【完結】京‐kyo‐ ~咲の剣~   作:でらべっぴ

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姫松編を二話投稿します。
闘牌描写に疲れましたので、姫松は肩の力を抜いた完全なギャグ回。
ギャグが嫌いな方は飛ばしても問題ないかと思います。
ずっと即興でしたけど、即興で半荘分の闘牌シーン考えるのはキツすぎる……。
闘牌描写は最終決戦だけのつもりだったのになぜこんな事になったのか……。



「勝負」

風越を撃破したものの、龍門渕との対戦が絶望的となった京太郎。

咲と交わした『来週からは麻雀部に顔を出す』という約束を守るため、現在、特急しなので一路大阪へと向かっていた。

 

「また授業サボっちまった……。しかも明日もだし……」

 

本日は金曜日。午後の15時である。

鬼コーチ貴子のツテを頼り、土曜日に姫松の部活へ参加できる事にはなった。

しかし交通費や移動時間、そして電車の時刻表を確認した結果、前日の昼出発がもっとも効率的だったのだ。

 

「父さんが賛成してくれなかったら姫松も危なかったな……」

 

学校を休んでまで麻雀を打ちにいくなど、そりゃ親が許すわけがない。

当然、母親は烈火の如く怒った。

だが、『男にはやらなきゃならん時がある。これでうまいモンでも食ってこい』と一万円渡しながら父が許してくれた。

 

「一応通帳から五万下ろしてきたし、ホテルとかに泊まらなきゃ大丈夫だよな? 交通費は四万以下で済むはず……」

 

父がくれた一万円を合わせ、まだ五万円以上入った財布の中身を確認しつつ、初めての一人旅に不安になる。がしかし、そんな心配はいらない。

貯金はまだ十万ほどあり、不測の事態に備え、母が携帯を肌身離さず身に付けている。

ペットにカピバラを飼える程、結構裕福な家庭で育ったボンボン。それもまた京太郎の一面なのだ。

背が高く、顔も意外と端正、さらにボンボンとくれば、どう考えてもコイツは勝ち組だろう。

ポテンシャル的にはそこらのエロゲ主人公に匹敵するのは言うまでもない。

 

「咲にはあの言い訳で通用したと思うんだけど……、ボケッとしてるようであいつ意外と鋭いからなぁ……」

 

と溜息を吐きつつ、昼のやり取りに思いを馳せた。

 

『咲ー。俺今日も午後サボるわー』

『ええ!? またあ!?』

『あと明日も休むからー』

『なにそれ!? 駄目に決まってるじゃん! 京ちゃん不良だよ!』

『違ぇーって。自分探しの旅に出るだけだから』

『なにその十代の病気!? 探さなくてもちゃんとそこにいるでしょ!』

『おもちとは何なのかをもう一度見つめなおしてくる』

『サイテー!? 思った以上にサイテーな自分探しだった!?』

『じゃ、そういう事で』

『あ、こら! ちょっと! え、嘘、本気!? 捕まっちゃうよ京ちゃん! 待ってよ! きょーちゃーん!』

 

酷く心配そうな幼馴染みを振りきってきたのだ。

それはもうドラマのワンシーンのようだった。

誤魔化せたとは思うが、この旅打ちの理由の半分は咲達、というか咲に直結している。

あのポンコツな幼馴染みに知られるわけにはいかない。

 

「待ってろよ、咲。絶対に追いついてやるからな」

 

師に言われた通り、いつもポケットの中に入れている牌を握りしめ、京太郎は決意と共に大阪へ向かう。

到着は午後18時を過ぎるので、そこから宿探しだ。

決戦は明日の土曜、午後13時から。

そして日曜には東京の白糸台へ挑む予定。

龍門渕を飛ばしてしまったのは心残りだが、京太郎は着々と仲間達の軌跡を追った。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「長野の清澄からきました、須賀京太郎と言います。今日はよろしくおねがいします」

 

何らかの出会いやトラブルを期待していたのなら申し訳ない。

しかし、結構ビビリな京太郎は夜の大阪を歩きまわる度胸など欠片もなく、駅近くの漫画喫茶へすぐさま突入。

田舎者故に都会の喧騒に怯えながらリクライニングシートで夜を明かした。

運よくシャワーまで完備されていたので、しっかりと身支度を整えたあと制服で姫松高校へと向かった次第。

備え付けのPCで麻雀関連を漁りつつ、夕飯朝食昼食込みの16時間が五千円以下で済んだのだからまずまずだろう。

せめて昨夜の夕飯、もしくは昼食くらいは大阪の味を楽しめと言いたいが、チキン+田舎者なのでしょうがなかった。

 

「遠くからようきたな~。貴子ちゃんから聞いとるよ~。今日一日~ウチらの練習に参加したいんやってな~」

 

三校目なので手際もよく、事務室で許可証をもらい麻雀部へとスムーズに進んだ。

京太郎の礼儀正しい挨拶に返したのは赤阪郁乃。

 

「はい。風越の久保コーチに無理言っておねがいしました。姫松のみなさんにもご迷惑をおかけしてすみません」

「ええよええよ~。結構な打ち手や聞いたし~、こっちも練習になるさかいな~」

 

姫松高校麻雀部監督代行の郁乃はとても可愛らしい女性なのだが、なぜか頭が悪く見えてしまうかわいそうな人物でもあった。

いい大人がなぜ語尾を伸ばす、なぜ間を開けて喋る。たまに出る腹黒さは天然なのか計算なのかどっちなんだ。

そんな人物である。

 

「なんや、あの清澄からくる言うとったの、女子やなくて男子かいな」

 

京太郎が郁乃と会話していると、一際大きな声が聞こえてきた。

たくさんの女子部員の中でも存在感が際立って高い女子。

姫松元中堅、三年生の愛宕洋榎。

全国大会では中堅を務めたが、姫松ではエースを中堅に据えるという伝統がある。

麻雀部元主将にして全国屈指のプレイヤーであり、地元のみならず関係者からの評価は高い。

激戦区の大阪で、一、二をあらそう程の実力者だ。

 

「最近の男子は強い奴おらんて話やろ? ウチらの練習についてこれるんか?」

 

これは揶揄ではなく純粋な疑問であり、しかも独り言である。

インターハイの対局中、宮守の鹿倉胡桃から『うるさいそこ!』と注意されてヘコむ程の、やかましい系女子なのだ。

 

「あかんよ~、洋榎ちゃん~。一年の子ぉなんやから~もっと優しぃしたげて~」

「一年? 一年のくせに長野からはるばる打ちにきたんか? そら根性はいっとんなあ。というか学校どないしてん? 今日土曜やぞ?」

 

などなど、呆れるやら感心するやら疑問に思うやら。

姫松は週休二日ではない。長野からの距離を考えると朝の授業はどうしたのかと不思議に思ってしまう。

そんな疑問に京太郎が答えた。

 

「今日は学校サボりました」

「何堂々と言ってんねん。悪いやっちゃな~」

 

学校をサボってまで大阪に来る理由があった京太郎は、ニヒヒと笑う洋榎へその目的を告げる。

 

「あなたに会いにきました、愛宕洋榎さん」

「……は?」

「あなたに会いたくて会いたくて、学校なんて行ってられなかったんです」

「「「「「ぶふうっ」」」」」

 

女子全員がビックリ仰天。

いきなりの告白に、乙女としてはしたなくも吹き出してしまう。

 

「な、なんや!? ついにウチの時代がきたんか!? おもろ顔て言われ続け、姉やのにずっと絹の日陰者にされてきたウチの時代が!」

「そないな事思とったんかお姉ちゃん!?」

 

ガクガク震える洋榎は、まるで産まれたての小鹿の様だ。

姉の心の闇を聞き、妹の絹恵はさらに驚愕するしかない。

 

「いやいやいや! どんな勘違いしてんすか!? 愛宕さんと麻雀打ちたかったって意味ですよ! 恋愛的な意味じゃないですから!」

 

京太郎は大慌てだ。

おかしな勘違いをされ、ブンブンと手を振りまくる。

美少女だとは思うが、正直好みではない。

非常に残念ながら、洋榎におもちはないのだ。

 

「うん……知っとった……。背の高い年下のイケメンから想われるやなんて……そんなんウチの妄想の中だけの事やもん……」

「お姉ちゃーん! しっかりしてやー!」

 

崩れ落ちる姉を必死に支える妹の姿。なんと美しい姉妹愛であろう。

しかし絹恵はかなりのおもち持ちだった。

ちなみにこのおもち持ちの妹、大阪の名門姫松高校で副将を勝ちとるだけの力を持ったプレイヤーである。

 

「須賀君~ひどいわ~。洋榎ちゃんも女の子なんやから~言葉に注意したげて~」

「俺のせいっすか!?」

 

確実に京太郎のせいだろう。

旅もついに全国編となり、少々テンションが上がりすぎである。言葉が足りないにも程があった。

 

「出会って数分、いきなり洋榎をヘコましたのよー」

 

そう言って感心したのは、インターハイで次鋒を務めた三年の真瀬由子。

 

「凄いですね、あの男子。最初から飛ばしてますよ」

 

先鋒で二年の上重漫。

 

「主将……いや元主将は、顔やなくて行動がおもろいからモテないだけやと……そう思ってあげなかわいそうすぎます」

 

そして、咲の悪魔的『点数調整』、姉帯豊音の怪異的『先負』、石戸霞の爆乳的『絶二門』にメゲらされた元大将の三年、末原恭子。

二年の漫はともかく、由子と恭子は引退したため本来ならここにはいないはずである。

しかし、洋榎のプロ試験に向けての調整で、二人はちょくちょく部活に駆り出されていた。

姫松麻雀部もみんな仲良しなのだ。

 

「す、すみません愛宕さん! なんか勘違いさせちゃったみたいで、ほんと申し訳ないっす!」

 

郁乃にデリカシーのなさを指摘され、またやってしまったのかと京太郎は慌てて洋榎へ駆け寄る。

 

「洋榎や……」

「は、はい?」

 

妹に支えられた洋榎がなんとか声を出すも、その姿はとても弱弱しい。

 

「苗字やと妹の絹と紛らわしいから、洋榎でかまわんよ……」

 

しかし、やかましい系女子は面倒見がよかった。

一日とはいえ後輩となったものの面倒をみるなど当たり前の事。

大阪女の情が深い事は、世界でも常識なのである。

 

「そ、そうですか。すみません洋榎さん、なんか俺無神経らしくって。俺の事も京太郎でいいっす」

 

京太郎は本当に申し訳なく頭を下げた。

己の無神経さがここまで女性を傷付けるなど思ってもみなかったのだ。

だから誠心誠意謝った。

 

「なんやええ子やん。別に気にせんでええよ、ウチが勝手に夢を見ただけや。謝るくらいなら彼氏になってや、京太郎」

 

洋榎は冗談交じりに許す。

 

「ごめんなさい。それは断固としてお断りさせていただきます」

「ぐはぁっ!」

「お姉ちゃーん!」

 

だが、情の深い女は心に深い傷を負って撃沈した。

京太郎のおもちへの愛が深すぎた為に起こった悲劇、ただそれだけの事。

 

「トドメをさしたのよー」

「ムゴすぎですやん……」

「ハッキリ言いすぎや。血も涙もないんか、あの子」

 

しかしそんな馬鹿話をしていても埒があかないので、京太郎はもう一度言い直した。

 

「今日は俺、あなたを倒しにきました」

「……あん?」

 

不遜。

初対面相手に失礼な事この上ないが、今は突っ走ってる真っ最中なのだ。

この旅がどこまでいっても他人の迷惑にしかならないなど、最初から分かりきっている。

 

「全国屈指の麻雀打ち、『愛宕洋榎』。ウチの部長の『悪待ち』ですらあなたには通用しなかった」

 

久の『悪待ち』は強力な能力だ。

理に適った打ち方と理を裏切る『悪待ち』。

この二つを、あの人の裏をかくのが大好きな『竹井久』が最適に使い分ける。

インターハイで猛威をふるったのは『嶺上使い』だけではない。

『悪待ち使い』もまた、清澄最多得点プレイヤーとして暴れ回ったのだ。

 

「……なんや、かたき討ちかいな」

 

ポリポリ頭を掻きながら、洋榎の目に力が戻っていく。

 

「全然違います」

「ん?」

「『愛宕洋榎』の麻雀は自信の麻雀。その実力に裏打ちされた圧倒的な自信が、とんでもない安定感を生んでいる」

「そらまあ、ウチほど強いんは中々おらんからなあ」

 

首をコキコキと鳴らしながら立ちあがった。

 

「その自信を手に入れにきました。正真正銘の化物と戦う前に」

「正真正銘の化物ぉ? 誰やそれ?」

 

京太郎は両眼に碧の火を灯し、力強く言う。

 

「インターハイチャンピオン、『宮永照』」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

洋榎以外の、監督代行の郁乃を含めた部員全員が息を呑む。

同じ関西圏の天才雀士、荒川憩に『ヒトじゃない』と言わしめた人物。

目の前の男子がどれだけ強いのか知らないが、そこらの一年生に勝てる相手ではない。

 

「おもろい事言うやっちゃなあ。この『愛宕洋榎』を前哨戦扱いかいな」

 

怒りなのか、喜びなのか、洋榎の顔には獰猛な笑みが浮かんだ。

 

「その通りです。あの化物と戦う前に、どうしても確たる自信がほしい。だからあなたと打ちにきました」

 

京太郎にも。

 

「『愛宕洋榎』と打ちたくて打ちたくて、逢いたくて逢いたくて逢いたくて。学校なんて行ってる場合じゃないんです」

「ハッ! なんちゅう熱烈なラブコールや!」

 

洋榎は傍の椅子に腰かけ、目の前の卓を指差す。

 

「ええよ、この卓座り。身の程わきまえん奴は嫌いやないねん。徹底的にヘコましてビービー泣かしたるわ」

「ありがとうございます、洋榎さん」

 

気持ちいいとはこの事だろう。

不遜極まりない挑戦を真正面から受けて立つ。

京太郎の言葉にテンションを一気に上げられ、お返しとばかりにテンションを上げさせる。

互いにテンションガン上げ状態で最初からクライマックスだ。

 

「絹、お前も入り。こんだけでかい口叩くんや、ええ練習になるやろ」

「わ、分かったわお姉ちゃん! ヘコまされたお姉ちゃんの仇は私が取ったる!」

「……いや、そういうんやなくてやな……」

「なら最後の席は私がもらいますよ、元主将。あの『宮永咲』と毎日打ってるんですから、そら結構な打ち手なんでしょうし」

「……なんで頑なに元主将って呼ぶん? もしかしてウチの事嫌いなん?」

 

同卓するのは愛宕絹恵と末原恭子。

絹恵はいきなりフラれた姉の仇を取る為、恭子は純粋な興味から参戦する。

 

「うれしいですね。お二人の力も牌譜で確認しました。相手にとって不足なしです」

 

他校の上級生相手に恐ろしく失礼な口利きだが、京太郎の目は益々火力を増していく。

 

「インターハイ地区予選一回戦敗退、一週間前に東場で咲達にトバされたこの須賀京太郎が、あなた達三人を倒します」

「「「「「どっからその自信がきたああああああ!」」」」」

 

満場一致のツッコミを受け、京太郎の姫松戦がスタートする。

東家絹恵、南家京太郎、西家恭子、北家洋榎。

絹恵の起家で対局開始。

 

 

東一局0本場 親絹恵 ドラ{⑤}

 

 

南家京太郎の配牌。

 

{二三五九②③赤⑤⑤224南北} 第一ツモ{4}

 

いきなりドラ3の三シャンテンをもらう。

既にテンションMAXの京太郎は碧の炎を滾らせ、

 

{二三五九②③赤⑤⑤2244北} 打{南}

 

姫松戦最初の一打を{南}とした。

 

(この一年生何を考えてんねや……ほんまのアホなんやろか……)

(あんな全力のツッコミ、人生で初めてかもしれん……)

(身の程知らずにもほどがあるやろ。まあ、ボケの才能は中々のもんやけどな。長野もあなどれんで)

 

そして絹恵、恭子、洋榎がそんな事を考えながら迎えた八順目。

京太郎、早くもテンパイ。

 

{一二三①②③赤⑤⑤2244北} ツモ{3}

 

打{北}で嵌{3}待ちのイーペーコードラ3だ。

 

{一二三①②③赤⑤⑤22344} 打{北}

 

当然の{北}切り。

全員の手牌を読みつつ、既にアガリを確信していた。

次順、絹恵の手牌。

 

{四五五六六赤⑤⑤122東東東}

 

こちらも強烈な勝負手。

ダブ東が暗刻のドラ3、高目イーペーコーのイーシャンテン。チートイのイーシャンテンでもあるし、トイトイや四暗刻まで見える。

 

(引いてよし、鳴いてよし。初っ端からええ手もらったわ)

 

こちらもアガリを確信した九順目のツモ。

 

{四五五六六赤⑤⑤122東東東} ツモ{4}

 

不要牌なのでそのままツモ切りする。

 

(残念。運がなかったな、愛宕絹恵)

 

僅かに口の端を歪めた京太郎が、

 

「ポン」

 

発声。

そして打{2}。

 

「それポンや」

 

親の絹恵もすかさず鳴く。

 

{四五五六六赤⑤⑤1東東東} {22横2}

 

これでダブ東ドラ3、親満の12000をテンパッた。

 

(東一局九順で親満テンパイ。今日はツイとる)

 

緩みそうになる頬を引き締め、打{1}。

 

{四五五六六赤⑤⑤東東東} 打{1} {22横2}

 

しかし、絹恵が拳を振りかぶった時には既に京太郎が懐に潜り込んでいる。

高速の掌打が絹恵の腹にめり込んだ。

 

「ロン」

「な!?」

 

オープニングヒットは京太郎。

 

{一二三①②③赤⑤⑤23} ロン{1} ポン{横444}

 

{2}を食わせて{1}を引きずり出した一点殺し。

 

「三色ドラ3で、7700です」

「か、片アガリ三色やて……ッ」

 

絹恵の口から驚愕が零れ出た。

洋榎と恭子も目を見開いている。

{4}を鳴く前の形を瞬時に理解し、{1}を引きずり出したという事に気付いたからだ。

 

「絹ちゃんの手牌を読みきったんか……?」

 

恭子は半信半疑で口にするが、洋榎は口を釣り上げた。

 

「なんや、そこそこ『読み』は達者やんけ」

 

どうやらさっきのボケは冗談だと思ったらしい。

コキリと首を鳴らす仕草に、京太郎は鋭い視線を向けた。

 

「早くエンジンかけてください。でなきゃ、全局俺がアガっちゃいますよ?」

「ハハッ、上等や」

 

『愛宕洋榎』に火を着け、真っ向勝負の殴り合いが始まる。

 

 

東二局0本場 親京太郎 ドラ{三}

 

 

東一局の京太郎が見せた一点読み。

強豪姫松インターハイメンバー三人の目を覚まさせるには十分だった。

十一順目、恭子手牌。

 

{二三四④④赤⑤⑥345777}

 

タンヤオドラ1赤1の5200テンパイ。待ちは{④⑦}。

 

(親の一年は真っ直ぐチャンタや、しかももう張ってるくさい。待ちはおそらく萬子。筒子のど真ん中は掴めば出る)

 

自身を凡人だと、どこか達観したところのある恭子だが、やはり強豪校の大将を務めるだけの力は持っていた。

京太郎の手牌。

 

{七八九九①①②②③③789}

 

ずばり待ちは萬子の{六九}。純チャンピンフイーペーコーのテンパイ。

高目が薄いのでダマに受けている。

そして十二順目のツモ。

 

{七八九九①①②②③③789} ツモ{⑦}

 

恭子のアタリ牌を引かされた。

チラリと恭子の手牌へ視線を向けた京太郎は、

 

{七八九①①②②③③⑦789} 打{九}

 

待ちを変え、純チャンを捨てる。

{⑦}はアタると確信し、789の三色へと路線を変更したのだ。

 

({九}ッ!? 筒子引いて回ったんか!?)

 

驚く恭子のツモ、{8}。

 

(ならこれや!)

 

{二三四④赤⑤⑥3457778} 打{④} 

 

{④⑦}待ちから{698}待ちへと変化させた。

 

(筒子待ちと読んだんなら、索子は止められへんやろ?)

 

そんな京太郎の十三順目。

 

{七八九①①②②③③⑦789} ツモ{9}

 

作り変える事なく勝負手を張り返した事に安堵し、京太郎は少し笑みを見せる。

 

{七八九①①②②③③7899} 打{⑦}

 

同テンの{69}。

 

(嘘やろ!? 私が{④}切ったからスジで{⑦}切っただけやないんか!?)

 

京太郎の脅威的な読みに戦慄するしかない。

 

(この『読み』で予選一回戦敗退!? 長野はどんな魔境なんや!)

 

心の中でツッコミながら、引いてきた{六}をツモ切り。

瞬間、意識の外から顎を跳ね上げられる。

 

「それロンやで。8000や」

「ッ!?」

「どこ見てんねん、恭子。集中せーや」

 

洋榎からの憮然とした声を聞きながら、捨てた牌が超危険なスジだという事に漸く気づく。

洋榎手牌。

 

{三四四五五六六44赤5566}

 

ドラスジ待ちのタンピンイーペードラ1赤1。

終盤で切ってはいけないだろう。

 

「す、すんませんでした、主将。ちょっと呆けてました……」

「元主将やって……いやちゃう! 名前で呼べや! 頼むから!」

 

京太郎に集中しすぎてありえないボンミスをしてしまい、恭子の声に力がない。

仲間のらしくない打ち方にイラッときたものの、それでもノリツッコミを忘れないのは大阪の呪いだろう。

 

「すまんなあ、京太郎。けど運も実力の内や言うし、この{六}捕まえれんそっちの実力不足っちゅう事で頼むわ」

 

自身が一番納得できないアガリだったが、これもまた勝負の結果だと堂々と言い放つ。

小さな事に拘らないのが洋榎のいいところだ。

 

「全然問題ありません。これで末原さんは全力になります。意地でも俺達には振り込まないですね」

「お、分かっとるやん。そや、恭子はこっから強いでえ」

「……………………」

 

天然なのかわざとなのか、京太郎がプレッシャーをかけ、洋榎がそれに乗っかる。

恭子は無言で顔を強張らせた。

なんて卓に着いてしまったんだと、卓外の戦友達へ助けを求めるしかない。

 

「恭子の顔面が汗だくなのよー」

「末原センパーイ。油性マジック、新しいのだしときました~」

 

しかしまるで役に立つ気がしない。

目をかけた後輩には裏切られる始末だ。(姫松には負けるとデコにマジックという粋な習慣がある)

 

「メゲるわ……」

(わ、私もミスしたらマジックなんやろか? ううぅ……これがメゲるいう感覚……、メゲたない……)

 

恭子と絹恵がメゲたところで東三局へ。

ここから京太郎と洋榎の激しい打撃戦へと突入する。

 

 

東三局0本場 親恭子 ドラ{九}

 

 

「ホイ入った。ツモ率100%の、リーチや!」

 

洋榎が三人に突っ込む。

絹恵の顔面向けて左拳を叩きこみ、瞬時に腰を回転させ京太郎へ右拳を叩きつける。

後退した二人に目もくれず、身がまえた恭子めがけて後ろ蹴りをぶっ放した。

 

「これ一発くるでえ……って来ぉへんのかい!」

 

しかし全員きちんとガードしている。

 

「ほんでもさすがに二発目はくるわな、ツモ!」

 

{四五六七八①②③⑥⑥678} ツモ{九}

 

「アカン、裏ドラ乗らへん。まあドラツモったしサービスしとこか。1300・2600や」

「三面張とはいえドラツモったのに不満タラタラですね?」

「こない横に広い手やもん。せめて一枚くらい乗って欲しいんが人情ってもんや」

「そこは自信って言ってくださいよ。人情じゃなくて自信をもらいにきたんすから」

(元主将うるさいなあ。いつにもまして雀荘のオヤジみたいになってますよ……)

(お姉ちゃんテンション上げすぎやわ。そんなんやからおもろい言われんのに……)

 

 

東四局0本場 親洋榎 ドラ{5}

 

 

「リーチ」

「七順目リーチて、いくらなんでも早いわ」

 

今度は京太郎が突っ込んだ。

恭子と絹恵のガードの上からお構いなしに両腕を叩きつける。

空いたスペースに体を滑り込ませ、洋榎の顎めがけて掌底を跳ね上げた。

 

「一発もないし安目ですね、ツモです」

 

もちろんガードされる。

 

「残念ながら裏も乗りませんでしたので、リーヅモドラ1。1000・2000」

 

{三四五③④⑤⑦⑧⑨46東東} ツモ{5}

 

「ドラ嵌張ツモってなに文句垂れてんねん。というか高目安目関係ないやろ。七順でそれならもっと高めてってツッコミが追いつかん!」

「え? でもだれも{5}持ってませんよね? なら25%の確率で赤引くじゃないですか」

「計算おかしない!? 絶対そんな高ないって!」

(アカン、須賀君が元主将に汚染されてきとる……)

(なんやろ……、なんか意外とお似合いに見えてきた……)

 

 

南一局0本場 親絹恵 ドラ{南}

 

 

(あードラの{南}が邪魔くさすぎるー。京太郎ダブ南やしー誰も出さんしー。三元牌も絞ったから手が進まへんー)

(……終盤入って気付いたんは遅すぎた。ど、どうしよ……これ完全にマジックや……メゲる……)

(アカンアカン! ドラと三元牌止めてチートイなんて親でやったらアカンかった……ッ。これマジックや……)

(…………珍しい役できたな)

 

全員が全く動きのない中、京太郎が突如動いた。

いきなり襲いかかった京太郎に驚いたのか、洋榎は慌てて防御。

恭子は余裕を持って、洋榎は間一髪、絹恵はもとより覚悟を決めてガードする。

 

「流局か。ウチはノーテンや。全員字牌の絞りきつすぎやで」

 

京太郎は一撃ずつ入れていった。

 

「「「……………………」」」

「な、なんやみんな? そないけったいな顔して……」

「末原さんの事言えないじゃないですか。もっと集中してくださいよ、洋榎さん」

「へ?」

「元主将……、2000・4000ですよ……」

「へ? へ? へ?」

「須賀君流しマンガンや、寒いでお姉ちゃん……」

「へ……? あ、ああぁぁぁ……」

「漫ちゃーん。マジックの用意しといてやー」

「もうできてますよー、末原センパーイ」

「ちょ、かんにんや……頭からスッポリ抜けとっただけやねん……」

「元主将、しっかりしてください」

「お姉ちゃんプロになんねやろ」

「慢心じゃなくて自信を学びにきたんすよ、俺」

「うがーー! わーっとるわ! ちゃんと見せたるわ!」

 

 

南二局0本場 親京太郎 ドラ{②}

 

 

「おらあ! リーチや!」

(くっそ早いな。おそらく待ちは筒子の上。下手すると三色まである)

(六順リーチて早すぎですよ。追いつける気がしません。怒りでパワーアップてどないなってるんですか)

(さっきから全然参加できへん……。お姉ちゃんと須賀君のアガリ見とるだけや……)

 

怒りの洋榎、渾身のパンチ。

パンチ。

パーーンチ。

 

「ツモや! タンヤオ三色赤1裏1! 跳満は3000・6000!」

 

ガードごと叩き潰すかのような強烈な拳が三人に突き刺さる。

 

「どや! これが『あたごひろえ』の麻雀や! 心底まであったごー(熱ったこー)なったやろ!」

「「「……………………」」」

「ちょっ、黙って点棒渡さんでくれ! なんかウチがスベッたみたいやん!?」

「「「……………………」」」

「……あの、本当に申し訳ありませんでした。少し調子に乗ってしまったみたいで……」

「……東京弁なっとるで、お姉ちゃん」

「……なんや? 東京に魂売るつもりなんか、洋榎?」

「ちゃ、ちゃうて! みんながウチの事無視するから誠心誠意謝っただけや! その、ほんま、スマンかった。このとおり、許してや」

「一回だけやで、お姉ちゃん」

「気をつけてくださいよ、洋榎」

「おおきに。おおきに。恭子はこれからも名前で呼んでや」

「なんで麻雀中にコントすんだよ……。大阪恐いよ……」

 

わけの分からないギャグはここまで。残り二局は本気の本気だ。

京太郎と洋榎の叩きあいのみで進んだ六局。

点数状況はこうだ。

 

絹恵   8000

京太郎 37400

恭子   8400

洋榎  46200

 

明らかに他の二人より抜きんでている。

点数的には8800点差と少し開いているが、京太郎と洋榎がアガった回数は共に三回ずつ。

両者の間に差はほどんどないと言えるだろう。

しかし、次局には涙が待っていた。

絹恵の涙。

京太郎の涙。

そして……。

笑いと涙とド根性こそが姫松高校麻雀部。

たった一日とはいえその輪に入った京太郎は遂に完成する。

姫松編、次回完結。

 

 

洋榎が恋人だったら楽しいだろうな編 カン

 

 

 

 

 

「しっかし、ウチの学校むちゃくちゃだよな」

「そうだね。社会科見学でフランス行くとは思わなかったよ」

「何を言っているのですか純、一! 我が龍門渕の生徒ならば目を養わなければいけませんわ! それも一流の目を!」

「そ、そうだよね、透華」

「それでアガタとカルティエの工房直接見に行くってどうなんだよ……」

「本物を本場で直に見なくてどうしますか! 龍門渕の社会科見学ならばこれくらい当然!」

「……宝石、綺麗だった。けど疲れた……」

「まあ、智紀! あなたは室内に籠ってばかりだから体力がないんです! もっと運動なさい!」

「ま、まあまあ透華。飛行機の中だし、寝てる人もいるからさ」

「そうだぞ、透華。衣が起きちまうじゃねえか」

「そ、そうですわね。はしゃぎすぎて力を使いはたしていましたわ」

「……衣、楽しそうだった」

「ボクも楽しかったよ」

「ま、たしかにな。食いもんもうまかったし」

「当然ですわ。龍門渕が選んだホテルはシェフがグランプリを取っていましてよ」

「……どんだけ金つかってんだよ」

「皆さんも早くお休みなさいな。成田へ着いたらわたくし達は別行動だという事を忘れていませんわよね?」

「そこがきついっつーの。海外帰りなんだから少しは休ませろよ」

「確かに少しハードだよね」

「気合をお入れなさい! わたくし達が全国へ行く為には休んでいる暇などありません!」

「さすがに一日くらいあんだろ……」

「まあせっかくだしね。これも社会科見学の続きだと思えば」

「……衣も楽しみにしてる」

「その通りですわ。このスケジュール調整にどれだけ手間がかかった事か」

「へいへい、わーってるよ。日本についたら起こしてくれ」

「ボクも寝るよ。おやすみ透華」

「……おやすみ」

「ええ、しっかり力を蓄えてくださいまし。戦いは既に始まっていましてよ、オーホッホッホ!」

「うるさい」

「ご、ごめん、透華。もう少し静かにね」

「……寝られない」

「…………申し訳ありませんでしたわ」

 

 

もいっこ カン

 


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