているんだ……それが連合艦隊の艦娘達の心境だった。そんなことは今この場では関係ないだろうと、そんなことを聞いても時間の無駄だろうと。長門達はその限りではなく、むしろよく聞いたと、勝手に前に出た怒りを感じつつ内心頷いていたが。

 

 「……俺が捜しているのは、駆逐棲姫という深海棲艦だ。そいつは……俺から大切なヒトを奪った。だから探している。探しだして……仇を討つ」

 

 ざわっと、連合艦隊の中でざわめきが起きた。それはイブキがすんなりと答えたということもあるが、それよりも深海棲艦が同じ深海棲艦を探しているということが、深海棲艦に大切な相手がいるということの衝撃が大きかった。

 

 艦娘、海軍、人類にとって深海棲艦とは人類を脅かす敵である。人の形をしていたとしても獣のような本能の塊で、残虐で、情け容赦も血も涙もない、絶対不変の敵。会話が出来る個体が現れたとしても、艦隊や仲間などコミュニティを作っているとしても、倒すべき敵である。

 

 だが……その敵であるハズの相手が大切な相手を同じ敵によって奪われたと、仇を討つ為に探していると聞けば、どうだろうか? 普通なら、軍なら好機と思うのだろう。何せ姫同士の内乱のようなものだ、海軍は痛くも痒くもないどころか、姫という強力な存在が潰し合っているのだから万々歳だろう。

 

 だが……連合艦隊の艦娘の心に起こったのは、なんとも言えない罪悪感だった。噂の中であった軍刀棲姫の問いかけ……それに嘘をついたり攻撃を仕掛けた艦隊は壊滅した。それはつまり、仇を探しているのに嘘をつかれ、果てには邪魔されていたということになる。

 

 壊滅した艦隊が悪いという訳ではない。彼女達は命令に従い、やるべきことをやっただけなのだから。だが、そうだとしても……艦娘達が今感じている、後味の悪い罪悪感が消えることはない。それが戦争なのだ。互いの主義主張も事情も思いも一切合切を外に置き、自分達がどんな手段を用いてでも勝利を目指すのが戦争なのだ。

 

 

 

 そう……“どんな手段”を使ってでも。

 

 

 

 長門は見ていた。もう戦えないと思っていた元帥の第一艦隊旗艦である武蔵……彼女が残った右側の主砲をイブキ……否、“雷”に向けていたことを。そして次の瞬間、轟音とともに武蔵の主砲が火を吹いた。それとほぼ同時に雷がいた場所に巨大な水柱が上がり、そこから更に前方に数多の水柱が上がる。“砲撃は1度だけだった”にも関わらず。

 

 「……な、にをしている!!」

 

 「落ち着いて下さい長門さん」

 

 「落ち着いてなどいられるか!! 大淀!! 貴様、武蔵が何をしたのか分かっているのか!?」

 

 

 

 「勿論です。“命令違反をした艦娘諸とも敵深海棲艦を撃破”したんです」

 

 

 

 「……なん、だと? 命令、違反? 馬鹿な!! 雷は何も」

 

 「彼女は本作戦で1度も攻撃に参加せず、独断専行をしました。更に敵との無駄な会話によって下がりつつあった士気が更に下がることになりました……よって、彼女を軍刀棲姫の意表を突く為の囮、武蔵の放つ砲撃の目隠しとしての役割を果たすことで、その責を帳消しにすることにしたのです」

 

 私が気付いていないと思いましたか? そう目で語る大淀に、長門は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。気付いていないと思っていた。正確に言うなら、問題ないと思っていたのだ。攻撃していなかったことは言わずもがな、独断専行……前に出てイブキと会話し始めたことも、後に叱責はされるだろうがこの敗色濃厚な戦いを終わらせる鍵となるかもしれないと考えていたのだ。

 

 だが、長門の見通しは甘かった。大淀達はどんな手段を使ってでもイブキを沈めることしか考えていなかった。例えそれが、味方を沈める行為であるとしても躊躇いなく、表情1つ変えないで行える程に。

 

 「武蔵が使ったのは三式弾に対軍刀棲姫を想定して手を加えた特殊弾です。近接戦闘を行う目標の為に目標から手前で炸裂し、通常の三式弾よりも広範囲に弾子と弾殻をばら蒔きます。近距離で使った際の自身への被害を防ぐ為に、本来焼夷弾子が入る部分にも非焼夷弾子を入れたので燃焼効果を持ちませんが……戦艦の主砲から放たれる速度の拡散弾です。幾ら軍刀棲姫でも……」

 

 大淀が無表情だった顔の口元をニヤリと歪める。そのあまりの冷たさに背筋を凍らせ、長門は雷がいた場所を見た。他の艦娘達もまた、一様に怯えとやるせなさを滲ませながら前方を見る。そこにはまだ、水柱が上がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 連合艦隊がいる場所の反対側……島の崖が見える場所に、金剛はいた。その姿はボロボロではあるが、意外にも体の傷は少ない。顔には余裕のある笑みを浮かべ、その目は眼前の敵を捉えている。

 

 「……ナンダ……オ前ハ」

 

 その敵とは、イブキの探し求めている相手の駆逐棲姫であった。駆逐棲姫は金剛とは違い、無傷でいる。だが、その表情は明らかに金剛よりも余裕がなかった。とは言っても、それは劣勢だからという訳ではない。予想外の事態が起きたような、理解出来ないモノに出逢ったかのような……そんな余裕の無さだった。

 

 ヒトは理解出来ないモノを恐れる。それは心を持つ艦娘や深海棲艦も例外ではない。故に駆逐棲姫は問う。まるで、その心にある恐怖を隠すように。

 

 「ナンダ!! オ前ハ!?」

 

 

 

 「『フーアムアイ? ワタシは誰でしょうネ? 金剛型戦艦“レ級”ってところジャネェカナ? キヒヒ!!』」

 

 

 

 二重に聞こえる不可思議な声を出し、グレーの瞳に揺らめく炎のような赤い光を灯し、金剛はレ級のように嗤った。

 

 

 

 

 

 

 「ソナーに感ありですー。数200以上ー。魚雷だと思いますー」

 

 「ありがとう、ふーちゃん」

 

 砲撃の雨を潜り抜けて艦娘達に向かって走り始めた俺に襲いかかってきたのは、大量の魚雷という魚群だった。ふーちゃんが教えてくれたその魚雷は、まるで海を透かしているかのように俺の目にも映る。この現象は、ソナーが捉えた魚雷の姿を俺の目に映し出しているらしい。これには魚を探すのに世話になっている。空には戦闘機もいることも見過ごせない。

 

 俺は左手のしーちゃん軍刀を伸ばして見えている魚雷を横一閃に斬り裂いて元に戻すと数瞬の間を置き、沢山の水柱が上がる。このままではその水柱に突っ込んでしまうが……この身体なら、たかだか10メートルにも満たない壁など何の障害にもならない。俺はその考えの下、速度を維持したまま全力で跳んだ。その最中、飛んでいる戦闘機にも同じように伸ばしたしーちゃん軍刀を振るって残らず撃墜し、元に戻す。

 

 「低いハードルですー。どやー」

 

 「私達がどや顔しても意味ないですー」

 

 「艦載機の撃墜お見事ですー」

 

 妖精ズの会話を聞きながら着水し、再び艦娘達へと向かって走り出した俺に、見覚えのある艦娘達……戦艦棲姫を助けた時に戦った日向達が攻撃してきた。だが、その攻撃が俺に当たることはない。

 

 最早慣れ親しんだと言っても過言ではない、まるで時間が止まったかのような感覚。その感覚の中で避けられるものは避け、しーちゃん軍刀を納刀してふーちゃん軍刀を抜いて斬り捨てたりみーちゃん軍刀で弾いたり、ふーちゃん軍刀を納刀してしーちゃん軍刀を抜いて戦闘機と矢を貫いて斬り捨てたりと忙しなく両手と全身をうごかす。最後には砲撃に加えて迫って来ていた魚雷を真横に向かって跳ぶことで射線上から逃れて回避する。息つく暇もないとはこのことだろう。

 

 (……攻められっぱなし、というのも癪だな)

 

 このまま弾切れを狙うという手も無くはないが、相手の総量が分からないのであまり現実的ではない。それに、そんなことをしてあれだけ攻撃されてこちらが攻撃出来ないまま撤退されるのも舐められそうだし、また来られても面倒だ。なので、強引に近付くことにする。

 

 以前に日向にも行ったように右手のみーちゃん軍刀を何となく目についた戦艦娘っぽい艦娘……見覚えはあるが名前が出てこない……の艤装目掛けて投げ付ける。するとみーちゃん軍刀は相手から見て左側の艤装に……相手の運が悪いのか、左腕ごと突き刺さった。あれは痛いだろう……と考えつつ、全力で走って距離を詰め、軍刀を握る。

 

 「軍刀……棲姫ぃぃぃぃ!!」

 

 (……成る程、俺は海軍ではそう呼ばれているのか)

 

 相手の艤装の突き刺さった軍刀を左腕諸とも俺から見て横一閃に斬り裂き、後ろに跳んで距離をすごく開けながら、俺はそんなことを思った。成る程、安直ではあるが的を射た名前だ。最も、深海棲艦の中でも最強と言っても過言ではない姫の名を付けられるのは……というか、中身が男(多分)であるのに姫と呼ばれるのは微妙に抵抗感がある。

 

 そんな感想を抱きながら戦艦娘の艤装が爆発したことを確認し、近くにいた艦娘に斬りかかる。この艦娘については本当に見覚えがないな……目がいいのか、その手の砲口は俺に向いている。と思った瞬間には放たれていた。しかし、いかに近距離であろうとも、この感覚がある以上は早々当たることはない。俺は向かってくる砲弾の軌道に沿うように身体を左回りに回転させて砲弾を避け、そのまま艤装を斬り捨て、爆発する前に距離を取る。そして爆発したことを確認し、また別の艦娘に斬りかかろうとしたんだが……。

 

 「これ以上はやらせないぞ!!」

 

 そんな台詞とともに、日向が斬りかかってきた……正直、艦娘が接近戦を仕掛けるという行動に違和感を感じるが……まあ、対して脅威になりはしない。そんな考えで身体をそらして回避し、カウンターで艤装を斬ろうとしたところで、またあの感覚が起きる。今回に限っては、なぜ起きたのか分からない。今までの経験では、普通なら目で追えない砲撃等があった場合にのみ時間が止まったようになるからだ。その砲撃の軌道上から身体を退けることで、俺は回避を行っていた。

 

 だが、今回は俺の視界には砲弾はない。日向しか映っていない。じゃあなんで起きたのか……ふと視線を日向から左に向けると、俺のすぐ近くに砲弾が迫ってきていた。咄嗟にしゃがみこむことでその砲弾を避ける。しかし、そのせいでしゃがんだ体制のまま日向の軍刀を両手の軍刀をクロスさせて受け止める羽目になった。何気に鍔迫り合いというのは初めての経験だ。

 

 「大和、助かった。ようやく止まったな、軍刀棲姫!!」

 

 どうやらあの砲弾は大和のモノだったらしい。まあそれはさておき、今の一瞬は俺にとって新しい発見だった。俺は今まで自分の目で見える範囲のことに限りあの感覚が起き、某大総統のように目に見えない部分はその限りではないと考えていた。要するに、感覚は俺自身の動体視力の良さから来るものだと思っていたのだ。だが、その考えを覆すかのように、目に見えない範囲でもあの感覚が起きた……それはつまり、動体視力によってあの感覚が起きていた訳ではないということになる。ならば、あの感覚の正体は何なのだろうか。考えても俺の足りない頭では直ぐには思い付かない。

 

 それはさておき、さっきの艦娘といい目の前の日向といい、軍刀棲姫と呼ばれるのは……正直、不愉快で仕方ない。実に腹が立った。

 

 「私は……私達は、貴様に届くぞ!!」

 

 何か言っているが、それはどうでも良かった。俺は軍刀棲姫なんて名前じゃない。俺の名前は“イブキ”だ。生前に読んだであろう漫画のキャラクターの名前の一部を使わせてもらい、名乗り、この世界で俺が生きている証。俺が持つ唯一無二の財産。それを汚されたような気持ちになった。

 

 日向の軍刀を受けている軍刀の刃を内側に向け、振り抜く。後に残ったのは、半ばから刀身を失った日向の軍刀……ついでに艤装も斬ったが。左手の軍刀は最高の斬れ味を誇るふーちゃん軍刀……それに掛かれば、日向の軍刀や艤装など紙同然。鍔迫り合いが出来ていたのは、日向の軍刀と刃を合わせていなかったからに過ぎない。

 

 「俺の名前はイブキだ……軍刀棲姫なんて名前で呼ぶな」

 

 正直、ここからは流れ作業も同然だった。なぜか艦娘達の砲撃が飛んでこない中でなおさら行われた大和達の攻撃を掻い潜り、近付いて艤装を破壊し、島風の連装砲ちゃん達は丁度いいいちじくあったので蹴り飛ばす。少し離れた場所にいた瑞鶴と瑞鳳は近付いて弓を射れないように両肩と弦を斬り、近くにいては邪魔なので蹴り飛ばす。そこでようやく一息つくことが出来た。

 

 長い時間動き続けていたような気がするが、実際には20分も掛かっていないと思う。息は切れていないし、燃料もあれだけ動いたにも関わらず8割強も残っている……と、妖精ズが教えてくれた。

 

 さて、と艦娘達を見る。顔の青い艦娘がいる。泣いている艦娘もいる。俯いて震えている艦娘もいる……ざっと見た限り、攻撃しようとする艦娘はいない。

 

 (……このまま帰ってくれればいいんだが)

 

 俺の目的は島を守り、屋敷を守り、金剛を守ることだ。目の前の艦娘達を全滅させることじゃない。降りかかる火の粉は払うが、害さえ及ばなければどうでも良かった。自分と自分の回りさえ無事なら、極論世界が崩壊しても構わないというのが、元一般人の俺の考えなのだ。

 

 だが、ここまま終わってはくれないだろうとも思う。この艦娘達は鎮守府……海軍の所属。その艦娘が1人に敗退したとなれば、メンツや海軍の信用に関わることは俺の足りない頭でも考え付く。だからと言って俺が負けるつもりはない。それに、海軍がどうなろうと知ったことではない。

 

 「もうやめて!! イブキさん!!」

 

 そんなことを考えていると、俺と艦娘達の間に小さな艦娘が割って入ってくる。その艦娘は……雷。この世界に来て最初に出会った艦娘。俺の名前を呼んだということは、あの時の雷なのだろう。実際に確認してみると、そうだと返事が返ってきた。

 

 元気そうで何より……そう言ってから、雷と交わした約束を思い出した。お互いに元気な姿で再会する……雷は元気そうだが、俺自身は元気とはとても言えない。身体が、ではなく……心が。

 

 少し気持ちが沈んでいると、雷は俺が何を、誰を探しているのか、なぜ探しているのかと聞いてくる。そういえば、俺は探す理由を話した記憶がないな……いや、1度だけ……1人だけ話した艦娘がいた。

 

 

 

 『私が知っていることを話します。だから……他の皆は見逃して下さい』

 

 『ありがとうございます。図々しくてすみません……話す前に、貴女がその持ち主を探す訳を教えてくれませんか?』

 

 『……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。本当は何も知らないんです。嘘をついてごめんなさい。でも……皆だけは見逃して下さい。私だけを怨んで下さい。私を決して赦さないで下さい。私が貴女の怨みを受け止めるから、私が貴女の怒りと悲しみを受け止めるから』

 

 『だから……私、以外の……艦娘(みんな)を、嫌わ……ない、で……』

 

 

 

 俺が駆逐棲姫を探し始めて最初に出逢った艦隊の旗艦。俺に初めて嘘をついた艦娘。俺が初めて……沈めるつもりで攻撃した艦娘。戯れ言だと聞くつもりはなかったが……気が付けば、沈めた艦娘は1人もいない。どうしても、沈める為のあと一歩を踏み出せない。それはきっと、俺が……前世の時から艦娘が好きだからなんじゃないかと思う。決して、あの嘘つきな艦娘の言葉を聞いたからじゃない。我ながら人間を斬り殺しておきながら何を、とは思うけれども。

 

 「……俺が捜しているのは、駆逐棲姫という深海棲艦だ。そいつは……俺から大切なヒトを奪った。だから探している。探しだして……仇を討つ」

 

 そう言った、そう思った矢先のことだった。

 

 

 

 1人の艦娘が砲を放ち……それが明らかに“雷ごと”俺を攻撃する為のモノだったのは。

 

 

 

 (味方ごとか!!)

 

 感覚が発生し、行動を開始する。放たれた砲弾はまるで散弾のような細かな弾となって広範囲にばら蒔くようになっている。だが、俺なら回避できる自信がある。こちとら数百の砲撃を掻い潜ったのだ、例え細かな弾であろうとその隙間を縫い、弾くことはできる。

 

 (だが……っ!)

 

 しかしそれは“俺1人なら”の話だ。俺が避けたところで、雷は最悪沈むだろう。なら、雷を抱えて……駄目だ、1発2発ならともかく散弾(さんだん)の弾(たま)を弾(はじ)くのは片手だけでは辛い上に雷の艤装も邪魔になる。なら雷の後ろに回って弾くことに徹するか? それも駄目だ、弾の量が多いことに加えて“細かすぎる”。弾ききれればいいが、斬っても別れる距離が短くて余計に被弾箇所を増やすだけだろう。

 

 考えれば考えるほど答えがなくなる。いっそのこと雷を見捨てるか? それだけはしたくない。雷は何も悪くないし、沈められるようなこともしていないじゃないか。敵によって沈められるならまだしも、味方の攻撃でなんて悲しすぎる。だが、どうする? どうすれば雷を助けつつ散弾をかわせる!? 手も時間も足りない。俺だけでは助けられない。そんな状況に絶望しかける。

 

 

 

 だが、俺は1人ではなかったらしい。

 

 

 

 散弾を防ぐかのように突然水柱が上がり、その向こうから金属同士がぶつかるような音がする。気付けば俺は雷の前に立ち止まり、雷も後ろを振り返って水柱を見上げていた。そして、その水柱が消えた後には……巨人と見紛うような黒い異形が俺達を見下ろしていた。

 

 「久しぶりね……イブキさん」

 

 (私の、もう1人の姉様)

 

 「……君は……」

 

 久しぶりに聞いた声が、異形の隣からした。そちらに目を向けると……髪は短くなっていたが、見覚えのある姿をした女性……戦艦棲姫の姿があった。以前助けた時はぼろぼろで艤装も原型を留めていなかったが、今目の前にいる彼女は違う。傷なんてない綺麗な身体、艤装なのだろう、異形も……散弾を受けた筈なのに問題ないように見える。確か戦艦棲姫……山城の艤装は姉の扶桑だと言っていたような。

 

 「深海棲艦が……守ってくれたの?」

 

 「……あの子に頼まれたからね。それに、私だけじゃないわ」

 

 信じられないというような雷の言葉に戦艦棲姫……山城は笑みとともにそう言って連合艦隊の方へと体を向ける。あの子というのが少し気にはなるが……今は、頼もしい味方の登場が、雷が無事なことが嬉しかった。

 

 「さあ、私達の初陣といきましょう……“姉様”」

 

 「ええ……そうね」

 

 山城の声に応える声。それは俺ではなく、ましてや雷でもない。まさかと思い、山城の艤装である異形を見る……すると気付く。俺の後ろから現れた“戦艦棲姫山城とよく似た姿”を持つ黒い長髪を靡かせた、二頭の巨人のような異形の艤装を従えた深海棲艦の存在を。彼女は山城と並び立ち、2人は威風堂々と言い放つ。

 

 「戦艦棲姫“山城”」

 

 「戦艦水鬼“扶桑”」

 

 「我ら姉妹艦、かつての恩を返す為」

 

 「旧友の願いを聞き届けたが故」

 

 

 

 「「いざ、参ります!!」」

 

 

 

 ……扶桑、山城の艤装じゃなかったのか?




まだまだ続くんじゃ。茉莉(海鷹)様の絵に負けないくらいイブキを無双させられているといいんですが。

という訳で、戦艦棲姫&水鬼参戦と駆逐棲姫登場、金剛型戦艦レ級になっちまったというお話しでした。次回からはばーさーかーそうる的なことになるかも(過剰戦略だし)。夕立? ほら、長門さんとこにいたし(震え声



今回のまとめ


イブキ、無双。当たらなければどうということはない。雷、叫ぶ。贔屓してる感は否めない。金剛型戦艦レ級、爆誕。過程は次回予定。戦艦水鬼扶桑、登場。誰が艤装のままだと言った?

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