ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
タルタロスから脱出するためにトランスポーターを探していた私たちの前に立ちはだかる死神は右手の銃を構えた。皆の表情に緊張が走るが、死神は銃口をこちらに向けず天井に向けた。重い金属的な衝撃音が響き渡ると順平・ゆかり・美鶴先輩・真田先輩の4人の身体をナニカが包んだ。
「なっ!?力が……抜ける!」
「なに……これぇ……」
私の目の前でゆかりがぺたんと座りこむ。順平と美鶴先輩は武器を杖代わりにして立っているが、思うように力が入らないのか足元がおぼつかない。真田先輩は歯を食いしばり、何故か影響を受けなかった優ちゃんとアイギスと共に武器を構え死神を牽制している。
しかし次の瞬間、死神は左手の銃を反対側の時と同じように天井に向け放った。本来アイギスの弱点であり、真田先輩にとっては耐性のあるはずの電撃属性の全体攻撃スキルを。
腹にある力を根こそぎさらって行くような威嚇的な音と共に目を開けていられないほど強力な発光によって何も見えず聞こえない恐怖の時間が訪れる。
こんな化け物を相手にしている時に、見る事も聞くことも出来ないなんて、悪夢以外の何物でもない。時間にしてそれは1秒か、10秒か分からないけれど発光が治まると同時に目をこすりながら私が見たのは、大きく手を広げ後ろにいる私たちを守る様に立つアイギスの背中だけ。
「明彦っ!?優、しっかりしろ!!」
美鶴先輩の悲鳴のような叫びを聞いて状況を認識する。アイギスの両脇にうつ伏せで倒れる2人の姿。優ちゃんはともかく耐性を持っているはずの真田先輩も地に伏せていた。耐性を持ってさえいえば耐えられない攻撃であったことは、総司くんの合成アクセサリーで弱点を打ち消していたアイギスを見れば一目瞭然だ。なのに、優ちゃんと一緒に倒れているってことは、
「初めの行動は、皆の耐性を打ち消すスキル」
物理攻撃に対しては耐性を持つが、属性攻撃に対しては無防備になってしまう優ちゃんと一緒に倒れてしまっているところを見ると間違いはなさそうだ。
順平と美鶴先輩が死神に対して攻撃し、ゆかりがアイギスや倒れた2人の回復を行っているが、どちらも焼け石に水だ。死神の方は攻撃を受けても身じろぎもしなければ、仰け反ることもなく平然と攻撃を受けている。その内、順平と美鶴先輩の方に限界が先に来た。スキルを乱発し、圧倒的な実力差のある死神と対峙し続けたことによって精神力が削られ、ついに召喚器の引き金をひいてもペルソナが召喚されなくなった。
ゆかりの方は最初から。死神に力を奪い取られたショックからかペルソナを召喚して回復させることが出来ず、恐怖心を抑えつけながらアイギスたちの間を行ったり来たりして、一向に目を覚まさない優ちゃんと真田先輩の状態に顔を青褪めさせている。
「やばっ!?」
順平の焦るような声を聞いて前を向くと、膨大な量の光が順平と美鶴先輩の近くで圧縮され、耳をつんざくような轟音と共に炸裂した。光の爆発をまともに受けた順平と美鶴先輩、アイギスたちの回復に奔走していたゆかりも余波を受け、私の近くまで転がって来た。身を起こしているのは、
……私だけになっていた。
壁に叩きつけられ武器を手放して微動だしなくなってしまった順平と美鶴先輩。身に余る電撃を受けショック状態から意識を取り戻さない優ちゃんと真田先輩。攻撃に耐えきったもののダメージから指一本動かせなかったアイギスも機能を停止して仰向けに倒れてしまっている。
不意に袖を引かれ視線を落とすと、額から夥しい量の血を流し荒い息をつくゆかりと視線があった。ゆかりは下唇を噛みしめた後、強い口調で私に告げる。
「逃げてっ!……湊だけでも、ここから……早く逃げて!」
彼女はそう言うと私の前に転がっていた召喚器を引っ掴み、私たちに狙いを定め寄ってきている死神の方へ向き直った。そして、召喚器の銃口を眉間に押し付け引き金をひく。
何度も、何度も……。
「来て!来て!来てよ!私の声に答えてよ!」
ゆかりの悲痛な叫び声も虚しく、死神が両手に持つそれぞれの銃口が私とゆかりに向けられる。撃鉄が起こされる音が無駄に大きく辺りに響き渡る。右斜め前で必死になって召喚器の引き金を引いてペルソナを召喚しようとしているゆかりを余所に、
私は生を諦めていた。
ぼんやりと拳銃を構える死神を見る。仮面にひとつだけ開けられた穴から見える目が細められるのを見て、「……これで終わり」と私が呟くと同時に、銃声が響いた。
前に本で見た覚えがあるのだが、自分を撃った銃声は聞こえないらしい。つまり、私たち以外の誰かが撃たれたってことになるのだが、生憎と知り合いに銃を持ち歩く人間は死神の後ろの方で転がっているアイギスくらいしか思いつかない。なので、撃たれていないことに呆然としていたゆかりと顔を見合わせ首を傾げる。
【……ッ!!??】
すると苦悶の声が目の前から聞こえて来た。視線を上げると死神の身体に青色の鎖が巻きついてその身を縛りあげている。死神は拳銃の引き金を焦ったように何度も引くが、何の攻撃もなされない。私とゆかりが唖然としていると、後ろの方から『タタッ』という軽い足音が近づいてきた。そして、
「総司さん特製【ナイアーム弾】おまけに【スケアスロウ弾】です!!」
つい先ほど聞かれた銃声と同じ音が2度響く。すると死神の身体に赤と緑の鎖が巻きつくように現れる。赤色と緑色の鎖はそれぞれ巻きつく所が違うけれど、ギチギチと音を立てて死神の肉体をきつく縛り上げる。
「合わせろよ!来い、カストール!!」
「ワオオォォォン!!」
三色の鎖によって行動を著しく制限されていた死神に黒い馬のような物に跨ったカストールと三つ首の黒い獣が襲いかかった。迎え撃つことも、防御することも、回避することも出来なかった死神は2体の攻撃をまともに喰らって身を仰け反らせ、弾き飛ばされるように床に押し倒された。私たちを全滅に追いやった死神を、「こんな風に無力化するなんて一体誰が……」、と思っているといきなり抱きかかえられた。
「「ひゃっ!?」」
ゆかりと同じタイミングであったので、驚く声まで被ってしまった。ゆかりの方がテンパって暴れている所為か、私は冷静に状況を様子見る。すると見覚えのある臙脂色のコートが視界に入った。それを見て、私がまず思ったのは……。
「……夏真っ盛りなのに、暑くないんだろ?」
「テメエ、割と余裕があるみたいだな」
私たちを助けてくれたのは5月の時の満月戦にて共闘する形となった荒垣真次郎先輩。それにコロマルだった。コロマルはペルソナで死神を攻撃した後、すぐに壁に凭れかかるようにして気絶していた順平の服を噛んで通路の奥へ引っ張って行った。そして、今は美鶴先輩を引き摺っている最中である。
「……どうして、……先輩がここにいるんですか?」
「その質問は、ここから出た後だ。……起きろ、アキ」
私とゆかりを抱えた荒垣先輩はうつ伏せで倒れたままの真田先輩の脇腹を容赦なく蹴る。すると咳き込みながらだが、真田先輩が意識を取り戻した。
「げほっげほっ……。っぁ……シ、シンジっ!?おま、何でここに!!」
「説明は後だ。お前はそこの金髪と鳴上妹を連れて行け。……天田!」
「【サイレンス弾】の効力が切れそうです。【スケアスロウ弾】の効力で命中率がさがっているので大丈夫だと思いますけれど」
荒垣先輩の声かけに返事をしたのは、声変わりしていない男の子の声だった。荒垣先輩に抱きかかえられたまま、じたばたと身体を動かしていたゆかりも動きをピタッと止めて、死神に対して警戒を払う天田くんの姿を見て目を大きく見開いた。当の天田くんは私たちの視線に気付いて、可愛らしく手を振ってくる。思わず私とゆかりはそれに手を振り返す。
「って、ちがーう!!なんで、どうして、そこに天田くんがいるの!!」
「コロマルも結構レベル上げているし、何が何やら……」
「……。アキ、後で話がある」
「奇遇だな、俺もお前に聞きたいことがある」
優ちゃんを背負い、アイギスの身体を引き摺ってきた真田先輩と、召喚器とは違う銃を持った天田くんと合流し、荒垣先輩に荷物の様に担がれて私たちはタルタロスを後にした。トランスポーターでエントランスに戻る間際、三色の鎖から解き放たれた死神が目を紅く染め、光となって消えゆく私たちに向かって最大火力の魔法スキルを撃ちこんできたが、何とか逃れる事が出来たのだった。
◇◇◇
「ぐ、ああ……!ぎゃあああああ!」
「うるせえ、男なら黙ってろ」
自分たちよりも格上のシャドウ、そして満月の時の大型シャドウとも比べ物にならないほどの強さを持った死神から命からがら逃げ出すことに成功した私たちは、タルタロスのエントランスにて治療を受けていた。
皆の怪我は裂傷がほとんどで、骨折とか内臓破裂とか重傷を負った者がいなかったのが幸いして、所持しているアイテムでなんとかなりそうだった。ちなみに男子の方の治療は荒垣先輩が担当しており、順平が治療の痛みに暴れ、それを先輩が抑えつける事によって痛みが倍増という無限ループに陥っている。
治療を自分でし終えた真田先輩が急に立ち上がった。どこに向かうのかを見ていると、彼は美鶴先輩におもむろに話しかける。
「…………はぁ」
「そう落ち込むな、美鶴。今夜のことは誰にも予想できなかったさ」
「いや、しかしだな。湊の件は、薄々気づいていた。しかし、私はそれが偶然だと決めつけて、皆を……」
美鶴先輩は階段に腰掛けて頭を抱えている。普段のキリッとしている彼女の姿からすると、もの凄く憔悴しているように見える。その原因は私にあるのだけれど。
「湊さん、メディカルパウダーです。肘と膝を怪我していますよね、出して下さい」
「あ、……うん」
私は言われるがまま怪我している箇所をさらけ出す。怪我の程度を確認した天田くんは消毒液を浸したガーゼで汚れをふき取るとメディカルパウダーを塗って行く。ふと、彼の足もとに置かれた“銃”に視線がいった。私たちが持つ召喚器とは違う、銃弾が発射される普通の銃である。
「気になりますか?」
「うん。これは一体どこで手に入れたの?」
「総司さんに無理言って作ってもらったんです」
天田くんはそう言ってメディカルパウダーを塗って治療を終えた箇所に包帯を巻いて行く。手際がいいので気にしていなかったが、よくよく考えればこれもおかしい。私が訝しげに天田くんを見ていると、彼はにこっとどこかで見たことのある笑顔を見せ、治療の済んでいない優ちゃんの所へ駆けていったのだった。
◇◇◇
治療を終えた私たちは一箇所に集まって、話し合いを行うことになった。というよりも、あの絶妙なタイミングで応援に来てくれた荒垣先輩、コロマル、そして天田くんのことなのだけれど。当然、私たちの視線は本来、いてはいけない人物へと集中する。しかし、
「(にこっ)」
天田くんは清々しいまでの笑みを浮かべ何も語ろうとしない。それを見かねた荒垣先輩が口を開いた。
「桐条、これは確認なんだが……。お前たちは天田に事情を話していなかったのか?」
「ああ。寮で一緒に生活していただけだ」
美鶴先輩からの返答を聞いた荒垣先輩は苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべる。そんな彼の様子を見ていた真田先輩が私たちの顔を一通り見た後、大きなため息をついて告げた。
「シンジ。お前に天田のことを頼んだのは、総司か?」
「ああ、そうだ。『コロマルと天田が仲間になった。しかし、先輩らは夏期講習で疲れているから、その間講師としてペルソナの扱い方やシャドウとの戦い方を教えてやってほしい』とな」
荒垣先輩はニット帽の上からガシガシと頭を掻くと天田くんを見た。天田くんは周囲の状況を見て肩を竦める。
「僕がこのことを知ったのは、皆さんが満月の翌日に帰ってこなかった時です。総司さんに皆さんが帰ってこない理由を尋ねたら『乾くんに嘘はつきたくない』って全部教えてくれました」
天田くんの言葉を聞いて美鶴先輩の表情が曇り、真田先輩が遠い目をする。順平とアイギスは苦笑いし、ゆかりは納得するように頷いている。
「そ、そうか。……私たちの身から出た錆ではないか」
「これでは怒るに怒れないでありますね。そもそも寝る前までピンピンしていたのに、翌日には怪我で入院が必要など、適当な嘘など思いつくはずがないであります」
「これはフォローできそうにないなー」
皆が悩ましげな表情を浮かべているのにも関わらず、天田くんはニコニコと笑みを浮かべたままである。そのことを荒垣先輩に指摘されると彼はこう答えた。
「総司さんに出来ないことを、僕はやり遂げることが出来たんですよ。嬉しいに決まっているじゃないですか」
と。それは本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべ言うのだった。