どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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明けましておめでとうございます! 新年初投稿です。今年もどうか宜しくお願いいたします。

ポケモンサン購入しました。早くクリアして厳選して好きなポケモン育て上げたい……。


いつまでも楽しませて下さい

 「っ!!」

 

 その爪を避けること自体は楽なモノだった。俺が今まで見てきたどれよりも速い攻撃だったし、あの時間が止まったような感覚の中でもゆっくりと動いていることには驚いているが、その感覚の中でも普通に動ける俺にはまだ遅いと思えるレベルだったから。

 

 だが、今まで苦楽を共にし、俺が最も使ったと言っても過言ではないふーちゃん軍刀の刃が砕かれたというのは俺にとってかなりショックな出来事であり……攻撃が当たる寸前まで唖然としてしまった。その結果、ギリギリで上体を反らすことで避けること自体は出来た……が、僅かに服に触れたのだろう、胸元が切り裂かれて谷間が見えてしまっている。裸ならともかく谷間程度なら見られても恥ずかしくもなんともないが。

 

 「あらー、折れちゃいましたー」

 

 「イブキさんのおっぱいはぁはぁ」

 

 「イブキさんの谷間はぁはぁ」

 

 「ごーちゃんの代わりに裁くのはこのふーちゃんですー」

 

 「「ノドォッ!?」」

 

 妖精ズのこの流れも久しぶりだなぁ、なんて呑気に考える。普段はごーちゃんが2人にツッコミを入れるが、居ないのでふーちゃんが代わりにつっこんでいた。2人の口に両手を突っ込み、喉を突くという形で。あれは痛い……なんて考えている暇はない。

 

 「ふっ!」

 

 「ごほぉぅっ!?」

 

 右の爪を振り切っている猫吊るしの腹に左の蹴りを叩き込む。爪先で貫くように入れたからかなり痛いハズだ……実際、なんとも言えない声が漏れたし。ズザザッて後ろに下がったし。

 

 さて……ここからどうするか。当初の目的は“総司令を人質にして現在夕立達の元に侵攻している連合艦隊を撤退させる”ことだが、これはいかんともしがたい。総司令である善蔵……だったか。彼を人質にするということになるが……それをするには猫吊るしが邪魔になる。しかもこの部屋は妖精ズが電波を遮断しているらしいからこの場で命令させることなんて出来ない。そうなると部屋から出ないといけない訳だが……部屋を出れば、猫吊るしはまた身代わりをしてくるかもしれない。

 

 (なら、やることは今までと変わらないな。敵……この場合は猫吊るし、彼女を斬れば終わりだ)

 

 仮に善蔵に命令させたとしても、猫吊るしがその命令を撤回させたりする手段が無いとも言い切れない。いや、もしかしたら艦娘や深海棲艦の意識を奪ったり、命令を強制したり出来るかもしれない……というか、出来ると考えるべきだろう。やっぱり……猫吊るしは倒せる時に倒すべきだ。そして……その時こそが今。

 

 「猫吊るし……ここでお前を斬る!」

 

 「っ……お前の方こそ消え失せろ、イレギュラー!!」

 

 刃を殆ど砕かれたふーちゃん軍刀を後ろ腰の鞘に納め、代わりにみーちゃん軍刀を左手で抜いて正面上段から真っ直ぐ斬りかかる。大抵の相手はこの一刀で斬り伏せられるが、流石に姫2人を融合させた体は他の艦娘や深海棲艦とは違うらしい。まさか右手1本で防がれるとは思っていなかった。確かにみーちゃん軍刀は俺が持つ軍刀の中でも最硬の強度を誇る反面最低の斬れ味だが、それでも艦娘の装甲も深海棲艦の装甲も問題なく両断出来ていた。だが、猫吊るしの港湾棲姫のような巨大な爪には全く刃が通っていない。

 

 右上から左下へと一閃、これは左手の爪で防がれた……正確に言うなら、俺が爪の部分に攻撃したが通らなかった。俺の攻撃速度にも対応出来ていないらしい。なので今度は装甲がないところ……右足の太ももを狙って横に薙ぐ。これでスパッといけば良かったんだが、結果はキィンッ! という金属音の後に弾かれた。

 

 「あっはっは! そんなナマクラじゃづあっ!?」

 

 「……チッ、これもダメか」

 

 笑ってる隙だらけな猫吊るしが喋ってる間に、今度は右目を狙って突いてみる。どこぞの眼帯着けた死神も目だけは斬れなかったことはないとか言ってたし……まあ痛みこそ与えられたんだろうが、貫くには至らなかった。

 

 右目を押さえながら下がり、俺を睨み付けてくる猫吊るしを見ながら再び思考する。速度は完全に俺が上である以上、攻撃を当てるのも避けるのも問題ない……これはいつも通り。“感覚”も発動する。だが、ふーちゃん軍刀を折られたのが痛い。猫吊るしの体は妙に硬い。攻撃が通らないというのは初めての体験なので1から打開策を考える必要がある。

 

 「ぐ……ふふっ……痛みを感じるなんて何万年ぶりですかねえ……次は貴女が痛みを感じて下さいよ!」

 

 「断る」

 

 俺に良く似た顔で睨み付けながら笑うという器用なことをしてくる猫吊るし。そのまま両手の爪を交互に振るってくるが、みーちゃん軍刀で難なく剃らす、或いは避ける。弾こうともしたが出来なかったので受け流す。力はどうやら相手の方が上らしい。攻撃速度も俺より遅いとは言え、今までに出会ってきた誰よりも速い。飛んでくる砲弾でさえゆっくりとなる感覚の中でもそこそこの速度が出るということは、少なくとも砲撃よりも速いということ。オマケに装甲も体も硬い……某大総統と戦った強欲さんを思い出すな。

 

 「これなら、どうだ!」

 

 「ぬ、ぎいっ!?」

 

 右手でしーちゃん軍刀を抜き、刀身は伸ばさずにナイフとして突き、振るう。ふーちゃん軍刀には及ばずともみーちゃん軍刀よりは斬れ味が鋭いのでこれならば……と思ったが、装甲は傷を付けられず、生身の部分には僅かに斬り傷が付いた程度。だがそれは深海棲艦特有の自己治癒で直ぐに治った。ダメージは入るが、直ぐに回復されてしまう。

 

 「……この手の武器は馴れないな」

 

 くるくるとしーちゃん軍刀を順手に逆手にと持ち変えながら攻撃を捌きつつ呟く。背後の不知火と目の前の猫吊るしから“嘘だっ!!”という視線と雰囲気を感じるが事実だ。某大総統に倣って言ってみたかったというのは否定しないが。

 

 「この……いい加減、当たれえ!!」

 

 「大振りの攻撃は自殺行為だ」

 

 「おごぉあっ!?」

 

 苛立ちを声に出しながら右手を勢い良く降り下ろしてくる猫吊るし。それをみーちゃん軍刀で受け流しつつ、大きく開いている口にしーちゃん軍刀を挿し込み、引き金を引いて刀身を伸ばす。すると猫吊るしはその背後の壁にまで押し出され、蜘蛛の巣状のひび割れを起こしながらめり込んだ。同時に引き金から指を離して刀身を戻す。切っ先に僅かに血が付いていたので、貫くことは叶わずとも傷付けることは出来たらしい。

 

 「おえっ……やってくれたなぁ……イレギュラアアアアッ!!」

 

 「……これまた、厄介な」

 

 壁から離れた猫吊るしが俺を憎悪に満ちた目で睨みながら叫んだ。すると猫吊るしの頭上に黒いナニカが渦巻き、何らかの形を作っていく。そうして現れたソレを見て、思わず冷や汗を掻く。そうだ、コイツは俺に似ているとは言え、その体は姫2人を融合させたモノ。なら、コレが現れるのは予想出来てもいいハズだった。

 

 

 

 ソレは、正しく“異形”だった。

 

 

 

 丸太のように太い、なんて言葉をたまに聞くだろう。だがソレを例えるなら、丸太ではなく巨木と言った方が伝わりやすいか。それほどに太い二対四本の腕、それに負けず劣らずの巨大な顎を持つ一つ眼の二頭、それらを支えるに相応しい巨大な体躯。背中からは滑走路のような板が天井に突き刺さるように突き出ており、下半身はこれまた巨大な船頭の形をした顔か頭が付いている。確かに鬼や姫等の深海棲艦は巨大な異形の艤装を持っているが、ここまでのモノは見たことがない。

 

 「あっはっはっはっは!! 港湾棲姫と空母棲姫の艤装を融合し、更に強化した艤装です。その力は今の私以上……この狭い空間でどこまでやれますかねえ、イレギュラー!!」

 

 異形が右の2本の腕を振るう。それは右側の壁をゴリゴリと削りながら俺に迫ってくる。上に跳ぶ……ダメだ、腕は天井と床スレスレの大きさ、跳んでもしゃがんでも避けられない。受け止める……俺の腕力では恐らく不可。受け流すのも腕が大きすぎて駄目。敢えて前進……左の腕が降り下ろされでもしたら目も当てられない。結論、階段……つまり後ろへと下がる。ガリガリと壁を削りながら目の前を横切る巨大な腕に戦慄を覚えつつ、俺は決断した。

 

 「……不知火、1度退くぞ」

 

 「え? あ? ふぇ……は、い」

 

 みーちゃん軍刀を納刀しつつ不知火を横脇に抱え、相手に背を向けて階段を登っていく。あんな狭い空間であんな巨体を相手にしていられない。オマケに攻撃が通じないんじゃ流石にどうしようもない。ふーちゃん軍刀を壊されたこと、ごーちゃん軍刀を夕立と時雨に預けっぱなしにしていたのが痛すぎる。

 

 「逃げるんですか!? いいでしょう、それが正しい姿だ!! そして私に追い掛けられ、追い詰められ、殺されるべきなんですよ!! お前はァっ!!」

 

 そんな猫吊るしの声と巨体が壁をゴリゴリと削る音を聞きながら、俺は階段を登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……くくっ……くかっ……くははっ!!」

 

 イブキも、不知火も、猫吊るしも居なくなった部屋に、両手足を失って床の上に横たわり、身動き一つ出来なくなった渡部 善蔵の嗤い声が響く。

 

 顔を上げた善蔵の視界に入るのは、イブキと猫吊るしの戦闘によって傷付いた部屋……そして、首から上を輪切りにされた矢矧の死体。血や歯や眼球、脳奬……そういったモノが床に散らばり、その上に倒れ込んでいる様は無惨という他に無い。そして散らばっているそれらも、肉体も、全ては猫吊るしが産み出したモノ。善蔵の願いを聞いた猫吊るしが、産み出したモノ。

 

 (解っていた! こうなることは解っていたことだ! 戦いは永遠に終わらないと聞かされたあの日から、私がどう動こうと、どう足掻こうと全て猫吊るしの思うまま、掌の上であることなど!! 私の意思など道端の石ころにも価しない程度のモノであることなどっ!!)

 

 善蔵は理解していた。結局のところ、全ては猫吊るしの意思次第。自分の意思も、心も何もかも、猫吊るしの意思次第で汚される。それでもと突き進んできた……全ては、来るハズもない未来の為に。かつて吹雪と交わした約束の為に。

 

 だが、やはりそれは赦されない。総司令の座は既に猫吊るしが成り代わった“渡部 善蔵”のモノになり、約束を交わした相手は猫吊るしによって存在を消されたに等しい。結局のところ、善蔵は何一つ貫くことは出来ていなかった。こうして暗い部屋の中で不様に地べたに這いつくばり、己の力ではどうすることも出来ない……それが、今の善蔵。決めたことも貫けず、進むと定めた道も進めなくなった……哀れなか弱い存在。

 

 (だが……それでも! 私は……私は!!)

 

 それでも、それでもと善蔵は叫ぶ。吹雪との守れない約束を守る為、文字通り血も涙もない体と成り果て、古くからの部下を切り捨て、実の息子を切り捨て、愛し合った妻をも遠ざけ、そうして進んできた自分が、このような不様な姿で果てる訳にはいかないのだと。まだまだ生きなければならない。まだまだ進まなければならない。それが発端であり、犠牲を強い、今日この日まで生きてきた己の成すべき事であり、歩むべき茨の道なのだから。

 

 

 

 しかし……彼は決して救われない。

 

 

 

 彼の前に、先程も見た光が溢れる。その発光に思わず目を閉じる善蔵。そして彼は目を開いて目の前の光景を見た瞬間に絶句した。

 

 光が収まった所には、1人の女性……と思わしき者が立っていた。露出度の高い黒い服装に身を包み、頭には顔の半分以上を隠す程の獣の上顎のような仮面を被っている。何よりも目を引くのは、その体に似合わない巨大な両腕。二連装、三連装の砲台と一体化している剛腕は、とてつもない力強さを感じさせる。

 

 「……バカな……海上でもないのに()()したというのか……()()

 

 それは、艦隊これくしょんでは“軽巡ツ級”と呼ばれる深海棲艦。そしてそのツ級は、猫吊るしによって殺された矢矧が転生した姿であった。“転生”……それは死した艦娘から深海棲艦へ、深海棲艦から艦娘へと生まれ変わるシステムのこと。無論このシステムは猫吊るしが作り出したモノであり、善蔵も聞かされている。

 

 死ぬ、沈むことをトリガーとして発動するこのシステムは、猫吊るしが戦争を終わらせない為に作ったモノ。沈んだ艦娘、深海棲艦はその場で、あるいは時間を置いて真逆の存在へと生まれ変わる。沈んだその時の残りの弾薬や燃料、それまでに培ってきた経験や記憶、その他様々なモノを材料にして。そして生まれ変わった時の強さや艦種は材料によってある程度変わる。多ければ多いほど強い存在になれる可能性が高い。港湾棲姫に生まれ変わった吹雪、空母棲姫に生まれ変わった曙等がその例だろう。逆に、深海棲艦時代は雷巡だったが生まれ変わったら駆逐艦になった……という夕立のようなパターンもある。とは言え、それらは基本的にはという注釈が付くのだが。

 

 ……とまあ艦娘と深海棲艦における転生の説明をしたところで何がどうなるという訳ではない。ただ、現実はいつだって残酷で……例え根が善人でも、覚悟を持って悪の道を進んでいたとしても、罪を犯せばロクなことにならない、罪人はロクな死に方をしないというだけの話だ。

 

 「……くくっ……くははははっ!! これが私の終着点か、これが罪人(わたし)の終わりか!! なんと不様! なんと不甲斐ない! 結局私は何も出来ずに終わる。結局私は……結局、私は!!」

 

 

 

 ― 私は……何一つ彼女達に……返してやれない…… ―

 

 

 

 矢矧だったツ級が善蔵の方へと顔を向け、右手を振り上げ、降り下ろす。それが、来るはずのない平和な世界を見るという約束を守る為に生きてきた渡部 善蔵という人間が見た最期の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 (死ぬっ!!)

 

 イブキに抱えられている不知火は、本日二度目となる絶叫を内心でしていた。正直に言って、不知火は話の全てを理解しきれていた訳ではない。無論キーとなる言葉や説明は頭に入れているが、話が二転三転している上に加速的に変わっていった状況に流されていたことは否めない。妖精が今の世界の原因で、深海棲艦が融合し、かつての同僚が無惨にも目の前で殺され、イブキに抱えられている。いっぱいいっぱいだった不知火の処理できるキャパシティ等とっくに越えている。結局善蔵に話を聞くことも出来ずじまいだ……話を聞くことが永久に出来なくなったことなど、今の彼女には知る由もないのだが。

 

 「ほらほら! 逃げないと潰しますよ!!」

 

 そんな彼女達は今、巨大な異形を背にした猫吊るしに追い掛けられながら大本営内を爆走している。不知火を抱えている上に馴れない建物の中とは言え、傍目には消えたかのように映るイブキに追随出来る猫吊るしは明らかに既存の艦娘、深海棲艦の性能を遥かに凌駕していた。

 

 「私は貴女と違って、砲撃も発艦も出来るんですよぉ!!」

 

 猫吊るしが口が裂けているのではないかと言うほどに開いた凄惨な笑みと共に叫ぶと異形の2つある頭部の口が開き、中から大和型を彷彿とさせる巨大な三連装が1つずつ覗かせる。更に4本の腕を前に突き出すと手のひらに空いている丸い穴から球状の白い艦載機が1機ずつ、計4機発艦する。

 

 瞬間、イブキは前方に向かって飛び上がり、猫吊るしへと向き直りつつ重力を無視するように天井に片膝を着き、しーちゃん軍刀を手にしている右手を振るう。すると艦載機達は真ん中から横にズレて爆発し、イブキはそれを確認する前に天井を蹴って床に降り立ち、再び逃走を開始する。

 

 「無駄無駄無駄ぁっ!!」

 

 爆発によって発生した煙と炎を抜け、猫吊るしはイブキ達を追い掛ける。その表情は笑顔であり、口調からも興奮していることが分かる。それもそうだろう、何度も言うようにイブキは猫吊るしにとって自分の思い通りにいかない、思い通りに出来ないイレギュラー。そんなイレギュラーが今、自分に背を向けて逃げの一手。艦載機こそ斬られたものの自慢の軍刀は僅かにしか自身を斬ることは出来ない。他の何者よりも憎い相手を己の手で消し去れるかもしれないという現状は、猫吊るしを興奮させるに充分過ぎた。

 

 「そぉら、吹き飛ばしてあげますよぉ!!」

 

 「っ!」

 

 「きゃああああっ!?」

 

 お次は、とばかりに異形の口から覗かせていた砲身が火を噴き、放たれた砲弾をイブキは問題無く避ける……が、避けた砲弾はイブキの先に合った壁に着弾し、通路の全てを……否、建物の半分丸ごとを宣言通りに吹き飛ばした。その衝撃は凄まじいモノであり、直撃こそ避けられたイブキでさえ体を木の葉のように舞わせる。幸いだったのは飛ばされた方向が海であり、壁も天井も何もかもが同時に吹き飛んでいたので激突することはなかったことだろう。イブキは空中で体勢を立て直し、上手く着水することに成功した。

 

 だが、不幸なことも幾つか起きている。その内の1つとして、不知火が腕からすっぽ抜けて離ればなれになってしまったこと。着水した場所がイブキ達がやり過ごした大本営の防衛戦力が建物に戻る道の上……それも今まさに通る瞬間だったこと。そして、戦場が陸地から海上へと移ってしまったことだ。

 

 「なっ……軍刀、棲姫!? それに、あれは……」

 

 「新しい……深海棲艦……しかも軍刀棲姫に似てる」

 

 目の前に落ちてきたイブキに、帰投していた防衛戦力を代表するように武蔵が声を上げ、吹き飛んだ建物の中に居る猫吊るしを見て唖然とした彼女の言葉に繋げるように隣に居た雲龍が呟く。他の防衛戦力の艦娘達もまた、イブキと猫吊るしを交互に見て唖然としていた。

 

 そんな彼女達を見下ろしながら、猫吊るしは舌を打った。それは未だに健在であるイブキへの苛立ちもあったが、それ以上に自重出来ていなかった自分に対してでもある。流石に暴れ過ぎたのだ。建物の半分を吹き飛ばしたのもそうだが、大勢の艦娘に……特に善蔵の古くからの戦友である武蔵、雲龍に今の姿を見られたのは痛い。何せ今の猫吊るしは深海棲艦に憑依しているようなモノであり、深海棲艦“そのもの”となっている為に妖精としての力や技術が使えなくなっている。艦娘と深海棲艦の意識を乗っ取ったりすることも出来なければ、新たにプログラミングすることも出来はしないのだから。

 

 (流石に暴れ過ぎましたねえ。これではもう善蔵の願いを叶えるという遊びを続けるのは難しい……まぁ、いいでしょう。およそ50年、遊びにしては長く楽しめました。そして願い云々はさておき、艦娘と深海棲艦による戦争自体はまだまだ愉しめる……今度は私自身がプレイヤーとして戦争に参加するのもいい。問題は妖精としての力を取り戻す方法ですが、それはこの後直ぐにでも出来る。ならここらで1度、今の海軍をイレギュラー諸ともリセットするのもまた一興)

 

 猫吊るしはそう結論付け、改めて眼下のイブキを含む艦娘達を見る。背後では警報が鳴り響き、よく耳を済ませば悲鳴が聞こえてくる。辺りを見回せば吹き飛ばした建物では火災が発生しており、着弾した余波や破壊した建物の破片等で周囲の施設にも被害が出ている。当然、中に居た人間は只では済んでいないだろう。実際、血に濡れた地面が見えた。必死に救助活動をしている艦娘が見えた。そんな艦娘に力を貸そうとしている人間の姿も見えた。

 

 (……こんな風に、ね♪)

 

 

 

 そんな艦娘と人間に向けて、猫吊るしは砲撃した。

 

 

 

 瞬間、着弾した場所から広い範囲のモノが爆音と共に吹き飛んだ。施設や瓦礫があった場所には巨大なクレーターが広がるのみ……艦娘も人間も、まるで始めからそこにいなかったかのように消し飛んでいた。そんな結果を見て、猫吊るしは愉しげに口元を歪ませる。

 

 悲鳴に震える鼓膜が、火災が届ける熱が、己に向けられる畏怖が、イブキが向ける視線が、何もかもが心地好かった。いつも願いを叶えることばかりしていた猫吊るしにとって初めての……否、忘れていた感覚。自分が表舞台に立ち、自分の為の結果を出し……自分の力を思う存分に振るう。まるで神のような、自分には出来ないことなどないという全能感。自分以外の生殺与奪を握っているという高揚感。

 

 「ふ……ふふふ……あははっ! やはりチカラを持つというのは素晴らしい。それが単純な力であれ権力であれその他諸々であれ、大きければ大きいほど良い。持っていて損はない。忘れていた、忘れていました。私はあまりに願いを叶えすぎた。あまりに姿を見せなさすぎた。こんなにも単純で楽しいことを忘れていた!!」

 

 猫吊るしは元々、数えるのも面倒な程遥か昔に存在した人類……人間である。その人間の1人が現代科学を遥かに超える科学力を持って意識をデータ化し、妖精という素体にその意識をロードし、妖精猫吊るしとして生まれ変わり、誰かの願いを叶える為に暗躍してきた。

 

 元々猫吊るしが願いを叶えるなんてことをやり始めたのは、永い永い年月を過ごす為の暇潰しが目的である。だからわざわざ自分が表舞台に立つ必要はなかったし、今回に置いてもわざわざ善蔵の殻を被って動いていた。それは善蔵の願いを叶える為である。だが、妖精の体に戻れなくなり、力を失ったことで……今の体の力をより強く感じた。

 

 弱肉強食……自然界において絶対の摂理。力の弱き者が負けて肉となり、強き者が勝って喰らう。今の猫吊るしはこの場ではイブキですら勝ちを拾えない正に絶対強者。願いを叶えることは出来なくなり、生死の境をさ迷い……そして全ての存在を凌駕する力を得たことで、猫吊るしの“在り方”は変わった。誰かの願いを暇潰しに叶えるのではなく……自分自身の為に自分の願いを叶えるのだと。そしてその願いこそ、猫吊るしの“原点”。

 

 

 

 「さぁ、私をどこまでも……いつまでも楽しませて下さい」

 

 

 

 どこまでも……いつまでも、死という終末ではなく終わりなき“悦楽”を。それを得続ける為だけに、猫吊るしは生きてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 「状況は優勢……ってとこかしら」

 

 場所は変わって戦艦棲姫山城の拠点内にある一室。その中で山城は、仲間達が映るモニターを見ていた。彼女達がそれぞれ5つの出入口へと向かい、降りてきた連合艦隊の艦娘と接触して戦い初めてからおよそ10分程経った頃、彼女はポツリとそう呟く。

 

 第一出入口では時雨と高雄が戦っている。戦況は優勢。海上ではない以上お互いに魚雷を撃てないので火力面では敵側の高雄に軍配が上がるものの、イブキを相手に訓練してきた時雨の回避力は元々の速度も合わさって相当なモノになっている。更に艦娘は海上での訓練はしても陸上での戦闘訓練はあまり行わない為、戦い馴れていない高雄と時雨では動き方もまるで違う。“爆弾を内蔵している可能性があるので倒しても自爆させてもダメ”なんて縛りさえ無ければ、あっという間に時雨は高雄を沈めていただろう……それ程、2人の差は歴然だった。

 

 第二出入口では雷が神通と撃ち合っていた。戦況……拮抗。敵側の神通は改二となっており、雷との性能差を遺憾無く発揮している……が、雷も負けてはいない。神通の砲撃を避け、反撃で撃ちつつも近付き、(いかり)を振るう。しかし神通は意外にも手足を巧みに使い、格闘を用いて雷の接近戦を捌いていた。実力自体にはそれほど差は無さそうだが、故に一瞬の油断が命取りとなるだろう。

 

 第三出入口に居るのはレコン、霧島。戦況は優勢寄りの拮抗と言ったところだろう。金剛の姿をしているレコンを見た霧島が頭に血を上らせて一方的に攻撃しているが、艦娘と深海棲艦の中でも異常な装甲とタフさを誇るレコンには一切通じていない。戦艦同士故に砲撃で出入口が崩れる懸念が山城にはあったが、それはレコンがわざと砲撃を受けて出入口の被害を最小限にする。同時に、殆どダメージがないことを見せ付けて動揺を誘い、近付いて引き千切るように霧島の主砲副砲を破壊したので殴る蹴るの肉弾戦に移行している。主砲以上のパンチ力を誇った日向のような規格外ではない霧島ではレコンを倒す術は無いが、自爆されても困るので一方的に攻撃させていると言ったところだろう。

 

 第四出入口では戦艦水鬼扶桑、陸奥が居た……が、戦闘は既に終わっていた。出会った当初は陸奥が攻撃を仕掛けたが、姫に匹敵、或いは凌駕し得る性能を持つ扶桑を倒すには陸奥の火力では足りない。故に、陸奥は誰よりも早く自爆しようとしたがそれを察した扶桑が一か八かで砲撃を当て、一撃で気絶させることに成功したのだ。そこで1つの可能性が生まれる……気絶させれば爆発しないのではないか? と。無論、直接見た訳ではないので内蔵されている訳ではない可能性もあるのだが。とりあえず、扶桑の所は大丈夫であろうと山城は頷く。

 

 そして第五出入口……そこを映すモニターを見て、山城は唖然とする。そこに映っていたのは……。

 

 「……強いな、第二の軍刀棲姫。だが……あいつには、まだまだ届かんよ」

 

 「……知ったようなことを言わないで欲しいっぽい」

 

 「知っているさ。海軍では誰よりも近くであいつを……イブキの強さを見て感じたのは、私なのだからな」

 

 「っ! うがああああっ!!」

 

 「ふっ……まるで狂犬だな」

 

 いーちゃん軍刀を振るう夕立を、軍刀型の艤装で軽くあしらっている日向の姿だった。




という訳で、クライマックスな感じになりました。試しにルビと“・”を上に付けてみました。後々1話から見直していこうと思います……大掃除かな(白目

善蔵、墜つ。結局彼は猫吊るしの掌の上で躍り続け、何も出来ないままに終わりました。本当に何も出来ないままです。償いも信念を通すことも謝罪も約束を守ることも何もかも、です。最期の“彼女達”は妻の祭や吹雪に曙、その他沈めてきた艦娘や深海棲艦、今まで付き従ってきた艦娘達を全部引っくるめています。



今回のおさらい

猫吊るし、吹っ切れた。その力は比類無きモノ。善蔵、逝く。ただ無念の声と共に。日向、夕立と相対する。最初はこんな強くするつもりは無かったんや。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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