一人称の練習がてら書いた雰囲気秘封物語

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実現幻想

 八月九日午前十一時八分、二十秒――三十秒――四十秒。

 コチコチと規則正しく秒針を動かしている時計を、私、宇佐見蓮子は現実逃避を兼ねて眺めていた。針が動く度に発生する音は私の心を満たしていき、束の間の休息としての効果を高めてくれる。

やがて長針が「2」を通り過ぎた頃、その現実逃避すら飽きて大きく伸びをする。

「しょうがない。こんだけ暑い中一時間集中した私は偉いって」

……どうにも効果を高めさせすぎてくれたようだ。私の心には最早『やるべきことをやる』という選択肢は消えてしまっていた。

閑古鳥が鳴いている、とでも形容すべきか、夏休みの空き教室。休み期間中は自習室として開放されているが、今ここに私以外の姿は見えない。他の生徒はクーラーの効いている図書館にでも行っているのだ。というか、そうでなければ午前中からあんなに図書館が混んでる理由と私が今こんなところで課題をやっている理由が説明できないし。

「課題は夏休み最終日提出だし……。まだ何週間もあるし、ね」

 自分自身に言い訳するように、自然に独り言が口をつく。さっさと机の上に出していたペンやら消しゴムを片付けると、私は自習室を後にした。

 

 

 太陽がじりじりと身を焼いてくる中、私は私鉄に乗るために大学の構内を歩いていた。一刻も早くこの暑さから逃れたいけど暑さのせいで足取りが重くなる矛盾。

というか流石に黒い帽子はつらいものがあるな。でも白の帽子だと似合わないし、何よりメリーと被ってしまう……。

「あれ? 蓮子じゃない」

聞こえてくる声に顔を上げたらなんという偶然。今しがた頭に浮かんだ少女がまるで具現化したかのように思えてくる。その姿は神々しく、まさに地上に舞い降りた――…………暑さが脳に達したかな、私。

「あぁ、メリー。こんなとこで会うなんて偶然ね」

「ホントにね。てっきり私は蓮子ならこの時間くらいまでは寝てるのかと思ってた」

「そんなことないって」

 昨日はこの時間と同じくらい――十一時半頃まで寝てたけどアレはノーカンにしておこう。

「いやー、しっかしホントに暑いね」

 そう言いながら私は道の右手にあるグラウンドを一瞥する。グラウンドでは野球部員が暑さを全く感じさせないキビキビとした動きで白球を追っていた。

「凄いよね」

 少しだけ声に呆れの色を滲ませる。正直この暑さの中運動をするなど正気の沙汰でない。しかしメリーの返答は私のそれとは全く違い、純粋な賞賛のものだった。

「ええ、ホント。あんな風に動き回れるには、私には無理そう」

「でもさ、いくらなんでも倒れちゃうんじゃない?」

「だから、ちょっとしたスキマの時間にお茶とかごま塩を口にしてるんじゃない?」

「ごま塩?」

 ごま塩。はて? お茶は水分補給、塩は塩分やらの補給のためだろうけど、……ごま塩?

「純粋に塩を舐めるよりも、ごまがある分栄養を摂れるとか――そんなところじゃない? よく分からないけど」

私で分からなくて、口にしたメリーも実のところよく分かってない。まぁそれで別にいい。結局はよくあるどうでもいい世間話の一つにすぎないのだ。

「――メリーが持ってる日傘。それで暑さは大丈夫なの?」

 ああ、コレ? とメリーがちらりと頭上へ目線を向ける。

この場合さっきの世間話よりも自分の興味が強い分話す内容としてはワンランク上がる――と思う。

というのも、普段メリーが日傘を差しているところを見たことがない。今日のような暑い日に会ったことも、しょっちゅうとは言えないかもしれないが普通にあるのに、だ

「メリーの日傘を差してる姿って、珍しいよね」

「似合わない?」

「いや? すごく似合ってる――というよりも、すごくしっくりくる」

「そんなに? 嬉しいわ」

 メリーはいつもとは違う、どことなく艶やかさを含んだ微笑みを浮かべる。日傘で顔に影が差し込んで暗くなっているからだろうか、微笑みを浮かべたメリーの顔は浮世離れした――いや、本音を言えば、不気味なようにも見えた。

「…………」

「蓮子?」

 言葉の詰まった私を、メリーが覗き込んでくる。その顔はいつも通り。不気味さとは程遠い、疑問と、心配と、そして僅かに訝しさを顔に浮かべていた。

「いーや、なんでもない」

 やれやれ、暑さがついに視神経にまで達してしまったか。これは可及的速やかに帰宅せねば。眼をゴシゴシと両手でこすり、それじゃ、と言いかけたところで、

「蓮子」

と呼び止められた。

「うん?」

「あっ、ごめん。何か言いかけなかった? いいよ、先」

「いや、もうそろ帰ろっかなって言いかけただけ。で、何?」

「今日、蓮子の家に行ってもいい? 秘封倶楽部の活動を、ね。向かいたい場所があるの」

「いいけど、珍しいね」

 行動を起こすのは私、それについてくるのがメリーというのが常な秘封倶楽部の活動において、今回のことは珍しい。いや、『希少』と言ってもいいかもしれない。

「ちょっとね。気になることがあるの。ただ、悪いんだけどこれからちょっと用事があって、活動の開始、夜になりそうなの。蓮子の家に迎えに行くからさ、それでいい?」

「う~ん、メリーに来て貰うっていうのは悪いかな。別に私のほうがメリーの家に向かってもいいんだよ? 私は何も気にしないし」

「いいって、それは悪いよ」

 私の提案を申し訳なさそうに両手を顔の前でぶんぶん振るメリー。うだるような暑さの中押し問答をする気力もないわけだし、まぁここは素直にご厚意に甘えさせていただいてもいいのかもしれない。

「じゃ、悪いけど来て貰うかな。で、夜って何時くらい?」

「ええっと、夜の十時ぐらいになりそうなんだけど、大丈夫?」

 う~む。思ったより遅い時間だな。私が云々よりも、メリーのような少女が夜間に一人で出歩くなんて、メリーの方こそ大丈夫なのだろうか。

 とは言ってもメリーがその時間を指定してくる以上あまりこちらから提案は出来ないし、夜間に一人で出歩く危険性は元より理解の上なのだろう。

 ここは素直に承諾するとしよう。

「ま、大丈夫だね。メリーの方も気を付けてね」

「そう、よかった。さて、そろそろ蓮子が暑さでやられそうだし、この辺にしておくわねじゃあね、蓮子。また後で」

「じゃあね」                            

 そう言ってすれ違った際、メリーの顔に微笑みが――さっきと同じ、あの時と同じ……艶やかなものに見えた、気がした。

「…………!?」

 思わず振り返るが、メリーはスタスタと歩いて行っていた。

 

 

 星を見上げる。十時二十一分二十七秒。夜風が吹き付ける中、一瞬だけ空を見上げた後私は前を歩くメリーへと視線を移した。私の家からほど近い小高い丘を登っていく足取りはあまり軽くはない。

「ねぇ、メリー。なんで、夜に日傘を差してるの?」

 そう。メリーは日傘を差している。光といえばせいぜい月や星の輝きによるもの、暑さはまだ多少なりとも残っていてもそんなこと、『傘を差す』という行為とは全く関係がない。おかしいのだ。

「…………」

 しかし先を往くメリーは私の言葉にはなんの反応もせずに丘の頂上を目指していた。

 

「ねぇ」

 ようやくついたと思った矢先、メリーがこちらを振り向いてきた。

「結界を暴くの、お辞めなさい?」

「は……? いきなり……」

「何も月並みに『均衡を崩す恐れがある』なんて理由じゃないわ。貴女――いや、『貴女達』に危険が及ぶから。それでも無視するというのなら……ね?」

「メリー……?」

「貴女達はこちらの世界に近づきすぎた。それも単なる好奇心で」

「な……」

「見過ごせないほどに。だからね? 私がこうして忠告しに来たの」

「メリー……? じゃ、ないのね……?」

 目の前に立った彼女は肯定も否定もせずただ微笑んでいる。確かに午前中のはまだしも、今この状況のメリーには納得出来ない違和感がある。私はどくどくと早鐘を鳴らす心臓に手を当て、その事実を頭での了解だけでなく心を伴った了承をしようと努める。

 メリー…………いや、私がメリーだと思っていた『誰か』は表面上は笑っているように見えるが、目は笑っておらず私を見据えている。彼女は『忠告』なんて言っているが、こんなの『警告』でしかない。ないけれど。そのうえで。

「……悪いけど、メリーによく似た誰かさん。いきなりそんなこと言われて、はいそうですかなんて答えられる訳ないわね。その『忠告』、諦めていただける?」

 背中に冷汗が流れるのを感じつつ、キッパリと言う。折角メリーの能力が段々進化していって出来ることが増えてきたというのに、それを諦める事なんて出来るわけがない!

 対して彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、ホントに一瞬のことで、また目だけ笑っていない微笑みを浮かべた。

「……そう。『オトモダチ』をどうこうするのは、やっぱりほんのちょっぴり気が引けるのだけどね」

「……!?」

 言葉とは裏腹に彼女はこちらへ手を真っ直ぐ伸ばしてくる。逃げなきゃ、と頭では思うもののなぜか体は金縛りに遭ったかのように動かない。

「ぁ……ぃゃ……!」

 声も出ない。

 ゆっくりと伸びてきた指先が私の額に触れた途端、

「――――!?」

 視界が暗転した。

 、、、 、、、、

「またね 蓮子さん」

 

 

「うあああぁぁぁぁ……あ?」

 ガバリと身を起こす。慌てて左右を見渡し見慣れたベッド周りの風景ということを認識するとそのまま倒れこんだ。一瞬視界に入ったベッド脇の時計は九時半前を指していた。

「夢…………?」

 今さっきの出来事を夢と片付けていいものか。時間的には夢としか説明できないなぁとしばし思案していたが。

「んまぁ、考えても仕方ないか」

 あのメリーに似てた人は正直怖かったけど、今ここにはいない。多分午前中のメリーのほんのちょっとの違和感が見せた夢なのだろう。無理にそう納得して立ち上がる。

 明かりはついてカーテンも閉まっている。帰宅後の記憶がまだハッキリしないが恐らくメリーを待ってるうちに思わず寝てしまったといったところだろう。

 そうこうしていると家のベルが鳴った。

 

「あ……。メ、メリー……」

 扉を開けて出迎えた私だったが、メリーの顔を見た途端先程までの夢を思い出してしまい、言葉に詰まってしまう。

「あ、ゴメンねメリー。すぐ出かける用意するから、ちょっとだけ待ってて? すぐ終わるから」

 誤魔化すように早口でまくしたてると、その場から逃げるように寝室へと向かい枕元に置いてあるケータイに手を伸ばした。

「よし。落ち着け私」

 握ったケータイごと手に胸を当て深呼吸をする。

ようやく気分も落ち着いてメリーの待つ玄関へと向かう。

「……ん?」

 ケータイが光っている。メールの着信があるようだ。

 発信者はメリーのようだ。

 

 

『ゴメン、蓮子。今日行けなくなった』

 

 

「え…………?」 

着信は午後八時半。

 ケータイの右上には『8/9 23:03』という文字。あれ、そういえばベッドの脇の時計、動いてたっけ……?

 

「どうかした? 連子さん?」

 

 あの声が聞こえたかと思うと、あの時と、同じ、よう、に、再び、私の、体は――――

 


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