ない
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祐巳が去ってから蓉子はどうやって席に戻ったのかわからないままだし、親友や由乃、令、志摩子が窺う顔で見るのも避けたかった。
これは失恋なのか、そう自身の声が頭の中で問いかける。
答えられないまま、祐巳が来ないでほしい。いや、来て欲しい。と相反する願いを念じる。
「なんかあった、ね。」
聖がそう声をかける。
「ないわよ。」
声を震わせないように、簡潔に蓉子は言う。
「うそおっしゃい。顔青ざめて言っても、説得力ないわよ」
江利子が指摘する。
「私が、祐巳さんにお姉さまへの気持ちをお聞きしましたの。」
祥子が、そう言う。蓉子は祥子を見やる。
「それで、わからない。と言われて...」
祥子の顔も少し、顔色が悪くなる。
「なんだ、分からないならわかるまで一緒に居ればいいじゃん」
聖がちゃらく言いながら、蓉子に好きなんでしょ?と視線を送る。
「そうじゃないの。あの時の祐巳は空白で...それが怖くなったの」
蓉子は怖くなったことが恥ずかしくなり、言う。
江利子や聖が声を出そうとしたタイミングで、老人が音もなく現れる。
気付いた令が、立ち上がり案内しようとする。
「いや、結構。私は皆さんに用がありましてな。」
由乃と志摩子は自身の仕事関係で見知った人間が居たかを探る。
「あれはまだ、夏の暑さも感じる日もあれば、冬が来ることを思う日もある年だったかな。ひっそりと、タイムカプセルを埋めるには不向きな
時間ですな」
老人はまるで見ていたかのように言う。
「何が目的?」
江利子が、老人に敵意を向けながら言う。
「そう怒りなさんな。返して、貰いたくてな。」
老人は蓉子だけを見つめ、
「ユミが空白か。言いえて妙、ですな。あの子に感情は必要ない。これからの人生にもな」
老人は『長老』の顔にゆっくり変えていく。
男がDVDプレイヤーを持って現れた。
「女性には、少しきついかもしれんが。それで、忘れなさい。日の当たらない場所にユミと共にな」
気遣う声音とは反対に、顔つきは嘲りが含まれていた。
「いやよ。どうして、なんの話ですか」
言ってる意味も内容もわからない、と言うように蓉子は言う。
「水野蓉子、32歳。○○大学法学部卒業。留学と大学院と迷うが、大学院に決める。」
老人は今度こそ声にも嘲りを出す。
「なんで...」
蓉子は一部の人間しか知らないことを知ってる老人に恐怖を感じる。
「いつもでしたらな、あなたらの情報を元に色々やるんですが。返して忘れてくれるだけで、ちゃらです。小笠原のご令嬢もいらっしゃるし」
そう言いながらプレイヤーを操作する。
画面には幼い女の子が泣きながら男に組み敷かれていた。
瞳はそれでも澄んでいた。
顔にはどことなく見覚えがあった。
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「ユミの母親が、ユミを売ったんですな。小学低学年の楽しい楽しい長期休暇の一日目に。」
長老は七人を見渡す。最初の、ショックだけを感じている状態、反応をしているのでそのままにする。
「あの子にとって、自分自身を含めた全てがガラスの向こうなんですよ。私が感情を教えた。私が教えなかったのはあの子の笑顔ぐらい。生まれた
時から持っており、人間の隙間に入り込むのに適しておるから放っておいたが結果が...」
残念だ。と言うように顔を伏せる。
「何がしたいの?こんな悪趣味なもん見せて」
聖が侮蔑をそのままに長老に言う。
「そうよ。仮に、これが祐巳さんだとして。誰構わず見せていいわけないじゃない」
由乃が自身の何かに触れる、映像と長老の手段に怒り、聖に続く。
「ほう。佐藤聖さん、島津由乃さん。それに、鳥居江利子さん、藤堂志摩子さん。支倉令さん。小笠原祥子さんですな。あなた方が水野蓉子さんを
想うなら、もう関わらないほうが身のためだ。これからも、あなた方が日の光りの中を歩きたいなら。」
七人を見渡し、映像を全員が見れる場所に移す。
「嫌だと言ったら?これが祐巳の過去だとして、関係ないわ。傷があるなら、包むのがこれからしないといけないことだわ。あなたが何者かは知らない
し、祐巳との関係も知らないけれど。やっていることは、侮辱ものだわ」
蓉子は、毅然と長老に向かう。
「包む、ですか。」
長老はただ、おかしそうに笑う。
「何がおかしいのよ!他人の傷に触って」
由乃が感情のままに言う。
その時、祐巳がやってくる。
「長老、見せたんですね。お持ちになってらしたとは。」
無機質な顔で七人を見やる。
「ああ、ユミ。お前のからコピーさせてもらったよ」
長老は何でもないかのように言う。
「祐巳さん、その方は...」
仕事柄、似たようなことに関わるがついさっき知り合ったとはいえ、知り合いが当事者だということに動揺を隠せない志摩子が言う。確かに、由乃の過去・
七人でのあの時も似ているが、こうも映像で生々しく突きつけられたショックは志摩子も祥子、令も大きい。
「ええ、私の育ての親です。」
祐巳は映像の内容には不似合いな、向日葵のような笑顔で言う。
「多分、いえ。長老が居なければ、私はそこらへんで死んでました。母親のように、薬に溺れるかろくでなしに落とされて。」
最後の部分はあり得ないでしょうが、と付け加え。
七人に自身の過去を淡々と語り、その表情の変化のなさと内容、未だ流れる映像に七人はショックから硬直していく。
「わかって頂けますな。ユミはあなた達の場所では生きれない。いや、誰とも歩けない。『闇の女王』として生きていくしかない」
長老は強く言う。
令と祥子は『闇の女王』に反応し、口を開きかけた。
その時、
「祐巳は俺が幸せにする。長老にも渡すもんか!」