生前幽々子と妹紅の話

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「不死者を『天敵』とまで言う幽々子だけど生前なら寧ろ近くにいれるありがたい存在なんじゃないか」という妄想と「二人とも歴史上の人物を親に持つと考えられる」という設定から出来ました。最後にちょっとだけ紫が出てきます。ピクシブ(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1302367)にも投稿してます


紅い墨桜

 風が、吹いた。

 

 眼前にある巨大な満開の桜は枝を揺らしこそすれ、一切花弁が散ることはなかった。

もう一度、先程よりも強い風が吹く。

 それでも目の前の桜は先程と同じく、枝が揺れるだけでそれ以外には何も起こらない。

 

(寧ろ、それがこの桜の妖しさに繋がっているのかもしれない)

 

 妹紅はそう思いながら小高い丘の上にある巨大な桜を眺めていた。

 

 

 ふと、だれか人の姿を視界の片隅で捉えた、ような気がして妹紅は振り返ると、小走りでどこかへ駆けていく人の姿があった。

 

(……?)

 

 この桜を見に来たが、先客がいたので急いで戻った、というわけではなさそうだ。

 そもそも、この桜に近づく人自体稀有なのだ。

 なぜなら―

 この桜は『西行妖』と呼ばれる、近付く者の命を奪う妖木だからだ。

 

 

 一通り妖しく美しい桜を堪能したところで、妹紅は丘を下ることにした。

 するとそこへ、

 

「あ、あの…」

 

と声をかけてくる人物がいた。

 

「アンタ、さっき向こうへと駆けていった奴か?」

 

 先程は後姿だったため確証は持てないが、身に着けているものからそう推測できた。

 

「あ、そうです。…あの桜を、見ていましたよね?」

「そうだけど」

 

 いきなり変な問いかけをしてくる目の前の人物を訝しみながら答える妹紅。

 

「あの桜について、噂は聞いたことがないんですか…?」

 

 無論知っている。この辺ではかなり有名な噂だ。しかしあえて妹紅は知らない、と言った。

 

「そうなんですか…」

 

 目の前の人物はそこで言葉を切り、何か迷う素振りを見せつつも口を開く。

 

「あの、申し上げにくいんですが、実は、貴女は、その、…死んでしまうかもしれません…」

「…随分と急な話だな。忠告はありがたいがとてもそう言われて、はいそうですかとは信じられないな」

「……そうですよね。すみません、変なこと言って。それでは、失礼します…」

 

そう言うと目の前の者は駆けて行った。

 

 

 ―やっぱり、信じてもらえないよね。

 幽々子は一人になったところで、先程の会話を思い出していた。

 これまでに何人の人があの桜によって命を落としてきたのだろうか。せめて死が避けられないのならば、言ってあげて少しでも覚悟をしてもらえたら。そんな思いで声を掛けてきたが、誰も取り合わず、そして死んでいった。取り合ってくれないのに、わざわざ話しかけ、死の宣告をする。それは単なるエゴかもしれない。けれども信じてくれる人が万が一にでもいるかもしれない。そう思って話しかけてきた。

 …恐らく先程のあの少女も今日のうちに死んでしまうだろう。

まさか今頃になってあの桜に近づく者がいるとは思いもしなかった。旅人か何かだろうか?

 ……どうでもいい。死んでしまう人のことを考えても意味がない。

ただでさえ精神が押し潰されそうな中、努めて幽々子は考えないようにした。

 

 

「えっ…?」

「よう。また会ったな」

 翌日。何の気もなしに西行妖へと行くと、昨日会ったあの少女がいた。

 

「な、なんで…?」

 

 明らかに狼狽する幽々子を面白がるように妹紅はクックッと笑った。

 

「そりゃ驚くだろうなぁ。今までは全員お亡くなりになったんだろ?」

「……!貴女、本当は噂を知っていたのですか?」

「まぁな。かの有名な歌人が桜の下で死にたいと思い、それを実行。それを見たその歌人に心酔する奴らも同様にこの桜の下で死んでいったところ、いつの間にかこの桜そのものが人の命を奪うようになった。違うかい?歌人の娘さん」

 

 淡々と言葉を紡ぎながら幽々子へと問いかける妹紅。

 

「…すごいですね。概ね正解です。」

 

 俯きながら頷く幽々子だったが、先程の疑問がまだ解消されてないことを思い出した。

 

「さらにその結果、娘である私にも人の命を奪ってしまう能力がついてしまいました…。でも、貴女は生きています。それは、何故なのですか?」

 

 幽々子の問いに対する答えを、妹紅はひとつため息をついてから切り出した。

 

「この世には、まさか、と思うことがある。そのことは、そんな能力を持っているアンタなら分かるだろ?」

「え、ええ。確かに、こんな能力がついてしまうとは…。いきなり何の話ですか?」

「いいから聞けって。要は私も同じなんだよ。いや、真逆か?」

「同じで真逆…?」

「私はな、不老不死なんだよ。特異な能力を持ってることは同じでも、その能力の中身は全くの逆だ」

 

 

 風が吹き、西行妖の枝が揺れる。けれども花弁が散ることはない。その木の下では一方が驚愕を顔に浮かべ、もう一方は醒めた目でその表情を見つめる。

 

「不老不死…、ですか。にわかに信じ難いですが…」

「それはそっちにでも当てはまるとは思うがな、まぁいい。もし今の話が嘘だとしたら、私はなぜ今ここにいる?不死でもなければ翌日まで生きられないんだから、それが何よりの証拠だ」

「い、いえ。例えば…そう、西行妖か、もしくは私の能力が無くなったって、可能性…も…」

 

 語尾が消え入りそうになりながらも、予想、というよりも願望を口にする幽々子だが、それをあっさりと妹紅は斬り捨てる

 

「それは考えにくいな。確かにアンタの能力は後天的だから、何かの拍子に無くなることがないわけではない。しかし、アンタ程の強大な能力がいきなり消えるのは、何百年と妖怪を見てきたがまずないな」

「そう、ですか。不死の人が言うと、説得力が違いますね…」

 

 落胆をする幽々子だったが、それを励ますように妹紅は肩をポンポンと叩いた。

 

「ま、そう気を落とすなや。…なんかさ、アンタ、私と似てんだよな。だからほっとけないっていうか」

「似ている…ですか?」

「まぁ、自分の、この能力を快く思っていないとことかな。私の場合はアンタと違って、自業自得と言えば、そうなんだが」

「自業自得…そうなんですか?」

「ま、それには色々と面倒な過去があって…って、つい喋りすぎちまったな。珍しいんだぜ?私が誰かに自分のこと話すのなんて」

 

 ほぼ一方的に妹紅が話すだけで、幽々子は相槌を打つだけではあったがそれでも、幽々子は肩の荷が下りたような、楽な気持ちになれた。

 

「あの…、ありがとうございました」

「うん?礼を言われるようなことをした覚えはないが」

「いえ…話していると、なんだか気持ちが楽になりました」

「…そうかい。そりゃよかったよ」

 

 妹紅そう返事をすると、クルリと背を向け歩き出してしまった。

 

「あ、あの!出来ればまた後日会えませんか?」

 

去っていく背中に幽々子は声をぶつけると、妹紅は立ち止まった。

 

「…どうして?」

 

 何故だかどうしようとしても、その背中が遠ざかってしまうように思ってしまった幽々子は立ち止まってくれたことに安堵しつつ、話を続ける。

 

「私、誰かと話をするのが久しぶりで…それで…」

「残念だが、私だってこんな体質である以上、一つのところにはそう長くいられないんだ

が」

 

 なんとか立ち止まってはもらったものの、そのあとの願いを聞いてもらえず、俯く幽々子。その姿を見かねたのか溜め息をつきつつ、口を開く。

 

「まぁ…、そう思っていたんだが、どうせ他の人と触れ合うことは無いだろうしな…。別に居てもだめじゃぁないが…」

 

 それを聞くと俯いていた幽々子は、なおも喋ろうとする妹紅を遮って手を取りありがとうございます!と礼を言った。

 

「お、おい…?」

「本当にありがとうございました!では私はこれで。後日絶対に会いましょうね!」

 

 一気にまくしたてた後、妹紅が言葉をする余地もないまま幽々子は走って行ってしまった。いきなりの幽々子の押しの強さにポカンとしながらも、仕方がないか、と呟きゆっくりと丘を下って行った。

 

 

「ホラホラ、早くしないと置いて行きますよ?妹紅さん」

「へーいへい。今向かってますよー」

 

 後日会うという約束をしてから数日後、あれ以来行っていなかった西行妖へ妹紅が行くと幽々子が待っていた。

 後日、としか言っていないにも関わらずちゃんと会えたのは偶然か、もしかすると毎日待っていたんじゃあ、と訝しんだもののどっちでもいいか、と判断することにした。

 

「お久しぶりです妹紅さん。それじゃあ、行きましょうか」

「いやちょっと待て。行くってどこだ」

「あれ、言ってませんでしたか?お花見するって」

「…初めて聞いたぞ」

 

 というか初対面のときと印象随分と変わったな、何故か下の名前呼びになってるし。そんなことを考えつつ、花見自体の案は悪くないな、と思った。

 

「…ただ、花見って桜か?見飽きてるんじゃあ…」

「西行妖は元々墨桜っていうのでして。寧ろ普通の真っピンクのはそれほど見ないんです」

 

 その言葉に頷いた妹紅は行くなら早く行こう、と幽々子を促し、自分もそれに続いた。

 

 

「へぇ…」

 

 幽々子に連れられて、人気の無い川のほとりへとやってきた妹紅は目の前に咲く一本の大きな桜を目にし、思わず感嘆の声を漏らした。

 

「すごいな。こんなところに桜が咲いていたなんて」

「この近くに住んでいる人くらいしか知らない穴場なんですよ。それに周りの人はもう見飽きているのか見に来る人もあまり多くないんです」

「成程ねぇ。ま、さっさと一杯やろうや。酒はあるんだろ?」

「ハイ。ただ、私あまり飲めないので…」

「なんだよもったいないなぁ。ま、じゃあ私は一人で呑んでいるかな」

 

 それから一時間ほど経ったころ。酒を呑み浅い眠りについていた妹紅はゆっくりと瞼を開いた。するとちょうど幽々子の横顔を下から見上げる格好になった。

 その時の幽々子の表情を見て妹紅は多少驚いた。思い詰めたような、それでいて諦めの様相、そして今にも消えてしまいそうな儚さと、不思議な表情をしていたからだ。

 

「幽々子…?」

 

 声に出してはみたもののそれは掠れ、ほとんど口だけの動きになってしまい、視線をこちらに向けていない幽々子は何の反応も示さなかった。いや、例えこちらを見ていても反応しないのではないか。そう思わせるほど幽々子の目はどこか虚空を彷徨っていた。

 

「幽々子?」

 

 今度は先程よりも大きく声を出した。すると幽々子はハッと気付き、ぎこちない笑みを妹紅へと向けた。

 

「…どうしましたか?妹紅さん」

「……何を考えていた?すごい表情だったぞ」

「ああ…、いえ、別に…」

「…言いたくないんだったらいいけどさ」

 

 結局その日はそのままお開きになってしまい、二人は別れた。

 それからも、ちょくちょく二人は会いはしたが、幽々子はふとしたときに花見の時の表情を見せた。それは、日を追うごとに厳しさを増していった。けれどもその度に幽々子は何でもない、と言うように笑みを浮かべそれ以上は語ろうとしなかった。

 

 妹紅も決して深追いはしなかった。あまり深く知ってしまうといずれ、しかし必ず来る別れの時に悲しくなってしまうから。これまでそうしてきたし、そもそもここまで会ったりするほど自体妹紅にとっては特別なことだった。

 

 しかしそのいずれ、と思ってきた別れはあまりにも突然やってきた。

 

 

(………)

 

 なんとなく、妹紅は嫌な予感がした。それは待ち合わせ場所と化した西行妖へと向かっていくうちにどんどん強くなってきた。

 

 そして妹紅が西行妖のもとへ着いたとき、その目に飛び込んできたのは嫌な予感を的中させるものだった。

 

「幽々子…」

 

 そこにあったのは自ら刀で自害したであろう幽々子の死体と、花弁が全て散った西行妖だった。

 妹紅は幽々子の体を抱きかかえると、その顔はかつてのあの時の表情に近く、苦痛のほかに諦観のような表情も見て取れた。そのまま妹紅は幽々子の体を寝させ、自分は立ち上がり裸の西行妖を見た。するとなぜか、あの時の会話が脳裏をよぎった。初めて親しく交わされた会話だろうか。よく理由も分からないまま妹紅は独り呟いた。

 

――ホラホラ、早くしないと置いて行きますよ?妹紅さん

 

「ハァ…。死ねない私への当てつけみたいだな…」

「…せめて、老いて逝けよ…」

 

 その言葉は以前と変わらず花弁を散らすことのない風にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?いつまでそこにいるんだ?」

 

 振り返らずに妹紅は問いかけると、その人物は気付いていたのね、と苦笑した。

 

「そりゃあ、そんだけ強い妖気を放ってりゃあな。何者だ?」

 

 その人物は見た目こそ人だが、空間の切れ目のようなところから顔だけ出しており、それだけで普通の人間とは違うとみてとれた。

 

「私は八雲紫。前々からそこの自殺した人物に興味があったから見てただけよ。因みに本人との面識はないわ。…特に何も行動を起こさないの?」

「そーかい。…普段だったら妖怪ってだけで殺ろうと思うんだがな。アンタは今までのやつと違ってかなり強そうだし、何より気分じゃない」

「それが賢明な判断というやつよ。…それにしても珍しいわね。貴女が人ひとり死んだだけで落ち込むなんて。それとも永らく人と接しなかったからかしら?不老不死って大変ね」

「放っとけ。…それにしてもよく私のことを知っているな」

「フフッ。あなたも興味があったから。そうそう。あと、その子が自殺したのは当てつけなんかじゃないわよ」

「…理由を知っているのか?」

「まぁね。簡単に言えば西行妖を封印するため。ま、詳しくは難しいし面倒だから話さないけど」

「お前…!」

「それより、このままは可哀そうだから土葬にしてあげた方がいいんじゃない?お友達なんでしょう?」

「ハァ?なんで…」

「素直になりなさいよ。仲良かったんでしょ?それくらいしてあげなきゃ」

「チッ…」

 

 舌打ちをしながらも土葬の準備に取り掛かろうとする妹紅を見届けると、紫は切れ目の中へと戻ろうとしたが、最後に妹紅へ向けて言葉を掛けた。

 

「もしかしたら、ずっと後に会えるかもね」

「…どういうことだ?転生か、それとも幽霊としてとかか?」

「それは自分で考えなさ~い」

 

 そう言うと今度こそ紫は切れ目の中へと戻り、姿を消した。

 

 それから数時間後、幽々子の体を埋めた妹紅は西行妖を一瞥すると丘を下って行った。

 最後に紫が残した言葉。けれども妹紅は、もう会いたいとは思わなかった。もし会ったら、つらいことを思い出してしまうから。

 これからも文字通り永遠を生きるのだから、今後は本当に一人で過ごしていかなければ。誰かと親しくなるのはとてもつらいのだから―

 

 

FIN

 


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