当番を変わってくれ、と言われた時、イルマは瞬間的にその相手をド突きたくなった。それは休日の暇を持て余して、暗部の書類を整理していると最中であったから尚更。
長期に渡る潜入捜査をすっぽかして何を抜かすのかと思えば、恋人とデートしたいのだという。其処で漸く、そのバカップルが彼氏彼女を欲していた二人だと気が付いたのだった。需要と供給の合致か、もう手っ取り早く済ませたのかは分からないが、カップル成立して幸せそうに微笑む男女。
彼、彼女を爆発させる程厳しくはないが、砂糖を吐くまま流される程イルマは優しくない。イルマとてかつては初代・二代目に重用された施政者である。腹切って死ねとは言わないが、長期任務をすっぽかすなら幻術で説教も辞さない構えだ。甘えさせるのと、甘やかすのは違うのだから。
それでも、当番を変わったのはバカップルの男が呟いた「波の国の任務」という言葉と女の言う「チョコ野郎がウザい」という言葉が気になったからだ。
チョコ野郎と聞いてイルマが思い出したのはガトーカンパニーの事だ。
世界有数の大富豪であるガトーを中核にして表向きは海運業者として名を馳せているが、中々悪どい商売をしている奴らだ。時折、任務妨害をされているので前々からその内抹殺してやろうとイルマは心に決めていたのだ。
其処で嫌な事を思い出した。
思い付いた、と言っても良いのだが。
波の国は木ノ葉属する火の国から海を隔てた向こうの小国である。周囲を海に囲まれ、漁業と海運位しか商業のなく隠れ里も持たないような国だ。そんな国から来た人間が、わざわざ木ノ葉隠れの忍に護衛を頼むだろうか?それもうら若く可憐な娘ではなく、橋造りの得意な屈強な大工だ。
海運を生業にする悪徳商社
海に囲まれた小国
橋造りの名人
イルマは溜め息をついた。
何がCランクだ、事と次第によってはSランクにも等しい工作をしなければならない。まぁ、これで完璧に潰せるならばお釣りが来てもいいだろう。
「分かりました……変わってやりましょう」
ただし、多少の条件はつけた。
それでも、変わってやった忍達は喜んでいた。その意味をイルマはもっと考えておけばよかったのだ。そうしたら、こんな思いをせずに済んだかもしれない。
*
しゅるしゅると。
赤い糸の様に繋がって、落ちていく。その端を皿に乗せて纏める。
「全く、定着するまで時間が掛かるから無理はしないように、と口酸っぱく言ったつもりなんですけどね」
わんこそばの要領で剥いた林檎をカカシの口に突っ込んでいく。マスクをめくって押し込んでを繰り返すせいでカカシは何も言えなかった。そもそも、反論したら恐ろしい目にあいそうなのでしないが。
「も、もう少しペースを落としてくれません?あと、林檎位起き上がって食べます」
無論、抗議は物理攻撃(林檎)で沈められる。怒りを感じたカカシはおとなしくするしかなかった。
「定着すれば写輪眼使いホーダイ!万華鏡だってし放題!ではありますが、それまでは経絡の流れに負担を掛ける代物です。それ程の禁術なんですよ?」
新しい林檎をクルクル剥きながらうさぎさんにしていく。赤い目を残し、爪楊枝に刺した林檎が飛び跳ねる様は芸術的でもある。ただ、リアル過ぎて食べにくい。
「あれ位ならば写輪眼ナシでも倒せたでしょうに」
「っ、はぁ……再不斬はビンゴブックでも上位に位置するんですがね」
そのビンゴブックでいえばssランクは軽くいく人物を思い出してカカシは口を閉ざした。それも目の前で林檎をウサギさんに剥いているのだから、何も言えない。しかも、50年近く木ノ葉と岩隠で捜索されて、未だ死亡認定されていなかったりもする。色々な意味で規格外だった。
「まぁ、ザブザブくんの生い立ちは興味ないですが、水の国が今も戦国状態ってのは分かります。だって、私と同じようなもんでしたし」
そう口火を切ったのは狐面の女だ。皿の上には八切れの林檎が全て違ったポーズのウサギになっていた。女は林檎の切れ端を食べ始めた様で、赤い紐状の皮が仮面の下へ消えていく。それがちょっと怖い。
「擬似的に戦乱状態を作り、それに勝ち残る者のみを戦力とするのはよくある手ではありますが、霧隠程度では組織としては貧弱になりますよね」
もぐもぐと食べながら狐面は呟く。
火の国、ひいては木ノ葉が巨大な力を持ったのは何も有力一族が集ったからだけではない。豊かな自然や穏やかな気候に育まれ、人口を増やす事が出来たからだ。
人間が増えればそれだけ労働が生まれる。非戦闘員が多くともそれと同じだけの戦闘員を作る事が叶うのだ。それ故、暗部や「根」では比較的戦乱に似た環境で人材を育成出来る。分母が大きければそれだけ優秀な人間も育つということだ。
水の国は秘密主義で立地も規模もあまり良いとはいえない。海と水、小さな島々に囲まれた人数の少ない国でそのような戦乱状態では里などあってないもの。そんな無秩序状態の里では育つものも育たない。仮初の恐慌状態を本当にして国や里を乱れさせるとは、なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。まるで始めから治める気などないみたいだ。
「抜け忍になろうと思った切っ掛けが
火の国と波の国は目と鼻の先にある。そして、小国であり、隠れ里を有さない波の国は火の国の庇護下にある。つまり、有事の際は波の国は火の国に頼って来るのは織り込み済みなのだ。例え、完全な属国になろうとガトー程度の支配下に置かれるよりもマシというものだ。波の国の異変を知った火の国及び木ノ葉が干渉してくるのは必須。
遅かれ早かれ、木ノ葉の忍が波の国に来る事は承知の上で雇われたに違いない。困窮した抜け忍故か、それだけの腕があると自負しているのかは知らないがガトーの下は居心地が悪いだろう。
狐面はサラリと唇を動かした。
「しかし、霧隠もおちぶれたものですね。あの水影殿はあんなに強かったのに……殺せなかった人は久振りでしたもの」
カカシは考える事を辞めた。人間、深入りしすぎると行けない事があるのだ。実行した時代が初代か二代目か三代目か、など気にしてはならない。気にしたら負けなのだから。
外は風が出て来たのか、窓辺の木々を揺らす。
上手くいけば霧もなくなり、晴れるだろう。絶好の修行日和に違いない……ただし、カカシはまだ寝込んでいるが。
「ナルトくん達は私
基礎の基礎とは、チャクラコントロールのことである。身体は成長と共にどうとでも動かせるが、チャクラコントロールに関しては修練と慣れでその後の人生を大きく左右してくる、と言うのが狐面の自論なのだ。
「コレでも講師としては優秀なつもりですから」
ーー
ささやかな胸を張って微笑む狐面にカカシは頭を抱えた。
片や全ての技を修め木ノ葉の長として永きに渡り里を統治して来た男であり、片や忍の闇と呼ばれ里を支える為に暗躍して来た男だ。その土台をイルマが作ったとなればそれは素晴らしい事なのだろう。なのに、一抹の不安が残るのは何故か。対外的にはイルマは謀反人であるからだろうか、いや、それとも何処となく抜けた性格のせいか。
目の前の分身体はカカシの疑念すら気に掛けず、林檎のお代わりを剥き始めた。裏表があるろうとなかろうと、このマイペースさが不安に繋がっているのは想像に難くない。
「お手柔らかに頼みます」
カカシはそう言うしかできなかった。
*
鬱蒼と繁る林立の間から、同じくらいの高さの木を探し出した狐面はナルト達の前に立つ。
「さて、今回は皆さんに基本からおさらいしましょう。簡単だの出来て当然!なのは知ってますが、土台硬めは大切ですからね」
寝込んでしまったカカシの変わりに教鞭を取ったにしては手馴れている。何時もならば一番騒がしいナルトが大人しく膝を抱えているのもそれをらしくさせている一因だ。
「まずはチャクラについて。誰か分かる人!」
真ん中からまっすぐ腕が伸びた。サクラが
「チャクラは大まかに言えば、経絡からなる体内エネルギーと精神エネルギーを練り上げること。その練り上げたエネルギーを印を結ぶ事で術に変える事が出来ます」
これ以上ない程正確なサクラの解答に狐面は頷きながら拍手をした。
「そう、大正解!この他にチャクラには形態変化や性質変化などがあります。まぁ、こんな感じですが」
狐面は短刀を取り出すと、その刃にチャクラを流し込む。鈍色をした鋼の上に紫掛かった電流が迸った。子供達は初めて見る技に興奮を隠せずにいる。それを宥めながら告げる。
「どんなに質や量のいいチャクラを持っていてもコントロールが出来ないと、忍術を使いこなせないのですよ」
狐面は三人にクナイを渡すと、手を使わずに木を登る様に指示した。チャクラだけで物体に張り付いて移動する、忍なら息をする様に出来ねばならないことである。正直、アカデミーで一番教えるべき項目であると狐面は確信していた。実戦で生き残るうちにある程度は勝手に身体が出来て行くものだし、精神の方もそれなりに整ってくる。あとは、如何にエネルギーを運用するかだ。
喉が渇いたからってお風呂の水を用意する事はないし、山火事を消すのにコップ一杯の水では到底足りない。適切な時に適切な量のチャクラを一瞬で練り上げる為に修業をする必要がある。動きを叩き込む様に、身体に覚えさせる方が良いのだ。
要は習うより慣れよ、である。
より効率の良いコントロール方法について狐面が思い馳せている時だった。
「おや?」
狐面は一歩下がる。すると、その足元にクナイが刺さった。
「こんなもんか」
木のてっぺんに腰掛けて狐面を睨め付けるのは、うちはサスケだった。狐面的には当然と言ったところか、何と言っても事前の仕込みが違う。
ちなみに、膨大なチャクラの所為で上手くいかないナルトなど悔しそうに見ているが、うずまきと九尾が手を取り、タッグを組んで踊りながら一箇所に留まっている事を思えば上々であろう。サクラもほぼ上に着きそうである。優秀な子供達ばかりで、もともとそう低くない鼻が高くなるのも当然だ。
狐面は腕を組みながら、次にさせる事を思案した。それが気に障ったのか、サスケが話しかけてきた。
「おい、アンタとカカシのヤロウとどっちが強いんだ?」
「うーん、タイプが違いますから判断に迷いますね。それに彼、『白い牙』の息子さんで、暗部出身者だそうですし」
物理的に見下ろすサスケに狐面は悩んでみせる。しかし、それは事実でもあった。初代火影は置いておいて、全盛期ならばマダラや二代目火影にも引けを取らない練度はあっただろう。だが、今は未熟で脆弱な肉体を持つ身。技術や知識で相手の能力を凌駕するのにも限界がある。元の勘を取り戻すまで、分が悪いのだ。
それに、同じ里の相手に奥の手なんぞ使ってたまるか。
「随分弱気だな。アンタも暗部だろう?」
「まぁ、そうですね。でも私なんて見習いみたいなもんですし、四代目の時から生え抜きのカカシさんに勝つなんて骨が折れますよ」
しつこく聞いてくるサスケを適当にあしらいながら、狐面は木に挑む二人を見た。サクラはそろそろ頂上に着きそうだ。一方、ナルトは半ばから上に上がれずにいる。少しコツを教えねばならないな。そんな事を考えながら狐面は片手でクナイを取り出すと、切りかかってくるサスケをいなした。
「そう殺気立つなよ、おチビさん」
「クッ、こんな簡単な事で時間を使う訳にはいかないんだよ!」
狐面は体勢を戻そうとするサスケを足払いで崩して、首にクナイを突きつける。よくよく見ればそれが前日タズナに使った練習用のクナイだと分かっただろうが、興奮するサスケは気がつかない。それだけ冷静さを失っているのだ。
サスケは焦っていた。
カカシと再不斬の死闘を目の当たりにし、上忍という存在の恐ろしさを再認識した。再認識して、より色濃く復讐を決意する。サスケが追う相手は普通の上忍よりも強い。里の警邏を担当していたうちは一族の、その悉くを倒したのをサスケは見たのだ。そんな相手を倒さねば為らぬのに、己はたかが抜け忍の殺意に当てられた。歯痒さが募るのも当たり前だ。
そんな焦燥を知りながらも、狐面は煽る。
「簡単、ねぇ。じゃあ、なんで貴方は今這いつくばっているのかしら?」
本来のサスケならば、ここまでアッサリと狐面に捕まらないだろう。焦りと未熟さ、それにチャクラコントロールの疲れが感覚を鈍らせているのだ。
「ナルト君がこんなにチャクラコントロールに苦戦しているか分かる?ナルト君はチャクラ量が常人の何倍もあるから。でも、それだけなら何処にもでいるけれども、ナルト君は違う」
うずまきの家系だからでも、狐憑きだからでもない。ナルトは、『認めてもらいたい』という思いがある。
「あの子は強くなるよ。なんと言っても、守りたい人がいるから……復讐は復讐を生み、そして絶望を齎す」
かつて、狐面の大切な従兄弟は復讐心に憑かれて死んだ。誰とも寄り添う事なく支えられる事もなく、守ってきた一族に切り捨てられた哀れな男である。不器用で誰よりも情に篤い男で狐面には兄弟のような存在だった。
もう、あんな悲劇を起こしてもらいたくないのだ。
「そんな君に!次のステップ!」
キラッと謎のポーズを取りながら狐面の指差す方向にあるのは、子供用のビニール製プールだった。青とオレンジ色のしましま模様の中にはギリギリまで海水で満たされており、これまたオレンジのあひるさんが水底で微笑んでいる。サスケにはその微笑みが歪んで見えた。
「この水面に立って貰います。零したらその分の海水を汲んできて補充した後、腹筋背筋等々、筋トレ100回……うん、簡単ですね」
ふんわりと狐面は水面に降り立った。それから一滴も水を零す事なく元の場所に戻る。
「チャクラコントロールは簡単、なんでしょう?」
仮面の裏、ニヤリと笑ったのがサスケにも分かった。二体目の分身体はそうして、稽古をつけるのであった。
*
澱んだ空気の中、一人身を縮めた。
右を向いても左を向いても
何処を見ても、頼りない新入社員その一と言った感じである。
「……ガトー様、本当に私も着いて来て大丈夫なのですか?」
「ああ、安心しろ」
現在進行形で安心出来ねぇから聞いているだろうが、このタコスケが!と思っても顔に出したりはしない。そもそも目元も黒髪で隠しており、表情も見えないのだから。
今回、イルマが変わった潜入捜査員の設定は20才、女性。生まれは波の国の対岸にあった木の葉の漁村であり、九尾の一件で消し飛んだ事になっている。村がなくなった事による
軽く括ってあるとは言え、白いワンピースでも纏って井戸から這い出て来るお化けもかくや、という髪の長さだ。井戸の底から這い出るだけの能力(物理)があれば、敵など簡単にひねり潰せそうではあるけど。
イルマの目的は、ガトーが裏取引をして波の国に直接圧力を掛けている事実と帳簿の差異を白日の下に晒す事だ。抜け忍を雇い入れる先はなるべく潰しておかねばなるまい。それも里と国という制度を脅かすような、商人崩れに鉄槌を下すのも忘れずにしておきたい。
目の前にいる
まったく商人は商人らしく、弁えておけば良いのに不相応な野望を抱くから死ぬ羽目になるのだ。
雑魚を護衛につけていい気になる
嫌味でも言いに来たのか、役に立たない護衛をチラつかせて再不斬の側に寄って行く。このまま切り捨てられたら後々楽なのに、再不斬も白も流石に依頼者を殺そうとはしないらしい。下衆相手でも一定の礼儀を持って対処しているのは褒めるべきところだ。
「この女を見張りとしてつける。用があるならなんでもこの女に言い付けろ!」
「ガトー様ッ!そんな……お待ち下さい」
このチョコ野郎ぶっ殺す!
イルマが確かな殺意と、この任務を受けた事を後悔した瞬間だった。さっさと出て行くガトー《バカ》に追い縋る様な真似などプライドが許さないし、かと言って此方を凝視する忍二人を何時迄も無視する事が出来るほど図太い訳でもない。行き場のない腕を下ろし、空虚な隠れ家を見回した時だった。
包帯塗れの怪我人と目があう。
「おい、女。貴様何者だ?血の臭いがするぞ」
ニヤニヤする怪我人はイルマの堪忍袋の緒を、サクッと切った。
これが平時であればイルマも流せただろうし、言い繕ってみせただろう。微笑んだり、動揺してみせたり、普通の女性らしい反応を返せた。だが、散々セクハラを受けたばかりの、今のイルマには全てが地雷で包帯塗れの怪我人は地雷原でタップダンスを踊り狂うアホに過ぎない。イルマは微笑む。それはカカシが逃げ出したくなるソレであった。
「このッ!無礼者が!」
イルマの右手がしなり、怪我人の頬を捉えた。怪我人の名前は桃地再不斬。ほんの少し前に、はたけカカシに負けそうになったその人である。潜入捜査の設定かなぐり捨てて再不斬に突っかかる姿に、護衛である白は何故か止めようとしなかった。
「……ククッ、図星か。血の臭いは裏切らないな」
「再不斬さん……其処までにしてあげて下さい」
白はイルマの肩を抱き、その背中を優しく撫でた。その労わりがイルマには嬉しい。ささくれ立った心に染み入るようだ。
「ア?何を言ってやがる。その女から血の臭いがするのは本当の事じゃねェか」
その言葉にイルマはブチギレた。
「もうヤダ!バカで臭いオッさん達は人の尻や胸を触ってくるし比較的マトモそうだと思った忍者は月の物に関してグチャグチャ言ってくるし!」
女は、強い。
確かに物理面では男よりも弱いのかもしれないが、精神的にはかなりのものだ。そして、涙は時に武器となる。それも、弱そうに見えるなら余計。また、恥を捨てた女程恐ろしいものはない。
「仕事だ、仕事だって我慢して来ましたが、私があの
涙目で睨むイルマの後ろには般若がいた。
今現在、イルマの分身は全部で三体いる。一体はカカシの側に、もう一体はナルトやサスケ達の側にいる。元々は五体いた内の残り二体は里に残して睡眠を取らせていた。だが、もうその分身はない。これがどういうことか、賢明な方ならきっと気付いているだろう。
分身を残す為には、本体は睡眠を取ってはならない。
事務作業、会計処理という睡眠導入剤を潜り抜けた三徹の鬼は今日、寮に戻って分身からの情報を噛み締めながらゆっくり惰眠にふけりたかった。それから明日改めて分身を送りたかった。それだというのに、何処ぞの甘味野郎の所為で寮にも戻れず、忍の面倒を看なくてはならない。
イルマは苛立ちを隠せなかった。
睡眠不足が祟って、前後不覚に陥る前にこの苛立ちを何とか消化したかった。つまり、再不斬は八つ当たりされているだけなのだ。
「……悪ィ」
その剣幕に遂に再不斬は謝った。ぎゅっと白に抱き付いたイルマは涙も拭わずに告げる。
「私も仕事ですから、要望通りの品は揃えます。ですから、貴方達もこの仕事終わったらアイツら殺しといて下さい」
それは、心の底からの言葉である。
この後、散々ガトーへの不満を零したイルマは、再不斬からなだめられるまでクダを巻くのであった。
オマケ〜入らなかったとも言う〜
死屍累々と子供達は土埃も厭わず転がっている。辛うじて草原が混じっているから良いものの、泥の様に眠っていなければ喰いこむ砂利や小石に悲鳴の一つでも上げていたに違いない。
狐面はおもむろにその身体を抱き上げ、背負う。11、2才の少年少女計三名は、発育云々を考えなくても手に余るものである。二人ならば抱えられても三人は辛い。かといって、こんな治安の悪い場所に疲弊した子供を転がす訳にはいかない。だから、サクラを背に、後の二人は脇の辺りに腕を通して連れて行く事にした。若干引き摺っているのはご愛嬌というものだ。
さて、跳ぶかとチャクラを練った時、視線を感じた。それは目の前の木陰からジト目で見てくるおっさん、タズナだった。
「アンタ、鬼だな」
タズナには忍も忍術も、木ノ葉の詳しい序列も知らない。目の前にいる忍が上忍だろうが暗部であろうがタズナでは到底敵わない相手だ、そう大差もないだろう。だが、そんなタズナとて人間の事は分かる。この決して仮面を取ろうとしない忍は子供達を本当に大切にしているし、だからこそ甘やかさずに鍛えているのだと。そうでもなければ、わざわざ木ノ葉の忍達の前に姿を現して忠告したり、稽古をつけたりはしない。例え、それが常人では理解出来ぬ方法で相当手厳しい修行だろうともだ。
「後輩の成長を見守りたい親心みたいなもんですよ。それに分かっていながら子供を巻き込んだ貴方には言われたくありませんね」
狐面は嘲る。
仮面越しに垣間見える眼差しは冷たく凍てつくものだ。
普通、人が酒を呑む時は呑んでも構わない時である。仕事の終わりに、新たな門出に、疲れや孤独を癒やす時に嗜む。だが、木ノ葉に依頼をしに来たタズナは違った。酒瓶片手にあおりながら依頼をしに来たのだ。
酒にはもう一つ効能がある。
感覚を鈍麻させ、恐怖を感じ難くさせること。タズナの場合は、何時殺されるかも分からぬ恐怖、依頼内容を偽って
狐面の苛立ちを感じたタズナは少し怯みながらも、狐面を見据えた。此処で引いたら全てが終わってしまう気がしたのだ。
「済まないとは思っている。だが、ワシが橋を作らねばこの国は終わる!」
風が吹き、花が舞う。
花が散れば、実がなり、種が出来る。何時かはまた花開くものだ。人間というのは花よりも脆い。特に、心を折られて他に服従し、全てを依存する様になった時には。それをたった一人で守ろうとするのは、不遜とも言える。思い上がりも甚だしい。
「フフッ、良い度胸ですね」
だが、無謀と知っていながら挑む愚か者の事を狐面はそんなに嫌ってはいなかった。
「私も馬鹿は嫌いではないですよ。特に途方もない事に挑戦する馬鹿はつい手助けしたくなるものですから」
むしろ、好ましく思っていた。
だが、思い違いをしているご様子。哀しいかな、忍は幾つであれ忍なのだ。
「ナルトくんに突っかかってみせたのも、子供を巻き込みたくないからでしょうがそれはお門違いというものです……彼は既に忍なのですから」
子供が子供らしくあれる期間というのは、短いものだ。忍なら尚更のこと。ナルト達は自ら忍として働こうとした瞬間から子供であることを辞めたのだ。
「貴方は、ただ己が職務を全うして下さい」
「オウ!超安心して待っておれ!」