※小説家になろうにて同じ物を投稿しています。
二月十四日。その日は土曜日で、週末で、そして『アイツ』の終末の日である。
『アイツ』こと金堂寺大介は、我らが第一高校一年二組のクラスメイトであり天敵であり、時には最強の味方だ。クラスメイトのほぼほぼが彼に救われているし――散々な目に遭わせられている。
大介は、人格破綻者だ。幼馴染である私、阿波屋神奈が言うのだから間違いない。
小学校高学年の頃からその面影は見えていたのだが、しかし私達はそれを無邪気だとか、純粋だとか、そんな言葉でむしろ格好良く思ったものだ。まさか、彼が邪気であり純粋悪だとは思いもせず。
ここまで言ったところで、私だけの一方的な言葉では大介が一体どんな風に人格破綻者なのかが分からないと思うので、実例をあげていこうと思う。
その一。大介は世界一の女たらしで、浮気者であり、今現在彼女が五人いる。彼氏彼女の間の時は最高に有頂天で気付かないのだが、別れてよくよく考えれば他人に比べて愛される割合が目に見えて低いのだ。――そう、別れてからじゃないと、私も気付かなかった。
そんな訳で、そういう事情の被害者は一部の男子も含めて小学校で十五人、中学校で四十人、高校で現役彼女も含めて三十人の系八十五人。どういう訳が八十五人全員が他の八十四人と面識のあるという、非常に厄介な状況である。有り体に言えば「うわ……、こいつも彼女にするのかよ……」という女――稀に男――のプライドやら、何やら。
その二。大介はかなりの浪費家で、家には不必要な物で埋め尽くされ、必要な物が一つもない。部屋に入るのも一苦労で、当の本人は彼女達の家を渡り歩き、ヒモのような生活をしている。大抵、付き合ってから別れるまでに数万円は飛んで行く。
その三。大介はその優れた容姿とは正反対に真性の下衆であり、クソであり、クズであり、そして聡明である。授業を真面目に受けたことはなく、留年ギリギリのラインまで授業をサボり、授業を受けていると思えばスマホをいじっていたり、音楽を聞いていたりしている。そのくせ、要領は異常なレベルでよく、定期テストは常に校内ランキング十位圏内である。
しかし、そんな大介だが、唯一苦手なものが存在する。それは――
――チョコレート。
付き合った彼女達に大介は決まって、苦々しく――それこそビターチョコレートのように――言うのだ。
「俺、チョコレートが苦手なんだ。あの甘ったるい感じ、どんなものでもチョコって名の付く食べ物は、俺、嫌いなんだよな」
――そう、つまりこの日。どこぞの会社が打ち出した世紀の企画。バレンタインデーは、金堂寺大介に復讐する最高で絶好なタイミングなのだ。
この日の為に、無駄に高いチョコレートに『大介へ』なんてハートマーク入りでデコレーションしたのだから完璧だ。
「ふっふっふ、やっとアイツをあっと言わせる事ができる……ッ!!」
なんて、前日の夜に高笑いをしているところを両親に見られて可哀想な子を見るような目で見られたりするのだが。っていうか両親よ、実の娘にそれは失礼過ぎる。
事前連絡も完璧。
土曜日は午前授業があり、昼からは多くが部活に向かうのだが、我らが一年はその全員が部活動に遅れる旨の連絡を済ませている。
四時間目の授業が終わり、ホームルームが終わり、今に至る。
「きりーつ、きょーつけ、れーい」
そんな副委員長の――あえて――間延びした声が教室に響き、担任が礼をする。それに従い、全員が礼をする――訳がなく大介を取り押さえるために机を飛び越える。ほぼ同時に廊下側にいた大介は窓から廊下に飛び出し、逃走。だが――甘い。
大介の目の前、そして真後ろには一年一組の皆と一年三組の皆。
「……っ、まさか他クラスまで手を組んでるとはな!! 主犯は神奈か、クソボケがっ!!」
そう叫びながら、大介は更に窓から外へと逃げ出す。
「なっ!? ここは三階なのにっ!?」
失念していた。大介は、異常なまでに頭の回転が早い。最も適切な判断を、最速で出せるのだった。――それに、運動神経も化け物並だ。
二回転宙返りを決めて華麗にポーズ。周囲からは「おぉっ」という歓声の声が上がった。お前ら捕まえに行けよ。
当然ながら私には三階から飛び降りる勇気も度胸もないので――あったとしても絶対にやらないが――、普通に階段から降りて大介を追いかける。その間に、スマホとワイヤレスイヤホンを接続し、耳にかける。大介を討伐する為のグループを作り、そこで情報を共有、一人がそれを私に伝えて、作戦を私が組み立てて指示、その一人が皆に指示をする。そんな役割分担もしている。
どこまで本気なんだ、と言われたことが、それを言うならどこまでも。
奴は一度痛い目を遭わせなければ、絶対に改心しない。いや、遭わせても改心しないような気もするが。
「っしゃあ、見つけた!」
叫んだのは、高校前の坂の一番下。帰宅部の癖して陸上部の私でさえ追い付けないのは、一体なんの冗談なのだろうか。
まぁ、追い付けないことは知っているのでこっちはオンロード用のマウンテンバイクで追いかけているのだが。
それにしても中々差が縮まらない。どんだけの脚力だ。馬か。――馬鹿であることは確かなのだが。
やっと追いついた。そう思った途端に、大介は飛び上がり、下衆の笑みで一言。
「チャリってのは横からの衝撃に弱いんだってな!」
ペダル部分を的確に蹴られる。前向きにしか進めないマウンテンバイクは、無様にバランスを崩し、倒れる。公道で自転車を倒させるとかどんだけ必死なのよ。そんなにチョコレートは嫌いなのかよ。こんなに美味しいのに。
しかし、この程度のことは推測済みである。
「――っ!!」
自転車から飛び降りて大介を追う。着地時に前のめりになった為、そのまま一回転して起き上がる勢いも利用して加速する。
何をトチ狂ったのか、大介は誰もが知っている行き止まりの裏路地へと入っていった。
「行き止まりに逃げた!!」
そう報告して、裏路地へ入る。何かの罠かもしれないと警戒していたがそんなことはなく、行き止まりに辿り着く。息も絶え絶えの様子の大介が、そこにはいた。
「やっと追い詰めたわよ、大介!!」
「お前ら卑怯すぎんだろ!? 学年全体とかイジメじゃねぇか!!」
「あんたのせいで学年の人間関係最悪なの知ってるでしょ!? 好き勝手に彼氏彼女略奪するわ捨てるわで、よくもまぁ良心が痛まないわね! 両親が頭を痛めてるわよ!」
「うまいこと言ってんじゃねぇよ! 向こうからの要望なんだからそれに応えるのは男として当たり前だろ!!」
「だったら好きな人に全力で愛されたいのが女として当たり前でしょ! あんた過去最高で何股したことあるのよ!?」
「十二股だ」
「最低なことをドヤ顔して言ってんじゃねぇわよ!! このクズがっ!!」
なんてやりとりで、クラスメイトが来るまでの時間稼ぎをする。
「っと、時間稼ぎに付き合わされてたまるかっての!!」
今更のように気付いたらしく、大介は壁を蹴って私を超えて先に進む。
しかし、私を超えても既に何十人ものクラスメイトが待機している。流石にそれは逃げられないだろう――。
「はんっ、こんぐらいで捕まるとでも?」
――とはいかないらしく、大介は重力を無視したかのように壁走りというスタントマンさながらのアクションを見せる。だが――。
「させるかぁっ!!」
その程度のことも予想済みだ。なんて言ったって、私は大介の幼馴染みなのだから。
走り幅跳びの要領で大介のもとへと飛び上がり、足を掴んで地面に叩きつける。
「がはっ!?」
「っしゃあああ!! 金堂寺大介討ち取ったり!!」
高らかに宣言した私の勝利報告は、裏路地全体に響き渡った。
両手両足を屈強なクラスメイトに抑えてもらい、私は馬乗りになって逃げるどころか動くことさえも抑止して、ようやく確保ということになる。
「ま、待て! 話し合い! 話し合いをしよう!」
「今、ここで、この状況で、ならいいけど?」
「くっ!!」
逃げようとしていることぐらいお見通しだ。
「さぁ、大人しくこれを食べなさい!!」
「だから待てって! 俺はチョコレート恐怖症なんd――ふぐっ!?」
何か言いかけていた大介だが、クラスメイト達はそれを無視して口にチョコレートを押し込む。
最後に私が、高級チョコレートを口に含んで咀嚼し、接吻にて口移しを実行する。
「こっちから要望には応えるのが当たり前なんでしょ? ゆっくりと味わって食べてね?」
満面の笑みでそう告げた私だったが、しかし大介には届かなかった。
大介は白眼を向いて気絶していたのだ。
「――あっ」
そして思い出す。大介が何を言いかけていたのか。
「……チョコレート恐怖症ってマジだったんだ」
しんっと無音の音が聞こえる。周囲を見回してみると、これどうすんの、という空気が漂っていた。
「よし、これにて復讐は完了! 解散!」
私はそう言って、笑って誤魔化した。まぁ、いいだろう、アレルギーという訳でもないし。
全員がいなくなったのを薄目で確認してから俺、金堂寺大介は起き上がる。
「……ふぅ、好きな奴からの積極的なキスを頂きましたっと」
神奈のことは何でも分かる。行動の予想も出来る。なんて言ったって、幼馴染みであり、初恋の人であり、想い人なのだから。――気絶の振りは、流石にしんどかったが。
それはさておき、最後の締め――つまりは語り部を任されたのだから、一言ぐらいは意味あり気な言葉を残さなければならないのだろう。いや、むしろそれを最後にこの話を終えることにしよう。
今に至るまでの全てを総括して一言。口の周りに付いたチョコレートを舌で舐めとって、満面の笑みを見せる。
「あぁ、チョコレートは怖いなぁ……」
僕はお金が怖いですね。