ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
目を覚ました私は窓から注ぎ込む陽光から顔を背けつつ、周囲の状況を探る。右手を動かし視界に入れると包帯が指の先までしっかりと巻かれていた。軽く握ったり開いたりして、自分の意思でしっかりと動くことを確認した私は、脱力しつつ大きく息を吐き出す。
「……私、ちゃんと生きている」
生を実感した私の頬を一筋の涙が伝う。すると窓から注ぎ込む陽光を反射しキラキラと光る何かがあることに気付き、そちらに顔を向ける。そこにあったのは私物が置ける簡素な床頭台が置かれていた。その床頭台の上にはチャリオッツの攻撃を受けフレームが歪んでしまった私の召喚器が無造作に置かれている。私は身を捩り動く右手で取ろうとしたが、身体の芯に棘が突き刺さるような痛みを感じて伸ばしていた手を引っ込める。そして、病室の白い天井を見上げながら、“あの時”のことをゆっくりと思い出す様に瞼を閉じた。
クジャタのスキルのひとつであるボディバリアを使い、ジャスティスとチャリオッツの攻撃対象となり、迫りくる2体の攻撃によって訪れるであろう明確な死のイメージが脳裏を過ぎった満月の夜のことを。
戦車のアルカナを持つ大型シャドウのチャリオッツが大きく振りかぶった前足を私に向けて振り下ろしたあの瞬間、私の脳裏に語りかける声があった。
優しい女性の声だった気がする。
頼もしい男性の声だった気がする。
何とも言い表すことの出来ない心地よい声だったことは覚えている。
私はその声に促され、チャリオッツの攻撃が当るあのギリギリの瞬間に召喚器をこめかみに当てて、再度ペルソナの召喚を試みていた。私が現在、最も気にしている総司くんを思い浮かべながら、召喚器の引き金を引くと私の背後に顕現していたクジャタの姿が掻き消え、代わりに“蒼い星を下方から支える青い髪の巨人”が現れた。名前は『アトラス』。
「……何か4月の時と似てる気がする。初めてペルソナを召喚したあの時と。……あの時は、実力に見合わないペルソナを呼び出したことによって、精神力が全部持っていかれて昏睡したんだっけ。……つまり……」
あのギリギリの瞬間に召喚したアトラスもまた、現在の私の実力では見合わない能力を持つペルソナってことなのだろうか。
「……はぁ。……もっと、強くなんなきゃなー」
「へぇ。そんな軽口が言えるくらいに回復したんだ?」
「はい?」
声のする方へ恐る恐る顔を向けると腕を組んで仁王立ちした状態で私を見下ろすゆかりがいた。表情は笑っているけれど、目が笑っていない。というか、かなり怒っている。
「あ、あはは……おはよ、ゆかり」
「ふふふ。もう15時過ぎているんだけれどね。……この馬鹿―!!」
ゆかりは私が寝かされているベッドに飛び乗ると馬乗りになって私の両頬を抓む。ぐにぃと引きのばされた頬はかなり痛い。抵抗しようにも私の手足の動きは未だに緩慢で、なんとか動くレベルの右手ではまともな反抗ができず、ゆかりにされるがまま。
「何が『きっとうまくいく』よ!全然、どこも大丈夫じゃないじゃない!!湊が倒れると同時に召喚したペルソナが2体の動きを完全に封じ込めて、止めをさせたのはいいけど、あんたが倒れたんじゃ意味ないでしょ!!」
ゆかりは私の頬から手を離し、唇をわななかせつつ襟首を引っ掴みながらそう捲し立てる。そして私の胸に額を押し付け、声を震わせ泣き始めた。
私はかろうじて動く右手をつかって、肩を震わせ泣いているゆかりの背中を優しく撫でる。私のことを心配してくれる彼女に感謝の意を込めながら。
「ありがとう、ゆかり。それと、心配をかけてごめんね」
「……馬鹿。……絶対、許さないんだから」
ゆかりはそう言うと、そろそろとベッドから降りて佇まいを整え、美鶴先輩に頭を叩かれた。ゆかりは何の文句も言わず叩かれた場所を擦っている。美鶴先輩はゆかりと私の顔を交互に見た後、小さくため息をついた。小言が来るかなと思っていたけれど、彼女よりも先に見舞いに来ていた順平や真田先輩が話しかけて来た。
「まぁ、オレらが言いたいことは全部ゆかりっちが言ってくれたから、とやかくは言わねーけど、あんなの二度とごめんだぜ」
「順平の意見には同感だが、結局のトコロ俺たち自身が結城を楽させるくらいに強くならないといけないだろ」
彼らの表情は真面目そのもので、いつもの緩い雰囲気ではない。彼らなりに私のことを心配し、これからもシャドウと戦っていく上で今までと一緒ではいけないと思っているらしい。そんな彼らの横を通って、優ちゃんと風花の2人が私の枕元まで来て掛け布団の上に置かれた右手に触れてくる。
「湊ちゃん」
「湊先輩……」
「大丈夫だよ。見た目と違って、それほどダメージは残っていないみたいだし」
私はそう言って2人に対して微笑む。風花と優ちゃんはそれを見て、安堵のため息をつき私が倒れた後のことを説明してくれる。そんな2人の話を聞きながら私は、ここに来てから一言もしゃべっていない美鶴先輩に視線を向けたが、彼女はそっと目を逸らしたのだった。
8月10日(月)
退院した私が寮に帰ると出迎えてくれたのは優ちゃんと総司くんと天田くんの中学生と小学生の3人だった。他の皆はどこに言っているのかを尋ねると、3人は苦笑いしながら今朝のことを話し始めた。
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「こんな朝早くに制服着てラウンジに集合って、何ナンすか?」
「今日って何か、ありましたっけ?」
1階のソファにて、湊先輩から預かっているアクセサリーとアイテムの合成作業をしている兄さんの横に座って過ごしていると寝惚けた様子の伊織先輩とゆかり先輩が降りて来た。玄関先にはキリッとした佇まいの美鶴先輩と毎度おなじみの赤ベストを着た真田先輩がすでに立っている状態。
「言い忘れていたが、君たちには今日から5日間夏期講習に参加してもらう」
「「はぁっ!?」」
美鶴先輩の宣言に度肝を抜かれたような叫び声を上げる先輩たち。本来であればこういうことは前もって連絡すべきことなのだろうけれど、今回は皆の検査入院とか、ICUに入っていた湊先輩のことがあって言うタイミングもなかったし仕方がないことなんだろうけれど、ゆかり先輩はともかく寝耳に水な状態の伊織先輩は可哀想だなー。助けはしないけど。
「ちょっ、いきなりそんなこと言われたって、オレっちにも予定が……」
「ほう、学生の本分である勉学よりも優先すべき予定があるのか。それならば仕方が無い、今回の夏期講習に参加すれば見逃そうと思っていたが、早速来週から家庭教師をつ「伊織順平、心から夏期講習に参加させていただきます!!」ふふ、最初からそう言えばいいんだ」
イイ笑顔を浮かべた美鶴先輩の背後にペンテシレアが鞭を『ピンッ』と伸ばすシルエットが浮かんだ気がする。ゆかり先輩や真田先輩も身体をガクブルと震わせていることから、私だけに見えた幻想ではなかったようだ。伊織先輩から助けを求めるような視線を向けられているような気がするけれど、私はそっと視線を逸らすことしか出来なかった。
「優、昼過ぎには湊が帰ってくると思うので、出迎えを頼むぞ」
「あ、はい。分かりました!」
「今日は時間がないから桐条の迎えを寄越している。さっさと乗り込むんだ!」
美鶴先輩にぐいぐいと引っ張られて行く先輩たちの背中はなんだかどんよりとした影がのっかっていたような気がしたが、触らぬ神に祟りなしというしここはスル―の方向でいいかな。
「そういえば、優は夏休みの宿題はちゃんと進めている?」
「うん、ぼちぼちだけれど」
兄さんはドライバーやら瞬間接着剤やら、はんだごてやらを使って着々とアイテム合成を行っている。そんなことをやっている片手間で私に話しかけて来たようだ。
「そういう兄さんこそ、宿題はやっているの?」
「7月中に終わらせてある」
さらりと何でもないかのように告げた兄さんの横顔は、本当に憎たらしいほど微動だしなかった。今だって、手元に集中していて私に視線を向けようとしないし。
「面倒なのは理科の自由研究と読書感想文、社会の調べ物はどこかの古墳のことを書いておけば多分問題ないかな。順平さんたちは戦国時代の武将の誰かのことを調べればいいんだろうけれど」
「それって、先生の趣味に合わせた方がいいっていうアドバイス?」
「うん。月中の社会の小野先生は、月高の小野先生の弟らしいし、傾向はたぶん一緒だと思う。ちなみに僕は大仙陵古墳のことをパソコンで調べて印刷して、そのまま大学ノートに書き写しただけだけどね」
「それって、アリなの?」
兄さんはそれ以降、何も語らずに作業に集中し始める。確かに夏休みもあと20日くらいだし、終わらせることが出来るものはさっさと進めておいた方がいいかもしれない。というか、夏休み最終日までに宿題を終わらせていないと、美鶴先輩が女帝化しそうで怖いし……。
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「ということがありまして……。湊先輩は夏期講習には参加せず、寮で安静にしておくようにと美鶴先輩が」
「うん、ありがとう。それで、天田くんは総司くんに宿題を手伝ってもらっているんだね」
「はい。書き取りに関しては言うことがないそうなので、自由研究を手伝っているみたいですよ。何でもビタミンCについて調べるとか」
道理で台所の机の上に色とりどりの野菜や果物が乗っている訳だ。そのほとんどが総司くんが丹精込めて育てたものであることから、予想外の結果を導き出しそうで怖いけれどそれをするって決めたのが天田くん自身なら私が言うことは何もない。
「ところで優ちゃんはどのくらい終わっているの?」
「私は書き取りがほぼ終わりで、自由研究とか読書感想文などがまだ手をつけてないです」
「ここで一緒にやらない?」
「別に構いませんけど……もしかして、湊先輩」
「てへっ」
合宿とかタルタロスとか仲間関係とか色々忙しくて、私はまだ宿題に手をつけていないのだ。これを機に進めて行こう。夏休みの終盤にきつい思いをしなくてすむように。