【完結】京‐kyo‐ ~咲の剣~   作:でらべっぴ

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「本気」

起家を決める賽の目は京太郎を指し、そのまま変わらず東家京太郎、南家小蒔、西家照、北家衣となった。

白糸台の広い遊技室では、現在使用している卓はたった一台だけ。

京太郎達四人が座る卓の周りに、白糸台、永水女子、龍門渕高校の部員全員が観戦している。

照の背後には白糸台の部員が、小蒔の背後には永水女子が、当然衣の後ろには龍門渕メンバーが控えていた。

しかし、京太郎の背後にも何人かの物好きな観戦者が立っている。

全員白糸台の部員だったが、その物好きの中には部長の弘世菫、大星淡、渋谷尭深の姿もあった。

だが、チーム虎姫全員が照から離れてしまうのはかわいそうだと、次期部長の亦野誠子だけはインハイチャンピオンの後ろである。

そして対局。

 

 

東一局0本場 親京太郎 ドラ{一}

 

 

「ツモ」

 

対局が開始されて十二順目。

 

「ツモピンドラ2。2600オールです」

 

この魔物卓での最初の和了者は、意外な事に起家の京太郎だった。

 

{一一三四五④⑤⑥⑦⑧234} ツモ{⑨}

 

しかし、これは意外でも何でもない。

照の常道は照魔鏡とも言うべき鏡の能力を使い、開始直後の一局目は『見』に徹する事。

衣はその持って生まれた強者の余裕から、序盤は様子見をする癖がある。

姫様はまだ寝ていない。

 

「ふむ。開始直後の親、その手でリーチにいかぬとは、無骨の徒と見分けがつかぬぞ?」

 

己に挑んできた輩がどれだけのものなのか、意外と興味津々だった衣は腕を組みながら首を傾げた。

 

「初っ端の天運を信じられるほど俺は強くありません。この和了は宮永さんの『見』と、あなたの油断が引き起こしたただの偶然です」

 

そんな上家から聞こえてきた絶対強者の疑問に答える。

トラッシュトークなどするつもりはないが、思った事を素直に口にしたらこうなった。

 

「む? 衣が油断していると?」

「前もそれで負けたじゃないですか、咲に。あれは風越の池田さんを嬲ったばかりに自滅したってだけですよ」

 

丁度いいので早めに本気になってもらおう。

 

「ほう、言うではないか」

「あなたの弱点は勝つ事に飽きている事です。楽しければ負けてもいいんでしょう? だから今日、俺という凡人に天江衣は敗北する」

「……ふん、生猪口才な。衣を知ったつもりか? そんな口上は衣を楽しませてから言うがいい」

 

こんな会話をしていれば心穏やかな小蒔が仲裁に入りそうなものだが、彼女はじっと卓を見詰めている。

どうやらいきなり寝ているらしい。

いくらなんでも早過ぎな気もするが、もしかしたら超危険な卓だという事を本能で感じ取ったのかもしれない。

ちなみに、衣の後ろで観戦していた龍門渕麻雀部の面々は。

 

(あら、この方意外と分かってますのね。失礼な挑発には少しだけ目を瞑ってさしあげましょう)

(へー。でもそれだけで勝てるってんなら、誰も苦労はしねーんだけどな)

(まあ衣の場合、楽しめても楽しめなくても基本みんな蹂躙しちゃうんだけどね)

(今の内にこの対局をネットに拡散する。……自殺志願者なう、っと)ッターン

(おやおや。須賀君、あまり衣様にきつい言い方をされては困りますよ?)

 

結構好感触だった。

それはそれとして、続く東一局1本場。

 

「どうも早々に衣の力が見たいとみえる。少々大人気ないが、御戸開きといこうか」

 

京太郎の挑発を分かった上で、衣は薄く笑う。

 

「うおっ!?」

「「……………………」」

 

咲との対局以来の、一週間ぶりに味わう強烈な『牌に愛された子』の威圧感に、京太郎は面食らった。

照と小蒔は僅かに顔をしかめたものの微動だにしない。

 

「清澄の。存分に味わってくれ」

 

ここからが、京太郎にとって地獄の麻雀の始まりである。

 

 

東一局1本場 親京太郎 ドラ{②}

 

 

前局のアガリが効いているのか、京太郎、配牌リャンシャンテンでスタート。

 

{一三五④⑤⑥⑦12345発} 打{西}

 

タンピン三色まで見える絶好の配牌。

これが僅か四順でこの形。

 

{三五④⑤⑥⑦⑧222345}

 

十面受けのイーシャンテン。

むしろどうやったらテンパイしないの? と言わんばかりの形である。

 

(あーもー、全っ然動かねえ……)

 

しかし既に場は十一順目、京太郎は7回ほどツモ切りを繰り返していた。

 

「どうだ、清澄の? 身動きとれまい」

 

とそこで、イライラしながら焦れていると、急に衣が話しかけてきた。

 

「はい。知ってるのと実際に体験するのとじゃ大違いです」

「……そうか」

「……?」

 

なので素直に感想を述べたのだが、つまらなそうに会話を終了されてしまう。

どういう事なのだろうと不思議に感じ、ピクリともできない水の底で思いを巡らせた。

そして思い至った。

京太郎は、ああそうかと前振りしつつ、今度は自分から話しかける。

 

「大丈夫ですよ?」

「む?」

 

どうせこの局はテンパれないし鳴けもしないだろう。

 

「この局は最初から手なりで打って、あなたの能力を体感するだけのつもりでしたから」

「そうなのか?」

「はい」

 

しまいには天江衣が海底でアガるに違いない。

 

「なぜだ? 衣の打ち筋など、清澄の部員ならば疾うに知っていよう」

「お返しです」

「お返し?」

 

そんな分かりきった事よりも、この水の底に引きずり込む魔物へ、力を緩めないよう挑発する事の方がよっぽど大事だ。

どうやら衣は、あまりにも手応えのない京太郎に失望したらしい。

口先だけの凡夫だと判断して興味をなくしてしまっていたのだ。

 

「いやだなぁ、さっき2600オールアガらせてくれたじゃないですか」

「……………………」

「だからお返しです。どうぞ好きなようにアガってください」

 

だから、ニッコリと笑顔で言う。

全国トップレベルの化物へ無条件にアガりを譲ると、京太郎ははっきりと言ってやった。

言われた本人はポカンとした顔だ。

対面に座る照も妙な表情。

周りの観戦者達も全員『信じられない……』と、あいた口が塞がらなかった。

いや衣の背後で一人、そして京太郎の背後からも一人、「ぶふっ……」と口を押さえて肩を震わせている者達がいる。

 

「……ほ、ほお? この衣にアガリを恵んでやると、そう言うのか?」

 

モデルばりに長身の女子、龍門渕先鋒井上純と、この卓に着いていない白糸台の魔物の一人、大星淡だった。

 

「そんな、恵んでやるだなんて……。俺はただ、天江さんが負けた時に言い訳してほしくないから対等の条件をですね……」

 

ついさっきまでつまらなさそうだった小柄な体が、一瞬にして怒気に包まれる。

 

「あっ、間違えてドラ切っちゃったぁー」

 

更に駄目押し。

ツモってきたドラの{②}をスルリと河に放る。

 

「ポンッ!」

 

案の定、衣が鳴いた。

天江衣はイーシャンテン地獄や海底撈月だけでなく、高火力な打ち手としても有名なのである。

 

「いいだろう、よくぞそこまで吠えた! 全力でトばしてやろう!」

 

{北}を河へ強打しながら、さらに圧力が強まった。

衣は普通に良い子なので、ここまで怒らせたのはきっと京太郎が初めてに違いない。

 

「ええ、お願いします」

 

内心冷や汗が止まらないが、京太郎はなんとか笑顔でそう返した。

そして次順。

京太郎のツモは{北}。

 

(……これだ)

 

京太郎は上家である衣の河に視線を飛ばし、たった今切られた筈の{北}が、彼女の欲しい牌だと確信する。

 

(だけどツモってくるのが早すぎる。怒ってクールダウンしたら真剣になってくれると思ったのに……)

 

京太郎は{北}をツモったまま目を閉じた。

そして、プライドの高い彼女がこれを鳴くだろうかと自問自答する。

鳴いてほしい。

鳴いたなら海底でアガり、開始直後の局がチャラになる。

 

「「「「「…………?」」」」」

 

正真正銘混じりっ気なしの、超本気モードになってほしいのだ。

動かない京太郎に、周りからも訝しげな視線が集中した。

 

「どうした! 早く切れ!」

 

その怒声に目を開くと、数秒前までとはうって変わって酷く真剣な目をする京太郎。

そのまま衣の目を見詰める。

 

「な、なんだ?」

 

少し気圧された衣の姿を見て、意図を気取られれば鳴かないと判断した。

 

「すみません。さっきの事は謝ります。挑発が過ぎました」

「ぬ?」

 

天江衣ならばこちらの意図に気付いてしまう。

ならばもう素直にお願いするしか選択肢はないだろう。

 

「俺は本気の『天江衣』と戦いたいんです」

「衣はちゃんと本気で打っている!」

「いいえ違います」

「何がだ!」

「開始直後の前局、天江さんが本気なら俺にアガれたはずはない」

「む……」

 

始まる前に涙を見せたのがいけなかった。

諭してやろう、吐き出させてやろう、受け止めてやろう、そんな気持ちを三人からひしひしと感じた。

優しい人達だ。

特に、天江衣は気分屋で子どもみたいな外見なのに、年上の包容力をきちんと備えている。

 

「力の差は理解しています。まともにやったら俺が競り勝つなんてありえません」

「…………」

 

けれどそうではないのだ。

自身が望むのは、ただただ本気の天江衣との真剣勝負。

咲達とインターハイで全国の切符を賭けた時の様に、死力を尽くして戦ってほしいだけなのだ。

我が儘な希望だというのは分かっている。けれど、そうでなければたとえ勝ったとしても意味がない。

真の目的はここで魔物達三人に勝つ事ではなく、仲間達と肩を並べて一緒の景色が見たいだけなのだから。

 

「もう一度お願いします。勝手なお願いですけど、全力で俺と戦ってください」

 

京太郎は衣に、額を卓にぶつけるほど深く頭をさげると、祈る様に{北}を河へ強打した。

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

衣と同じく、龍門渕メンバー全員が驚愕に目を見開く。

もちろん、全員が一瞬で京太郎の意図を看破した。

 

「……そうか、読めているのか」

「はい」

 

衣の呟きに、気負いなく答える。

 

「ならば食わねば逆に不遜となろう」

 

――ポン!――

 

衣の声が卓上を走り、自身で捨てたばかりの{北}を鳴き返す。

 

「どうやらそこそこはやるようだな、清澄の」

「いいえ、まだまだです。何もできずにトばされたのはつい一週間前の事ですから」

 

そして不要牌を切り飛ばした。

周りの観戦者達は京太郎の言葉に、『清澄が魔窟すぎる』と恐れ慄くしかない。

 

「許せ。初心を脱してより如何程も経たぬと聞き、よしよしと頭を撫でてやるつもりだった。少々驕慢がすぎたな」

「とんでもないです、無理を言ってるのは俺の方なんで」

 

京太郎はツモ切り。

小蒔、照も同様だ。

 

「これより衣には微塵の驕りもない。存分に力比べといこう」

「はい。お願いします」

 

更に数順、衣の海底。

 

「ツモ! 海底撈月! 1本場は3100・6100!」

 

ここから場は緊迫していく。

 

 

東二局0本場 親小蒔 ドラ{7}

 

 

北家の京太郎がもらった配牌。

 

{八九①②③④④⑤⑦⑨2白発} 第一ツモ{⑥}

 

ここから打{⑨}とした。

衣の支配は強烈だ。まず間違いなく筒子のホンイツ、そして一気通貫は完成しないと読んだのだ。

筒子は二面子で固定、などという事も考えない。

 

(オリよう……)

 

京太郎はこの手、どうあがいてもアガれないと確信した。

せめて対子が二つ以上ならチートイツ、幺九牌が七種以上なら国士無双を狙ったのだが、凡人の力では天江衣には対抗できない。

 

(天江衣は海底だけじゃなくて普通にアガる事もできる。全員の手牌を読みつつ、中盤以降に誰かが鳴けるであろう牌をあつめよう)

 

衣は西家。照のツモ筋を食いとられると、また海底でアガられてしまう。

 

(宮永照もそこら辺は重々承知してるはずだ。天江衣の上家である宮永照と下家である俺の二人がかりなら、きっと封殺できる)

 

京太郎はこの局アガりを諦め、凡人にできる精一杯の事、つまり衣のツモ筋をいつでもズラせるような手作りを心がけた。

しかしあの天江衣に対して、それは甘い考えと言わざるをえない。

 

「チー」

 

終盤に差し掛かり、衣が照から鳴く。そしてドラの{7}切り。

これで海底コースインである。

 

(くっ……、絞りきれなかったのかよ、インハイチャンピオン!)

 

しかし、それは無茶と言うものだ。

次順、衣はチーした同じ牌を手から切りだす。

 

(ドラ切ってまで出来面子鳴いたのか!? しかも俺が鳴ける牌全然ださねえし、誰かが鳴ける牌も結局引いてこれなかったし……)

 

そのとおり。既に終盤に差し掛かる前には、衣は京太郎が鳴けそうな牌は全て先切りし終えていた。

しかも出来面子までしぼるというのはそう簡単にできる事ではない。

たとえばこんな手牌。

 

{三四五②③④⑤⑥⑦4568}

 

こんな感じの手牌だった日には止める事など不可能なのだ。

鳴けない牌は、{一七八九⑨1289}と字牌だけ。

十八面待ちテンパイと何も変わらない。切るなと言う方が無茶だろう。

終盤ともなれば、鳴かれてしまう牌で溢れかえっている事請け合いである。

更に『天江衣』であれば他家の手を高精度で読んで、溢れ牌に焦点を合わせてきてもおかしくはない。

しかも更に更に悪い事に、照の上家の姫様はお眠中。

自動麻雀マシーンと化している為、他家と協力するという選択肢が存在しなかった。

 

(くっそー、駄目だ変えられなかったー!)

 

そして海底。

 

「ツモ! 海底撈月! タンヤオドラ2赤1は2000・4000!」

 

またも響く衣の声。

 

(ドラ何枚持ってんの!? 阿知賀のドラゴンロードをどうする気なんすか!?)

 

さっきドラを切り飛ばしたのにまだ三枚も持っていた。

高火力麻雀なのは知っていたが、いくらなんでも理不尽すぎるだろう。

京太郎は心の中でツッコむしかない。

そして次は東三局。照の親だ。

 

「侮る気は微塵もないが、皆大人しいな。歯ごたえが足りん」

 

照がサイコロに手を伸ばした時、今度は衣の挑発が飛ぶ。

 

「変化がなくば人は飽く。そうではないか? 宮永照」

 

早く仕掛けて来いと言いたいのだろう。

どうやら衣は京太郎の為に打つのではなく、自分が楽しむ為に全員叩きのめす事を選択したらしい。

 

「……三度も同じ事ができるとは思わない方がいい」

「ほう?」

 

話しかけられた照は、配牌を取りながら何の気負いもなく返す。

 

「その手の力には慣れてるから」

「……ああ、絶対安全圏だったか?」

 

白糸台大将大星淡。

『牌に愛された子』の一人であり、こちらもまた正真正銘の魔物。

似たような能力を持つ後輩と何度も打ち、そして勝ってきたのだ。破るなどたやすい。

 

「二局続けて出したのは失敗。合わせて三十五順力を溜めたから、もうそれは効かないよ」

「おもしろい。精々衣を楽しませてみよ」

 

化物二体が威嚇し合っている。

その気に中てられた京太郎は、ゴクリと息を呑みながら配牌をとった。

 

 

東三局0本場 親照 ドラ{6}

 

 

{一三四五五六③⑤⑦667東西}

 

第一ツモに{三}を引いてきた手牌は、ドラ対子の三シャンテン。

 

(もらった!)

 

京太郎は内心で歓声を上げた。

あの『宮永照』がイーシャンテン地獄を破ると言ったのだ。ならばこの局、衣の支配は必ず崩れる。

 

(化物二人が噛み合ってるうちに横からかっさらわせてもらうぜ!)

 

これが京太郎の基本戦略。

凡人の己ではどうがんばっても化物には太刀打ちできない。

しかし麻雀は1対1の勝負ではないのだ。

化物には化物をぶつける。そして横から勝利をかすめ取る。

少々セコいが、これが凡人の限界なのだから仕方なかった。

 

(正面からぶつかってもブッ飛ばされるだけだしな。勝ち目が少しでもあるならめっけもんだ)

 

正しい。

京太郎のこの認識は激しく正しい。

ただ惜しむらくは、化物とはどういう生き物なのかを正確に理解していなかった事だ。

一打目に{西}を切った京太郎、二順目。

 

{一三四五五六③⑤⑦667東} ツモ{⑥}

 

嵌張ずっぽしのツモ{⑥}。

 

(絶好! 三色まで見えてきた!)

 

そして打{東}。

次の三順目のツモ。

 

{一三四五五六③⑤⑥⑦667} ツモ{6}

 

三枚目のドラ{6}を引いてくる。

 

(キッターーー! それ最高のところ!)

 

なんと僅か三順にして、高目タンピン三色ドラ三のイーシャンテンだ。

 

{一三四五五六⑤⑥⑦6667} 打{③}

 

嵌張と{一}受けを残し、八面受けになるよう京太郎は{③}を切った。

――ドプン。

 

(……あれ?)

 

違和感。

京太郎は異和感を感じつつ、四順目に無駄ツモの{9}をツモ切り。

五順目に{2}、六順目に{⑨}をツモ切る。

 

(いきなりツモがよれた……って水の底じゃねーか! 天江衣がバリバリ支配してますよ、インハイチャンプさん!)

 

破るんじゃなかったのかと、京太郎は理不尽な怒りを照にぶつける。

そして七順目、ツモ{三}。

 

(……駄目だ。この支配の中じゃ、手なりで受けになった{一四七二五}と{587}は死に面子。作り変えるしかねえ……)

 

まだ中盤に差し掛かったところ。

 

(出来面子でもなんでも食って、無理やり食いタンにしてやる)

 

京太郎はアガリを諦めずに、打{一}。

 

「ロン」

 

瞬間、誰も身動きがとれない水の底にも拘わらず、全身に風を纏った化物が眼前で拳を繰り出しているではないか。

スパンと、京太郎の顎が跳ね上がった。

実はこの振り込み、差し込みを別にすれば師との別離後初の打ち込みである。

 

(あぐっ……ッ!?)

 

顎を跳ねあげられながらも京太郎はみた。

風の化物は水の中でも全く濡れていない。

 

(ズ、ズルイ……。効かないって、自分だけ無効化すんのかよ……)

 

風で水を弾きながら普通に行動していた。

 

「ピンフのみ。1500点」

 

照の手はこう。

 

{二三四五六六六⑥⑦⑧345}

 

京太郎が萬子に手をかけた瞬間、即座に打ちとれる形になっていた。

どうやら読みの力も京太郎と同等かそれ以上らしい。

 

「は、はい……」

 

点棒を支払いながら、京太郎は目論見が崩れた事に動揺する。

衣の支配を壊すのではなく、自分だけ無視できるなど最悪だ。

 

(宮守の臼沢塞みたいに打ち消してくれるもんだと思ってた……。やべぇ、ちっと甘かった……)

 

このままでは身動きできないまま化物達になぶり殺しにされてしまう。

 

「満月の衣の支配を僅か二局で無効にするとは。全国一位は伊達ではないな、宮永照」

「……ありがとう」

 

当の化物達は何でもない事のように会話している。

 

「ではこちらも一端力を溜めるとしよう。これより始まる連続和了、今度は衣が止めてみせる」

「うん、やってみて」

 

まだ強くなんのかよ!? と京太郎は慄きながらも、次なる打開策を模索した。

 

(天江衣が力を溜めると言った。なら一時的にせよ支配が弱まるかもしれない。というかそうであってくれ)

 

願望交じりの模索ではあったが、凡人は常に希望的観測でしか困難に立ち向かえないのだ。

そして始まる東三局1本場。

京太郎は、とにかくできる事をいろいろ試そうと臨む。

しかし。

 

「ツモ。ピンフ。700オールの一本場は800オール」

 

僅か五順。

 

(ばか早ええ!?)

 

京太郎が四回河に牌を捨てただけで終わってしまった。

何かをする暇もない。二度のアガリで、照の腕に竜巻が発生し始めているではないか。

ここで京太郎の弱点を説明しよう。

京太郎の根幹ともいえる脅威的な読み、それは結局はただの読みでしかない。

である以上、情報が出そろわない早い順目の高速テンパイにはどうしても精度が落ちてしまうのだ。

京太郎が勝つには、せめて中盤以降にまで勝負がもつれこまなければならなかった。

ヤバイヤバイと京太郎が焦燥に駆られつつ、続く東三局2本場、ドラは{八}。

 

(宮永照はそろそろ張ってるくさいな、もう六順目だし……ってまてまて、まだ六順だぞ!? なんだこの麻雀!?)

 

両目に碧炎を滾らせた京太郎は、対面の化物が既にテンパイしていると予測。

しかしあまりといえばあまりの麻雀に、自分自身にツッコミを入れるしかない。

そして、七順目にツモってきた牌を見て歯を食いしばる。

 

(くっ、この{赤⑤}は……ッ)

 

ハッとした京太郎の目の前に、風を纏った拳を振りかぶる照がいた。

京太郎はとっさに右手の中に鏡を作りだし、それで攻撃を防ぐ。

 

(なら{7}だ!)

 

直撃をなんとかやり過ごすも、駄目。

攻撃を防がれた照は即座に飛びあがり、上空から風の塊を振り下ろした。

 

「ツモ。タンヤオ赤一。2000オールは2200オール」

 

{三三三四五六赤⑤⑤45666} ツモ{3}

 

軽々と相手にダメージを与えていく照。

まさしく舞うが如くだ。

 

({3}もアタるのか……ッ。くそっ、止めても簡単にツモりやがるし……ってなんで{④}切ってんの!? そこは三色でしょ!?)

 

連続和了の打点制限とはいえ、わざわざ窮屈にしているのに易々とアガリ続ける様は、いくらなんでも理不尽すぎた。

次の東三局3本場。

京太郎はたまげた。

 

「ロン。ダブ{東}イーペーコー。7700の三本場は8600」

「これはやられた、まさかの北単騎か。暗刻外しが裏目に出たな」

 

なんとあの『天江衣』が普通に振り込んだではないか。

 

(マジで!? いや誰だってあの北単騎は読めないんだろうけれども、でもマジかよ!?)

 

裏をかいたとかそういう事ではなく、龍門渕の怪物に普通に振り込ませた。

京太郎は知っている。

天江衣は相手のシャンテン数や手の高低が自然と分かるらしい。つまり超能力者だ。

そんな化物の読みを普通に外せるなど尋常な事ではないだろう。

衣から直撃を奪うには、一捻りも二捻りもしなければならないと覚悟していた己が馬鹿みたいではないか。

 

(あっちもこっちも化け物だらけ……、どうやって止めりゃいいんだ?)

 

京太郎は途方に暮れるしかない。

 

「……は!? あ、あれ?」

 

とそこで、眠り姫が目を覚ました。

 

「す、すみません、私ったらついウトウトと……。全力以上でとお約束したのに……あ、今は何局でしょうか?」

「安心するがいいぞ、神代小蒔。まだ東三局、力を振るう機会はいくらでもある。存分に打つがいい」

「そうですか。ご丁寧にどうもありが……ああっ、東三でもうこんなに点が削れています!」

 

現在の点棒状況はこう。

 

     東二局直後  東三局3本場直後(現在)

京太郎  24700  →  20200

小蒔   15300  →  12300

照    17300  →  36400

衣    42700  →  31100

 

 

連続和了が始まったとたん逆転したのだから、照の能力がどれだけ反則なのかが分かるだろう。

 

「宮永照が随分と暴れるのでな」

「そ、そうですか。さすがは宮永さんです」

 

衣は楽しそうに言うが、京太郎としては笑い事ではない。

どうやっても照の連続和了を止められる気がしないのだ。

だが、それは凡人にはというだけの話。

 

「なに、もう止まる。次あたりこの衣が止めてみせよう」

 

気炎を上げて自信満々に言う衣。

 

「三十五順とはいかぬが、衣も三局力を溜めさせてもらった。覚悟するがいい」

 

そう笑みを向けるも、照はコクリとうなずくだけだった。

中てられたのは小蒔。

 

「私も一生懸命がんばります。昨日、対宮永さんの作戦をたくさん考えましたので。いつもとは違う事をいろいろ試しますよー」

 

グッと両手を握り、ハムスターのようなやる気を見せる。

 

「いえ、神代さんはそのままの神代さんでいてください」

「うむ、そのままいくがいい」

「あなたはそのままが強いから」

「ええ!?」

 

しかし一瞬で却下された。

まあ素の実力はお話にならないので、三人からしてみたらとっとと寝てくれという事だろう。

 

 

東三局4本場 親照 ドラ{③}。

 

 

照は打点制限により、次は9600点以上の手を作らなければならない。

さすがに二飜90符の8700を狙ったりはしないだろう。そんなのを狙うのは、どこぞの嶺上マシーンだけである。

場は八順目。

 

「リーチ!」

 

南家の衣がドラの{③}を切ってリーチ。

有言実行が衣のスタイルだ。

 

(親は索子の染め手。宮永照のアガリ牌を止めるだけで精いっぱいだっつーのに、天江衣からもリーチ。もうどうにもなんねえわ)

 

不要牌の索子を二連続で引かされた京太郎はオリる。

 

(高火力の天江衣に打ち込んでもヤバイからな。ここは化物二人で潰しあってもらおう)

 

戦略の全てが瓦解したわけではない。

最後に勝っていればいいのだ。

互いの親番など、化物同士で流しあってくれ。

京太郎は最終局へ辿り着く為に必死である。

 

(そういや、いろいろ試すとか言ってた神代小蒔がおとなしい……ってもう寝てる!? あなたのび太君ですか!?)

 

チラリと見た小蒔は、卓上をジーと見詰めたまま動かなくなっていた。

九順目は衣がアガる事もなく、全員が安牌切り。

天江衣の事だから一発ツモもあるかなー、とドキドキしていた京太郎は一安心だ。

そして十順目。照のツモ番。

 

{1234555666北北北} ツモ{7}

 

恐ろしい事に、照は七順でメンホンの高目三暗刻を張っていた。

{14365}の五面待ち。安目でも9600クリア。

ここで{7}をツモる。

 

(……索子の下は下家と対面に止められた。天江は火力が高い。索子を止めつつタンピン系に仕上がってる。なら上で待つ)

 

今の待ちでは不利と悟った照。

 

(こっちに{56}が固まってる。本命は筒子だけど、止められた以上索子の下も逆に危険。ここは安全に行く)

 

ツモってきた{7}を手の内に入れ、親満確定の{47}へと待ちを切り変える事を選択した。

 

{12345556667北北} 打{北}

 

暗刻の{北}を一枚外す。

 

「ロン」

 

瞬間飛んだ衣の声。

照は驚愕に目を見開いた。

 

「前局の借りは返したぞ?」

 

ニヤリと倒された手牌。

 

{④④⑤⑤22334488北} ロン{北}

 

チートイツ、{北}単騎。

なんと{③}を残して{北}切りリーチならば、タンピンリャンペーコードラドラで倍満という怪物手だったのだ。

 

(ア、アホだこの人! 前局暗刻外しで振り込んだの根に持って六飜も下げてやがる! ウチの部長かよ!)

 

京太郎もまた、目を見開いて驚きまくっていた。

まさしく『悪待ち』。

清澄元部長竹井久は、河に全てのアガリ牌が出ているのに辺張待ちでリーチするという、相当変わった性癖の持ち主なのだ。

 

「さすがに読めまい。3200の四本場は4400」

 

だが、当の衣は会心のアガリだとでも言うようにフフンとのけ反って胸を張った。

 

「そんなのまで読んでたら麻雀にならない」

 

憮然とした顔で点棒を払う照。

どうやら相当くやしいようだ。

 

「負け犬の遠吠えとはこの事だな。得意の連続和了を止めた上に直撃。どう見ても衣の勝ちではないか」

「負けてない。私もそっちの支配を破って直撃させた。しかも8600点で今のより点数が高い。だからどちらかといえば私が勝ってる」

「今の合計点は衣の方が上だぞ!」

「今はね」

 

というかどっちも子どもだった。

 

(まあ、それでも宮永照の連続和了を止めたのはスゲーな。さすが天江衣。こっちもとんでもねえ化物だわ)

 

一順先を見るとかいう完全エスパーの園城寺怜が、他家と協力しながら更にぶっ倒れるというリスクをおって漸く止めた『連続和了』。

そんなものを楽しそうに単独で止める衣に戦慄するしかない。

 

(これで次は東ラス……ここを必ず越えてみせる……)

 

しかし、京太郎はそれ以上に、東ラスという状況に緊張していた。

 

「ん? どうした、清澄の? 随分と表情が硬いぞ」

 

そんな緊張など化物にはすぐ分かってしまうらしい。

衣の、そして照からの窺うような視線を受ける。

 

「ここが俺の最初の正念場ですんで」

 

別に隠す気はないのでそのまま口にした。

 

「? 衣の親だが、そういう事か?」

「いえ、ここでトばされたんですよ。一週間前、咲達に」

「……そうか」

 

衣は微妙な表情だ。

そりゃそんな情けない事を言われても、なんて答えればいいか返答に困るだろう。

 

「この面子でトぶ事なく南場へ進む事ができたのなら、一週間前の俺より強くなったっていう証明になりますから」

 

しかし京太郎は大まじめなのだ。

 

「悪いですけど、天江さん」

 

あの時越えられなかった壁を前にして、どうして平然としていられようか。

 

「どんなにみっともなくても全然構わない。死に物狂いであなたの親は蹴らせてもらいます」

 

少々入れ込み過ぎだが、京太郎は炎を宿した目で衣を睨みつけた。

 

「そうか。しかし衣は親が好きだからな、そう簡単には渡さんぞ?」

「望むところです」

 

ニヤリと笑う化物へ、気迫に満ちた返事を返す。

自身の全能力を駆使する事を誓った少年の姿は、この場にいる全員に凡人の足掻きを予感させた。

そして迎えた東ラス。

 

 

東四局0本場 親衣 ドラ{六}

 

 

配牌をとった京太郎は口をポカンとあけて固まった。

そんな様子に気付かず、衣は第一打を捨てる。

京太郎は苦い顔のまま第一ツモ。

 

{一二六九⑦⑨15南西北白中} ツモ{③}

 

そのまま手牌を倒した。

 

「スンマセン……、九種九牌デス……」

「「「「「……………………」」」」」

 

死ぬ空気。

凡人の足掻きなどどこにもない。

配牌がクソすぎて勝手に流れただけだった。

衣だけでなく、皆が呆然としている。

 

「ふふっ……」

 

どこからか笑い声が聞こえた。

 

「ご、ごめん……でも、ぶふっ……」

 

インターハイチャンピオンが顔を背けて笑いを堪えていた。

 

「あー、いいっすよ。どうぞ笑ってください。カッコ悪いの自覚してますんで」

 

苦い顔で言う京太郎に、「アハハハハハ」とそこかしこから笑いが起こる。

 

「なんというか……、格好のつかん奴だな」

 

衣は呆れかえるばかりだ。

 

「ええ、まあ……。でも構わないっすよ。カッコ悪いですけど、これで南入です。俺は一週間前より強くなりましたから」

 

京太郎は思い出す。

一週間前のあの時、配牌は八種八牌。

つまり、一牌分だけ、あの時よりも強くなったという事。

ならそれは喜ぶべき事だ。どんなにカッコ悪かったとしてもだ。

 

「確かに。目に見える形で成長を確認できたのは僥倖だろう。今日はめでたいな、清澄の」

「はい。きっと俺は今日の事をジジイになっても忘れないと思います」

 

皮肉なのか揶揄なのか、それとも本当に祝福してくれているのか。

どれでも同じな京太郎は満面の笑みで起家マークをひっくり返す。

 

「では、ここから南場に入ります」

 

そしてサイコロを回した。

次は京太郎の二度目の親。

化物達が本性を表す南場突入である。

 

 

南一局流れ1本場 親京太郎 ドラ{⑨}

 

 

八順目、京太郎手牌。

 

{三四赤五七八⑥⑦⑧78南南北} 打{一}

 

{8}引き込み三色イーシャンテンの、ナイス手牌だった。

 

(天江衣の支配が効いてるのかどうかはまだ分かんねえ。けど、萬子のホンイツから三色に変化させてみた。これでなんとかなるか?)

 

この親、配牌のよかった京太郎は随分工夫していた。

捨て牌には{東}と{一}の対子が並んでいる。

手牌の{78⑥⑧}は引いてきたものだった。

 

(所詮は凡人の浅知恵かもしれないけど、やらないよりマシだ)

 

と、必死に状況を打破する為あがいていると、不意に眠り姫の声が飛んできた。

 

「リーチ」

 

{南}を切りつつ、場に出された1000点棒。

 

(ヤバイッ!)

 

瞬間、頭の中で警報が激しく鳴り響く。

 

「ポン!」

 

自然に鏡が現れ、口が勝手に発声している。

 

{三四赤五七八⑥⑦⑧78} 打{北} ポン{南南横南}

 

そして打{北}。

 

(鳥肌ヤベーッ!? これ鳴かなきゃ絶対一発で大物手を引き上がってた! 間違いねえ!)

 

京太郎はこの感覚を知っていた。

初めて味わったのは咲にくらった責任払い。

次に味わったのは師が鏡を与えてくれた時。

 

(けどこれでとりあえずはズレた筈だ。一発は消したし、ツモれたとしても多分安目だろ……)

 

二度の経験が間一髪京太郎を救ったと言えるだろう。

が、

 

「なぜそこで安堵を漏らす……」

 

衣の失望に心臓を鷲掴みにされる。

 

「ツモ」

 

体がビクリと震え、脳裏にイメージされたのは筒子の染め手。

 

(嘘だろ!? まさかこの速度でメンチンかよ!?)

 

そして倒される小蒔の手牌は、

 

{①①①②③④④⑤⑥⑦⑧⑨⑨} ツモ{③}

 

なんと高目九蓮宝燈。

 

(なんだそりゃ!?)

 

ガードしたところで無駄。

強烈な一撃でガードごと吹き飛ばされる。

 

「リーチツモチンイツドラ2――」

 

更に裏表示牌が{⑧}。

 

「――裏2。1本場は6100・12100」

 

三倍満の親被りである。

 

(一つズレてたら数え役満だと!? たった八順で!?)

 

京太郎は慄きながらも、本来の小蒔のツモ牌へと視線を飛ばした。

 

({⑨}は誰も持ってない……じゃあ、あの牌は……)

 

一発で{⑨}を引いていたと確信し、禍々しい気配を発している牌に冷や汗が止まらなくなる。

 

(ふざけんなよ! まじめに打ってる俺が馬鹿みたいじゃねえかよ!)

 

手なりで高速九蓮宝燈など、いくらなんでも理不尽が過ぎるだろう。

 

「そこまで怯える必要もあるまい。あれだけの運気、再び集めるには相応の時間がかかる」

 

何でもない事の様に衣は言うが、それは化物だから言えるセリフだ。

これで全員の持ち点は、

 

京太郎  8100

小蒔  36600

照   25900

衣   29100

 

と変動し、死にかけの凡人に怯えるなと言うのはただの無茶ぶりである。

 

(……落ち着け、まだだ。天江衣の言う通りなら、あれを毎局出せるってわけじゃない。次はもう南二局。あと一度あるかないかだ)

 

しかし、京太郎はその無茶ぶりに乗っかった。

非常に都合のいい希望的観測だが、愛宕洋榎戦で学んだ以上、己の勝利を信じないのは愚か者のする事だろう。

 

(あと三局。必ず逆転する)

 

が、更なる悪夢はここから。

南二局0本場、親小蒔。

 

「ツモのみ。300・500」

 

インハイチャンプの連続和了地獄が再び始まる。

京太郎、残り7800。

 

 

南三局0本場 親照 ドラ{2}

 

 

六順目。

 

「ツモ。ピンフドラ1。1300オール」

 

{五六七①②③③④⑤23西西} ツモ{4}

 

(くそっ早過ぎる……。まるで追いつけねえ……ッ)

 

京太郎、残り6500。

 

 

南三局1本場 親照 ドラ{白}

 

 

九順目。

 

「ロン。タンヤオ三色。1本場は8000」

 

小蒔打ち込み。

 

{二三四②②②③④23488} ロン{8}

 

(ちくしょう、止められねえ……ッ。あっというまにトップへ返り咲きやがった……ッ)

 

 

南三局2本場 親照 ドラ{9}

 

 

十順目。

 

「ツモ。リーチ役牌ドラ2。2本場は4200オール」

 

{七八九④⑤⑥77799白白} ツモ{白}

 

(どうなってんだよ!? どうやりゃこの化物止められんだ!?)

 

残り2300点。

 

 

南三局3本場 親照 ドラ{⑤}

 

 

連続でアガるたびに点数がアップしていく化物チャンピオン。

 

(マズイマズイマズイ! もう後がない……ッ!)

 

次にアガるとすれば親の跳満で18000は確実だった。

そして四順目。

照手牌。

 

{①③123一一二二三九九北} ツモ{三}

 

もはや暴風。

 

{①③123一一二二三三九九} 打{北}

 

あまりの風圧に京太郎の全身が強張る。

 

(対面からの重圧がハンパじゃねえぞ!? まさかもう張ってるのか!? クソッ、ツモられても振り込んでもトんじまう……ッ!)

 

既に鏡は出っぱなし。両目の碧炎も火力MAX。

 

{①②⑤⑦⑨四五七八八南南西} ツモ{北}

 

それでもどうにもならない。

京太郎は嵌張だらけの三シャンテンなのだ。

 

(……いやまて違う、脇から出アガリされてもオワリだ。役満直撃でも逆転できない点差になっちまうぞ……)

 

しかも、誰かが振り込んだとしても差が約70000点になり、親がない以上勝ち目など極限まで消し飛ぶだろう。

 

(残り2300点……ここで賭けにでないと負け確定……)

 

ここが死地だと確信した京太郎は、心を落ち着かせる為、目を閉じて一つ深呼吸した。

そして極限まで集中力を高め、上家の捨て牌と手牌へ炎の視線を飛ばす。

 

{①①③③③④579南南西西}

 

睨みつけた両目から碧の炎を噴きあがらせ、

 

(天江衣はリャンシャンテン……ッ!)

 

衣の手牌を頭の中で構築すると、

 

(ここだ!)

 

覚悟を決めた京太郎は対子の{南}を強打。

 

「ポン!」

 

衣ポン。

 

{①①③③③④79西西} 打{5} {南南横南}

 

衣の鳴きにより、小蒔、照のツモ番が飛ばされる。

 

(限界までツモ番は回さねえ!)

 

京太郎、即座に打{西}。

 

「ポン!」

 

またも衣ポン。

 

{①①③③③④9} 打{7} {西西横西} {南南横南}

 

京太郎は照にツモらせない為に、無理やり衣へ鳴かせていく。

 

(相手はインハイチャンピオンっ、二つズラしてもきっとツモアガる! ならこれでどうだ!)

 

今度は打{①}。

 

「ポン!」

 

三度ポン。

衣は一瞬でチャンピオンに追いついた。

 

{③③③④} 打{9} {①①横①} {西西横西} {南南横南}

 

この形でテンパイ。

待ちは{②⑤④}の三面待ち。

{赤⑤}か{④}をツモると、衣が二着終了で京太郎がトぶ。

あのプライドの高い天江衣が二着に甘んじるアガリなどするわけがないという、京太郎渾身の読みだった。

 

(さあ、三つズレたぜ? アガれるもんならアガってみろよ! 宮永照!)

 

そして安牌である{南}を切る。

無理な鳴かせで手の内はボロボロ。だからもうこの局はオリるしかない。

衣が照より早く、さらに京太郎以外からアガる事を願った、須賀京太郎一世一代の賭け。

そんな暴牌としか言いようのない執念が実を結んだのか、次順照、ダブドラの{赤⑤}を引かされた。

 

{①③123一一二二三三九九} ツモ{赤⑤}

 

ツモ切れば衣に跳満を直撃されてしまう。

しかし、見え見えのホンイツにその色を切るほど、インハイチャンピオンの麻雀は腐ってはいない。

当然、打{九}の対子落としで回った。

その直後。

 

「ツモ!」

 

衣、和了。

 

{③③③④} ツモ{②} {①①横①} {西西横西} {南南横南}

 

三つの鳴きがなければ照がツモアガっていた{②}を食い取ってのアガリ。

 

「3本場は、2300・4300!」

 

ツモられはしたが、京太郎は辛うじて生き残った。

 

京太郎  0

小蒔 20300

照  47200

衣  32500

 

しかし、京太郎の持ち点は、ゼロ。

インターハイルールで続行とはいえ、本当にトばなかったというだけの話だ。

 

「心意気は買うが口ほどにもなかった。オーラス、衣達の邪魔だけはするなよ?」

 

衣の揶揄が京太郎へ飛ぶ。

 

「まだ対局は終わってませんよ」

「あにはからんや。点数計算も出来んのか? 役満ツモでは宮永照に届かん。直撃したところで今度は衣に届かんぞ?」

 

衣の言う通り、たとえ役満をツモったとしても照には7200点足りず、トップの照へ直撃しても衣に500点足りない。

 

「既に生路無し、可能性は万に一つもない」

「麻雀は四人の思惑が複雑に絡み合います。可能性が0%なんてオカルトありえません」

 

気丈に反論するも、しかしこの時点では京太郎の逆転への道は完全に閉ざされていた。

 

「もう一度言いましょう、それがあなたの弱点だ。だから俺が勝つ」

 

それでも京太郎は諦めない。

何がなんでも諦めない。

 

「この卓へ辿り着くまでに、鶴賀、風越、姫松を倒してきました」

「ほう?」

「倒した人達の力は全て俺の身になっています」

 

衣は面白そうに笑うが、周りの部員達は驚きだ。

そこらじゅうに迷惑をかけてきたというのもそうだが、大阪強豪校の姫松の名前が出てきたのが大きな原因だろう。

 

「天江さんに分かりやすく言うと、俺は池田さんも倒してきましたよ」

 

『池田華菜』のように諦めず、『愛宕洋榎』のように勝ちを疑ったりしないのだ。

 

「そうか。それでは仕方ない。池田は諦めるという事を知らん奴だからな」

「そうです、仕方ないんです」

 

麻雀は終わってみるまで何が起こるか分からないと、骨の髄まで知っている。

奇跡のような闘牌を、己の仲間達が何度も何度も見せてくれたのだから。

 

「清澄の、名前は何と言ったか?」

 

いきなり名前を尋ねられて訝しむも、やっぱ俺の名前なんて覚えるわけないよなぁと思いつつ答える。

 

「須賀京太郎です」

「中々いい名だな。衣は天江衣という」

「……は?」

 

何故か名乗り返された。

 

「……私の名前は宮永照」

「へ?」

 

恐ろしく有名なインハイチャンピオンからも。

 

「…………」

「あ、この子は神代小蒔よ。ごめんなさいね? 今の小蒔ちゃん、ちょっと降りてるものだから」

「……い、いや、皆さんの事は知ってますけど?」

 

神降ろしでトランスってる胸の大きな子の代わりに、もっと胸の大きい子が名乗ったのはご愛嬌だろう。

 

「この状況で心折れぬとは見事。終局を迎えるまでもなく、京太郎の力は十分咲達に伍すると、この衣が認めよう」

「うん、強い。本当ならさっきの局で終わってた」

「きっと小蒔ちゃんも同じように思っているわ」

 

よく分からないが、急に優しい言葉をかけられて、京太郎は頭が混乱する。

しかしすぐに思い至った。

まさかトぶ事を確信して、落ち込まない様に慰めているのか? 力の差は理解しているが、いくらなんでも馬鹿にしすぎだろう。

途端、不機嫌が面に出てしまう。

 

「勘違いするな。衣達は京太郎の足掻きを憐れんでいるわけではない」

 

しかしその言葉に、余計何が言いたいのか分からなくなってしまった。

 

「気息奄奄では辛かろう? 故に、衣の手で一思いに弑(し)そうというのだ」

 

が、ニヤリと笑った衣の体から突如吹き出す圧倒的な重圧。

 

「ゥギッ!?」

 

いや、衣だけではなかった。

 

「そうだね。須賀君は強いから、私が負ける前にトばすよ」

「……………………」

 

照と、そして二人に中てられたのだろう小蒔も、常軌を逸した気を放ちだす。

 

「ぅ……ぐ……」

 

まさに全身全霊全力全開。

 

「ぁ……りがとう、ございます……っ!」

 

だから京太郎はお礼を言った。

 

「これが、俺の旅の、最後の一局……っ!」

 

三人の気迫に呑まれないよう、背筋を伸ばし、腹の底から声を出す。

 

「全力以上でお願いしますっ!」

 

そして最終局へ。

 


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