ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
8月1日(土)
朝早く月光館学園に集合した私たちは他の部の皆と共に学園所有のバスに乗り込み、駅へと向かう。交流会が行われる八十稲羽という街にある八十稲羽高校へ向けて電車に乗って出発する。
私は総司くんの疲労回復ドリンクに加えてツカレトレールを服用してきたので、心地良い間隔で揺れて眠気を誘う電車の中でも活動できているが、テニス部の他の皆は目的地に着くまでの間で体力回復するためなのかすっかり寝入っている。
「湊、起きてて大丈夫なの?」
「そういう理緒こそ。私は寮に頼もしい後輩がいるからね」
「ふーん。……もしかして、中等科の子たちに差し入れしてた、あの彼?」
「うん。そうだよ♪」
「そっか。……うん、がんばってね」
理緒はそう言うと鞄からテニスラケットを取り出してグリップの所のテープを巻きなおしたり、ガットの張り具合を見たりし始める。
「ねえ、なんで“がんばって”?」
「ん、何でって……。そりゃあ……、友近と違って格好いいし、気遣い完璧だし、中等科ではイケメン四天王の一角なんでしょ?」
「!?」
何なの、イケメン四天王って!?初耳なんですけれど。私は目を見開いて、理緒を凝視する。私の態度に首を傾げた理緒は、ぽんっと手を打つと話し出す。
「あ、そっか。湊は転校生だから知らないのか。月光館学園にはそういった部門においてランキングがあったり、本人未公認の称号があったりするのよ。イケメン然り、お嫁さんにしたい人然り、お姉さまになって欲しい人ランキングでは桐条先輩が独走状態だけれど」
寮での美鶴先輩の様子を見ていたら、小説や漫画に出てくるお姉さまには程遠い存在だと分かってもらえると思うけれど、皆が知る彼女は完全無敵の生徒会長な美鶴先輩だから仕方がない。……というか総司くんって学校ではモテているんだ。言われてみれば、そうだよねー。
「ライバルが多いってことは理解してもらえた?」
「うぅ……。寮での総司くんしか知らないから、学校ではどんな風に見られているのか、気にもしていなかったよ」
「あはは。仕方ないんじゃない?湊は高校生で彼は中学生。歳の差もあるしね」
理緒はそう言ってくすりと笑うと、目尻にたまった涙を指の背でふき取る。出会った頃の理緒であったら、恋愛話など興味を抱かなかったと思うと灌漑深いものがあるが、まさか私のこれで盛り上がることになろうとは……。
「陸上部の女子マネの西脇も来ているみたいだし、これは夜の女子バナが楽しみだね。まあ、その前に交流会で試合もある訳だから、特訓の成果を見せないと」
理緒の背後にメラメラと炎が立ち上るのが見えた気がした。やばっ、今日の理緒のやる気スイッチは私が押してしまったようだ。
交流会がある学校最寄りの駅からはまたバスに乗っての移動で、目的地についたのはお昼前だった。一緒に来た生徒たちの波に紛れ、バスから八十稲羽高校前に降り立つ。見上げた学校は月光館学園とは違って普通の校舎だった。周囲を見渡せば、自然のままの緑が心に安らぎを与えてくれる気がする。
今日明日と、この学校の生徒らと合同練習をすることになる。その練習の中には、模擬戦も含まれるので、理緒はいつになく燃えていた訳だが……。
「ひなびてる学校よねぇ」
と、バスや電車の中でマナーを無視して化粧をしていたテニス部顧問の叶先生が言う。
「コンビニとかすぐ近くに無いし、クラブとかも無いし……あっ、みんな、失礼のないようにねぇ?」
その場にいた生徒の心はひとつになった。
『あんたが言うな!』と。
グラウンドに移動した私たちは八十稲羽高校のテニス部の人たちと一緒に基礎練習から行う。やる気スイッチがON状態の理緒がランニングで山まで行こうかと笑顔で言った瞬間、月光館学園女子テニス部の仲間たちのこころはひとつとなり、協力し全力で説得を行う。八十稲羽のテニス部の部員たちはそんな私たちの行動を苦笑いしながら見ている。
「月光館学園と違って高低差があった練習のし甲斐が……」
「いやいや、……交流会って、練習内容を交流するものじゃなくて、人同士が交流する物じゃない」
「そうよ、岩崎さん。私たちは彼女たちに勝つために特訓してきたんでしょ」
「山なんかにランニングに行ったら勝てる物も勝てなくなっちゃうなー(棒読み)」
「みんな、そこまで……」
理緒は部員の仲間たちの説得?に感極まり、涙を目に浮かべている。
部員の仲間たちはちょっと言い過ぎちゃったかなと明らかに狼狽しているが、発言してしまった物を今更取り消す訳にも行かず、ダラダラと冷や汗を流している。そして理緒に聞こえないようにひそひそと話す。
「誰よ、温泉で極楽って言ったの……」
「基礎練習って何……」
「だまされた……」
一部の仲間からダウナーな空気が漏れ出しているが、大丈夫だよ。温泉は本当にそんじょそこらのものと違い八十稲羽の温泉は別格らしいから、この練習さえ切り抜けてしまえば文字通り天国が待っているって。鳴上兄妹のお墨付きだ。
「じゃあ、いつも通りの練習を何セットかした後に早速模擬戦だね」
気を良くした理緒がそういうと近くで様子を見ていた女子が近づいてきて告げる。
「どっちもやる気があるみたいだし、ここはひとつ。負けた方は片付けと清掃……で、どう?」
「うわ、西脇!どしたの?」
「ごめんごめん。まー、ちょっとね」
西脇さんの存在に気付いていなかった理緒がその場で蹈鞴踏む。驚かしちゃったことを謝る様に、西脇さんは頭を掻きつつ寄ってくる。
「それはともかく、せっかく試合するんだから賭ける物があったほうがホンキにならない?」
西脇さんは私や理緒の後ろにいる部員の仲間たちに目を向けながら言う。私は同意するように頷く。
「確かにね」
幸い彼女たちは先ほどの自分たちの発言で、理緒にやる気があるところを見せないといけない状態なので、西脇さんの発言に一瞬だけ面食らったようにしていたが、もうヤケクソよと言わんばかりにやる気を見せている。その様子を見た西脇さんは理緒に向けてウィンクしながら言葉を続ける。
「私たちって勝ちにこだわる機会って、あんまないじゃん?」
「……特にウチの部は、って言いたいの?」
普段のテニス部の状態を見ていれば、誰もがそう思うだろう。きっと理緒も何もしてこなかったら、ここで西脇さんに指摘された瞬間に表情を歪ませて反論していたかもしれない。だが、何が幸いしたのか理緒の無茶ぶりを止める為にやる気を見せたようにした部員たちのおかげで、心にゆとりが持てている理緒は西脇さんの発言にニヤリと口端を吊り上げながら言ってのける。
「ま、そう言いたかったんだけど、杞憂だったかな……」
「皆がやる気をみせてくれていることだし、片づけと清掃と……ダッシュ10本賭けて勝負!」
「「「ちょっ、マジでっ!?」」」
「「「試合後に10本ダッシュとか鬼なの!?」
私の後ろから悲鳴のような心の叫びが聞こえる。話の成行きを見守っていた八十稲羽の部員たちも頬を引き攣らせながらもやる気を見せる。
『これは負けられない…!』
そんなこんなで練習後、試合をすることになったのだが……。
「ふえぇええ……片づけ終わったよー……」
試合をすることによって荒れてしまったテニスコートをトンボ掛けし終わった私たちは一箇所に集合して、思い思いに楽な体勢で座りこんだのだが、部員が使った分のトンボを片づけしてきた理緒が満面の笑みを浮かべ告げる。
「じゃー、ダッシュ行くか!」
「「「「「ふぁっ!?」」」」」
これには堪らず部員達は泣きそうな顔で理緒を見る。げんなりした様子でトンボ掛けを手伝った言いだしっぺの西脇さんはすでに諦めた表情を浮かべ、理緒に質問する。
「えっと……私も?」
「当然でしょ。言いだしっぺだし♪」
西脇さんは口を出すんじゃなかったとがっくりと肩を落とす。私はそんな彼女と項垂れている部員たちの肩を叩いて行き、先頭に立って言う。
「これが終われば旅館で豪華な食事!温泉でゆっくり!部屋で恋バナ!が待っている。皆の者、私に続けー!!」
私は1人、率先して走り出す。その後を理緒や西脇さんが追ってくる。座りこんでいた部員たちは顔を見合わせた後、大きな声で叫びつつ走り出した。
「「「「こうなったらヤケクソよー!!(泣)」」」」
こうして私たちは1日目の交流会を無事に終えるのだった……。
宿泊のために用意された旅館に向かうため、私たちはバスに乗り込む。案内役として旅館から来たのは中学生の女の子。艶やかな黒髪で、澄ました顔はまるでお雛様のようで、これからが楽しみな女の子だった。
彼女の名前は天城雪子ちゃん。私たちがお世話になる天城旅館の女将の娘さんで、今はまだお手伝いをしている身らしい。『将来、旅館を継ぐのか』と西脇さんが尋ねたが曖昧な返事だけをするところを見ると、何か悩みがあるようだ。しかし外部の人間があまり踏み込んでもいけない問題のようだし、西脇さんを窘めて他の話題を探す。
その際に仲居さんらしき人が車の鍵を持っていないか雪子ちゃんに聞く場面があった。料理に使う物の買い物に仲居さんが行くらしい。代わりに行こうとする雪子ちゃんを全力で仲居さんが止めていたところを見るに……、雪子ちゃんから風花と同じ臭いが漂ってくるのを感じた私はそっと視線を逸らす。私には風花1人で十分だから……というか許容量オーバー気味だから。最近になってやっと私と総司くんの指導が実を結んで、ちょっと不味いレベルの腕まで向上してきた。少なくてもオリジナリティ溢れる材料を入れなくなっただけマシである。そんなことを天城旅館につくまでの間、バスの中で考える私であった。
案内された天城旅館の一室は凄く豪華でただ座っているだけでも遠慮してしまうようなお部屋であった。私と理緒は荷物を隅においた後、その場で体育座りをして部屋の中を眺める。すると、西脇さんがノックした後、部屋に入ってきて一言。
「うっわ……ひっろーい。って、なんでそんな所に座っているの?」
「だって、場違いすぎるし……」
理緒が気落ちした声で返事をする。彼女のやる気スイッチはテニス部の練習でしか効果を発揮しないようで、天城旅館について以降の彼女はこんな感じであった。
「確かに……。いいのかな、ウチらが泊まったりして。怒られない?」
「誰から?」
西脇さんの疑問に私が質問すると、彼女は腕を組んで悩んだ後、こんなことを言った。
「え?えーと……政府とか?」
西脇さんの切り返しに場に沈黙が過ぎった。が……
「「「…………。ぷっ」」」
「あははは、何言ってんの?くくくっ」
「政府って、政府って……」
「うわぁあああ、やめて。忘れて、忘れてよー」
手をばたばたさせながら私たちに迫ってくる西脇さんの相手をしながら私たちは、変な緊張を解きほぐし、部屋の中央に移動してくつろぐ。西脇さんも私たちの傍で女の子座りする。
「……って、西脇はこの部屋じゃないでしょ?」
理緒がそう告げると、西脇さんはそうだったと言わんばかりに頬を膨らませながら文句を言う。どうやら、叶先生の適当な采配によって男子の宮本くんと同じ部屋にされてしまったようだ。宮本くんは陸上部のエースだったが負傷してしまい、今年の明王杯には出られず、怪我の療養のために湯治するためにここへ一緒に来ているらしい。ちなみにその宮本君の付き添いとして西脇さんはこっちに来たようだ。
「もー、こうなったら、お肌ツヤツヤになって元取ってやる!」
そんな風に意気込む西脇さんだったが、話題が宮本くんの話になるとお節介なところが浮き彫りになる。私と理緒の質問に快く答えて行く彼女。で、話をまとめてしまうと……。
「西脇と宮本くんって、いいコンビだよね?」
という理緒の一言に集約されるのである。
「はあ?冗談じゃ……あ、今何時?」
西脇さんは携帯の画面を見ると表情を曇らせる。
「ミヤの薬の時間だった。じゃあ、また後でね!!」
そう言うと西脇さんは走り去った。私と理緒はそんな彼女の背を見ながら話す。
「……何だかんだ言って、面倒見いいよね。なんだか西脇って、お母さんって感じ。本人は嫌がるだろうけれどね」
「ホント、そうだね」
その後、みんなでお風呂に入った後、部屋で話をしていたのだが……。
「ここをまっすぐ行くと神社があります。鳥居をくぐってすぐの所に御供え物を置く場所がありますので、この〆た稲羽マスをお供えしてきてください」
雪子ちゃんがにっこりと笑って差し出してきた稲羽マスが入った袋を持つ。
私の隣には照明がいくつかついていない商店街の様子を窺う理緒と、無理やり引っ張ってきた宮本くんに縋りついている西脇さんの姿がある。
「魚をお供えしたらすぐに戻ってきてください。誰かに声を掛けられても、必ず。もしも声がした方へ振り向いてしまったら……」
雪子ちゃんはそう言って口を噤んだ。西脇さんが青くなり宮本くんに縋りついていた腕にさらに力を入れる。宮本くんは男としてのプライドからか、表情を苦痛に歪めても声には出さないでいる。
「へー。八十稲羽って、こういうことに力を入れているんだ。うわぁっ、結構楽しみかも」
怯える西脇さんの横で理緒は頬を紅く染めて、これから起こることに胸を躍らせているようだ。だったら、この魚が入っている袋を持ってくれてもいいのに。
私たちは雪子ちゃんに見送られながら、神社に向かって歩き始めた。点いたり消えたりする電灯の音にビクビク震える西脇さん。四六商店と書かれた看板を見て、私は足を止める。そういえば月に一回、寮にこのお店と同じ所から宅急便が送られてくる。受取人は総司くんだが、まさかここじゃないよね。
そして少し歩くと、赤い鳥居が見えて来た。首を必死に横に振る西脇さんの腕を引っ張っていく理緒に苦笑いを浮かべながら、私も鳥居をくぐる。すると雪子ちゃんが言っていたように、お供え物を載せる台のようなものが境内に置いてあった。その隣には注意書きが。
「えっと何々……『このお供え物に魚を載せる前に、お賽銭を入れたら大丈夫です』だって」
「ミヤ!10円!」
「って、俺が出すのかよ!」
「いいよ、湊。載せちゃって」
西脇さんと宮本くんが夫婦漫才している横で、何が起きるのか楽しみで堪らないと言った感じの理緒がそう促してくる。私も“ネタ”を知っているので、迷いなく魚を載せる。後方で「「あ゛―――!!」と悲鳴を上げるカップルがあった。
私と理緒はすぐに振り向いて、お供えもの台に背を向ける。すると、西脇さんと宮本くんがその場で硬直した。
【もし……お嬢さん方、これはいただいてしまってもよろしいのでしょうか……】
理緒が私の手を握る。私はそれに了承するようにして力強く握り返し、タイミングを見計らって振り返った……。そこにいたのは〆た稲羽マスを大事そうに抱えた白襦袢の女性。
優ちゃんの携帯で見せてもらった通りの女性が立っていた。
【えっと……私が、怖くないのですか?お連れの方々は気をやってしまっているようですけれど?】
私は理緒を見る。彼女は首を傾げているため、私から理由を述べる。
「こんばんは。えっと、私はこの肝試しのことを知っていたので驚きませんでした。鳴上総司、鳴上優の兄妹をお知りですか?」
【ああ、毎年お世話になっています。あの世にいる子供たちも大層喜んでいることをお伝え下さいまし】
まさか幽霊に伝言を頼まれることになろうとは……。
「ねえ、湊?」
「ん、どうしたの、理緒?」
「この人、浮いているね。どんなトリックを使っているの?」
「理緒、この幽霊さんは本物なんだよ」
理緒は私と幽霊さんを交互に見た後、そんなまさかといった感じで幽霊さんに触れようとしたが、魚には触れたけれど、目の前にいる幽霊さんに触れないことにようやく気付き、距離を取った。
「遅く……なったけど……、叫んでも……いいかな……(ちらっ)」
「ああ、うん。うるさくなるから、幽霊さん。もういいですよ」
【はい……。では、また会う機会がございましたら、お会いしましょう】
そう言うと幽霊さんは最初からいなかったかのように消えてしまった。しかし、しっかりとお供え物として持ってきた魚は無くなっていることから、本当に人間慣れしてしまった幽霊なんだと実感する。
その後、私は両手で耳を塞いだ。
八十稲羽の商店街に今宵もまた、若い女性の悲鳴が響き渡るのだった――。