どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます……テラリアとかシャドバとかマブラヴとかやってて執筆が遅れました。申し訳ありません。

今回も首を傾げるシーンや“どうしてこうなる?”といったシーンがあると思いますが、どうかご容赦下さい。


使える手段は全て使わないとね

 それは、不知火がイブキと出会う数時間前に遡る。

 

 「悪イワネ……貴女ノ助ケニナリタイトハ思ウケレド……私ニモ、守ルベキ部下達ガ居ルノヨ」

 

 『……そう……仕方ないわね』

 

 偶然通りかかった南方棲戦姫の部屋の前で、不知火はそんな会話を聞いた。扉越しに聞こえたのはそれだけだったので全容は分からないが、救援の要請か、それに近い話をしていたということは理解出来た。それを理解したところで、不知火に出来ることなどないのだが。

 

 不知火が南方棲戦姫の拠点に北方棲姫に連れてこられてから幾分の日が過ぎた。それはもうすっかり馴染んでしまう程に。不知火は聞かされていないが、この拠点にはかつて戦艦棲姫山城、戦艦水鬼扶桑、彼女達が連れてきた時雨が過ごしていたことがあるのだ。艦娘である不知火が何事もなく過ごせているのは、主である南方棲戦姫と同じ姫である北方棲姫の言葉に加え、深海棲艦側が多少なりとも艦娘と過ごした経験があるからである。

 

 「不知火!」

 

 「ああ、ホッポさん……何かご用ですか?」

 

 「ゴハン、出来タッテ! ナンポト不知火、呼ンデコイッテ!」

 

 「ナンポハ鬼ト被ルカラ止メロッツッテンデショウガ」

 

 「あ、出てきたんですね」

 

 「ソノ子ガ煩イカラネ」

 

 更に加えて言うなら、北方棲姫と南方棲戦姫……主に北方棲姫が側に居ることが多い上に仲良くしている為、他の深海棲艦達は畏れ多くて近寄れないということも挙げられる。因みに、北方棲姫は自分が“北方”から取って“ホッポ”なのだからと南方棲戦姫のことを“南方”から取って“ナンポ”と呼んでいる。鬼の方は名前すら呼ばないが。

 

 「~♪」

 

 「不躾な質問なんですが……先程の会話はどなたと?」

 

 「本当ニ不躾ネ……マア、別ニ教エテモ問題ナイケレド。サッキノハ戦艦棲姫カラノ通信ヨ。近イ内ニ海軍ガ攻メテクルラシイカラ、力ヲ貸シテクレッテネ」

 

 「……なるほど」

 

 北方棲姫と手を繋ぎ、南方棲戦姫を含めた3人で並んで食堂へと向かって歩く途中で、不知火は先に聞こえた会話の内容を聞いてみることにした。別に何か意図があった訳ではない。強いて言うなら、特に会話が無かったので気まずく感じ、その気まずさを払拭したいが為に出た話題がそれだっただけだ。口にした瞬間にまずいとは思ったものの、結局止まることなく出たその質問に、幸いにも南方棲戦姫は呆れた表情こそ浮かべたが気分を害した様子もなく答えてくれた。

 

 南方棲戦姫の言葉を聞き、不知火は歩きながら考える。不知火は戦艦棲姫、戦艦水鬼が元艦娘であったことを知らない。元深海棲艦だった艦娘が居るということも知らない。春雨と駆逐棲姫という例があるから予想はしているが、それはあくまでも予想という範囲……春雨が特殊すぎる例という考えから出ていなかった。だが、彼女達が深海棲艦、艦娘という敵対関係を越えて時雨、雷等と共に手を取り合っているということは知っている。

 

 脳裏に浮かぶのは、自身も参加した軍刀棲姫討伐作戦のことだ。那智を残して撤退という事実上の敗北、その後出会った……不知火が知る春雨だったと思われる駆逐棲姫の目の前で起きた轟沈。最早海軍とは袂を別った状態の不知火だが、それでも海軍側がその時の二の舞になるのではないかと不安に思ってしまう。

 

 「……大丈夫なんですか?」

 

 「大丈夫……ト言イタイケレド、厳シイカモネ。戦力ノ質ハ同等以上ダト思ウワ。ダケド、数ガ違ウモノ」

 

 「それでも助けに行かないんですね」

 

 「私個人モ、部下達モ出セナイワ。アノ子ニハ悪イケレド、私ニモ守ルモノガアルノ」

 

 深海棲艦にも守らなければならないモノがある……深海棲艦を絶対の敵としている海軍、世界に言えば失笑と敵意が返ってくることだろう。深海棲艦という存在は人類にとって悪であり、その被害は大きく、奪われたモノは多い。

 

 しかし、と不知火は思うのだ。それは自分達も同じではないのか? と。確かに、深海棲艦は人類にとって悪だ。住処を、土地を奪われた者もいるだろう。仲間を、恋人を、家族を、己の命を奪われた者もいるだろう。不知火とて仲間を奪われたし今まで敵同士だったのだ、こうして保護されている今でも深海棲艦に対して思うところは当然ある。

 

 だが、自分達も深海棲艦を何隻沈めた? 中には両隣の姫達のように意思を持っていた者も居たことだろう、仲間意識を持っていた者も居ただろう。もしかしたら、不知火達には気付きもしない、理解していない関係や絆を持っていた者だって居たかもしれない。“相手にも守らなければならないモノが、理由がある”……戦争とは、そういうモノなのだ。

 

 ……とは言え、それは幾ら考えようともどうしようもないことだろう。お互いに譲れないモノがあるからこそ、和解という考えは遥か遠くにあり、至れない。終わるとすれば、どちらかの明確な敗北と勝利しかなく……終わってからも、小さな戦いが続く。恨みは消えない。怒りは消えない。憎悪も消えない。負の感情に終わりはないのだ。結局のところ、不知火がこうして考えても何も変わりはしないのだ。それでも考えてしまうのは……それしか出来ることがないからなのだろう。

 

 (本当に、そうなのでしょうか)

 

 出来ることがない……それで思考を止めたくはなかった。まだ不知火は渡部 善導が暗殺された理由……“世界の真実”とやらを知り得てはいない。それを知る為にはどうしても善蔵と再び接触し、問い質す必要がある。考えることしか出来ないのは今いる拠点から出ていないから。ならば知る為に行動を起こす……拠点から出ることが最低条件。

 

 とは言え、そんなことは分かりきっている。それでも拠点から出ていないのは、海中を通る必要があるので本能的な恐怖から自分1人では出られないということもある……それに加えて、出たところでどうにもならないということもあった。何せ不知火は解体処分を言い渡されているのだ、海軍に名前が残っているとは思えない。ましてや殺されかけたのだ、海軍と接触するのは危険過ぎる。

 

 (先程の話……確か、海軍側は数も質も同等以上だとか。それだけ戦艦棲姫達が危険視されているということでしょう……だとすれば大規模作戦、それも将官以上の第一艦隊を召集するレベルの可能性が……ならば多少は大本営の防衛力は下がるでしょうし……潜入するなら、その時でしょうか)

 

 不知火の頭の中で、次々とプランが出来上がっていく。彼女は元善蔵の第一艦隊所属として活動していた為に素の練度が高い。それに加えて、彼女は“暗殺”を得意としている。気配を殺し、周囲に同調し、殺意を悟らせない……不知火は第一艦隊の誰よりも、ともすれば全艦娘でも随一の潜入技術を誇っているのだ。それは善導の暗殺、時雨に気付かれずに雷撃したこともあるように確かなモノである。

 

 そうしてプランを固めた不知火は胸ポケットにあるモノ……駆逐棲姫だった春雨の一部をポケット越しに握り締め、歩きながら目を閉じて心の中で呟く。

 

 

 

 (春雨さん……もう一度私に……勇気を下さい)

 

 

 

 目を閉じていた為に食堂を通り過ぎ、手を引っ張った北方棲姫と共に思いっきり顔から転び、南方棲戦姫の部下が慌てて戦艦棲姫から海軍が攻めてきたという通信を伝えに来るまで……後数秒。

 

 

 

 

 

 

 その後北方棲姫に頼んで海上へと引っ張ってもらい、別れて大本営へと向かっていた最中に、不知火はイブキと出会ったのである。

 

 (……困りましたね)

 

 サーモン海域最深部の場所を教えてくれ……イブキに出会って直ぐにかけられた言葉である。出会った瞬間こそなんでこんな所に軍刀棲姫が……と内心驚愕していた不知火だったが、戦意も敵意も無く投げ掛けられた質問を無視する程狭量ではない。が、それも時と場合、相手によるだろう。

 

 イブキが向かいたいと言っている場所は分かる。案内も可能だ。不知火は海図を把握しているし、現在地も分かっているのだから。しかし、不知火が向かいたい場所とイブキが向かいたい場所は反対方向……応じる訳にはいかない。だが、良く良く考えてみればわざわざ案内せずとも大雑把ではあるが方向さえ伝えればいいだけということに気付く。

 

 「……サーモン海域最深部、でしたか。場所は……」

 

 そこまで言って、不知火に妙案が浮かぶ。それは、教えることを報酬としてイブキの力を借りることが出来ないか? というモノだ。

 

 イブキ……軍刀棲姫の実力を不知火は身をもって知っている。間違いなく艦娘、深海棲艦を合わせても最強と呼べるその力は、敵として接するなら何よりも恐ろしい……が、もしも味方として引き入れられたなら、これほど頼もしいことはないだろう。それに、幾ら最強戦力が出撃したところで大本営には少なくない防衛戦力がある……万が一見付かれば、不知火1人で切り抜けることは難しい。

 

 「……案内してもいいのですが、その前に私の頼みを聞いてくれませんか?」

 

 「頼み?」

 

 「はい……1人で行うつもりでしたが、正直に言って厳しいんです。本来貴女に頼むべきことではありませんが……貴女程の実力者の力を、貸してほしい」

 

 「……お前は海軍だろう。なんで俺に頼む?」

 

 イブキの言葉に、不知火は俯く。確かに、基本的に海軍に所属しているハズの艦娘がイブキのような艦娘とも深海棲艦とも知れない……少なくとも海軍としては敵と認識している相手に頼み事をするなどおかしな話だ。イブキが疑問を抱くのも不思議ではない。

 

 「……私は、もう軍属ではありません。よく分からない理由で命を狙われ、軍から逃げ出したんです」

 

 「ふむ……では頼みというのは復讐か? それなら、俺は断らせてもらうが」

 

 「いえ、復讐ではありません。私はただ……」

 

 そこまで言って、不知火は再び俯く。復讐をしたい、等とは微塵も思っていない。確かに命を狙われ、長年過ごした場所から追われ、なんの為に行動してきたのか、命令を聞いてきたのか分からなくなった。悲しくて涙を流したりもした。絶望だってした。それでも……復讐したいとは考えもしなかった。

 

 「私は、知りたい。あの人が言っていた“世界の真実”とやらを。それがなぜ、善導提督を殺す理由となるのかを……あの人の、総司令の……善蔵さんの口から、直接。その為には大本営に行かないといけない。ですが、私だけではその防衛戦力に見付かれば一たまりもない。だから……貴女の力を借りたいんです」

 

 「……手を貸すことに問題はないが、俺は一刻も早く仲間の元に向かいたい。俺に遠回りしてでも手を貸すことによるメリットはあるのか?」

 

 イブキの言葉は不知火の予想の範囲内だった。不知火はイブキ……軍刀棲姫が仲間思いであることを知っている。故に助けを求めても断られる……或いはこうしてメリットの提示を求められることは予想していた。だが……予想は出来ていても、解決策が浮かんだ訳ではない。

 

 イブキの欲しい情報は持っている。だが、教えてしまえば助けは得られなくなる。だからと言ってメリットを提示出来なければ、話すだけ無駄と話を打ち切られて去られてしまう可能性が高い。だから必死に考える……この広大な海で、戦闘に入ることなくイブキという今の不知火にとって最も欲しい力を持つ存在に出逢えた奇跡をこの手にする為に必要な提示すべきメリットを。

 

 「……ところで……現在、貴女の仲間のところに海軍の連合艦隊が攻め込んでいる、というのはご存知ですか?」

 

 「なっ……!?」

 

 (やっぱり知らなかったみたいですね……でなければ拠点の場所なんて聞かないでしょうし、こうして私と会話するなんて悠長なことをしていられないですし)

 

 驚愕するイブキを見て、不知火は自分の予想が正しいことを確信する。先に起きた深海棲艦の大襲撃を詳しく知らない彼女にとって、何故イブキがこんな所に居た挙げ句迷っているのか疑問だった。しかし、今の会話で何らかの事情で仲間達と離れてしまい、迷っていたのだと会話しながら予想をしていたのだ。

 

 これならメリットを提示出来る……そう思った瞬間、不知火の背中に悪寒が走った。同時に、自分の全身がバラバラに斬り裂かれたような姿を幻視する。

 

 

 

 「サーモン海域最深部へ案内しろ……今すぐに」

 

 

 

 イブキから目を離したりはしていなかった。だが気付いた時には驚愕していたイブキの姿など何処にも存在せず、いつの間に抜いたのか2本の軍刀を手にして首と腹に今にも刃を突き立てそうな、揺らめく蒼い光を両目に宿して不知火を睨み付ける軍刀棲姫の姿があった。

 

 出す言葉を間違えた……不知火は思わずそう考えた。仲間思いであることは知っていたが、まさかここまでの殺意を向けられるとは思いもしなかったのだ。彼女の予想では、せいぜい慌てて早く教えるように言ってくる程度だと思っていたのだが……改めて不知火は、軍刀棲姫という存在に恐怖を抱いた。

 

 「っ……私にも、目的があります……案内して終わりという訳には、貴女だけの意見を通すわけには、いきません……っ!」

 

 それでも、勇気を出した。恐怖に怯んだままでは今までの弱い自分から変われないと分かっていたから。胸ポケットにある春雨の一部を強く握り締め、後退せず、目を逸らさず、はっきりと言ってのけた。

 

 「……今の状況を分かっているのか? 俺がほんの少し力を入れれば、お前は死ぬ。それでも、案内も教えることも出来ないと?」

 

 「出来ません。私に力を貸してくれるまでは」

 

 ほんの少し力を入れられ、腹と首にほんの少し刃が刺さり、そこから赤い血が流れる。その痛みと血が流れる感覚が否応なしに不知火に“死”という言葉を体と頭に予感させる。

 

 それでも、不知火の眼は変わらない。決して退かない。意見を変えない。普段の無表情ではない必死の形相、かつて戦艦の如き眼光と比喩された鋭く強い意思を宿した眼が、イブキを射抜く。そこに今まで勇気を出せなかった、勇気を持てなかった心の弱い不知火の姿はない。あるのは……長き時を過ごし、生き抜いた歴戦の戦士に相応しい小さくも凛々しい姿。

 

 「……それならメリットを示せ」

 

 「分かりました……私が示すメリットは……」

 

 不知火は頭を必死に働かせる。イブキに示すことが出来るメリットを出すために。メリット……つまり、イブキにとって都合がいいこと。この場合、何がイブキにとっての好条件となり得るのだろうか。

 

 何度も言うように、イブキは今すぐにでも仲間の元に向かいたい。不知火が言った海軍の襲撃を受けているという言葉を聞いて、その考えは強くなっている。ここでメリットを示せなければ、最悪不知火を切り捨てて宛もなく走り回りかねない程に。故に不知火が示すべきメリットとは、“イブキが仲間の元に向かうよりも早く仲間を助け出せる、海軍の襲撃を止めさせる方法”、もしくはそれに近い何か。

 

 ……さて突然だが、この不知火は勝つために手段を選ばない善蔵の第一艦隊だったこともあり、心優しくも自分の感情を殺しつつ邪道を行える……合理的な判断を下すことが出来る精神を持っている。迷いがあったとしても、ちゃんと任務を、暗殺を完了することが出来る。故に……。

 

 

 

 「メリットは“海軍が貴女の仲間達へ行っている襲撃を止めさせる”こと……貴女が“海軍総司令である渡部 善蔵を人質にする”という形で」

 

 

 

 例え命を奪われかけたとしてもかつての上司であり、長年の戦友である善蔵を差し出すということすらも……あっさりと口にすることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 戦艦棲姫山城は時雨達から連絡を受けた後、外に出ている部下達へと集まるように通信をし、自身も戦艦水鬼扶桑とタ級と共に拠点にいる部下を連れて出撃準備を整えていた。

 

 (さて……時雨の連絡によれば、敵の数は少なくとも3桁は超えているのよね。戦力差は少なく見積もって2倍から3倍……なるべくエリート以上の深海棲艦を集めたけれど、時雨と夕立が持ってた強化艤装を持っている数次第では厳しいモノがある……もしも以前のイブキ姉様の時のような戦力とそう変わらないメンバーなら……例えこの身が姫と言えども下手すれば沈む。実際、私は前に敗走して沈めかけられているんだし)

 

 山城の脳裏に、まだ艦娘としての記憶を思い出す前に海軍に攻め込まれ、敗走した苦い思い出が甦る。今回は以前よりも戦力の質が上がっているが、量は逆に少なくなっている。イブキという突出した戦力が居らず、それに次いで高い戦闘力を誇る夕立という戦力も出撃するには少し時間がかかる現状、戦力の差は痛い。

 

 そして、山城が最も危惧しているのが空母の数である。山城の記憶では、大方の艦隊に1、2隻の空母が居た。最低でも20、多ければ30を超えていると山城は読んでいる。それに対し、此方側の空母の数はエリート、フラグシップ級の軽空母と正規空母を合わせても10をやっと超えたというところ……制空権を奪われるのは必至だろう。

 

 「タ級。悪いけれど、夕立のところから軍刀を取ってきてくれる?」

 

 「ハイ!」

 

 「使うのね?」

 

 「はい。相手の勢いを抑えつつこちらの士気を上げられる力を持つイブキ姉様の軍刀……夕立とイブキ姉様には悪いですが、使わせてもらいましょう」

 

 山城達の言う軍刀とは言わずもがな、ごーちゃん軍刀のことである。燃料を糧に噴き出す極炎は全てを焼滅させる力を持っている。その分燃費が悪いが、リターンは計り知れない。

 

 そして軍刀を使えるのは、艦娘だけではない。深海棲艦である山城、扶桑も問題なく使えたのだ。だが、他の深海棲艦は使うことが出来なかった。これは中の妖精、ごーちゃんが機能をロックしているからだとイブキが居なくなる前に伝えられていた。つまり、使い手は妖精……ごーちゃんが選んでいるということだ。

 

 「最低でも、艦載機を出すことを躊躇わせないといけませんからね」

 

 「上も前も下も気を付けないといけないなんて嫌だものね」

 

 魚雷、砲撃は止めようがない。だから、艦載機だけでも止めておきたいというのが山城達の考えだ。空母は自衛力に乏しい。また、艦娘になったことで最低限の火器すらも装備していないことも多い。艦載機さえ使わせなければ、襲撃に来た空母娘達は無力化出来る……そして、その数だけ戦力差が無くなると言ってもいい。

 

 「使える手段は全て使わないとね……生き残る為には、矜持もいらないし手段も選んでいられないもの」

 

 

 

 

 

 

 「そろそろ予定地か……順調だな」

 

 「そうね、ここまで特に深海棲艦との接触もなかったし、万全に近い状態で戦えるわ」

 

 先頭を行く善蔵の第一艦隊の後方に、日向達は居た。日向は隣に居る大和と軽く会話しながら、ここまでの道程を思い返していた。

 

 連合艦隊はその数故に目立ちやすい。その為、普通ならば深海棲艦の襲撃を受けやすく、ある程度弾薬と燃料を消費し、万全とは言えない状態で目標と戦うことが必然であった。しかし、今回はその深海棲艦の襲撃が殆ど無かった。サーモン海域に入ってからは殆どどころか全くと言ってもいいほどに平和そのもの、まるで全ての深海棲艦が居なくなったかのように思えるほど。無論そんなことはなく、接触しない、戦わないだけで何度も深海棲艦は見かけているのだが。

 

 (他の海域ではあり得ないことだな……言えるのは、この海域は普通じゃないってことか……何をしてくるのか分からない、こちらの常識が通じない……厄介なことだ)

 

 全く襲撃してこない深海棲艦、海軍の中でもトップクラスの練度を誇る空母娘の艦載機を難なく撃墜した3人の艦娘“らしき影”……今まで海軍が持っていた常識を破壊するかのような出来事の連続に、然程高くなかった士気が更に下がったことが後方の艦娘達の雰囲気から伺える。

 

 常識が通じないということは即ち、何が起こるか分からないということだ。あり得ないという状況だからこそ怖い。未知故に対処の仕方が分からない。最も、ここまで来た以上は日向達も今あるモノで対処する他に無いのだが。

 

 そんなことを思って、日向が小さく笑う。回想も終え、艦載機を落とされてからおよそ30分程が経ち、目的地には着いた。だと言うのに、深海棲艦の姿も先程の艦娘らしき影の姿も見えない。草木がそれなりに生い茂っている小島がちらほらと浮いている為、そこに隠れているのかも知れないが。

 

 「……小島に向けて砲撃をします。各艦、砲撃準備。合図と共に一斉射。各空母も爆撃機の発艦準備」

 

 総旗艦である善蔵の第一艦隊旗艦、翔鶴が通信機を通じて全体に短く伝え、自身も弓を構えて矢をつがえる。この大規模作戦は“掃討作戦”……遠慮も手加減も手心も必要ない。

 

 

 

 「放て」

 

 

 

 短く簡潔な、抑揚のない声での合図。そんな勢いの無さとは裏腹に、轟音と共に砲撃と爆弾を積んだ艦載機が空を埋め、小島をあっという間に地獄へと変える。連合艦隊の何人かの艦娘が祈るように目を閉じている中、日向を含めた何人かの艦娘は油断なく小島と周辺に視線を向ける。

 

 (これで終われば楽だが……アイツの仲間だ、終わるハズがない)

 

 日向はそう確信していた。相手は海軍が初めて大敗した軍刀棲姫、その仲間と思われる者達。例え深海棲艦だとしても、石橋を叩いて渡る気持ちで行くつもり、警戒しておくに越したことはない。

 

 『ソナーに感ありでち!』

 

 『……魚雷? いえ、深海棲艦!? 右舷から……左舷からも!?』

 

 『何よこれ、挟まれてるじゃない!』

 

 『潜水艦じゃない……駆逐艦? 軽巡? 人型は居ないケド、それ以外は色々居るのね!』

 

 『でもあんまり数は多くないですって!』

 

 そして日向がそう思った直後に全体に潜水艦娘達から通信が入り、その内容を聞いて日向は舌打ちをした。艦娘は強化艤装を手に入れたことで格段に機動力が上がっているが、それでも深海棲艦相手に油断は許されず、海域を奪い返すことが出来ずにいる。その最たる理由が……“水中からの奇襲”。

 

 艦娘は水中という環境を本能的に嫌い、もしも入ってしまえばパニックに容易く陥る。そうならないのは潜水艦娘達くらいだろう。お風呂等のお湯や底の浅いプール程度ならまだ問題ない。だが、海中に入ればそうなってしまう。それは例え日向や翔鶴達のようや古強者だとしても変わらない。

 

 しかし、深海棲艦は違う。その名の通り深海から生まれるとされている故にか、深海棲艦は潜水艦でなくとも海中に潜み、時に攻め、時に逃げる。爆雷を持った艦娘か潜水艦娘でもなければ対処は仕切れないだろう……とは言え、幾ら深海棲艦でも水中で砲撃は出来ない為、その後は海上で砲雷撃戦が繰り広げられるのだが。

 

 「爆雷を持っている艦娘は直ぐに発射を。潜水艦は魚雷を。軽空母も爆雷投下」

 

 再び翔鶴の短く簡潔な命令を受け、言い切る前に該当する艦娘達が動く。彼女達とて歴戦の勇士、言われずともやるべきことは分かっているし、動きも体に染み付いている。それに今回はソナーや電探を持つ艦娘も多く、索的には事欠かない。実際その投下は的確に迫り来る深海棲艦達の上に降り注いできていた。これまでの戦闘経験からすれば、間違いなく当たると潜水艦娘達は確信する。

 

 『っ!? 避けた!?』

 

 『深海棲艦、更に接近してくるでち!』

 

 しかしその確信を嘲笑うかのように、深海棲艦達は進む軌道を変えて避けた。今までの深海棲艦の行動ならば当たっている計算だったにも関わらず、だ。驚愕に染まるその声に、日向は思わず顔をしかめる。

 

 しかし、計算違いや予想外の出来事だからと言ってそれで統率が乱れることはない。そもそも連合艦隊の彼女達は大量の深海棲艦による鎮守府への大襲撃という予想外、常識外の出来事を体験し、対応し、勝利している。今更当たると思っていた攻撃が外れた程度のことで驚くことはあれど戦えなくなることはない。

 

 「爆雷の投下を続けて下さい。左右の艦娘は深海棲艦が浮いた直後に狙えるように準備を、他は周囲の警戒を。空母は新たな偵察機の発艦を」

 

 翔鶴は命令を下し、自身も偵察機を出す為の矢を弓につがえる。そうした動作の中で、彼女もまた日向と同じように違和感を感じていた。

 

 経験と記録上、深海棲艦の水中からの奇襲というものは人型でない深海棲艦だけで行われたことはない。水中から共に奇襲する、海上で自らを囮に奇襲させると言った違いはあれどその近くにヲ級、タ級等の人型が居た。しかし、潜水艦娘の言では居ないという。焼き払った小島に居たとも考えられるが……それはない、と翔鶴は直感的に思った。

 

 (数十分前に見た艦娘らしき影も見当たらない……その影か、人型かは兎も角として、そう遠くない位置に司令塔となる存在が居るハズ。敵が見えないというのは不安要素ですが……)

 

 敵が見えないというのは、翔鶴の思うように不安要素、不利なところではある。ましてや今回の場合、先に見た影を除けば人型の姿を見てすらいない。居るのは分かっているが、どこに居るのかは予想でしかないのだ。もしも海上には居らず、海中から出てこないのならば、拠点をしらみ潰しに探し出す必要がある。もしも拠点で籠城されることになると艦娘側としては対処法がかなり限られている為厳しくなる。だからと言って、翔鶴は撤退する気も敗北する気もなかった。

 

 今回の大規模作戦、掃討作戦と題打ってこそいるが、真の目的は第2の軍刀棲姫、並びに生きていた戦艦棲姫、大規模作戦時に確認された戦艦水鬼の討伐である。イレギュラーである軍刀棲姫の存在から更に発生したイレギュラーの勢力……善蔵はそれを根絶し、全てのイレギュラーを消滅させるのが真の目的なのだ。イレギュラー云々の話を知っているのは本人とその第一艦隊の面々のみであるが。

 

 故に、敗北も撤退も許されない。元第二艦隊、現第一艦隊の艦娘達の思考は善蔵を最優先に置いている。その善蔵が望んだことだ……あらゆる手を尽くし、他の何を捨ててでも成し遂げる覚悟がある。そして翔鶴を筆頭に空母娘達が偵察機の矢を放ち、偵察機として具現した……その直後。

 

 

 

 焼き払ったハズの小島の1つから放たれた極炎が、上空の偵察機の全てを焼き払った。

 

 

 

 【なっ!?】

 

 空が見えていない潜水艦娘を除いた連合艦隊の面々が同時に驚愕する。一部の艦娘は突然の炎に、一部の艦娘は見覚えのあるその炎に。

 

 『ど、どうしたんですって!?』

 

 『何が起きたの……? あ、深海棲艦が反転して逃げてく……?』

 

 その驚愕の声が通信機越しに聞こえたらしい潜水艦娘から疑問の声が出た後、迫ってきていた海中の深海棲艦が反転して遠ざかっていく。当然爆雷は当たらず、敵に被害はない。それを見ていた潜水艦娘の口から訳が分からないというニュアンスの疑問符が溢れた。

 

 「っ……今の炎が放たれた場所に砲撃を! 空母は再び偵察機の発艦!」

 

 翔鶴の声に瞬時に反応し、日向達は小島に向けて砲撃、空母娘達は再び偵察機の矢を放つ。間もなく小島に砲弾が着弾して爆炎が上がり、偵察機は空を舞う。が、今度は別の小島から再び極炎が放たれ、偵察機を焼き尽くす。

 

 『後方からまた深海棲艦が!』

 

 『しかもまた水中! 魚雷、いきます!』

 

 潜水艦娘の報告を聞き、翔鶴は隠すことなく舌を打つ。明らかに翻弄されている、或いは嘗められていると気付いたからだ。その証拠に、連合艦隊は1度として直接的な攻撃をされていない。あの偵察機を瞬時に焼き尽くす射程と火力を誇る炎はおろか、水中から迫ってきている深海棲艦すらも攻撃を仕掛けてこない。意識を向けざるを得ない距離まで近付くのに、浮上せず攻撃させるだけさせて反転して逃げる。炎は2度共偵察機、上空に向けて放たれた。現状相手に攻撃する意識は無く、何かしらの理由があって翻弄してきているようにしか思えない。

 

 「……再び爆雷を投下。但し狙わず、ばら蒔くように。そして、全ての小島に向けて同時に砲撃! 空母は高度と方向、艦載機を自由意思で選択しつつ発艦!」

 

 ならばと翔鶴は広範囲に爆雷を投下して数撃てば当たる戦略に変え、炎が出てくるであろう小島を再び同時に砲撃することにした。それに加え、1度の炎によって艦載機を焼き尽くされないように方向と高度をバラバラにして発艦させる。現れた艦載機の種類もまたバラバラで、真っ直ぐ、左右から、高高度からと小島を目指して飛ぶ。

 

 結果として、無差別にばら蒔かれた爆雷をかわしきれなかった深海棲艦は水柱と共にそのまま深い水底へと沈み、他の深海棲艦もその爆発に巻き込まれるように沈んでいった。小島も砲撃によって陸地が抉られ、中の拠点のモノらしき鋼材の入口……まるで煙突のようなモノが露出している。それは小島全てに存在し、そこから出入りして炎を飛ばしていたのだと翔鶴は悟る。

 

 深海棲艦の姿はない。マトモな砲雷撃戦は行えないらしいということは誰が見ても明らかだった。この時点で翔鶴が考え付いたプランは3つ。まるでもぐら叩きのように入口から出て炎を出してくる瞬間を狙い打つことと、直接見えている入口らしきモノから拠点へと乗り込み、白兵戦を行うこと、そして入口から爆雷や爆弾を落とし、爆撃することだ。無論、深海棲艦が出てくれば普通に艦隊戦が始まるが。

 

 (とりあえず、艦載機の結果を見てからでいいでしょう)

 

 今のところ焼き尽くされていない空の艦載機達を見ながら、翔鶴はそう締める。艦載機の攻撃や索的で何かしら得られればそれでよし、また全滅するのなら先のプランから選んで動く。補給は出来ないのだから、出来るだけ無駄を省きたかった。

 

 

 

 しかし無情にも……艦載機は3度放たれた極炎に凪ぎ払うように焼き払われることとなった。

 

 

 

 (っ!? 今のは小島じゃなくて右から!?)

 

 その炎は今までと違い、連合艦隊の右側から放たれたモノだった。自然、連合艦隊の目もそちらへと向かう……その先に居たのは、数十分前に見た艦娘らしき影の内の1人。そしてその姿は、連合艦隊の面々がよく知る姿をしていて……誰かが、その姿の名を呟いた。

 

 

 

 「……時雨」

 

 

 

 トレードマークの左肩に下げたお下げの髪を靡かせながら、艦娘“時雨改二”は髪や服から海水を滴らせながら、右手に持った刃の無い軍刀を右へと振るった姿勢でそこに居た。




今回は珍しくイブキ視点はありませんでした。矢矧のシーンも次回以降に持ち越しです。また、小島の煙突のような出入り口についても次回以降になります。



今回のおさらい

不知火、拠点から出る。イブキとの話の行方はいかに。戦艦棲姫山城、動く。使える手段は全て使う。連合艦隊、翻弄される。常識に囚われてはいけないのですね。時雨、参上。水も滴る大天使。

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