どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

誤字脱字修正をして下さる方やコメント付き評価をして下さる方、いつも感想を下さる方々に心から感謝いたします。

最近FGO、スクスト、シャドバス、オルガルと色々手を出してたり。サタン出たので守護ビショップでも作りましょうかね……専ら超越ウィッチかフェイスヴァンパイア使ってますが。

ポケモンの番外編を書いたら、読み切り短編でディケイド的な変身をする主人公の艦これ作品でも書いてみましょうかねえ。

今回説明多め。


お前達が“海軍”だから

 あの深海棲艦による大襲撃から3ヶ月が経った。既に年は明け、日本だけでなく世界も新たな年を迎えている。例え深海棲艦という脅威があっても、年明けを祝うことは変わらない。それは艦娘もだ……深海棲艦は、分からないが。

 

 とは言え、祝ったところで何か変わる訳でもない。深海棲艦という脅威は消えないし、艦娘達と海軍はその脅威と戦う。大襲撃によって付けられた傷も、この3ヶ月ですっかり癒えたのだから……だが、未だ癒えていない傷を持つ者達もいるのだ。

 

 「あれから3ヶ月、かぁ……」

 

 どこかの海上でそう呟いたのは……夕立海二。彼女はその腰に携えた刀身の無い軍刀の柄を撫で、ぼんやりと空を眺める。見た目が美少女であることも手伝い、その姿は非常に絵になる……その周りに傷だらけの1艦隊分の艦娘達と、焼け焦げて原型すら留めていない深海棲艦達の死体さえ無ければ、だが。

 

 「っ……なんで、私達を……同じ艦娘、なのに……」

 

 「……“同じ”艦娘……?」

 

 その艦隊の旗艦らしき艦娘……阿武隈が問い掛ける。その夕立は、白く無骨な仮面を頭の右側に着け、左腕のチ級の魚雷発射管やflagship級のような金の瞳と淡い光を灯していたり、髪に赤と白のグラデーションが掛かっていたりと深海棲艦の気配も感じたりと確かに深海棲艦らしい部分が存在する……が、容姿その者は夕立改二と然程変わらない。故に、阿武隈が同じ艦娘と……海軍に所属している艦娘と思っても、無理はないだろう。しかし、その“同じ”という単語は……この場においては、迂闊で、不適切なモノだった。

 

 「うぐっ!? か……は……っ!?」

 

 【阿武隈っ!?】

 

 「お前と……お前達と一緒にしないで欲しいっぽい」

 

 酷く冷めた目で阿武隈を睨み付けながら、夕立は彼女の喉に右手を伸ばし、掴み上げる。艦娘が装備する艤装は相応の重さがあるが、艦娘と深海棲艦が合わさっているような存在である夕立には片手で持ち上げるなど造作もないことだ……やろうと思えば、その首を握力だけで握り潰せるくらいは。

 

 夕立の凶行に阿武隈の仲間達が悲鳴のように名を呼ぶ。傷だらけの彼女達は、今は動くことも儘ならない……阿武隈に至っては、その呼び声に言葉を返すことすら出来はしない。夕立は首を掴む力を少しずつ強くしており、爪は肉を僅かに喰い破り、阿武隈の首から血を流させている。

 

 「阿武隈を離してぇ!! なんで……なんでこんなことするのよぉ!?」

 

 もがき苦しむ阿武隈……そんな姿に死を予感したのだろう、仲間の1人である艦娘……鬼怒が懇願するように叫ぶ。彼女には分からない。何故、同じ艦娘であるハズの夕立が仲間を殺しそうになっているのか。なぜ、自分達を憎い相手を見るかのように冷めた目を向けるのか。なぜ……深海棲艦と戦っていた自分達を、深海棲艦ごと攻撃してきたのか。

 

 阿武隈達の不幸は3つ。1つ目は、彼女達が大襲撃後に着任した新米提督の部下であり、経験が浅く練度が低かったこと。2つ目は、彼女達の艤装が強化艤装ではなかった為に夕立との機動力の差に天と地ほどの差があったこと。そして3つ目……それは単純に、今の夕立と出逢ってしまったことだ。

 

 「なんで? そんなの……決まってるっぽい」

 

 

 

 海軍は自分からイブキを奪った……そう考えている夕立に。

 

 

 

 「お前達が“海軍”だから」

 

 

 

 

 

 

 「ただいまー」

 

 「お帰り、夕立」

 

 あれからしばらくして、夕立は本拠地である戦艦棲姫山城の拠点に戻ってきていた。その拠点の中にある工厰に艤装を置いてから食堂のような場所に入ると、そこにいた時雨が彼女を出迎える。

 

 「他の皆は?」

 

 「今日も変わらず、イブキさんの捜索中だよ……結果は言うまでもないけど、ね」

 

 時雨の言葉に、夕立も表情を暗くする。大襲撃から3ヶ月経った今でも、イブキは見つかっていない。山城と戦艦水鬼扶桑は他の人型深海棲艦から目撃情報を聞き出しているが成果は上がっておらず、雷やレコン、夕立達はその足で海と島を探しているが……やはり、見つからない。試しに以前夕立とイブキが過ごしていた館のある島にも向かってみたが、半分崩れた館と一部焼け焦げ、伐採された森があるだけであった。

 

 「……ところで夕立。その服に付いてる血は……誰のだい?」

 

 「……誰のだっていいっぽい」

 

 「その言い方じゃ夕立自身のって訳じゃなさそうだね……また、艦娘の艦隊に襲いかかったのかい?」

 

 「っ……ちゃんと逃がしたっぽい」

 

 「轟沈寸前まで痛め付けて?」

 

 「……」

 

 時雨の追及に言葉を濁し、最後には何も言えなくなる夕立。彼女は言葉通り、あの阿武隈達を最終的には逃がしていた……但し、ギリギリ帰投できる限界まで痛め付けてから、だが。その様を容易に想像できるのだろう、時雨は頭を押さえて溜め息を吐いた。

 

 夕立が艦隊の艦隊に襲いかかったのは、何もこの一件だけではない。阿武隈達への襲撃を含め、3ヶ月の間に数十回もの回数襲撃を仕掛けていた。その理由を、時雨は……この拠点の仲間達は知っている。

 

 

 

 

 

 

 大襲撃の際、自分達の目的を達成した夕立と時雨、雷とレコンはイブキと合流する為に最初に別れた場所に向かっていた。だがいざ到着してみれば、そこにイブキの姿はない。いったいイブキはどこに行ったのか……4人がそう考えた時、遠く離れた場所でドーム状に広がる巨大な光を見たのだ。

 

 そのしばらく後に吹き荒れる暴風、そして津波。幸いにも距離があった為にその規模は小さく、運が良くなるいーちゃん軍刀を持っていたことも関係してか被害と言えるような被害はなかった。しかし、その津波や暴風で光の正体が大規模な爆発だと悟った4人は同時に嫌な予感を感じとる。見当たらないイブキと、突如起きた大規模な爆発……只でさえギリギリの戦闘をそれぞれこなした後なのだ、精神的に参っている部分もまだあったのだろう……4人は、爆発した場所にイブキがいる、或いは居たのだと考えた。

 

 その考えに至れば、後の行動は決まっている。イブキを探すべく、爆心地に向かうだけ……だが、向かっている最中に見えてきた建物を視認した瞬間、時雨が待ったをかける。

 

 『ストップ! これ以上近付くのは危ないよ!』

 

 『なんで!? あそこにイブキさんが居るかもしれないのに!!』

 

 『あれは大本営だ! 向こうの戦力がどれくらいか分からないけど……今の僕達の状態だと、戦いになれば殆ど勝ち目はないよ』

 

 『っ……でも……でもぉ……』

 

 『夕立さん……』

 

 大本営……即ち、海軍で最も重要な場所であり、総司令である渡部 善蔵の居る場所。当然、その防衛戦力も最高峰であり、深海棲艦の襲撃に伴って万全の防衛力を誇っていても可笑しくはない……実際はマトモな戦力など残っていないが、時雨はそうは考えられなかった。せめて戦闘の痕跡があれば良かったのだが、先の爆発でイブキが生み出した大量の深海棲艦の死体は根刮ぎ消滅している。

 

 『僕だってイブキさんを探しに行きたい。だけど、リスクが高過ぎる……1度戻ろう? 捜すのは、山城達にも手伝ってもらった方がより広範囲に捜せると思うし……』

 

 『うぅ……う~……っ』

 

 『それに……イブキさんがあんな爆発に巻き込まれたりするもんか』

 

 『……うん……』

 

 この時は時雨の言葉が決め手となり、4人は1度拠点へと帰った。その後直ぐにイブキが居なくなったことを山城と扶桑に話、彼女達とその部下達に4人も加わってイブキを探すのだが……現在まで、見つかっていない。

ここで話が終わっていれば、夕立があそこまで海軍に対して憎しみを抱くことはなかったかも知れない。そうなってしまったのは……時雨と夕立が2人でイブキを探し始めてから1ヶ月程経った頃、その最中に偶然にも擦れ違った艦隊の会話が原因だった。

 

 『やっぱり、軍刀棲姫の痕跡は見当たらないねー』

 

 『流石にあの爆発じゃ……ね。でも、この辺ってあの近海からかなり離れてるよね? なんでここまで範囲拡げてるのかな』

 

 『大方、その死体か肉片でも見つけないと安心出来ないんだろうさ……でもまあ、あの戦いで恩人と言えるような人を死亡前提で捜すのは気分が悪いが』

 

 『……ねえ』

 

 『えっ?』

 

 

 

 『その話……詳しく教えて欲しいっぽい』

 

 

 

 擦れ違った艦娘達の不運は3つ。1つは、夕立と時雨の姿を遠巻きに見ただけで海軍の艦娘だと思い、その後視線を向けなかったこと。もう1つは、彼女達は大本営の近海での戦いでの生き残りであり、夕立達が欲しい情報を持っていたこと。そして最後の1つは……。

 

 『っ!? その目、その左腕! お前、深海棲か』

 

 『教えてって、言ってるっぽい』

 

 その高い実力と積み重ねてきた経験で、時雨はともかく夕立が普通ではないことを理解して咄嗟に艤装を構えてしまい……戦闘体勢を取ってしまったこと。そして彼女達が、時雨の静止も聞かなかった夕立の最初の犠牲者となった。

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあってから、夕立は海軍とその所属艦娘に恨みと怒り、憎しみを向けている。あの日の出来事は、半殺しにした艦娘達から聞き出した。その艦娘達の主観や、ダメージを与えすぎたせいで要領を得ない部分もあったが、大まかに何があったか理解した。そこから他の艦娘達にも接触して話を聞き出し、口を割ろうとしなかったり夕立の異様さに気付いて戦闘になった艦娘達には例外無く大破まで追い込んだ。ここまで夕立に敗北や撤退が無いのは、単純に彼女が強いからだ。

 

 夕立は時雨達と共にイブキとの実戦に等しい訓練を繰り返していた為、素の実力が高い。更にレコンと同じように艦娘と深海棲艦が混ざっている身体という高い性能を誇る船体を持ち、大襲撃の際に逢坂 優希から強化艤装を貰い受けていて機動力も大幅に上がっている。言わば夕立海二とは、イブキというイレギュラーの下位互換とも呼べる存在なのだ。そんな彼女が遅れを取ることなど、早々ないだろう。しかもその腰にはイブキが預けた炎を吐く軍刀、ごーちゃん軍刀がある……余程の事がない限り、負けはない。

 

 「……これは以前聞いた噂だけど……一時、イブキさんは今の夕立と似たようなことをしてたよ。夕立を探して、仇を探して、海軍と敵対して……連合艦隊を向けられた」

 

 「……」

 

 「僕は連合艦隊の部分は話でしか知らない。だけど、本当に危なかったってことは聞いたし、分かってるつもりだよ。こんな事を続けていれば、夕立もそうなるかも知れない。もしもそうなってしまえば……夕立だけじゃなく、この拠点にいる皆が危険な目に遭う。それをイブキさんが望んでると思う?」

 

 夕立は言葉に出さずに内心で否定する。夕立はこの世界で誰よりもイブキという存在を理解していると自負している。だからこそ断言できる……世界という100よりも身内という1を取るイブキが、そんなことを望んでいるハズなどないと。

 

 だが、それならばこの怒りを、憎しみを、恨みをどこに向ければいいと言うのだろうか。助けに入った者が助けた者に殺される……そんな報われない結末をどう許容すればいいのだろうか。しかもそれは、夕立がこの世界で最も大切な存在なのだと言うのに。

 

 「じゃあ、どうすればいいの? 探して、探して、探して……あとどれだけ探せば、イブキさんは見つかるの?」

 

 「それは……分からないけど……でも、だからってその苛立ちを戦いで発散するのは間違ってるよ」

 

 「でも……でもぉ……う……ふぇ……」

 

 時雨と会話している内に不安や恐怖が大きくなったのだろう、夕立は泣き出してしまった。そんな夕立に対して罪悪感を抱きつつ、時雨は優しく夕立を抱き締める。

 

 時雨とて冷静に振る舞ってはいるが、内心は不安でいっぱいなのだ。時雨だけではない……山城も、扶桑も、雷もレコンも、皆が皆イブキの身を案じ、見つからないことに不安を抱いている。だが、その中でも大きな不安を抱いている者こそ夕立……そして、レコン。

 

 とは言え、夕立に比べればレコンはまだ大人しい。運が良くなるいーちゃん軍刀を持っていることもあり、探している者達の中では一番イブキを見つけやすい立場にあるだろう。それを本人も自覚しているからか、この拠点の者達の中で最も捜索している時間が長い……少なくとも、時雨は補給している姿以外で、拠点でレコンを見ることは……この3ヶ月、ない。

 

 山城は自身の姫という立場を使って他の友好的な姫や鬼から情報を聞き、扶桑は拠点にいる部下達と共に広範囲に、かつ海軍にバレないようにひっそりと探している。雷は他の者達よりも探す頻度を少なくし、拠点で家事をすることで肉体的、精神的にサポートをしている。皆が皆、イブキという1人の為に全力を尽くしているのだ。

 

 (それでも……見つからない。扶桑も山城も夕立も雷もレコンも……皆、まだ希望を持ってる。だけど……心のどこかでは思ってるハズなんだ……口にしたくないだけで。だったら、僕だけでも心構えはしておかないといけない……僕、だけでも)

 

 時雨は、人知れずそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 「不知火! ゴハンッ!」

 

 「ありがとうございます、ホッポさん」

 

 そこは南方棲戦姫の拠点である海底洞窟……その一室に、渡部 善蔵の前から逃げ延びた元第一艦隊所属艦娘、不知火と港湾棲姫吹雪から預けられた北方棲姫は居た。なぜ2人して仲良く食事を共にしているかと言えば、それは3ヶ月以上前の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 善蔵から逃げたあの日、不知火は泣き崩れているところで散歩と称して拠点から出ていた北方棲姫と出逢い、彼女に今居る拠点に連れてこられた。勿論入る為には海の中に潜る必要がある為、不知火は気分が沈んでいるところを物理的に沈むという恐怖を追加で味わうことになった。その後、拠点の主である南方棲戦姫の前に連れてこられ、戦闘を覚悟した不知火だったが……。

 

 『……ソンナニ身構エナクテモ、ソッチガ戦オウトシナイ限リハ何モシナイワヨ。私ニ戦ウ気ハナイノダカラ。ソレニ……ソノ子ガ連レテキタンダシ、大丈夫デショウ』

 

 という南方棲戦姫の言葉を受け、驚愕しながらも不知火は緊張から解放され……その場で座り込んでしまう。何しろ不知火は信じていた存在から殺されそうになってその場から逃げ、精神的に限界で泣き崩れているところを敵である深海棲艦に手を引かれて強制的に沈められ、敵の本拠地にいる姫の前に連れてこられたかと思えばその姫は戦う気はないという……もう色々と限界だったのだ、腰が抜けても仕方なのないことだろう。

 

 『デ、何デ連レテキタノカシラ?』

 

 『泣イテタ!』

 

 『……アア、ソウ。ドウシテ泣イテタラ連レテクルノカシラ?』

 

 『ダメ……?』

 

 『ダメジャナイカラ泣カナイデ……ハァ……コンナヤリニクイ子ヲ預カレダナンテ……恨ムワヨ、港湾』

 

 目の前で行われた会話に、不知火は再び驚愕する。人類の敵である深海棲艦がする会話とはとても思えないような、どこにでもあるようなありふれた会話……今まで戦ってきた、沈めてきた深海棲艦からは想像も出来ない内容なのだから。

 

 しかし、それを有り得ないとは不知火は思わない。かつて目の前で死んだ駆逐棲姫という存在が、不知火のかつての同僚である春雨だったように……軍刀棲姫という、己の大切な存在の為に海軍を敵に回したように……深海棲艦とは、決して心がない化物だけなのではないと不知火は知っているのだから。

 

 (そうです。深海棲艦にも心がある……なのに、私は50年近くの月日を生きながらそんなことすら気づけなかった……そもそも、心があるなんて発想すら出来なかった)

 

 不知火だけではない。海軍が始めて軍刀棲姫討伐の為に動いた大規模作戦……あの時まで、ほぼ全ての艦娘が深海棲艦を心無い敵だと思っていた。しかし、心があると知っても尚、世界は変わらない。深海棲艦は敵であり、海軍はその脅威から人類を守る為、艦娘という力を振るっている。そもそも50年近く敵対していたのだ、そう簡単に戦う以外の選択肢が出るハズもない。

 

 (……戦う以外の、選択肢……)

 

 不知火はふと、その言葉が気になった。遠い記憶の中で、それと良く似たような言葉を誰かが言っていた気がするのだ。今の世界では夢物語でしかないそんな話を、誰かが。だが、結局不知火はその誰かを思い出せず……この奇妙な生活の始まりを受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 回想を終え、不知火は目の前でボリボリと鋼材をかじっている北方棲姫……ホッポに視線を向ける。艦娘で言えば駆逐艦……いや、それ以下の幼さの深海棲艦の姫。言動と行動も見た目相応で、好奇心旺盛。南方棲戦姫によると、港湾棲姫からの預かり“者”らしい。目を離すと直ぐにどこかへと消え、夕方になればちゃんと戻ってくるらしい。夜の9時には眠り、朝の6時には起きてたまにお昼寝もする……深海棲艦であることを除けば、至って普通の子供でしかない。事実、ホッポは艦娘と戦ったことはないらしい。南方棲戦姫曰く、過保護な母親が戦いから遠ざけていたのだとか。

 

 (北方棲姫……大淀からその存在だけは聞いていましたが……海軍としてはまだ“未発見”の姫。今更ながら、大淀は如何にして未発見の存在を知り得ていたのでしょうか)

 

 改めて不知火は、自分が何も知らなかったことに気付く。深海棲艦のことだけでなく、善蔵と善導のことも、仲間のことも良く知らなかった。知ろうとすらしなかった。とは言え、この場ではそれを知ることも儘ならないが。

 

 しかし、ここでの生活は不知火が知らなかったことを教えてくれる。深海棲艦の食事は、艦娘と然程変わらない。今目の前で鋼材をかじっている北方棲姫のように、艦娘にもボーキサイトをボリボリと食べる者もいる。入居施設はカプセルと浴槽という違いがあるが、その中身は不知火が感じた限り同じモノだった。また、資材を集める為に南方棲戦姫は部下の深海棲艦達に遠征に行かせることもあったし、拠点の近海を見回らせたりもしている。

 

 (改めて考えてみても、私達艦娘と深海棲艦の共通点というのは非常に多い。いえ……人類の敵か味方かどうかと見た目の違い、提督のような存在がいないことを除けば、ほぼ同じと言ってもいいでしょう)

 

 他には理性があるかどうかという違いもあるが、人型深海棲艦の殆どが理性を持っているので割愛しよう。だが、そういった事実を知って尚、分からないこともある。

 

 

 

 ━ 深海棲艦は、如何にして生まれ出(いずる)のか ━

 

 

 

 不知火が見た限り、この拠点には艦娘を建造する為の器具のようなものはない。資材を集めているのも、建造の為ではなく補給、入渠、食事の為だ。不知火が南方棲戦姫に色々と聞いたところ、建造などしたこともないという。更に、こうした拠点を持つのも一部の姫や鬼くらいで、それ以外の深海棲艦は気ままに海を動き回っているという……つまり、資材を集める為の遠征は、姫や鬼が居なければ行われないのだ。以上のことから、深海棲艦は艦娘のように建造される訳ではない。ならばどこから、どのように生まれたのか。

 

 (まさか本当に名前の通り、深海から出てきたとでも……或いは、海軍の深海棲艦の考察の欄に書かれていたように怨念が形になった? ……いえ、それ以外にも可能性がありましたね……あまり、考えたくは無いですが)

 

 不知火が考えついたのは……ドロップ艦だった。艦娘は稀に、深海棲艦が沈んだ場所から光と共に現れることがある。それを一般的にドロップ艦と呼ぶのだが……ならば逆に、“沈んだ艦娘から深海棲艦が現れる”……いや、“沈んだ艦娘が光と共に深海棲艦となる”ような事があるのではないか、というモノ。今はまだ不知火の想像でしかないが、もしも想像が現実だった場合……かつて仲間だった者と戦っていることとなる。不知火は、それを考えたくはなかったのだ。

 

 とは言え、想像は確証を得るまではどこまでいっても想像。話を膨らませることは出来ても、真実を確かめることは出来はしない。だが、本能的に海の中に恐怖してしまう不知火の行動範囲は拠点の中のみで、そこで得られるであろう情報はほぼ得た。情報を得る為には、外へ出る必要があるだろう……最悪、ホッポに入ってきた時のように強引に引っ張っていってもらうことになるかもしれない。

 

 「不知火? オ腹、減ッテナイノ?」

 

 「え? あ……すみません、考え事をしていました。いただきます」

 

 ホッポに声を掛けられ、不知火は思考に没頭していて食事が進んでいないことに気付く。折角作ってくれたのに……と内心申し訳なく思いつつ、彼女はホッポが用意した食事……鋼材ではなく、焦げた何かの魚に手を伸ばし、食べる。正直に言って焦げと内臓の苦味で顔をしかめそうになるが、長年のポーカーフェイスは少しも変わることはなかった。

 

 元海軍総司令直属第一艦隊所属艦娘、不知火。彼女が善蔵の言う“世界の真実”を知るのは……まだ、先のことである。

 

 

 

 

 

 

 (ヤバイッ!!)

 

 目の前の大淀の今にも泣きそうな顔を見た瞬間、俺はこの世界に来てから最大と言える程の危機感から来る警報が頭の中で鳴る。既に視界は深海棲艦達を斬りまくった時のようにモノクロに染まり、時間が止まったかのようになっている……この感覚が無くなる前にこの場から全力で逃げなければ死ぬと、俺に教えてくれている。

 

 だが、動けない。握手をしている大淀の手が、俺の手を全く離そうとしないのだ。そもそも、この感覚の最中なのだから動けはしないんだが。

 

 (っ……命には代えられないか!)

 

 思考は一瞬、俺は咄嗟に左手のふーちゃん軍刀で握手をしている手……大淀の右腕を二の腕辺りから斬る。そして振り払う時間も惜しい為、斬り落とした手を握ったまま彼女から全力で離れる。

 

 体感で20秒程走ったくらいで、走りながら首だけを後ろへ向ける。相変わらず世界はモノクロで、大淀の姿は豆粒程になっている。それだけ離れて尚、警報は鳴り止まなかった。

 

 「っ!? しまっ……」

 

 そんな風に余所見をしたのが不味かったんだろう……俺の足は波を作っていた海面を登り、走る勢いのまま“跳んでいた”……つまり、足が完全に海面から離れてしまったのだ。こうなってしまえば、俺にできることは最早ない。

 

 そしてモノクロの世界が色を取り戻すと同時に、俺は凄まじい衝撃と爆風を背中に受け、身体と共に意識も飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 次に目覚めた時、俺はどことも知れない部屋に居た。どういう訳か身体が動かないので首から上だけを動かして周りを見てみれば、右側の足の方に木の箪笥、周りには木目の壁、右側に白と青の押入のモノであろう襖(ふすま)、頭の方に窓の役割をしているのだろう障子……古き良き日本の家の一室とでも呼ぶべき6畳(首から上は動いたので数えた)の部屋だ。畳の匂いが気分を落ち着かせてくれる。ベッドではなく布団の上に寝かされていたというのも個人的にポイントが高い。因みに、軍刀は3本共腰から鞘を固定していたベルトごと外されて枕元に置かれていた。

 

 (……いや、落ち着いてどうする。そもそも此処はどこだ?)

 

 部屋の和の雰囲気に和んでしまったが、状況を理解すると疑問が膨らんでいく。俺の記憶の最後は海の上に居た……決して、陸に上がった覚えはない。ということは、あの衝撃によってどこかに吹っ飛ばされてしまったのだろう……問題は、何故俺がこの部屋にいるのかだ。とは言え、誰かが助けてくれたというのが高いだろう。布団に寝かされていた以上、悪人というのは考えにくいが……その誰かに直接会うまでは安心は出来ないな。

 

 

 

 「あら……起きていらしたんですね」

 

 

 

 「……貴女が、俺を助けてくれたのか?」

 

 そう考えた瞬間に押入とは違う、身体の左側の襖が開き、1人の着物を着たお婆さんが入ってきた。そのお婆さんは俺の顔を見ると、どこか嬉しそうにそんな言葉を掛けてくる。特に肯定することもなく疑問を投げ掛けてしまったが、お婆さんはシワだらけの顔に優しげな笑みを浮かべる。

 

 「そうですね……この家は私達夫婦の家ですから、そういうことになります。運んだのは、私じゃないけれど」

 

 それはそうだと内心で頷く。目の前のお婆さんは手と顔に多くのシワを作っている……言葉ははっきりしているが、見た目だけで判断するなら90は行っていると思う。そんな彼女が、詳しい数値は知らないが軍刀を3本持った女性(少女と呼べる見た目じゃないし……)を運べるとは到底思えない。因みにお婆さんが言うには、俺はお婆さんの散歩コースである海際の砂浜の上に倒れていたという。

 

 「つい昨日、海で大きな戦いがあったそうだから……もしかしたら、その被害者かと思いましてねえ」

 

 「それでは、俺を運んだのは……?」

 

 「私達ですー。私達妖精は意外に力持ちなんですー。見てくださいこの筋肉、かっちかっちですー」

 

 俺の疑問に答えたのは、目の前のお婆さんではなく妖精ズの1人のふーちゃんだった。私達と言うからには、みーちゃんとしーちゃんの3人で俺をこの家まで運んでくれたんだろう……マジで? そんなちっさいのに? とか言いそうになったが、右手を曲げて力こぶを強調する(出来ているとは言ってない)姿はとても可愛らしいので言わないでおこう。

 

 「あら、可愛らしい妖精さん……久しぶりに見たわねえ。あの時は急にこの人が浮いたと思ってびっくりしたのだけれど、妖精さんの仕業だったのねえ」

 

 「っ!? ……妖精を見たことがあるのか?」

 

 「? ええ、子供の頃に見たことがあるわ。1度だけ、だけれど……懐かしいわねえ……願いはなに? なんて聞かれたこともあったわね……」

 

 「(子供の、頃?)……失礼だが、年齢を聞いてもいいだろうか?」

 

 「あら、女性に年齢を尋ねるのは御法度よ? ……なんてね。去年で91になったわ……もういつ御迎えが来てもいい頃ねえ」

 

 妖精を見た、という聞き捨てならない言葉を聞き、失礼だと思いつつも年齢を聞く。以前に夕立達からこの世界の歴史を聞いたことがあるが、艦娘と深海棲艦が世に出たのは今からおよそ50年前……妖精の存在が確認されたのは、そこから少し経った頃だったハズ。この人が言った事が正しければ(後半の冗談は聞き流そう……)、50年よりも更に前から妖精は居たことになる。見間違いという線もあるだろうが……ふーちゃんの姿を見て妖精と言った以上、少なくとも似通った姿はしていたんだろう。

 

 (艦娘と深海棲艦が現れる前から妖精は居た、か……)

 

 頭の中でお婆さんが言ったことを繰り返し、これまで得た妖精という存在の情報を思い返す。人間側……艦娘側にのみ居たと思っていた妖精は、実は深海棲艦側にも居た。その妖精は艦娘と深海棲艦が現れる前から存在していた。妖精は艦娘の建造、改装、その他諸々に関わり、貢献している……と同時に、深海棲艦側にも居る。

 

 教わった歴史では、深海棲艦という人類の脅威が先に現れ、その後に艦娘が現れた。そこで俺は疑問に思う。その深海棲艦は“元から地球に存在していた”のか……それとも、“何者かが産み出した”のか。

 

 この疑問については、皆にも話したことがある。その返答は総じて分からない、もしくは興味ないだったが。海軍側は深海棲艦を負の感情の塊だとか名前の通り深海から現れたという考察しかないし、深海棲艦側に至っては自分の生まれなど考えたこともないらしい。少なくとも、艦娘のように建造された訳ではないとのことだ。

 

 仮に、深海棲艦がそう言ったモノだったとする。なら、最初の艦娘は“どこから”現れた? 当時は鎮守府はあっても艦娘を建造する為の設備なんて無いだろう。深海棲艦は人間が造った兵器では倒せないらしいから、ドロップ艦ということもないだろう。

 

 (俺が考え付く可能性は2つ。深海棲艦が負の感情の塊だとか元から深海に住んでいたとか言われてるように、艦娘も何かしらの……例えば、正の感情の塊だとか、人間と見た目は変わらないから元から人間として生活していたという可能性)

 

 とか考え付いたが、この可能性だと艦娘が鋼材やらボーキサイトやらで建造される理由が分からない。だって生まれる“元”が既にあるんだから。だからまあ、この考えは間違ってるんだと思う。

 

 (もう1つは……予め深海棲艦の発生を“予想していた”から艦娘を建造する設備を“用意できていた”。だが、艦娘が現れたのは深海棲艦のしばらく後……用意できていたなら、直ぐに出せばいい。なのにそれをしなかったのは……)

 

 それが出来なかった。もしくは……“何かしらの理由があってしなかった”。だが、深海棲艦という脅威を前にそんな悠長なことをしている暇があったのか? それに、この可能性は既に妖精が姿を現しているのが前提になる。仮に妖精が現れていたとしたら、彼女達は技術力も高いし数も多い。設備にトラブルがあっても直ぐに直せそうだが……。

 

 とは言え、どんなに考えてもこれは俺の想像。足りない頭捻って考えた妄想なんだ、これ以上考えても進展はしないだろう。それよりも、早く夕立達の元に戻らないと……仲間が居なくなる悲しさは、俺も良く知っている。そんな悲しさを彼女達に味わわせたくない。

 

 「体は動かせそうですか?」

 

 「……っ……!? いや……動けそうにない、な」

 

 思考の海に潜っていたが、お婆さんの言葉で現実に帰る。そして体を動かそうとしたんだが……動けない。首から上は問題ない。指先や肘、膝も曲げられる。だが、体を起こせない。

 

 「無理ですー。イブキさんの体は外傷こそあまり見当たらないですが、受けたダメージは結構大きいですー」

 

 「あの衝撃、胸部以外の装甲が厚くないイブキさんにとっては駆逐艦が戦艦の砲撃を直撃したくらいの威力がありましたー」

 

 「正直、吹っ飛ばされた後の落下地点が砂浜でなければ沈んでいた可能性もありますー。というか、あと腕1本分くらい爆発の範囲が広ければ沈んでいましたー」

 

 どうやら想像以上に危ない状況だったらしい。ふーちゃんみーちゃんしーちゃんに説明されて改めて俺の装甲の薄さを感じる……が、悲観したところで状況は変わらない。入渠すれば治るんだろうが、この家に施設があるとは考えられない。つまり、俺が動けるようになるまで自然に回復するのを待つしかなく、その期間は分からないということだ。

 

 「まあ大変。それなら、動けるようになるまでここに居るといいわ」

 

 「それは……有り難いが、迷惑ではないのか?」

 

 「そんなことはないですよ。この家にはしばらく主人は帰ってきてませんし、今では私1人しか住んでませんから……少し、寂しいの。迷惑だと思うなら、貴女が動けるようになるまで私がお世話をする代わりに……私の話し相手になってくれない?」

 

 「……分かった。此方も、動けない身では退屈になる……宜しくお願いする」

 

 「はい、お願いされました。ところで……貴女のお名前は? 貴方は吹雪ちゃん達のように艦娘? 制服みたいな服装だし、そんなに沢山剣を持っているし……」

 

 あれよあれよと俺がここで世話になることが決定した。そして名前を聞かれたが……その後の疑問については、俺は答えられない。そもそも本人が自分が艦娘か深海棲艦か分かっていないのだから。

 

 「名前は……イブキ。俺は少し特殊でな、自分が艦娘なのか深海棲艦なのかも分からないんだ」

 

 「あら、そんな子もいるのねえ……でも肌は真っ白って訳じゃないし、どちらかと言えば艦娘に見えるわね。髪は白いし、目は……両方とも鈍色なのね。とても綺麗だわ」

 

 「あ、ありがとう……」

 

 自分の容姿を褒められるというのはなんともむず痒い。ましてやこの体は女だが心はどちらかと言えば男寄り……綺麗だと言われても、なんというか……リアクションに困る。

 

 「……ところで、貴女の名前は……?」

 

 「あらいけない、まだ言ってなかったわねえ……」

 

 お婆さんはそう言って座り直し、俺の顔を見る。俺も改めて彼女を顔を見てみるが……シワが多いとは言え、その顔はとても整っていると言える……若い頃はさぞかし美人と持て囃されただろう。そんなことを考えていた時にふと気になったのは、この人の対応だ。

 

 俺のような名も素性も知らぬ存在を助けようとし、助けた……人としてはとても良いことなんだろうが、艦娘と深海棲艦がいるこの世界で“海から来たであろう存在”を助けようとする人間がどれだけいるだろうか。深海棲艦の情報を一般人がどれくらい知っているのかにもよるが、大体の人は無視するか海軍やら警察やらに連絡するのが普通だろう。しかし、このお婆さんは自力で助けようとした。何よりも……彼女は“吹雪ちゃん達のように”と言った。つまり彼女は艦娘を知っている……海軍に近い人間なのかもしれない。まあ単純に常識なだけかもしれないが。

 

 そしてそんな考察の後、俺はようやく彼女の名前を知る。

 

 「私の名前は“渡部 祭(わたべ まつり)”」

 

 

 

 ━ 日本海軍総司令、渡部 善蔵の妻です ━




という訳で、前回では触れなかった深海棲艦側と大襲撃中名前も出なかった不知火、イブキのお話でした。相変わらず吹雪、曙、善蔵の話は出ませんが←

夕立の状況は想像していた方も多いと思います。只でさえ駆逐艦として破格の性能を持つ夕立ですが、本作の彼女は更に上を行く性能を誇ります。が、艤装の威力自体はそうでもなかったり……レコンも同じですね。船体は優れていますが武装はそうでもないという。むしろ純粋な耐久力ではイブキも段違いに高いし←



今回のおさらい

夕立達、真実を知り、イブキを探す。真実を知った夕立の怒りは未だ消えず。不知火、ホッポと食事をする。その考えは世界の真実に近付く。新キャラ、渡部 祭登場。まさかの善蔵の妻。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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