どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

投稿し始めたころと比べ、頂ける感想が少なくなって少し寂しく思います……と言うと催促しているみたいであまり宜しくないですけれど。

それはさておき、fgoで呼符を使ったらグラップラーマルタ様が来てくれました……違う、貴女じゃない。私が欲しいのは槍清姫で(殴


行ってきます

 「……ふふっ。さながら、第2の軍刀棲姫と言ったところか」

 

 大本営の中にある総司令室……そこで渡部 善蔵は報告書を見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。その報告書の内容は……イブキの仲間である夕立による被害の内容だ。

 

 深海棲艦による大襲撃から3ヶ月、海軍は軍刀棲姫を沈めたという確証を得る為に総出で捜索を続けていた。そして今日まで探し続けて尚肉片1つ、髪の毛1本見当たらない為、軍刀棲姫は沈んだ……というのが海軍の判断である。しかし、その軍刀棲姫とは別の問題が発生している。

 

 それこそが、善蔵の言う“第2の軍刀棲姫”。彼女による被害が出始めたのは大襲撃から1、2ヶ月程経ってからだが、その被害は十二分に甚大と言える。何しろ、出逢う艦隊はその殆どが壊滅しているのだから。不幸中の幸いと言うべきか、以前の軍刀棲姫のように再起不能となった艦娘は存在しない。また、ダメージも大破止まりである。

 

 「沈めないのは何か理由があるのか、単に甘いのか……まあそれはいい。報告書を見る限り、軍刀棲姫程のイレギュラーでは無さそうだが……」

 

 善蔵はそう呟くが、単純な戦闘力はそこいらの艦娘、深海棲艦とは遥かに高いことは理解している。第2の軍刀棲姫と呼称しているのも、別に相手が軍刀を使っている訳ではなく、被害の被り方が以前の軍刀棲姫のモノと酷似しているからだ。

 

 酷似している……つまり、やり口は一緒なのだ。艦隊の前に現れ、質問し、その答えが納得いかなければ攻撃する。その機動は速くて読めず、その攻撃は苛烈と言う他無く、その目は暗く澱んでいるとのこと。違うのは、軍刀を持ってはいても抜かないことと……見た目が、艦娘の夕立に瓜二つということ。

 

 「十中八九、コイツは軍刀棲姫の仲間。艦娘を襲うのは復讐と情報収集の為……随分と仲間思いなことだ。感動的で涙すら浮かびそうだな」

 

 だが、無意味なことだと善蔵は吐き捨てる。どれだけ海軍に襲いかかったところで、この夕立が欲しい情報は得られない。何しろ、海軍自体が探しているのだから……そして、過剰な攻撃は脅威と見なされ、芽を摘むために動かねばならなくなる。

 

 善蔵は再び報告書へと意識を向ける。そこには被害の内容だけでなく、“どこで襲われたか”という情報もある。無論細かい部分で見れば場所はまちまちだが、大きく区切ってみれば大体の場所は絞れる……即ち、拠点、基点となる場所が、だ。

 

 「……ふふっ。そう言えば、生きていたのだったな……すっかり忘れていたよ」

 

 細かく見ればバラバラ……しかし大きく見れば、最も多く襲われた場所、海域が浮かび上がる。そこは以前に海軍が攻め込んだ海域であり、1度は制圧し、奪い返した海域。

 

 “サーモン海域”……それこそが、恐らくとは付くものの第2の軍刀棲姫の拠点があり、行動の基点となる場所なのだろう。そしてサーモン海域にて、海軍は姫級の深海棲艦……戦艦棲姫と対峙し、取り逃している。そして、これまで軍刀棲姫というインパクトの強い存在のせいで忘れがちであるが、戦艦棲姫はその姿を見せていた……大規模作戦の時に、軍刀棲姫を助けるように。

 

 「第2の軍刀棲姫は戦艦棲姫と繋がっている……そして戦艦棲姫は再びサーモン海域、恐らくは最深部に拠点を築いている。派手に暴れている訳でも、制圧し返された訳でもない。それ故に気付くのが遅れたという訳か」

 

 サーモン海域最深部に攻め込んだ当時、そこは大量の深海棲艦が蔓延(はびこ)っていた。しかもエリートやフラグシップ級も多く存在していた為、目に見えて危険な海域、速やかに制圧する必要がある海域だと認定され、大規模作戦として海軍は動いたのだ。

 

 善蔵は今になって思う。軍刀棲姫と対峙した時、3ヶ月前の大襲撃に比べれば、何と楽な大規模作戦だったのかと。当時は強化艤装もなければ戦力を費やして尚足りない敵戦力もなく、軍刀棲姫のような化物も居なかった。とは言え、姫級も充分に化物と呼べる性能を誇るのだが。

 

 さて、拠点があるであろう海域は絞れた。だが、だからと言って戦力を向けることは簡単には出来はしない。海域は絞れたが、拠点を見つけ出した訳ではないのだから。当時に大規模作戦を行えたのは、大量の深海棲艦が普段から海域内を動き回っていたからだ。しかし、今回は違う。

 

 第2の軍刀棲姫以外にも深海棲艦は出現しているが、それは他の海域とそう変わらないので重要視する程ではない。戦艦棲姫が居るという確証はなく、そもそも彼女の拠点が海域のどこにあるかも把握出来ていない。そして、最も問題となるのが……第2の軍刀棲姫に対する艦娘達の戦意、敵意の無さである。

 

 大襲撃の後に提督となった者達の艦娘は、軍刀棲姫と海軍の間に起きた出来事を資料などでしか知ることが出来ない。しかし、全員が全員その資料を見る訳ではない……その為、軍刀棲姫という脅威をしっかりと認識出来ていない者達も居る。だが、実際の被害とその内容を聞き、自分達では手に終えないとその殆どが戦意を無くしてしまっていた。

 

 逆にそれ以外……軍刀棲姫という存在を自分達の目で確認した艦娘、提督達は第2の軍刀棲姫に対して複雑な感情を抱いている者が多い。特に顕著なのは、大襲撃の日に大本営の防衛に就いていた者達である。つまり、軍刀棲姫の最期を知る者達のことだが……簡単に言うなら、自分達は助けられたのに、その恩人を沈めてしまった……という罪悪感があるのだ。だからと言って第2の軍刀棲姫による被害を見逃す訳にもいかないのだが、士気は低いしやる気もそぞろと言ったところ。良識を持つ人間を優先して提督としている弊害がここで出てしまった。

 

 「だが、やることはやらねばならん。海軍の目的は国と国民の安全と平和を守ること。深海棲艦という脅威をそのままにはしておけん」

 

 善蔵はハッキリと、誰にでもなく呟いた。恩がある、その恩人の仲間である、その仲間が居もしない恩人を探している、そして出逢った艦娘に被害が出ている。ならば“敵”なのだ。誰がなんと言おうとも、どれだけ心労を感じようとも、それは倒すべき敵。手心を加える必要などない。やらねばやられるのだ。既にやられているのだ。

 

 「“海軍が必要となる為に……海軍にしか倒せない“敵”が欲しい。そして、その敵に最終的には必ず“勝利”出来るようにして欲しい”……私の“願い”は成就する」

 

 世界は“海軍を必要”としている。それは“敵”である深海棲艦が現れたからで、“勝利”出来るのは艦娘を率いることが出来る海軍だけだからだ。

 

 故に、それは決定事項。やることは以前の繰り返し。違うのは敵の戦力。しかし、違うのは向こうだけではない……以前には無かった強化艤装、以前よりも遥かに強くなった艦娘達、手にした情報……海軍もまた、以前とは違うのだ。

 

 「今度こそ、イレギュラーは完全に排除する。私の“願い”にイレギュラーは必要ないのだ……ましてや奴等には“次”はない。沈めれば私の勝ちだ」

 

 そんな独り言を呟いた善蔵は部屋に翔鶴を呼ぶ。秘書艦をしていた大淀が消え去った為、その役割は彼女が引き継いでいた。その仕事ぶりは大淀が居た時から虎視眈々と秘書艦の座を狙っていたこともあってか大淀と比べても遜色なく、不平不満を言うこともない。普段はこの総司令室で善蔵と共に仕事をしているが、善蔵の命令で様々な場所へ行くこともある。今回部屋に居なかったのは、善蔵から誰も部屋に入れないように見張るための言わば門番のようなことをしていた為である。

 

 「お呼びでしょうか? 総司令」

 

 「うむ。この指令書を各鎮守府に送ってくれ。なるべく早く頼む」

 

 善蔵が翔鶴に手渡したのは、書類を見る合間に作成していた指令書。それを手にした翔鶴はざっと内容を読み……全てを読み終えた後に、指令書へと向けていた視線を善蔵へと戻す。

 

 「分かりました。直ぐにコピーして各鎮守府へと送ります」

 

 「うむ」

 

 翔鶴は敬礼をした後に部屋から出る。善蔵はその返答と後ろ姿に満足そうに頷き……ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 (これでイレギュラーは全て消える。拠点の場所は“なぜか”把握出来ていないが、場所は“覚えている”。これで再び、海軍対深海棲艦の終わり無き戦いが始まる)

 

 善蔵が翔鶴に渡した指令書……その内容は、簡単に言えばこう書かれている。

 

 

 

 ━ サーモン海域最深部掃討作戦……と ━

 

 

 

 

 

 

 (イブキさん……イブキさん、イブキさん。イブキ、さん)

 

 夜のとある海域を、夕立はさ迷うように進んでいた。その姿は疲労を感じさせる……髪はぼさぼさで服には黒く変色した血がこびりつき、目の下には隈があり、目は血走っている。それとは不釣り合いな程に爛々と輝く金の光……さながら幽鬼の如く、誰もが不気味だと言うだろう。

 

 イブキが居なくなってから3ヶ月と数日……その間ずっと、誰よりも夕立はイブキを探し続けていた。時雨から、仲間から休むように言われても尚、夕立は不眠不休とまではいかずとも限界までそれらを削り、動き続けた。全てはイブキを見つける為に、再び再会する為に。

 

 (どこ……どこ、どこ? どこにいるの……)

 

 眠気と疲労から、既に夕立はマトモな思考が出来ていない。イブキを探し出す、その思いだけで無理に動いている状態だった。人間ならばとっくに倒れている……それでも、夕立は止まれない。自分にとって何よりも大切な存在と再び会うために。

 

 「……あ……」

 

 「夕立!」

 

 しかし、身体は限界を迎えた。フラフラとしていた足からは完全に力が抜け、その場に倒れ込む夕立……その身体が完全に海に付く前に、彼女を追い掛けてきたのであろう時雨が支える。

 

 こうなることは、時雨は分かっていた。ここまで夕立が自身を省みなくなったのは、数日前の時雨が夕立と話して夕立が泣き出してしまった日からなのだ。あの日以来、夕立の中の不安が爆発し、不眠不休に限りなく近い捜索を行っている。

 

 「……夕立……もう休もう? こんな状態じゃ、もし艦娘と深海棲艦に遭遇したら一堪りもないよ」

 

 「イブキ……さん……イブキ……さん……」

 

 「夕立っ! お願いだから僕の言葉を」

 

 「うる……さいっ!!」

 

 「うわっ!?」

 

 煩わしそうに時雨を突き飛ばす夕立。彼女に支えられていた体はパシャンッと音を立てて海に倒れ込むが、夕立はガクガクと手を震えさせながら立ち上がろうと力を込めて四つん這いの姿勢になる。それでも、そこから立ち上がることはおろか上半身を起こすことすら出来ない……艦娘、深海棲艦と言えど疲労は感じるし、度を越えれば夕立のように動けなくなってしまうのだ。

 

 「イブキ……さん……っ!」

 

 「っ……ごめん、夕立」

 

 「あぐっ!? う……ぁ……」

 

 それでも尚動こうとする夕立に対して、突き飛ばされた時雨は起き上がって近付き、割りと強めに手にある主砲で後頭部を殴った。少々過激な行動ではあるが、通常の艦娘、深海棲艦よりも堅い夕立には大したダメージではない……が、疲労が溜まりきっている彼女を気絶させるのは容易なことだった。

 

 時雨は気絶した夕立を横抱きし、悲しげな表情でその寝顔を見詰める。正直に言って、時雨はイブキは既に沈んでいると考えていた。幾ら海が広いとは言え、海域も含めて目撃情報すら皆無なのは妙だ。生きているなら、直ぐにでも拠点に帰って来るだろう。帰ってこないのは……沈んだ、或いは動けない程にダメージを負っているか。もしもそうなら、一刻も早く助け出さねばならないが……あの大襲撃から3ヶ月、動けない状態が今日まで続いているのなら、やはり生存は絶望的だろう。

 

 しかし、時雨はそれを口にしたことはない。周りはまだ必死に諦めずに探しているのだ、その心を折るようなことを、その意思に水を差すようなことを言いたくはなかったというのもあるが……一番の理由は、やはり時雨自身がまだ僅かな希望を持っているからだろう。

 

 (ごめん……ごめんね、夕立……)

 

 時雨は内心で何度も夕立に謝る。夕立からしてみれば、時雨は自身の邪魔をする厄介者に他ならない。彼女が目を覚まし、そこが拠点だと気付いた時……きっと時雨に怒りがむけられるだろう。なぜ邪魔をするのかと。今の夕立は何よりもイブキを見つけ出すことを優先しているのだ、それを止めるとなれば……最悪の場合、殺意と共に攻撃されかねない。勿論、時雨はそれを覚悟してのことだ。

 

 1人取り残されることの怖さを、時雨は軍艦時代に思い知っている。だからだろうか、彼女には今の夕立が感じている孤独感に気付いていた。イブキしか見えていない、焦りから仲間を仲間と思えていないが故の孤独感……自分ではその孤独感を癒すことは出来ないと理解しつつも、時雨は動く。これ以上、夕立が壊れてしまわない為に。

 

 (今は休んで、夕立。心も……体も)

 

 

 

 

 

 

 (『イブキサン……どこに行ったんでショウ』)

 

 夕立が時雨に気絶させられている頃と同じ時、レコンもまた別の海域でイブキを探し続けていた。左手にはイブキの軍刀、いーちゃん軍刀を鞘に入れて握られている。

 

 いーちゃん軍刀……その能力は、運がとても良くなるというモノ。いまいち実感しづらいがその能力は確かなものであり、実際に大襲撃以前の海軍の大規模作戦時、那智の体内にある爆弾“回天”の爆発を“運良く”阻止して窮地を脱している。故に、レコンは大襲撃時に預かった時から片時も手離したことはない。もしかしたら、“運良く”イブキと出会えるかも知れないと思ったから。

 

 しかし現実はそう上手くはいかないらしく、3ヶ月経って尚再会するどころか情報すら得ることが出来ていない。だからだろうか、レコンは時間が経つ度に思うのだ……再会出来ないのは、もうこの海にいないからではないのかと。

 

 「『……キヒ……キヒヒヒッ……』」

 

 乾いた笑いが込み上げてくる。レ級として出逢い、別れ……金剛として再び出逢い、沈みかけ……レコンとなって共に過ごした。どうあっても自分とイブキは離れ離れになる運命なのではないかとふと思い付き……自分で納得してしまった。ならば次はどうすれば再会出来るのか……そんなことを考えてしまう。

 

 「『……ん?』」

 

 「……違う鎮守府の金剛さん……じゃない、よね」

 

 「ああ……その目の赤い光……お前、3ヶ月前の時のあの金剛だな?」

 

 「『夕立……いえ、私達の知る夕立ではないデスネ。ツーコトハ、3ヶ月前ノ奴ラカ。そちらの子達も見覚えがありますシネー』」

 

 そうして考え始めた時、レコンの視界にとある艦隊の姿が映った。その艦隊は少しずつレコンに近付いていき……その姿が見える頃、艦隊の艦娘が不思議そうな声を上げる。そして3ヶ月前というキーワードを聞き、レコンはその艦隊が雷の元居た鎮守府……渡部 義道の艦娘達であると気付く。

 

 艦隊のメンバーは第一艦隊の夕立、木曾に加えて暁、響、電、睦月だった。遠征の帰りなのだろう、彼女達の背にはドラム缶や資材を入れているのであろう大きくて丈夫そうな袋が背負われている。そこまで確認したところで、レコンは軍刀の柄に右手を添えて戦闘体制に入る。

 

 「待て、流石に争うつもりはない。遠征中だし、お前には恩もあるしな」

 

 「だから武器から手を離してほしいっぽい。私達は何もしないから」

 

 「暁だって」

 

 「右に同じく、だよ」

 

 「電もなのです」

 

 「睦月もです!」

 

 「『……分カッタ』」

 

 正直に言えば木曾達の言葉を聴く必要はないのだが、レコンも無駄に争う必要はないと考えていたので……戦闘体制を取ったのは念のため……直ぐに軍刀から手を離す。それに、彼女達に聞きたいこともあるのだ。

 

 「『……こうしてエンカウントした訳ですし、一応聞いておきマスネ。イブキガドコニ居ルノカ知ラナイカ?』」

 

 「……悪いが、俺達は知らない。それどころか、海軍では沈んだとされてる……実際、海軍でも目撃情報はあがっていない……が」

 

 「代わりに“第2の軍刀棲姫”っていう、私とおんなじ“夕立”の姿をした深海棲艦だか艦娘だか分からないのが出てきたっぽい」

 

 木曾と夕立の言葉を聞き、レコンは顔をしかめる。2人の言う第2の軍刀棲姫の正体が、仲間の夕立海二であると察したからだ。レ級の記憶でも、金剛の記憶でも、レコンとなってからも夕立とイブキの間にある絆と想いの強さは知っている。当然、彼女がかつてのイブキと同じような行動をしていることも理解している。

 

 しかし、それをばか正直に教えるつもりはない。というよりも、レコンは目の前の6人の表情から夕立が自分達の仲間であると知っていることを理解している。こうしてレコンに教えたのは、先の質問に対する答えであると同時に自分への遠回しな質問なのだと分かっている。

 

 「『……ソレデ、ソレガドウシタッテ?』」

 

 「……忠告しておくぞ。もしもだ……もしもその第2の軍刀棲姫がお前の仲間で、同じ拠点にいるって言うなら……そこから逃げろ」

 

 「『エスケープ? どうしてデスカ?』」

 

 「あの、その……実は昨日、大本営からの指令書が届いたのです」

 

 「その内容が、第2の軍刀棲姫のことに関するものでね」

 

 

 ━ 本日より2週間の準備期間を経た後、第2の軍刀棲姫の拠点があると思われる海域、サーモン海域最深部へと急襲をかける ━

 

 

 

 「っていうことなの。雷もきっとそこにいるんでしょ?」

 

 「睦月達の鎮守府もその急襲に参加すると思うのです……だから、どうにか逃げてほしいんてす」

 

 伝えられた内容は、レコンが驚愕の表情を浮かべるに足りるモノだった。拠点のある海域がバレているということもあるが、何よりもイブキが不在の時に海軍から大量の戦力を向けられるということが、レコンにとっては非常に不味いことである。

 

 現状、レコン達のコンディションは精神的に、一部は夕立のように肉体的にも最悪と言っていい。夕立などその最たるモノで、戦闘ともなればマトモに戦えるかも怪しい。もしも以前のイブキに向けられたような軍勢が来るのならば、全戦力をもってしても勝てるかどうかは五分五分と言ったところだろう。最高戦力かつ精神的主柱だったイブキの不在は、それほどに大きいのだ。

 

 (『逃ゲル……ドコニダヨ。私達がエスケープしたところで、夕立はイブキサンを探すことをストップしないデショウ……いえ、そもそもエスケープしないデスネ』)

 

 とは言え、逃げろと言われたところで逃げる場所などない。南方棲戦姫の拠点のように候補として上がる場所はあるが、現在の戦艦棲姫山城の拠点にいる艦娘、深海棲艦の総計は100を越える。移動には時間が掛かるだろう。それまでに移動し切れるかどうか分からない。

 

 問題となるのはそれだけではない。彼女達の拠点は、イブキの帰る場所でもある。その場所を守ろうとする者が出ることは簡単に想像出来るだろう。レコンが考えるに、逃げるという行動はしない。来るというならば全力で抵抗し、戦う。例えその戦いで、自分達が沈むとしても。

 

 「『……悪イガ、ソレハ出来ネェナ。私達は、イブキサンの帰ってくる場所を守る義務がありマース』」

 

 「っ……お前の、お前達の気持ちは分からんでもない。だが……イブキはもう……」

 

 「『沈んでいる? 死んでいる? 確かにそうかも知れませんネ』」

 

 「だったら!」

 

 「『それでも、生きてるって信じてるんデスヨ。私は、オレ達ハ、イブキガ生キテルッテナ』」

 

 そう断言するレコンに、木曾達は何も言えなくなる。木曾達……渡部 義道の鎮守府にとって、レコンと夕立は恩人で、イブキもまた雷を助けてくれた恩がある。こうして情報をリークする程に、敵対したくないと感じている程に。

 

 だが自分達は海軍であり、提督の義道の階級も高い。総司令からの指令書には従わねばならないし……第2の軍刀棲姫である夕立、その仲間であるレコンや戦艦棲姫山城、戦艦水鬼扶桑等の存在は海軍として見過ごせるモノではない。ましてや後日行われる大規模作戦は多くの深海棲艦との戦いとなる以上、前回の大規模作戦のように攻撃頻度を減らしたりわざと狙わなかったりということはできない。

 

 「……そうか……お前ら、帰るぞ」

 

 「え!? で、でも……」

 

 「雷のこととかもっと聞きたいし……」

 

 「電、暁。俺達とこいつらは敵なんだ……敵なんだよ。忠告はした。逃げるようにも言った。それでもこいつは逃げないし戦うって言ってるんだ……だったら俺達はやるしかないだろ」

 

 木曾の声には迷いは無かった。忠告はした、それこそが木曾達に出来る最大の恩返しである。この偶然の出会いという“幸運”の中で出来た、最大の。それで相手が動かないならば、それは相手が選んだこと……そこに自分達の意思は最早入らない。後は恩人とその仲間達が沈まぬように祈る他にない。

 

 そうして去っていく6人の姿を、レコンはじっと見つめる。油断しているのか、それとも信用しているのか無防備に背中を晒す彼女達……レコンから見て木曾と夕立は流石と言えるレベルだが、暁達と睦月の練度はそう高くはない。今から奇襲を掛ければ、2人以外ならば沈められる自信がある……忠告を聞くとすれば、待たずに少しでも戦力を削るというのも1つの手段ではある。

 

 「『……ヤメトクカ』」

 

 しかし、結局レコンは思うだけに留めた。折角手に入れた情報なのだ、仲間達に直ぐにでも知らせておきたい。早ければ早いほど、準備できる時間は長くなるのだから。

 

 (『イブキサン……貴女の帰る場所は、私達がしっかりとディフェンスしマース。ダカラ……早ク帰ッテコイヨナ』)

 

 

 

 

 

 

 「……木曾。あの話って、まさか……」

 

 「……俺達のせい、だろうな。クソッ、どこで聞かれた? 俺達以外居なかったハズなのに!」

 

 あれから鎮守府に帰ってきた木曾達は、その翌日の朝に義道より聞かされた内容に対して焦りと怒りが混ざったような感情に苛まれていた。恩を返したハズが、まさか恩人の首を絞めることになるとは思っていなかった。

 

 聞かされた話は、本来2週間後とされていたサーモン海域最深部への急襲……その実行日を、2週間後から1週間後とする、というモノ。指令書が来たのは2日前、猶予は5日……なぜ急に期間を短くしたのか定かではないが、木曾達は自分達がレコンに話したからだとかんがえている。何故ならば、実行日の変更が、偶然と考えるにはあまりにもタイミングが良かったからだ。

 

 「でも、夕立達にはもう何も出来ないっぽい……」

 

 「分かってる……畜生……っ」

 

 とは言え、夕立の言うように木曾達がレコン達にしてやれることはもう無い。このまま時が過ぎていくのを待ち、敵として彼女達の前に現れる他に、ない。海軍としてはそれが正しいことだと理解している……それでも、心から納得出来る訳ではないのだ。そして、納得出来ないのは木曾達だけではない。

 

 大襲撃の日以来、海軍の一部の者達……特にイブキ達によって助けられた者達、以前からイブキの人柄を知る者達は“平和の為に深海棲艦と戦い続ける現状”に疑問を抱いている。それは“本当に戦い続けていれば平和になるのか、深海棲艦と分かりあえることは出来ないのか”というモノだ。

 

 深海棲艦はどうやって生まれるのか、世界はまだ把握出来ていない。その総数も分かっていない。それでも戦い続けているのは、いつかは、やがていつかは終わるという希望を持っているからだ。しかし、先の大襲撃のせいでその希望は失われつつあった……いや、人によってはもう無くしてしまっている。

 

 ほぼ全ての鎮守府に同時に起きた大量の深海棲艦による襲撃……その総数は万を越える。今までは多くてもせいぜい4、5艦隊分で、それも一戦に付き1艦隊……というのが普通で、運が悪くとも2艦隊同時に遭遇する程度。しかし、その常識は崩れた。敵はやってくる。50年前のように唐突に、人類に絶望をもたらす。だが、中には会話出来る深海棲艦が居て、仲間を大切にする深海棲艦が居て、敵である艦娘だろうと助ける深海棲艦が居るのだ。だからきっと、戦う以外の方法で戦いを終わらせられるかもしれない……そんな曖昧で、藁にもすがるようや希望を持つ者達が居る。

 

 だからこそ、その者達の中に居る木曾達は悔しくて仕方がない。自分達のせいで、最も分かりあえそうな深海棲艦とその仲間達が逃げる時間を失った。もっと周りに気を配っていれば……そう後悔しても遅い。今回のことで結果的に木曾達は嘘をついたことになる。そのせいで深海棲艦と海軍との溝が更に深まる……それが、木曾は怖かった。

 

 (どっかで変えないといけないのに……俺達じゃ、変えられないのか……)

 

 

 

 

 

 

 「こほっ……ごめんねぇ、イブキちゃん……」

 

 「いや、いいんだ……祭さん」

 

 今、俺の目の前には布団に横たわった祭さんの姿がある。俺が助け出されてから3ヶ月と少し……俺はすっかり元のように動けるようになった。だが……代わりに、祭さんが動けなくなっていた。

 

 1ヶ月経った頃から、祭さんは風邪でもないのに咳をすることが多くなった。2ヶ月経つ頃には、実は俺は動けるようになっていたんだが……置き手紙だけして海に行こうとした時、祭さんは血を吐いて倒れた。俺は慌てて駆け寄って祭さんの名前を何度も呼んで、咄嗟に救急車を呼ぼうとしたんだが……。

 

 

 

 『ごほっ……いい、の。救急、車は……呼ばないで』

 

 『祭さん!? 何を言って……』

 

 『入院なんてしたら……こほっ、あの人に迷惑が掛かるわ……だから、いいの……』

 

 

 

 祭さんがそう言ったから、今日まで救急車を呼ぶどころか医者に行くこともしていない。だから祭さんの症状は悪化していき……数日前から、立つことすら出来なくなった。それでも何の対処もしないのは、祭さんが望んだからだ。誰にも迷惑をかけたくないからと、“あの人”に迷惑をかけたくないからと……さっき俺に謝ったのは、誰にもと言いながら俺に迷惑をかけてると思っているからなんだろう。

 

 「……元々ねえ、私はあまり永くなかったの。イブキちゃんが来る前にお医者さんに言われてねえ……よくわからないけど、肺の病気だって言われたわ。今なら治せるかも……ともねえ」

 

 「……なら、なんで……」

 

 「だって……いつあの人が帰って来るか分からないでしょう? 帰ってきた時にお帰りを言ってくれる人がいないなんて……寂しいじゃない」

 

 祭さんはそう言うが、正直に言って何十年も帰って来ていないあの人とやらの為にこうなるまで待つ必要があるのかと疑問に思う。帰ってくるどころか電話の1つもして来ないような奴の為に、と。でも、俺もそいつと変わらないのだと気付いた。夕立達のところに帰れるのに帰らず、手段がないとは言え連絡も出来ていない現状の俺……何も変わらないじゃないか。

 

 それに、祭さんの言うことも分かる。夕立が居なくなったあの日、彼女が居るつもりで呟いた“ただいま”……“お帰り”の一言がないことが、酷く悲しかった。その時感じた寂しさは、今でも忘れられない。

 

 「……それで取り返しのつかないところまできて、2度と言葉を交わせなくなるなら同じじゃないか」

 

 「そうねえ……ごほっ……それでもやっぱり、待ってあげたかった……前みたいにお帰りと言って出迎えてあげたかった……最期に一目くらい、あの人をこの目で見たかった……吹雪ちゃんと、曙ちゃんの声と一緒に聞こえてくる“ただいま”が……聴きたかった……」

 

 「……なら……なら、生きないとダメだろ!! 見たかったとか、聴きたかったとかじゃなくて!! 見て、聴くまで生きなきゃいけないだろ!!」

 

 この世界に来て、初めてこの身体で俺の謎変換されていない言葉を言えた気がした。俺は言葉と共に祭さんの手を両手で包み込むように握り締める……その手にはもう力なんて入っていなくて、俺の世話をしてくれていた時に感じてた温かさも無くて……気がつけば、俺は泣いていた。たったの3ヶ月……その間に、祭さんは俺に日常をくれた。愛情をくれた。そんな彼女の命が今、消えようとしている。

 

 だけど、俺にはどうすることも出来ない。この身体は自力で癒えることはあっても、誰かを治すことなんて出来はしない。祭さんの横たわる姿が、レ級が沈んだ時とダブる。あの時もまた、俺は自分の無力感を感じていた……この身体は、戦うことしか出来ないんだと。命を救い出すことなんて出来はしないんだと。

 

 「そうねえ……生きなきゃねえ……あの人が帰って来るまで……善蔵さん、に……また、会いたぃ……」

 

 「っ……く……っ!」

 

 そう言って、祭さんは目を閉じた。その顔には生気が感じられず、胸は上下していない。初めて人間を斬り殺した時、俺は特に感じることはなかった。なのに……同じ人間である祭さんの死んだような姿を見るだけで、こんなにも苦しい。声は出ないのに……涙ばかり出る。それだけ祭さんは、祭さんと過ごした3ヶ月程の時間は、俺にとって大事な人だった。大事なモノだった。その大事なモノが、手から零れ落ちた。そして……取り戻すことは叶わない。

 

 「イブキさん。大丈夫ですかー?」

 

 「……大丈夫。今更、誰かの死で動けなくなるほど柔じゃない」

 

 なんて、涙声で言ったところで説得力はないだろうけど。レ級の時も、夕立の時も……俺は立って歩けた。前に進めた。なら、祭さんの時でも……俺は動ける。それに……祭さんが死んだということは、俺がこの家に留まる必要も無くなったということになる。

 

 「帰ろう。俺達の居場所に……皆もきっと、心配している」

 

 夕立達と別れてから3ヶ月も経ってしまっているんだ、皆心配しているか、探しているか……死んだと思っているか。安心させる為にも、最速で帰る必要がある。俺自身、皆と会いたい。1分1秒でも早く。

 

 俺は艤装である“4本の軍刀”と鞘を固定するベルト等を取り付け、この家にある電話……黒電話である……で警察と救急車に家の住所を伝えて来るように連絡を入れてから家を出る。その際、俺は祭さんが居る部屋の方に振り返り……言えなかった言葉を呟いた。

 

 「今日までありがとう、祭さん……行ってきます」

 

 

 

 ━ 行ってらっしゃい……イブキちゃん ━

 

 

 

 幻聴かもしれない。だが、俺は確かにその言葉を聴いた……祭さんの声で。また泣きそうになる。家に引き返しそうになる。でも、行ってらっしゃいと言われたからには、行かないといけないだろう。

 

 そして俺は、海に向かって走り出した。仲間と再会する為に、全速力で。だが、山城の拠点に向かっている間に仲間達に危険が迫っていることを……俺は知らなかった。




という訳で、早すぎる渡部 祭さんの退場です。イブキは艦娘売買の犯罪者しかこの世界で人間と出会っていなかった分、祭さんにはイブキに日常と愛情を与えてくれる唯一の人間となって貰いました。次回からは、(1回山城負けてるので)第二次サーモン海域最深部、(1回山城負けてるので攻略ではなく)掃討作戦編となります。また大規模な戦闘だよ(疲



今回のおさらい

善蔵、大規模作戦発令。全ては願い成就の為に。夕立、捜索中。全てはイブキの為に。レコン、木曾達から作戦のことを聞く。全ては帰る場所を守る為に。祭、眠る。全ては“あの人”の為に。イブキ、海に出る。全ては仲間の為に。

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