【完結】京‐kyo‐ ~咲の剣~   作:でらべっぴ

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思ったより闘牌シーンが長くて二話に分けましたが、続けて投稿しますので。


「翻弄」

土曜日、完全週休二日制ではない清澄。本日は半ドンである。

午前の授業を終え、みんなと一緒に昼食をとった京太郎は、今日もお茶くみに精を出していた。

もちろん、牌効率や捨て牌読みの問題を解いたり、お茶くみしたり雑用したりお茶くみしたりお茶くみしたり。

ここ四日ばかり師匠の言いつけを守り地力上げに勤しんでいたのだが、しかし今日は違う。

 

「染谷先輩、次の半荘俺入ってもいいっすか?」

 

五日ぶりに対局するつもりなのだ。

とりあえずみんなが半荘を三回打った後、ずっとそわそわしっぱなしだった京太郎はまこに言う。

 

「ん? おんし、あと四、五日は打たん言うとったじゃろ? ええんか?」

「ええまあ……」

 

歯切れは悪く返すも、もう早く打ちたくて仕方がない。

プロに教えてもらってまだ五日しか経っていないが、なぜか初めて対局した時の様に胸がドキドキする。

練習の成果を試せる事に、京太郎は終始笑顔だった。

 

「あまりに下手すぎて師匠から愛想つかされたのか?」

「んなわけあるか!」

 

優希の揶揄にマジでキレそうになる。

 

「京ちゃん、もう打ってもいいの?」

「もう我慢できねえんだよ。俺も打ちたい」

 

咲の疑問にはいい笑顔で答えた。

 

「その気持ちは分かりますけどね」

 

和も苦笑する。

 

「やる気があるのはいい事だじぇ! よし座れ! この優希様が特訓の成果をみてやろう!」

「お前どんだけ上から目線なんだよ……」

 

と呆れるも、打ちたくて堪らない京太郎はニコニコ顔を崩さない。

 

「ほうじゃの。ならわしが抜けるけぇ、おんしらで打て」

「いいんですか? 染谷部長も対局数が足りていないと思いますが……」

 

和が遠慮するも、新部長はいろいろと忙しいのだ。

 

「構わんよ。溜まっちょった牌譜の整理もせんといかんしの」

「そうですか。では次の対局が終わったら私も手伝いますので」

 

とかなんとかやり取りしつつ、一年生四人の対局が決まった。

京太郎はまこと交代し、早速場決めの牌を集める。

 

「たった五日で何が変わるわけでもないじゃろうが、まあ気張りんさい」

「ういっす」

 

ポンと肩を叩いて去っていく新部長に答えながら、京太郎は燃えていた。

 

(おっしゃ! 特訓の成果をみせてやるぜ!)

 

表はニコニコ、裏ではメラメラ。

 

「私が起家だ! 久しぶりの対局だけど手加減はしねえじぇ!」

「なんだか京ちゃんと打つの久しぶりな気がするよ」

「五日ぶり程度なんですが、不思議ですね」

「俺もそんな感じ。けどま、お手柔らかにたのむぜ」

 

起家が優希、南家咲、西家京太郎、北家和の席順でスタートした。

 

 

東一局0本場 親優希 ドラ{⑨}

 

 

京太郎配牌。

 

{一二三四六④5678西白白}

 

五日ぶりの配牌は幸先良く、なんとリャンシャンテンの好配牌だった。

第一ツモは{東}。

 

(おおっ、いきなりいい配牌きた! まあ、ノミ手しか見えねーけど……)

 

と思いつつも、久方ぶりに対局するのは楽しい。

京太郎は頬を緩ませながら{西}を切った。

そして手なりで進めつつ、五順目。

 

「開局初っ端、先制リーチだじぇ!」

 

親の優希が{白}を切ってリーチ。

 

(早っ!? なんで配牌リャンシャンテンで先制されてんの!?)

 

優希のスピードに内心で文句を垂れつつも、

 

「ポン」

 

鳴く。

 

「うおっ、い、一発消された……。京太郎の奴、特訓の成果がでてやがるじぇ……」

「一発消しの特訓なんかしてねーよ!」

 

東場の優希は普通に一発ツモったりするので、京太郎はとりあえず一発消し。

 

{一二三四六56788} {白横白白}

 

そして嵌{五}でテンパッた。

しかし次順。

 

{一二三四六56788} ツモ{赤⑤} {白横白白}

 

無スジの{赤⑤}が食い流れてくる。

 

(おいおい……、{④}切っちまったっつーの……)

 

さすがに切れるわけがないので、泣く泣く現物の{一}を捨てた。

だが結局は無駄。

優希は七順目、

 

「ツモ! 裏はないけど、タンピン三色で6000オールだじぇ!」

 

軽々とツモアガってしまう。

 

{三四五八八③④⑤⑥⑦345} ツモ{⑧}

 

綺麗な手を超高速でモノにし、優希は開始早々18000点を手に入れた。

 

(なんじゃそりゃ!? 五順でタンピン三色張るとかどうなってんの!? しかも一発食い取らなきゃ親倍かよ!?)

 

あまりの理不尽さに、心の中で絶叫するしかない。

 

「うわー、綺麗な手だねー」

「とんでもない手が入ってますね」

「なにせ東場の神だからな!」

「いくらなんでもツキすぎだろ……」

 

京太郎は白目をむきながら点棒を支払った。

 

(……切り替えよう、倍満が跳満になったんだ。親倍なら優希との差は32000、それが24000差ですんだ。十分に価値のある鳴きだった)

 

そうやって誤魔化さねば心がもたない。

そして次局。

 

 

東一局1本場 親優希 ドラ{東}

 

 

四順目。

 

「親でアガリ続けるじぇ! リーチ!」

(またかよ!? つーか早すぎ!)

 

驚愕しつつ、優希の捨て牌に視線を飛ばす。

 

{一六④横7}

 

(字牌が一枚も出てねえ……チートイか?)

 

元々やる気満々だった京太郎。

 

(いや調子づいてる優希のことだ、ドラ暗刻って事もありえる……けど、それならダマか?)

 

両目からチロチロと碧の火を燻らせ、そろそろエンジンをかけていく。

 

(ダブ{東}のドラが頭で索子の三面待ち、もしくはシャボ待ちが濃厚。最後に出てきた{7}の周りと{東}。筒子の上も切りたくねえな)

 

師匠との特訓を生かすべく、頭をフル回転させながら現物の{一}を切った。

 

「チー」

 

すると、和がそれをチー。

元の手牌はこうだった。

 

{二三四五六七八①④赤⑤⑤中中}

 

和も四順目とは思えない程の手広いリャンシャンテン。

面前なら跳満まで見える。

 

(良形のリャンシャンテンですがゆーきが早すぎます。幸い安牌はありますから役牌と一通の両テンビンに受け、最悪{中}の対子落としで回りましょう)

 

本来ならこの手を序盤で鳴きたくなんかないが、相手の速度に合わせる為にギアを最速に切り変えた。

 

{四五六七八④赤⑤⑤中中} 打{①} {横一二三}

 

そしてスジの{①}を切る。

 

「グエ……、また一発食われたじぇ……」

 

二連続で一発を消されて優希の口から愚痴が洩れるも、そんな事に構っちゃいられない。

 

({一}チー……? 和はデジタル打ちだ、勝算がなければ親につっかかったりはしないはず)

 

和が動いた事で、京太郎は必死になって読みの精度を引き上げる。

燻っていた種火に火がつき、両目が碧く揺めく。

 

(優希は一鳴きじゃ止まらない。和は役牌が本命で次点がチャンタ、もしくはイッツーってとこか……ならここだ!)

 

京太郎、打{九}。

 

「チーです」

(よし!)

 

和さらにチー。

 

{四五六赤⑤⑤中中} 打{④} {横九七八} {横一二三}

 

現物の{④}を切った。

 

「またぁ!? おい京太郎! 少しはしぼれ!」

「知るかよ。現物とスジ切っただけだっつーの」

「ゆーき、対局中に相手の打牌へ口をはさむのはマナー違反ですよ」

「そーだそーだ。マナー違反だぞ、タコス。いいからさっさとツモれ」

「グヌヌヌヌ……。京太郎のくせに生意気だじぇ……」

「ゆ、優希ちゃんも京ちゃんも仲良くね?」

 

これで和もテンパイ、{⑤中}待ちだ。

その直後。

 

「ロン」

「うえっ!?」

 

優希、{中}を掴まされる。

 

「中イッツー赤1。1本場は4200です」

「うええ……、東ならまた跳満だったのにぃ……」

「リーチ棒もいただきますね」

(うわぁ……。和ちゃんの鳴きがなかったら一発で東ツモってるよ、しかもまた東引いてるし……。優希ちゃんすごいなぁ)

(よし、いける! これでトップの優希との差は18800!)

 

優希のリーチを潰す為にわざと鳴かせたのは酷い気もするが、とりあえずは読み通り。

 

(ちゃんと戦えてるし、必ず優希をまくってやるぜ!)

 

手ごたえを感じた京太郎は、卓の下でグッと拳を握った。

次局で驚愕が待っているとも知らずに。

 

 

東二局0本場 親咲 ドラ{三}

 

 

「リーチ!」

 

優希がまたも八順目にリーチ。

 

(何回リーチすれば気がすむんだよ!? と、とにかく危険牌は……)

 

などと考える暇もなく。

 

「カン」

 

親の咲がツモってきた牌を暗槓。

 

「ツモ。嶺上開花」

 

そのまま難なくツモアガる。

 

「は?」

 

京太郎は間抜けな声を出してしまった。

 

「ドラ1は、3200オール」

 

{二三四七八九⑥⑨⑨⑨} ツモ{⑥} {■22■}

 

(な、なんだよそれ……なんなんだそのアガリ!?)

 

驚愕するしかない。

なぜなら咲は、前順に{⑦}を切っているのだ。

 

「あああ……、またリー棒とられたぁ……」

「ごめんね、優希ちゃん」

「なんというか、咲さんは本当にすごい所で待ちますね」

(今まで気にもしてなかったけど、改めて考えるとスンゲーおかしい……)

 

{⑤⑧}待ち、もしくは{⑦⑧}待ちを拒否しての{⑥}単騎。

 

(こんなアガリ、それこそ王牌が見えてて、必ず槓子が作れて、偶然テンパイ形が嶺上牌待ちにならなきゃ絶対できない……)

 

初心者を脱し、京太郎はようやく異常に気づいた。

 

(しかも咲にはずば抜けた点数調整能力まである。持ち点を29600から30500点以内に必ず調整できるなんて尋常じゃないぞ)

 

みんなに遅れる事約半年。

遅すぎる気もするが、久、まこ、和、優希の四人と心を一つにする事ができた京太郎は、これで正真正銘の仲間になれたとも言える。

 

(信じらんねえ……、こいつホントに人間か?)

 

そんな風に青褪めていると、当の本人から気遣われた。

 

「ん? どうしたの京ちゃん? なんか顔色悪いよ?」

「い、いや、なんでもねえよ……。ちょっと寝不足でさ……」

 

人間かどうかはよく分からないが、いい奴なのは間違いないのでとりあえず誤魔化しておく。

 

「もう。また遅くまでゲームしてたんでしょ?」

「ア、アハハ、まあな」

「まったく、このダメ犬はホントに駄目だじぇ」

「誰が犬だ! このタコス!」

「なにおー!」

「ハァ……。対局中ですよ、二人とも」

「そうだよ。ケンカしないで仲良くやろうよ、京ちゃんも優希ちゃんも」

「チッ、二人に免じてここは退くじぇ。感謝するんだな、アホ犬」

「こっちのセリフだ、馬鹿タコス」

「「……ハァ」」

 

和と優希も普通にしているし、きっとおかしなことではないのだろう。

京太郎は驚愕を無理矢理呑みこんだ。

 

 

東二局1本場 親咲 ドラ{北}

 

 

続く東二局の京太郎。配牌がボロボロで、最速でチートイ四シャンテンという手の悪さ。

気合でなんとかチートイイーシャンテンまでこぎつけたものの、七順目。

 

「ようやく入ったじょ!」

(クッ、優希からまたリーチがくる。東場のコイツはホントに早ぇ……追いつけるか?)

 

対面のテンパイ速度に驚きを通り越すも、

 

「通らばリーチ!」

「通しません。ロンです」

「じぇえええ!?」

(ええ!? 和も張ってたのか!?)

 

やっぱり驚かされてしまう。

 

「ピンフのみ」

「おおう、安くて助かったじょ」

「何を言ってるんですか、振り込んだ時点で助かっていませんよ。1000点の一本場は1300です」

「のどちゃん、きびしいじぇ……」

(和も和でどんな速度で張ってやがんだよ! ちくしょう、コイツらマジで強ぇ……ッ)

「あ~ん、親流れちゃったよぅ」

 

何もできずに終わった。

そして次は東3局。京太郎の親だ。

 

 

東3局0本場 親京太郎 ドラ{⑨}

 

 

(原点から9200点沈みのラス。トップの優希とは16500点差。二位の咲とは13800点、和とは6500点差か……)

 

ここで京太郎は、実力以上の頑張りを見せる事になる。

 

(この親でなんとしてもアガってやる! いい配牌こい!)

 

その願いが通じたのか、なんと手牌は役牌対子、ドラ暗刻の二シャンテン。

 

{五五六八⑨⑨⑨128西北白白}

 

確実に勝負手だ。

 

(きた! 少し窮屈だけどドラ暗刻の勝負手! {白}が鳴ければ十分勝ち目はある!)

 

ここまで四局やって見せ場なし。しかし、ようやく戦える手がきた事に京太郎は興奮した。

必死に平静を装いつつ、第一打を{西}切り。

そして次順。

 

{五五六八⑨⑨⑨128北白白} ツモ{白}

 

(うおおおおおおおお! {白}暗刻ったああああああああ!)

 

望外の{白}をツモる。

これでイーシャンテンだ。

当然、京太郎の指は{北}へと伸びた。

 

(……いや、待てよ)

 

しかし、ここでふと思い出す。

 

 ”毎回毎回手を目いっぱい広げてどうする。少しは安牌を残す努力をしろ”

 

(そうだ、防御しないのは基本的にリーチの時だけだった)

 

師の言葉を思い出した京太郎は、対面の優希が第一打に捨てた{北}を残す事を選択。

 

(面子は足りてる。{7}をピンポイントで引かない限り、{8}の優先度は{北}とほとんど変わらない。ならこれだ)

 

{五五六八⑨⑨⑨12北白白白} 打{8}

 

が、これがモロに裏目。

次順。

 

{五五六八⑨⑨⑨12北白白白} ツモ{7}

 

なんと{7}ツモ。

{8}を捨てた以上ツモ切るしかない。

 

(裏目った! 素直に{北}を切ってれば……ッ)

 

そして信じられない事に──

 

{五五六八⑨⑨⑨12北白白白} ツモ{6}

 

──四順目に{6}をツモってきてしまう。

 

(うそ……だろ……、なんだよこのツモは!?)

 

あまりの理不尽さに罵声を上げそうになるも、京太郎は僅かな理性をかき集めてゆっくりとツモ切った。

 

(ちくしょう……)

 

なんたる無様な捨て牌。

己の目に映る捨て牌があまりにも無様で、{6}を切る指が微かに震える。

 

{西876}

 

たった四順で河に並べられた一面子。

異様。だがよくある事。

 

「なんじゃそりゃ。もしかして無理染めにでも走ったのか?」

 

そう、麻雀ではよくある事だ。

 

「……ん? 面子被りなんて麻雀やってりゃいくらだってあるだろ?」

 

だから京太郎は、荒れ狂う心情を表に出すまいと、全身全霊を持って優希のチャチャを受け流した。

 

「そんなんだからいつまで経っても初心者なんだじぇ」

 

だが、抑えられる気がしない。

分かっている。分かってはいるのだ。

口は悪いが、優希は出来の悪い己に指導しようとしているだけ。

そんな事は十分理解している。

しかし、たった五日間とはいえ、自分は必死に努力した。

確かに皆と比べれば微々たる努力に違いない。

けれど必死こいて一生懸命頑張ったのだ。

その努力は実を結び、もう初心者ではないと師が太鼓判を押してくれた。

自分はもう初心者ではない。

まだまだ下手くそで失敗だらけかもしれないが、それでも、もう初心者ではないはずなのだ。

 

「四順で1面子捨てるくらいなら手なりでいけ──」

 

分かり切った事を言おうとする優希に、京太郎の目の前が屈辱と恥辱で真っ赤に染まる。

 

――うるせえな! そんな事分かってんだよ! いいからその口を閉じやがれ!――

 

「ゆーき! さっきもマナー違反だと言ったでしょう!」

 

だが、大切な仲間であり、大事な友人でもある少女へ罵詈雑言をぶつけるという事態は、なんとか回避された。

 

「おおう!?」

「今は対局中ですよ! 対局中に私語は控えてください! 検討なら対局後に行います!」

 

真面目で頑固な巨乳少女が、己の代わりに眉を吊り上げたからだ。

 

「の、和ちゃん。そんなに怒らなくても……」

「咲さんは黙っててください! 対局中は集中しなきゃ駄目です!」

 

原村和。

スタイル抜群の超絶美少女ではあるのだが、そのクソ真面目さは欠点と言えば欠点なのかもしれない。

 

「の、のどちゃん真面目すぎだじょ……」

「ゆ、う、き?」

「わ、分かったじぇ! 終局するまで黙って打つじょ!」

 

特段、京太郎をかばったというわけではないだろう。その言葉の通り、なあなあで対局するのが許せなかったに違いない。

だがそれでも、京太郎は深く息を吐きながら安堵していた。

和がコンマ数秒早く声を上げてくれたおかげで、決定的な破局を迎えずに済んだのだ。

さっきまでの己は、怒りにまかせて何を口走ったか分からなかった。

 

「はい、分かっていただけたなら構いません。これを打ちきったらたくさんお喋りしましょう」

「う、うん!」

 

ならば、怒鳴った相手をニッコリ微笑んで許す姿に、『和マジ天使』と胸中で絶賛し続けるしかないだろう。

 

「ううう……、私まで和ちゃんに怒られちゃったよぅ……」

「優希の味方ばっかするからだ。たまには俺の味方もしろっつーの」

 

それにしてもと、京太郎は訝しむ。

あの程度の言葉で逆上するとはどういう事か。

自身を温厚な性格だと思っていただけに、自己嫌悪が湧きあがってしまう。

それが、麻雀に対して妥協できなくなったせいだという事を、今の京太郎には気づく事ができなかった。

負けたくない、上手くなりたい、強くなりたいという気持ちは、あるいはこの瞬間芽生えたのかもしれない。

 

「してるよ!? 何回レディースランチ買いに行かされたと思ってるのさ!」

「さ、き、さん? 集中してくださいと言いましたよね?」

「あうぅぅ、ゴ、ゴメンナサイ……」

 

一人苦い顔でヘコんでいる幼馴染みが{2}を河へ切った後、なんとか平静を取り戻した京太郎のツモもまた{2}だった。

 

 

{五五六八⑨⑨⑨12北白白白} ツモ{2}

 

 

(よし、一順前に咲が切っちまったけど、{2}{五}のシャボ受けができた)

 

四面受けのイーシャンテン。

 

(しかも四暗刻まで見える。もうこの手はオリない、防御無視の全ツッパでいく)

 

覚悟を決めた京太郎は、打{北}で目いっぱい手を広げる。

 

(もう何が出ても鳴くぞ。{2}{五}はもちろん、上家の咲から{3}{七}が出ても鳴いて12000テンパイだ)

 

形振り構わぬ事を決意して続く六順目。

開き直った事で麻雀の神様が微笑んだのか、京太郎は鬼引きを見せた。

 

{五五六八⑨⑨⑨122白白白} ツモ{2}

 

(ぐっおおおおおおおおお!? まさかの面前三暗刻テンパイ! 役牌三暗ドラ三、{1}切ってダマッパネ!)

 

僥倖と言っていいだろう。

二順目に{8}を切っていなければ、おそらくは三順目に{1}か{2}を切って内に寄せていたはずだ。

今の京太郎の実力では、河に{876}が並ぶか{222}が並ぶかの違いでしかなかったのは間違いない。

師の教えが親跳満を呼んだとも言える。

 

(チ、{七}はまだ一枚も出てないよな……?)

 

{1}に指を掛けながら、京太郎は三人の捨て牌へと視線を飛ばした。

 

「ッ!?」

 

そして凍りつく。

 

(萬子が一枚も出てねえ……)

 

現在は六順目。親は京太郎なので、場には20の牌が並べられている。

しかし、並べられているのは字牌と索子筒子だけであり、萬子は河のどこにもなかった。

 

(す、素直に嵌{七}に受けていいのかコレ……?)

 

これもまたよくある事。序盤で一色が見えないなど日常茶飯事だ。

中盤以降にサクッと出てくる可能性も当たり前のようにある。

 

{五五六八⑨⑨⑨1222白白白}

 

(アガリてぇ……。これ、どうしてもアガリてぇ……)

 

だが、京太郎は確実にアガリたかった。

たった六順で張った高速跳満。しかも親。

十分だ。今までのように終始振り込みマシーンと化して、何もできないまま終わるという事はなくなる。

18000を手土産に、みんなと同じ土俵に立つ事ができるのだ。

しかし、だからこそ甦る師との会話の記憶。

 

”麻雀でアガるには『見切る』事が重要だ”

”見切る?”

”この『見切る』とは、なにも実際に目で確認した事に関してだけではない”

”……?”

”手牌読み、山読み、心理読み。さらには流れ読みや感覚読み等の第六感にも適応される”

”はい? 俺そんなのできないっすよ? しかも第六感って……超能力じゃあるまいし……”

”ああ。さすがにそこまで期待してはいない。ただ、アガる為にはアガれる待ちにしろという事だ”

”はあ? どういう意味っすか? アガるにはアガれる待ちにしろって……それ当たり前の事ですよね?”

”世の中はその当たり前の事ができてない人間が多すぎる。坊主に至っては、わざとアガれない待ちを選んでいるとしか思えんな”

”えええぇぇぇ……”

 

意地悪く笑う師の姿が脳裏に浮かび、京太郎は下家の和の捨て牌へ視線を向けた。

その目からチロリと碧の火が揺らめく。

 

{①⑥59④}

 

(……ヤベェ、萬子だけじゃなく字牌もでてねえ。間違いなく萬子に染めてる)

 

そして対面の優希の捨て牌にも視線を飛ばす。

 

{北東①4⑤}

 

(おいおい、タンピンっぽい上にもう中張牌整理してんじゃねえだろうな? いやまて東場の優希だ、上の三色まであるぞ)

 

最後に上家の咲。

 

{南東⑨21}

 

(三順目にドラ切ってやがる……。絶対に重ならない事を察知したのか? しかも四順目で辺張落とし……咲の手も早そうだ……)

 

悪い予感が膨らんだ。

本来なら京太郎の手、最速ならばすでにツモっている。

 

{五五⑨⑨⑨222678白白白}

 

この形で跳満ツモ。

たらればを言えばきりはないが、リーチして裏でも乗れば三倍満まであった。

もちろん、今の京太郎の実力ではこの最終形に辿り着くなど99%不可能ではあるが。

 

”アガる為にはアガれる待ちにしろ”

 

だからこそ、予感は確信へと変わる。

 

(この嵌七萬、誰も出さないし俺には引けない気がする……)

 

最悪の予感に愕然と固まっていると、首を傾げた和の声が耳朶を打った。

 

「……? どうしました? 須賀君の切り番ですよ?」

「あ、ああ、悪い。そっか、俺の切り番か。そうだったそうだった、俺が切る番だったな。ハハ……」

「何ボーっとしてんだじぇ、この犬は」

「ゆ、優希ちゃん、また和ちゃんに怒られるよ?」

「その通りです。今度はゲンコツですよ、ゆーき」

「うっ、すまねぇじょ……」

 

悩んでいる時間はない。

長考は対局者へ迷惑がかかるし、不審に思われてテンパイを察知されるのも嫌だ。

 

「悪ぃーな、今切るからよ」

 

表面上はヘラヘラと、しかし歯を食いしばって切りだす。

 

{五五六⑨⑨⑨1222白白白} 打{八}

 

打{八}。

須賀京太郎、人生初の『親ッ跳テンパイ崩し』。

18000を棒に振る打牌など、麻雀歴半年の京太郎には初めての試みだった。

 

(受け入れは{13}、{四七五}。鳴ける牌が出たらもちろん鳴く)

 

京太郎は激しい喉の渇きを覚えながらも脳をフル回転させる。

 

(筒子を引いてきたら{1}切って、場に出やすそうな筒子待ちに焦点を合わせよう。万が一裏目って{七}引いたら{五}切って索子待ちだ)

 

大丈夫、まだ六順目。いくらでも挽回できるはずだ。

そんな風に焦燥を誤魔化した瞬間、京太郎の心臓は止まりかけた。

 

「よしきた! 東場はとことん攻めるじぇ!」

「ッ!?」

 

対面から、東場の神を自称する少女の声が。

 

「リーチ!」

「……ゆーき。リーチ発声前の余計な前振りはいりません」

「アハハ。優希ちゃんはいつも元気だね」

 

{九}を切ってリーチする姿に、京太郎は心底恐怖した。

 

(こんな序盤でまたリーチ!? 東場のコイツはホントにどうなってやがんだよ!)

 

ギリギリと奥歯を噛みしめながらも、しかし混乱した頭で待ちを推測する。

たとえ全ツッパでいくつもりでも、思考を放棄する事などできない。もう初心者ではないのだから。

 

({九}切りリーチ。もし仮テンからのくっつきだとしたら{五八}がある)

 

だから一つ一つ丁寧に。

 

(そういやさっきはタンピンだって読んだんだよな。上の三色もあるって思ったっけか?)

 

両目に碧の火を灯し、相手の特性すら読みに含めた。

 

(捨て牌と俺の手牌から筒子なら{⑥⑨}、索子なら下はオール通し)

 

ある程度読みを絞りつつ、追いついてくれと祈りながら山に手を伸ばす。

しかし七順目に引いてきた牌は、最悪な事に生牌の{中}だった。

 

(な、なんだよこれ……、なんでこんな危険牌一発で引かされるんだよ……)

 

未だ己の読みに自信があるわけではない。

ようやく初心者を脱した者の読みなどたかが知れている。

しかも己の手牌は縦に伸びているのだ。もし極端な対子場であるなら役牌とのシャボ待ち、または七対子なども十分に考えられる。

 

(……真っ直ぐ染めに走ってる和にも切り辛い。ちくしょう、振りたくねぇ……)

 

弱気になった京太郎は、スジの{1}へと手を伸ばす。

しかし、ここでさらに気づいた。

 

(まて、ここで何もしなきゃ、下手すると優希のやつ一発で引き上がるんじゃねえか?)

 

インハイ地区予選、そして全国大会で何度も見てきた光景。

 

(もしここで倍満の親っ被りなんか喰らってみろ、もう挽回なんてできないぞ。第一、この局はオリないってさっき決めたじゃないか)

 

京太郎はゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決め{中}をツモ切り。

 

「ホラよ、当たれるモンなら当たってみやがれ。でも頼むから当たらないでくれ、お願いします」

「「「ぶふっ……ッ」」」

 

心の底からの声に、三人娘が全員吹き出した。

 

「強気なのか弱気なのかハッキリしろ! まあ通るけどな」

「日本語がおかしいよ、京ちゃん」

「そ、それ、ポン、ですっ」

 

ツボに入ったらしい和が必死に笑いを堪えて{中}を鳴き、打{東}。

 

「また一発消された……。のどちゃん容赦なさすぎだじょ……」

 

ガックリしながら、優希は{南}をツモ切り。

咲が手の内から現物を河に捨てると、迎えた八順目の京太郎のツモは、なんとまたしても生牌である{発}だった。

 

(もう笑うしかねえな。コレ振る確率50%はあるだろ)

 

笑うどころか、京太郎の顔は泣きそうである。

 

「でも切る。ここでオリるくらいならさっきの{中}でオリてるっつーの」

 

しかし強打。

 

「じええっ!?」

「ちょ、いくらなんでも暴牌すぎるよ、京ちゃん」

 

男須賀。自殺に等しい暴牌二連続叩き切り。

 

「ポ、ポンです!」

 

リーチ者がいるのに生牌が連続で出てきてビックリしたのだろう。和の声は若干上ずっていた。

 

「ぎょえええええ!?」

「うわぁ……大三元が見える……」

 

リーチをかけたせいで逃げられない優希は、京太郎を睨みつけた。

おそらく和にゲンコツだと警告されていなければ、『お前何切ってんの!? 馬鹿なの!?』と大声で非難してしまったに違いない。

咲もまた困り顔で京太郎に視線を向けていた。

まあ、京太郎からしてみれば白は自身で三枚抱えているので特に問題はない。幸い振らずにすんだわけだし。

しいて問題があるとすれば、これで確実に和もテンパッただろうという事だ。

実際、二鳴きした和の手牌がこれ。

 

{一三六六七八九} {横発発発} {横中中中}

 

嵌{二}でホンイツ発中の満貫。勝負手である。

ちなみに優希の手牌はこうだ。

 

{③③⑥⑦⑧678三四赤五六七}

 

高め{八}のタンピン三色。しかも{二五八}の三面待ち。

偶然にも、京太郎の読みは的中していた。

さらに言うなら、安目ではあったが、本来一発でツモあがるはずだった{二}は咲へと食い流れている。

 

「うおえ……ッ!」

 

花も恥じらう乙女としてあるまじき事だが、優希が嘔吐きながら牌をツモ切った。

切ったのは{三}。

萬子に染めている和の超ド級の危険牌だった。

まあ同テンなので振る心配はないのだが、そんな事を優希が知る由もない。

最悪役満まであると思っている彼女にとって、{二五八}以外の萬子を引く事は胃を直接鷲掴みにされんばかりのストレスなのだ。

 

「んぴゅ……ッ!?」

 

これまた現役女子高生として聞こえてきてはいけないのだが、咲は危うく鼻水を吹いてしまいそうな音を出す。

あわやヒロイン降板の危機だった少女の手牌はこれだ。

 

{②②③③二二二四四四西西西}

 

なんと、咲はシレっとツモリ四暗刻を張っていた。

次順に{二}を暗槓して、リンシャンから{②}を引き上がろうと画策していたのだ。

しかしその前に引いてしまった牌が、これ。

 

{②②③③二二二四四四西西西} ツモ{白}

 

ツモ{白}。

そりゃ鼻水だって出そうになるというもの。

さすがに{発中}を鳴いている相手へこれは切れない。

自身の能力で王牌を探るも、どうやら{白}はないようだと泣きそうになる。

咲はアウアウ言いながら{③}を切った。

 

「う~、なんか京ちゃんに殺意が湧いてきたよ……」

「まったくだじぇ……。さっきの{三}、もし振り込んでたらきっと殴りかかってたじょ」

「お前ら酷すぎだわ。そんなに心がせまいからおもちも小さいんだよ」

「なにをー!」

「京ちゃんサイテー!」

「咲さん、ゆーき、落ち着いてください。須賀君も勝負手のようですし、いくら納得できなくても暴力は駄目です」

「ほれみろ。和は心が広いから、お前らとはおもちの大きさも比べ物にならないんだ」

「須賀君は間違いなくサイテーなので黙っててください」

 

九順目、京太郎のツモは無駄ヅモの{4}。

場に二枚出ている事もあり、{5}を引いたところでフリテンになる以上、当然のツモ切り。

和は{3}ツモ。もちろんツモ切り。

 

「おえっ! おええええ……ッ!」

 

激しい吐き気と共に、優希は{一}をツモ切った。和には無スジだった。

そして咲。

感覚通りに槓材の{二}ツモ。

咲と言えば槓、槓と言えば咲。だからとりあえず槓してみる。

 

「{二}カン」

「んぶふっ!?」

 

咲が発声した瞬間、和は少々はしたないくしゃみをした。

 

「おええええ……ッ! おええええええええ……ッ!」

 

優希は待ちの一つがなくなり、胃へのストレスがシャレにならなくなったらしい。まあ、和の待ちは純カラだが。

 

{②②②四四四西西西白} 打{③} {■二二■}

 

咲は嶺上牌から{②}を引き、そして当然の{③}切り。

つまり四暗刻、{白}単騎待ちだ。

 

「(和ちゃんに{白}は切れないし、うん、仕方ない。でも京ちゃん大丈夫かな? {白}引いたら、盲牌間違えて切っちゃうかも……)」

 

過保護すぎる。

いくらなんでも白を盲牌し間違えたら逆に天才だろう。

幼馴染みを心配する姿は美しいし勝負を諦めないのも立派だが、京太郎が暗刻で抱えているので百年待ってもでない白単騎である。

 

(あーもう、また無駄ヅモだ! せめて筒子の一枚くらいは引かせてくれよ!)

 

十順目、京太郎は怒りの{南}ツモ切り。

ツモが四順空ぶり、怒りと焦りで顔が紅潮し始めた少年と同様に、下家の和も徐々に頬の赤みが増していた。

 

「(さすがです、咲さん。こちらのアガリを一瞬にしてつぶしてくるとは。そして引いてきた牌がこれですか)」

 

{一三六六七八九} ツモ{八} {横発発発} {横中中中}

 

「(これは切れません。ゆーきの反応からして十中八九このスジでしょう。萬子の本命は{五八}でした。つまり下まで伸びた三面待ち)」

 

瞬時に判断した和は、現物切りの打{三}。

純カラの嵌{二}をはずし、テンパイを崩す。

 

{一六六七八八九} {横発発発} {横中中中}

 

「(まあ、{八}の周りを引いてくればまだ戦えますしね)」

 

そして優希はまたもツモ切り。

 

「もういっそ殺してくれ……」

 

白目をむきながら捨てた牌は{九}。もちろん和の無スジだ。

咲もまた、引いてきたラス{九}をそのままツモ切る。

優希が盾になってくれた事に、テンパイが維持できてホッとしていた。

さて、運命の十一順目。

 

(ぐおおおおおおお! キタキタキタキッターーーーーー!)

 

京太郎のツモは、鬼ヅモを超えた神ツモだった。

暴牌としか言えない生牌連打で優希のツモをズラし、優希と和のアガリを封じ込めた咲のアガリを、さらに封じ込めているという超偶然。

そんな奇跡の様な偶然を起こした彼に、運命の神はご褒美を与えたのだろう。

半分死体と化した優希を尚も蹴りまくるが如き、四枚目の{五}だった。これで優希の待ちの内、{二五}が消える。

 

{五五六⑨⑨⑨1222白白白} ツモ{五}

 

(これ高めだとスッタンってやつだろ!? こんなの初めて張ったぞ!)

 

同局で二人が四暗刻単騎をテンパイするという珍事。

{1}を切れば{四七六}待ち。

{六}を切れば{13}待ちである。

京太郎は凄まじい速さで鳴る心臓を落ち着ける為に、ゆっくりと深呼吸した。

 

({1}切った方が安全だよな? 萬子だと三面待ちだし……。でも萬子はほとんど死んでる気がする)

 

京太郎の推測は当たっていた。

{四}と{六}は純カラ。残りは{七}二枚のみである。

対して、{13}は五枚も山に眠っているのだ。

京太郎は場を見た。

前順に和が{三}を、優希と咲が{九}を切っている。

 

(アガるなら索子だ。{六}はスジで通るか? でも染め手の和にスジもくそもない。しかも生牌だし、咲が槓するかも……)

 

なんという事か。

ようやく初心者を卒業した者が嶺上開花や責任払いまで計算に入れなければならないなど、それは本当に麻雀と言えるのか。

咲の業は深い。

 

”アガる為にはアガれる待ちにしろ”

 

脳にこびりついた師の言葉。

 

(……そうだな。もう何回もメチャクチャな牌打ったし、この局は最後までツッパろう。ここは気合入れの――)

 

京太郎は{六}を振りかぶると――

 

「リーーーーチ!」

 

――渾身の気合入れリーチ。

これなら安目をツモっても親倍確定だ。

しかし、この高目四暗刻のリーチが、京太郎崩壊の序曲だった。

 


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