全てを貫く矛と全てを防ぐ盾は同時には存在しない。そのような『矛盾』が起こらないのがこの世の常識。しかしその常識を打ち破れて、相反する二つを同時に手に入れるとしたら――奇跡を願う他ないのです。
「――という訳で力が欲しいのです」
雪が降る中来たんです、と着いて早々コタツの中に潜り込んだ早苗は、返事を待つように霊夢と魔理沙、二人の顔を交互に見た。水を向けられた霊夢はウンザリした表情を隠そうともせず睨み返したが、早苗は全く動じた様子を見せない。
結局効果がないと察したからかおもむろに口を開く。
「いきなり人の家に上がり込んで変なこと言うから宗教の勧誘かと思った」
溜息をつきながらぶっきらぼうに答える。
「私としては面白い語り口だと思ったけどな」
早苗の要望に応えず不機嫌な霊夢とは対照的に魔理沙はあっけらかんと明るく話す。
「それで? なんでそんなこと思ったんだ?」
「折角力を極められる環境に身を置いている以上、やらないのは損だと思うんですよ。本来であれば多くの人間はそのような環境に身を置くことなく生涯を閉じます。環境に恵まれている以上それをしたいというのはごく自然な流れかと」
「……要約すると、『もっと妖怪退治をしたくなった』ってことでしょ? それだけならそのお茶飲んでさっさとこの神社から出てってくれる?」
頬杖をついたまましっしっと追い出す仕草をする霊夢。先程からあからさまに突っぱねた態度を取っているのだが、当の早苗は全く気にすることなくゆっくりとお茶を啜っていた。
「違いますよ。なにもそんな決意話を聞かせる為にわざわざ来たためじゃなくてですね。そこそこ力の持っている妖怪をご存じないかと」
「丁度いい練習相手が欲しいって訳ね。魔理沙、アンタ考えてあげなさい」
「どこまでも無気力だなぁ霊夢は」
苦笑いを浮かべる魔理沙を無視してゴロリと寝転ぶ霊夢。友人を頼ることが出来なくなった以上、自分まで無下に断るのも悪いかと思いとりあえず考える。
早苗の実力はまぁ決して低いとはいえないレベルなので、恐らくあまりアレな名前を出しても非難を浴びるだけだろう。今まで会ったことのある妖怪を頭に思い浮かべていくが、湧いては消え湧いては消えを繰り返し、なかなか思いつかず腕組みをしたまま唸る。
「レティとかいいんじゃない?」
寝転がったままの霊夢がポツリと言った。何だかんだと言いながらも考えてやっているのか、と改めて友人のことを見直す。
「レティ……って確か、レティ・ホワイトロックでしたっけ? 顔と名前くらいは知っていますけど。あと冬の妖怪と」
「早苗が来るより前の異変の時に一度戦ったことはあるな。でも、あのときは暦上は春だったが、確か今の季節が本領発揮できたはずだから、そう簡単に倒せはしないと思うが」
「文句あるんだったら代案をどうぞ?」
気怠げに応える霊夢に対し、魔理沙も妙案があるわけでもなし、所詮は自分に関係ないことと割り切ることとした。
「いいんじゃないか? 確かにあの時は全力を出していない様子だったが、立ち振る舞いを見る限りそこまでな印象だな」
「咲夜に対しては冗談で『くろまく~』なって言ってたらしいわよ」
「へぇ……」
まだ名しか知らぬ相手を思い浮かべる。話を聞く限りでは穏やかな印象だが。
「ねぐらはどこなんですかねぇ?」
「さぁ。私は知らないな。霊夢は?」
「山あたり探せばいるんじゃない? 知らないけど」
「むむむ。まぁとりあえず探してみます」
早苗はそう言うと残っていたお茶を一気に啜り、立ち上がった。
「暖かい恰好はしたほうがいいと思うぜ」
魔理沙の助言に笑顔で手を振り、襖を思い切りよく開けるとそのまま去って行った。霊夢は一度寝返りを打ち、魔理沙も気が抜けたようにテーブルに顔を乗せた。
* * * * *
「おっ、いたいた」
早苗は霊夢の言葉を受けて妖怪の山を探し回っていた。雪がやんだため探すのは企画的楽になっており、麓の大きな木の枝に腰かけているレティの姿を見付けた。
目の前まで降下するとようやく気付いたのか宙を見ていた目線が合う。
「あら、もう一人の巫女さんじゃない。初めまして」
無表情のまま口を開いたレティ。
「初めまして。突然なのですけど弾幕ごっこ……いえ、なんならガチの戦いをしてくれませんか?」
早苗のいきなりの問いかけに、クスクスと笑う。
「本当突然ねぇ」
「是非とも冬の妖怪であるレティさんと一戦交えたくて……。」
話しかけながら、霊夢や魔理沙から聞いて作り上げた人物像とはだいぶ異なっているな、と頭の片隅で思う。
「そうね……本当の戦いはダメ。弾幕ごっこじゃないといけないでしょう? それがここのルールなんだから」
「では弾幕ごっこ自体はやってくれると?」
このような提案をすれば断られにくいと踏んでいた早苗。実際、レティは何やら目線を下に逸らし考え込んでいた様子だったが、いいわ、と小さく呟くとゆっくりと枝の上へ立ち上がる。
「…………」
無言で、無表情で、無感情で右手のみを伸ばす。それが戦闘態勢に入ったのかと思うと、早苗の体に寒気が走った。
「……っ」
周囲の気温が下がったのだと理解する。
「そ、それじゃいきますよ!」
どもったのは寒さで口がうまく回らなくなったのだと信じたい。今までも緊張感はあったはず。これが特別ではないと自分に言い聞かせる。
レティは先程までの無表情から一変、蠱惑的な笑みを浮かべて立っていた。
* * * * *
襖が勢いよく空いた音で魔理沙はまどろんでいた魔理沙は目を覚ました。
「あー寒い!寒い!! 寒いっていうか痛い!! 強い!!! 」
寒さ痛さを誤魔化すかのように大声を上げてコタツへと潜り込んでくる。勢いよくコタツへ入ったせいだろう、寝ていた霊夢を蹴飛ばしたために霊夢が不機嫌に声を出す。
「うるさいわねぇ……。早苗、何よ」
「いや不機嫌になりたいのはコッチですよ! 全然話に聞いていたのと違うじゃないですかぁ! 寒くて体まともに動かなかったし、というかどう考えても『くろまく~』なんて言うキャラじゃなかったですよ!?」
「は? いやいや、そんな訳ないでしょ? いくら冬でも」
「そうそう。早苗がどうしたって感じだよ、油断でもしたか?」
まともに取り合ってくれない二人に対し、更に苛立ちを重ねる早苗。
「いやいやそんな訳ないでしょ!? 酷い目にあったんですから!」
魔理沙が苦笑しながら宥めるとようやく落ち着いたのか、机に突っ伏した。
「いいですよもう……。とりあえずあの人舐めたらダメだってわかりました。」
「そんなんか? レティって。まぁいいや。どこにいたんだ? やっぱり山か?」
「妖怪の山でしたよ……」
「でもその様子だと守矢神社じゃなくてこっちに来たのか」
「あまりの出来事にとりあえず二人にぶちまけたかったんですぅ……」
「悪かったわよ、早苗。でも言ったことは本当なのよ」
いつの間にか寝転んだ状態から座り直していた霊夢が声を掛ける。早苗はそれでも突っ伏したままの状態で反応した。
「もういいですよ、私も悪かったです……。でもなんなんですか、あの人二重人格なんですか?」
「二重人格というよりは、接し方を変えているとか……」
* * * * *
「随分と、大人げなかったんじゃない?」
「あら、貴女がこの時期にこんな場所にいるなんて、珍しいわね」
先ほどまでと同様枝に腰かけていたレティは、不意に背後から聞こえた声に振り返りもせずに応えた。
「冬に咲く花は少なからずあるの。別にいいじゃない」
「そうね。『四季のフラワーマスター』さん」
横を通ってレティの前へと来る幽香。余裕な笑みを浮かべるレティとは対照的に無愛想にねめつける。
「で? あの巫女に対してもう少し気心を加えても良かったんじゃない?」
「気分よ気分。それに、多分浮かれた気持ちがなくて全身全霊でかかってこられたら大変な相手よ」
「ふん。よく言う」
「博麗の巫女と同じ『姿』、見せても良かったんじゃないの?」
「『姿』なんて大げさね。戯れで接し方を少し変えているだけ」
さらりと言ってのけるレティに対し、呆れたように溜息をつく幽香。目の前のこの人物は、妖精や小さな妖怪、人間、そして妖怪とで接し方を変えている。どんな時でも強者たる余裕を見せようとする幽香とは考え方が異なっており、そこが気に入らない。
「少しじゃないでしょう。全く、これだから私はアンタが嫌なのよ」
「なんでその嫌いな相手にわざわざ話しかけたのかしら?」
「嫌いな感情より好奇心が勝った。それだけ」
「フフフ……」
枝の上へと立ち上がり次いで飛んで幽香の目の前へと移動し、下から覗き込むようにする。
「いつから嫌いなのかしら?」
「……昔、アンタとやりあったことがあったでしょう。ホント相性って忌々しい……」
「そういえばそうだったわね」
「性格の悪いヤツ……」
自分の頭をガシガシと乱暴に掻くと、近いといわんばかりにレティと距離を置く。
あら、と苦笑を浮かべるレティをもう一度ねめつける。
「全く、貴女は変わらないわねぇ。花は本来年月が経てば変わっていくのに、貴女は昔からそのまま」
「それはお互い様でしょう。アンタも昔から、憎たらしいのは変わらない。」
「フフ……。私は変わっているわよ」
「とてもそうは見えないけど? 『黒幕』さん?」
「あら、なんのことかしら。全く記憶にないわ」
クスクスと笑いとぼける様を見て、呆れる幽香。その時、少しずつ雪がちらついてきた。風も出てきており、吹雪になりかねない。
「寒いわねぇ。貴女の家に泊めてくれない?」
「雪女のアンタが言うか。それにアンタが来たら花が慄くのよ」
「酷い言われようだこと。」
「ホントのことよ」
「仕方ないわね。貴女まで冬枯れさせたら申し訳ないし」
「フン」
一つ鼻で嗤うと、幽香は飛び去って行った。
「いつまでも、変わらないわね」
レティの呟いた一言は雪に吸収されていった。