蒼穹のファフナー Benediction   作:F20C

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さてさて、今回から暫くの間、予告しておりました
後日談、After Daysを進めていきます。

今回はシュウ視点のみでございます。

皆様からブラックコーヒーが美味しくなるようなというリクエストを頂いておりましたので
頑張っていきますよ。

はい、頑張りますとも(黒笑)





HEAVEN AND EARTH ~後日談~
After Days - 悪夢 Ⅰ-


分かっていたつもりだった。戦いが終わったからといって、生き残れたからといって、全てが丸く収まったわけではないのだと。

心に生まれた傷は、ゆっくりと、しかし確実に広がり、俺にその現実を見せつけてくる。

目を逸らすなと、決して消えはしないのだと、逃しはしないのだと。

逃げるつもりはなかった、しかし、どこまでも追いかけてくるその傷は確実に人の精神を、心を蝕んでいく。

 

 

であれば、俺が見ているこの夢もまた、その一端だということなのだろう。

 

 

周囲は真っ暗、外なのか屋内なのかも分からない。

けれど、数メートル先に佇んでいる姉ちゃんの後ろ姿だけはハッキリ見えていて、同じように立ち尽くす俺自身の体もよく見える。

 

一瞬、俺に視線を向けた姉ちゃんの表情からは何の感情も読み取れない。

視線を戻し、再び俺に後ろ姿のみを見せる姉ちゃんは、そのまま俺を残して歩いて行く。

 

俺はそれを必死に追うが、足に重りでも付いているように体がうまく動かせない。

姉ちゃんとの距離はどんどん開き、その姿が見えなくなるまでそう時間は掛からなかった。

息が上がる、腹部と右目に激痛が走り、その場に蹲りそうになるのを必死にこらえて走る。

 

果たして、俺は姿が見えなくなっていた姉ちゃんに追いついた。

いや、追いついたという表現が正しいのか、少し怪しいところだった。

 

姉ちゃんは、倒れていた。

血を流し、自身の血だまりの中で倒れていたのだ。

『姉ちゃん!』と、声を上げて駆け寄る俺だが、倒れている姉ちゃんの背後に見えた巨大な影にその足が止まってしまう。

禍々しい悪魔的なフォルム、マークニヒトが俺達を見下ろすように、そこに存在していた。

 

 

気が付けば、俺はファフナーに、マークツヴァイに乗っている。

目の前には、マークニヒトが俺の動きを待つかのように静かに鎮座しており、ツヴァイとニヒトの間には姉ちゃんが倒れたままだ。

 

空中に飛翔するツヴァイとニヒト、手にはいつの間にかルガーランスが二振り装備されており、ニヒトも同様にランスを装備した状態で俺に襲い掛かってくる。

2度、3度と切り結ぶように激突した後、マークニヒトがルガーランスの刀身を展開してプラズマエネルギーを放出する。

暴力的な光の奔流を辛うじて躱し、俺はリディルを展開。

全方向からの射撃を以て、ニヒトを追い込み、右腕、左腕、右足、左足に格闘モードに変形させたリディルを突き刺し、ニヒトを蝶の標本のように貼り付けにする。

 

咆哮を上げながら、ニヒトに迫るマークツヴァイ()はルガーランスを躊躇いなく突き出し、ニヒトの胸に突き刺す。

リディルによって両手足の自由を奪われたニヒトは必死にもがこうとするが、今回は俺のほうが早かった。

ルガーランスの刀身を展開し、さっきのお返しと言わんばかりにプラズマエネルギーを解き放つ。

ニヒトのそれ程ではないが、まばゆい光の奔流がニヒトのコアを焼き尽くしていく。

 

コアが完全に消失すると同時に、ニヒトはその抵抗を止め、同化結晶のようなものに包まれ、消え去る。

ファフナーのコクピット内で肩で息をしながらそれを目の当たりにした俺は、呼吸を整えることに専念する。

 

それと同時に俺は自分自身の表情が『喜び』の感情に染まっていることを感じた。

敵を打ち倒し、自身の生存権を勝ち取った満足感、闘争の中にあって初めて得られる稀有な充足感に自分自身の心が満たされていたのだ。

 

戦いに、闘争に、戦争に、俺は確かな充実と自分の価値の感じていた。

 

 

 

しかし、視線を下に、姉ちゃんの倒れている方に向ければ、その充足感も一瞬で吹き飛んでしまう。

そんな俺の心を見透かしたように、血まみれの姉ちゃんが俺を見る。

ファフナーのコクピット越しの筈にもかかわらず、確かに視線を交わしている感覚があった。

 

そして血にまみれた姉ちゃんは口を開いてこう呟く。

この夢は、その繰り返し、まさに連続する地獄だった。

 

 

『痛い……痛いよ、シュウくん……』

 

『助けて……シュウくん……助けて……』

 

『どうして私の事、助けてくれなかったの……?』

 

 

そして今日もまた、俺はこの夢を見て壊れていく。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「……っ!? はぁっ…はぁっ……!!」

 

 

目を覚ませば、そこは自分の家の自分の部屋、ベッドから見える見慣れた天井が俺を見下ろしている。

壁にかけられた時計を見れば、時間は深夜2時を指している。

ベッドに入った時間が1時前だったことを考えれば、1時間ほどしか眠っていない。

 

加えて、眠ったと言ってもその睡眠の質は最底辺もいいところ。

夢の中同様、肩で息をしてしまっており、背中は汗でぐっしょりと濡れている。

今すぐ服を脱ぎ捨てて着替えたい衝動にかられてしまう。

 

 

「っぐ…!?」

 

 

が、その衝動も、右目を刺すように襲う痛みによって、一瞬で霧散してしまう。

神経に針を直接刺し込まれたような鋭く、奥に響く痛みに、思わず手で右目を抑えてしまう。

激痛には波があり、押しては寄せを繰り返す内に小さくはなるが、その時間はさっきまで見ていた夢同様、地獄にも等しかった。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

痛みが引いていくのを感じながら、俺は右目にやっていた手を下ろし、窓に写った自分の右目を見る。

黒い瞳の左目とは対照的に、碧い色を宿した右目。

2ヶ月ほど前の戦い、第二次蒼穹作戦の中で、マークニヒトの攻撃によって受けた傷によって使い物にならなくなった右目の代わりをしてくれている義眼だ。

 

その目に映るのは、元々収まっていた右目で捉えることができていたものと同じ、いや使い方によっては、それ以上のものを見せてくれる。

しかしながら、遠見先生にも言われたことだが、義眼が馴染むまでにはそれなりの時間がかかるという。

しばらくはこの激痛と付き合っていかねばならないと説明は受けたし、分かってはいた。

 

だがしかし、右目の痛みに耐えるだけならまだしも、まさかこんな悪夢をほぼ毎日のように見るようになり、満足に眠ることも出来なくなる事までは予想出来ていなかった。

 

そして何より、夢の内容が、俺にとっては最悪以外の何物でもないことが、俺の神経を逆撫でた。

 

 

「クソッ……!!」

 

 

布団に拳を叩き込み、服を着替えることも諦めてベッドに再度横になる。

最早眠れる気はしないし、眠ったとしてもまたあの夢を見ることになるのだろうと思うと、気持ちはどんどん重くなっていく。

 

どうせなら、芹の夢を見たい。

夢見が悪い時は同じことばかりを考えているような気がするが、それが素直な思いだった。

 

そんなことを考えながら、俺は今日も眠れない夜を明かしていく。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

乾いた、それでいて重厚感の篭った音が隔離された空間内に響く。

銃を撃つことによって生まれるそれは、音を吸収する素材で出来ている射撃訓練室の壁に飲み込まれ、外に漏れることはない。

スライドストップが掛かった銃から空になったマガジンを外し、新しいマガジンに入れ替えスライドストップを下げる。

実際の戦闘では空になるまで撃ってから交換すると、このスライドストップ下げる動作が余計に入るため、全弾撃ち尽くす前にマガジンを交換するほうがいいのだろうが、撃つことに集中しすぎてしまうと残弾数にまで気を配れない。

 

銃の扱いに慣れた人であればそんなことは絶対にあり得ないのだろうが、日が浅い俺ではこんなものなのだろう。

 

 

ここはアルヴィスにある射撃訓練用の施設。

学校は暫くの間リハビリのために休むことになっており、今日も午後を過ぎる辺りまで遠見先生に付き合ってもらいながらリハビリに励んでいた。

俺が目を覚まして2ヶ月程が経ち、歩くことはもちろん日常生活に不便することはなくなりつつある。

来週辺りからは、週に何度かの頻度ではあるが通学を再開することも出来るそうだ。

 

そんな俺が、午後のリハビリプログラムを消化した後、この射撃訓練施設に足を運ぶようになったのは1週間ほど前。

銃の扱いは一通り溝口さんから教えてもらったが、初めて撃ってみた時の感想は思ったより衝撃が小さいというものだった。

映画や映像作品の中では、肩が外れるとか体が後ろに飛ぶなど、俺のような虚弱体質な人間にはとても撃てそうにもないものだというイメージだったが、そこは過去の話ということか。

衝撃吸収機構の進歩の恩恵をふんだんに取り入れた銃は、少ししびれをもたらしはするものの、俺でも撃てるレベルだった。

俺が撃てるのだから、遠見先輩もたまに訓練として射撃訓練をしているのだと言われても納得できた。

 

 

「……もう一度……さっきの着弾結果から弾道を再計測……」

 

 

俺が熱心に行っているのは、義眼の慣らしとでも言えばいいのか。

義眼と視神経の繋がりは日に日に、それなりの痛みを伴いながらではあるものの進んでいる。

痛みも日が進むにつれてマシになっていくだろうと言われているし、我慢するのは今だけだ。

 

それとは別に、義眼になったからこそ出来る、言ってしまえば義眼のオプション機能の性能テストのようなものをしているわけだ。

この義眼は元を辿れば医療目的ではなく、軍事目的、視力を失ったパイロットが継続してファフナーに乗れるようにするために作られたもの。

必然的に、より戦術的優位性を高めるための機能も盛り込まれることになった。

 

今の俺の右目の可視領域には、弾道の計測結果や補正値など、まるでファフナーのコクピットディスプレイに表示されるような情報が映し出されている。

生身の左目とは、全く異なる違う世界が見えている。

 

 

再計測された結果を踏まえ、再度照準を絞って銃のトリガーを引く。

再度響いた乾きと重厚さを伴った音と共に、銃口の先にある仮想標的の急所に弾丸が着弾する。

 

続けて2発目、3発目と連続でトリガーを引いても、結果は僅かな誤差が出る程度。

優秀な機械の助けがあってのことだと思うとやや情けないかもしれないが、性能テストの結果としては文句のつけようもない。

 

 

「痛っつ……!」

 

 

しかし、やはりまだまだ慣らしの段階。

連続して弾道の計測などを続けていると、視神経への負担が蓄積していき、今の俺のように目を抑えてうずくまりそうになる羽目になる。

 

銃のセーフティーをONにし、防音のためにつけていたイヤーパッドを外す。

そのまま後ろにあるベンチに腰掛けると、痛みが引くまでの間、しばらくジッとしている。

この動作も、先週から何回目になるのだろうか。

 

 

「熱心なのは良いことだけどよ、病み上がりの体で無理してっと酷い目に遭うぜ?」

 

「溝口さん……」

 

「慣らしにしてもやり過ぎだ、次は視神経そのものが使い物にならなくなるかもしれん」

 

 

そんな俺の姿を見て、射撃訓練室の戸口で腕組みをしながら溝口さんが俺にそう言ってくる。

銃の扱いを教えて欲しいと頼んで以来、こうして様子を見に来てくれるところに、面倒見の良さを感じる。

流石にここまで言われてしまっては、今日はこれ以上の訓練をする訳にはいかない。

痛みが引いたところで、俺はマガジンや薬莢を片付けていくことにした。

 

 

「何かしてないと……落ち着かなくて」

 

「ふむ……その寝不足から来てそうな疲れ顔も、それに関係してるってとこか?」

 

「……遠見先生もそうですけど、そこまで分かりやすいですかね」

 

「なに、今のお前さんとおんなじような顔したやつを、俺も遠見先生も腐るほど見てきてる、単なる慣れだ慣れ」

 

 

そう言いながら、溝口さんは缶ジュースを投げ渡してくれる。

一言お礼を言った後、プルタブを起こして中身を仰ぐとスポーツドリンク特有の味が口に広がり、失った水分を取り戻しているような感覚を覚える。

 

ジュースを少し飲み進めた後、俺は視線はそのままに、溝口さんに遠見先生にしたのとほぼ同じ話をする。

 

 

「最近、眠れなくて……嫌な夢を毎晩見るんです」

 

「どんな夢だ?」

 

「姉ちゃんが俺を責める夢……あと、マークツヴァイに乗って、マークニヒトと何度も何度も戦う夢……です」

 

 

馬鹿馬鹿しい夢だと自分に言い聞かせても、夢は俺を追い、責め立てるようにほぼ毎日続いている。

睡眠不足が重なれば、それは表面上にハッキリと出てくるもので、当然のように毎日顔を合わせている遠見先生の目にも止まるところだった。

こうして溝口さんに見咎められるのも、ある意味では必然だったということだろう。

 

 

「………遠見先生は、その話を聞いて、なんて言ってた?」

 

「PTSDだと……」

 

「ま、そう来るだろうな……人間同士でドンパチやってた時代から、新兵、ベテラン関係なくそうなってきた奴を大勢見てきた」

 

 

溝口さんは、いつも携帯しているアルミ製のボトルを手に、壁に背を預けながら俺の話を聞くとそう言った。

遠見先生の診断は、PTSD・心的外傷後ストレス障害というものだった。

強い精神的衝撃、ストレスを受けた為に精神的に傷を負うことで発症する心の病だと説明を受けた。

 

 

「毎日毎日、ファフナーで戦う夢を見て、あり得ない姉ちゃんの夢を見て……でも、夢の中で俺は戦うことで、敵を倒すことで心が満たされるんです」

 

「今のこの平和な時間は、苦痛か?」

 

「……正直、分からないんです。でも、何かが足りないと…そう思う自分が心の何処か居て……最低ですよ俺は。あれだけ辛い戦いだったのに、姉ちゃんを失って、芹も失いそうになった戦いが終わってホントならそこで切り替えないといけないのに」

 

「確かに、この島の戦いは一旦は終わったかもしれん……が、お前さんの心はまだ戦場を、戦場での興奮を忘れられない……か」

 

「銃の訓練も、気持ちの上では義眼の慣らしですけど……多分、心の何処かで『少しでもあの世界の近くにあるもの』に触れたかったのかもしれない……そう思うだけで、自分にイライラして」

 

 

溝口さんには、無意識の内に少し突っ込んだ内容まで話してしまっていた。

人間同士でも戦ったことのある人なら、俺なんかよりもずっと長く戦いに身を置いていた人なら、何か今の俺を何とかする方法を教えてもらえるかもしれないと、そんな打算が心のどこかにあったのかもしれない。

 

そんな気持ちを抑えきれず、俺は藁にもすがる思いで溝口さんに尋ねてみた。

 

 

「溝口さん、さっき言ってましたよね。俺みたいになったやつを大勢見てきたって。、その人達はどうなりました?どうしたら、元に……戻りましたか?」

 

「………戦場を忘れられずに日常に帰れなくなった奴らの末路は、総じて悲惨なもんだった。延々と淡々と戦争をする装置になってぽっくり逝っちまうか……あるいは」

 

「……あるいは?」

 

「生きることに耐え切れなくなって、自分で自分を殺しちまうんだ」

 

 

ボトルの中身を仰ぎながらそう話す溝口さんの様子を見て、何を思い出しているのかなど俺には想像もつかない。

しかし、大人たちが見てきた世界が、いや過去だけでなく現在の外の世界がどれだけ壮絶なものなのか、それを匂わせるだけの何かは伝わってくる。

竜宮島という限られた楽園しか知らない俺達の世代にとって、ファフナーやフェストゥムという存在を知ってもなお、それはまだ世界の現状のほんの一部分でしか無いのだ。

 

しかし、俺にとっては溝口さんの答えは、背筋に冷水を入れられたようなものだった。

決して楽観的な答えを期待していたつもりではない……が、どこかで明るい何かが見えるのではと思っていたのか。

 

と、そんな俺の深刻そうな表情を見つつ、溝口さんは続ける。

 

 

「ま、そう思い詰めんな。お前さん達をそうさせないようにするのも、俺達の仕事だ」

 

「え…」

 

「俺達大人が始めざるを得なかった戦いにお前さん達子供を巻き込んで、挙句ファフナーに乗せちまってる。それに対する責任は絶対に取らなきゃならん。でなきゃ今までに居なくなっていった奴らに顔向けが出来ん」

 

「………」

 

「俺たち大人は、フェストゥムとの戦いじゃ直接的には役に立てん……が、ファフナーから降りた後のお前さんたちを守るのは俺達の仕事で生き甲斐だ」

 

 

そう話す溝口さんは、いつも『楽園』で遠見先輩たちに見せているおちゃらけたそれではなく、一人の『大人』としての顔だった。

以前遠見先輩から聞いたが、いざという時は凄く頼りになる人という遠見先輩の談がより真実味を増したような気がする。

 

いや、溝口さんだけではなく、この島の大人たちという方が正しいだろう。

外の世界はどうか知らないけれど、少なくともこの島の大人たちはそうなのだと。

 

 

「さぁて、精神的に疲れている修哉に出来る、抜群に効く最初の治療方法を教えてやろうかね」

 

「そんなのあるんですか?」

 

「おうよ、簡単な話だ。ほれ、そこでずっとお前を待っててくれてる嫁さんにたっぷり甘えるところから始めてみな」

 

「え?」

 

 

と、溝口さんの言葉と視線に乗せられ、目線を射撃訓練室の扉に向けると、そこには。

 

 

「あ、えと……その……」

 

「芹……?」

 

「学校……終わったから……会いたくなって……」

 

 

恥ずかしいのかもじもじと、いじらしい所作を見せつつ顔を赤らめている芹の姿が、そこにはあった。

慌てて溝口さんの方に視線を向けると、素知らぬ顔でボトルの中身を仰いでいる。

多分、いや間違いなく芹がすぐそこに居ることを分かった上で、さっきのような言い方をしたのだろう。

 

あぁもう、頼りになると見なおした途端にこれだ……本人はお茶目のつもりなんだろうが……いや、こういう可愛らしい芹の姿を見ることが出来たということは寧ろ讃えるべきところなのか……。

い、いやいや惑わされるな俺!

 

 

「いいか、修哉? 今のお前に何よりも必要なのは、遠慮なく心を預けられる相手だ。その点、お前さんは恵まれてんじゃねーの」

 

「そ、それは…まぁ…って言うか、溝口さん!嫁とか言うのやめてくださいってば!まだ違います!」

 

「ほほう、『まだ』……ねぇ? てことはその意志はあると……あー、熱い熱い、おじさん熱中症にでもかかっちゃったかなぁ~」

 

「ぐぬぬ…!」

 

「嫁……あぅ……」

 

 

我ながら、なんとベタベタな展開に引っかかってしまっているのか。

だー、もう! ほら芹がまた更に顔赤くして俯いちゃったし……! 可愛いなぁ……いやそうじゃなくて。

少し前なら芹も一緒になって反論してくれてたけど、最近の芹はこういう弄りに弱くなったというか、耐性が無くなったというか。

『ただの幼馴染』で無くなった事による変化の一つだと思うと、芹が俺にとって特別な人になったんだという実感を持たせてくれる……のだが、今みたいな弄りに俺が全力対応することになるわけで。

 

いっその事、もう俺も開き直ってしまったほうが楽なんじゃないだろうかと思ったりもしたが……ダメだ、ヘタレな俺では3日と保たない。

 

 

「じゃ、じゃあ俺行きますから!……明日からは、ここに来る時間は減らします」

 

「おう、それがいい。さぁ、行った行った、女をあんまり待たせるもんじゃないぜ」

 

「い、言われなくても…!」

 

 

手をぷらぷらとさせ、『さっさと行け』と言わんばかりのジェスチャーを俺に送る溝口さんに軽く一礼し、俺は顔を真っ赤にしたままあたふたしている芹の手をとって射撃訓練室を後にした。

 

溝口さんなりの気の使い方なんだろうけど……確実に実益を兼ねてるんだろうな…娯楽的な意味合いで。

と、そんなことを考えながら、勢いで握ってしまった芹の手の体温にまたドキドキしながら、俺達は黙々と歩いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

人間、関係性が変化すると、今までなんとなくしていた行動や仕草までもが違って見える、感じるものだ。

世界が変わる…とまで言うのはやや大げさに過ぎるかもしれないが、少なくとも俺にとっては手に感じる芹の体温が、そして距離感が全く違うものに感じていた。

手を繋ぐ。子供の頃は何気ない、それこそ当たり前の動作で、この前の夏祭りの際に繋いだときは確かにドキドキはしていたが、それの意味するところを理解していなかった。

 

物事は理解しているかしていないかで、感じ方が全く異なってしまうのだと、俺は実体験を以ってそれを感じていた。

 

 

「また……からかわれちゃったね」

 

「だな……これは多分、慣れることはないだろうな……」

 

「嫌ってわけじゃないけど、やっぱりまだ照れちゃうよ……」

 

「あー…さっきも顔真っ赤だったしな、りんごみたいに」

 

「む…シュウばっかり余裕ありそうな感じなのがムカつく……シュウも一緒に恥ずかしがってよ」

 

「そんなこと言われましても」

 

 

自分でも結構照れていたつもりではいたが、芹的にはまだまだ足りていないらしい。

プクーっと頬を可愛らしく膨らませながら抗議してくる芹に困った声でそう返しながら、俺達はアルヴィスからの帰路についていた。

 

歩くことも落ちた体力を取り戻すための訓練……と言うのは名目で、本当は芹と一緒に帰って、少しでも長く一緒にいたいというのが本音だ。

学校終わりで、わざわざ俺を迎えに来るあたり、芹も同じ気持ちだと理解していいのだろうか。

 

 

「……この前、私に話してくれた夢の話してたの?」

 

「……あぁ、正直笑い話にもならないような夢だけど……何とかしたいのは事実だったから、ちょっと相談」

 

「そっか…」

 

 

そう話す芹の手が僅かに、俺の手を握る力を強くする。

実のところ、夢の話を真っ先に相談したのは芹だった……というか、初めてあの夢を見た次の日に、何かあったのだと見破られ、話さざるを得なかったといったほうが正しいか。

俺、芹に隠し事なんて出来ないんじゃないだろうかと、そんな小さな確信を得た日でもある。

 

昔なら俺の方から『なんでもないから気にするな』とピシャリと終わらせていたのだが、『話してくれるよね?』という無言の圧力を芹から感じたのと、俺自身聞いて欲しかったと思っていたのだろう、するすると喋ってしまったというわけだ。

 

 

「ダメだよな……芹も広登たちも…もう日常生活に戻ってるってのに……俺だけまだ戦いたがってるみたいで、まるで平和に退屈してるみたいだ……」

 

「シュウ……」

 

「自分のメンタルがここまで弱いなんて……思いもしなかった……」

 

「仕方ないよ……絵理さんもいなくなって、死ぬかもしれない状態に長い時間置かれて……多分、シュウの心はもう疲れ切っちゃってるはずだから」

 

 

芹の言うとおり、姉ちゃんを亡くしたことと、死を意識し続ける状態に長く居たことが過度なストレスになったことは事実だろう。

加えて、ファフナーに搭乗している際、俺には変性意識が見られなかった。

戦っている時の自分と、そうでない時の自分を使い分けることが出来ない分、精神的な負担を全て引き受けることになってしまったのだと、遠見先生にも言われた。

 

変性意識はある種の心の防壁だと教わったが、言ってみれば俺はノーガードで戦い続けていたのだ。

ファフナーでの戦闘以外の追加ストレスにも耐え切っただけ偉いと言われたが、やはり心の何処かで情けないと思う自分がいる。

 

 

「一騎先輩は…俺みたいにはならなかったのに……」

 

「一騎先輩は一騎先輩、シュウはシュウ、事情も背景も違うんだから」

 

「そうなんだろうけどさ……どうしたって自分が情けなく思えるんだよ」

 

 

俺の愚痴っぽいつぶやきにそう言ってくれる芹だが、自分が守るんだと決めた相手に慰められるのはどうなんだと思ってしまう。

いや、これがさっき溝口さんが言っていたことなんだろうか……。

先の戦いから、少しずつ自分を変えてこれたかと思うが、一朝一夕でどうにかなるものではない。

心を預けられる相手、それは俺にとっては芹であることは間違いないのだが、どうすれば心を預けることになるのか…今の俺にはいまいちピンとこない。

 

そんなことを考えている俺の意識を引き戻すように、芹が俺の手を握ったまま、俺を正面に捉えるためか前に出る。

 

 

「いいよ、情けなくたって。頼りになり過ぎるシュウは、なんかヤダ」

 

「いやでも……それは」

 

「シュウは、私が居ないとダメなんだからって、そう思われてるくらいで丁度いいの」

 

「んー……」

 

「だからね? ほらほら、ご主人様に何かを訴えかけるような視線の子犬みたいに、私の保護欲を刺激してくれないと」

 

「俺は犬なのか」

 

 

そんな返事をしながらも、俺のことを真っ直ぐ見ながら、さっきいじられた時とは打って変わって、臆面もなくそんなことを言ってくる芹に、今度は俺が赤面してしまう。

あぁ駄目だ、子供の頃のあのストレートな感情のぶつけ方を思い出した芹には勝てる気がしない。

 

なんでそんなに嬉しそうに、『情けなくていい』とか言うのか。

そんなことを言われたら、際限なく芹に甘えてしまいそうな自分がいて、少し怖い。

アクセルをベタ踏みしたい自分と、それを躊躇わせる自分、新しい俺と旧い俺がせめぎ合っているのだ。

 

 

「シュウは甘えるのが下手だから……まだ難しいかもしれないけど、私には遠慮しないで弱いところ見せて欲しい」

 

「ま、まぁ……努力する」

 

「うん……私も一緒に頑張る」

 

 

照れながらそう返した俺に満足したのか、芹は再び俺の隣へと戻ってくる。

最近はこの位置と距離感が当たり前になりつつあって、誰も居ないのが少し物足りなく感じてしまうことがある。

 

四六時中一緒にいる……と言うのは、今は難しい。

そ、それこそ……溝口さんの言うような……つまり、『そういうこと』を真剣に考えてなければ……ということだ。

 

 

「……でね?それとちょっと関係有ることなんだけど……シュウに相談があって…」

 

「うん? 相談って言うとどんなことだ?」

 

「えと……その…あのね……もし、良かったらなんだけど……えっと……」

 

「?」

 

 

さっきとは違い、妙に歯切れの悪い芹に、俺は首を傾げてしまう。

よっぽどの覚悟が必要な、重い相談内容なのだろうか……であれば、なんとしても力になりたいとは思う。

けれど、芹の様子からは重篤な内容である雰囲気は感じられない、というか、さっき弄られた時みたいにもじもじし始めている。

 

あぁもう、可愛いなぁとかお花畑な事を考えつつ、芹の言葉の続きを待つ。

 

 

「ご、ごめん!! やっぱ今のナシ!!」

 

「え?」

 

「いや、ナシっていうか、ちょっとタンマ! また今度話すから…」

 

「いいのか?大事なことなら早いほうが…」

 

「今 度 話 す か ら !」

 

「い、イエス・マム…」

 

 

真っ赤な顔で、それもすごい勢いでピシャリと言い切られてしまい、二の句を継げなくなってしまう。

まぁ、本人がこう言っているわけだし、しばらく待ってみることにしよう。

本当に重要な事であれば、近い内に話をしてくれるだろう。

 

 

と、そんなことを考えている内に、見慣れた俺の家の玄関の前にまで着いてしまっていた。

時間の流れ方は状況によって変わると言うが、ここまで早いとはと、自分の現金さに少し笑ってしまう。

 

 

「着いちゃったね……」

 

「…いや、芹の家まで送るよ」

 

「……ダメダメ、気持ちは嬉しいけど、シュウはまだ病み上がりなんだから」

 

「いやでも」

 

「ダーメ、また明日会いに来るから。それに、来週からはたまになら学校来れるんだよね? それからならもっと一緒の時間も増えるし」

 

「………分かった」

 

 

もっと一緒にいたいという本心は芹も伝わっていた……が、芹の言うとおり無理をしていてはまた回復に時間が掛る事になるかもしれない。

芹の言うことは正しい、ここで無理すれば、それこそ元も子もない。

 

しかし、俺にとってはそれよりももっと重要な、怖さを感じることがあった。

 

 

「……じゃあ、私帰るね…」

 

「あぁ、気を付けてな」

 

「うん……」

 

 

と、別れの挨拶をしながらも繋いだ手が中々離れてくれない。

俺からも、芹からも手を離そうという意志が感じられない。

俺は言うに及ばす、芹もまた、もっと一緒にいたいと思ってくれているということが、言葉抜きにして伝わってくることが嬉しく感じられる。

 

自然に見つめ合う形になり、お互いにお互いの瞳から目が離せなくなってしまう。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

気が付けば、お互いの顔と顔の位置がどんどん近づいていいっている。

時間の経過と共に1センチ、2センチと徐々に距離が縮まり、あと数秒もすれば0になるだろう。

 

芹が岩戸に入る前に、俺にしてくれたあの時以来、『それ』はしていなかった。

特に理由はない……が、言ってしまえばどちらも踏ん切りが付かなったからとでも言えばいいのか。

あの時は命懸けの状況が続いていたからこそ、勢いがついて出来てしまったのかもしれないが、今は妙な緊張があって中々前に進めなかった。

 

けれど、今この時は、熱に浮かされたような、今まで我慢してきた何かが切れそうになって、前と同じような勢いがついてしまったというか。

 

しかし、その勢いは、頭に響いた声によってかき消されてしまう。

 

 

【ーーーどうして私の事、助けてくれなかったの……?】

 

 

「っ…!」

 

「あ…」

 

 

その声に、俺は一瞬で我に返る。

汗が吹き出し、呼吸が乱れてしまっている。

心臓も芹相手にドキドキとしていた、いい意味での高鳴りではなく、恐怖と衝撃に支配された音に変貌する。

 

あと少しというところで中断してしまったことに、芹は戸惑いの表情を隠せない様子だった。

 

 

「シュウ……? どうしたの?」

 

「いや……ちょっと、ちょっと疲れたみたいだ…悪い……」

 

「う ううん……私の方こそゴメン、ちょっと流されそうになっちゃって。そうだよね、シュウ頑張ってるし疲れてるよね……」

 

「ごめん…」

 

「いいよ、また……その、次の機会にちゃんとしようね」

 

「あぁ…」

 

 

少ししょんぼりしつつ、何でも無いように見せるためにそう言う芹に、心の中で悪いと思いつつ、途中でやめてしまったことの理由を言えないでいた。

心配をかけたくないという理由も心の底ではあったのかもしれないが、『頭に響いた姉ちゃんの声』を理由にしたくなかった。

それを俺の口から言ってしまえば、俺は自分を許せなくなる。

 

自分の精神的な問題を、全て姉ちゃんに押し付けるようなことは断じて許せなかった。

 

 

「じゃ、じゃあ……私帰るね…!」

 

「あぁ、また…明日な」

 

「うん、明日…ね」

 

 

2度目の別れの挨拶。

それだけ言うと、芹は少し名残惜しそうな表情を見せたあと、パタパタと走って行ってしまった。

小さくなっていく芹の背中を見送りながら、嫌な汗と心臓の音が落ち着いていくのを待つ。

 

頭も冷えていき、思考が冷静になっていく。

俺が、いや俺と芹が何をしようとしていたのかを理解すると同時に、理由はどうあれ、それを途中で止めてしまったことに激しい後悔を感じていた。

けれど、あの瞬間、体が自分のものでなくなったように感じた。

これも、俺の精神的な傷が影響しているものだと思うと、芹に対して後ろめたさにも似た感情が生まれる。

 

 

「一緒にいてくれって……言えばよかったかな……いや、それは流石に我儘が過ぎるか」

 

 

言ってしまえば、多分芹は家に帰らずに一緒に居てくれるだろう。

でも、芹には帰りを待ってくれている家族がいる、それを邪魔するのは……気が引けた。

いくら芹が甘えてくれていいと言っても、それはダメだと、心の中でブレーキを踏んでしまった。

 

 

「はぁ…確かに、芹の言うとおり、俺は甘えるのが下手だよ」

 

 

自分自身に悪態をつきながら、小さくため息をついたあと、俺は家に入ることにする。

もう芹は行ってしまった、つまり俺は一人だ。

 

 

「ただいまー」

 

 

ドアを開け、一戸建ての一人で住むには広すぎる家の玄関に入る。

今までなら、姉ちゃんがいれば『おかえり、シュウくん』と俺を迎えてくれる声が返ってくる。返ってきていたのだ。

 

けれど、もうその声を聞くことは二度と無い、もう二度とだ。

 

芹ともっと一緒に居たがった理由、もちろんそれは好き合う相手との時間を求めるという素直な気持ちが根底にある。

しかし、それと同時に、俺は怖かったのだ。

誰もいないこの家に帰るのが、一人になるのが、一人になってまたあの夢を見るのが怖くて仕方なかったのだ。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 

 

 

そうして俺は、またあの夢を見て壊れていく。

 

 




>芹「いいよ、また……その、次の機会にちゃんとしようね」

このセリフにエロさを感じた人、先生怒らないから手を上げなさい。



・シュウの射撃訓練
エグゾダスで真矢が弓子先生から銃を渡されていた際に、訓練を受けているなどのお話をしていたので、
多分こういう施設は用意されているんじゃないかと。
シュウの扱っている銃はオーソドックスなオートマチックタイプのハンドガンです。
モデルは・・・皆様のお好きな銃で。



・シュウの右目
義眼を入れたことで、射撃の際の弾道補正などもしてくれるように。
義眼キャラ=強キャラという私の方程式に則り、エグゾダスに向けてパワーアップしてもらいますよ。
彼には芹ちゃんを守ってもらわないとなんで。
他にもできることはありますが、小出しで行きます。
なお、女性のスリーサイズの計測も可能な模様……つまり、分かるね?
(なお、シュウは芹ちゃんのスリーサイズのみ機械無しで分かるそうです、とんだ変態ですね)


・シュウの心の病
戦いは終わりましたが、過度のストレスなどのせいでPTSD発症しています。
悪夢や幻聴、不眠などに悩まされている模様。
加えて、日常生活に戻りきれず、心の奥底の欲求としてファフナーに乗っていた時の闘争を忘れられない様子。
これらのお陰で芹ちゃんとのチューは延期に。


・芹との帰り道
オテテツナイデオカエリデスヨ
なお、本人たちは気が付いていませんが、その様子は道中の島民の目にバッチリ写ってます。
周りが見えていないって怖い。
ですが、この時間がシュウにとっての唯一の癒やしタイム。


・芹からの相談
言いかけてやめてしまいましたが、これは次回分かります。


・シュウの甘えスキル
低いです。
人に自分から色々と相談するようになっただけマシになったと思ってください。
昔なら絶対自分の口から漏らすことなかったです。



次回は芹ちゃん視点メインで行ければと思ってます。
ではでは。。。





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