キリトってスプリガンなんだよね~?

 あれ~? にしてはスプリガンの領主ってみないな? キリトあれだけ好き勝手やっているんだからヒトことぐらい声掛けに来るもんだと思うんだけど?

 シルフとケットシーの領主だす前にスプリガンの領主だそうよ~。

 そう思った作者が描いた、完全悪ふざけ影妖精領主様。

 出会いは最悪。敵は最強。はたしてキリトの無敗伝説に原作では文字通り影に――すらなれなかった哀れな領主は泥を塗ることができるのかっ!?

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連載書かずに何やってんだといわれそうですが……だって書きたかったんだもん!?


すごいぞつよいぞすぷりがん!!

 ここはALO(アルヴヘイムオンライン)内スプリガン領。

 

 このゲーム内では不遇な種族として知られる人気がヒジョーに低い彼らであっても、一応それなりの数のプレイヤーたちがこの領で過ごしていた。

 

 そんな彼らを束ねるためには当然彼らを統括、支配する領主が必要なわけだが……。

 

「あんのバカ領主がぁああああああああああああ!! いったいどこに消えやがったぁあああああああああ!!」

 

 無数の遺跡を見ることができる巨大な領主官邸内の領主室で、一人の女性プレイヤーがいきり立った様子で怒鳴り声をあげていた。

 

 黒く長い髪を後ろで束ねた、オタクの間では《生粋の武士娘》などと揶揄されているスプリガンのトッププレイヤーにして剣士――チャチャ。優秀な人材が非常に少ないスプリガンの領で大将軍といういいかげんな名前の地位を与えられ、近接部隊・遠距離部隊の統括を一人でしている才女(まぁ、悪く言えば彼女以外隊長を務められるような人材がいなかったため両方押し付けられてしまっただけだが……)だ。

 

「あはははは……。お部屋に書置きすらなかったですからね~。まったくも~前からちゃんと『外出するときは『いつ・どこで・なにを?』をちゃんと書いた書置き置いておくように!!』と、言っているのに~」

 

 そんな小学生に向かって行うような注意を領主に向かって平然としているのは、サラサラの短い黒髪を揺らした眼鏡をかけたおっとりとした男性。

 

 スプリガン領の宰相――すなわち内政面を一手に引き受ける(こちらの人材不足なため彼が全部の仕事をこなしている)人物で、領主いわく『お前マジ天才だな!! おかげで俺が遊びほうけていられるよ!!』と常日頃から言われているメイジ職――マーリン・ツヴァイ。取りたかった名前が既に人にとられていたため後ろに数字を入れなくてはならなくなった不遇な人。

 

「そ、それで……どうしましょう? ウィンディーネが持ちかけてきた同盟については……」

 

 最後に発言したのは気弱そうな顔を、チャチャの怒鳴り声によって泣きそうな風にゆがめた一人の女性プレイヤー。

 

 領主が、彼女と他の種族の友人が仲よさそうに話しているのを見かけて「よし、お前今日から外務省大臣ね?」と、勝手に大抜擢してもう目が回るような忙しさで他種族の領と自分の領を行ったり来たりする羽目になったスプリガン領の中で最も不遇な人として知られる、偵察――クノイチ。

 

 最近は他種族の領へ向かうのにダンジョンを通ってショートカットするようになったため、この三人の中で最近一番成長した優秀なプレイヤーだったりする。

 

 とはいえ、今重要なのはこの三人の話ではない。

 

「も~!! しらないしらないしらないもん!! あのバカが勝手に責任取ればいいんだもん!! 返事遅れて同盟組めなくなったらあのバカの首差し出せばいいでしょ!!」

 

「あの、チャチャ……素に戻っていますよ?」

 

「あと、領主様の首差し出しちゃさすがにだめかと……」

 

 現在領主室をもぬけの殻にして煙のように掻き消えたしまった、スプリガン領領主様が今回のお話の主人公だ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 時と場所は移ろい、ルグルー回廊出口付近。

 

 断崖絶壁の山の中腹あたりに設置されたちょっと変わったその出口から、

 

「ふ~。そこそこ稼げたな~」

 

 隠行(ハイディング)のさらに上位のスキル透明化(インビジブル)を解いたスプリガンがアイテムストレージを覗いてにやにや笑いながら現れた。

 

 大方ルグルーに潜って鉱石の採取やお宝さがしでもしていたのだと思われる彼は、自分の今回の獲物たちを見て満足げに頷く。

 

「さ~て、もっかいもぐって町まで行くか。せっかくの戦利品さばかないと……。あぁ~でもそろそろ帰らないと領民権がな……でも帰るとチャチャたちがうるさそうだし。いや、インビジブルを使いながら入ったら問題ない……か?」

 

 最近あいつらやたらと索敵スキル上げ始めたからな……。まぁ、明らかに俺対策なんだけど……。と、内心で最近急成長をし始めた側近たちにため息をつきつつ、彼は再び踵を返し暗いダンジョンの中へと戻ろうとした。

 

 その時!

 

「ん?」

 

「「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」

 

 ダンジョン内部からとんでもない絶叫とともに、何かが走ってこちらに向かってくる。

 

「おいおい!? 何々何々なに!?」

 

 こう見えて意外と臆病な彼は慌てて呪文を唱えて姿を隠す。

 

 透明化は上位魔法のため詠唱が長い。彼の実力をもってすれば発動ができないわけではないが、あまり確実な手段とは言えない。

 

 そのため彼は発見されにくくなるだけの《隠行(ハイディング)》を発動させ、物陰へと身を隠した。

 

 その選択肢が誤りとも知らずに……。

 

「え?」

 

 初めに現れたのは、金髪で胸の大きなシルフを抱えて洞窟内を失踪してきたスプリガン。この種族を選ぶ人間は意外と少ないため隠れた彼は大半のスプリガンと顔見知りだが、走ってきたスプリガンの顔は見たことがなかった。おそらく最近になってこのゲームを始めた新人なのだろうとあたりをつける。

 

 彼らは別に問題ではない。いや、おそらく彼女と思われるシルフをお姫様抱っこしながら疾走する姿に、隠れた彼は思わず舌打ちを漏らすが、まぁいい。爆発しろとは思うが、青春の疾走程度ならちょっと自分を驚かせたことなど許してあげるつもりだった。

 

 問題なのは、彼の後ろについてきた者たちだった。

 

「…………おいおいおいおいおいおい!? 新人とはいえこりゃいかんでしょうがぁああああああああああ!?」

 

 モンスターモンスターモンスターモンスター!! モンスターの大軍!!

 

 明らかに悪質なPK行為。トレインと呼ばれるMPK(モンスタープレイヤーキル)――アンチマナー行為だった。

 

 俺を狙った!? なんで? あんなさびれた領もぎ取ったところで大したうまみなんてないだろ!? と、領にいる三人が聞けば激怒して襲い掛かってきそうなとんでもないセリフを内心で吐きながら、隠れた彼は慌てたようすで、穴から飛び出そうとするが、

 

「とぶぞ!」

 

 完全に彼に気づいた様子を見せないスプリガンとシルフのカップルのほうが先に洞窟から飛び出していた……。

 

 当然そうなると、モンスターたちのターゲットは、

 

「げっ!?」

 

 急激に動いたことによってハイディングが解けてしまった隠れ身の彼の集まるわけで……。

 

「ははははははは……あんのルーキー……」

 

 殺す。絶対殺す。

 

 自分にいらん手間をかけたルーキーに現実の厳しさを教えることを固く誓った彼は、とりあえず自分に向かって襲い掛かってくるモンスターたちに向かって腰に差した剣を構える。

 

 構えた剣はレプラコーンの友人に作ってもらった日本人のロマン《日本刀》。このゲームに入って以来無数の素材と努力によって鍛え上げられた彼の愛刀だ。名前を《黒刀・夜鷹》。その名の通り、影妖精にふさわしいつや消しが塗られた漆黒の刀身を持つ刀だ。その刀をふるい、

 

「よっと」

 

 初めに襲い掛かってきたエイプ型モンスターの首を一刀のもとにはねとばす。

 

 切られた場所が場所なためクルティカル判定と、もとより圧倒的にレベルが違うことによる大ダメージを受けたエイプたちは一撃でポリゴンへと変換され、ほんの少しのアイテムを彼のストレージに落とし霧散した。

 

「さて、一応領主なんてやらせてもらっているからな。お前らごときに負けるとちょっと領で待ってるあの三人が煩いんだわ」

 

 そういいながら、隠れた彼――スプリガン内にて最強……いや、おそらくその気になればサラマンダー領にユージーンとすら互角なんじゃないかな~と自らうそぶく……もとい、側近たちから言われている(らしい)男――自称《幻影剣士》クロノは、へらへら笑いながら、

 

「ヘイル・アル・トル……」

 

 呪文を詠唱しつつ、漆黒の刀をふるった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 というわけで、一応領主職につける程度には強かったクロノはあっさりとトレインされたモンスターたちを一蹴し、あの不届き者をぶっ殺すために追跡(ストーキング)スキルを使って、あのバカップル二人を追いかけたのだが……。

 

「なんか、すごいバトってます……」

 

 シルフとケットシーやサラマンダーの大軍とかち会っただけでは飽き足らず、サラマンダー軍を率いていたトッププレイヤーユージーン将軍と激突しているっぽい不届きものを発見してしまい、慌てて透明化で姿を隠したのだった。

 

 いや、こう見えても一応領主ですし? 殺されるとわりとシャレにならない被害がうちの領にににににに……。

 

 そんなことになれば当然のごとく、領で待っているあの三人がとんでもないことになるわけで……。

 

「おれ……生きて現実に帰れるかな」

 

 その言葉がわりとシャレにならない程度にはキレたら危ない連中だった……。

 

 そんなことをしているうちに、どうやら決着がついたらしい。驚くべきことにあの不届き者が勝ってしまった……。

 

 お前そんなに強いんだったら最初から正々堂々と俺にケンカ売れよ……と、思わず思ってしまうクロノ。

 

 まぁ、彼とてここまで来たら大体何が起こったのかは察していた。

 

 大方、シルフとケットシーの同盟を阻むアーンド領主撃破の恩恵を受けようとしたサラマンダーを止めるために、彼女のほうが戦おうとしたが「ヘイハニー。ハニーの危機を僕が放っておくわけないじゃないか!!」とかいってあのスプリガンが奮起。彼女からもらった愛剣を片手に持った二刀流を使うことによって、愛の力で最強プレイヤーを撃破したのだろう。

 

 つまり、あのトレイン行為は完全な事故。少年は多分クロノにモンスターを押し付けてしまったことすらしならいはずだ。

 

 はいはいワロスワロス。ちくしょう……リア充なんて爆発すればいいんだ。と、内心で凄まじい僻みを発揮しながら、クロノは透明化したまま黙って立ち上がる。

 

 まぁ、事情は分かったけどやっぱトレインはよくないでしょ新人君。ついでにいうと美人領主二人に抱き着かれるのもよくないでしょ新人君。君の彼女があからさまな嫉妬をしているのもよくないでしょ新人君。

 

 まぁ、つまり何が言いたいのかというと……リア充爆発させてもいいよね?

 

 自分の内心でそう結論を出したクロノは、足音を完全に殺し、遠慮なく美人領主二人に抱き着かれている不届きものを急襲するべく、透明化したまま刀を引き抜き新人君の背後へとまわり、

 

「死ねやゴルァアアアアアアアアアアアア!!」

 

「おっと」

 

 本心むき出しな最低なセリフを叫びながら、遠慮なく刀を振り下ろした!

 

 しかし、相手もユージーンを撃退した強者。どいうわけかシステム的に音を立てない限り絶対に見つからない透明化を叫ぶ前から見切っていたといわんばかりに、余裕のある態度で刀の一撃を躱す。

 

「なん……だと!?」

 

「いや……驚いているところすまないが、何やってるんだクロノ?」

 

「相変わらず神出鬼没な奴だにゃ……」

 

 おまえ、どこの漫画だよ!? と思わず愕然とするクロノに、以前領主として会っていたサクヤとアリシャがあきれたような顔をして視線を向けている。どうやら全力で絶叫したことにより透明化がばれてしまったらしい。

 

 仕方なくクロノは透明化を解き不機嫌そうな顔をさらす。

 

「えっと……だれ?」

 

「キリトくん……君スプリガンなのに何で知らないの?」

 

 そんな彼女たちをしり目に大きく首をかしげる新人君ことキリトに、シルフの彼女――よくよくみれば《疾風》と名高いシルフの上位プレイヤーのリーファちゃんだっ――が呆れた風な声を上げる。

 

「彼はスプリガン領の領主。《世界一仕事しない領主》のクロノさんじゃない」

 

「おっと、その二つ名は非常に不本意だぜリーファ嬢!! ぶっちゃけ事実だけどそれ言うのホント辞めて、そう呼ばれるたびにうちの《三公》の視線が厳しくなってくんの!?」

 

 側近たちの二つ名を告げつつ、それでも剣を収めようとしないクロノにキリトは思わず首をかしげる、

 

「あの、それはわかったんですけど……なんで剣おさめてくれないんですか?」

 

「決まっているだろルーキー……」

 

 ルーキーという言葉に何か嫌な思い入れでもあるのか《ばれた!?》といわんばかりにキリトは顔を引きつらせるがクロノにとってそんなことは今はわりとどうでもいいので、軽く無視して本題を告げる、

 

「一人の男がそんなにたくさん美女をはべらせちゃだめだと思います、ちくしょぉおおおおおおおおお!! お前ちょっと俺にもおすそ分けしろよ!!」

 

 瞬間、サクヤ・アリシャ・リーファから鋭い魔法が飛びクロノの体をかすめ通り過ぎていく。

 

「そんな戯言を言いにここに来たのか?」

 

「そういえば私たちが襲われた時助けてくれなかったにゃ~」

 

「クロノさん、ここであなたを倒せば私たちにスプリガン領主撃破特典が入ること理解していますよね?」

 

 旗色が悪い……本能的どころかもう完全に現実で思い知らされた彼は、冷や汗を流しながら両手を上げる。

 

「まて、早まるな! ほんのちょっとした軽い、ウィットにとんだジョークじゃないか!? 本題は他にあるんだ!!」

 

 先ほどのセリフはわりと本気だったのだが、涙を呑んで見送ることにする。

 

「こいつが俺に向かってトレイン行為を働いたんだ!! 領主としてアンチマナー行為を見逃すわけにはいかない。ただでさえ『スプリガンとか(笑)』とか言われているうちの領の評判がさらに下がるだろうがっ!!」

 

「「あぁああああああああああああああ!?」」

 

 思い当たる節どころかむしろ思い当たる所しかないキリトとリーファは思わずそう絶叫し顔を青くする。

 

「え、え……も、もしかしてあの場に?」

 

「うん。なんか変な絶叫聞こえてきたから慌てて隠行で隠れてたんだよ」

 

「俺の索敵スキルに引っかからないとかどんなレベルまで上げているんだ……」

 

「ん? お前ルーキーだよな」

 

「し、知る人ぞ知るソロプレイヤーです!!」

 

「ん~。スプリガンの顔は大体覚えているんだけど、お前は見たことないんだよな……」

 

 だらだら冷や汗を流しながら必死に目をそらすキリトに何だか釈然としないものを感じつつ、とにかく! と、クロノは話を続ける。

 

「というかお前、一応まだうちの領に登録されているから領を捨てたわけでもないんだろ? そんな奴のアンチマナー行為を見過ごすわけにはいかない。領主として厳しい裁量を取る必要がある」

 

 領主権限として使える領民の名前検索の画面を開き、キリトの名前を打ち込むクロノ。ゲームを始めたとき、プレイヤーは自動的に選んだ種族の領に所属させられる。自分の領からシステム的に脱退するには領主の許可か、領主からの追放宣告が必要だったりする。当然キリトはそんな手続していないため、名前はしっかりとスプリガン領に残っているわけで……。

 

「とはいえ、今回はシルフとケットシー領主に恩を売れる結果にもなったわけだし? ぶっちゃけウィンディーネとの同盟はわりと真剣に進めつつあるから、本決まりになったらこっちにも同盟の話にもって来ようかな~と思っていたわけよ。それをブラフとはいえ言ってくれたことで俺のめんどくさいお仕事も減ったから、頭ごなしに攻めるつもりはない」

 

「ふつうそういうことは私たちがいないところで話さないか?」

 

「俺、何事も正直なことが美点だから」

 

「美点が行き過ぎて欠点に代わっているにゃ」

 

 この領主二名……わりと酷いことを言うとクロノはちょっとだけ落ち込みながら、キリトを睨みつけた。

 

「というわけで、一週間ほどうちの領での謹慎を言い渡したいんだけど……どうだろうか?」

 

「っ!?」

 

 キリトはそのセリフに思わず目を見開き、リーファは「あちゃー」といわんばかりに額を抑えた。

 

 対するサクヤとアリシャもキリトを気に入ったとはいえ、アンチマナー行為を領主という立場から見逃すこともできず、助けてもらったことを感謝しつつ「すまないな。私達が口を出すと内政干渉になるんだ。だが、かなり減刑されているぞ?」「クロノのめい一杯の優しさだにゃ」と一応のフォローを入れていた。

 

 《謹慎》というのはとあるプレイヤーを一定期間、領内の中から出ることをできなくする領主が持つ罰則の一つだ。これを喰らったプレイヤーは領から出ることができなくなり、スキル上げやPKを楽しむこのゲームで大きな後れを取ることになる。

 

 といっても、領内でも潜れないダンジョンがないわけでもないし極論してしまえば、謹慎期間中はゲームにダイブせず、ほかのゲームをして暇をつぶしても構わない。ぶっちゃけ罰則としてはかなりゆるい部類に入るものなのだが……。

 

 キリトにとっては、その罰則は致命傷だった。

 

「っ……断らせてもらえないでしょうか?」

 

「あぁ?」

 

 キリトの必死の懇願に、クロノの声が瞬く間に氷点下に下がりサクヤとアリシャが驚いたように目を見開いた。

 

「俺、どうしても世界樹に上らないといけないんです……罰ならその後に必ず受けますから、どうか」

 

 見逃してください!

 

 と、キリトは必死に頼み込んだ。

 

 クロノも一応男である。そのセリフをねじりだしたキリトの瞳に譲れない信念が宿っていることはちゃんと察してやれていた。

 

 だが、彼は領主だった。ゲームないとはいえかなりの人数の名声を左右する場所に立つ王だった。

 

 だから彼はキリトを見逃すことができない。

 

 もとより弱小の領だ。気にする名声などないに等しい。だからこそ彼は常々領民たちにこう語っている。

 

「自由であれ、自由な妖精であれ。人として正しい行いをする限り俺がお前たちを守ってやる」と。

 

 だがしかし、彼が提唱する《自由》とは『何をしてもいい』ということではない。だから、

 

「剣を抜け、キリト」

 

 クロノはそういい、自分の漆黒の愛刀を鞘から抜き放つ。

 

「アンチマナーを行いました。だけど罰は受けたくありません。そんな道理が通るわけないだろ。あそこにいたのがあのモンスター群を切る抜けられる俺だからよかったものの、ほかのやつらが巻き込まれていたらお前は同じセリフが言えるのか?」

 

「ごめ~ん巻き込んじゃった~。でもシルフとケットシーの領主を守るためだから仕方ないよね? なんて、本気で言えるのか?」

 

「人をなめるのも大概にしろよルーキー。俺が領民に与えている自由は、テメーの事情で左右されるような安いものじゃねーんだよ。それでもお前が法を曲げたいというのなら」

 

「法を司るこの俺を、打ち倒して押し通しな」

 

 のちにキリトはこう語る。今まで自分が戦った敵の中で、あの男が最も巨大な何かを背負っていた。

 

 あの時戦ったのは、正しく王であったと。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ユージーンに引き続き、種族最強と名高い領主との二連戦。さすがのキリトもこれにはちょっと危機感を覚えないわけでもなかった。

 

 だが、

 

「負けるつもりはないけどね……」

 

 彼には立ち止まれない理由があった。救わなければならない少女がいた。そのためなら彼は、

 

「王にだって、喧嘩を売って見せるさ」

 

 その言葉と同時に、キリトはリーファから再び借り受けた剣とこの世界での愛剣を片手に一つずつ持ち、二刀流のかまえをとる。

 

 そして、

 

「じゃ、始めるか」

 

 キリトが異形の構えをとるのを見た瞬間、クロノは信じられないほど軽い声音でそうつぶやき、

 

 瞬きする間すら与えずキリトの眼前に出現した!!

 

「っ!?」

 

 明らかに自分以上の速度で接近してきたクロノに愕然とするキリト。なんだ!? どんなAGI(アジリティ)してやがるコイツ!? と、キリトが内心で度肝を抜かれながら、長年の戦いの経験をもちい反射的に眼前に現れたクロノを叩き斬った時だった。

 

「キリトくん!! ちがう、それ《影身(フェイクシルエット)》だよっ!!」

 

「っ!?」

 

「はい、まず一撃」

 

 瞬間、キリトが切り捨てたはずのクロノの姿がまるで蜃気楼のように掻き消え、キリトの体の横方向から飛んできた蹴りが、キリトを勢い良く吹き飛ばした。

 

「がっ!?」

 

 突然の事態に驚きながらも、羽を動かし何とか空中で体勢を立て直すキリトに、

 

「いいセンスしてんな。天才じゃねお前?」

 

 と、先ほどキリトがいた場所の左方向に透明化を解いて立っていたクロノはキリトの才能をほめながらも機械的詠唱を済ませ、影魔法基礎攻撃の弾丸《シャドーボール》ぶっ放した。

 

 もとよりホーミング機能も何もない直線に飛ぶだけのただの魔力の塊だ。速度もそこそこ早い程度でキリトにとってはよけるのはたやすい攻撃。

 

 だからキリトは余裕をもってその攻撃をかわし、ユージーンの時のように一気にけりをつけようと急速下降の突撃をクロノに向かって敢行しようとした。が、

 

「なっ!?」

 

 キリトが攻撃をかわす間に空へと登っていたクロノが、キリトに向かって剣を構えた突撃をすでに行っていた。

 

 四人に分身して!!

 

「そんな魔法までありかよ!?」

 

「「「「なるほど、キリト。ユージーンを打倒した君は確かに強いんだろう。剣術においてあいつはこの世界ではトップクラスの実力者。俺だって剣を片手にあいつとガチンコ勝負するのはさすがに遠慮したいしな」」」」

 

 だがなぁ……。と、四つの同じ声で合唱しながら一斉に襲い掛かってくるクロノを、キリトはSAOで鍛えた冴えわたる剣技によって何とかしのぎ切る。しかし、

 

「ここは《剣と魔法(・・)の世界》だ。ド素人」

 

 後ろから聞こえてきた最後の攻撃は、よけきることはできなかった。

 

「なっ!?」

 

 慌てて振り返り二刀で背後にいる敵を切り倒そうとしたキリト。しかし、クロノの声は無慈悲にも、

 

「ざんねん。《幻聴(ダミーボイス)》だ。幻影剣士の名前なめんじゃねーよ」

 

「っ!?」

 

 キリトが先ほどまで向いていた、正面から聞こえてきた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「キリトくんっ!?」

 

 ユージーンの時とは違う、一方的体を漆黒の刀で貫かれたキリトの姿にリーファは思わず悲鳴を上げた。

 

「まずいな……完全にあいつの術中にはまっている」

 

「本気出したクロノは怖いからにゃ~。もとより領主になる前のあいつの呼び名は《ダミーマスター》だしにゃ……。キリトクンとは相性が悪すぎるにゃ」

 

 先ほどとは様相が異なる試合展開を見ていた領主二人も、スプリガン領領主の強さを思い出し思わず歯噛みした。

 

「あ、あの人そんなに強いんですか!? シグルドたちは『ただの昼行灯だ』っていっていたのに!?」

 

「あぁ、シグルドはあいつのガチバトル見たことないしな。確か最後にあいつが本気出したのはいつだった?」

 

「ユージーンがサラマンダーの将軍になって『ベータテスター最強殿にお手合わせ願いたい!!』とか言って決闘申し込んだ時じゃなかったかにゃ? 結局本人が望む戦いはできなくてドローになったんだけどにゃ」

 

「え!? ベータテスター最強!?」

 

 今のクロノからは信じられない豪勢な称号にリーファが驚く中、サクヤとアリシャは苦笑交じりにクロノについて教えてくれた。

 

「あぁ。だが、ユージーンとして決闘は満足いくものじゃなかっただろうな。何せあいつは《本物の魔法剣士》だ。詠唱しながら戦闘ができる唯一の男」

 

「キリトくんみたいに気持ちのいい剣劇の応酬はできなかったみたいだからにゃ……。そりゃユージーンにも不満はたまるにゃ」

 

「魔法剣士って、そんなまねできるの!?」

 

 いや、リーファ自体も魔法剣士みたいなものなので、その言葉自体に驚くところはない。問題なのは《本物の》がつくところだ。

 

 いままでALOをプレイしてきた人間ならだれもが知っていることだが「動きながら魔法を詠唱する」というのはひどく難易度が高い所業だったりする。なにせこの世界の魔法システムは、詠唱が途切れれば即座に魔法は暴発(ファンブル)し、発動しなくなる。そんな厳しい魔法詠唱システムの中での呪文詠唱を、確実に呼吸が乱れる近接戦闘戦中に行うのはリスクが高すぎる。実際魔法剣士に分類されるリーファですら、剣をふるいながら魔法の詠唱など行ったりはしない。飛行中か、もしくは足を止め魔法を詠唱しなければ魔法の発動率が1割を切ってしまうからだ。

 

 そして、なにより、

 

「初級呪文だって発動させるのに結構な量の呪文詠唱しないといけないのよ!? クロノさんがさっきから使っている《幻影系》の中級呪文なんて、詠唱しきる前に暴発するわ!!」

 

 リーファが戦闘を行いながら魔法を使うことの最大の難関を上げると同時に、キリトは慌てた様子で羽を動かし必死にクロノから距離を取る。

 

 だが、

 

「っ!?」

 

 クロノの姿が再び眼前に出現。今度もフェイクシルエットだと思ったキリトは、いらだち交じりに幻影を突っ切ろうと突撃を開始し、

 

「残念。本物だ」

 

「っ!?」

 

 幻影ではない肉声が出現したクロノから響き渡り、無防備な突撃体制をとったキリトの体に情け容赦ないクロノの剣閃が突き立つ!

 

 その光景を見ていたリーファは、

 

「……」

 

 再び信じられないといった様子で絶句していた。しかし、今度はキリトが斬られたことに対してではない。

 

 先ほどクロノが魔法を発動させた際に空中に映し出された、瞬時に文字が湧き消えるという通常なら考えられない速度の、魔法の発動モーションを見てリーファはそうなったのだ。

 

「気づいたか? そうだ、あいつは普通なら絶対にとらんあの死にスキルを習得しそれを完全にカンストしたのさ」

 

「普通なら口がついていかないはずなんだけどにゃ……。ホントあの詠唱の速度だけは誰にもマネできないにゃ……。あんだけ口が動くと凄いうんぬん以前に気持ち悪いにゃ」

 

 あきれきった声音で領主二人がクロノをけなす中、リーファはクロノが戦闘中に中級魔法である《ショートワープ》を使った理由を呟く。

 

「……《速効詠唱スキル》!?」

 

 詠唱時間の制限をなくし、限りなく早く詠唱を終わらせることができるようになる制限開放型のスキル。ただし、人間どれだけ頑張っても一定以上の速さで発声ができないため、レベルを三つも上げてしまえば人類の限界(笑)に到達してしまう完全な死にスキル。

 

 本当の意味でこれを使いこなせるのは《早口の達人》か、それこそ《本物の魔法使い》だけだと公式サイトで製作者が苦笑交じりに語ったバカスキル。

 

 そんなバカげたスキルをカンストしたバカな男が、

 

「どうした? でかい口叩いたわりにその程度かよ、ルーキー」

 

「ぐぁああああああ!?」

 

 SAO最強の剣士といわれた男のHPを一気にイエローへと突入させた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 まさか魔法を併用した剣士がここまで手ごわいとは……。と、キリトは内心で歯噛みしつつ再びクロノから距離を取るため全力で羽を動かす。

 

 先ほどからクロノがやっている連続の魔法使用の種についてはキリトは本能的に悟っていた。仮にもデスゲームのトッププレイヤーだ。その程度のゲーム勘は働く。

 

 だが、いまキリトが問題にしているのはそこじゃない。一番厄介なのは、

 

「右・右・ひっだりー……と思ったら下!!」

 

「ぐぁ!?」

 

 おそらくクロノが最も得意としていると思われる、スプリガンが得意とする魔法《幻影魔法》の猛威だった。

 

 もとよりキリトが戦い抜いたSAOの世界は剣がモノを言う世界だった。魔法じみたスキルを使う敵もいたにはいたが、直接五感にハッキングをかけて攻撃を《眩ませる》なんてまねをする完全に魔法使いをしている敵は存在しなかった。

 

 つまり、キリトにとってクロノの幻影による翻弄剣術はまさしく鬼門といっていいほどの天敵だった。SAOでの経験則が通じない。ボール系やサラマンダー部隊が使っていた攻撃系とは違い、軌道を描くエフェクトも発生しないため見て避けるということもできない。

 

 むしろ視覚に頼れば頼るほど、幻影魔法の術中にはまってしまう。

 

 何が最弱だよ!? めちゃくちゃ強いじゃないかスプリガン!?

 

 やっぱり俺の目に狂いはなかった! と、ちょっとだけこの種族を選んだ自分をほめるキリト。意外と余裕があるのかもしれなかった……。

 

 だが、そんな余裕もここまでだった。

 

「おらっ!!」

 

 今度は五人に分身し襲い掛かってくるクロノ。だが、先ほどのこの攻撃を受けた際にキリトは気づいていた。この五体のうち四体に実体はないと。

 

 おそらく攻撃軌道を惑わせるために作られたフェイクシルエットの上位版なのだろうとあたりとつけたキリトは多少攻撃がかするぐらいのギリギリの軌道でその幻影たちの突撃を喰らう。

 

 そして、

 

「っ!! そこか!」

 

 自分の服をかするように走った赤いダメージエフェクトを見切り、キリトは二刀の連続斬撃をダメージエフェクトを走らせた分身へと叩き込んだ!

 

「なっ!?」

 

 凄まじいまでのキリトの反応速度に、攻撃を喰らったシルエットは愕然とした様子で攻撃を喰らい、

 

「お、俺がやられても第二第三の俺が……」

 

 と、どういうわけかやたら間の抜けた声を上げながらHPを0にして消え去る。

 

「か、勝ったの……か」

 

 その光景に、ようやく安堵の息を漏らしキリトがだらりと剣を下げた時だった。

 

「キリトくん! まだよ! 下見て! 下っ!!」

 

「っ!?」

 

 リーファの絶叫にキリトが思わず下を向き、

 

「なっ!?」

 

 リーファ達の目の前に平然と立っていたクロノがニヤッと笑いながらキリトを見上げる。

 

「は~い。第二の俺で~す。ちなみに第三の俺も背後に控えているから覚悟しろよ? まぁぶっちゃけ今のやられたの《偽分身(ダミーシルエット)》っていう自立駆動するシステム的実体ありの分身なだけなんだけど。ちなみに伝説級呪文(レジェンダリースペル)だぞ? めったに使える奴いないんだぞ? ほめろ」

 

「勘弁しろよ……」

 

 キリトがもう泣きそうな顔でそうつぶやくのと同時に、キリトの視界の天地が瞬時に逆転する!

 

「なっ!?」

 

「幻魔法伝説級呪文(レジェンダリースペル)反転世界(リバース・ワールド)》ここではありとあらゆる事象が逆さまになる。気を付けろよ? 飛ぼうとしたら」

 

 瞬間、とりあえず飛んで逃げようとしたキリトの体が、

 

「ぐぁ!?」

 

 地面に叩き付けられる。

 

「落ちるぜ? ルーキー?」

 

 まぁ、一足遅かったが……。と、キリトに苦笑を浮かべ近づいてくるクロノを見て、キリトは必死に立ち上がろうとする。

 

 だが残念なことに上下左右の感覚がすべて逆になったこの世界で戦うにはキリトには経験が足りなさすぎた。なんとか立ち上がったはいいものの、すべての感覚が逆になりまともに動くことすらできない。その視界の端では、どうやら範囲技だったと思われるこの技をもろに食らった領主と側近、そしてリーファが気持ち悪さを少しでも軽減するため地面に倒れるようにペタリと張り付いている。

 

「俺思うんだけどさ……幻魔法のレイアウト作った製作者絶対一昔前の有名漫画《BLEACH》のファンだわ」

 

 苦しむキリトにわりとどうでもいいことを告げながら、クロノは高速詠唱を使ってもなお長めの詠唱を刻み締めくくる。

 

「その製作者さんに敬意を表し俺はこの魔法をこう呼んでいる。本当は違う名前なんだけど、なぁに、読みが一緒なら発動するし無問題!! いくぜ、清虫終式・閻魔蟋蟀(ブラックアウト)!!」

 

 瞬間、キリトの視界が闇に包まれ、

 

「んじゃま、死んでね?」

 

 一方的な蹂躙が開始される。

 

 感覚が逆になったうえに視界をふさがれたキリトにクロノの攻撃を止めるすべはなく、

 

 わりとあっさりとキリトはこの世界での初敗北を経験した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その数時間後、なんだかひどく疲れ切った顔で蝶の谷を出ていくキリトとリーファを見送り、ほくほく笑顔でシルフ・ケットシーとの同盟締結書を懐にしまったクロノに、サクヤは話しかけた。

 

「初めから見逃すつもりなら何もあんなに痛めつける必要はなかったんじゃないか?」

 

「何を言うサクヤ!! あんな天然女ったらし……一度痛めつけてやらないとモテない男代表である俺の気が……」

 

「「ん?」」

 

「かかかか、軽いウィットにとんだ冗談じゃないですかヤダなぁもう~」

 

 なんだか怖い笑顔を浮かべた美人領主二人の気迫の押されだらだら冷や汗をかきながら、わりと本音に近いセリフを泣く泣く冗談にするクロノ。そして、

 

「いや、でもやっぱりアンチマナー行為を罰しないわけにもいかないし……。でもあいつの目を見る限り絶対のっぴきならない事情があるみたいだしさ? それを邪魔するほど空気読めないわけでもないけど、やっぱり領主としては見逃せなくって……」

 

「で、結局『領主に対する反逆』のペナルティを加算してスプリガン領から正式追放したというわけか」

 

 そうすることによってキリトは本当の自由を手に入れることになる。領主は守ってくれない文字通り一匹狼のレネゲイドとして降格されたのだ。

 

「あぁ~どうしよ~。あんな即戦力を勝手に追放したなんて知られたらあいつらが何ていうか……」

 

「まぁそこらへんは普段不真面目なのがたたっているんだろ?」

 

「おとなしく怒られてくるんだにゃ~」

 

「なんなのお前ら? 人が空気読んで良いことしたんだからもうちょっとぐらい俺褒めてくれてもよくね?」

 

 冷たすぎる美人領主たちの言葉に大いにへこみながら、クロノは世界樹へと飛び立った二人の精霊の背中を見つめる。

 

「ん……まぁ、失態は戦いで返すか」

 

「お? ということは?」

 

「そっちもいいのかにゃ?」

 

「おいおい、俺が何のために仕事ほっぽり出してトレジャーハントなんて領主に似合わないまねしていると思ってんのよ?」

 

 クロノはそういうと先ほどまでの情けない顔を引っ込め不敵に笑いながらアイテムストレージを開く、

 

「チョ~ット現金化すると俺でも持ち歩くの怖いくらいの宝だ!! いや~これだけ集めるのに苦労したぜ」

 

「「おぉ~!!」」

 

 もとよりスプリガンはトレジャーハントにも特化した魔法を使える。そのトップである領主の本気がこれだった。

 

 もっとも、物欲センサーが働いて何度も悶えたりしていたりもするが……。

 

 それはともかく、今度は本気で感心したような声を上げる美人領主二人に鼻高々といった様子でクロノは胸を張った。

 

 そして、その後少し真面目な顔になり、

 

「ま、これでこっちの同盟も装備を整えられることになる。武装に関してはうちの隣のレプラコーンたちが請け負ってくれるらしいから全然問題ないしな」

 

 レジェンダリーとは言わなくとも、それに限りなく近い武装を作る名工部隊がクロノの戦利品が届くのを今か今かと待ち望んでいる。また、クロノが集めた物品の中には準レジェンダリー級と呼ばれる伝説の金属まで存在しており、それも使えばレジェンダリー級武装を作ることすら夢ではないかもしれなかった。

 

「時は来た……というところかな?」

 

「久しぶりに燃えてきたにゃ~」

 

 同じように不敵な笑みを浮かべる領主二人に、クロノも同じような笑みを返し背中を向ける。

 

「じゃぁな、お前ら。次合う時は世界樹で……だ」

 

「あぁ」

 

「期待してまっているにゃ~」

 

 領主二人の返事をしっかり聞き届けた後、クロノは自分の漆黒の羽を動かしすっかり日が暮れた夜の空へと飛翔を開始した。

 

 その間に手元でスキル画面を開いたクロノは、オンにしておいた『ボッチのほこり(ちゃくしんきょひ)』というあからさまにネタに走っているパッシブスキル切る。

 

 瞬間、

 

『こんのバカ領主っ!! いままでどこいってやがったぁあああああああああああああ!!』

 

 真っ黒な鏡が開くと同時に、怒髪天を衝く勢いで怒鳴りつけてきた武士娘にクロノは思わず苦笑を返した。

 

「どこってお前……領主のお仕事してたに決まってんじゃ~ん」

 

『寝言は……寝ていぇえええええええええええ!!』

 

 どうやらまともに会話できそうにないチャチャの様子に、クロノは苦笑を維持しつつも黒い鏡の角度をほんの少しだけ動かし、この術を使っているであろう術者のほうへと向ける。

 

「というわけでマーリン。金は集まった。いまから俺レプラコーンのところに行くからウィンディーネとの同盟の話、すすめといてくれ」

 

『はぁ、初めからそれ言ってくださいよ……。財宝集めなら財宝集めしているって、ちゃんとメモに書いておいてくださいよ。それなら僕たちもこんなに怒ることなかったのに』

 

『あ、あのあの……さっきアリシャさんから、なんか『同盟が……』どうとかこうとかっていう通信が入ったんですけど、もしかしてクロノさんなんかやりました?』

 

「あぁ。さっき締結しておいた。よろこべ、今回の攻略シルフとケットシーも仲間になってくれたぞ!!」

 

『な、何でそういうこと私通さず決めちゃうんですか!? 私外務省大臣している意味あるんですか!?』

 

 ちょっと泣きそうな顔で抗議してくるクノイチにクロノは若干閉口しながら、三人に告げる。

 

「まぁ、お説教は帰ってから聞くから後にしてくれ。それよりもだ……時は満ちたぞ? お前ら」

 

『『『……』』』

 

 クロノのその言葉に、三人の側近たちは沈黙しどことなくうずうずした様子を見せ始める。

 

「戦闘では使えない不遇な種族? スプリガン(笑)? そんな勘違いした奴らに、目にものみせてやるぞ、お前ら!」

 

『『『当然っ!!』』』

 

 威勢のいい側近たちの返答に、クロノは凶悪な笑みを浮かべる。

 

「目指すは世界樹攻略だ。あのいけすかねェ白騎士どもを、ぶちのめして先に進むぞ」

 

 仮想世界の月が優しくクロノの体を照らす。しかし、その光を飲み込む黒はとても苛烈で、とても楽しげな色を宿していた。



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