ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
僕は深いため息と共に狭い室内を見回した。
きちんと整理された本棚、真新しい寝台やハンガーに掛けられた学生服が目に映る。
机の上には分解されたエアガンがある。元々自分自身の護身用にと作成するつもりであったリボルバータイプのそれであるが、完成はずっと先にするはずだった。けれど、急に必要になった。そもそもの原因は僕自身にあるのだけれど……。
発端は先輩方が夏期講習で疲れて帰ってきて、いつものようにラウンジで過ごすことなく自室へ戻って行った後、後片付けをしているときに乾くんが話しかけて来たこと。
「総司さん、これが済んだらちょっといいですか」
「構わないけれど、何かあったの」
「はい。総司さんじゃないといけないことなんです」
と、ショタ好きなお姉さんが見たら、鼻から愛情が流れ出そうな愛くるしい笑みを浮かべ言う乾くんの姿に一先ずの不安を覚えた僕の勘は正しいものだった。
「はぁ……。『念のために戦えるようになっておきたいんです。だから、力を貸して下さい』かぁ。乾くんにペルソナやタルタロスのことを教えたのは早計だったかなぁ……けど、結局のところ夏休みの最終日に仲間になるんだから、別に問題はないのか?」
僕は作業を進めつつ思案する。幸いと言っていいのか分からないけれど、特別課外活動部のメンバーは、優以外は夏期講習のことや、怪我のことがあって安静にしていなければならないこともあってタルタロスに向かうことはないだろう。夏期講習の無い優も部活で朝が早いし、アイギスさんは結城先輩につきっきりで問題なし。コロマルには黙っていてもらうのではなく、共犯者になってもらう方向でいいとして、問題は乾くんにペルソナの扱い方を教える講師の方だ。
「とは言っても、そんな相手は師匠くらいしか思い当る人はいないんだけれどね」
8月12日(水)
僕はクーラーボックスを肩に下げた状態でポートアイランド駅の裏手にある溜まり場に立っていた。僕の足元にはゴロツキが数人転がっていて、それぞれ足や腕、腹を押さえて蹲っている。僕がやられるのを肴にして笑おうとしていたギャラリーの不良たちも身を震わせて、僕の視界に入らない様にそそくさと逃げるように移動していく。そんな彼らを押しのけて、僕に近づいてくる影があった。
「ちっ……。またか」
「ははっ。いやだなぁ、師匠。正当防衛ですよ」
僕が満面の笑みを浮かべ相対すると、心底嫌そうな表情を浮かべる師匠。荒垣真次郎先輩がコートのポケットに両手を入れた状態で立ち僕を見下ろしていた。彼は僕よりも頭ひとつぶんは大きいので見下ろされるのは当然のこと。
「てめえに何で適正がないのかが不思議でならねえよ。……で、用件はなんだ。5月の時の様なやつじゃねぇだろ、……その中は空みてぇだしな」
「はい。師匠に相談があってきました。先日の満月の戦いの折、先輩方が重傷を負って病院に入院した話しはご存知ですか?」
「聞いている。ストレガの件もアキから聞いた」
「そうですか。僕はその“ストレガ”の件は聞いていないんですけれど、今回の用件とは関係ないので置いておきます。今日は、ペルソナの扱い方について実戦を踏まえて指導してもらいたいんですよ。新しく特別課外活動部に入ったコロマルと天田乾くんに」
「……っ!?なんだと!!」
師匠は目を見開き、僕の胸倉を掴みギリギリと首元を締めあげる。
彼の感情の振れ幅がここまで酷いのには理由がある。師匠が生きているのは贖罪のため。その相手は乾くんだからだ。師匠は過去にペルソナを暴走させ、乾くんの母親を殺している。故に罪を感じ、この場所から離れられないでいる。
だが、このことは当事者である師匠と、当時その場にいた真田先輩と桐条先輩、そして彼らの行動を見て来た幾月氏しか知らない。
“僕”は知らないのだ。だから、それとなく演技を混ぜる。
「げほっげほっ……。いきなりどうしたんですか、師匠。犬がペルソナ使うのがそんなにおかしいことなんですか?」
「っ……わりぃ」
師匠は苦しがる僕を見て胸倉を掴んでいた手を放す。咳き込む僕の姿を見てニット帽の上から頭をがしがしと掻いた師匠は、詳しい話を聞くため雑居ビルの中に入る様に促してくる。
「アキたちがその犬……コロマルやガキを見れないのは何でだ?」
「休学している師匠には関係ないですけれど、先輩方には夏期講習というものがあってですね」
「はっ……そうかよ」
8月13日(木)
コロマルの散歩に行くと言って外に出た僕と乾くんは、コロマルの散歩コースとは反対方向である巌戸台駅方面へ歩みを進める。そして、コロマルのリードを乾くんに持たせ、僕は忍び足で裏口へ回る。そして、予め用意しておいたボストンバックを背負うと乾くんたちがいるところに戻る。
「おまたせ、行こうか」
「はい、総司さん」
「きゅーん……」
目を輝かせて返事をする乾くんとは裏腹に、僕たちの都合によって強制的に共犯者とされているコロマルは両耳をペタリと垂らし尻尾を元気なく左右に揺らしている。
「ごめんね、コロマル。また高級ドッグフード用意するからさ」
「……ワフッ」
仕方が無いと言いたげなコロマルを連れて、僕と乾くんは歩いて行く。
「そうそう、乾くん。後で渡すけれど、頼まれていた物は完成したよ。そして、電車の中では攻略本をしっかりと読んで挑む階層の敵の情報はちゃんと暗記して」
「はい。寮では結局攻略本を見る事は出来ませんでしたし。やっぱり、知らない振りをしている以上、そういった行動はむずかしいですよね」
「保管場所が作戦室っていうのも、難易度を上げる要因だったね。コロマルには絵を描いて説明はしたんだけれど、本来は山岸先輩がアナライズしてバックアップをするから必要がないんだけれど、今回はそのバックアップがないからね」
巌戸台駅前についたけれど、夏休みかつ平日の夜ということもあって往来を行き来する人は少ない。本来、電車に乗る際にはペットは専用のゲージに入れなければならないが、そんなものは持ってきていないので僕はボストンバックを地面に降ろしてチャックを開けると、不思議そうに見ていたコロマルを素早く抱きかかえて、ボストンバックの中に入れる。
コロマルは吠えることすら出来ずに、ボストンバックの闇に呑まれた。
「……総司さん、それも貴方が作ったんですか?」
「……ソウダヨ」
「…………」
遠い目をしながら僕のボストンバックを見つめる乾くんの手を引いて駅のホームに向かう。その際、本当に大丈夫だよねと肩に下げているボストンバックに目を向ける僕であったが、海で釣った魚の鮮度を保つ機能があるのでコロマルも大丈夫だと高を括り、電車が来るのをひたすらに待つのであった。
師匠と待ち合わせをした月光館学園の正門前にて、乾くんに頼まれていた装備一式を手渡す。
・改造エアガン(リボルバータイプ)……弾丸を込める穴の4つにはそれぞれ火・氷・雷・風のジェムを圧縮して作った属性弾が込められ、1つは相手の動きを少しだけ止める拘束弾がセットされている。残っている空きの穴には、消費すればなくなる特殊弾を込めれるようにしている。
・特殊弾セット……力封じ効果を与える無力弾(ナイアーム)、魔封じ効果を与える沈黙弾(サイレンス)、速封じ効果を与える鈍重弾(スケアクロウ)。の3種類の特殊弾。当れば確実に敵の弱体化が望めるが出来たのは1発ずつで次も作れるかは不明。
・改造サバイバルシャツ……辰巳東交番で僕が買える防具に、アクセサリーであるガードバンドを組み込んで耐久性を上げたもの
・改造ラバーソール……辰巳東交番で僕が買える装備に、アクセサリーであるスピードバンドを組みこんで素早さを上げたもの。
「えっと、分かっていると思うけれど、絶対に無理はしないこと。『命を大事に』、これが一番だからね」
「分かっています。無理を言ってすみませんでした、総司さん。……あっ、もしかして総司さんが言っていた師匠さんですか」
乾くんが近づいてくる人影に気付き声をかける。師匠は面倒くさそうにしながらも、それに答える。コロマルも知り合いであったために特に興奮することはない。
「師匠、これが先日言っていたタルタロス攻略本です。くれぐれも無理だけはしないようにお願いします」
「分かってる。なによりもまずは、天田とコロマルを戦えるようにすることが大前提だろ。今日は『世俗の庭 テベル』だけにするさ」
師匠はそう言うと乾くんとコロマルを近くに呼んで自分のペルソナの能力について説明を始める。今回のレベル上げだが、乾くんは自身の召喚器を持っていないので師匠のを借りる他に方法がないが、無理にする必要はない。
テベルに出てくるシャドウであれば、乾くんに渡した改造エアガンの弱点で無い属性弾を使っても一撃で倒せる威力があるからだ。
僕は携帯電話を開いてディスプレイを確認する。もうそろそろ時間のようだ。
「師匠、乾くんとコロマルをお願いします。乾くんとコロマル、何度も言うけれど危なくなったら、ちゃんと師匠を頼るんだよ。じゃあ、いってらっしゃい!」
「はい、行ってきます!」
僕はそう言って背を向けた彼らを見送った。しかし、次の瞬間には……
「ただいま戻りました。総司さん!」
着ていた衣服が少しボロボロになっているものの元気ハツラツな乾くんと疲労気味でごろんと寝転がっているコロマル。そして、どこか遠い目をしながら哀愁漂わせる師匠が立っていた。
乾くんは僕が作った改造エアガンやタルタロス攻略本の正確性を声だかに語り、テンションが高いまま落ちないでいる。状況の説明を師匠にお願いしようと思ったが、「疲れたから帰る。明日も同じ時間でいいんだな」とだけ言い残し去って行った。
乾くんにコレを渡したのは早計だったかもしれない。