ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
5月27日(火)
糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった結城先輩を視界にいれつつ、僕はゆっくりと椅子に凭れかかる。その後、カウンターにいるはずのマスターを見た。
普通、連れの相手が急に倒れ込んだら驚きそうなものだが、一期一会のマスターは微笑みを携えながらカップにコーヒーを注ぐ姿でこちらを見ている。
しかし、その姿のまま時を止めているけれど。
マスターから視線を外しそのまま窓から外を眺めれば、鳥が空中で羽ばたいた状態で制止している。
「……久しぶりだなぁ。この“全てが止まった世界”も」
確か最後に“止まった”のは去年の冬だったと思う。
注意喚起程度なら見逃されるが、それ以上だと時が止まり、なかったことにされてしまう。
僕は机に凭れかかるようにして気を失った結城先輩を眺めながら呟く。
「さすがに時期尚早だったかな。『大型シャドウは倒してはいけない』って。注意喚起に含まれると思ったけど、初っ端から聞こえていなかったみたいだし」
僕は席から立ち上がり結城先輩の身体を抱える。結城先輩が気を失っていてもおかしくなくて、変ないたずらをされることもない場所を考え、ベルベットルームの扉がある裏路地のことが思い浮かんだ。
「あそこなら勝手に勘違いしてくれるかな。それに黒沢巡査に一言、告げていけばいいだけだし」
僕は結城先輩を抱えたまま一期一会から出る。時を止めた人や物に触れないように歩き、目的の場所まで行く。そして、裏路地の壁に凭れかからせるように結城先輩を寝かせた後、裏路地から出てポロニアンモールの広場まで行く。
すると急に喧騒が戻り人も動物も動き始める。
急にそこに沸いたはずの僕を見ても誰も何も言わない。最初から僕はここにいたように見られる。
そういった補正がされることに気付いたのは最近のことだけど。
僕がこの世界に転生する際に神さまに提示された能力は2つ。
① 主人公補正付きのペルソナ能力の資質
② 自分の記憶を含めた知識
どちらかを選択しろと言われた。
①を選べば、僕という個は消えペルソナ世界に1人のオリキャラが増えるだけで意味がないような気がして②を選んだ。
だが、選択した後に神さまから制約を課せられた。
課せられた制約は下記の2通り。
・ひとつ、【物語の核心に迫る言葉は告げるコトを許さない】
これはペルソナ3でいう『ラスボスはニュクスであること』や『キャラクターが死ぬ日』のことである。勿論、結城先輩の中で眠る【デス】のことも言えないし、伝える相手がその情報に連なるものを持っていないといけない。
つまり、荒垣先輩が死ぬ可能性がある10月4日のことを結城先輩に伝えようと思ったら、結城先輩が荒垣先輩や天田くんの過去のこと、ストレガのことをある程度把握しておかなければならない。相手にそれ相応の情報があれば、問題なく伝わるのだ。ただ注意喚起程度しか伝えられないので、結城先輩が自力で答えを導き出すように仕向けないといけないけれど。
・ひとつ、【相手の行動を縛るような言葉は告げるコトを許さない】
これは結城先輩を例に出すと分かりやすいかもしれない。つまり攻略本で知っている知識を使い、「この日はこのコミュを進めるように」と促したり、学校での過ごし方に口を出したりしてはならないってことだ。この世界はゲームとは違い1人1人に人生があり未来があるのだから。
課せられた制約を聞き、悩んだ僕であったけれど神さまは言った。
死ぬ運命にある者を僕が救うことは止めない。出来るものならやってのけろと。
ただ無暗に情報を垂れ流しにされては困るから、制約を課したのだと。
僕は辰巳東交番に顔を出し、女の人が裏路地の奥で倒れていると告げ、一期一会に駆け足で戻った。後ろから黒沢巡査に声を掛けられたが無視して走る。僕は彼のことを知っていても、彼には僕という情報がないので若い男くらいにしか思わないはず。
僕は一期一会に入り、マスターに用事が出来たと断って早引きさせてもらった。更衣室で着替えた後、帰路につき、その道中で考える。
どこで結城先輩が僕の異常性を知り、問いかけるまでに至ったのか分からないけれど、今回のことで補正が掛って当分の間、彼女は僕の異常性に気付きにくくなった。
まぁ、気付きにくくなっただけで、また何かあれば疑念はさらに膨らむのだろうけれど。
「女の子を1人救いたいってだけなのに、なんでこんなに大変なんだろう」
僕は大きくため息をついた。
6月13日(土)
先日の大型シャドウ戦では特に何事もなく討伐を終えたらしく、今日巌戸台分寮に行くと山岸風花先輩の姿があった。
山岸先輩の加入により、今までバックアップに回っていた桐条先輩が前線に復帰することになる。そのためなのか、桐条先輩の視線が妙に背中に突き刺さるような気がする。それに加え、キッチンに立った僕の姿を壁に隠れつつ凝視する山岸先輩。
僕は態と縄張り争いに敏感な雄猫のように、山岸先輩が近づこうとしたらキッと睨んで進入を阻止しつつ、料理を仕上げていく。その内、山岸先輩は諦めて他のメンバーのところへ行ってしまったが今後は彼女の動向も見ながら作らないといけない。
正直に言うと、ものすごく面倒だなぁと思った。
結城先輩にはさっさと山岸先輩が作る料理同好会に入ってもらい、彼女の料理スキル上達のために犠牲になってもらいたい。間違えた。身代りになってもらいたい。
「あれ、でもムドオン料理に比べれば、まだマシなのかな?」
ペルソナ4におけるメシマズは生命に支障を齎す威力だったが、山岸先輩の料理はまずいってだけでまだ大丈夫であったような気がする。
かといって僕が彼女を指導するまでもなく、ここには結城先輩や岳羽先輩、後々には荒垣先輩という頼りになる方々がいる訳なので僕の出番はないだろう。
そう思っていたのだが、……その数日後。
6月18日(木)
ラウンジのソファには桐条先輩と結城先輩、岳羽先輩の姿がある。そして、視界の端にちょこんと申し訳なさそうに立つ山岸先輩。その4人の前で僕は頭を下げる。
「本日からお世話になります、鳴上総司です。この寮での役割は世間体で言う『寮母』になります。基本的に食事メニューは僕が組み立てますが、食べたいものがあれば1階のホワイトボードに書いておいてください。作れれば作りますので。それと山岸先輩は僕がそばにいない場合は台所への侵入は断固禁止です。いいですね?」
山岸先輩はしょんぼりしながら頷く。というか頷いてもらわないといけない。なにせ、
「優と順平さんと真田先輩を病院送りにするなんて、何をやってくれちゃっているんですかねぇ(怒)」
僕は部屋の隅で小さくなっている山岸先輩を睨みつけながら告げる。結城先輩や桐条先輩は山岸先輩に同情するような視線を向けているが、岳羽先輩はそれが当然の判断だと頷いている。
「僕は3人の症状は軽い食中毒だって聞いたんですけど。実際には『動揺』『混乱』『恐怖』『ヤケクソ』『毒』『痺れ(感電)』『失神(気絶)』の症状がほとんどで食中毒が少々って、一体何を食べさせたらなるんですか」
おかげで3人とも1週間の入院である。
「いや、あの……ちょっとね。最初は普通のものを作っていたんだけど、私の個性のようなものが欲しいなって」
「アレンジするのは、一人前の料理が作れるようになってからにしてください。それまでは、自分が作ったものは自分で食べるように」
「……はい」
気落ちするように項垂れる山岸先輩。
巌戸台分寮に入るのも手の一つとは考えていたけれど、まさかこんな形で入ることになろうとは……。
本当につく尽くゲームの世界の巌戸台分寮の食事はどうしていたのだろうか。
今になっては知る由はないけれども、謎だ……。