夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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寝て起きたら風邪は治ったみたいです。良かった。


その8:憎悪の輪1

 

 

「T……」

「……え?」

 

 なのはの目の前の金髪の少女が、祈るように言った。

その言葉の内容が信じられず、なのははその場に立ち尽くすようにしながら、その名に関わる事態を回想する。

 

 なのはは今、生涯で最も精神を不安定にしていた。

何故なら、なのはの生まれて初めての友達が、一番の親友が、行方不明になっているのだ。

Tと言う名の彼は、アリサやすずかと同じく、なのはにとって代え難い唯一無二の親友であった。

言動は脳からダース単位でネジが抜けているとしか思えない物だし、優しいと思えば突き放すような言動を取る気まぐれな所もある。

容姿も十人並みで、仕草も大人っぽく魅力的な時もあれば、同年代より一段幼いぐらいの時だってあった。

そんなTは、しかしそれでもなのはと強い絆で結ばれている。

なのはがなんだかんだいってTを嫌いになれないように、Tも結局なのはの事を同じぐらい好いているのだとなのはは信じていた。

 

 何より、なのはにとってTは自分を救ってくれたヒーローでもあったのだ。

幼い時分、なのはの父が大怪我をし、なのはの家族はなのはに構う余裕を無くした。

それでも僅かな時間を縫って必死になのはに構ってくれたのだが、幼いなのはは父が怪我したから自分が構ってもらえなくなったと言う事実関係を理解できなかったのだ。

なのはは、自分が良い子ではないから構ってもらえなくなったのだと信じた。

だから何事にも良い子でいなければならないという強迫観念に駆られ、なのはは何事も必死に我慢し、良い子を演じ続ける事になる。

 

 そんななのはは、詳しい事情は知らないが、時折昼間に隣の家に預けられる事になった。

そこで出会ったのが、Tである。

Tは、決してなのはに優しくはなかった。

なにせ気まぐれな少年である、優しくしたと思えば無視したり、泣かせたと思えば慰めたり、その行動は自由奔放の極地にあったのだ。

そんな少年だったので、Tは別になのはの精神を直接癒やしはしなかった。

けれどそんなTの自由な姿は、なのはに自分を縛る事への疑問を抱かせる事になる。

自分は良い子でいなければいけないけれど、良い子でなくとも平気で生きていられる子が居る。

その事実は、僅かながらなのはの心の慰めになった。

Tが居なければ、きっと自分は良い子になろうという強迫観念に縛られた、暗黒の幼年時代を送る事になっただろう。

そんな確信がなのはにはあった。

 

 Tは不思議な魅力を持つ少年であり、小学校に上がったなのはにできた友達とも、すぐに仲良くなる。

その事にちょっぴりの嫉妬を覚えながらも、なのははTに構い、構われ、時には無視され、時には遊ばれながら幼年時代を過ごした。

Tは、最早なのはにとって精神の半身とさえも言える程に、なのはの心を占めていた。

多分これからもずっとそうなのだろう、となのはは漠然と考えていた。

大人になっても、Tは何時も自由な背中を自分に見せてくれていて、ほんのちょっぴりの希望をくれるのだろうと。

 

 しかしTは行方不明になった。

アリサの家から帰る途中、通行人が山ほど居る道を通っていたと言うのに、消え去るようにその消息を絶ったのだと言う。

剣士である士郎も恭也も美由希もその捜索に関わったが、成果は芳しくなかった。

自分の無力さに後悔する家族の姿を、なのはは何度も目にしている。

 

 アリサは、号泣しながらなのはとすずかに謝った。

ごめんなさい、私が無理にでもたっちゃんを車で送らせていれば……。

そう言いながら涙を溢れさせるアリサを、なのはとすずかは2人で抱きしめ言った。

アリサちゃんは何も悪くない、と一言だけ。

それ以上は、心細さに今にも折れそうな2人の頭では考えつかなかった。

だから2人は、何度もその言葉を繰り返して言う事しかできなかったのであった。

 

 何より、なのはの頭の中には2人にはとてもいえない事実があった。

なのははTが行方不明になったと聞いて即日、ユーノに相談し魔法を使い、Tの魔力反応を海鳴全域から探ったのだ。

リンカーコアを持たないTの微細な魔力反応だ、一度では見落とす可能性もあった。

しかし、ジュエルシードの捜索を一旦止めて、1日中魔法を使い続けてもTの反応は見つからなかったのだ。

勿論、Tが海鳴の外に攫われた可能性はある。

しかしその事実そのものが残酷な結末の可能性を高めている事を悟ったなのはは、顔を真っ青にする他に何もできなかった。

 

 それでもなのはがジュエルシードを集めるのを辞めなかったのは、Tの言葉があったからだ。

なんでもTは、行方不明になる寸前に、自分が行方不明になってもなのはを無理やり温泉旅行に連れて行こう、と冗談交じりに話していたらしい。

なのはは、その事実に心打たれた。

そして余計にTが恋しくなり、しかしそれを振り払うようになのははジュエルシードの捜索に心を傾ける事になる。

Tが今のなのはを見ていたなら、自分にしかできない事をやれと言うだろう、となのはは思った。

ジュエルシードを封印する事は、町の皆を守る事に繋がる。

ただでさえTがいなくなっている今、アリサやすずかに万が一の事があれば、なのはは悔やんでも悔やみきれないだろう。

ジュエルシードの探索者、あの金髪の少女の事が気になる事も、ジュエルシードの探索へ拍車をかけた。

 

 しかし、Tの行方不明でなのはの行動は大幅に制約された。

少年誘拐犯が海鳴に居る可能性が高い今、なのはの外出は当然制限される事になった。

代わりにユーノが海鳴を探索し、ジュエルシードがあればなのはを巻き込んで封時結界を発動、なのはが飛行で対応するというのが現状の手段である。

即応性に問題のある手段だが、背に腹は代えられない。

しかし現状その方法で見つかったジュエルシードは1つも無かった。

 

 そのうちになのはは、ユーノに勧められた事もあり、またTの言葉を無駄にしないためにも、アリサとすずかとで温泉旅行に行く事にした。

決して明るい空気の旅行ではなく、大人は決行すべきか迷ったと言う。

なのはら3人は、それでもTの言葉があったから、と頭を下げ、旅行を願った。

最終的に折れた大人達は、必ず大人と一緒に行動する事を条件に旅行を許したのであった。

 

 なのはら3人は、元気いっぱいにはしゃぎ回ろうとした。

しかし空元気は空元気と言う事なのだろう、どこか陰鬱な雰囲気の漂う旅行であった。

こんなんじゃTに呆れられてしまう、となのはらは笑顔を作ろうとするものの、余計に空回りになるばかりだった。

夜はみんなで旅行に来ているとは思えない静かさであった。

何時もなら夜半まで続くなのはら3人の布団の中でのお話も、途切れ途切れでいつの間にか睡魔に身を委ねる事となったのである。

 

 そしてその夜半、ジュエルシードの反応があった。

なのはは思わずユーノと共に飛び出し、今正にジュエルシードの元にたどり着いた所、少し開けた橋のかけられた川に金髪の少女と赤髪の女性が立っていたのだ。

なのはとユーノが2人と少々の口論をした後、話し合いは決裂する。

そしてフェイトと呼ばれる金髪の少女が戦いに身を投じようと言うその瞬間、目を閉じTの名を呟いたのだった。

それに、苦みばしった顔でアルフと呼ばれる赤髪の女性。

 

「フェイト、あいつの名前のお呪いかい?」

「うん、本当に暖かくて、心強くなるみたい」

 

 言うフェイトの顔は、今までの悲痛さが和らげられ、強い使命感に溢れているようなのはには思えた。

ぶるぶると震える手を必死で抑え、なのはは問う。

 

「Tって……もしかして、たっちゃんの、ええと、私と同い年の男の子の名前?」

「……貴方は、Tの知り合いだったんだ。Tは、魔導師の知り合いなんて居ないって言ってたけど」

 

 なのはは、落ち着けと自分に命じた。

目の前の少女はただTの名前を知っているだけだ、別にTを攫った相手だとは限らない。

それにもしそうだとしても、この娘ならTには酷い事をしないだろうから、Tの安全は確保されていると言っても良い事態な訳で。

だから、落ち着いて。

 

「私は、たっちゃんに魔導師だって言う事、秘密にしていたから。そんな事より、たっちゃんは何処に居るの、無事なの!?」

「……そう、なら私は貴方に謝らないとならない」

 

 少女は黒い斧型のデバイスをなのはに向けた。

肌を刺すような戦意を瞳に、なのはに告げる。

 

「Tを攫ったのは、私。Tは……、無事とは言えない」

 

 なのはの中で、決定的な何かが切れる音がした。

 

「う……うわぁあぁあぁっ!」

 

 絶叫。

なのはは暴れまわる心そのままに、魔力を愛杖レイジングハートにつぎ込む。

 

『ディバインバスター』

 

 直後、桃色の極太の光線がフェイトの寸前まで居た橋を破壊。

夜闇を太陽のような光度で照らし、破壊の極光が空気を裂いてゆく。

フェイトは軽やかな動きでそれを避け、なのはに向かって飛行。

腹腔から膨れ上がる憎悪に瞳を燃やすなのはは、絶叫を続けながら次なる砲撃魔法をフェイトへと放つ。

 

「なのはっ、落ち着いて、砲撃魔法だけで勝てる相手じゃあ……!」

「悪いけど、助言はさせないよっ!」

 

 いつの間にか赤毛の狼と化していたアルフがユーノへと攻撃、ユーノは辛うじて緑色の魔法陣を繰り出し防御。

しかし、明らかに冷静さを失ったなのはを捨て置く事はできず、戦域を移す事はできない。

それを尻目になのはに向かって飛び交うフェイトへと、なのはは叫び続けながら砲撃魔法を連発する。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 泣きながら、なのはは砲撃魔法を放ち続けた。

こんなにも誰かが憎いと感じたのは、生まれて初めての事であった。

目の前でフェイトという少女が息をしている事すら気に食わなかった。

少女の悲しげな瞳に何か理由があるんじゃあないかなんて思っていた事は、軽く吹き飛んでしまっている。

残るのは、腹の底から燃え上がる憎悪の炎だけだった。

だが、フェイトはそんな単純攻撃で落ちる魔導師では無い。

当然のごとく砲撃魔法をかいくぐってなのはへと到着、大鎌へと変形させたデバイスから伸びる魔力刃を振るう。

 

「……ごめん」

「……あ」

 

 非殺傷設定での、斬撃。

バリア貫通力を高めた一撃に、なのはは自身の意識がゆっくりと落ちてゆくのを感じた。

それでも、なのはは憎悪を込めて内心で叫ぶ。

ごめんなんて、謝った程度で貴方の事を許すもんか!

現実に叫んでいれば、喉が裂けんばかりの絶叫をする。

 

 漆黒の決意と共に、なのはは落ちてゆく意識の中で叫び続けた。

なのはは、既にあらゆる手段を使う気でいた。

家族やアリサとすずかの家族、この温泉旅行に来ている皆に、ユーノを脅してでも魔法の事を教え、知恵を乞う。

どんな手を使ってでも、Tを救ってみせる。

そして。

 

 ――必ず貴方をねじ伏せ、絶望の悲鳴をあげさせてみせる。

 

 意識が落ちる最後の瞬間まで、なのはは憎悪の瞳と共にそう叫び続けていた。




ちょっとその9に入る話を新しく挿入しようと考えていますので、これからその9を書いてきます。
なので筆ののり具合によって、毎日更新が途切れてしまう可能性があります。
ご了承ください。

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