そしてお夕飯の時間、やまやんは疲れていた……。
自由時間も終了し、旅館に戻った生徒達は大宴会場にての夕食を楽しんでいた。
やはり腐っても国営という事もあるせいか、こういう所にもそれなりのお金が掛かっており、視察に同行した一誠は試食の際……。
『普通に羨ましいな学生って……』
と溢していたらしい。
リアスと出会う前の思春期の時期の全てを復讐に費やしてきたのもあるし、極限の空腹時で金すら持てなかった幼少期に至っては虫や蛇や雑草を食べていたというサバイバルな生活をしていたからこそ余計に、最終学歴が幼卒以下な一誠は心底羨ましがった。
もっとも、一般的な知識はリアスによって高校生レベルまではあったりするし、今ではそれなりに安定した収入もあるので学生を羨ましがる事はあっても体験したいとは思わないが。
「はぁ……」
そんな一誠が羨ましがる程の豪勢な食事を前に、多くの者達は笑顔で食してるというのに、この人物――山田真耶は少し疲れた様な表情で箸も付けずにため息を溢していた。
(海での自由時間の際に、織斑先生が生徒を相手に織斑君の事でムキになるから怪我人がでないかと心配したせいで疲れちゃいました……)
どうやら昼間の海であった出来事が理由らしい。
かいつまんで説明すると、真耶の言う織斑君……つまり春人を巡って彼に心を寄せる生徒達がその場で喧嘩を開始し、それを千冬は止めるどころか一緒になってその取り合いに参加してしまった事で危うく怪我人が発生する所だったのだ。
あまり事情を知らぬ他クラスの生徒達は面白がって『もっとやれ』と囃し立てるせいで長引くし、結局は真耶や他クラスの担任教師が止める事で事なきは得たが、困った事に当事者達は『春人を独り占めする奴が悪い』と反省の色が無いのだ―――止めるべき大人である筈の千冬ですら。
「大丈夫ですか山田先生? 理由はお察ししますが……」
「え、ええ……大丈夫です。少しは慣れてますから」
そして当の本人達は春人を中心に何事も無いとばかりに夕飯を食べており、ますますやるせない気持ちになってしまう。
それ故、協力してくれた他クラスの担任達が心底同情した表情で真耶を労ってくれた。
「織斑春人が入学する前はブリュンヒルデと呼ばれるだけの頼もしさを感じましたが、最近の織斑先生は少し彼に対して傾倒が過ぎる気がします」
「実は最近、織斑先生には内緒になってる職員会議でも話題になってるんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、織斑先生の補佐である副担任である山田先生にも黙っていて申し訳ありませんでしたが……」
ほぼ毎日ストッパーとして動いてくれる真耶ですら知らない所で職員会議の議題にすらされる程度には問題になり始めてる状況に、真耶は凄まじく不安になってしまう。
「あまり行き過ぎる様なら厳重注意だけではすまなくなる可能性もありますが、織斑先生次第ですね……」
「そうですか……ハァ」
何とも言えない教師陣の視線が、春人を膝に乗せてご満悦な千冬に向けられる。
千冬次第だと言うが、あの様子から控えるという気配が微塵も感じないのだからため息も出るものだ。
「ま、ジュースですがどうぞ」
「ありがとうございます……」
他クラスの先生達の優しさが染みる。
オレンジジュースが入った瓶を受け取りながら真耶はリアスと一誠の下に行きたくて堪らなかった。
(あーぁ、一誠さんと視察で来た時の方が楽しかったなぁ)
だからなのか、以前一誠の運転する車で共に来た視察の方が余計気楽だったと思ってしまう。
あの時は文字通り二人きりだったし、視察であったにせよ割りと色々と二人で見て回れたし、何よりなんやかんやで一誠は結構気を回してくれたりもした。
「そういえば……」
あー……出来たらまた一誠と二人で――等と、何十と玉砕させられてる楯無に感化されでもしたのか、前よりは一誠に対する気持ちを誤魔化そうとはしなくなってきた真耶が、一誠に色々とエスコートされてる妄想に思考が沈みそうになったその時だった。
急に思い出したかの様に突然他クラスの先生が言うのだ。
「学園には男性の用務員が一人雇われてるという噂を皆さんはご存じですか?」
「!」
男性の用務員という言葉に一気に現実に思考が引き戻され、ビクッとしてしまう真耶。
だが運良くその反応に気付かれる事は無く、隣のクラスの先生が三組の担任の先生の言葉に頷く。
「聞いた事はありますね。
姿は全く見ないけど、少なくとも去年から働いてるという……」
「…………」
知ってる……とは言えずに俯きながら耳を傾ける真耶。
学園内では半ば都市伝説的な扱いになってる用務員こと一誠の存在がまさか今話題になるとは……。
真耶は一誠の性格を考えた結果、黙ってる事にした。
「どうやら中々若い方と私は聞いた事が……」
「この前の二度の騒動の際のアリーナの後始末はその用務員さんがしたのだと……」
「そういえば、あれだけ地面が穴だらけの瓦礫で荒れ果てたアリーナが一晩で綺麗になってましたが、アレを片付けたのもその用務員によるものとも聞いた事がありますね」
「……………」
いつの間にか一誠の話題に切り替わってしまった、教師達の語り合いに、別の意味で部屋に帰りたくなってしまう真耶。
いや、なんというか別に知ってるのだから教えてあげてれば良いのだが……。
「とにかく若い男らしい……」
「そう、若い男なんですよねぇ」
「しかも年齢はきっと我々に近いのは間違いありませんよねぇ?」
「…………」
ニヤニヤしてるのだ。こう、出会いに餓えた独身女子のごとく。
何故かは知らないが、IS学園の教師はほぼ間違いなく独身で彼氏も居ない。
故に、そういう話題は割りとイケる口であり、既に他クラスの先生達は女子高生みたいなテンションだった。
「実は何度か探した事があったりするんですよ」
「そうなんですか? 実は私もなんですよ! だって会ってみたくありませんか? 若い男性ですよ?」
「しかも聞けばそこそこ良い男らしいですしねぇ?」
「…………………………」
若干仕事を忘れてるニヤケ顔で、その用務員を捕まえてみたいとか言い出し合う先生達に、真耶はどうしようと焦った。
いや、一誠の事だから仮に教師達の前に出たとしても、きっと鼻にも掛けないのはわかる。
「グレモリー先生程の美貌の持ち主に生まれていたら即座に捕まえてやるのになぁ」
「嫉妬とかいう気持ちすら抱かせないレベルですからね彼女は……」
「非常勤保険医として赴任してきた初日に見た時点で敗北を悟らせるものがありましたからねぇ」
「しかも嫌味がないというか、鼻に一切掛けないから余計にね……」
「…………」
そのグレモリー先生と実は昔からの仲なんですけど……。
とは言えないものの、このままだと色々と発覚した後が大変だと思った真耶は、ため息を洩らしながらまだ見ぬ若い用務員に思いを馳せている教師達に対しておずおずとした声で口を開いた。
「あ、あのー……私が聞いた噂だと、その用務員さんは既に学園の教師の誰かとお付き合いされてるとか……」
「「「なぬ!?」」」
さも噂で聞きました感を出しながら話す真耶に、三人の先生達が狩人みたいな目で一斉に真耶を見る。
「そんな噂が? だとすれば誰が……」
「既婚者を除けば殆ど独身で出会いも無い筈ですが……」
「その噂が本当なら、とんだ性悪ね……!」
「……………」
バレた後が余計怖くなるだけだったと、三人の反応を見て真耶は凄まじく後悔した。
というか、その用務員と先日ここに視察に来たとカミングアウトしたらそれこそ何をされるかわかったものじゃない迫力を三人から感じてしまう。
「今度学園長に確認してみましょうか……」
「学園長が直接スカウトしたという噂もありますからね……」
「一応織斑先生にも聞いて―――いえ、やっぱり良いわ。
自分の弟しか見えてない気がするし……」
「ええ……何故か兄の方は何時もほったらかしですしね」
(まさかドライブデート気分に浸れたとか、帰りにお土産を買うときにお店の人に新婚さんですかと言われたとかは……言えないですよぉ……!)
とにかくバレるまで黙っておこう。
上記の事に加えて、実はスッ転びそうになった時に一誠の胸にダイブかましちゃったとか、その時の物理的な包容力が癖になりそうになったとか、自分の胸が接触して死ぬほど恥ずかしいけど嬉しかったとかは――言わない方が身のためなのだ。
どうかこのまま忘れて欲しいと願いながらの夕飯を終えた真耶は、生徒達がちゃんと割り振った部屋に居るのを確認したりと教師の仕事に戻る。
千冬が早々に春人を部屋に連れて引きこもり、春人の友人達とまたしても小競り合いが発生したりしたが、そこに関しては割愛しよう。
だって……。
「何とか初日を無事に終えられそうです」
『若干一部が大変そうでしたが、まぁお疲れさまです』
真耶にとっての楽しみがあるのだから。
『先生には申し訳なかったけど、臨海学校中の保険医としての同行を断っておいて良かったわ。
織斑先生にまた変な誤解をされそうだし』
『そもそもイチ坊の弟とやらにリアスちゃんが何を思う訳も無いんだよ。
被害妄想だよ被害妄想』
他の先生に後をお願いし、部屋に戻った真耶は携帯電話を使って学園に居る一誠とリアスと無料通話チャットアプリで会話を楽しんでいた。
色々と大変だが、こうして二人と話をすればストレスも軽減するものなのだ。
『一夏や箒達は?』
「ええ、今日は海で遊ばないでお部屋でトランプをしてたみたいです」
『海に来たのに海で遊ばないのかよ。勿体無い……』
自由時間なんだから何をしようが個人の自由だが、部屋に引きこもるのは少し勿体無いだろと、視察同行で知ってるからこそ一誠は学生時間をちょっと無駄にしてる気がする一夏達に向けて溢している。
真耶は変な所に子供っぽさを感じる一誠に思わず笑みを浮かべると、そういえばと夕飯の時に話題になってしまった事を打ち明けた。
「あの、実はお夕飯の時に他のクラスの先生方とお話をしていたら、一誠さんの事が話題になりまして……」
『は? 俺の話題ですか?』
「はい。その、一誠さんのお仕事って基本的に他の方の目が無い時に素早く終わらせるでしょう? だから知ってる私たち以外の人達にとっては都市伝説みたいな扱いで……」
『あら、その内学園の怪談にされてそうね?』
『ふーん』
思った通り、一切関心の無さげな反応に真耶はちょっぴりホッとする。
「若い男の人だという噂にはなってて、先生方がその……割りと狙い目じゃないか的なお話を……」
『なんスかそりゃ?』
『つまり、独身の先生方にとっては身近な出会い相手って事ね』
「そうなります……」
『ハッ、馬鹿馬鹿しいぜ』
「あはは、やっぱり言うと思いました」
見知らぬ者に何を思われようが、どうとも思わないというのが一誠であり、真耶としても安心できる要因なのだ。
逆を言えば、多少親しいだけではリアスの様にはなれないのだが。
『それにしても海かぁ。
この日に備えてこの前買った水着を先生は着たのでしょう? そういえば一誠は見たの?』
『え? 見てないし、別に見たいとも……』
『駄目よ一誠。先生はアナタに似合うと思われる為に私達と頑張って選んだのよ? 機会があったら見てあげて――あ、そうだわ。一夏達に頼んで写真を撮って一誠の携帯に送ったらどうかしは?』
「うぇ!? そ、そんな……! は、恥ずかしいですよ!」
『だから別に――』
『うーん、試着の時も思ったのだけど、先生はかなり胸が大きかったわよ?』
『知……らんよ。リアスちゃんのだったら欲しいけど』
「え、あれ? 今声が詰まった様な……」
『……電波が弱いだけですよ』
リアスに取って変わるだなんて大それた事は思わない。
けど、その次でも良いから一誠にとっての親しき者になれたら良いな……。
恋人同然のお相手が居る用務員に恋してしまった先生の小さな夢……なのかもしれない。
補足
たっちゃんやリーアたんと接してきたお陰か、いうべき所は言うけど、まだ一歩足りない。
だからこそ、