ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
5月23日(土)
中間テスト最終日。
ロングホームルームが終わった瞬間、クラスメイトたちは各々、身体をほぐしたり伸びをしたりするなどして思い思い過ごしている。かくいう私も冷たい机を枕にして項垂れる。うぅ……思いのほか激戦だった。
桐条先輩からいい点数を取れば褒美を出すという話を聞いているけれど、正直な話……50番内に入れればいいなぁ、そう思いながら私は鞄を机に置き立ち上がった。
巌戸台分寮に帰ってくるとラウンジにて真田先輩がシャドーボクシングをしながら、私をちらちらと視認してくる。それは正しく散歩に行きたい犬を幻想してしまう仕草であった。
「……分かりました。本日はタルタロスの探索に行きますから。もう、そんな目で見ないでください」
「ハハハ、悪いな。では、順平たちが帰ってきたら『作戦会議』と洒落込もうじゃないか」
軽快な笑みを浮かべる真田先輩を余所に私はため息をついた。
『作戦会議』
これは5月9日の大型シャドウ戦を経た後に順平が言いだしたことである。つまりシャドウと戦う上で必要な暗号やフォーメーションを決めておこうと。ゆかりはそのことを言いだした順平に対し、疑惑の視線を向けていたけれど、彼は本気だった。
あの日、優ちゃんが病院に運ばれるのを見送った後に順平から尋ねられたのだ。
「怖いとか思わなかったのか?」と。
5月10日(日)
病院へと搬送される優ちゃんを見送った私たちは巌戸台分寮へ帰ってきた。
幾月さんと桐条先輩は手続きと医者への状況説明もあり、搬送先である辰巳病院へ行っている。真田先輩は大型シャドウとの戦いに巻き込まれた形となった荒垣先輩の下へ話しを聞きに飛び出していき、残っているのは私たち2年生組の3人だけ。
ラウンジのソファに座り、桐条先輩からの連絡を待つだけで、誰も口を開こうとしなかった。ゆかりは携帯をいじり、順平は眉を顰めて何かを考えるように云々唸って。私は、ただ単純に優ちゃんの無事を祈る。
「なぁ、湊っち……ひとつ聞いていいか」
そんな中、順平がふと声を掛けてきた。その表情は思いつめており、普段の彼からは想像できないくらい真剣さが伝わってくる。ゆかりも雰囲気が違う順平が何を言うのか、興味があるようで携帯をいじりながらも聞き耳を立てているのが分かる。
「どうしたの?」
「先頭車両に突っこんだ時、湊っちはどうしてあんなに冷静に戦えたんだ?優ちゃんが倒れていたの見えていたろ」
私の脳裏にあの瞬間の光景がフラッシュバックする。列車を乗っ取る大型シャドウ、コートをボロボロにしながらも戦い守り続けてくれた荒垣さんの背中、そして血を流しぐったり倒れ伏せる優ちゃん。
「うん」
「怖いとか思わなかったのか?」
彼が言う“怖い”という言葉の意味は何だろうか。
自分自身がシャドウと戦う上で対価となる自身の命か、それともリーダーとして預かる仲間の命か。順平の場合、どちらもである可能性が高い。順平は今まで、ゲームの主人公や漫画のヒーローのような感覚で戦っているように見えていた。人をまとめるリーダーという地位を欲しがるような一面も見た。
「怖いよ。だからこそ、私に出来ることを精一杯するの」
私は俯いたり悩んだりするような仕草は見せず、順平をまっすぐ見て答える。順平は茫然とした表情を見せた後、納得するように頷いた。
「はは…、敵わねぇな。……先輩たちはきっと“そういったトコロ”含めて、湊っちをリーダーに選んだんだろうな」
順平はそういって天井を仰ぎ見る様にしてソファに凭れる。ゆかりはじぃっと順平を見た後、私の隣に座りなおして話しかけてきた。
「順平、何かあったの?」
「イロイロあったんじゃないかな。男の子だしさ」
私はそう言ってほほ笑んだ。
5月23日(土)
影時間と呼ばれる一般人には知覚できない時間にのみ現れる異形の塔タルタロスの1Fのエントランスにて、
身体の奥底から湧き上がるような力に高揚し拳を鳴らす者が1人と、
立ち位置を細かく決め連携を重視しようと誓う3人と、
困り顔で眼下を見下ろす者が1人と、
「すぅすぅ……むにゃむにゃ」と寝言を言いながら寝こける者が1人いた。
「鳴上兄の料理がここまでのモノとはな」
鼻息を荒くする真田先輩が昼間とは比べ物にならない風を切るような速さでパンチを繰り出している。『キュキュッ』と靴がタルタロスの床を踏みしめる音が響く。
「真田サン、張り切るのはいいッスけど、優ちゃんはこのまま寝かしておいてやりましょうよ」
そう言った順平の指差す先にはだらしない顔で寝息を漏らす優ちゃんの姿があった。彼女は連日のテストと総司くんのスパルタで心身ともに疲労し、タルタロスのエントランスで私がベルベットルームで準備する間に眠ってしまっていた。
最初は床で寝かせるのは忍びないと桐条先輩の肩に凭れかかるようにして眠っていたのだが、いつの間にか膝枕状態に。
身動きが取れなくなった桐条先輩の慌てぶりは中々くるものがあったとだけ言っておく。
「じゃあ、今日は真田先輩のリハビリも兼ねて10Fから行こうか」
「異議なし。オレ等も9日以降は戦ってねーから、勘を取りもどさねぇとな」
「アンタのキャラじゃない」
「ゆかりっち、ひどい!」
「そんなやり取りはいいから、さっさと行くぞ」
真田先輩を先頭に、ゆかりと順平がどつき漫才をしながらポータルへ向かっていく。
タルタロスにはエレベーターはなく、階層を一気に移動する装置がポータルと呼ばれる機械である。しかし、これは手動でスイッチを入れる必要があり、番人シャドウがいる所以外はすべてがここ、エントランスへの一方通行だ。
何階あるか分からないタルタロス。それを攻略するためには、階層もそうだが毎回構造が変わる迷宮を進んでいかなくてはならない。
「……結城」
ふと名前を呼ばれ振り返ると桐条先輩が愁いを帯びた瞳で私を見つめていた。
「ちょっ「じゃあ、行ってきます!」あ。いや、待て鳴上を」
私は懇願するように手を伸ばす桐条先輩を無視してポータルを起動した。
光に包まれたと思ったら視界が変わる。
「お、来た来た」
「なんかあった、湊?」
「ううん、何でもない」
順平とゆかりが武器を準備して待っていた。
真田先輩は階段に足を掛けて、早く来いと言っている。
「さて、今日もがんばろう!」
「「おおっ!!」」