レミ&パチェと切り裂きジャックの話。同人誌に寄与したものです。

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同人誌に寄与したもの。ピクシブ(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=2158143)にも投稿してます


第1話

※作品の展開上若干のグロ描写があります。苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

『切り裂きジャック』

一八八八年ロンドンに出没した連続殺人鬼。売春婦を中心に少なくとも五人を殺害した。鋭利な刃物が凶器として使われ、メスと思われたことから犯人は医者あるいはそれに準ずるものとみられたりしたが、当時は指紋捜査すらなく繋がりのない犠牲者を襲う殺人犯を捕えるのは非常に困難であり、真相は百年以上経った今も明らかになっていない。また、『切り裂きジャック』は女性であるという説も存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

一八八八年九月一日、イギリス、ロンドン 正午過ぎ

 

「なんだかさっきから騒がしくない?」

 ロンドン市内に置かれている道の脇のベンチ。そこでレミリアは自ら持った日傘の柄を見つめながら、隣に座る自分の友人に問いかけた。

「知らないの?レミィ。夜更けに市内で殺人事件が起こったのよ」

 手元の本から一切目線を外さずに淡々と答えるパチュリー。それに対しレミリアは若干驚いたような、呆れたような表情を浮かべつつパチュリーの方を見遣る。

「知らないの?……って、知ってるわけないじゃない。私達がロンドンに戻ってきたのなんてつい数時間前のことよ?寧ろ知っているパチェの方がどうかと思うけど」

 レミリアの言うとおり、二人はこの日の午前中にロンドンへと戻ってきた。にも関わらず、ほんの僅かな時間でこの街の情報を手に入れるパチュリーのことが不思議だった。

「レミィが周りに関心なさすぎるのよ。もう少し目を配ったりしたらどうなの」

「そんなこと言われてもねぇ。アレよ、今までの行程が意味なさ過ぎて意気消沈してたのよ」

 ここへと戻ってくる前、二人はヨーロッパを中心にある調査を行ってきた。それは妖怪たちの楽園と称される『幻想郷』へ行くための方法である。

「しょうがないでしょ。ないものはない。ここで休んだら、また別のところの調査に行かなきゃならないんだし」

 そこでパチュリーは初めて本から目を離し、レミリアの目を見る。友人の尤もな意見に押され、わかったわよと呟く。

「とりあえず、今日は適当にホテルを探して泊まりましょうか。これからのことにも備えないと」

 そうパチュリーが言って立ち上がると、レミリアも陽光の下に出ないよう気を付けて後を追った。

 

 

 ロンドン市内のとある貸家。あまり大きいとは言えない家に入っていく一人の少女。少女は扉を開けると、

「ただいま」

と声を家の中に掛けた。すると奥の方から男性が顔を出す。短い金髪に口髭をはやし、中肉中背の男性だ。

「やぁ、おかえり。大丈夫だった?」

「大丈夫よ、ドルリート。そもそも買い物に外に出るくらいで何を気を付ければいいの?」

 少女は笑いながら答えたが、ドルリートと呼ばれたその英国人は至って真面目な顔をするのだった。

「昨日、殺人事件が起こったというじゃないか。元々君は外にあまり出ないし、用心するに越したことは無いだろう?」

「大丈夫よ、今は自分のことに集中して。ドルリートは教師としての仕事があるでしょう?」

「ごめんな。どうにも補助教師の仕事は慣れなくて」

「大丈夫よ。それに、私だって居候させてもらっている身で買い物すら行かないなんて嫌だもの」

「居候だなんて。僕は君を家族のように思っているよ」

「あら、ありがとう。嬉しいわ」

「でも、それでもそう心配してくれるのは嬉しいよ、サクヤ」

 

 

九月二日

 

この日の朝。吸血鬼であるにも関わらず、朝早くに起きたレミリア。

「おはよう、パチェ」

「…レミィ、貴女ずっと思っていたけど、ヨーロッパのときからなんで朝早く起きているの?吸血鬼やめたの?」

「違うわよ、吸血鬼やめたりなんてしていない。ただ、聞き込みとかするのには昼間の方が都合いいでしょ?私は別に数日くらい寝なくても平気だからいざとなれば昼夜ずっと活動することも可能だし。大体、それならパチェだって、魔法使いなんだから寝る必要ないんじゃないの?」

「それはそうだけど、ある程度睡眠をとった方が脳の働きがよくなるのよ」

 パチュリーの言葉に対しあっそ、と返したレミリアは、適当に朝食でも食べてこようと部屋を後にした。

 

 簡単に食事を済ませた後、二人は食後の紅茶を飲みながらこれからどうするかを離すことにした。

「ぶっちゃけあれだけヨーロッパ隅々まで回ったのになんの手掛かりもなかったのよねぇ。少し時間を置きたい気分」

「時間を置くって…どれくらい置くつもりのなの?」

「うーん、場合によっちゃあ三、四ヶ月ぐらい?」

 申し訳なさそうにハハハ、と笑うレミリアだったがパチュリーの反応は溜め息を一つしただけで反対はしてこなかった。

「別に…いいわよ。レミィが良ければそれでも。そんなに急ぐことじゃないしね。それに…」

 それまでレミリアに対して体全体を横に向けていたパチュリーだったが横目でレミリアの方を向きニヤリと笑う。

「気になっているんじゃないの?昨日耳にした殺人事件」

 分かっていたか…、と頭を掻くレミリア。

「お見通しってわけね、すごいわよパチェ。そうね、なんだか昨日からその事件が頭から離れないのよ」

「でも、事件はわりとありふれたものらしいけどね。事件の舞台となったイーストエンド地区は今のロンドンの問題を縮図にしたようなものっていう噂だし」

「でも、なんだか、気になるのよね…」

 結局一言で表すならば『胸騒ぎがする』ということである。しかしパチュリーは百年来の付き合いでレミリアのこういう予感等はよく当たるというのを知っていた。そのため曖昧な返事をしていても乗っかってやろうという気持ちがあるのである。

「わかったわ。じゃあ、この件少し調べてみましょうか。実は、こういうのに結構役立つ魔法があるのよ」

「へー。どんな魔法なの?」

「所謂催眠魔法よ。これを警官にかけて私たちの前で機密情報も話してもらうようにすれば楽よ」

「いいわね、それ!パチェやるじゃない!」

 はしゃぐレミリアを横目に立ち上がったパチュリーはさっそく件の魔法をかけるために警官を探しに行った。残されたレミリアはすっかり冷えた紅茶を飲み干すとホテルの自室へと戻ることにした。

 

 

 ノックの音が聞こえる。その時サクヤは家の掃除をひと段落させ、ひと息ついたところだった。元々あまり人の訪ねてくることのない家だけに、若干珍しがりながらも玄関へと向かう。

「すみません、ドルリートさんはいらっしゃいますかな?警察ですが」

 扉の向こうからは野太い男の声が聞こえる。サクヤが扉を開けると、男の想像外の人物が出てきて驚いたのだろう、多少動揺を見せつつも話し始める。

「ええと、東洋人の御嬢さんでしたか。英語はわかりますかな?」

「OK. Please talk naturally(大丈夫、普通に話してください)」

「そうですか」

 見た目に反して普通に言葉が通じることに安堵しつつ、警官は話を続ける。

「それではいくつか質問をさせていただきます。なに、それほど時間はとりませんので」

「わかりました。なんでしょう?」

「つい先日、ロンドン市内で殺人事件を起こったことはご存知ですな?売春婦が殺されたやつです。事件の起こった八月三十一日の深夜、三時頃に何か不審な者を見たり、怪しい物音を聞いたとかいうのはありませんかな?」

「……いえ、ありませんね。というか、そんな時間は普通に寝ていましたし、起きている方がかえって怪しいのでは?」

「ううむ…ま、そりゃそうでしょうな」

 これまでにもあまり芳しい成果は上がっていないのだろう、警官は幾分疲れた顔で顎を撫でている。

「事件の調査はうまくいっていないのですか?」

「ええ、まぁ。目撃者がいない深夜の出来事ですからねぇ。寧ろ捕まえる方が困難に思えます」

「…そうなんですか」

「そういえば、東洋人と言えば数年前に日本の学生さんが何百人か来たっていう話がありましたな。御嬢さんもそれで?」

「いえ、私は違います。……もういいですか?やりたいことがあるのですが」

「おっと、それはそうでしたか。ドルリートさんにも一応話を伺いたいので、また後日改めさせてもらいます。それでは」

 警官が扉を閉めると、サクヤはフゥ、と軽く息をついた。

 

 

某ホテルの一室 夕方

 

 夕日が閉めたカーテンの隙間からホテルの部屋の中へと漏れてくる。レミリアとパチュリーは朝に仕掛けた警官への魔法によって事件のあらましを把握した。その内容は以下の通りである。

「被害者はメアリ・アン・ニコルズ(四十二)。売春婦。パブを出た後にイーストエンド地区、ホワイトチャペルロードにて殺害される。喉、及び陰部から腹部にかけ二度引き裂かれ、腸が飛び出ていたという。死亡推定時刻は深夜二時~四時の間」

「結構発見時の状態は酷かったのね」

 パチュリーは情報をメモしながら淡々と話す。

「第一発見者はさぞかし驚いたでしょう。それにしてもここまでするのは物盗りとは思えないわね」

「なかなか面白いと思うけれどね。ここまでするのは並みの人間には出来ない。私は少し興味出てきたわ」

 話している内容はグロテスク極まりないのに、二人の表情は一切そんな風には見えず、寧ろレミリアは時折笑みを浮かべているために声を聴かなければなにか楽しい旅行の計画でも立てているかのようだ。そして実際レミリアは旅の前によくある高揚感に似たものを感じていた。

「もしかするとこの犯人、人間じゃないかもしれないわね」

「うーん、そうかしら。まだ何とも言えないけど、少なくとも鋭い刃物に似た武器を持つ妖怪、っていうのは聞いたことないわね」

「まぁ、今は人間でも妖怪でも変わりないけどさ。もう少し調べてましょうか。パチェ、まだ警官にかけた魔法解かないでおいてね?」

「わかったわよ。とりあえず、あと一、二週間はかけっぱなしにしておくわね」

「よし。それじゃあこの事件はこれくらいにしときますか。パチェ、少し早いけど夕飯食べに行かない?」

「いいわよ。行きましょうか」

 

 

某貸家 夜

 

サクヤとドルリートの二人は向かい合って、特にそれまで話すこともなく食事をしていた。するとサクヤが、ふと思い出したように声を掛ける。

「そういえば…、今日、警官が訪ねてきたわ」

「警官?なんでだい?」

「なんでも、この前起こった殺人事件のことを聞き込みしているらしいわ。まぁ、事件が起こった時間なんて普通は寝ているものだけど。あ、それと貴方にも後日聞きに来るって言っていたわ」

「そうか、分かった。ありがとう。しかし、最近は何かと物騒だからな。産業の革命に成功したとはいえそれが原因で新たな問題も生まれてくる。貧困に喘ぐ人たちだって多い。まぁ、私はそれとは関係なしにお金がないんだけどね」

 ハハハ、と最後は冗談めかして言い笑ったドルリートだったが、それに対してサクヤは笑顔を見せなかった。

「どうしたんだい?サクヤ」

「いや、ちょっとね。……どうしても私がいるせいでより貧しくなってしまっているって考えてしまうの」

「だからそんなの…」

「わかってる。貴方はいつも違うって言ってくれるけれど、それでもたまに自分でどうしようもなく自分を責めてしまうの」

「…それは仕方ないことさ。それにね、私は君にずっと笑顔でいてほしいんだよ。そんなことで悩んだりせずに笑って。私もそれでお金がないことなんてどうでもよくなるんだ。寧ろ頑張ろうって気になるんだ」

「ありがとう……」

 サクヤは目に涙をためながらもドルリートの言った通り満面の笑みを浮かべる。

「それじゃあ食べようか。せっかくの君の料理が冷めてしまうからね」

 自分の料理を口に運ぶドルリートを見ながらサクヤはありがとう、と聞こえないように呟いた

 

 

九月三日

 

 この日の二人の予定は、殺人事件に関することではなく、『幻想郷』に関することでもなく、既に何ヶ月もあっていないレミリアの妹、フランドールに顔見せをすることだった。

「でもいきなりどうして?なにも今日みたいな中途半端なときでなくても…」

「いや、本当はこっちに戻ってきたその日にでも行かなきゃなんなかったんだけど…。色々とあって忘れていたわ。多分、フランのことだから結構機嫌悪くなってそうね…。世話係の妖精メイドに八つ当たりしていなきゃいけないんだけど」

「それならなおさら、早く行かなきゃいけないんじゃない?もしかすると今にでも感情を爆発させているかもしれないわよ?」

「……わかってるわよ」

 

ロンドン郊外。木々の生い茂る森の中をフランのいる館を目指してレミリアとパチュリーは飛んでいる。

「もうすぐなはずだけど…あ、見えた」

頭上の木々のせいで昼間でも相当に薄暗いこの場所は地元の人でも滅多に寄り付かないため、人と離れて暮らすにはうってつけの場所だった。二人は周りの緑に意外にも合っている、真っ赤に塗られた館を見上げると、そのまま入っていった。

 

 館へ入り、地下へと続く階段を下りていくと、一人の妖精メイドと鉢合わせした。

「あ、レミリア様。それにパチュリー様。お戻りになられましたか」

「今日はフランに会いに来ただけよ。今は部屋にいるの?」

「ハイ。偶に戻ってくるのが遅いという旨の愚痴を仰ってましたが、それほど深刻なものでもなさそうです」

「そう、分かった。行っていいわよ」

 そのまま地下に辿り着き、フランの部屋の扉を開けると、フランドールはうつ伏せで本を読んでいた。扉が開いた音に反応して目線を上げると突然のことで驚いたのだろう、目を丸くしながら立ち上がった。

「お姉様、それにパチュリーも。いつの間に返ってきていたの?」

「つい先日ね。本当はこっちに戻ってきたときすぐにでも来ればよかったんだけど、色々あって…」

「色々?ロンドンで何かあったの?」

「まぁ、殺人事件がちょっとね。それに少し興味を持って調べたりとかしていたわ」

「へ~、お姉様探偵みたい」

「そんな大層なものじゃないけどね。…ところでフラン。後ろのあの本はパチュリーの?」

 レミリアは先程までフランドールが読んでいた本を指さして言う。

「ええ。暇だったからメイドに頼んで持ってきてもらったの。それとも、読んだら駄目だった?」

パチュリーの方を向いて申し訳なさそうにするフランドールだったが、パチュリーは大丈夫よ、と微笑んだ。

「寧ろ本に興味を持ってくれて嬉しいわ。ただ、これからも事後報告でいいからお願いね?」

「うん、わかった」

「さて、と。私達、もう行くわね。もう少ししたらこっちで生活するようにするから。旅の話とかはまたそのときにね」

「わかった、お姉様」

 

 地下の部屋から階段を上って外に出る。その時周りを見渡しながらレミリアが言った。

「ねぇ、パチェ。ここだと見晴しが悪いとは思わない?人と出会うのが面倒だからこういう薄暗いところに館を置いたけど、『幻想郷』に行ったら別にそんなの気にしなくてもいいわよね」

「そうね。元々館には窓が少ないんだから暗さを気にする必要はないわけだし」

「どうせなら湖とかの近くだったら。綺麗だと思うのよね。…ま、そこら辺は追々考えることにしましょうか。さて、そろそろ行きましょう」

 

 

 それから五日余りが過ぎた。一週間前、残虐な事件性から話題を集めた殺人事件も目撃者がいなかったために捜査は難航、また類似の事件も発生せず殺人の起こったイーストエンド地区、ホワイトチャペルロードはある程度の平穏が戻った。

 この日までは。

 

九月八日

 

「レミィ、また事件が起こったそうよ」

 この日の朝。レミリアはパチュリーに体を揺さぶらされて目覚めた。

「…随分情報が早いのね。どうしたらそんなに情報ゲットできるの?」

「たまたま寝ないで外を眺めていたら、なんだか騒がしくなっていったのよ。不審に思って野次馬について行ったら、一週間前のあの事件と酷似していたらしいわ。被害者はとっくに処理されたらしいけど。刃物で切り裂かれて内臓が飛び出ているとのことらしい。今日の朝方の話よ」

 その後、パチュリーの魔法にかかった警官によって詳しい情報を得ることとなった。もっとも、情報収集に時間がかかり手にしたのは夕方になってからだったが。

『被害者はアニー・チャップマン(四十七)事件現場近くの簡易宿泊施設の料金払えず追い出されたのがアニーの最後の目撃情報。死体の状態は首の切り込みが深く、骨だけが胴体とつながっていたという。また、腸が引き出され体の上に乗っており、他の臓器も周囲に散らばっていた。子宮が持ち去られていた。この事件も全く目撃者はおらず、被害者の悲鳴を聞いた者もいない。』

 

「ふーん…、確かに一週間前の事件を手口は似ているわね」

 とりあえず一通り警官から話を聞いたレミリアの第一声はそれだった。確かに、刃物らしきものが凶器という点や、内臓が飛び出ているという点で同一犯の可能性が高いだろう。

「ねぇ、パチェ。ちょっと今日は外に出てみない?」

「外?まさか前に妹様の言っていた『探偵』の真似事でもするつもり?」

「ええそうよ」

 遠慮や躊躇いといった言葉とはいかにも無縁なように胸を張るレミリア。こうなってしまっては止めようがないのは付き合いから分かってはいるのだが、正直外に出るのが非常に億劫なパチュリーはせめてもの抵抗をすることにした。

「私は嫌よ。そもそもレミィ、吸血鬼が自ら昼間の陽の下を歩こうとするなんておかしいわよ?それでもどうしてもっていうのなら一人で行ってちょうだい」

「別にいいじゃない。日傘があれば問題無いんだから。というわけで行きましょうか」

「ちょ、ちょっと」

 抵抗も意味なく、強引に手を引っ張られ部屋の外へと連れ出されていくパチュリー。吸血鬼の力にかなうはずもなく、ただただ引きずられながら

(倒れないように気を付けよう…)

と心の中で諦めの色が混ざった決意をするのだった。

 

 

「パチェー?大丈夫―?」

 夕方まで情報を求め方々を駆け巡った二人だったが、結局出発時の決意むなしくパチュリーがダウンしていまい、道の脇にあるベンチで休憩をしているところだった。

「……貧血だわ」

「悪かったわ。あまり強引に連れまわして」

「……いいのよ、あんまり気にしないで。ただ、冷たいものが欲しい…」

「冷たいもの…ねぇ」

 レミリアが辺りを見渡すと、ちょうど二人のいる道を挟んで反対側に小さな飲食店があった。あそこなら飲み物をテイクアウトすることも可能だろうと判断し、パチュリーに

「今持ってくるから」

と言いながら立ち上がり、向かおうとした。しかし、ちょうど夕日を防ぐために傾けていた日傘で死角になっていたらしく、道を歩いてきた人物とぶつかってしまう。

「あっ、ごめんなさい」

 ぶつかってきた人が謝る。

「いえ、こっちも悪かったわ…」

 レミリアも謝りながらその人物を見上げると、ロンドンではあまり見ない東洋の顔立ちをした少女だった。

「あの…何か?」

 見慣れない東洋人の顔に無意識に眺めていたらしく、少女は多少訝る。

「ああ、いえ。随分綺麗な顔をしているな、と思ってつい見とれてしまったわ」

「あら、お世辞がうまいんですね」

 フフフ、と笑っていた少女だったが、ふとベンチの方を見るとレミリアに問いかけてきた。

「あちらの方は友達ですか?随分顔色が悪いですけれど」

「ええ、そうよ。ちょっと貧血で、冷たいものが欲しいって言っていたから取りに行くとこだったの」

「そうでしたか。…あの、よろしかったらこれいります?」

 そう言うと少女は左手に持っていた紙の容器を差し出す。

「ぶつかったお詫びということで…。まだ口はつけていないですから大丈夫ですよ」

「あ、あらそう。悪いわね。有難く頂戴するわ」

 レミリアは差し出された容器を受け取り、パチュリーへと渡す。一口飲むと少し楽になったのかフゥ、と一つ息を吐いた。

「ありがとうね…楽になったわ。ええと…」

「サクヤと言います」

「サクヤ…日本の人かしら?」

「ええ、そうです。色々とあってこっちに来ました」

「そう。私はパチュリー。それでこっちがレミリアよ」

「そうですか。…それでは私はこれで。体調には気を付けてくださいね」

 微笑みながらそう言うと、サクヤは夕日とは反対側の道を歩いて行った。その後ろ姿を眺めていたレミリアもパチュリーの手を引いて戻ることとした。

 

 

 その日の夜、ホテルの部屋で二人は今日の成果について話し合っていた。

「とは言っても…、やっぱ私達だけじゃ限界があるわよね」

 多少諦めの色を含んだ声を出しつつ、レミリアは大きな伸びをしてベッドへと倒れこんだ。パチュリーはすっかり回復したらしく椅子に座って情報をまとめている。

「…結局あの後分かったのは後ろから被害者は後ろから口を塞がれていたこと、傷口の形状から左利きってことぐらいね」

「でもパチェ。いくら暗いからって後ろから近づかれているのに気付かないもの?被害者はがっちりした体形らしいし、すぐ振りほどけたりしそうなものだけど」

「さぁね。もしかしたら、前にも言った通り妖怪の類かもしれないし、そう考えるとそう不自然なわけでもないわよ。凶器の問題は置いておいて」

「うーん…。やっぱり現行犯を見つけるしかないのか」

 それに対してパチュリーは特に何も反応せず、一人で何か考えているようだった。レミリアはベッドから体を起こしてそういえば、と声を出す。

「夕方会った東洋人いるじゃない?サクヤって言ったけ。なかなか面白そうな人間じゃない?」

「…どの辺が?」

「まぁ、あんまりうまくは言えないんだけど、他の人間とは違う雰囲気がしたのよね。多分人間なのだろうけどどことなく不思議な感じがして…」

「…確かに、その点に関しては私も似たような思いを持ったわ。ただ…」

「ただ?」

「あんまり『よくない』感じがしたのよ。人間から違うといっても良い意味というよりも悪い意味…。人間に害をなすようなね」

「そんなの私のような吸血鬼だって同じようなもんよ。なんならお似合いってことなんじゃないの?」

「まぁ…そうね。どっちかというとレミィ寄りと言ってもいいかもしれない」

「それにしてもパチェ、よくあんな貧血の状態でそこまで察することができたわね。ある意味すごいわよ」

「私がすごいわけじゃなくて、それだけあの人が濃いものを放っていたっていう感じかしら。…大体レミィは鈍すぎなのよ。もう少し感じ取れるよう努力しなきゃいくら吸血鬼でも足元すくわれるわよ?」

「わかってるわよ…」

 申し訳なさそうに俯くレミリアを横目にそれよりも、と言い背もたれによりかかる。

「そろそろこのホテルからもでたほうがいいんじゃない?郊外の館の方が色々と楽でしょ」

「それもそうね。じゃあ明日にでもあっちに行きましょうか。フランも待っているだろうし。…パチェはもう休んだら?まだ本調子じゃないんでしょ」

「そうね。そうすることにするわ。レミィはどうする?」

「うーん…。私も休むことにするかな。何だかんだ疲れは少しあるし」

 二人はお互いそれぞれのベッドに入り、目を閉じると自覚していた以上に疲れがあったのだろう、すぐに意識が沈んでいった。

 

 

「サクヤ、もう寝るのかい?」

 ドルリートがそう声を掛けると、サクヤはうーんと首を傾げた。

「わかんない。眠いんだか眠くないんだか」

「そうかい。あんまり夜更かしはしないようにね」

「わかっているわ。あんまり子ども扱いしないでよね」

 わざとらしく拗ねたようにするサクヤに、ゴメンゴメンと手を合わせながら笑うドルリート。

「まぁ三十を超えた僕から見れば君はまだまだ子供だよ。特に東洋人は若く見られがちなんだから」

「そんなもの?」

「そんなものさ。……そういえば、今日の夕方に帰ってきたんだけど、いなかったよね。どこか行っていたのかい?」

「あ、えと、ちょっと外に。特にこれといって用はなかったんだけど」

「そうだったのか。そういえばここ一、二週間よく出かけるようになったよね。今まではそんなになかったけれど」

「まぁ、やっぱり外に出かけた方がいいかなと。それに今日は面白い人と出会ったのよ」

「面白い人?」

「女の子でね。見た目は十歳かそれぐらいなんだけど、自然と私が敬語で話さなきゃいけないみたいな雰囲気でね。人の上に立つ人ってこういうカリスマ性を持っているのかなぁって思ったわ」

「そうかもね。子供のころから天性のものを持っているというのはよく聞く話だし」

「うん。少し上からのような発言もあったんだけど、それもすごく自然で気にならなかったの。なんだか不思議な子供だったなぁ…」

「そんなにだったのかい。…さてと、そろそろ僕は寝るよ。サクヤはまだ起きている?」

「ええ。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 

 それから数週間。再び『切り裂きジャック』は姿を消し、前回よりも空白の期間が長引いた。相変わらず事件に大きな進展はなかったが、当時迫害を逃れて欧州各地から流入していたユダヤ人が激しい差別に合っていたという。そのため、ユダヤ人の犯人説が浮上し、何人かが誤認逮捕されたという出来事はあった。

 

 

九月三十日 二十四時四十五分

 

 深夜のイーストエンドの細い路地。そこで『切り裂きジャック』は第三の獲物となる人物を軽く走りながら探していた。『ジャック』の耳には不自然とも思えるほどに音が入ってこず、僅かに自分の呼吸音と足音のみが聞こえてきた。

 やがて『ジャック』は獲物を見つける。女性としては大きめと言える彼女に『ジャック』はナイフを構え直し、後ろから近づいて彼女の頸動脈を狙った。彼女は後ろから自らの命を奪おうとする人影に気が付かなかった。いや、気付けなかったと言ったほうが正確だろうか。

 

 生活音の全く聞こえてこなかった『ジャック』に、ようやく自分が発する音以外のものが聞こえてきた。足元には首からおびただしい量の血が流れ、絶命した売春婦の姿がある。それをちらりと一瞥すると、そのままゆっくりと歩き出した。

「今日は……もう一人…」

 その言葉通り、今夜もう一人の犠牲者を出すべく『切り裂きジャック』は再び動き出した。

 

 

同日夕方

 

 『切り裂きジャック』による二番目の事件が起こってから数週間、何も動きがないことからレミリアとパチュリーは優先事項を別のものにした。『幻想郷』についての調査である。

「パチェ?起きてる?」

 パチュリーが寝室として使っている館の一室。そこのドアをノックしながら中に呼びかけた。なお、二人は二番目の事件が起こった後、前にお互い話していたように郊外の館へと戻ってきていた。

「起きてるわよ」

 その言葉を受け、ドアを開け中に入るレミリア。

「というか、私はレミィが夕方に起きている方が珍しいと思うわ。早起きなのね」

 館に戻ってから、レミリアはすっかりと吸血鬼らしく昼間寝て夜起きるという生活を続けていた。しかしその言葉は、パチュリーの周りに積まれた大量の紙の束に対する興味でかき消されていた。

「すっごいわね。どうしたの?これ」

「…前にレミィが言っていたでしょう?『ヨーロッパの次はアメリカで調べてみよう』って。だからアメリカの妖怪関連の資料を集めたのよ」

 確かにレミリアは『幻想郷』の手掛かりを見つけるために、次はアメリカへ行こうという話をパチュリーにした。アメリカであれば多様な民族、人間が集まっているためそれに伴って妖怪も集中していたり、それでなくとも情報が手に入るのではという算段の元だった。

「成程ねぇ…」

 近くにある紙を一枚手に取ってみると確かに妖怪についての文章がびっしりと書かれていた。

「ねぇパチェ。こんなに読んでいて疲れてこない?」

 パチュリーが資料から目を上げると、レミリアの顔はねぎらうというよりも何か別の理由があるように思えた。

「……まぁ、疲れてはいるわね」

「ちょっと外にでも出てみない?少し用があるの。パチェにとっても気分転換になるだろうし」

「用って?」

 パチュリーは何気なしに訊ねたのだが、どこかレミリアは答えにくそうに口籠る。

「いや、なんていうかさ…言いづらいんだけど」

「なんなの?」

「…今日起きた時なんだか予感がしたのよね。なにか今日起こるんじゃないかって」

 要は単に胸騒ぎがするということか。成程それなら若干言いづらそうにするのもわかる。けれどもパチュリーは反対する気は起きなかった。本人は自覚していないかもしれないが、以外にもレミリアの直感のようなものはよく当たる。今回もレミリアに任せれば何か起こるかもしれないとパチュリーは思った。

「いいわよ。外に行きましょうか。休憩のために、ね」

「ありがとね、パチェ」

「夜に出かけた方がいいでしょう?それまでに適当に用意しておくわ」

 

 

二十四時三十分

 

 深夜のイーストエンドをレミリアとパチュリーは特に何をするわけでもなく、ぶらぶらと歩いていた。

「ねぇレミィ。さっきからずっと適当に歩いているけどいいの?」

 レミリアの数歩後ろを歩いていたパチュリーが声を掛ける。

「うーん…。何となくね。こんなんでいいんじゃないかなって思う」

 その後も二人で取り留めもない話をしながら歩いていた。それから二十分弱も歩いただろうか、ふと前方に人のようなものが見えた。しかしその人物は立っているわけではなく、地面に倒れている。二人が小走りで近づき様子を見ると、首のところを二度にわたり切られた死体だった。

「レミィ、これ…」

「…多分、あの殺人犯の仕業ね。しかもまだ殺されてから時間が経っていない。もしかしたら近くにいるかもしれないし、探しましょうか」

 とりあえず死体はその場に置いておき、周辺の散策にすることにした。

 

 

その日最初の犠牲者を出してから一時間も経たない頃。途中休憩も挟みながら『切り裂きジャック』は次の犠牲者を探していた。すると角を曲がった瞬間にターゲットを見つけた。しかし、それと同時に近くにいる、なにやら話し込んでいる様子の男性も目に入った。『ジャック』は急いで角に身を潜ませる。すると、『ジャック』の後ろの方から一人の女性がやってきた。『ジャック』は出来る限り息をひそめ、とりあえずその場をやりすごす。もう一度見た時には話していた男性はいなくなっており、ターゲットが一人でいた。

 

 

二十五時四十五分

 

 いい加減一時間近く歩き通しで、とっくに犯人は身を隠したのではという思いが頭に居座るなか、レミリアとパチュリーは無言で捜索を続けていた。すると一時間ほど前を最後に見ることのなかった人とおぼしきシルエットが二人の目に入ってきた。

「あれは…」

 加えてそれは先程のように倒れた状態ではなく、レミリア達を背にして何をするわけでもなく立っている状態であった。

 一応何かあったときのためにと、パチュリーには留まらせ、気付かれないように背後から近づくレミリア。しかし音を全くと言っていいほど出さなかったにもかかわらず、その人物はもう少しというところでいきなり走り出した。

「ちっ…、待ちなさい!」

 レミリアも羽根を広げ、全速で後を追いかける。ところがその人物は曲がり角を曲がり、レミリアも同じく曲がった時には姿が一切見えなくなっていた。

「…どこにいった?」

 慌てて辺りを見渡すものの人の気配は全くせず、ただ犯人の特定に失敗したという事を伝えていた。

「レミィ、見失ったの?」

 後ろから追いかけてきたパチュリーが声を掛ける。レミリアは苦虫を噛み潰したような表情で

「ええ」

と小さく頷いた。

「曲がり角を曲がったと思ったら次の瞬間には煙のように消えていた。……そう簡単に出来る芸当じゃないわ」

「…そう。……とりあえず、今日のところは館に戻らない?それともまだ歩き回る?」

「いえ、館に戻ることにするわ。ただ、その前にアイツがいたところに死体があったか確認したいわ」

「ああ、それなら私が見ておいたわ。今までと同じように刃物でやられていた。顔面の損傷がひどくて、内臓が散らばっていたわ。…早く戻りましょう。人がやってきたら面倒よ」

「…そうね。戻りましょうか」

 

 

十月一日

 

その日の朝、一夜に二人の犠牲者が出たというニュースはロンドン中に広まった。警察は総力を挙げて解決を目指したものの、やはり特定できるだけの情報はこの日のうちには集まらなかった。二人の犠牲者の詳細は以下の通りである。

最初の被害者:エリザベス・ストライド(四十四歳)。日雇いの家政婦や売春などで生計を立てていた。後ろから襲われ、首を二度切り裂かれた。死因は頸動脈切断による失血死。

二番目の被害者:キャサリン・エドウズ(四十三歳)。簡易宿泊施設を転々としており、唯一売春経験がなかった。喉が切り裂かれ、内臓が外に飛び出ていた。また、子宮と腎臓が持ち去られていたという。

 

「やっぱり、話題になっているわね」

 その日の夜、新聞の記事での事件の取り上げられ方を見て、レミリアは苦々しく呟いた。

「あのときの人物が犯人なのはいいとして、一体どうやって逃げたのかのよね…」

「それなんだけどね」

 レミリアの後ろから新聞を覗きこんでいたパチュリーが、不意に口を開いた。

「ある程度判断がついているの。私の考えではあるんだけど」

「本当?どんな?」

 レミリアは後ろに振り返り、パチュリーの考えを聞く体勢になる。

「まずレミィ。貴女はあの人物が逃げた際、どんな方法を使ったと思う?」

「どうって…、そうね。正直瞬間移動ぐらいしか思いつかないわ」

「そう、そうなのよ。しかも、一度でかなりの距離を移動出来るのは殆どいないわ。そう考えると種族云々よりもあの人物の能力によるものとして見るべきと思うの」

「能力…」

「一人心当たりのある人物はいるのよ。だからその人に探査魔法をかけたいと思うんだけど、どこにいるか分からないからかけようがないのよね。まぁ魔法自体せいぜい特定の人物がどこにいるのか分かる位なんだけど」

「深夜にいきなり外に出たら怪しいと見ればいいのかしら?」

「そんな感じね」

「成程。それじゃあ、適当に暇な妖精メイドを使って探させましょうか」

「そうね、そうしてくれると助かるわ。また事件を起こしてくれれば御の字ってとこかしら。…それにしても、この間から随分と犯人に執着しているのね。どうしたの?」

「……すんでのところで逃げられて、意地になったのよ」

「レミィらしいわね」

 パチュリーにニッコリと笑われて眼を逸らすレミリア。そのまま目線を戻さずにレミリアはパチュリーに問いかけた。

「ところで、パチュリーの『心当たりのある人物』って誰なの?言ってくれなきゃ妖精メイド達にも指示の出しようがないし」

「ああ、それはね…」

 

 

 それからレミリアは妖精メイドに指示を出し、捜索を始めさせた。しかし、あまり人に見つからないようにすること、そもそも暇な妖精メイドが多くなかったこと、ターゲットがなかなか外に出てこないということもあって、ターゲットを見つけ、そして魔法をかけるまでに二週間近く費やした。それでも二人は妖精のことだからと、すぐ見つかる可能性は低いとみて館でのんびりと待っていた。

 探査魔法をかけてからはターゲットが再び事件を起こさないか観察していた。念のためこのまま動きがないのも覚悟していたが、幸いにも更にそれから二週間近く経った後、動きがあった。

 

 

十一月九日

 

 ロンドン市内の安アパートの一室。カーテンの開いた窓からは満月の光が差し込んでくる。その光を浴びながら『切り裂きジャック』はいた。ベッドの上にはここの部屋の家主、いや家主「だったもの」が横たわっていた。『ジャック』は数時間前に難なくこの部屋に侵入し、音一つ出さず横たわった女性に向かって黙々とナイフを突き立てた。なぜそんなことをしたのか明確な理由は本人も分かってはおらず、ただ肉を切り、骨を断ち、皮膚を剥がすという残虐の域を超えた行為の間は何も考えず『無』の状態でいられ、そしてそれが心地いいと感じていた。

 部屋の中身は魚の解体場とは比べ物にならないほど血が飛び散っており、置かれた家具には自分で乗せた腸やら皮膚がある。我ながらやりすぎたかな、と苦笑したい気持ちを抑えながら玄関を向いた。

――その瞬間彼女は能力を使うべきだったかと頭の片隅で思った。

 玄関にはいつの間にかあまり背の高くない、二人の少女が立っていた。

「こんにちは。結構夢中になっていたみたいね」

 クスクスと、片方の少女が笑いながら一歩近づいてくる。

「でも、本当に貴女だったのね。――サクヤ、って言ったっけ?」

 

 九日の深夜、サクヤが突如深夜に外出したのを受け、レミリアとパチュリーの二人はその後の行動を注意深く見ていた。やがて一か所に留まったのを確認してからすぐに現場に急行すると、これまでとは違い屋内での殺人が行われていた。

 二人がこっそりと鍵の開いている部屋に入るとサクヤは二人に気付く様子もなく、一心不乱に持っていたナイフで腹を割き腸を取り出していた。そこからサクヤが二人に気付くまで数十分ほど時間があった。

 

「一応言っておくけれど、貴女の能力――恐らく時間操作系かしら?それを使って逃げても無駄だからね。貴女には探査魔法をかけてあるから、居場所はすぐにわかるわ。ここの場所が分かったようにね」

 レミリアは出来るだけ相手を刺激しないよう穏やかな口調で話した。それに対してサクヤは大きく息を吐き、ゆっくりと床へ腰を下ろした。

「…別に、逃げようとは思ってないわよ。すごく疲れているしね。どうにでもして頂戴」

「ああ、言い忘れていたけど、貴女を警察にどうこうとかそういうことは考えていないわよ」

「…え?」

 てっきり警察に捕まって刑に処されるのだろうと覚悟していたサクヤだったため、レミリアの言葉に呆然とした呟きを返す。

「それじゃあ貴女、なんのために…?」

「好奇心よ」

 間髪入れず、大真面目に答えたレミリアの顔を思わず見つめ、言葉が出てこないサクヤだった。

「……」

「………」

「……好奇心?」

「ええ」

「…好奇心でわざわざ殺人鬼の現場まで来たの?危険だとかいう発想は…」

「あるわけないじゃない。私人間じゃなくて吸血鬼だし」

「ちょっとレミィ」

 そこまで言っていいの?とパチュリーが抗議の意を込めた視線を送るが、レミリアはまぁまぁというように手を振る。

「さてと、サクヤ。これから貴女はどうするか考えなさい。警察に出頭するもよし、今まで通り生活するもよし、どこか遠い場所へ行くのもよし」

「……何だか、随分と上からなのね」

「別に抵抗してもいいのよ?まぁ、満月の夜の吸血鬼に敵うなんて不可能に近いけどね」

「……いいわよ。元々抵抗する気なんてないし」

「そう。それと、言い忘れてたけど『私の言うとおり』にするっていう選択肢もあるわよ?」

「言うとおり…?」

「ええ。まぁ、貴女が言うとおりにするっていうんならって話だけどね。具体的な内容は決めたら話すわ」

「………何日か時間を頂戴。まさかこんなことになるなんて思っていなかったから」

「いいわよ。そうね、三日でどう?」

「…わかったわ」

 

 

十一月十二日深夜 イーストエンド地区テムズ川に架かる小さな橋の上

 

「そう。貴女はそういう選択をしたのね」

 パチュリーを残し、一人で来たレミリア。サクヤは手すりに寄りかかり、左手のナイフを自らの首に当てていた。

「自殺…ねぇ。選ばしておいてなんだけどよかったの?」

 レミリアの言葉に対しサクヤは、ニッコリと笑う。

「ええ。ちゃんと考えて出した結論だから。…ところで、『言うとおり』にしたらどうなるか教えてくれない?どうせもう決めたことなんだし」

「ああ。それは、貴女を私の従者にしようと考えていたのよ」

「…それは、予想外だったわ」

 そうかしら、と小首を傾げるレミリア。そして、じゃあ死ぬ前にと、これまでの疑問をぶつけることにした。

「どうして、あれだけの事件を起こしたの?」

「やっぱり気になりますか?」

「そりゃあ、私は貴女をかっているのよ?その人が起こしたことなんだから気になるわよ」

 するとサクヤは昔を思い出すように目を閉じ、空を仰いだ。

「……子供の頃のが影響しているのかしらね。血を見るのが快感になったり。自分でも異常とは思っているのだけれど」

「……どんな子供時代だったのよ」

「…話せば長くなるのだけれどね」

「興味あるわ。聞かせて」

 

 

 サクヤは日本の貧しい田舎の村で生まれた。彼女は幼少時代から『髪の色』による差別を受けていた。両親は普通の黒髪であるにもかかわらず生まれた時から真っ白なその頭であったため、田舎では恐怖の対象になるのも無理はなかった。それでも両親は精一杯愛してくれたのが、彼女にとっても大きな救いとなっていた。

 しかしサクヤが十歳を超えた頃、村で『神隠し』が起こった。一人の子供があるとき突然いなくなり、そのまま見つからなかった。人々は何か理由を欲しがった。その矛先がサクヤへと向かったのである。それまで以上の激しい差別よりも、何よりもつらかったもの。それは愛してくれていたはずの親からも暴行を受けたことだった。

 無論、一人の少女が人一人を消すことなど出来るはずもなかったが、特に田舎では周りの空気に流されやがて全員が大した理由もないのにおかしな方向に結託したのである。

 そんな日々がしばらく続いたある日、ついにサクヤは単身村から逃げ出した。しかしなんの準備もしない子供が遠い都市部まで辿り着けるはずもなく、道中で倒れていたところを通りがかった英国人に拾われた。意識が朦朧とするなか聞いたことのない言語に適当に返事をしていると、いつの間にか船に乗せられていた。ある程度体力が回復するまで看護をしてもらい、そしてどうにも故郷から離れられると知ったサクヤは、乗組員に教えを請い英語を必死で学んだ。

 一方村では元凶と思われていた人物がいなくなったにもかかわらず、新たに『神隠し』にあったことから『神隠し』の主犯は別にいるのではないかという考えも出てきた。しかしなおサクヤが元凶と考える多数の意見に封殺されており、結局その考えはいつまでも変わらなかったのである。

 英国へと着いたサクヤはそこで乗組員からとある働き口を紹介される。片言程度の理解ながらもここで働くというのが分かったサクヤは、紹介された売春宿での雑用を始めた。自分が春を売ることはなかったものの、東洋の顔立ちの珍しさも相まって売春婦よりも客の話題になることが多かった。しかしそれを快く思わなかった一部の者から陰湿な虐めを受け始め、何年も耐えはしたもののある日我慢できなくなり、逃げだしたところをドルリートに拾われた。

 

 

「それからはそのドルリートって人のところで暮らしていたんだけどね。その人私が四番目の事件起こした後にいなくなったの」

 フッと寂しげに、目を細めて笑うサクヤ。

「たまたま私が殺す前にあの人、被害者と話していたからそれで目撃情報が寄せられたのよね。『年齢三十歳くらいの男性、中肉、色白、口髭』っていう」

「…そう。でもその四番目の被害者、彼女は売春婦じゃないって聞いたんだけど?」

「他の四人は売春婦の時に私に、まぁ、色々してきたんだけどね。四人目のは、単に私が彼女の男を誑かしたって思い込んだっていうだけ」

「…でも、それだけであれだけやるもの?」

「子供の頃のことが影響しているって言ったでしょ?父親からの暴力でよく血を流したのよ。そこから徐々に『血』っていうものが自分の中で神聖視されてね。私が血を流すと父親は少しホッとしたような、そんな顔になったから」

「………」

「わからないのが普通よ。私だって自分のことだけど異常ってことぐらいしかよくわかっていない」

「……なんだか、聞けば聞くほど私達妖怪寄りの思考ね。死ぬのが勿体ないように思えてきたわ」

「でも、自分の決めたことだから。もう生きていても意味ないってね」

「…あなたの決めたことなら、それでいいのだけれど」

「でも、」

 サクヤはそこで言葉を切り、微笑む。

「吸血鬼って永い時を生きるんでしょう?もし「何か」あったらその時は、ご飯を食べられる程度の仕事場を提供してもらえたら嬉しいわ」

「…なんとも図々しいお願いね。ま、私にとっては断る理由なんてないけれど」

 そこで二人は黙り、冷たい風が間を吹き付けるだけだった。やがてサクヤは改めてナイフを首筋に当て、それじゃあ、と声を掛ける。

「さようなら、かしら」

「ええ。そのようね」

「またいつか、会えたら」

「それじゃあね」

 

 

「レミィ、どうだったの?」

 館へ戻った後、パチュリーは開口一番レミリアにそう訊ねた。

「自殺したわ」

「……そう。妖精メイドよりは使えるかなと、私も思ったんだけどね」

「ところでパチェ」

「何?」

「次の行先、アメリカよりも気になる場所が出来たんだけれど」

「気になる場所って、どこ?」

「神隠しとやらが発生している国があるわ。今まで言ったことのなかった国――日本よ」

 

 

 

百数十年後 紅魔館

 

「お久し振り……と言ってよろしいんでしょうか」

「ええ。百年以上経っているわね」

「そんなにですか。――でも、あの時の言葉、本当だったんですね」

「当たり前じゃない」

 そこでレミリアは言葉を切ると『夜の支配者』として大きく両手を広げる。

「さて、それじゃあ貴女を私の従者として迎え入れるわ。サクヤ――十六夜、咲夜」

 


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