ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
6月6日(土)
行方不明になっているのはE組の山岸風花という女子生徒であるということが分かったのだが、事実確認のために時間を要するとのことにて学校が終わった後、私は巌戸台分寮に帰った。
すると首に湿布を張り付けた総司くんがラウンジのソファに座って、何やら作成していた。後ろから覗き見るとタルタロス攻略本(仮)であった。
「おかえりなさい、結城先輩。うぅ、……イタタタ」
私の方へ振り向こうとした総司くんは首を押さえて苦痛で表情を歪める。思いのほか昨夜の手刀が効いたらしく、彼は本日学校を欠席した。
その原因を作った優ちゃんは朝からテンション最悪な状態で学校に向かっていったが、その罪は私たち全員のもの。あとでフォローを入れておこうと思う。
なにせ彼女の咄嗟の機転のおかげで、総司くんはタルタロスが現実に存在しているという事実を忘れてしまったようで、昨日は何があったのかを順平や真田先輩に聞いていたし。
「先輩たちや優から聞いた情報をまとめたんですけど、とりあえず見てもらっていいですか」
そう言った総司くんは私に攻略本(仮)を手渡し、立ちあがって台所へ向かったが本調子でないのは見てとれる。それでも食事を作ろうとしてくれるので、私は邪魔しないようにしようと彼が残していった攻略本(仮)に目を落とす。前回の分と同じように手書きだが綺麗で見やすい仕上がりに、彼の性格が窺える。が、
「……まただ。私たちが戦ったことがないシャドウのデータがある。それに“ハイレグアーマー”を手に入れたことは誰にも言っていないのに」
【ハイレグアーマー】それはゆかりや桐条先輩たちのお仕置きに使おうと思っているネタ装備。
自分の部屋で一応着て見たけれど、あれは人前で着たら女として大事なものを失ってしまいそうなほどの破壊力がある。
もしもゆかりや順平が手に入れていたら、きっと一騒動があっているはずだから、私以外で手に入れた人はいないはず。なのに総司くんの攻略本(仮)には書かれている。
「総司くん、ちょっと相談があるんだけど?」
「はい、なんでしょう」
「アイテム欄のハイレグアーマーの所を消しといて」
「へ?」
きょとんとした表情を浮かべる総司くんがちょっと可愛いと思ったのは私だけの秘密だ。
夜、総司くんが寝てしまったのを確認した私たちはタルタロスを訪れていた。
もしかしたら私たちが探索できる階層にいるかもしれないと1階からタルタロスを昇りなおして捜したが、やはり山岸風花の姿はない。ガラクタで通行止めされた上の階層にいることが考えられる。
「でも、これ以上の階層だと桐条先輩のバックアップはほぼ絶望的ですよね」
「そうだな。元々美鶴のペルソナはバランスが良いとはいえ戦闘型だ。今までバックアップに回れていたこと自体が凄いんだ」
真田先輩がガラクタをどうにか動かせないか引っ張ったり、押したりするが何かの力が働いているのかびくともしない。
「桐条先輩ってペルソナも優等生なんだ」
ゆかりがぼそっと呟く。それを聞いていた優ちゃんが何やら考えるように腕を組む。
「どうしたんだ、優ちゃん?」
「伊織先輩。……もしも兄さんがペルソナ使いだったら、桐条先輩みたいなタイプだったのかなって」
優ちゃんの何気ない一言を聞き、そこにいたメンバーはくすりと笑う。
「鳴上兄がペルソナ使いだったらか。おもしろい発想だ」
先ほどまで難しい表情を作っていた真田先輩だったが、幾分か気を紛らわせたようで笑みを浮かべている。ゆかりも「呑気だね……」と言いつつ笑っていて、順平はいくつか例をあげている。
「優ちゃんがウシワカマルだから、それ繋がりでヨリトモとかベンケイとかじゃねぇかな」
「ヨリトモだとヨシツネを裏切るから、総司くんの性格的にベンケイじゃない?」
順平とゆかりがああでもないこうでもないと意見を交わしているけれど、どちらにしても武道派であることには変わりなさそうだ。
「もうここにいても埒が明かないし、エントランスに戻ろうか」
私の声かけに面々が頷き、ターミナルに向かって行く。次々と粒子に包まれていく中、優ちゃんだけがこの場に残ったまま、窓の外から見える景色を眺めている。
「優ちゃん、行こうか」
「……結城先輩。あの……いえ、なんでもありません」
そう言って優ちゃんは小走りで私の横を通り抜け、ターミナルでエントランスへ降りた。悩み事だろうか、月曜日にならないと物事は進展しなさそうだし、明日は優ちゃんと過ごそうか。
そんなことを考えつつ、私もターミナルを使ってエントランスに降りるのだった。
6月7日(日)
首の痛みも大分回復した様子の総司くんが作った朝食は焼き魚定食だった。
まるで炭火でじっくり焼かれたような仕上がりに、私たちは大満足だったのだが、桐条先輩は終始、首を傾げていた。勿論、先輩の舌を唸らせる一品ではあったのだけれど。
私は一度自室に戻り通販にてタルカジャオートと樹液ゼリーのセットを頼んだ後、優ちゃんを誘ってポロニアンモールまで来た。そして、私はおぼろげな記憶を頼りに路地を進む。
「結城先輩、どこに向かっているんですか?」
「もうっちょっとだから。……っと、ここだ」
私が見上げると、それにつられた優ちゃんも視線を上にあげる。喫茶店『一期一会』、初老のマスターが淹れるコーヒーが絶品なお店である。
「シャガールとは違った温かい雰囲気で、ここのマスターが淹れるコーヒーもお勧めなんだよ」
「へぇ。こんなところにもお店あるんだ」
私は優ちゃんの手を引いてお店に足を踏み入れる。あのときは誰かの後を追って、この店まで来たはずなのだが、追っていた相手は誰であったのかを思い出せない。しかし、ここで飲んだコーヒーの味が忘れられず、こうやって探した次第であった。
優ちゃんと向かい合って座り、頼んだコーヒーが来るまで他愛ない会話で盛り上がる。
そしてマスター自ら運んでくれたコーヒーを啜る。
「美味しい……」
優ちゃんは、ほぅと安堵の息をつきながらコーヒーを飲みすすめる。
「ねぇ、優ちゃん。何か悩み事があるんじゃないかな」
「…………」
優ちゃんはコーヒーカップを机に置き俯く。残っているコーヒーに映った優ちゃんは唇を噛み締めていた。優ちゃん自身は何を悩んでいるのかを分かっているが口に出せないようだ。代わりに私が気にしているであろうことを告げる。
「……総司くんのことでしょ」
優ちゃんはゆっくりだが、しっかりと頷いた。
先日の報告会にて、私が【山岸風花がタルタロス内に囚われている】という可能性に辿りつけたのは、元はと言えば総司くんの発言からだ。私たちが知りえなかった事実を、彼は知っていたのだ。ほぼ同環境にいたはずの優ちゃんが知らないことを。
「優ちゃんは総司くんとは違うよ。優ちゃんが部活をしている間、総司くんは色んなところにいける訳だからね」
「……はい。兄さんは私と違って、交友関係が広いですし。たぶん、それも関係しているんでしょうね」
優ちゃんは残っていたコーヒーを飲む。
「結局、優ちゃんはどうなりたいのかが問題だと思うよ。優ちゃんは総司くんみたいになりたいの?それとも」
「私は…。私は兄さんに頼られたいです。いつも私ばっかりが頼ってしまって、兄さんが私を頼りにしてくれることなんてないから」
優ちゃんは思いの奥底を吐露する。しかし、その困難さをきっと優ちゃんは理解しているのだろう。だから悩むのだ。高すぎる壁をどう越えていけば、攻略していけばいいのか分からないから。
「私は優ちゃんの味方だよ、協力する。だから、1人で悩まなくていいんだよ」
「結城先輩……。ありがとうございます」
優ちゃんの瞳から雫がこぼれ落ちる。
私はポケットから取り出したハンカチを彼女に手渡し、泣き止むまで頭を撫でてあげたのだった。