どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

Fate/goでは十連回すもセイバー式を引けず、艦これでは無課金故に入渠ドッグと配属数がかつかつで泣く泣くバケツと艦娘を何隻か解体or近代化改修に回す日々……やはりドッグ位は……。


どうか私に、勇気を下さい

 渡辺 義道への警告を終えた不知火は大本営へと帰還し、以前にも入った保管庫へと入っていた。その手にあるのは……駆逐棲姫の艤装の破片。それを壊れ物を扱うように優しく両手で握り締めて額に当て、不知火は思う。

 

 (何を今更……と思うかもしれません。ですが……どうか私に、勇気を下さい)

 

 今から己は、今日この日まで人形のように従い続けていた相手に、初めて自分の意思を持って疑問を投げ掛ける。その結果、自分がどうなるのかなど想像もつかない。もしかしたら、解体されるかもしれない。もしかしたら、その場で殺されるかもしれない。そういったネガティブなことばかり脳裏に浮かぶ。

 

 それでも、不知火は勇気を持って相対すると……義道に代わり、渡辺 善導の事件の真相を問うと決めた。ただ、自分独りではその勇気が出そうにない。故に不知火は、駆逐棲姫の……春雨の破片を胸ポケットに入れ、保管庫から出る。勿論、保管庫から物を無断で持っていくのは軍規に違反する……だが、それをしてでも勇気が、心の拠り所が欲しかった。

 

 やがて、不知火は執務室の前に辿り着く。時刻はヒトキューフタマル……午後7時20分。善蔵は午後8時まで食事や用足し等を除き、執務室から出ないことを不知火は知っている。だから善蔵はこの執務室にいるハズ……そう思いつつ、不知火はノックをしようと手を伸ばし……。

 

 

 

 「入れ……不知火」

 

 

 

 ノックをする直前でその手が止まり、冷や汗が流れた。確認するまでもないが、目の前の扉は閉まっている。善蔵からも不知火からもお互いが見えていないハズ。それなのに、善蔵はまるで見えているかのように、知っているかのように扉の前に不知火がいると言い当てた。たったそれだけで、灯ったハズの勇気の灯が消えかける……が、なんとか持ち直す。

 

 「失礼します」

 

 

 

 扉を開けて入った瞬間、今度こそ灯が消えた。

 

 

 

 「不知火さん……このような時間に善蔵様に何のご用ですか?」

 

 (な……んで……)

 

 机を隔てた先に座っている善蔵……その隣に立っているのは第一艦隊に所属している大淀と武蔵、雲龍と矢矧ではなく……第二艦隊所属の翔鶴の姿があった。不知火の目的がただの業務的なモノならば、多少は居心地が悪いがまだ何とかなる。だが、これからやろうとしていることを考えれば、ここに翔鶴……第二艦隊の者がいるのは致命的と言っていい。

 

 翔鶴に退室してもらう? そんなこと、翔鶴自身が許す訳がない。いや、仮に退室したとしても間違いなく聞き耳を立てるだろう。そもそも、なんと言い訳すればいいと言うのか。適当に誤魔化して一旦離脱する……それが最善だろう。

 

 

 

 ━ それで、本当にいいのか? ━

 

 

 

 不知火の中の何かが、不知火自身に問い掛ける。人形から変わると決めたのは誰だ? 勇気を持って相対すると決めたのは誰だ? ……他の誰でもなく、自分なのだ。今この場面こそが、不知火にとっての正念場。人形に成り下がるか、勇気を持って1歩踏み出せるかのターニングポイント。

 

 不知火は1つ息を吐き、胸ポケットの春雨の破片を服の上から握り締める。冷たく固い鉄のような感触……なのに、何故か温かく感じた。思い込みでも構わない。ただ、その温かさが勇気をくれた。故に不知火は前を見る。声に出す。人形から抜け出す為に……決別する為に。

 

 「総司令にお聞きしたいことがあります」

 

 「それは、今でなくてはならないことか?」

 

 「今でなくても構わないでしょう……ですが、私は今、この場でお聞きしたいのです」

 

 ぴくりと、善蔵の眉が動いた。それが何を意味するのか不知火は分からない……が、少なくとも追い出されることはないらしい。翔鶴が浮かべた笑みを消し去り、塵でも見るかのように不知火を見据えているが善蔵は視線だけで彼女を制した。

 

 「……ふん。何が聞きたいというのかね?」

 

 「20年前、私達は渡辺 善導提督と鎮守府にいる者達全ての暗殺しろと命令を受けました……その命令は、何故下されたのですか? 善導提督の評判は良く、戦績も悪くはなかったハズです。なのに、何故?」

 

 「今になってそれを聞くとはな……義道に何か吹き込まれたか?」

 

 「いいえ。人形から変わると決めた……私の“意思”です」

 

 不知火がはっきりと告げた瞬間、翔鶴が憤怒の表情を浮かべる。更には殺意までその表情に現れており、今にも不知火に飛び掛からんとしている……が、再び善蔵に目で制される。

 

 善蔵は翔鶴を制した後、その老人とは思えない力強く鋭い目付きで不知火を見る。その視線に何を乗せ、何を思っているのか……不知火には分からない。しかし、彼女には不思議と善蔵の目元が優しく緩んだように見えた……しかしそれも一瞬のこと、今の善蔵にはそんな優しさなど見えない。あるのは、変わらない鋭い視線だけだ。

 

 「……冥土の土産だ、教えてやろう。とは言っても、奴は今の世界の“真実”を偶然聴いてしまった……それだけの理由で殺すように命じたのだよ」

 

 「世界の“真実”? 本当に……ただ、それだけの理由……なんですか? そして、その真実とはなんなのですか?」

 

 「私の言う“真実”とはそれ程のモノなのだ。これを知る者は海軍にはもう私以外にはおらんし……要らん。ましてや袂を別とうとするモノには、な。故に……不知火」

 

 「っ!?」

 

 

 

 「貴様は解体処分に処す……やれ、“天津風”」

 

 

 

 善蔵の声と共に、彼の左隣に今までしゃがんで机に隠れていた駆逐艦娘、天津風が島風の連装砲ちゃんに良く似た“連装砲君”を抱き抱えながら現れる。そして、その砲口は真っ直ぐに不知火へと向けられていた。口では解体等と言っているが、要するに殺すと言っているのだ。そして……それを覆すことも、逃げることも不知火には不可能だ。

 

 善蔵の言った“真実”とは何か。なぜそれを知っただけで善導とその仲間達は死ななければならないのか。なぜ……自分もまた、殺されそうになっているのか。それらの疑問が一気に襲いかかり、不知火は正常な思考が出来ずにいる。そして、それが致命的なまでの隙を晒すことになり……。

 

 

 

 「総司令、急ぎ報告したいことがあります」

 

 

 

 連装砲君が撃つ前に、扉の向こうから大淀の声がした。その声にハッとした不知火は直ぐに扉を開け、大淀にぶつかりながらも通路を走り抜けていく。当然、大淀は何が起きたのか正確に把握できず、疑問符を込めた視線を善蔵と、なぜかいる翔鶴、なぜか砲口を自分に向けている天津風の3人に向ける。

 

 「不知火が、何か?」

 

 「……それは後で話すとしよう。その前に、報告したいこととはなんだ? 大淀」

 

 そう言われてはこれ以上問うことは出来ず、大淀は翔鶴と天津風を見てから部屋の中に入りつつ、持参した書類を捲る。その中の1枚を取りだし、善蔵の前に差し出した。善蔵はそれを受け取り、目を通し……その瞬間、本当に珍しく目を見開いた。

 

 「これは確かか?」

 

 「はい、間違いなく事実です」

 

 「……翔鶴、天津風。残りの第二艦隊の者達を集め、この海域に偵察に行け」

 

 「不知火はどうしますか?」

 

 「捨て置け。アレに行く場所などない」

 

 「「了解」」

 

 大淀に確認した後、善蔵は直ぐに指示を出し、2人は従って部屋から出ていく。それを見届けた善蔵は改めて書類を確認し、顔をしかめた。書類に書いてあるのは、この世界では然程珍しくもない深海棲艦が引き起こした被害の内容。それだけならありふれたモノだが……その内容が問題だった。

 

 現世界では、船や飛行機等での移動こそ出来なくなっているものの、人工衛星やインターネット等は問題なく普及している。電波も当然使える為、電話や通信機による連絡の取り合いも可能だ。その人工衛星から撮影されたモノが、この書類の内容と共に写っている。

 

 「……“叶わぬ夢”といい、軍刀棲姫といい……やはり世界とは望み通りにいかんものだな」

 

 中国やアメリカ等を含めた幾つかの“国の主な都市”が破壊し尽くされている写真と、過去最大級の被害総額と予測される死傷者の数。今の今までは、精々が海に近い都市や基地が襲撃を受けたことがある程度だった。しかし、そこから数十、数百キロ以上離れた都市が深海棲艦の攻撃を受けたという。

 

 人間は深海棲艦という脅威を認識しつつも、海から離れた場所ならば安全……という考えが自然と出来ていた。何せ相手は海にいるのだ、しかも実際に被害は出ていなかった……危機感が薄れるのも仕方ないだろう。しかし、今回のことでその認識が覆された。海外に防衛の為に出向していた艦娘とその提督達は、殆どが沈み、死んだという。その理由は……圧倒的なまでの物量に押し潰されたから。

 

 艦娘は、基本的に日本でしか生まれない。最近では幾つかの国に出向した艦娘が倒した深海棲艦からドロップした艦娘や、そこで作られた鎮守府の造船所で生まれた艦娘が外国艦の名を名乗ることも確認されているが、それも絶対数が少ない。また、外国が用意できる鎮守府にも限りがあるし、そもそも艦娘だけならともかく提督も……となれば更に少ない。だったら現地の人間を提督にすればいいのだが、言葉の壁や食事の好き嫌い、提督となる人間との折り合いや扱い等々の様々な要因により、現地の人間が提督となるのは推奨されていない。特に第二次世界大戦において日本と敵対していた国は、本能的なものなのか艦娘から極度に敵視されているという。

 

 話を戻そう。要するに、海外にいる艦娘の数は日本に比べて圧倒的に少なく、また、今までその少ない数でも対応出来る程度の深海棲艦しか襲撃、海域に出撃しなかった。今回は対応出来ない程の深海棲艦が襲撃し、敗北したということ。

 

 「ふん……日本に襲撃がないのは警告か、それとも挑発か……」

 

 「或いは、その両方かと」

 

 「かもしれんな。深海棲艦が遂に総力を上げてきたか? それとも、1隻の力ある姫か鬼の行動か……対策を練る必要があるな」

 

 「既に全ての鎮守府に電文を送る手配は済ませました。後は命令を頂ければと」

 

 「直ちに送れ」

 

 「了解しました。失礼します」

 

 大淀が退室して1人となった執務室で、善蔵は椅子に背もたれて天井を仰ぎ見る。以前にイブキのことをイレギュラーと呼んだ彼だが、今回の事件もまた、彼にとってはイレギュラーなことだった。それを知るものは……彼以外にはいない。

 

 「叶わぬ夢……軍刀棲姫……“大きな戦いで勝利できなかった艦娘”……本当に」

 

 

 

 ━ 嫌…! いやだよぉ……私は……もっとずっと……あの人と…… ━

 

 

 

 「世界とは……ままならんモノだ」

 

 

 

 

 

 

 偶然にも大淀が来たことでその場から逃げることに成功した不知火。彼女は走りながら、今後どうするかを考えていた。

 

 今回のことで、不知火は大本営……善蔵の息がかかっている場所にいることは出来なくなった。しかし、不知火には行く宛というものが全くと言っていいほどにない。それもその筈で、不知火は基本的に暗殺を行ってきた為に繋がりというのを持たない。むしろ切ってきたのだから。

 

 (渡辺中将のところは……ダメですね。彼だけでなく、他の鎮守府に行ったところで直ぐに見つかるでしょう)

 

 そうなると自然と選択肢が狭まり、取れる行動も決まってくる。他の鎮守府で匿ってもらうのは駄目。匿った者達が危険に晒されるだろうし、そうでなくとも直ぐに“迎え”が寄越されるだろう。街中に逃げる……鎮守府よりは海軍の目が少ないが、人間的に見て十代前半程度の不知火の見た目では補導されるのがオチだろう。ならば山奥等の人の目がない場所に逃げ込むか? アリと言えばアリだが、現在地からそういった場所に行くには時間が掛かりすぎる。

 

 自然と、不知火は通路の窓から見える海へと視線を向ける。海での移動速度なら、駆逐艦である不知火に分がある。艤装さえ取りに行ければ直ぐに出られる為、距離としても申し分ない……が、艤装を取りに行くことなど予想はされている……いや、不知火が善蔵に解体処分を受けたことはまだ広まっていない。ならば、まだ間に合う可能性は高いと言える。

 

 

 

 ━ 貴様は解体処分に処す ━

 

 

 

 「……っ」

 

 ズキンと胸の奥が痛んだが、不知火はそれを無視して工厰へと向かう。自分が今まで何隻の、何人の同胞をその手で沈めてきたと思っているのか。暗殺してきたと思っているのか。最期に不知火の姿を見たのは、春雨を含めても片手の指で足りる程。殆どの者達は何故自分が、誰が、どうやって……それらを知ることなく沈んだ……死んだのだ。殺したのだ。

 

 そんな自分が、たかだか1度解体だと告げられたくらいで心に痛みを感じるなど……あってはいけない。今まで付き従ってきた相手から何でもないように見られ、明確に死ねと告げられた程度で目頭が熱くなるなど、あってはいけない。足を止めない。後ろを振り向かない。そうして工厰に辿り着いた不知火は素早く艤装を取り付け、軍港へと向かう。

 

 「あ……っ」

 

 「不知火……」

 

 その途中で、矢矧と出会った……出会ってしまった。自分の運の悪さに、不知火は内心で舌を打つ。矢矧は先の不知火と善蔵達のやり取りを知らない。だからと言ってそのやり取りを説明することも出来ない。矢矧は以前に翔鶴から助けてくれたことがあるものの、所属は第一艦隊……不知火か善蔵かを選ぶなら、善蔵を選ぶだろう。故に話せない。かといってこのまま黙って立ち止まっている訳にもいかない。

 

 「……逃げるなら、手伝ってあげるわよ?」

 

 「な……何を……?」

 

 「殺されそうになって逃げてるんでしょう? 私はまだこの鎮守府から出る訳にはいかないけれど、貴女が逃げるなら手伝ってあげる」

 

 矢矧は無表情で、全て見ていたとばかりにそう言い切った。思わず不知火は1歩後退り、同時に知る。自分もしている、最早早々変わることのない無表情とは、ここまで相手の考えを知ることが出来ず、恐怖を感じるのかと。

 

 不知火にとって矢矧とは、別の鎮守府から翔鶴達第二艦隊の面々よりも後から異動してきて、彼女達を差し置いて第一艦隊に所属することになった艦娘……という程度の認識しかない。同じ第一艦隊最古参である大淀と武蔵、雲龍……今はいなくなってしまった那智とは違い、本当にその程度のことしか彼女のことを知らない。

 

 だからこそ、不知火は矢矧という存在を測ることが出来ずにいる。実力は元帥第一艦隊に相応しく、軽巡の中では間違いなく最強クラスと言える。しかし、それ以外は分からない。どの鎮守府から異動してきたのかすらも……ここでもまた、不知火は自分の世界が狭かったことを知ることになった。

 

 「貴方は……何を知っているんですか? なぜ、私を助けてくれるんですか?」

 

 「少なくとも、ついさっき執務室で何があったかは理解してるわ。見てたしね。貴女を助ける理由は……貴女の勇気ある行動に感動して、とでも言っておくわ」

 

 ますます矢矧という存在が分からなくなる不知火。だが、矢矧の言葉は全てが本当ではないにしても悪意がないことだけは理解した。そして、これ以上時間を消費する訳にもいかない。

 

 「……お願いします」

 

 

 

 『貴女は海軍にも、海に出る以上本土にも居られない。かといって外国や深海棲艦の拠点なんて論外……でも、貴女は1ヶ所だけ、危険だけれども隠れることが出来そうな場所を知っているでしょう? 沈む可能性はあるけれど……ね』

 

 矢矧にそう言われてから1時間程経ち、不知火は海の上にいた。矢矧の手伝いで無事に大本営から脱出出来た彼女は、矢矧が言った“隠れることが出来そうな場所”を目指して進んでいる。その場所とは、以前に大規模作戦で向かった場所……軍刀棲姫が拠点としていた島だ。

 

 現在、その島には誰もいない……が、近海には数が減ってきたとはいえ、従来の深海棲艦よりも遥かに狂暴な深海棲艦が出没する。矢矧の言った“沈む可能性”とは、善蔵側から追っ手を差し向けられることとその深海棲艦達に襲いかかられることを意味しているのである。勿論、不知火とて沈められるつもりなどないが。

 

 (結局、善導提督が知ってしまった“真実”とは……なんなのでしょうか)

 

 善蔵しか知らなくてもいい世界の真実。なぜそれを善蔵は知っているのか。本当にそれは、知ってしまえば共有できず、殺さなければならないようなモノなのだろうか。不知火には、何一つ分からない。

 

 そう考えて、不知火は渡辺 義道へ善蔵から聞いたことを話す機会がほぼ永久に失われたことに気付いた。約束は話を聞くまでだが、例え僅かでも知り得たことは話しておくべきだろう……が、それは出来なくなった。

 

 「……ままならないものですね」

 

 己が善蔵と同じことを口にしていたことなど知るわけもなく、不知火は独りごちる。人形のように暗殺し続け、疑問を持ち、勇気を出して問い掛けたところで知ったことは微々たるものであり、更には居場所を失った。今の不知火は根なし草……人形から変わることが出来た代償が、居場所の喪失。仲間達との繋がりすらも失い、残ったのは経験と記憶と艤装だけ。

 

 そう思うと、また目頭が熱くなった。不知火は足を止め、空を見上げる。今の不知火は独りだ。回りには誰もいない。じんわりと、胸ポケットの春雨の破片が熱を持ち、その熱が体に広がっていく……まるで、誰かに……春雨に抱き締められているかのように。バカな話だ、思い上がった妄想だ。だが、僅かでもそう思ってしまったから……もう限界だった。

 

 「……う……うぅ……ひっぐ……」

 

 表情など、出ないハズだった。泣き方など、忘れたハズだった。俯くことなど、許されないことだった。なのに体は勝手に表情を歪め、涙が零れ、背中を曲げて嗚咽が口から出る。

 

 「ああ……うっく……うああああっ!!」

 

 1度吐き出された感情は、最早制御出来なかった。不知火は艦娘として生まれて初めて、大声で泣いた。胸の奥が張り裂けてしまったかのように痛みを訴え、その痛みを吐き出すように。脳裏に今まで沈めてきた者達と善蔵の元にいる仲間達の記憶が甦り、そして消えていく。それがまた悲しくて、泣き声を大きくする。

 

 心のままに泣きながら、理性的な頭が訴えてくる……お前には何も残っていないと。繋がりは断ち切れ、過去は責め立てる。遂にはそれらに耐えきれなくなり、不知火はその場にへたり込む。元より、この不知火の心は強くない。だから何も考えずに命令を実行してきた。だから心の痛みを無視してきた。だが、不知火にはもうそれらが出来なくなった。

 

 

 

 「ダイ……ジョウブ?」

 

 

 

 そんな不知火の前に現れたのは……真っ白で小さな“姫”だった。

 

 

 

 

 

 

 「イブキさんお帰りなさい!」

 

 「ただいま……雷」

 

 摩耶達と別れ、戦艦棲姫山城の拠点に戻ってきたイブキを出迎えたのは割烹着に三角巾、右手にお玉という姿の雷。この拠点にいる者達は皆世間から隠れて資材を集めているのだが、雷だけは例外であり、彼女は基本的に拠点の炊事掃除等の家事をしていた。理由としては、純粋にその練度の低さにある。

 

 雷自身は、決して強くない。ここにいる切欠となった大規模作戦の時点では“改”に成り立てであったし、隠れて過ごすことに決まった為に訓練は出来ても実戦は出来ない。その為、訓練をしては家事をするというサイクルになったのだ。勿論、タ級のような人型深海棲艦や時雨、イブキも家事を手伝っている。

 

 (悔しいけど、今の私じゃ足手纏いだもんね)

 

 腐っている訳ではないが、雷は冷静に、冷徹に自身をそう認識している。何しろ周りが周りなのだから。イブキと扶桑姉妹は言わずもがな、夕立は自身を“艦娘と深海棲艦の力を持った海二”と自称しているだけあってとても駆逐艦の戦闘力とは思えない力を持っている。レコンは戦艦水鬼扶桑を相手にして力比べで勝利する程の腕力を持っている上に高速戦艦としての耐久力と速度を持ち合わせている。時雨は皆に比べれば地味なものの改二であり、単艦で海域に向かうことを許される程に練度は高い。

 

 訓練はしている。だが、強くなった気はしていない。念のためということで訓練相手は物言わぬ的かイブキ達、タ級くらいである。しかも明確な一撃が入らずに終わることが多く、それが余計に強くなったと認識出来ない理由となっている。最近では動くイブキ達を相手に至近弾や掠らせたりすることが多くなってきたが、やはり一撃も入らない。雷は帰ってきたイブキを見ながらそんなことを思い返し、内心溜め息を吐く。

 

 「皆は帰っているか?」

 

 「え? あ、うん。イブキさんが最後よ」

 

 「そうか……丁度良いな」

 

 「……?」

 

 「話したいことがある。場合によっては、表に出るかも知れない」

 

 

 

 イブキが帰ってきて話したいことがあると言ってから数分後、拠点内にある食堂にイブキ達は集まっていた。イブキは雷、夕立、扶桑姉妹、時雨、レコンがいることを確認し、扶桑姉妹の部下の代表としてタ級がいることを確認し、口を開く。

 

 「遠征中、俺は連合艦隊のような深海棲艦の大軍を見た。皆は見なかったか?」

 

 その問いかけに、皆は首を振る。その反応を見たあとにイブキは考える仕草を取り、その姿を見ながら雷も考えていた。

 

 海軍から見捨てられる形で離れることになり、イブキ達と行動を共にするようになってから、雷の中の常識は悉(ことごと)く覆されていっている。それと同時に、世界……情勢が変わっていっているように感じていた。

 

 艦娘の記憶を持った深海棲艦、或いはその逆の存在がいることを知った。それは海軍、恐らくは世界も知らなかったことだろう。艦娘と深海棲艦の魂が混ざり合った存在を知った。それは海軍では、恐らくは世界すらも想像もしなかったことだろう。そして今回、大軍で動く深海棲艦が現れたという。間違いなく海軍と世界の常識は崩れていっている。

 

 では、常識が崩れるような出来事、行動を起こしている深海棲艦は、何をしようとしているのだろうか。そう考えようとした時、山城から声が上がった。

 

 「大軍は見てないけれど、少し前に私に接触してきた姫なら居たわ」

 

 「何? 大丈夫だったのか?」

 

 「勿論よ、じゃないとここに居ないわ。それはいいとして……その姫、名前を空母棲姫って言うらしいんだけど……まあ簡単に言うなら勧誘されたわ。“私達と共に海軍を潰さないか”ってね。多分、前に南方棲戦姫から聞いた話の奴と同じ存在よ」

 

 なるほど、と雷は思った。つまり、深海棲艦達はその空母棲姫によって集められ、海軍を本気で潰そうとしているのだ。もし、その連合艦隊クラスの深海棲艦が1つの鎮守府に攻め込んできたらどうなるだろうか? 基本的に1つの鎮守府に所属する艦娘は多くて100を越える。しかし、その中で練度が高い艦娘となるとかなり数が絞られる。戦争とは、戦いとは数が重要である。たった1隻の空母で10の空母相手に制空権を取ることは出来ず、10隻の駆逐艦では100の駆逐艦を相手にすることなど出来はしない。結論として、攻め込まれた鎮守府はその物量差で蹂躙されることになるだろう。

 

 そこで雷は思い当たる。それは自分のかつての仲間達……義道や長門達、姉妹達も含まれるのだと。雷は海軍に見捨てられたが、仲間達に見捨てられたとは考えていない。故に、仲間達が無事では済まなくなるというのは耐え難い。同じような境遇である時雨を見てみれば、雷と同じ結論に至ったのか苦い顔をしていた。

 

 (でも……っ)

 

 だからと言って、助けに行くとは言えない。雷は少女の見た目をしていても、その身は第二次世界大戦を戦った軍艦である。個人的感情で勝ち目が見えずメリットもない戦いに赴いてほしい、等と言えるハズもない。そしてこの身はイブキ達に助けられたのだ、それを仇で返すかのように自分1人で行くなんて言い出せる訳がない。

 

 それは時雨も同じことだ。この半年間を深海棲艦と共に過ごし、時雨は海軍に……総司令に対して疑問を抱いている。軍刀棲姫ことイブキに妙に執着し、仲間を脅してまで居場所を吐かせるという強行策。そしてその居場所付近で、近くに深海棲艦の姿がなかったにもかかわらずいきなり攻撃を受けて沈んだ自分……時雨は、自分は総司令の手によって暗殺されかけたのだと考えていた。

 

 (でも、提督や白露達は関係ない。皆が死ぬのは……また僕だけ生き残るのは嫌だ)

 

 だが、それを口に出すのは憚られる。鎮守府の仲間達が死ぬのは御免だが、助ける為に今の仲間達を危険に晒すのも嫌なのだ。それを差し引いても、扶桑姉妹は深海棲艦だし夕立とレコンはイブキに連合艦隊を差し向けた海軍を良く思っていない。仮に口にしたとしても、それは通らないだろう。

 

 「返事は?」

 

 「当然断ったわ。私は今の暮らしで満足だもの……戦いたければ勝手に戦ってなさいってね」

 

 そしてその考えは、限りなく現実に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 (雷と時雨……どんよりしてるなぁ)

 

 山城の言葉を聞いてから俯いた雷と時雨を見ながら、俺はそんなことを思った。だがまあ、山城の言ったことには俺も同意している。それは雷と時雨以外の皆も同じだろう。

 

 俺は山城と同じように今の暮らしに満足している。もうずっと前、あの島にいた時に出来た俺の目標……“俺の周りだけでいいから戦いのいらない場所を作る”。その目標は今、ほぼ達成出来ていると言っていい。仲間であり、家族でもある皆が、艦娘も深海棲艦もなく共に過ごせているのだから。海中に隠れて過ごしているから多少窮屈ではあるが、それを差し引いても今の暮らしに大きな不満等ないと断言出来る。

 

 『なぁ、イブキさん』

 

 『……なんだ?』

 

 『もし、さ。あたしらがさっきみたいに深海棲艦に襲われたら……前みたいに悪人に捕まったら……また、助けてくれるか?』

 

 『それは……』

 

 『図々しいって分かってるし……イブキさんには海軍にいるあたしらを助ける義理も、メリットもないけどさ。折角会えたのにこのままお別れなんて……あたしは、嫌だから。どんな形でも、また会いたいからさ』

 

 断言出来る……ハズだったのに、別れ際の摩耶様……摩耶の言葉が蘇る。摩耶達を助けたのは偶然に過ぎない。本来なら捨て置くべきだったのに、助けた。なんてことはない。ただ、俺という存在は結局のところ、深海棲艦よりも艦娘を贔屓しているだけなのだ。

 

 艦娘でも、深海棲艦でもない。海軍に敵視されていても、目の前の艦娘を見捨てられない。艦娘は傷付けても沈められず、深海棲艦は沈めるし殺すことができ、それらをしてしまったが故にどちらにも馴染めない。

 

 だけど……長門達や北上達、摩耶達、時雨の仲間達を助けられるなら助けるだろう。雷が願えば、時雨が願えば、俺の目の前で危険に晒されているなら。俺はきっと、彼女達に迫る火の粉を斬り払う。どこまでも自分勝手に……自分のしたいように。敵にだってなる。味方にだってなる。だから、問い掛けた。

 

 「雷と時雨は、どうしたい? 俺に……俺達にどうしてほしい?」

 

 選ばせる。今の仲間を危険に晒すと分かっていて共にかつての仲間を助けに行くか。それとも、自分達だけで行くのか。或いは、今の仲間の為にかつての仲間を切り捨てるのか。そして2人は答えを出す。俺は……俺達は、その答えを笑って受け入れた。

 

 「私だけじゃ、助けられないから」

 

 「僕を残して逝かれるのは、もう嫌だから」

 

 

 

 ━ 仲間を……助けて ━

 

 ━ 任せろ ━

 

 

 

 

 

 

 そしてこの日から1週間の時が流れ……日本海軍対深海棲艦達の戦いの中で最大級となる激戦の火蓋が切って落とされることとなる。それは、雪の降る真冬のことだった。




という訳で、次回からまた話が大きくなります。今回のサブタイは不知火の台詞でした……最近イブキがあんまり喋らないですね←

近々、番外編的にIF話を予定しております。“艦娘となった彼女(かれ)は行く”、“深海棲艦の彼女(かれ)は行く”……なんてどうでしょう?←



今回のまとめ

不知火、勇気を出す。代償は居場所を失うこと。小さな姫、再び。不知火との出会いは何を意味するのか。雷と時雨、願う。その願いは聞き届けられる。そして世界は動く。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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