どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でこざいます。

今回は約1万6千文字程で、後半のイブキ視点ではほぼ説明となっております。

そして今回もまた、ちょっとだけオマケがありますw

文を一部修正しました。ボーキサイトって実在したんですね……感想で初めて知りました←


いつもピンチだな

 軍刀棲姫討伐の為の大規模作戦から3ヶ月の月日が流れた。その間、特に何事もなく時間が過ぎた……訳ではなく、幾つかの事件が起きていた。

 

 3ヶ月内に起きた大きな出来事は4つ。1つは、海軍大将の事故死……艦娘売買事件の真犯人だった白木 幸助の死は、事情を知らぬ日本国民にとっては衝撃的なニュースとなった。その後釜となる提督は未だに決まっていないが、近々決まると噂されている。

 

 もう1つは、軍刀棲姫が拠点としていた島……その島は今は誰もいないが、その周辺には他の海域と比べて非常に凶暴な深海棲艦が現れるようになった。“返せ、姫様を返せ”と呪詛のように叫びながら攻撃してくる上に絶対に退かず、捨て身の特攻や道連れの自爆等を行う。それによって轟沈した艦娘も少なくない。今では准将以上の階級を持つ提督の艦隊でなければ海域へ向かうことを禁じられている。

 

 もう1つは、事件というよりも“噂”である。曰く、サーモン海域に“亡霊”が現れるという。それは時に小さく、時に巨大な影で現れるらしい。その影は遠巻きにしか確認出来ず、正体が分かる程に近付く頃にはその姿は消えているという。また、消えるのではなく逃げるパターンも存在するが、そちらは全く追い付けずに見失ってしまうらしい。その亡霊は軍刀棲姫の怨霊ではないかと、海軍の中でまことしやかに囁かれていた。しかし、そう思っていない者達も、いる。

 

 最後の1つ……それは他のとは違い、海軍にとって、海軍に守られる世界にとって嬉しい出来事。

 

 「当たるっぴょん!」

 

 「当たりません!」

 

 とある日の昼頃、そんな言葉を交わしながら演習をしているのは、イブキと面識のある球磨達の艦隊と艦娘売買の件で交流を持つようになった摩耶達の艦隊。場所は球磨達の鎮守府、その近海である。

 

 球磨達の艦隊のメンバーは球磨を旗艦に北上、卯月、白露、深雪、鈴谷。3ヶ月の間に新たに仲間に加わった鈴谷を含め、皆“改”へと至っている。対する摩耶達の艦隊は摩耶を旗艦に鳥海、鳳翔、霧島に加え、皐月、那珂の6隻。こちらも同じように皆“改”へと至り、火力という点では戦艦に軽空母がいるので球磨達よりも勝っている。

 

 しかし、状況は接戦だった。その理由として、球磨達の速度がある。戦艦と軽空母がいない分、艦隊としての速度は球磨達の方が速い。しかし、火力では圧倒的に負けているし、軍艦時代よりもお互いの体が小さい為に中々被弾判定が取れない。お互いに避けては撃ち、撃っては避けられ……そんな状況を打破する為に最初に動き出したのは、案の定というべきか、球磨だった。

 

 「埒があかないクマ……こうなったら、突撃クマーっ!!」

 

 「いつも通りだねえ、球磨姉さん」

 

 北上の呆れたような声を背に受けつつ、球磨は単身摩耶達に突撃する。当然ながら、そんな暴挙とも言える行動を摩耶達が許す筈がない。しかし、鳳翔の放つ艦載機は卯月と白露によって迎撃され、最大火力である霧島は北上と深雪の魚雷を回避する為に動いている為、球磨を狙う余裕はない。

 

 「ほーら、避けないと当たるよー?」

 

 「わわっ! ぼ、ボクだってやられてばっかりじゃないよ!」

 

 「ちょ、なんで、那珂ちゃんは、顔、ばっか、りぃあぅだっ!」

 

 皐月、那珂もまた鈴谷によって行く手を阻まれている。球磨達の中では最高威力の主砲を持つ鈴谷は重巡洋艦……駆逐艦である皐月と軽巡洋艦である那珂では分が悪い。しかもこの鈴谷、妙に狙いが正確だった。皐月は足下を重点的に狙われ、反撃するも狙いが定まらずに鈴谷に当たることはない。那珂は執拗に頭部……というか顔面を狙われている。そして今、一発の模擬弾が顔に直撃した。当然ながら撃沈判定である。

 

 そうして周りの状況が動く中、球磨に接近を許した摩耶と鳥海は2人で球磨目掛けて主砲を放つ。摩耶が直撃を狙い、鳥海が自慢の頭脳による計算に基づいた砲撃でサポート、或いは直撃を狙う。

 

 

 

 しかし、球磨が大きく“真横に跳んだ”ことでその砲撃は空振りに終わる。

 

 

 

 「遅い、遅すぎるクマ!」

 

 「くっ……もうそこまで使いこなせるなんて!」

 

 「あたしなんてまだ使いこなせないってのに!」

 

 摩耶達が狙いを定める頃には球磨は既に跳び、狙いを外して近付いてくる。以前は出来なかった、海上での三次元的な動き……これこそが、3ヶ月内に起きた大きな事件の最後の1つ。妖精達による艤装の性能の強化だった。

 

 以前にも説明したが、艦娘はあくまでも“船”である。人の形をしていても艤装を装備して海へ出れば、その理によって船以上の行動を行えない。しかし、この性能の強化によって艦娘達はその理から解放され、さながらスケート選手のように動くことが可能となった。方向転換もスムーズに行えるようになったし、球磨が行ったようなジャンプだって出来る。ジャンプが出来るということは……こういうことも可能である。

 

 「ふっふっふー……受けるクマ。とうっ!」

 

 そんな言葉と共に摩耶の砲撃を避ける為、球磨は高く飛び上がる。艦娘のパワーが生み出すその跳躍力は凄まじく、かなりの高さだ。球磨はそのまま体を捻り、右足を真っ直ぐ伸ばして左足を曲げ……高らかに叫んだ。

 

 

 

 「必殺! 球磨ちゃんキィーック!!」

 

 

 

 「空中じゃ避けられねーだろ!」

 

 「ぐまぁっ!?」

 

 そしてあっさりと摩耶に迎撃され、旗艦が撃沈されたことで演習の結果は摩耶達のA判定勝利で幕を閉じた。

 

 今までの艤装とは違い、こうして陸上と同じように動くことが可能となった艦娘達は機動力という点で深海棲艦を上回り、戦略や戦闘に幅が出来た。これにより、強化が実行されてから2ヶ月間、海軍の勝率と艦娘達の生還率が大きく上昇した。

 

 しかし、強化された性能を扱うことが出来ずに振り回され、沈んでいった艦娘もいる。中には誤って味方に突撃してしまった艦娘、ジャンプ後の着地に失敗して大破した者、調子に乗って先行しすぎて返り討ちにあった者もいた。その為、艤装の性能の強化は艦娘達の任意と提督の許可が必要となり、強化を行った艦娘には徹底した訓練を義務付けられている。

 

 「球磨姉さん……あれほど不用意な跳び蹴りはやめろと何度言わせるか!!」

 

 「いだだだだっ! 痛いクマ! 痛いクマァ!!」

 

 「出た! 北上の対球磨用必罰技“あいあんくろお”だぴょん!」

 

 「あたし達艦娘のパワーで掴まれてしまえば、大抵のモノはスイカ割りのスイカのように砕け散るぜ!」

 

 「普段脱力系の北上さんが真面目に怒るから、すっごい怖いし痛いんだよね……」

 

 「……っ! ……はっ……っ!!」

 

 演習が終わり、鎮守府へと戻った球磨達。工厰に艤装を置いた後、その場で北上が今回の演習の敗因となった球磨の頭をがっちりと掴んで持ち上げていた。その姿に何故かテンションが上がっている卯月と深雪がはしゃぎ、その後ろで北上のアイアンクローを経験した事があるらしい白露が頭を抑えてしゃがみ込み、鈴谷がお腹を抑えて声も出ない程に爆笑している。尚、摩耶達は球磨達の提督に挨拶をして自分達の鎮守府に帰投している。

 

 そんな騒がしい工厰に、1人の男性が入ってきた。その男性は、この鎮守府……球磨達の提督であった。北上は提督が視界に入った瞬間に球磨を手放す。必然、球磨は床に落ちてお尻を強く打つことになった。

 

 「や、やあ皆。お疲れ様……お帰り」

 

 「ありがとね、提督。艦隊、帰還しました」

 

 「うーちゃんめちゃめちゃ疲れたぴょん」

 

 「あたしもー。なあ提督、風呂行ってきていい?」

 

 「う、うん。行ってらっしゃい」

 

 おどおどとしながら提督は深雪の言葉に頷き、許可を貰った深雪は卯月と白露と共に工厰から出て風呂……入渠場へと向かった。結果、この場に残ったのは頭と腰を抑えて悶えている球磨と苦笑を浮かべている北上、にこにこしている鈴谷の3人である。

 

 球磨達の提督……名を、永島 北斗(ながしま ほくと)。身長は180半ばと高く、軍人として鍛えているらしく体つきはがっしりとしている。年齢は34、階級は少佐……だった。今から9ヶ月前に発覚した艦娘売買事件、その解決の功労者である。しかし、本人は艦娘達のお陰であると言い、自分は何一つ力になれていないと言っている。だが、自分の部下の活躍なのだからと押し切られて昇進し、今は中佐となっている。ついでに未婚。

 

 このことから分かるように、性格は至って温厚。押しに弱く、いつの間にか悪事に加担しかけていたり中々戦艦と空母が配属されなかったりと不運な面もある。尚、この3ヶ月内に大本営から大型建造……通常の建造よりも大量の資材を投入することで通常の建造では生み出せない艦娘……大和や、武蔵のような超ド級戦艦が生み出せる“かも”知れない建造を行う許可が下り、これなら大和や武蔵とまではいかなくとも戦艦、或いは空母が来てくれるだろう……となけなしの資材を投入したところ、鈴谷がやってきた……なんてエピソードもある。

 

 「ごっめんねー提督。負けちった」

 

 「ざ、残念だったね鈴谷……で、でも、鈴谷は相手の艦娘を1人倒したし……内容は決して、わ、悪くはなかったんじゃないかな。北上も球磨も……が、頑張ったね」

 

 軽い口調で敬礼して弛~く謝罪する鈴谷。しかしその声には本人しか分からない程度に悔しさが滲んでいた。それを北斗は感じたらしく、彼は鈴谷を慰めるように言い、その綺麗なエメラルドグリーンの髪を撫でる。実際、鈴谷は唯一相手の艦娘、那珂を撃沈判定にしている。そんな心遣いを感じたのか、鈴谷は撫でる北斗の手を自分の頭に押し付けるように押さえながら嬉しそうに笑った。

 

 そんな2人の姿を見て面白くないのは、敗因となった球磨となんかもやもやとしたモノを感じる北上だ。球磨としては、そんなついでのように……という不満半分、久々の黒星を北斗に付けてしまった申し訳なさ半分。9ヶ月前にイブキと偶然出会ったあの日から鍛え続けた球磨は、決して常勝とはいかなくとも多くの白星を演習、出撃問わずに上げてきた。最も活躍した者に贈られるMVPもほぼ球磨が取得し、その度に北斗から誉めてもらっているし、彼の気が弱いせいか恐る恐るという風に撫でる手はくすぐったくも心が暖かくなるので球磨はお気に入りなのだ。

 

 「……今回は鈴谷に譲ってやるクマ」

 

 「上から目線で何ほざいてんの駄姉」

 

 「最近北上が冷たいクマ……」

 

 仕方なくという風に呟く球磨に対し、北上が冷たい視線を向けながら毒を吐く。アイアンクローと言い今の毒と言い最近妙に冷たい妹にがっくりと項垂れる球磨だが……姉は気付いている。北上が目の前の北斗を憎からず想っており、こうした毒は本人ですら気付いていない嫉妬心による八つ当たりだと言うことを。

 

 がっしりとした体躯の割りに気が弱く、顔も少々丸顔で決して二枚目とは言えないが……優しい雰囲気やいい人オーラのような、そんな感じのモノが溢れている北斗。その人柄の良さから艦娘達との関係は非常に良好で、中には北上のように自覚無自覚の差異はあれど好意を抱いている艦娘もいる。ぶっちゃけ目の前の撫でられている鈴谷もその1人だと球磨は思っている。

 

 (姉としては、やっぱり北上を応援したいけど……)

 

 球磨の目が北上に行き、次に鈴谷に向かう。ぺたーん。ぽよーん。何がとは言わないが、鈴谷の完全勝利Sである。約3ヶ月前に来た浜風と浦風もそうだし、その2人の前に配属された当時唯一の重巡……この場にはいない高雄と呼ばれる重巡もまたバイーンである。4連続で戦艦や空母ではなくともバイーンを引き当てる北斗を不運と呼ぶべきか幸運と呼ぶべきか非常に悩む所である。

 

 北斗とて気が弱くとも男性、やはりそういったことに興味を持っているだろう。年齢も30を越えているのだし、きっと経験も……と脱線したことに気付き、球磨は首を振って思考を一旦切る。それと同時に、北斗が口を開いた。

 

 「さっき、ほ、本部から任務が来た。その任務をき、君達3人を含めた6人で行ってもらうよ」

 

 「任務? 今から?」

 

 「ちち、違うよ……任務は明日、ヒトサンマルマルから。さっき演習した艦娘の鎮守府との合同任務で……内容が……」

 

 

 

 

 

 

 「亡霊が出ると噂されているサーモン海域の調査……ねえ」

 

 「前にも似たような噂があったよな。軍刀を持った新種のーって」

 

 「その噂は正しかったんだけどねー」

 

 演習の翌日、北斗の鎮守府からは球磨、北上、卯月、深雪、白露、鈴谷の6人による艦隊と摩耶、鳥海、鳳翔、霧島、皐月、那珂の6人による艦隊が合同任務の為合流し、サーモン海域へと向かっていた。任務の内容は北上が呟いたように、“亡霊”が出ると噂されているサーモン海域、その調査である。

 

 今回の任務、合同任務となっているのは万が一の場合を想定してのことだ。亡霊の噂が事実であり、尚且つ軍刀棲姫のような強力な新種の深海棲艦だった場合、どちらかの艦隊の誰か1人でも生き残り、情報を届ける。因みに、この任務は噂が流れ出してから定期的にある程度実力が認められている佐官提督の鎮守府に送られてくる。今回は球磨達と摩耶達の所属する鎮守府が選ばれた、という訳だ。

 

 「ねえ卯月。亡霊ってどんなのかな? ボクはやっぱり、摩耶さんが言うみたいに軍刀棲姫が実は生きていてーって思ってるんだけど」

 

 「ぶっちゃけうーちゃんもそう思ってるぴょん。あんなのがそう簡単に沈むとか考えられないし」

 

 球磨と摩耶を先頭に進む艦隊の後ろで、卯月と皐月の2人がそんな会話をする。そうして交わされた内容は、海軍でも散々議論されたモノだ。噂の亡霊が軍刀棲姫か、否か。なぜ沈んだとされる軍刀棲姫の名が上がるのかと言えば、それは噂の切欠となる目撃情報が“軍刀らしき艤装を持っているように見える影を見た”というモノだからだ。また、軍刀棲姫が沈んだ瞬間を誰も見たことがないという理由もある。しかし、調査任務が始まってから最初に目撃した艦隊以来、亡霊を見たという情報は上がっていない。

 

 (皐月達の言う通りだ……絶対にイブキさんは生きてるし、亡霊の正体もイブキさんに違いねえ。絶対に……絶対に見つけてやる)

 

 12人の中で最も軍刀棲姫……イブキに対する思い入れが強い摩耶は、内心でそう誓う。9ヶ月探し続けたのだ、諦めることなど今更出来るわけがない。するつもりなど微塵もないが。

 

 摩耶がそんなことを考えていた時、一行がサーモン海域へと辿り着いた。そして周囲の状況を知るべく鳳翔が艦載機を飛ばそうと弓をつがえ……その直後、眼前に島のように横に広がった黒い影が現れる。一行はその影が噂の亡霊かと考えたが……その影が動き、近付くにつれて、その考えが間違いだと気付いた。そして、近付かれてしまったことを後悔する。

 

 

 

 その影は、夥しい数の深海棲艦だった。

 

 

 

 「っ、総員戦闘準備だクマ!」

 

 「バカ! 撤退だ!! あたしらだけじゃ手に負えねえ!!」

 

 球磨が叫び、摩耶も叫んだ。同時に、影の方から轟音が響き渡り……艦隊の後方で水柱が上がった。それによって海面が大きく波打ち、思わず全員の足が止まる。その間にも影は近付いてきている。まだ距離があるとは言え、出だしを潰された故のタイムロスは痛かった。何故なら此方には航行速度があまり速いとは言えない鳳翔がいる。最早逃げても追い付かれるのは確実と言っていい。

 

 しかし、このまま戦闘したところで待っているのは沈むという運命だろう。何しろ島と見間違う程の横一列の影が全て深海棲艦なのだ。しかもそれほど距離が離れているというにも関わらず球磨達の後方に砲弾が着弾するという射程距離、間違いなく戦艦級が存在する。更に影をよく見てみればところどころ赤い光や黄色、或いは金色の光も見える……それ即ち、エリートやフラグシップすらもあの影の中に含まれているということに他ならない。ヘタをしなくとも3桁はいるであろう深海棲艦の大群に、たった12人の艦隊が立ち向かえるだろうか?

 

 (っ……くそっ。状況を考えれば、深海棲艦を足止めしながら駆逐艦の誰かを撤退させて大本営に知らせるべきだ……なら、誰を……)

 

 「全員撤退クマ!」

 

 【っ!?】

 

 「なっ……ここは普通撤退させる奴と足止めする奴で分け」

 

 「口論も問答もやってる時間が惜しいクマ! 全員、全力で生きて帰るクマ! まだまだ距離はある! どうしても逃げ切れないって状況になるまでは、全員で生きて帰る努力をするクマ!」

 

 球磨の言葉にハッとしたように、皆が顔を上げる。その脳裏に浮かぶのは、それぞれの目標や大切な者の存在だった。

 

 仮に、目の前の影が日本に来たらどうなるだろうか? 戦いになれば負けるつもりなど毛頭ないが、それでも被害は出るだろう。守るべき国民が少なくない数死ぬことになるだろうし、鎮守府など最も狙われやすい。提督が死ぬかもしれない。お礼を言えないまま、会えないまま沈むかもしれない。それは、それだけはゴメンだと……皆の顔に闘志が宿る。逃げ切れないと分かって入る。それでも、生きる為の最大限の努力と抵抗はしてやると。

 

 深海棲艦達の上空に、小さな影がまるで黒い雲のように現れる。それは、大量の艦載機……この場にいる全員の対空能力では到底処理しきれない、制空権など取れるはずのない数。また沈む可能性が跳ね上がる……が、球磨達は深海棲艦を見据えながら後退を開始する。既に鳥海が通信で鎮守府に状況説明と応援要請を送っている。応援が来るまで耐えきり、尚且つ撃退しなければ生き残れない……そんな絶望的状況。それでも、1度生きることを決めたのなら諦めない。

 

 【絶対に生き残る!!】

 

 

 

 それはきっと、その意思が起こした奇跡。

 

 

 

 

 

 

 「君達艦娘は、俺が見掛けるといつもピンチだな」

 

 

 

 

 

 

 誰かが、球磨達を背後から飛び越えた。その黒い制服に覆われた背中と、銀にも白にも見える長い髪に見覚えがある者達が“あっ……”と小さく声を漏らす。同時に、絶望的な状況だと言うのにも関わらず安心感を覚えた。

 

 海面に着水した存在は後ろ腰の艤装であろう4つの軍刀の内の1つ……左後ろ腰の下にある軍刀を引き抜く。その軍刀に刀身はない。だが、球磨達は見た……その軍刀の柄、本来ならば刀身があるであろう場所が、まるで陽炎のようにゆらゆらと歪んでいることを。

 

 

 

 「出番だごーちゃん」

 

 

 

 そんな言葉と共に、存在がゆっくりと軍刀を前に向け……瞬間、あまりに長大な灼熱の炎の剣が現れる。存在はそれをその場から1歩も動くこともなく右から左へと払った。その動きに連動して炎の剣も右から左へと動き……彼方の空に在った深海棲艦の艦載機達が一機残らず花火と化した。

 

 その炎に恐怖を感じたのか、深海棲艦達は反転して去っていく。その方向がサーモン海域最深部ではないことに存在……イブキは安堵したように息を漏らし、軍刀を納刀して球磨達に向き直る。

 

 「見知った顔ばかりだな……いや、俺が会ったのと同じという保証はないが」

 

 その時の艦娘達の心境をどう語ればいいだろうか。イブキ……軍刀棲姫は海軍の中では沈んだものとされ、その驚異的なまでの戦闘力は情報操作をされている一般人と違って正しく行き渡っている。これは、一般人にはなるべく不安を感じさせず、海軍は敵の戦力を正確に知っていなければならないという考えからである。

 

 そんな存在が沈んでおらず、自分達を助けてくれた。更には敵意もなく、普通に話しかけてきている。この状況に特に困惑したのは、一切の面識がない鈴谷と、摩耶達からは摩耶以外の艦娘。その事に気付いたのか、北上が口を開いた。

 

 「あー……いやー……まあ、顔見知りだよイブキさん。お久しぶりー」

 

 「そうか、それは良かった。久しぶりだな、北上」

 

 「ここで会ったが100年目だクマ!! 今こそ必殺のほぉっ!? ぎぅ、ぐ、が……」

 

 「はーい、球磨姉さんはちょーっと黙っててねー」

 

 「出たぴょん! 北上の対球磨必罰技“ちょぉくすりぃぱぁ”!!」

 

 「あたし達艦娘のパワーで絞められてしまえば、大抵のモノは意識と一緒に命も落とすぜ!」

 

 「普段脱力系の北上さんが笑顔でするから、すっごい怖いしやたら苦しいんだよね……」

 

 苦笑を浮かべつつ片手を上げて挨拶を交わす北上とイブキだったが、唐突に球磨がイブキに食って掛かる……前に強化された艤装の能力を十全に扱い、それはもう素早く無駄のない身のこなしで北上が球磨の首を背後から締める。そして盛り上がる卯月と深雪、これまた喰らったことがあるのか遠い目をする白露。他の面々は突然の喜劇にポカンとしていた。それはイブキとて例外ではない。

 

 「……まあ、元気そうで何よりだ」

 

 「……あ、あの……イブキ、さん」

 

 「うん?」

 

 また苦笑を浮かべていたイブキに話し掛けたのは、摩耶。彼女はこの9ヶ月間、ずっとイブキを探し続けていた……その相手が今、目の前にいる。その見た目は、記憶の中に残る姿と変わってはいない。腰ほどの長さの白髪も、深海棲艦を彷彿とさせる青白い肌も、その腰回りにある艤装である軍刀も、鈍色の双眼も……低めのハスキーボイスの声で告げられる優しげながらも男っぽい口調も、何もかもが記憶のままだった。

 

 妹を、仲間を、自分自身を助けてくれた命の恩人。その恩人ともう一度会うために、会ってお礼を言うために海に出続けた。しかし、いざ出会うと言葉が中々出てこない。それは鳥海と鳳翔も同じようで、彼女達もイブキに視線を固定したまま動きがない。

 

 他の者達は、敵意とはいかないまでも訝しげな視線をイブキに向けていた。それもそうだろう、霧島も皐月も那珂も鈴谷も、これが初対面なのだから。しかもイブキ……軍刀棲姫と言えば、通常の姫を遥かに越える戦闘力を持つと知識にあり、その戦闘力も垣間見た。いくら仲間達がフレンドリーな対応(?)をしていても、警戒心が抜ける訳ではない。

 

 (さて……どうなるやら)

 

 そんな空気を察し、北上は球磨の首を絞めながら溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 (やってしまったなぁ……)

 

 何故か俺を見ながら顔を赤らめてあわあわとしている摩耶様にほっこりしつつ、俺は彼女達を助けたことを……じゃない。助けた後すぐにこの場から離脱しなかったことを後悔していた。

 

 助けたことそのものに後悔はない。ただ、3ヶ月間身を潜めていたのに今回のことで海軍に俺の生存が知られてしまうことが心配なのだ。比較的俺に好意的な対応と視線を向けてくる北上達や摩耶様と……服装と眼鏡から察するに鳥海、鳳翔か。それ以外の艦娘達からは明らかに警戒されているから、彼女達から上に伝わるのは覚悟しないといけない。

 

 (全く……どうしてこうなった)

 

 内心で溜め息を吐きながら、俺は今日この日までの3ヶ月の日々を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 山城の拠点で世話になるようになった当初は、俺は基本的に夕立、レコン、タ級と共になるべく目立たないように資材を集めたり、拠点の中にある訓練所らしき空間で自分の体のことを確かめたりしていた。その中で、この3ヶ月の間で知り得たことは非常に大きい。

 

 この世界に置いて、資材の収集……ゲームで言う遠征だが、これはゲームとはあまり変わらない。その場所まで行き、資材を回収する……のだが、問題なのは、その資材の回収のやり方。

 

 そもそも不思議には思わなかっただろうか? 燃料や鋼材は、油田や鉱山などがあるのでまだ分かる。だが、弾薬は加工されたモノだし、そもそもボーキサイトってなんなんだ? と。結果として、俺が知ったのは……その遠征の目的地には“妖精”が存在し、その妖精達が資材を用意しているということだった。そして、その妖精達も山城の拠点の妖精達と同じように俺以外には見えていない。艦娘達は目的地に無造作に置いてある“ように見える”資材を“そういうモノである”と認識して回収していたということだ。それは夕立、時雨、雷も同じだったようで、俺が妖精がいると指摘したことで初めて違和感を感じたらしい。因みに、ボーキサイトとは色んな鉱物の混合物であり、正確には鉱物ではないらしい……知らなかった。

 

 (妖精……か。いーちゃん達のことがあるから、あまり疑いたくはないんだが……)

 

 深海棲艦の拠点にも妖精はいた……これだけなら、まだ納得は出来た。だが、遠征の目的地にも居て、資材を用意している……となれば、邪推もしてしまう。そもそも、艦娘を産み出したのは妖精なのだから……とは言え証拠があるわけではないし、推論として語るにはスケールが大きい。確証を得るまでは、俺の胸の内に留めておくべきだろう。

 

 さて、話は変わるが、俺の体のことを少し話そうか。以前にも言ったが、この体は艦娘か深海棲艦か定かではない。少なくとも人間ではないのは確実だが……体のスペックは非常に高い。艦娘と深海棲艦を遥かに越える速度と中身が俺という元一般人だというのに何故か行える体捌きで無双と呼べる戦闘力を持っている。そこにいーちゃん達の妖精軍刀が加われば、最早敵うもの無しと言っても過言じゃない。しかしながら装甲面では駆逐艦並か少し上辺りということがわかった。分かった理由は、以前に天龍の軍刀を受けたのとは別に実際に試したからだ。

 

 

 

 『夕立……頼みがある』

 

 『頼み? イブキさんの頼みなら、私何でもやっちゃうっぽい!』

 

 『(ん? 今……いやいやまてまて)……そこの訓練所で、俺に向かって主砲を撃ってほしい』

 

 『えっ!? いやイヤ嫌絶対やっ! イブキさんを撃つなんて……』

 

 『この体のことを確かめる為だ……(この世界で唯一俺の事情を知っている)夕立にしか頼めないんだ』

 

 『うー……(イブキさんにとって唯一のパートナーで大好きで愛してて他の人なんて眼中にないから)私にしか頼めないのなら……分かったっぽい。なるべく痛くないようにするからね?』

 

 

 

 という会話の元、夕立に撃ってもらった。この時、俺は当然忘れている……夕立という艦娘は改二の時の火力がゲーム内で戦艦に匹敵する程高いということを。そして、海二となっている目の前の夕立も例に漏れない。更には、この実験中に例の感覚は発動していた為に少しずつ迫ってくる砲弾を直撃するまで眺めるという一種の拷問のような経験をすることになり、結果としてこの世界に来て初めて死ぬかと思うほどの激痛を味わうことになった。

 

 『ああっ、イブキさんの服がぼろぼろになってますー』

 

 『具体的にはスカートが腰まで破けて今にも落ちそうになってますー』

 

 『上半身なんか派手に破けて肩とか鎖骨とか谷間とか丸見えですー。のーぶらはぁはぁ』

 

 『おおー、スカートの破けたところからスパッツが破けて腰辺りの脚の付け根のラインまで……ふぅ』

 

 『見ちゃダメですー!』

 

 『『目がー! 耳がー! 鼻がー!』』

 

 『イブキさん大丈夫!? 直ぐに入渠場に運ぶから!』

 

 因みにこの時、夕立に横抱き……所謂お姫様だっことやらをされながら薄れ行く意識の中で俺が考えていたのは……不謹慎にも轟沈台詞だったりする。思い付かなかったが。

 

 そして深海棲艦の拠点にあるという緑色の透明な液体の入ったカプセルの中に入った訳だが、意外と言うべきか俺にも効いた。大破、ヘタをすれば轟沈寸前の体と見るに耐えない状態だった衣服もあっという間に修復され、数時間程度で意識も戻ったのでカプセルから出られた。

 

 分かったことは、俺もダメージを負えば(偶然かも知れないが)艦娘宜しく半脱ぎのような状態に陥ること、装甲が薄いこと、今までダメージを負わなかった為に痛みに対してあまり耐性がないことだ。思考そのものは冷静に行えるが、痛みで反射的に行動が出来なくなる……それはいけない。彼のお方は腹を刺され、左目を潰され、肩に銃弾を受け、両腕をもがれても構わずに両刃を口にくわえて一撃を与えたほど……そのお方の名を一部借り、戦い方の参考にまでさせてもらっている俺が、痛みで動けないなんて無様な真似は許されない。というか俺が許さない。ならば、どうするか?

 

 

 

 『……っ! づぅ……ぎ……っ!』

 

 

 

 痛みに慣れる為には、痛みを感じなければならない。そう結論付けた俺は、自分の体が入渠することで直ぐに治るということを利用して自傷行為を繰り返すことにした。妖精軍刀を使って手を突き刺し、足を突き刺し、腹を突き刺し……今思うと、俺はなんという無茶というかバカなことをしたのかと。

 

 そんなことを1ヶ月、皆が寝ている内に隠れてやっていた。皆に……特に夕立に心配をかけたくなかったからだ。妖精ズはずっとやめてほしいと言っていたが、動けなくならないようにと理由を話したら渋々黙っていてくれた。が、ある時堪え切れなくなったらしいごーちゃんから夕立に密告されてそのまま全員に広がり、それはもう激怒された。理由を言ったところで“それでもイブキさんの行動は容認出来ない”と言われ、それ以来常に誰かが俺の部屋で共に寝ることになった。因みに、この時には既に痛みに対してかなり耐性がついている。努力は裏切らない、ということだろう……因みに、皆に実際に見つかったとの会話はこんな感じ。

 

 

 

 『イブキさん! なんでこんなことしてるの!?』

 

 『……どんな時でも止まらないようにする為には必要なことなんだ』

 

 『こんなことが必要なんて……』

 

 『夕立……(イブキさんはこう言ってるけど……きっと、今まで斬ってきた艦娘達への罪の意識があるんだ。だから、こういうことをして自分を罰しているんだと思う……やらせてあげようよ)』

 

 『時雨……う~……そんなことしなくても』

 

 『(時雨は何を言ったんだ……?)すまない、夕立……これは絶対に、やらないといけないんだ』

 

 『……分かったっぽい。でも条件はつけるからね!?』

 

 

 

 勿論、この後全員に怒られている。こうして痛みを我慢して動けると実践出来た俺は、次に自分が妖精軍刀以外の艤装……主砲、副砲、魚雷、艦載機のような武装が使えるかどうかを試してみた。艦娘の物、深海棲艦の物を両方。

 

 結果は……使えない。しかも装備しようとすれば弾かれるように艤装が吹っ飛んでいってしまう……しかし、掴んで持ち上げたりすることは出来た。これは恐らくだが、俺という“艦種”と装備の“規格”が合っていないからだと思う。戦艦の主砲を駆逐艦に積み込めないように、俺は艦娘と深海棲艦の艤装全てが“俺という艦種”に積み込めない、装備が出来ない。天龍が持っていたような近接武装がどうかは分からないが……いずれ調べたいところだ。

 

 また話は変わり、話の順序もおかしいが……俺が最初に困ったのは食糧関係だ。俺はこの世界に生まれてから、食糧は全て人間が食べられる魚や果実等だった。だが、この拠点にはそんな物はない……というのも、艦娘と深海棲艦では色々と違ってくるが、この食事という部分は特に違う。艦娘は食事をすること自体は必要ない。が、人間と同じように空腹になるので人間と同じ物を食べる。そして、燃料は食事である程度賄えるが、基本的に補給は艤装に直接行われる。決して資材をバリバリ食べたりしない(夕立、雷、時雨談)。だが、深海棲艦は食事として弾薬や鋼材のような資材を体に“取り込む”。つまり、深海棲艦は補給と食事を同時に行っているのだ。実際、レコンがまだレ級だった頃、彼女は他の深海棲艦や艦娘を喰らい、知識を得たり体を修復したりしていたらしい。

 

 そして、艦娘でも深海棲艦でもない俺はどちらに近いのか。ということで試しに弾薬を口にしてみたところ、俺の前世が人間だった為か、それとも艦娘に近いのか直ぐに吐き出してしまった。鋼材も同様で、燃料に至っては臭いのせいで口元に近付けることすら不可能だった。その為、俺と艦娘組は俺と夕立達が獲る魚介類で腹を満たした。それは今も続いていて、正直飽きがきている……因みに、夕立とレコンは深海棲艦に近いらしく、美味しそうに資材をバリボリ食べている。

 

 ああ、拠点にいる山城の部下が増えたことも忘れてはいけないな。山城が南方棲戦姫に恩を返すために動いていると言っていた部下達……その一部が南方棲戦姫の命令で帰ってきたんだ。空母ヲ級に潜水艦、重巡等が数人で、南方棲戦姫からは“拠点に戻った以上戦力は必要だろう。なので、遠征には向かない奴から優先的に帰していく”という通信を受け取ったらしい。

 

 しかし、この“他の拠点の主から通信を受け取る”というのは、実はほぼないらしい。というのも、深海棲艦は姫や鬼を頭にして他は部下、という大雑把な命令系統であり、部下の中で艦隊を組む場合はある程度の理性を持つ人型が旗艦になる。しかし、頭同士の横の繋がりというのはあまりないと山城は言っていた。山城自身、南方棲戦姫と繋がりを持ったのは偶然で、それ以外の姫や鬼は存在していると予想している程度だと言う。つまり、艦娘と海軍とは違い、深海棲艦は自分達の規模を正確に分かっている訳ではないのだ。故に、深海棲艦が連合艦隊を組むということも“ほぼ”ない。

 

 だが、山城は通信を受けた際に南方棲戦姫から奇妙なことを聞いた。というのも、ある深海棲艦が彼女の拠点に訪れ、こんなことを言ったのだという。

 

 

 

 “アイツヲ……善蔵ヲ殺ス為ニハ、沢山ノ“力”ガイル。アンタノ力ヲ貸シテ欲シイ”

 

 

 

 南方棲戦姫はその場では断ったらしい。その善蔵とやらが誰か知らないし、個人の復讐か何かに付き合ってはいられないと言って。この通信を受けたのは1ヶ月前のこと。最初は変わった深海棲艦もいるんだな……と思っていた。だが、その話を聞いた艦娘達の顔が驚愕の表情を浮かべ、その理由を聞いたことで、俺達もその深海棲艦が言ったことが意味するかを知った。

 

 “善蔵”。それは日本海軍総司令……つまり、海軍のトップの名前。今から3ヶ月前に俺達のいた島に連合艦隊を送り込んだ張本人であり、沈んだ那智の提督だと言う……その情報自体は、別にどうでもいい。問題なのは、海軍とは関係ないハズの深海棲艦がその名を知っているということだ。

 

 考えられる理由は幾つかある。その深海棲艦が山城と扶桑のように艦娘の記憶を持っているということ。レコン……レ級のように艦娘や人間を喰らい、その知識を得たこと……これは理由としては弱いな。知識を得ただけで“善蔵を殺す為”なんて理由は言わないだろう。記憶を持っているなら、その戦力を覚えているなら……まあ話は分かる。そして、もう1つの理由は……深海棲艦に情報が流れている可能性だ。

 

 何せ海軍にも深海棲艦側にも“妖精”がいるのだ。その妖精同士で情報を交換していないとは言えないだろう……有り得ないなんてことは有り得ない、絶対にないとは言えないのだ。とは言え、これも理由としては弱い。何故ならその深海棲艦が知っている情報を南方棲戦姫が知らないのはおかしいからだ。結局、俺の頭じゃ確信には至れないらしい。

 

 ……拠点での3ヶ月の話はこんなところか。他にも夕立と雷が度々俺を挟んで喧嘩したり、山城を膝枕してそれを扶桑が後ろからニコニコしながら見ていたり、時雨とレコンが風呂に入っているのを気付かずに入ってそのまま一緒に入ったり、タ級から山城の話を聞いたり、いつの間にか作られていた大部屋で皆と一緒に眠ったりしたが……それは俺以外には些細なことだろう。ああ、大部屋で思い出したが、雷と時雨用の出入り口も作られている。そのお陰で彼女達も遠征に出られるようになり、拠点の資材は中にいる艦娘達と深海棲艦の数を賄える潤沢と呼べる程の量がある。

 

 さて、ここでようやく今日という日に戻る。俺がこうして外にいるのは、遠征や散歩が目的という訳じゃない。その理由は、先に話した“ある深海棲艦”。ここ数日、サーモン海域で深海棲艦の“集団”をよく見掛けると山城の部下達から情報が上がっていたため、その規模を探る為に俺達は分かれて動き回っていた。艦隊ではなく集団……その言い回しの違いに違和感を覚え、また海域の広さや戦闘力を加味して、俺達が出ることになったんだ。勿論、なるべく目立たないように。

 

 しかしながら海は広い。そんな広い海で高々数人が分かれて散策したところで早々は見つからないのは当然のこと……俺も中々見つからないなぁと海の上で嘆いていた頃、妖精ズが言った。

 

 「電探に反応がありましたー。数は12ですー」

 

 「12……集団と言えば集団だな。一応見に行って……」

 

 「更に反応ありですー。数は……えーと……沢山ですー」

 

 具体的な数ではなく、沢山。ふーちゃんの言葉から読み取るなら、反応がありすぎて数え切れなかったという感じか? もしかしたら、連合艦隊並の数かもしれない……じゃあ先の12は、その大群に終われているのか……それとも、そちらに合流するのか。確かめるべきだろう。

 

 そう考えた俺は、直ぐに反応がある方へと向かった。そこにあったのは、見覚えのある艦娘達の後ろ姿と……俺の視力ではハッキリと見えている、深海棲艦の大群。そして今、その大群から更に夥しい数の艦載機が現れた。あの数では艦娘達は逃げ切ることも迎撃することも難しいだろう……まあ見つけてしまったのは仕方がない。

 

 「君達艦娘は、俺が見掛けるといつもピンチだな」

 

 

 

 

 

 

 ようやく回想が終わり、俺は改めて目の前の彼女達を見る。ここで俺が取るべき手段は……隠密ということを考えるなら、“姿を見られたからには生かして帰す訳にはいかない”なんて台詞のまま行動するべきなんだが……。

 

 「あの……その、さ、イブキさん」

 

 「……うん?」

 

 「9ヶ月前にあたしを……あたし達を助けてくれてありがとう! ずっとお礼を言いたかったんだ」

 

 「「ありがとうございます!!」」

 

 「……ああ」

 

 こうして真っ直ぐに俺を見詰めて、頭を下げてお礼を言ってきた相手を沈める……そんなことは出来そうにない。だが、敵対してくれば容赦はしない。俺は以前に艦娘を酷い目に逢わせたが、それは敵対行動を取るか嘘をついた奴だけ。今でこそ多少の罪悪感はあるが……斬ることに躊躇いはないだろうな。あの半年間の出来事は、良くも悪くも俺を変えたんだろう。

 

 まあ、今はそれはいい。過ぎたことだ。だが……気になるのはあの深海棲艦の大群。あんな大群、今までに見たことがない。目測になるが、間違いなく3桁……それも連合艦隊の時の艦娘達よりも多い。

 

 (……巻き込まれないといいんだがな)

 

 俺は、拠点の皆と目の前の助けた艦娘達を見ながら、せめて厄介なことには巻き込まれないようにと祈った。

 

 

 

 

 

 

 「クフ……クフフフ……モウ少シ……後少シ……」

 

 暗い、暗い海のどこかにある場所で、1人の深海棲艦の笑い声が響いた。その眼前には、暗く黒い景色が広がっている……否、それは景色ではない。その暗いモノが、黒いモノが、それら全てが深海棲艦だった。その数は4桁を超え、もしかすれば万に届きうるほどの。

 

 それをみた深海棲艦は笑う。来るべき日を思い、己の手で勝ち取る結果を夢想し、憎き怨敵の命を刈り取り勝利者となる自分の姿を思い浮かべて。真っ白な長髪を左側でサイドポニーにして、ボロボロの制服の上を着て申し訳程度に豊満な胸を隠し、下は紐のような下着のみ……そんな艶かしい姿をした深海棲艦。

 

 

 

 「善蔵……モウ少シデ殺シニ行クワ」

 

 

 

 空母棲姫は、憎しみに満ちた瞳で嗤う。




という訳で、3ヶ月飛んだことによる説明と前回の深海棲艦の正体発覚回でした。正直私自身段々と把握出来ていない、忘れている部分も多々あったり←

今回のオマケは、話中にダメージを受けたので未確認だった被弾台詞と四季や節分等の台詞です。



小破:ぐっ……問題ないな

小破/旗艦大破:っ……まだだ

中破/大破 うあっ! ……提督は見るんじゃないっ

節分:節分か……提督、鬼になってみないか? 駆逐艦達が喜ぶだろう

バレンタイン:駆逐艦の子達と一緒に作ったチョコだ……まさか作る側になるなんて……いや、こちらの話だ

ホワイトデー:これか? マシュマロの入った袋だ。提督にも1つあげよう……ほら、口を開けてくれ

梅雨:梅雨は雨が多いな……提督、ちょっとてるてる坊主になってくれないか? ……冗談だよ。半分は

初夏:暑くなってきたな……黒い服だと余計に暑いし……提督、上を脱いでも……冗談だよ

夏真っ盛り:暑いな……こんな日はアイスでも……何? 水着を着てプールに? 生憎と、水着は持ってないんだ

秋季:皆着物姿だな……俺は着ないのか、だと? なんだ、見たいのか?

クリスマス:いつも頑張っている良い子の提督にクリスマスプレゼントだ。俺に出来ることなら、常識の範囲内で何でもしてあげるよ

大掃除:ほら、今日は大掃除だ。鎮守府は広いんだ、サボっていたら夜になってしまうぞ

新年:明けましておめでとう、提督。今年も俺の力、存分に使ってくれ



今回のまとめ

連合艦隊襲来から3ヶ月経った。その間に起きた出来事は多い。球磨、跳ぶ。そして落ちる。新キャラ、永島 北斗登場。運がいいのか悪いのか。摩耶様、イブキと再会。ようやく言えたお礼。空母棲姫、正体発覚。その憎しみは深い。

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