夜の永遠亭の一室。火の灯された蝋燭以外には、丸窓から差し込む僅かな月の光しか部屋には無いためかなり暗い。
その部屋に鈴仙と永琳の二人はいた。永琳は椅子に座り、蝋燭の置かれた机に片肘を付いて鈴仙の話を聞いている。
「――全体的に薬の売り上げは良好です。頂いた要望としては置き薬の種類を増やしてほしい――」
鈴仙は立って後ろで手を組み、淡々と話を続けている。自分の目をじっと見つめてくる永琳の目をあえて合わせないかのごとく、蝋燭に目線を向けている。
「――あとは、今でも十分だが出来ればもう少し安くしてほしいという要望が多かったです。…以上です」
「そう。ご苦労様。ところで」
「なんでしょうか」
永琳は鈴仙の目を見据えたまま、無機質な声で問いかける。
「そのポケットに入っている手紙は、何かしら?」
永琳は視線を鈴仙のスカートのポケットへと目を向ける。確かに中には二つ折りに畳まれている手紙があった。
「……里の男の人から貰ったものです。」
「あらそう。で、どうして黙っていたの?」
鈴仙に対してねめつけるような視線を向ける。
「別に、報告するまでもないと思いまして。中身も単なる恋文でした」
「ふーん?見せてくれる?」
その場の雰囲気にそぐわない、ニッコリとした笑いを浮かべながら永琳は鈴仙に向かって手を差し出す。それに対し鈴仙は特に躊躇もせずにポケットから手紙を取り出し、永琳へ渡す。
「成程…。内容は至って普通なのね。ウドンゲ、これ貰って嬉しかった?」
「いいえ。人間は苦手なので。そのようには思いませんでした」
随分とバッサリね、と笑いながら、永琳は手に持った手紙を左右に振る。
「十二分に可愛いんだから、もっと人に歩み寄ろうとすれば引く手数多になるのにねぇ」
「そんなこと…」
眼を逸らした鈴仙を、椅子から立ち上がった永琳は両手で鈴仙の顔を自分の方に向ける。どことなく狂気の色があるな、と波長を感じ取る。
「まぁ、ウドンゲはいい子だからね。ずっと私を見ていてくれるんでしょ?」
「…ええ。大丈夫ですよ」
その日初めて、ふわりとした笑顔を浮かべる鈴仙。その回答、表情に満足したのか永琳は一つ頷くとご苦労様、と言って部屋を出て行った。
永琳が部屋を出てから少し経った後、鈴仙も部屋から出た。廊下を歩きながら思い出されるのは先程のやりとり。
(…師匠のあの目は、なかなか慣れないな)
あの時の目。表情とは全く合わない、どことなく危ない、と形容するようなあの目は決まって鈴仙が誰かと親しげに話したり、またはそれに準ずるようなことをした際に向けられる。その目の感情の正体は知っている。独占欲だ。
同性同士の色恋沙汰に抵抗はない。師匠が求めてくればこちらだって拒みはしない。事実師匠からのあの目線だって悪い気はしない。ただ、このままでいいのか、という思いもある。
「あ、鈴仙じゃん」
その声に気が付き、顔を上げると廊下の向こう側からてゐが歩いてきていた。
「どーしたの?ボーっとして。考え事?あ、わかった。ラブレターの返事悩んでたんでしょ」
わざとらしくあくどい笑みを浮かべ、肘で脇腹を軽く突いてくるてゐ。それに対し、
「違うわよ」
と苦笑しながら返す。
「あ、そう?いや、お師匠から聞いたんだけどさ。そんなに嬉しくはなさそうだったって言っていたし」
「…そっか」
師匠が自分に向けている感情は他の人たちは知らないはずだ。とはいえ果たしてどんな顔で自分のことを話していたのか、若干怖い思いもある。
「あ、そうだ。30分後にお師匠が部屋に来い、って伝言頼まれたんだ」
「そう。分かった。ありがとね」
「でも直々に部屋に誘われるなんて鈴仙チャン、仕事でなんかやらかしちゃった?」
再び悪戯娘のような笑みを浮かべるてゐ。その笑みが冗談だとわかっているからこそ、頭をポンポンと叩く。
「自覚はないけどね。もしかしたらこれからお仕置き受けるかも」
「お仕置きって。子供じゃないんだからさ」
鈴仙の言葉にクスクスと笑うと、それじゃ、と言いてゐは鈴仙が今しがた歩いてきた道を行った。
てゐと話しているときはあまり気にしないようにしたが、永琳が自分の部屋に呼ぶことなど初めてのことだった。そのことに対して不安が鈴仙の胸中を巡る。
(師匠の気持ちを受け入れる覚悟は出来ているけど…)
そう思いもしたが、それ以上何も考えないようにして鈴仙はまた廊下を歩き出した。
30分後。てゐから言われた通りの時間に永琳の自室へと赴いた鈴仙。部屋の中へと入ると、永琳は椅子に座り丸窓から三日月に目を向けていた。
「師匠…?」
何をやっているのだろうと心の中で思いながら声を掛ける。その時鈴仙は部屋の隅にある机に置かれた、コップに入った透明な液体が目に入った。
「ああ、ゴメンなさいね。ウドンゲ」
「いえ。それで何かご用でしょうか」
「別に用事ってわけじゃないのだけれどもね」
そう言うと永琳は立ち上がり、先程鈴仙が見かけたコップを持ってくる。
「最近疲れているように見えたから、楽になれる薬を調合してこの水に溶かしたのだけれど、飲んでみない?まぁ、いうなればgiftよgift」
「……」
永琳の目を見て今の波長を確認する。
「…わかりました、いただきます」
鈴仙はコップの中の液体を一気に飲み干す。
師匠、今自分がどんな波長を出しているか自覚していますか。
……今まで見たことありませんよ。あんな強い狂気の波長は。でもそれを拒まない自分も、……どこかおかしいのかなぁ。
「こんにちはー。八意製薬ですよー」
てゐが扉の前で声を出すと、中から男性の返事が聞こえてくる。
「ハイハイ。どうもどうも……ってあれ、いつもの人じゃないんですか?」
「うん?鈴仙のこと?今日は違うよ。…というか悪かったね私で」
「いや、ごめんなさい。ただ…」
若干ばつの悪そうな顔をした男性を見て、てゐは閃く。
「あ、もしかしておにーさん。鈴仙にラブレター出した人?」
「うっ、同僚に知れ渡っていたのか…。ああ、そうだよ。返事聞けるかな、と思ったんだけれども」
「残念だったね。ま、返事は本人の口から聞いてくれ」
「そ、そうか。わかったよ」
里からの帰り道。てゐの頭には今日最初に会った鈴仙にラブレターを出したあの男性が思い出された。
(…うーん。あんな風に言ってしまったけど、あの人が返事を聞けるのはいつになるのかねぇ)
(私ですらここ最近鈴仙見てないし。お師匠に聞いても体調崩しているとか言っていたけど、お師匠自身も心ここに在らず、みたいになってたし。直接看病する程なのか)
(そんなに調子悪いのかね?)
gift
<英>
1,贈り物、贈与物;寄贈品
2,(…の)特別な能力;生まれつきの才能
3,((英略式))割安品;容易にできる仕事
<独>
毒、毒薬、劇薬