どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

FGOではプリヤコラボの真っ最中ですね。イリヤ可愛いよイリヤ……10連は見事に爆死しました(白目)。小5に(どこがとは言わないが)負けてるエレナさんマジ魔法導師。


その命令には従えそうにありません

 サーモン海域最深部急襲作戦当日。第一艦隊のメンバーである長門達の出撃を見届けた後、渡部 義道は執務室へと向かった。その道中、彼は改めて本作戦のことを考える。

 

 (サーモン海域最深部急襲作戦……内容自体は軍刀棲姫討伐作戦の時とあまり変わらない。総司令である渡部 善蔵が総指揮を取り、第2の軍刀棲姫、及び戦艦棲姫を討伐し、サーモン海域最深部から深海棲艦を掃討する……違うのは、今回は将官だけでなくある程度の戦果を納めている佐官も参加することになっていることと、出撃させる艦隊が各々の第一艦隊だけということ)

 

 軍刀棲姫討伐作戦の時、海軍は少将以上の将官及び総司令である元帥総勢11名がそれぞれ第一、第二艦隊を出撃させ、総戦力132隻という軍団で挑んだ。しかし、今回は違う。大襲撃の際に殉職した将官を補充出来ていない為なのか、ある程度の戦果を納めているとの条件があるとは言え佐官も参加している。そして大襲撃のことも踏まえてだろう、作戦に参加する艦隊は第一艦隊のみである。

 

 義道としては、今回の作戦は反対だった。討伐対象筆頭となっている第2の軍刀棲姫と戦艦棲姫……前者は以前の軍刀棲姫の行動、噂と被っているモノがある。対応次第では被害を最小限に出来るだろうし、出現海域もサーモン海域周辺だと分かっているのだから、余程のことがなければ近付かなければいいだけのことなのだ。後者に至っては……正直に言って、義道には意味が分からない。と言うのも、軍刀棲姫討伐作戦以降サーモン海域最深部で、それ以外の場所でも戦艦棲姫を見たなどという報告は出回っていないのだ。義道からしてみれば、それは善蔵が勝手に言い出していることなのである。

 

 (仮にだ……仮に戦艦棲姫が本当に居たとして、お爺ちゃ……総司令がそれを知っているのは何故だ?)

 

 義道は祖父である善蔵が自分の父である渡部 善導の事件の真実を知っている……或いは、善導を殺した犯人ではないかと疑っていた。その疑惑は彼の元第一艦隊のメンバーである不知火との接触でより深くなり、現在まで不知火からの連絡が一切ないことから確信するに至っている。そして、善蔵は他にも何か後ろ暗いことをしているのではないかとも邪推していた。

 

 そう考えれば、善蔵が自分達では知り得ない何かを知っていると言うのも不思議ではない。が、それをどうやって知り得ているかは疑問に思う。思えば、軍刀棲姫の拠点である島を発見したのも善蔵であった。その後作戦を決行して撤退することになった後に出逢った駆逐棲姫も、善蔵の部下である大淀が最近見つかったと説明していた……が、その時点では駆逐棲姫の存在は誰も知らなかった。つまり、あの時点では知っていたのは善蔵達だけだと言うことだ。

 

 あまりに異常、そうとしか言えない情報網。それが余計に義道に善蔵という人間を怪しく見せる。しかし、怪しいだけで何の証拠も確証も得られていないのが現状……ただただ時間は過ぎていくばかりだ。

 

 (最初は大本営から配属される任務娘や間宮等の艦娘がそれぞれの鎮守府の情報をリークしていたのかと思っていたが……それだと駆逐棲姫を知っていたことと繋がらない。まさか深海棲艦の所に艦娘を配属させている訳でも……)

 

 そこまで考えて、流石にそれはないだろうと義道は首を振る。何せその考えは、海軍総司令と敵が繋がっているということになるのだから。そんなことが事実ならば笑い話にもなりはしない。それに、仮に本当に善蔵と深海棲艦が繋がっているというのなら、平和から遠ざかるように戦いを続ける理由はなんなのか。理由なら、権力や金銭、もしくはただ戦いたい等幾らでも挙げられるだろうが……義道にはどれもピンと来なかった。

 

 それもそのハズ。義道と善蔵は祖父と孫という関係だが、実際に顔を合わせたことは皆無に等しい。少なくとも、義道は家族や親戚が集まる場で善蔵と顔を合わせたことなどない。しかし、祖母……渡部 祭と会う度に、善蔵とはどういう人物なのかを聞かされた。

 

 

 

 ━ 貴方のお爺ちゃんはねえ、昔はそれはそれはかっこよかったのよ。勉強も運動も出来て、国と国民を守りたいって夢を持っていて……今、その夢を叶えている最中なの。貴方の大好きなヒーローみたいに、皆のことを守ってくれているのよ ━

 

 

 

 それが、祭から聞いた善蔵という人間。祭と善蔵は彼女曰く小学校の頃からの同級生らしく、勉強も運動も出来る彼は人気者だったという。その能力を、彼は歳を重ねる毎に高めてきた。実際、善蔵が総司令となる前の記録にも残っていて、訓練生の頃から文武両道を行っていた。座学も実技もトップクラスであり、人望も厚く、上からの期待も大きく、その期待に応え続けてきたのだ。そんな話を聞く度に、義道もまたテレビで見るアニメや特撮のヒーローのような身内が居ることが自慢だった。思えば、この祭の言葉こそが義道が海軍に入る切っ掛けだったのだろう。因みにその後、義道は祭から毎回のように延々とノロケ話を聞かされる羽目になった。

 

 しかし、そんな話を聞かされ、調べていたが故に、深海棲艦と繋がっている場合の戦う理由が浮かばない。だからこそ、どれだけ善蔵を疑っても“それはない”と言うことが出来るのだが……それはつまり、義道は善蔵を心の底から疑うことは出来ていないのだ。疑ってはいる……だが、本当はしていないのでは? という希望を、本人も知らないくらいの心の奥に持ってしまっている。

 

 (……いや、この際理由は置いておく。問題は艦娘……いや、スパイを深海棲艦側に忍ばせることは可能かどうか……)

 

 そうしてまた考え込む義道。結論から言えば、可能だろう。何せ繋がっているのだから、深海棲艦が拒む理由はない。だが、繋がっていない場合ならどうか? 不可能ではないが、難しいだろう。深海棲艦の拠点を見つけた、という記録は存在する。だがその全ては海中にある為潜水艦しか辿り着けず、辿り着いて潜入した所で中を把握出来ているハズもないし、姿形も違うのだ。速攻でバレる。

 

 「(……やっぱり俺の思い過ごしか? 情報を持っていたのも、やはり俺には理解出来ない、知り得ない情報網があるから?)……ごふっ!?」

 

 「はわっ!? し、司令官さん!? ご……ごめんなさいなのです!」

 

 そんな風に考え事をしながら執務室に向かって歩いていたのがいけなかったのだろう、義道は曲がり角を曲がる時に注意をすることもなく、誰かとぶつかってしまった。その相手との身長差のせいか、義道の腹にズンッ! と頭が突き刺さった。

 

 思わず腹部を押さえて片膝を着き、込み上げてくる何かをぶちまけないように耐える義道。顔を上げてぶつかって相手を見ると、それは電だった。なるほど、これが深雪の感じた痛みか……と1人納得していると、電もぶつかった相手が誰なのか気付いたのだろう、顔を羞恥からか真っ赤にして頭を下げて謝る。

 

 「い、いや……うぷっ……気にしないでくれ。考え事をしていた俺も悪かった」

 

 「は、はいなのです」

 

 「ぅ……よし、落ち着いた。ところで電、どうしてここに? 長門達作戦参加組以外は部屋で待機しておくように言ったハズだが……」

 

 「ごめんなさい……でも……電達のせいであの金剛さんと雷ちゃん達が……そう思うと、じっとしていられなくて……」

 

 「それで?」

 

 「その……司令官さんに何か出来ることがないか聞きに行こうとして……でも執務室には居なかったから……」

 

 義道を探そうと走り出し、すぐ近くの曲がり角でごっつんこ……と言うには重い音がしたが……してしまったという訳である。話を聞いて、義道はふむと声を漏らす。それは電に出来ることなど待機しておくこと以外には特にないから……というのもあるが、それだけではない。先日の電達……“あの金剛”ことレコンと接触した時のことを思い返していたからだ。

 

 レコンは天龍、若葉、五月雨の仇であり、雷は元々義道の鎮守府に所属しており、軍刀棲姫の拠点に攻め込んだ時に見棄てる形で別れ……そして大襲撃の時に鎮守府の援軍として現れた。その内のレコンと木曾達は1週間前に接触し、今回の作戦を伝えている。その事は義道も報告を受けたし、それが切っ掛けで作戦開始日時が早まったと聞いている。勿論、大本営……善蔵は日時が早まった理由を“敵側に作戦がバレた可能性がある為、作戦決行を早める”としている。そこまで思い返して、改めて義道は思うのだ……善蔵の情報網は可笑しいと。何せ、その指令が来たのは……木曾達が帰ってくる前なのだから。しかも接触した時刻とそこから帰ってくるまでの時間を考えれば、接触した時点で善蔵にバレていたことになる。幾らなんでも異常だろう。無論、木曾達とレコン以外に深海棲艦も艦娘も居なかった。

 

 (気付けないくらい遠くから見られていた? いや、仮にそうだとして、それだけで作戦がバレたと考えるのは早計過ぎはしないか? いや、可能性なのだから無くはないのだろうけれど……何か引っ掛かるな)

 

 「司令官、さん……やっぱり怒ってますか?」

 

 「……ああ、いや。そうじゃないんだ」

 

 何かを見落としている……義道はそんな気がしてならない。その何かが謎を解く鍵となると直感するが、思い付く様子はない。喉元まできているのに……という苛立ちが顔に出てしまったのか電が怯えた表情で聞いてきた為、義道は一旦考えることを止める。

 

 「で、何か出来ることがないか、だったね」

 

 「はい、なのです」

 

 「はっきり言って、待機しておくこと以外には特にない……それでも何かしたいなら、自分達の艤装の点検をしておいたらどうかな? もしかしたら援軍を出すことになるかも知れないし」

 

 「……わかったのです」

 

 義道の言葉に、電は少し暗い表情で苦笑いしてそう言った後、トボトボと彼の前から去っていった。その後ろ姿に心苦しくなるが、義道としてはどうしようもない。秘書艦として置こうにも任せる仕事は今のところないし、掃除や炊事等もやるべき人がやっている。正直に言えば艤装の点検も妖精がやってくれるので、わざわざ艦娘がやる必要もない。勿論、自分の物は自分でという考えで自ら点検する艦娘も居るが。

 

 因みに、仮に援軍を要請されたとしても実力的に電を出すことはないだろう。彼女は義道の鎮守府では姉妹と共に主に遠征要因として海に出ることが多いため、練度はあまり高くないのだ。それを理解しているからこそ、電は暗い表情をしていたのだろうが。

 

 

 

 「……あっ!」

 

 

 

 そこで、義道は気付いた。気付けなかった“何か”に。

 

 (もしそうならば……どうしようもないじゃないか!! この推測が正しいなら、情報という点で善蔵に勝てる者なんて誰一人いなくなる! それに……)

 

 推測、と思いつつも義道は半ば確信していた。義道の気付いた“何か”が事実ならば、善蔵の異常な情報網の説明がつくのだ。同時に、その“何か”が深海棲艦の情報すら知ることが出来るというのなら。

 

 (世界は善蔵が掌握しているも同然……本当に戦いを終わらせる気があるなら、とっくに終わらせていてもいい……そうなっていないのだから、終わらせる気なんてないんだろうな。クソッ!)

 

 思わず、というように義道は近くの壁を殴り付ける。それによって感じる鈍い痛みに幾らか冷静さを取り戻し、焦ったように周りを見回す。“何か”が予想通りなら“どこに居ていてもおかしくない”し、“分からなくても無理はない”のだから。

 

 (どうすればいい……どうすれば……)

 

 例え予想が外れていたとしても、“そうだ”と思ってしまった義道はもう疑心暗鬼によって迂闊に動けないし、喋られない。下手を打てば、自分は不知火が言っていたように、父親である善導と同じように暗殺されるかもしれないのだから。

 

 結論として、義道は動けない。ともすれば気付く前よりもずっと。部下の艦娘にも、他の提督にも、誰にも言えない。まるで童話の王様の秘密を知ってしまい、誰にも言えないまま寝込んでしまった一般人のように、胸の内にしまい続ける他にない。結局義道に出来るのは、気付く前のように日々を過ごすことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 『そうか……中々尻尾を出さんなぁ』

 

 「すみません……二条提督」

 

 大本営の敷地内にある艦娘専用の寮……そこに与えられた個室にてパソコンを通じてとある人物と連絡を取っているのは、矢矧。その画面に映っているのは、所謂瓶底眼鏡と呼ばれるモノを掛けている、頭頂部に無く側面にのみ白い髪がある、カイゼル髭と呼ばれる髭を生やした老人。名を“二条 源次(にじょう げんじ)”……3人居る大将の内の1人であり、善蔵と同期であり、彼と同じく生涯現役を行く海軍の英傑の1人である。そして、矢矧の元……否、本来の提督だった。

 

 矢矧は元々、源次の部下である。それが何故善蔵の元に居るのかと言えば、テキトーに理由をでっち上げて異動してきたからである。その理由は……善蔵を近い所から調べる為だ。

 

 『いやいや、矢矧ちゃんのせいじゃない。あいつのガードが固いだけじゃ……とは言え、ちと固すぎるな……まるで矢矧の行動がバレているかのようじゃ』

 

 「っ!? ……それは……提督にも何か悪影響が?」

 

 『ああ、心配しなくても儂のところにはなーんも来きとりゃせんよ。バレとらんのか、見逃されとるのかは微妙なところじゃがなぁ』

 

 はっはっは、と楽しげに笑う源次だが矢矧は申し訳ない気持ちで一杯だった。スパイとして潜り込んで10年近い時を過ごしたが、これと言って収穫はない。以前不知火が逃げた日、不知火と善蔵のやり取りを窓の外の壁に蜘蛛のように張り付いて盗み聞きした際に善導の事件が善蔵によって引き起こされ、それが“世界の真実”とやらのせいだということを知ったが、それだけだ。情報としては価値が高いが、その情報を活用する術を、今の矢矧と源次は持っていないのだから。

 

 『さて、矢矧……まだ掴めんのか?』

 

 「……はい……」

 

 源次の問いに、矢矧はがっくりと肩を落としながら答える。まだ掴めない……それは、矢矧を異動させてまで善蔵から得たかった情報のこと。源次が最も欲しがっていること。それは……。

 

 

 

 ━ 善蔵が変わってしまった原因 ━

 

 

 

 善蔵と同期であった源次だからこそはっきりと断言出来る……過去の善蔵、正確には艦娘や深海棲艦が現れる前と後では、善蔵はまるで違うと。

 

 まだ学生だった頃、源次から見て善蔵は完璧超人だった。文武両道を体現する運動神経と頭脳を持ち、他者を寄せ付けない成績は生徒達の憧れだったし、源次もその中の1人だった。将棋や囲碁などのゲームでも1度として勝てなかったし、テストも点数を大きく下回ることはあっても上回ることなどなかった。自信満々、されど驕らず……それは海軍として働くようになってからも変わらず、善蔵が総司令となった時も源次は准将になったばかりだった。それでも、羨望こそしても嫉妬することはなかった……善蔵は人柄も良く、カリスマ性も持っていたから負の感情を向けられにくかったのだ。

 

 だが、源次は深海棲艦と艦娘が現れてから善蔵がどこか変わってしまったように感じるようになった。とは言っても、その時はまだ違和感を感じる程度。階級の違いもあって早々顔を合わせることもないので、違和感は直ぐに記憶の片隅に追いやられた。が、源次が明確に違うと感じたのは艦娘達が現れてからおよそ5年経った頃……善蔵の第一、第二艦隊の艦娘が轟沈したという噂が流れてからのこと。無論、しばらくしてから噂ではなく事実だと発覚したが。

 

 (奴は決して艦娘達を無下にはしなかった。考える作戦も被害を可能な限り抑えるようにしていた……じゃが、今のあいつはどうじゃ。新種の姫相手に過剰なまでに戦力を集中させるわ、長年の戦友足る艦娘諸とも沈めるわ……手段を選ばないとしても選らばなさ過ぎる)

 

 他の提督達と比べて善蔵に最も近い位置にいる源次。それも善蔵が海軍の縮小に対して苦悩していたことを知る程に……それ故に善蔵が別人のようになってしまったことに、感じていた違和感の正体に気付けた。過去の善蔵と今の善蔵では、考え方がまるで別人なのだ。海軍を、部下達を、国を、国民を守ろうとしていた善蔵……それが今では、と源次は溜め息を吐く。

 

 別人のようになってしまった明確な原因を知ること……たかがそれだけの為にと言ってしまえるような理由で、源次は矢矧を異動させたのだ。何せ善蔵は海軍のトップ、その心変わりの弊害がいつ下の者達に降り掛かるか分かったものではない。現に、友好関係を結べたかもしれない軍刀棲姫を自身の艦娘諸とも沈めたことで“第二の軍刀棲姫”なる艦娘とも深海棲艦とも知れない相手から被害が出ているし、海軍の一部の者は源次のように不信感を抱いている。その相手を討伐する為の大規模作戦に、源次も仕方なしとは言え参加しているのだが。

 

 『……10年か……ここらが引き際なのかも知れんな……』

 

 「っ!? それは……」

 

 源次が言った言葉に、矢矧が泣きそうな顔をする。ここらが引き際……つまり、このまま矢矧が探っても何も得られないから探すことを止める、或いは源次の元に戻るということだ。第一艦隊に所属していたならまだしも矢矧は既に除外されている。多少の手続きと時間は必要だろうが、決して不可能ではないだろう。しかしそれは、事実上の作戦失敗……矢矧からしてみれば、提督の期待を裏切り続けた末に、収穫もないまま無様に帰ることになる。

 

 『長過ぎたくらいじゃ……儂も耄碌したらしい。別人のようになってしまった原因を探る為とは言え、お前をある意味で戦場以上に危険な場所に送り込んでしまったんじゃからな……今更、本当に今更じゃが……もういい。良く頑張ってくれた。だから……もう、探る必要はない』

 

 ギリィッ! と矢矧は強く歯を噛み締める。源次の言葉に苛立った訳ではない、源次に優しげな、しかしどこか悲しげな表情でそう言わせてしまう程に何の成果も得られなかった自分自身に腹が立っているのだ。

 

 矢矧は元々源次のところの艦娘……それも第一艦隊の一員だった。その最高戦力の1人を削ってまで行った潜入任務なのにも関わらず、ただただ無為に時間を過ごしてしまっていた自分に。

 

 

 

 ━ 儂としてもお前という戦力を手放すのは痛い。じゃが、それでも……頼む。お前以外に適任はおらんのじゃ ━

 

 

 

 そう言って送り出されたのに、と矢矧は自分で自分を無能と内心罵る。このまま終わっていいのか? 源次にあんな表情をさせてしまったままでいいのか? そう自問自答し……否と答えを出す。それが己の私情、意地でしかないと分かっていても、そのまま終わりたくはなかった。

 

 「……申し訳ありません。報告を終わります」

 

 『ああ……早まるんじゃないぞ、矢矧』

 

 「……すみません、提督。その命令には従えそうもありません」

 

 源次の顔が消えたパソコンを見ながら、矢矧は苦笑しながらそう呟いた。これ以上何もしなくていい……そう言われても、矢矧は止まれそうもないのだから。提督の期待に応えたい、提督に朗報を伝えたい、提督に勝利を捧げたい……そんな、艦娘ならば誰しもが持っていて不思議ではない感情が、矢矧に何もしないという選択肢を奪うのだ。

 

 (とは言え、今更直ぐに成果を出せる訳がないし……やっぱり資料室や総司令室、総司令の自室を改めて調べるしかないか……ん?)

 

 もう何度も何度も繰り返し調べたのだけど……と溜め息を吐きながら部屋を出ると、矢矧の目に廊下の窓……矢矧の部屋は2階にある……から見える大本営の建物の1階の窓に善蔵の姿が見えた。大本営は上から見ると“回”の字を描くようになっている2階建ての建物であり、総司令室も作戦指令室も2階にある。大規模作戦の為に艦娘達が出撃している今、善蔵が1階に足を運ぶのはおかしい。無論、絶対に有り得ない訳ではないが。

 

 (……追い掛けてみますか)

 

 だが、どうにも気になった矢矧は窓を開け、時間が惜しいとばかりにそこから飛び降りる。艦娘の高い身体能力のお陰で2階程度の高さでも問題なく着地し、矢矧はそのまま善蔵から見えないように建物に近付き、彼から少し離れた場所の窓を開いて中に入り、付かず離れずの距離を維持してその背を追い掛ける。10年もこそこそとしていたせいだろうか、その動きは足音1つ立てることがない程に洗練されていた。成果こそ得られなかったが、無駄ではなかったらしい。

 

 そうして追い掛けていると、善蔵はとある部屋へと入って行った。それは、以前不知火も入ったことのある重要物保管庫とネームプレートに書かれた部屋だった。なぜこんな時に? と疑問に思いつつも、矢矧は部屋に入ることはなく、扉に耳を当てて中の音を聴く。何やらガタガタと音がしているが、それは数十秒程で収まる。そこから5分ほど何の音も聞こえなくなったところで、矢矧は静かに扉を開けて部屋の中へと入った。

 

 (……っ!? 居ない!?)

 

 部屋の電気は点いておらず、窓も無いために中は薄暗い。部屋は中々に広く、重要書類を入れる本棚に深海棲艦の艤装等の一部を保管してあるクリアケース……見方を変えれば、さながら博物館のように見えてくるだろう。だが、その部屋をくまなく探してみるが善蔵の姿がどこにもなかった。出入り口は矢矧も通ったあの扉だけでたり、隠れられるような場所もない。というより、善蔵もこの部屋にいるならば、その呼吸する音や足音、服が擦れる音など聞こえていても可笑しくはない。なのに、それらの音は矢矧の耳に入らない。ドアから出た……ならばガチャッという音が聞こえてくるハズ。だが、そんな音はしなかった。

 

 (ベタのことを考えるなら……隠し部屋かしらね)

 

 1つしか出入り口がない部屋、確実に中に入ったのに居ない善蔵。これがファンタジーな世界の話なら魔法だの超能力だのと言えるが、そんなものはこの世界には無い。ならば他の可能性として隠し部屋、隠し扉などがあると矢矧は考えた。なので彼女は床、壁を注意しながら叩いたり不自然や継ぎ目がないかを調べる。

 

 程なくして、それらしきモノは見つかった。部屋の奥、書類を閉まってある本棚と本棚の間にある人1人分程度の広さの壁。唯一その壁だけが、本棚等で隠れていない壁であり……それが矢矧には怪しく見えたのだ。

 

 (こういう場合のお約束は……本棚の本を弄ると本棚がずれるとか……後はこの壁自体が……っと、ビンゴ)

 

 矢矧がその壁に手を当てて強く押すと、壁が僅かに奥へと凹んで横にスライドし、地下へと続く階段が現れた。まるでRPGの世界に入り込んだかのような光景に不謹慎にもワクワクとした胸の高鳴りを覚えつつ、矢矧は音を立てずに階段を降りていく。

 

 そして辿り着いた場所で見たモノに……矢矧が声が出ないほどに驚愕し、唖然とする。そして同時に、恐怖が襲い掛かってきた。

 

 (な……え……ん、で? なんで!? え、だって、さっきまで!!)

 

 1階分程度の階段を降りた先にあったのは、そう広くはない正方形の部屋。部屋の中央にある緑色のクリアな液体が入った大きなガラス瓶のような2つの機械……その中に浮いている、2つの然程大きくはない黒い影。その機械の間、その奥にある壁にボロボロの状態で鎖に繋がれている“右腕の無い将校らしき人間”。

 

 

 

 (なんで……総司令がこんな!?)

 

 

 

 さっきまで後を追っていたハズの善蔵の姿がそこにあった。余りに理解不能なその光景に、矢矧は取り乱す。大襲撃の日から今日まで、矢矧は善蔵が生きて動いていることを確認しているし、さっきまで後を追っていた。だが、目の前の善蔵はさっきまでの善蔵とはまるで違う。右腕がないこともそうだが、生きているのかどうか分からない。死体だと言われれば信じてしまうだろう。

 

 また、部屋の中央に2つある機械も異様だ。まるでメロンソーダのような緑色のクリアな液体の中に浮かんでいる“然程大きくはない黒い影”……よく見てみれば、それは両手足の無い人間の身体のようにも見え、片方の影の頭部には角のようなモノが生えている気がする。

 

 「まさか……これ、深海棲艦!?」

 

 

 

 「その通り」

 

 

 

 「っ!? え? は? ……もう、訳分かんない……っ!」

 

 背後から聞こえた声に素早く反応した矢矧は即座に振り返り、少し後ろへと跳んで距離を離す……そして声の主の姿を見ると、困惑と苛立ちの声を漏らした。何故ならその声の主は……。

 

 「お前には待機を命じていたハズなんだがな……何故ここにいる? ……矢矧」

 

 今の矢矧の背後で鎖に繋がれているハズの善蔵だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 サーモン海域最深部、その海底にある拠点の自室にて、嫌な予感を戦艦棲姫山城は感じていた。根拠も何もない、何となくそんな気がするという曖昧なモノだが、山城は確実に何かが起きると確信する。何せその感覚は、イブキと出会う以前に海軍に攻め込まれ、敗北した日にも感じていたモノだからだ。

 

 今、山城の拠点では全員が一丸となってレコンの得た情報、海軍が攻めてくるという日に備えていた。と言ってもやることは限られている。資材を貯め、見回りをさせ、どこにも所属していない深海棲艦を仲間に引き入れて戦力を強化するくらいだ。

 

 「山城? 考え込んでいるみたいだけれど、何かあったの?」

 

 「姉様……いえ、なんというかこう……嫌な予感がして」

 

 同室である戦艦水鬼扶桑に聞かれ、山城はそう答える。何かあった訳ではない。来るべき襲撃の日の為の準備はスムーズに行われている。1週間前に倒れた夕立も万全とは言えないが、少なくとも身体は問題なくなっている。問題があるとすれば戦力。夕立や時雨等を除けば、山城の部下達は以前の敗北から生き残った者達に引き入れた者達を加えても3桁に僅かに届かない……が、もう2日もあれば3桁を越え、襲撃予定日である1週間後には200に届きうる可能性もあるだろう。

 

 しかし、山城はどうにも言葉にしづらい不安があった。何かを見落としているような、忘れているような。こういう嫌な予感というモノは物語の中では大体当たる。特に、不幸戦艦等と呼ばれていた山城にとっては馴染み深い感覚とすら言えた。

 

 「嫌な予感、ねえ……つまり、私達にとって何かしら不幸なことが起こるということね」

 

 「はい……その不幸の正体は分かりませんけど……」

 

 「そうね。だけど、訪れる不幸は大体決まっているモノよ。例えば、準備が間に合わない。仲間が集まらない。仲間が沈んでしまう。私達の艤装に不備が出る。後は……」

 

 「大変デス姫様!」

 

 扶桑が言葉を更に重ねようとした時、タ級が慌てた様子で扉を開けて部屋に入ってくる。普段ならばノックをして入ってくる彼女だが、今回に限ってはその僅かな時間も惜しいらしい。そしてその慌てた様子を見たことで、山城は自分の嫌な予感が的中したことを悟る。

 

 「……後は……そうね」

 

 

 

 ━ 襲撃が早まる、とかね ━

 

 

 

 

 

 

 「……参ったな、まだ万全とは言えないのに」

 

 「木曾さん達が嘘の情報を言うハズがない……ということは多分、レコンさんとの接触を見られたか会話を聞かれたみたいね」

 

 「『迂闊ダッタナ……とは言え、そんなことを言ってる場合じゃないデース』」

 

 見回りに出ていた時雨、雷、レコンの3人の双眼鏡越しの目に映るのは多くの艦娘達。時雨と雷の見知った顔も居るし、レコンにも見覚えのある木曾や長門の姿もある。大襲撃時の深海棲艦と比べればその数には雲泥の差があるが、それでも十二分に大軍と呼べるだろう。

 

 元帥を含めた准将以上の提督と大襲撃時に活躍、生き残った佐官提督達……総勢32名。その第一艦隊を集結させた新たなる海軍の最強連合艦隊……総数、192人の大軍団。その中にはイブキと面識のある球磨達、摩耶達、長門達に加え、時雨と夕立の元同僚である白露達の姿もある。

 

 今回の山城達への海軍の襲撃と海軍側が味わった深海棲艦の大襲撃との違いは、強化艤装の有無と連携だろう。相手の士気は一部を除いて決して高くはない。それは時雨達から見た艦娘達の表情を見れば分かる。だが士気が高くないからと言ってその歴戦と呼ぶに相応しい練度が下がる訳ではないし、海軍という立場にある以上手心を加えてくれる保証もない。それに相手は深海棲艦と違って縦横無尽に動き回れるのだ、やりにくさは遥かに上である。

 

 「どれくらいで開戦すると思う?」

 

 「……30分もないと思うわ。超低速の艦娘に航行速度を合わせてるみたいだけど、かなり近付いてきてるし」

 

 「『その30ミニッツもないタイムで準備を終わらせられますかネ?』」

 

 「無理だろうね」

 

 レコンの疑問を、時雨は切って捨てる。だが、レコンも雷もそれは時雨の言いたいことは分かっているのか特に気分を害した様子はない。

 

 彼女達にとっての準備の“完了”とは、迎え撃つ為の戦力を集めきり、尚且つ海軍に対抗できるようにすることだ。しかし、30分程度で戦力を集めきることなど到底出来はしない。ましてや相手は最強の連合艦隊、エリートやフラグシップ以上の深海棲艦でもない限り対抗できないだろう。只でさえ強化艤装のせいで機動力に差があるのだから。

 

 そして、更なる問題がある。それは、只でさえ足りていない戦力を資材集め、戦力集めの為に割いているので現在拠点にある戦力は更に少ないということだ。それに加え、最高戦力の1人である夕立もイブキの捜索から帰ってきたばかりで補給、入渠している。タイミングの悪い……と時雨は内心で舌を打った。

 

 「それでも……やらないといけない」

 

 「うん」

 

 「『アア、ソウダナ』」

 

 3人は最後に短く言葉を交わし、反転して拠点へと戻る。逃走ではない。どれだけレコンが異常な腕力と堅牢な身体をしていてイブキのいーちゃん軍刀を持っていても、どれだけ雷が経験を積んでいても、時雨が強化艤装を持っていても、たった3人しかいないのでは戦いにすらなりはしないのだから。故に、少しでも戦いをする為に拠点近くまで戻り、自分達を含めた少ない戦力を集める必要があった。

 

 「こちら時雨。海軍の連合艦隊を発見したよ……30分もしない内に、拠点付近に来るだろうね」

 

 『……やっぱり、ね。分かったわ。外に行ってる部下達には帰還するように連絡するし、中にいる戦力は私達も含めて出ておくわ』

 

 「うん、お願いするね、山城……夕立は、どうかな?」

 

 『補給はもう終わってるし、入渠も40分程で終わる予定よ……時雨の言った通りなら、最初の10分は出られないわ』

 

 戻る最中、時雨は艤装の通信機を通じて山城へと連絡を入れる。イブキがまだ拠点に居た時、イブキの軍刀妖精達が通信機の周波数を弄り、山城達と繋げられるようにしていたのだ。勿論、イブキとも繋がる……が、今は繋がらない。何故なら、通信機の機能を持っているのがごーちゃん軍刀だけであり、ごーちゃん軍刀は夕立に預けられていたからだ。

 

 それはさておき、伝えるべきことは伝えた。後は戻るだけ……だが、3人の後方から聞きなれた音が聞こえた。その音の原因を見る為に首だけを後ろに……上空へと向ける。そこに居たのは……艦載機だった。その数、6機。恐らくは3人の姿を捉えているだろう。

 

 (ただの偵察か、それとも先制攻撃なのか……ともあれ、見逃す訳にはいかないね)

 

 「落とすよ。雷、お願い」

 

 「任せなさい!」

 

 時雨の言葉に頷き、雷は進みながら背中の艤装の砲身を動かして艦載機に照準を合わせ、てーっ!! という叫びとドォン!! という音を何度も轟かせて放つ。結果は全機撃墜。イブキを探していたからと言って訓練をサボるようなことをしなかった彼女は、艦娘としてはかなり上位の強さを誇るようになっている為、艦載機を落とすことなど容易い。そうして撃墜を見届けた後、3人は更に速度を上げて離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……不味いな」

 

 祭さんの家を飛び出した後に海に出た俺だったが、しばらく進んだところで立ち止まり、そう呟く。勿論何か喰った訳じゃない、状況的に不味いのだ。簡単に言えば……迷子になった。

 

 そもそも、俺は海図とか見ても分からないし見たこともない。今までだって航行する時は何となく進んでたし、何か目的地があっても知ってる子達に着いて行っていただけなのだ。俺には土地勘なんてありはしない。サーモン海域最深部という場所の名前は分かっているが、肝心のそこまでの道程が分からない。方角すら分からない。そもそもここはどの辺の海域なのかも分からない。

 

 艦娘に聞くか? ……保留だな。今のところ出会ってないし、聞いても教えてくれるか分からんし。深海棲艦は人型なら何とかなりそうだが……これも保留だな。人間は論外だろう。どうにかしてどちらかに出逢い、正確な航路を教えてもらう、もしくは吐かせる必要がある……早く皆に会いたいのに。

 

 「あっ」

 

 「ん?」

 

 いっそのこと適当に進むか……と考えた時、右側からそんな声が聞こえた。反射的にそちらへと顔を向けると、そこに居たのはどこか見覚えのある桃色の髪の少女……前世においてはYAGGY(やっと、会えた、ご指導、ご鞭撻、よろしゅうな)の1人である艦娘、ぬいぬいこと不知火だった。

 

 「……丁度いいな」

 

 「……えっ?」

 

 俺の言葉が聞こえたのか、不知火が小さく声を漏らす。俺は彼女にゆっくりと近付き……無表情なのに妙に汗をかいている彼女が少し心配になったが……彼女が逃げ出す前にその両肩を掴んだ。その瞬間はっきりと分かるレベルでビクッとされたので少し傷付いたが……この際それは置いておく。俺には聞かねばならないことがあるのだから。

 

 

 

 「サーモン海域最深部……その場所を教えてくれないか?」

 

 

 

 無表情が崩れ、ポカンとした彼女は可愛らしかった。




という訳で、不憫というか無能というか今までイマイチだった義道君、矢矧にちょっと展開がありました。鎮守府やら大本営やら新たなる提督の二条さんの動機やら色々と突っ込みどころはあると思いますが、どうかご容赦下さい。

ああ、ほのぼのが書きたい……幼い癒しに触れたい……私、この作品を書き終わったらほのぼの作品を書くんだ……。



今回のおさらい

義道、何かに気付く。気付いたらもう戻れない。新たな提督、二条 源次登場。イメージはハガレンの変人お爺ちゃん。矢矧、2人の善蔵と合間見える。戦艦棲姫山城、嫌な予感を感じる。それは当たってしまう。イブキ、迷子になる。不知火との接触は何を意味するのか。



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