俺の災厄な日々   作:ラキスタリ

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◆0日目◆

「さあ、賭けた賭けた! 今回の倍率は八:二で赤が有利! そこの兄ちゃん、大穴狙ってみないか!?」

 

 賭博屋が擦り切れた声を張り上げ、

 

「凄い熱気だね!」

「そりゃもう決闘

デュエル

だもん! 見るっきゃないでしょ!」

「――ま、このご時世だ。他に娯楽なんてないしな!」

 

 男女を問わない観客の声が沸く。

 いくつかのスポットライトに照らされ、鋼鉄の壁で四方を囲まれたアリーナ。

 数百名もの観客が狂ったように歓声をあげ、アリーナの中央へと視線を向けている。

 その視線の先にあるのは、二つの人影。

 ギラつく欲望に晒されたコロッセオに、己が肉体に命を託した剣闘士が引き摺り出されていた。

 

『うおおおおぉぉぉおおおおぉぉ!!!!!』

 

 地が、天が割れんばかりの歓声が上がる。

 

「いけ!」

「殺せ!」

「食らい尽せ!」

 

 そんな、お世辞にも上品とは言えないような声が飛び交う中、二人の戦士たちがお互いの生存を賭けて戦い、殺しあう――。ここは、そういう場所だった。

 さて。視線をたった二人だけの戦場へと向けてみよう。

 ……先の賭博屋が言っていた通り、戦局は赤が優勢のまま進んでいた。逃げ惑う青を、赤のマシンガンが追い続ける。

 逆転の可能性は――ない。

 

『決まったぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 案の定と言ったところか。赤のマシンガンが唸りを上げ、青の胴体を蜂の巣にした。

 だが、戦いはまだ終わらない。

 続けさまに放たれた弾丸が、青の顔を、腕を、足を――その全てを貫いていく。

 休むことなく飛び散る鮮血。終わりなき銃弾に、死のダンスを踊らされ続ける青。あれじゃ、生きてはいるまい。

 賭け金をふいにした者、儲けた者の歓声が入り交じって響き渡る。

 血と汗の臭いを嗅ぎながら、俺はアリーナを後にした……。

 

 

 

 

 

 『アークリンデ』。

 千年戦争の末期、この星を救った一人の英雄の名前だと聞いた。

 その武勇は一度に百を相手にしても引けを取らず、その智謀は絶望的な戦局であっても、逆転の一手を引き出してくる……。そんな、万夫不当の存在だったらしい。

 いやはや、天才っていうのは存在するものなんだな。非才の身としては羨ましい限りだ。

 ……そしてそれは、その英雄の名を冠して作られたこの街の名前でもある。

 

「千年戦争、か……」

 

 戦争――――そう、『千年戦争』だ。

 この大銀河を二分する、二つの軍事同盟による戦い。

 そもそも、何故戦争が始まったのか? ……その答えを知る者はいない。

 そんな記録など、戦争の最中に焼けて消えてしまった。

 ……だというのに、この戦争は千年も続いたのだ。

 いや。

 焼けて消えたのは、記録だけではない。

 人も、大地も、星も、文明も。考え付く全ての物が、戦争の炎の中へと消えてしまった。

 それでも戦いは終わらない。お互いがお互いに戦力を投入し、泥沼どころか底なし沼のような戦いが続き……。

 実に千年もの時間をかけた、その長きに渡る戦いは、ある日、あっさりと終わりを告げた。

 喪われたモノは数知れず。得たモノなど何もなく。残ったモノはかつての栄華を失った俺達という、最低最悪の戦争だ。

 ――さて、ここからが問題なんだが……、戦争が終わったとくれば、当然、兵士になど用はない。

 用済みだ。もっと言えば、お払い箱。

 激戦を潜り抜けてきた兵士たちは、二束三文の金を握らされて、次々と軍から追い出されていった。

 ……俺も、そうして軍を追い出された一人だ。

 停戦から半年後、俺はこのアークリンデの街へと流れ着いていた。

 軍隊生活で溜め込んだ給料は、もう残っていない。

 ここまで来るのに使い果たしてしまったんだ。まあ、人が生きていく以上、金はかかる。維持費も馬鹿にならないんだ。……仕方がないだろう?

 ……とにかく。今の俺は文無し、宿無し、職無しと、最悪のワルツを踊っている。果たして明日まで生きていられるかどうか……。――明後日? そんな先のことはわからない。

 だが、いざ働こうにも、そんな軍人くずれを雇ってくれるような場所などこの御時世には無かった。

 加えて、残念なことに闇の世界で狡猾に立ち回れるほど、俺の頭は賢く出来ていなかった。

 ――結局、俺のような野郎が行き着く先といったら――、

 

『What is your name?』

 

 モニタに、文字が映し出されている。

 気が遠くなるほどの遥か昔。俺達人類が最初に生まれたといわれている地球で使われていたらしい言葉。

 それは現代に至っても尚、こうして使われていて、今は俺に名前を問いかけてきている。

 一応、文字は書けるつもりだ。

 モニタに直に触れ、自分の名前を指で書き綴る。

 

『Nix Reily』

 

『ニクス・ライリー』……。それが俺の名前だ。とっくの昔に両方くたばってしまったが、産みの親の話によると、勇敢だとか勝利だとかの意味が名前に込められている……らしい。なんともうさんくさい話だが。

 ――自分の名前を書き終わった俺は、質問文の隣に映し出されている『Enter』の文字を軽くワンタッチ。

 これで、手続きは終わりだ。

 余計な審査などこの後には控えていない。自分の名前と年齢をこうして打ち込むだけで、俺は仕事を手に入れることができるのだ。

 先の試合が行われていた、アリーナの姿が窓に映る。

 

 ……明日からは、俺もあそこで働く(戦う)ことになる。

 

 決闘者

デュエリスト

――。それが、戦場

あそこ

で戦う者に付けられる名前だ。

 審査も何も一切なし。幾らかのデータを記入すれば、それだけで即採用。収入も、この御時世にしては破格のお値段。

 その分、危険は付き纏う。失敗すれば死に繋がる、まさに最低のお仕事というヤツだ。

 自分の命を賭けて互いに殺しあえ、なんていう悪魔の契約を、俺は結んでしまったというわけ。

 

 ――救いようのない奴だ……。

 

 こちらへ歩み寄ってくる足音を聞きつつ、俺は密かに溜息をついた。

 

 

 ――結局、俺のような野郎が行き着く先といったら――、何処まで行っても戦場というわけだ。


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