ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
7月21日(火)
衝撃的な事実が明かされてから一夜が明けた。
ゆかりも幾分か調子を取り戻していたので、今日の日程について話す。私たちは風花が提案した縄文杉を見に行くことにしたことを告げると男性陣、特に順平から不満の声が上がる。
「南の島に来たら海に行くもんだろ、フツー!」
「昨日も泳いだし、私たちはいいのよ。どうせ、明日もあるんだしね」
「クソー!真田サン、俺たちは行きましょう。燦々と降り注ぐ太陽の日差しの下へ!!」
そんな魂の叫びを発しながら順平は走り去っていった。真田先輩も海に行くみたいだけど、順平とは意味合いが違いそう。遊びじゃなくて、特訓的な意味でビーチを堪能しそうだ。
「そういえば、優ちゃんと総司くんは?」
「ああ。鳴上兄妹は白谷雲水峡に行くといって、朝早く出発したらしい。なんでもアニメ映画のモデルとなった森を見るんだと言ってな」
昨日も思ったけれど総司くんは本当に思春期の男の子なのだろうか。
まぁ、他の女性に見向きもしないっていう点においては安心なのだけれど。それにしても、落ち着きすぎではなかろうか。そんなことを思いながら、私たちは散策の準備を終え、縄文杉を見る為に出発するのだった。
■■■
「そこ滑るから気をつけて、優」
「うん、ありがと。兄さん」
白谷雲水峡は昔、政府により選定された白谷川流域の自然休養林。幻想的な森の雰囲気がとあるアニメ映画のモデルとなったことで知られる。美しい渓流と、何百種類の苔に覆われた深い森をゆっくりと見ながら巡る。湿潤な森の濃密な生命の息吹を感じ、深呼吸すれば私の中に新たなナニカが入ってくるような感覚に身を震わせる。私はそんな風に思いながら、先を行く兄さんの背中を見る。
昨夜、皆にからかわれて臍を曲げた兄さんだったが、欲しいといっていた包丁をもらえると聞き、年相応に喜んでいた。兄さんも子供だなぁと思ったのは嘘じゃない。
「優。こっちに来てごらん。……あそこ」
兄さんが私を呼び寄せた。口の前に指を立てて、静かにする様にジェスチャーをしているので、忍び足で兄さんの近くに行く。すると兄さんはとある一点を指差した。指差された先にいたのは、首のところが青緑色になっている見たことのない鳥だった。私が何の鳥なのかを聞こうとする前に兄さんは説明する。
「あれはカラスバトっていってね、国の天然記念物に指定されているんだ。主につがいで行動し、警戒心が強いから、間近で見られるのは奇跡に近いんだ!」
「兄さん、声が大きくなってるよ」
「あはは、ごめんごめん」
私たちはカラスバトを刺激しないようにして、その場から離れる。
その後も見かける野生動物たちを兄さんは私に色々と教えてくれる。そして、目的のひとつであったアニメ映画のモデルとなった森で休憩することになった。
兄さんが目をキラキラさせて周囲を見るのを眺めながら、私はくすりと笑う。結局、兄さんがこんな風な子供っぽい姿を見せるのは私の前だけだ。普段の兄さんは周りから求められる兄さんを演じているに過ぎない。
最近は湊先輩の前だと、その仮面が剥がれかけているっぽいけれど、今しばらくの間は大丈夫だろう。
「どうしたの、優。さっきから僕を見て笑っているけれど?」
「ううん、何でもないよ。それにしても空気がおいしいね」
「マイナスイオンとか、色々と出ているんじゃないかな」
そう言った兄さんは水源の方へ近づき、両手で水を掬った。そのまま口をつける。
「そういうのって日本じゃないと怖くてできないよね」
私もそう言いながら兄さんの隣にしゃがみ込んで手で掬った水を飲む。すっきりしていておいしい。横を見ると兄さんは私にほほ笑みかけていた。
「どうする?もう少し、ここにいる?」
「うーんと、兄さんはどうす」
るの?と聞こうとした私は言葉に詰まる。
『ばしゃーん!!』と水しぶきをあげて水源の中にダイブすることになった兄さん。それを目で追った後、私は目を丸くしながら振り向いた。
そこにいたのはワンピースを着た金髪で蒼い瞳の女の人。両手を突き出していることから、この人が兄さんを突き飛ばした犯人で間違いがない。文句を言おうと立ち上がった私だったが、その女の人に正面から抱きしめられた。
何事なのか分からない私は目を白黒させて慌てたのだが、耳元で聞こえた声に不安が一気に高まる。
「あなたは……似ている……。けれど、あなたではありません」
そう言った女の人は、水源の中で体勢を立て直して浮きあがろうとしている兄さんの方へ私を押しやった。
「ぷはっ!?いったい、何がって優!?『ばしゃーん!!』…………」
私の身体は浮き上がってきた兄さんの顔に直撃。おかげで私は下半身だけが濡れるだけにとどまったが、兄さんは私の下敷きとなり衝撃もあってか気絶してしまった。
こんな目に合わせた張本人に文句を言おうとしたが、そこにはもう姿はなかった。
「……あ、あの女っ!!次、会ったらギッタンギッタンにしてやるー!!」
私は兄さんを川から引き摺り出した後、そう雄叫びをあげるのだった。
■■■
私とゆかりと風花と美鶴先輩は4人で縄文杉の観光に向かっていた。一応、観光目的だが。昨日のこともあるのでゆかりの気分転換が目的に近い。美鶴先輩はゆかりとの距離感に四苦八苦しているので、ゆかりと美鶴先輩の間に私か風花が入ることによってその問題を解消している。
そんな時、美鶴先輩の携帯に連絡が入る。幾月…さんからのようで、彼女は皆に聞こえる様にスピーカホンに切り替えた。
『今、島の研究所にいるんだが……』
屋久島にまで桐条は研究所を持っているんだと私は美鶴先輩を見る。
『廃棄されて、動かないはずだった機械が、勝手に出て行ってしまったんだ』
切羽詰まるような彼の言葉に不安を抱いたゆかりと風花がそれぞれ尋ねる。
「機械?」
「ええと……どういったものなんですか?シャドウ以外だと、勝手が違うんですけれど」
ゆかりの言うとおり、シャドウ関係ならともかく、ペルソナのない私たちは普通の女子高生でしかない。
『戦闘車両の一種でね……実は対シャドウ兵器なんだよ』
シャドウ絡みであったみたい。それにしても実験の失敗といい、戦闘車両の行方不明といい、桐条の研究は暴走する運命でもあるのだろうか。
「対シャドウ兵器で、戦闘車両ってことは要するに戦車ってこと!?そんなのこんなところで暴れられたら、いくらなんでも桐条でもヤバいじゃない!!」
「ちょ、みんなに連絡しないと!えーと、携帯……」
しかし、携帯は誰にも通じなかった。海で泳いでいるらしい順平と真田先輩、屋久島の森の探索に出かけてしまっている優ちゃんと総司くん。仕方がないので私たちは装備を取りに戻った後、戦車の捜索を行うことにするのだった。
そして、装備を整えて戦車の捜索をしていた私たちであったが、現在拉致されました。違うか、私だけがビーチの方からやってきた金髪で蒼い瞳の女の子に拉致された。
「目標を視認。本物である確証を得るためには、より精密な調査が必要と判断。調査に適切と思われる場所へ移動を開始する」
とか言って、私をお姫様抱っこした女の子は急いでこの場を離れようと走り出す。後方で呆気にとられていた美鶴先輩たちの慌てるような声が聞こえてくる。何が、いったいどうなっているの……。足場の悪い森の中でも、そのスピードは落ちず私を抱く女の子も普通ではないということが窺える。
「……ここなら問題ないのであります」
森の中腹ほどで、女の子は私を地面に降ろした。ただし、ここまで私を運んできた女の子が私に覆いかぶさり、傍から見れば組み伏せられるような格好で。拘束を解こうにも、梃子でも動かない感じでビクともしない。
女の子はそのまま私をくまなく凝視してくる。
私は現実逃避して、最近このパターンが多いなぁと諦めの境地に入っていた。
「データ照合、適合率99.8%。差異の程度は誤差に含まれると判断。よって本人と断定」
「あの……」
何を言っているのか理解できないけれど、とりあえずこの状況からは脱したい。しかし、このままでは動けない。どうにかならないかと首を動かすと、走ってきたのか息切れを起こしているゆかりと美鶴先輩の姿が映った。
「大丈夫、湊……はぁっ!?何、その状況!?」
「…………」
笑ってください。状況をうまく飲み込めていないのは一緒ですから、そんな無言で私を見ないで。
「今、こっちから声がしたっすよね?」
「ああ、しかしこうやって森の中を走るのもいいな」
「いや、何の話すか真田サン」
逆側から水着姿の順平と真田先輩が来た。そして、私の状況を見ると口を大きく開けて、呆然とした表情を浮かべる。
そんな殺伐とした状況でも、女の子は表情ひとつ崩すことなく、告げた。
「やっと見つけました。私の大切は、あなたの傍にいることであります」
しっかりと私を見据えながら言う女の子の瞳。その色は否応なしに10年前のあの日のことを呼び起こす。黒い死神と、蒼い瞳の女の子のことを。
「やれやれ、ここにいたのか。探したよ、アイギス。勝手に出て行っちゃダメだって言っただろう?」
硬直した空気を破ったのは、森の奥の方から現れた幾月…さんだった。
「理事長!この人のことをご存じなのですか?」
「人、かどうかは別にして、知っているよ」
真田先輩の問いに、幾月…さんは含みを持たせて答える。そして彼は、ゆかりたちの方を向いて言い放った。
「ご苦労様。彼女が対シャドウ用の戦闘兵器、アイギスだよ」
メンバー全員の驚きの絶叫が、屋久島の森に響くのだった。
桐条の別荘に戻ると毛布にくるまってストーブの前にて温まる総司くんと優ちゃんの2人がいた。確かに暗くなって薄着でいるとちょっと肌寒いけれど、毛布は必要ないだろうと首を傾げていたら優ちゃんがぽつぽつと語り始めた。
・兄さんと話をしながら森の中を散歩
・おいしい空気と水を堪能していたら、兄さんが突き飛ばされて水の中へダイブ
・振り向いたらワンピースを着た金髪の女がいて抱きつかれた
・直後、人違いといわれ私も突き飛ばされ水の中へ
・浮き上がってきていた兄さんとぶつかり、私は下半身だけが濡れるだけですんだ
・ぶつかった兄さんは水の中で気絶。人工呼吸を要する
・私たちを突き飛ばした女はすでにいなくなっていて、気を失ったままの兄さんをつれて麓まで辿り着いたのはお昼すぎ
・別荘に戻ってきたのはさっきのこと
優ちゃんから話される内容を理解した私たちは嫌な汗を掻いていた。時系列的に優ちゃんたちが最初の被害者なのだろう。その後、ビーチで順平たちの自信を粉々に砕き、私を拉致ったと。
「次、会うことがあったら、ウシワカマルの刀の錆にしてやる……」
召喚器を拭きながら黒い笑みを浮かべ、精神的に暗黒面に堕ちかけている優ちゃんに声をかけ、なんとか正気に戻そうとするが、総司くんが乾いた声で笑っていることに気付いた。
「総司、どうかしたのか?」
「いや、この手のパターンだと、僕たちを突き飛ばした原因が来るんじゃないかなーと思って……」
私と順平以外の全員が息を飲んだ。
「優、ゆっくりでいい。召喚器をこちらに渡せ」
「これから飯なんだ。刀はいらないだろう、鳴上」
美鶴先輩と真田先輩が優ちゃんにそう言いながら詰め寄る。普段とかけ離れた行為をする2人に不信感を抱いたのか、優ちゃんは距離を取りつつ首を振って拒否する。
「ゆかり、もし怪我人が出たらお願い……」
「いや、まぁ……うん、分かった」
丁度、その時扉を開けて入ってくる人影があった。
「いやはや、心配をかけてすまなかったね。もう大丈夫だ」
そう言う幾月…さんに風花が尋ねる。
「あの…戦車を追うという作戦はどうなったんですか?」
「あ、それもう完了だから」
彼はそう言うと扉の方へ向き直り声をかける。私は咄嗟に順平に目配せをする。
最悪、力づくで取り押さえる気持でいかないと拙い!
「アイギス、こっちへ来なさい」
「はい」
予想通り騒動を引き起こした張本人の女の子、アイギスが入ってきた。
「あーーーー!!」
優ちゃんが羽織っていた毛布を振り払って、持っていた刀の柄を握る。い、いきなりですか!?しかし、優ちゃんが刀を抜くことはなかった。総司くんが彼女の肩に手を置いたからだ。
「優。とりあえず、刀は置こう。それに見るからに物理攻撃が通じそうな相手じゃない」
「くぅっ……」
総司くんに諌められ、唇を噛みしめる優ちゃん。というか総司くんも微妙に怒っている?それってアイギスが機械の乙女じゃなかったら止めてなかったんじゃ?
「えっと、何があったのかは知らないけれど、彼女の名はアイギス。見ての通り機械の乙女だ」
「……初めまして、アイギスです。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで、皆さんと共に活動するであります」
そう自己紹介をするアイギスを前にして私たちはこの異様な光景が現実のものであることを、やっと理解していく。まさか人間のように見えるロボットだなんて。
「あなた方は鳴上総司さん、優さんですね。今朝は申し訳ありませんでした」
「ふんっ」
アイギスの謝罪を受ける気はないと言わんばかりにそっぽを向く優ちゃん。これはまた骨が折れそうだ。出会い方が最悪すぎる……片や加害者、片や被害者だ。
「10年前、シャドウが暴走した時の保険としてシャドウ兵器というものが計画されてね。アイギスはその中でも最後に作られた1体……そして唯一の生き残りなんだ」
「対シャドウ兵器……ということはまさかペルソナを?」
「はい、ペルソナ呼称『パラディオン』を扱える仕様であります」
「彼女は、10年前の実戦で大怪我を負って、ここの研究所に管理されていたんだ。なぜ今朝になって急に再起動したのか、いまいち、ハッキリしないんだけどね。……まぁ、これから仲良くしてやってくれ」
「精神が備わった、対シャドウ兵器。……すごい、すごいです」
機械に興味のある風花らしいコメントだ。確かに心のあるロボット、女性型なのは製作者の趣味かな。少なくてもごついおっさん型だったら、近くによるのも嫌だしね。
「そういえば、さっき湊に抱きついていたけど、知り合いか何かなの?」
「はい、わたしにとって、彼女の傍にいることはとても大切であります」
「フム……。人物認識が完全じゃないのかもね」
さすがに機械専門の知識は持ち合わせていなけれど、アイギスはちゃんと人物認識は出来ていると思う。
「あ、それとも寝ぼけているって事かな?んー、そいつは興味深いぞ……」
そう言って笑う幾月…さんから目を逸らし、冷めた目でアイギスを睨む優ちゃんと頬を掻きながら宥める総司くんを見て、何だか違和感が……。
「湊、とりあえず食堂に行こう。お腹へっちゃったよ」
「あ、うん。2人も行こう」
「はい」「……はい」
納得がいかないと言わんばかりにアイギスの横を通る時にガンつけて行く優ちゃんは別にいいとして。問題は総司くんだ。彼はアイギスの横を通る際に、小さく何かを呟き優ちゃんの後を追った。
彼がアイギスに何を言ったのかを気になり、アイギスに聞くと
「?……何も言われていないであります」
と答える。
……あれ?