勇者部の部室へと来た乃木園子は東郷美森の様子がいつもと違うことに疑問を持つ。


勢いで書きました。
チェックはしましたが誤字、脱字があったらごめんなさい。

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-シオン-

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 乃木園子の歓迎会を終えた二週間後の金曜日、放課後となり学校中が明日の土曜日は休みということもあり、ふわふわとした雰囲気に包まれていた。

 ガラリと部室の戸が開く。

「あ、わっしーだ~」

 わっしーこと東郷美森は部室の窓際で遠くを眺めていた。

 部室に来た園子は東郷の姿を見つけ、声を掛けたのだが東郷は気付いてないようだ。

 おかしいと思いながらも、もう一度声を掛けた。

「わっしー?」

 そこでやっと気付いた東郷は声の方へと顔を向けたのだった。

「あ、そのっち……掃除の方終わったのね」

「そうだよ~。みんなに会いたいから急いで来たんだよ~」

「朝にお昼に会ってるじゃない」

「それはそれ、これはこれだよ~。ところで、ぼーっとしてたけどどうしたの~?」

「景色を眺めてただけよ」

「ふーん、わっしーてば育ちのいいお嬢様だよね~」

 園子の視線は東郷のふくよかなぼた餅を捉えていた。

「お嬢様はそのっちでしょ……って、どこ見てるのよ……」

「私には届かないであろう神の領域だよ~」

「なっ…………」

 東郷は頬が紅くなり、言い返してやろうとしたタイミングで戸が開いた。

「お疲れーって、あれ?まだ二人だけなの?」

「東郷さん、園子さんお疲れさまです」

 入ってきたのは勇者部部長の犬吠埼風と妹の犬吠埼樹だった。

「お疲れさまです」

「お疲れさま~」

「友奈ちゃんと夏凜ちゃんなら、もうそろそろ来ると思いますよ。今日、掃除当番なんですよ」

 東郷が答えると、

「なるほどね」

 風が頷き、

「それじゃ、先に今日の勇者部の活動なんだけど」

 そこに風の声を遮るように、

「お待たせしました!結城友奈、掃除を終えてただいま到着しました!」

「そんなに急がなくてもいいじゃない。まだ無理しない方がいいのに……まったく」

 敬礼をしながら、快活に部室に飛び込んできたのが結城友奈、そして、軽く愚痴りながらも棘のない言い方をしたのが三好夏凜だった。

「大丈夫だよ。夏凜ちゃん、もう元通り元気いっぱいだよ!」

「いいえ、あんたはそうやって無理するから見てる方はいつもはらはらするのよ」

「はいはーい、話長くなりそうだから今日の活動ちゃっちゃと話すわよ」

 風が手を叩きながらみんなの視線を集めた。

「おほん、単刀直入に言います。今日はなにもありません」

 静寂が辺りを包み込んだ。

「はい?」

 静寂を破るように、友奈が間の抜けた声を上げた。

「なにもありません」

「……お姉ちゃん、幼稚園で予定あったよね?」

 樹が首を傾げながら聞いてきた。

「それなんだけど、ついさっき幼稚園から連絡がきてね。簡単に言うとスケジュールミスってやつ」

「あんた、なにおおぽかしてんのよ」

 夏凜が呆れながら風に言うと、

「あたしじゃないわよ!あっちの方で入れる予定が他にあるんだけど、間違った日付で組み込んでたわけ。で、それに気付いて連絡がきたわけよ!だから明日、明後日予定の子供達とのうどん作りは来週の土日にずれました。よって、なにもありません」

「へっ?そ、そうなの。それなら仕方ないわね。……悪かったわ」

 視線を反らしながら小声で答えると、

「お、素直ね。感心。感心」

 風が笑顔のまま、夏凜の頭を撫でた。

「撫・で・る・な!」

 顔を真っ赤にしながら風の手を弾く夏凜の横で、

「そっかー、どうしましょう?」

 友奈が下顎に人差し指をあて、考える素振りをした。

「今日は各自、解散にしましょう……うどん食べるくらいなら大丈夫だけどねぇ」

 風が「あはは」と困った笑い方をしながらそう言った。

 乃木園子の歓迎会を盛大に開いた勇者部は園子を抜かして、少しばかり金欠になっていた。

 全員、そのことを分かっているので満場一致で今日は解散となった。

 園子はみんなの会話を聞きながら東郷のいつもの違いに、

(もしかしたら……)

 思い当たることを考えると、嬉しくもあるが悲しくもあると一人感じていた。

 

 

 

 

 帰り道、勇者部の面々と別れ、友奈と東郷は二人家路へと向かっていた。

「東郷さん」

「どうしたの友奈ちゃん?」

 笑顔だった友奈の表情が真剣な顔をして東郷に問い掛けた。

「東郷さん今日……ううん、ここ最近、難しい顔してるけどなにか悩んでるの?」

「私……難しい顔してた?」

 いきなり悩みを見抜かれ、本当にこの子はすごいと東郷は思った。

「うん、いつもの可愛らしい笑顔と違う感じがしてたから」

 度々、恥ずかしげもなくこんなセリフをさらっと言うものだから、急に言われるこちらは対処できず体温が上がるばかりだ。

「勇者部五箇条!悩んだら相談!だよ」

 ニカッと歯を少し覗かせるような笑顔とともに東郷の手を握った。

(友奈ちゃんには敵わないわ……)

 少し、間をおいてから、

「友奈ちゃん、ちょっといい?」

「どうしたの、東郷さん?」

「明日、時間空いてる?」

「空いてるよ~」

「遠いところなんだけど付き合ってもらえる?」

「大丈夫だよ。どこに行くの?」

 東郷は言うべきかどうか迷った挙げ句、

「……イネス」

 と、短く一言だけ呟いたのだった。

 

 

 

 

 友奈、東郷と別れた勇者部は各々帰ろうかというところで、

「みんなちょっとかめやまでいいかな~?」

 風、樹、夏凜の三人が首を傾げ、心の内を代表するように風が答えた。

「いいけど、それだったら友奈たちも一緒の方が良いんじゃない?」

「本当ならそうしたいんだけど、今日はちょっとみんなに言いたいことがあるんだよ~」

 付け加えるように、

「今日は私がお金だすよ~」

 

 

 

 

 勇者部行き付けのうどん屋かめやにて、うどんを囲みながら勇者部四人は、

「わざわざ、こうしたのはどういうこと?」

 残りのメンツだけでこうしたのには当然理由があるだろうと思い、夏凜は園子に聞いた。

 犬吠埼姉妹も頷き、園子を見た。

「わっしーがなんかおかしいんだよ~。これは明日なにかあるかも~」

 部長の風が困り顔になり、樹が「えー」と声を上げ、夏凜が眉間にシワを寄せた。

「おかしいと言われても……」

 風がどう答えたようか、言葉に詰まったところに、

「ちょっと思うところがあるから、明日みんなについて来てほしいんだよ~」

 潤んだ眼差しで三人に「お願い~」と追い打ちをかけた。

 夏凜がため息をつき、

「それでうどん奢ったのね。まあ、いいけど……」

「今週の土日は勇者部の活動入ってないからね。もちろん大丈夫よ」

「どこに行くんですか?」

「やった~みんなありがと~。行くところはね~イネスだよ~」

 園子がスマホの地図を見せながら目的の場所を指差した。

 スマホを覗き込む三人は、

「ちょっとこれは……遠すぎない?」

「と、遠い!すごく遠いです!」

「は!?どうやって行くのよ!?」

「うんうん、遠いよね~」

 当然の反応に満足する園子だった。

 

 

 

 

 次の日、時計は早朝の八時半過ぎを指していた。東郷は友奈の玄関前に立ち、インターホンを押すべきか迷っていた。

(今さら悩んでどうするというの……)

「そこにいるの東郷さん?」

 玄関から見えるシルエットに気付いたようだ。

「あ、友奈ちゃん……」

「おはよう東郷さん。呼んでくれればよかったのに」

「……おはよう。その……ね、やっぱり無理させない方が良いかなって」

「大丈夫大丈夫。演劇のときよりも体調は良くなってるから本当に大丈夫だよ」

「でも……」

「勇者部五箇条、成せば大抵なんとかなる。さ、行こう」

 友奈は東郷の右手をぎゅっと握ると、引っ張って家を出たのであった。

「東郷さんおしゃれだね。すごく大人っぽくて素敵」

 東郷は、細く控えめなフリルの白ブラウスに水色のループタイ、濃淡の青チェック柄プリーツスカート、上に水色のカーディガンを羽織っていた。

「友奈ちゃんも可愛いくて似合ってるよ」

 友奈は白のパーカー、薄いピンクのフレアスカート、シンプルにボーイッシュな仕上がりになっていた。

「そうかな~」

 友奈は腕を組んで、東郷の服装と自分の服装を見比べて「う~ん」と呻いた。

「そんなに悩まなくても似合ってるよ」

 このとき東郷は、自身がそこまで悩むことではないと遠回しに伝えているのだろうか、とふと思った。

(いくら友奈ちゃんでも……)

 こっちが話すことを伝えたわけではないのだから違うだろうと思った。

「その……友奈ちゃん、今日は無理なお願いしてごめんなさい」

「気にしないで東郷さん。昨日、お父さんに無理言ってお願いしたんだ。そしたら、『可愛い子には旅をさせよ。というからな。楽しんできない』って、お小遣いくれたんだ~。やったーー!」

「友奈ちゃんのお父さんらしいね」

 東郷が微笑むと友奈も微笑み返し、

「今日は楽しもうね」

「そうだね。友奈ちゃん」

 

 

 

 

 イネスは友奈たちの地域から電車、バスを乗り継いで一時間半ほどの場所にある巨大ショッピングモールだ。

 周辺地域から遠方まで各方面から人が集まってくる。週末ともなれば開店からたくさんの買い物客が押し寄せる場所であった。

 先回りをしてイネスに着いた四人は、

「乗せてくれてありがとね。乃木」

「ありがとうございます。園子さん」

「私のわがままに付き合ってもらってるんだもん。逆にこっちがお礼を言う方だよ~」

「…………」

 夏凜だけが神妙な顔付きで車の方をちらちらと見ていた。

「どうしたんですか?」

 それに気付いた樹が声を掛けるが、

「……別になんでもないわ」

 首を振ってそう言うだけだった。

「ふふふ~」

 園子はしてやったりといった顔で夏凜を見ると、それに気付いた夏凜は、

「余計なことを……」

 顔を赤くして、

「ほら、早くバレないように隠れないと」

「ちょ、ちょっとそんな急かさなくても……」

 赤らんだ顔をごまかすようにして、風たちの背中をぐいぐいと押してイネスへと入っていった。

「あの支柱に隠れよ~」

 園子が指差したのは入り口から数メートル先の支柱だ。巨大な建物ということもあり、四人が隠れるには余裕の幅だった。

 そして、ここに隠れるのはバス停の位置を考えて、恐らくこの入り口で間違いないと目星をつけてのことだ。

 風は腕を組むと、

「それで待ち伏せするのはいいとして、友奈たちと別行動にしてなにするの?」

「う~ん、わっしーとゆーゆの観察かな~」

「観察って……」

「時間的にもうそろそろ来ると思うんだけど~」

 その理由を聞こうとしたとき、

「あ、お姉ちゃん。あれって友奈さんたちじゃ?」

 樹に袖を引っ張られ、指差している方向を三人は見た。

「着たわね」

 まるで訓練されたかのような無駄のない動きで、通路の支柱から樹、園子、風の三人が顔だけ覗かせて、友奈、東郷を補足した。

「こういうのってワクワクするのよね」

「探偵みたいで楽しいね。お姉ちゃん」

「名探偵そのっちの誕生だよ~」

「……なによこれ」

 夏凜は少し離れ、支柱に張り付く三人を呆れながら見ていた。

「ほら、夏凜あんたも入りなさいよ。面白いわよ」

 風が手招きするが、

「いいわよ。入る隙間ないし、恥ずかしいし」

 友奈たちを見ていた樹が、

「あ、友奈さんと東郷先輩が手を繋ぎました」

 状況を報告すると、

「……む」

 三人の後ろにぴったりくっつくと、そこから顔を覗かせて友奈たちを見ることにした。

 テナントの一つ、女性の服を扱ってるお店で友奈は足を止めた。

「東郷さんが羽織ってるようなカーディガン私も欲しいなー。似合わないかもしれないけど」

「友奈ちゃんなら似合うわ。見てみましょう」

 秋、冬のシーズンということもあり、扱われている服はコートなど厚着や重ね着などが取り揃っていた。

 スペースの一角に何種類ものデザイン、カラーのものが置かれていた。

「東郷さん、どの色が良いかな?」

「そうね……水色も薄緑も良いけど、友奈ちゃんは……」

 遠くからその様子を覗き込む面々の内、夏凜が、

「友奈にはパステルピンクが似合うわパステルピンクよ。パステルピンク」

 風の肩を支えとしていた手にギリギリと力が入る。

「夏凜、痛い」

 風が訴えるが夏凜の手から力は抜けない。

「痛い……」

「夏凜さん、お姉ちゃんが……」

 風の顔が険しい表情になっていった。

「東郷……早く決めて」

「やっぱりこれかな」

 手にしていたのはパステルピンクのものだった。

「これなら、いま着ている服にも合うわね」

「さすが東郷分かってるわ」

 ほっと息をついて夏凜は手から力を抜いた。

「あんた、混ざれればいいんじゃない?」

 風がひりひりと痛む肩を擦りながら夏凜にニヤリとして言った。

「あ、あのくらい東郷なら間違いなくあれを選ぶでしょ」

「夏凜てばファッションに疎そうだけど、センスは悪くなさそうね」

「うっさい、別にいいじゃない。服なんて着れればいいんだから」

「だめですよ、夏凜さん。夏凜さんみたいな綺麗な人はファッションには気を配らないと」

「綺麗!?樹にダメだしされた!?」

 綺麗と言われ動揺して、ダメだしされてさら動揺する夏凜を傍らに、

「あ~移動するみたいだよ~」

 園子はマイペースそのものだった。

 友奈は奥まで続くテナントに目を輝かせ、

「すごいね。東郷さん。見て回るだけでも時間掛かりそうだよ」

「友奈ちゃん、移動も長かったから休憩にしましょう」

「どこで休むの?」

「ここのフードコートなら広いし、座る場所もいっぱいあるからそこにしましょう」

 フードコートのエリアには開店からさほど経っていないが、ゆっくりと休んだり、談笑している人たちがちらほらといた。

 空いている長椅子に腰掛けると、

「ちょっと休んでて友奈ちゃん」

「東郷さんどこ行く?」

 東郷は「すぐ戻るから」と言って席を外した。

 何分もしないで戻ってくると、両手にはジェラートがあった。

「はい。友奈ちゃん」

「これは?」

「しょうゆ味のジェラート。友奈ちゃんに食べてもらいたくて」

「いいの?」

「私のわがままで付き合ってもらってるんだもん。このくらい」

「しょうゆ味……美味しい?」

 うっすらと琥珀色のジェラートをまじまじと見ていた。

「食べてみてからのお楽しみかな」

 クスクスと笑うと、

「いじわる~」

 友奈も笑い「ありがとう」と言うと、

「いただきます」

 シャリっとした音をたてながらスプーンですくい上げ、口へと運んだ。

 目を閉じ、味覚に神経を集中するようにして味わっていた。

「どう?友奈ちゃん?」

「すごく、すごく不思議な味がする!大人向け……かな」

 

『いい味だけど大人向けかもしれないわね』

 

 東郷もしょうゆ味ジェラートを口に運び食べてみるが、二、三年で味覚の好みが変わるわけもなく、なんとも形容しがたい味だった。

(私はなにか変わったのかしら)

「ここってすごいね。なんでも揃ってるんだもん。うちの方にもこんなのあればいいのに~」

「そうだね」

「勇者部の活動が終われば、ここかかめやに集まりそうだね。ここだと色々食べちゃいそうだよ。お金足りなくなっちゃうかも」

「そうなる前に、私が止めるから」

「さすが東郷さんだね」

 

 

 

 

「樹、あとからジェラート食べよっか」

「どんな味あるかな?」

「あ~、二人でジェラート食べあいっこしてる~。わっしー丸くなったね~」

 気付けば樹は後ろに回り、夏凜が樹のいた場所に収まっていた。

 夏凜の表情が目に入った樹は、

「……夏凜さん」

「なに、樹?」

「あ、あの顔が怖いです……」

「夏凜てば妬いてるでしょ」

「な!ななに言って……」

 いきなりの大声に、

「ダメだよ~。みよさん大声だしたら二人にバレちゃうから~」

 園子がいつものぼんやりとは変わって、素早い動きで夏凜の口をがっちりと塞いでいた。

「んーー!んーー!」

 一部始終、その動きを見ていた犬吠埼姉妹は乃木園子に恐怖を抱いたのだった。

 しれっと夏凜のあだ名が出来上がったが、姉妹には園子の動きの方が衝撃的であだ名が耳に入ってこなかった。

「創作意欲がますます湧いてくるよ~」

「なんの創作意欲よ……」

 風がやぶ蛇と分かりつつ聞くと、

「あとから教えるね~。……そうだ~もう少し近づこう~」

 こそこそと四人は、友奈と東郷の後ろにある柱へと身を隠したのであった。

 

 

 

 

 ジェラートを食べ終えた東郷は、

「あのね、友奈ちゃん。このジェラート……銀の好きなものだったの。『このフードコートで最強』って、私たちに食べさせてね」

 東郷は記憶を手繰るように目を細め、ぽつりと呟いた。

「その人って……」

「うん、三ノ輪銀、先代勇者の……」

 

 “三ノ輪 銀”

 東郷美森が鷲尾須美の名を持ち、乃木園子とともに先代勇者としてお役目を果たしていた三人目の勇者であった。

 

 先代勇者として何があったのか、友奈は深く知っておくべきことと思っていた。だが、東郷、乃木のことを考えるとこちらから聞くには難しく憚られることだった。

(悩んでいたのはこのことだったんだ)

「友奈ちゃん……聞いてくれる?」

「うん」

 東郷にとって、当事者ではなかった友奈に話す。それは、過去を思い出さなければならない。

(つらいよね……)

「銀は私と違って活発な子で、友奈ちゃんみたいに元気なの」

 東郷は学校での生活を細かく教えてくれた。

「ただ活発なだけじゃなくて、小さい弟がいるんだけど、弟をあやしながら家事もテキパキこなすの」

「弟……」

「……あのときは多分、一歳くらいかな……いまは三歳くらいにはなってると思う」

 弟の年齢を考えれば、姉を覚えているかは分からないけど、残り香のような記憶はあるかもしれない。

 少しでも覚えているのなら救いなのだろうか。

 両親はお役目を考えれば、万が一の覚悟はしていたかもしれないが、娘を亡くしどう思ったのだろう。

 そう思うと、友奈は改めて失うつらさ、重さを実感した。

 家族を失う。

 友人を失う。

 

 風先輩を失う。

 樹ちゃんを失う。

 夏凜ちゃんを失う。

 園ちゃんを失う。

 

 そして、東郷さんを失う。

 

 失ったつらさを背負いながら生きなければならない。

 どれほど残酷なことだろう。

(あ……)

 ふと、思ったことがある。

 東郷があれだけ“忘れる”“忘れられる”ことに涙を流していたのは、三ノ輪銀を亡くしたことも一因しているのかもしれない。

「初めてバーテックスを撃退した後にここで祝勝会を開いたの。そのとき、このジェラートがオススメって食べさせてきたの」

 舌に残るジェラートの余韻を感じながら、みんなで楽しくいろんな話しをしたりしたのだろう。

「そのっちの家に遊びに行ったとき、銀に色んな服を着せたりして、撮影会になったり」

 東郷はなるべく淡々と話すように努めていたが、

「あとからの戦いでね、バーテックスに遅れをとって、私とそのっちは動けなかったの。唯一、動けた……銀は私たちを敵から遠ざけるために橋から落としたの」

 強く瞼を閉じた東郷の脳裏には、橋から落とされ、見上げた先には銀が、銀の笑顔がはっきりと見えていた。

「いつもの笑顔で『またね』って、そう言って…………軽く手を振ってね」

 どうしても“こういうことがあった”という、説明文のような話し方ができなかった。

 気持ちをごまかせなかった。

「私たちが駆けつけたときには…………一人でバーテックスを追い返していたの……」

 友奈は『三ノ輪さんすごいんだね』とは言えなかった。

 東郷が溢れる涙を流し、嗚咽をこらえながら話すのだから。

 そのときに、何があったかなど聞かずともわかることだった。

「将来の夢を話し合ったりして、家庭を持つのも…………良いかなって、銀なら立派なお嫁さんになって……」

 涙をこらえられず、東郷はいまの自分はみっともないと思っていた。

 だが、どうしてもこらえることが出来なかった。

 鷲尾須美として生きていた二年間の記憶が少しずつ戻ってくるにつれて、銀のことを鮮明に思い出し、記憶が戻れば、戻るほど後悔がつのる。

 

“私がもっと強ければ銀は死なずにすんだ”のではと。

 

「銀がいなかったら…………世界は終わっていた。私は……銀が繋いだ世界を終わらせようとした」

 俯いた東郷の瞳から涙が止めどなく溢れ、膝の上で強く握りしめられた手の甲へと落ちていった。

 どんなに“誰も悪くない”“仕方のなかったこと”と決めたことでも、東郷自身の中では完全に割り切れることでなかった。

「東郷さん」

 友奈はそっと東郷の左頬に手をあて、こちらへ振り向かせるとハンカチで涙を拭った。

 ゆっくりと首を左右に振り、

「つらい思いばかりに捕らわれないで」

 友奈はにっこり笑うと、

「いま話してくれた話にだって、楽しかった大切な思い出がいっぱい詰まってるもん」

 少しだけ三ノ輪銀を羨ましく思った。

「三ノ輪さんは東郷さんや園ちゃん、家族が、みんなが大好きだから、大切な場所を無くさせないために頑張ったんだよ」

 三ノ輪銀はまごうことなく勇者だ。

「だったら東郷さん、私たちは三ノ輪さんの分まで大切と思える時間を、思い出をたくさん作っていけばいいんだよ」

 東郷の左手の上に友奈は右手を乗せた。

「だから、私は忘れない。ううん、私“たち”は忘れないよ。三ノ輪さんが頑張ってくれたから、私たちはこの戦いを乗り越えられたんだもん……話してくれてありがとう。東郷さん」

 

 

 

 

 柱越しに東郷の話を聞いていた四人の周囲は深い沈黙が漂っていた。

 じっと二人を見ていた園子は口を小さく開けたまま、瞳はまばたきを忘れたようにその先を見つめ、涙が落ちた。

「園子さん……泣いてる」

 樹がハンカチでそっと涙の軌跡を拭った。

 園子はハッと表情を作り、

(みのさん……)

 柔らかい笑みを作ると、

「ありがと~イッつん」

「乃木この話って……」

 風はどう聞けばいいのか言葉が出ず息をのんだ。

「部長の思ってる通りですよ」

「はっ……」

 三人が夏凜の方に見た。

「はっ、はっ…………」

「夏凜ダメ!」

 察した風が抱きつくように手で塞ごうとするが間に合わず、

「はくちょ!!」

 可愛らしいくしゃみであった。

「……あれ?」

 友奈が辺りを見回す。

「夏凜ちゃんの声がした?」

「そうね、私にも夏凜ちゃんの声に聞こえたけど、でも姿が……」

 また見回すがさっぱり見つからない。

 柱に張り付いた四人は小声で、

「ちょっと夏凜、どうするのよ!」

「仕方ないじゃない!」

「どどどどうしよう」

「うーん、合流しよっか~」

 園子が一言そう言うなり、柱からひょっこりと姿を表した。

 三人が園子を止めようと手を伸ばすが間に合わなかった。

 結果、いつもののほほんとした園子を先頭に、焦った表情を作った三人が慌てて手を伸ばす変な構図が出来上がった。

「あ、あなた達!?」

 驚いた東郷は立ち上がり、園子を見た。

「へい、わっしー、ゆーゆすごい偶然だね~」

 二人にバレた(バラした)というのに、いつもと変わらず動じない返事をして手を振った。

「なんでここにいるの!?」

「遊びに来て偶然だよ~」

「みんながいて偶然なわけないでしょ!ついて来てたのね……というかなんで場所分かるのよ」

 段々と飽きれてきたのか、語尾に近づくにつれ声は弱くなっていった。

「ぴっかーんと閃いたんだよ~」

 園子の閃きには何度も助けられたが、

(閃きには違いないけど、いくらなんでも反則でしょ)

「みんな、どうしてここに?」

 友奈が疑問を口にすると、

「乃木に手伝ってほしいて言われてね。泣き落としされたの。私は止めた方が良いって言ったんだけど」

「うどんで買収されたのよ」

「うどんには勝てませんでした」

 夏凜と樹があっさりと白状した。

「お姉ちゃん嘘はダメだよ。その、あの、友奈さん、東郷先輩ごめんなさい。でも探偵みたいで楽しかったです」

「その……ごめん」

 樹がおどけたようにして、夏凜は視線を友奈から少し反らしながら謝った。

 風は『うぅ』と呻いて肩を落とすと、

「友奈、東郷ごめんね。うどんには勝てなかった……」

「そうだったんだ。私は気にしてませんよ風先輩」

 友奈は笑ってそう言ってから、東郷の方を見た。

「そのっち、どういうこと?」

 東郷がため息をつくと、

「一人だと面白くないからね~」

「だからって三人を……」

「これも~思い出だよね」

 悪意のない緩い笑顔でそう言った。

 言葉が出なかった。

 その通り、その通り、これも思い出になるだろうが、

「ばっちり聞いてるじゃない!」

 東郷は園子の両頬を引っ張った。

「い~とぁ~い~」

(あ……)

 園子の目元をよく見ると少し赤くなっていた。

(まったく、そのっちは……)

 頬から手を離すと、

「みんなにもそのうちに話すつもりだったから、これで許してあげる」

「ありがと~わっしー」

 風、樹、夏凜の三人を見ると、

「その……いきなりみんなにこんなこと話しても困るだけだから……」

「困らないわよ。そう簡単に折り合いつけれたら悩みも苦労もしないわよ」

 風がなんでもないように言うと、樹と夏凜が続くように頷いた。

 風が腕を組むと、

「勇者部五箇条ひとーつ、悩んだら相談!話を聞くことだって勇者部の活動よ」

 さっぱりとした笑みでニッと白い歯を覗かせてた。

「風先輩……」

 場が和んだところに園子が、

「みんな、ジェラート食べよ~」

 目的のジェラートを指差すと、

「しょうゆ味のジェラート食べてみて~」

 

 

 

 

 園子に勧められるがまま、しょうゆ味のジェラートを食べた三人は、

「これは……」

「うーん」

 口数の少なさから分かるように、犬吠埼姉妹にはあまり良い評価を得られなかった。

 夏凜はなにも言わず、黙々と食べていた。

「みんなにしょうゆ味を勧めておいて、そのっちはなにを食べてるの?」

 東郷はジト目で園子の方を見た。

 その手には明らかにしょうゆ味のジェラートとは色が違っていた。

「メロン~」

 美味しそうに、とても美味しそうに食べていた。

 園子は親指を立てて、

「みんな~今日はありがと~。いいネタが揃ったよ~」

「へ?」

 友奈がきょとんとし、

「……」

 東郷が察した表情を作り、

「どういうこと」

 風がいやな予感を感じ、

「ネタ?」

 樹が疑問符を頭の上に作っていた。

 東郷が代弁するように、

「そのっちは人気のweb小説の作家なのよ」

 さらりと言った。

「「「えーーーーー!!!」」」

 三人が驚く中、

「けっこう美味しいじゃない」

 夏凜は一人だけ美味しそうにジェラートを食べていた。

 

 

 

 

 その夜、園子はパソコンの前に座り、

「書き起こしても、書き起こしても

足りないくらい創作意欲が湧いてくるよ~」

 カタカタとキーボードを打ち付ける音は深夜になっても鳴り止まなかった。

 

 写真立てには鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀の三人が笑顔で写っていた。

 

 乃木園子の家に遊びに来たときの写真。

 とても大切な、大切な写真。

 見るたびに懐かしいなと、何年も前のことにも思えるし、そのときのことは鮮明に覚えてい

るから、この前のこととも思えた。

「みのさんと特性が近いとしても味覚まで似てるのかな~?」

 写真を見ながら、可笑しそうに小さく笑い、

「タイトルはどうしよかな~……………………」

 園子はおもむろにキーボードをゆっくり打ち始めた。

「けっこうな力作の予感だよ~みのさん……」

 うん、と満足そうな顔を作り、ディスプレイを眺めた。

 

 -君を忘れない-

 


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