「私」と「彼女」の、2,3の会話。
ただ、それだけの話。
ある夜のことである。
私は目を閉じたまま、黙々と航行を続けていた。
もう半分も来ただろうか。
いや、まだそれの半分も来ていないのかもしれない。
そこまでを自分に言い聞かせ、私はギュッと閉じていた目をゆっくりと開ける。
ボンヤリとした視界が晴れていく。
ずっと目を閉じていたせいなのか、夜のはずなのに妙に眩しく感じた。
目を閉じてしまいそうになるのを何とか堪えて、
私はそっと、周りを見渡す。
厚い雲は、もうすっかり晴れている。
だが目印になりそうな島影は、ひとつもない。
あるのは、遠く遠くで静かに見つめる水平線。
苛立っているかのように不規則に揺れる海面。
忌々しいくらい煌々と照る月に、呑気に輝く小さな星々。
それを戒めるかのように、時々被さる厚い雲。
その代わり映えしない光景に、小さく息を吐く。
ホッとしたのか、ガッカリしたのか。自分でもよくわからなかった。
正面の方に目をやる。
先行する小隊は、水平の彼方を注意深く見渡し続けているように見えた。
時々帰ってくるヒコーキを油断なく迎え入れ、それをすぐさま、水平の彼方へ飛ばす。
既に目の前で、この何度も繰り返されている光景に、また小さく息を吐いた。
随分前からひっきりなしに働いているヒコーキが、まだ飛んでいる。
すっかり離されてしまった先頭の、更にその先を飛んでいる。
月明かりを頼りに、何かを探している。
あと何度これが繰り返されるのだろう。
いや、どうせならこのまま変わりなく、繰り返された方がいいのかもしれない。
足元に目をやる。
水面、波、水泡、やっぱり、それだけ。
黒く濁っているわけではないが、透き通るような青でもない。
ただ波に揺られ、白く、黒く、青く、何も映さない。
視界の隅で、波ではない何かが揺れる。
顔を上げるのも億劫だった私は、のろりと首と、目線だけを動かした。
「大丈夫? なんだかすっごい疲れた顔してるわよ? ――ちょっと休憩する?」
すぐ隣で航行していた彼女が、心配そうにこちらの顔を覗き込む。
その彼女も、顔はいつものように笑っていたが、目だけは大分疲れているように見えた。
「ええ……」
少し疲れましたね……。
そう言えば、きっと彼女は前方の小隊にヒコーキを飛ばす。
きっと先頭を滑る小隊の方も、そろそろ小休憩の頃合いを見計らってる頃のはずだ。
――そこまで考えるよりも先に、言葉が先に出た。
「――大丈夫です。 もうそろそろ、半分来ましたか?」
「もうすぐそこよ。 大丈夫、この物資だけは絶対に届けないとね」
彼女はそう言って、笑いかけてくれた。
もうすぐそこ。
そこだけを心の中で復唱し、周りをもう一度見渡そうとして、やめた。
代わりに目を閉じて、絶対に届けないとね。を、2,3ほど復唱することにした。
「大丈夫よ。 そんな顔しないで? ねっ?」
彼女は再び、一層作り笑いをしてくれる。
私も、何とか作り笑いを返そうとしたが、どうも頬が固い。
思うように、うまく動いてくれない。
「――無理しなくてもいいのよ?」
私の顔がそんなにおかしかったのだろうか。
彼女はクスッと笑ってくれた気がした。
釣られて、私も笑ってしまった気がする。
彼女はそれを見るとまたニコッと笑って、元の、少しだけ離れた位置に戻っていった。
顔を上げて、正面を見据える。
またヒコーキが戻ってきて、また飛んでいった。
チラッと横に、目だけをやった。
元の配置に戻った彼女はそっぽを向いていた。
どうやら、彼女は自分のヒコーキを飛ばすところだったらしい。
そのヒコーキを手もふらずに見送ってから、彼女は正面を見据える。
その横顔は、ちっとも笑っていなかった。
当然か、と自嘲気味に笑ってみる。
でも、やっぱり固い。頬の張り具合で分かってしまう。
私が見ていることに気付いたのか、彼女はちょっとだけ顔を上げる。
私はすぐに、また正面を見る。
丁度その時に、厚い雲が再び月を隠してくれた。
あと何回繰り返せるのだろう。
島影は、母港は。まだ、見えない。
雲が晴れたら、見えるだろうか?
――何が? 何が見えるのだろう?
そっと目を開けてみる。
まだ、雲は被さっている。
私は何故かホッとして、また目をつむった。
次に目を開けた時には、何かが映っているのだろうか……?
目は閉じたままだったが、月が顔を出したことを瞼の裏で感じ取った。
何故か私は、より一層、ギュッと目を閉じた。