ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
5月2日(土)
優ちゃんは朝から部活があるということでお昼前に来る予定の総司くんのことを任されてしまった。料理の感想くらいでしか会話したことないけれど、たぶん大丈夫なはず。
「ふむ、鳴上くんのお兄さんが来るということだったね。僕も挨拶をしておこうかな」
月光館学園の理事長で特別課外活動部の顧問である幾月さんが眼鏡を輝かせながら言う。短い付き合いだけれど、きっとくだらないダジャレを披露する心算なのだろうなと乾いた笑いをこぼすしか出来なかった。
11時を過ぎたころ巌戸台駅方面からボストンバックを肩に下げた灰色の髪の少年が歩いてくるのが見える。私に気づいたようなので手を振って名前を呼ぶと彼も笑顔で返してくれる。
「おはようございます。結城先輩……であっていますよね」
「うん。いらっしゃい、総司くんでいいんだよね」
「はい。妹の優がお世話になっています」
「どうってことはないよ。優ちゃん、いい子だしね。ささ、入って」
総司くんを先導するように寮の扉を開き中へ招く。総司くんは「お邪魔します」と小さく呟いて中へ入ってくる。彼の来訪に気づいた幾月さんは新聞を机に置き、近づいてきた。
「君が鳴上君のお兄さんでいいのかな、挨拶が遅れたね。ボクは月光館学園の理事長でここの責任者の」
「幾月修司氏ですよね。さすがに学園の理事長の名前くらい分かりますよ。修司(しゅうじ)だけに周知(しゅうち)されているって……すみません」
「いやいや、ボクの駄洒落好きなことまで知っているなんてありがたいよ。ここに住んでいる子たちは相手にしてくれないしさ。まさに胃も無視の芋虫……なんてね」
唐突の駄洒落の応酬に私の体感温度は急激に冷えだした。もう5月に入って外は陽気でぽかぽかなのに。加え総司くんの方も割とノリノリに返答するし。
「虫シリーズの駄洒落ですね。僕もいくつかレパートリーありますよ。油染みかと思ったらアブラゼミとかコガネムシは小金無視とかですね」
幾月さんと総司くんは間を置いた後、熱く握手を交わした。
あの薄ら寒くなる幾月さんの駄洒落に合わせるとか総司くんも同類かと思ったが、たぶん違う。あれは総司くんが幾月さんに合わせているんだと感じる。空気を読んだともいえる。
気分を良くした幾月さんは総司くんをソファに招き入れ、巌戸台分寮での過ごし方とか寮の3階に立ち寄る時は私たちに一言入れておかないとひどい目に会うとかアドバイスしている。
大体10分くらいして幾月さんは総司くんに引きとめて悪かったねと言いながら立ち上がった。
「いやぁ、有意義な時間だった。桐条君や君の妹から聞いているけれど、ボクも君の料理は食べるのを楽しみにしているよ」
「ご期待に添えるか分かりませんけど、自信はありますよ」
ちらっと私を見る総司くん。
「娘んちで蒸すメンチ」
「おお、なるほど!」
私にはちょっと理解できそうにない世界観がそこに広がっていた。
台所に移動した総司くんは早速冷蔵庫の中身を確認している。小さく「9人分か……いや多目に作った方がいいかな。明日は鉄板のカレーでいいとして、……」呟きながらてきぱきと食材を整理していっている。
「総司くん、とりあえず料理をするまえに荷物を置いてきたらどうかな。2階の奥の部屋がそうだから」
「ありがとうございます。けど、このバックはその“位置”でいいんですよ。着替えも入っていますけど、半分は調理に使うように厳選してきた僕オリジナルの調味料だったり、家庭菜園で作った果実だったり、色々入っているんです。情報漏洩を危惧しお見せできませんが」
「ちょっ、私はそんなことしないよー」
「いや、ここって桐条グループの傘下ですよね。……そういうことです」
総司くんはそう言葉を濁した。
え、何?桐条先輩の実家が絡んでいるからやめとくって何?
「そんな隠しカメラがある訳じゃないんだし……あれ?総司くん、なんで視線を逸らすの?もしかして本当にそんなものあるの、ねぇ答えて!」
「……ノーコメントで」
もうその答えが物語っているよ。あるんだね、隠しカメラ。一度、大捜索しないといけない。総司くんが言うには時折部屋の隅や物が置いてある場所から視線を感じるのだそうだ。
「とりあえず後で優の部屋に入らせてもらって、カメラの前に物を置くとかしようと思います。こうやってキングフロスト人形を持参してきたので」
「ちょっと待って、その人形どこに入っていたの?」
「詰め方にちょっとした工夫があるんです」
ボストンバックの直径より大きなキングフロスト人形。ちらっと見えたボストンバックには着替えと風呂敷のようなものが入っているだけで、先ほど彼が言っていた調味料や果実は見当たらなかった。それを告げたところで誤魔化されるのが見え見えだったので口を噤んだが、総司くんも大概なようだ。
「さてと今日は男女比が1:1なので、鶏肉を使ってガッツリかつヘルシーな料理を作ろうと思います」
そう言って総司くんは昼食作りに取り掛かる。先ほどまでとは打って変わって真剣な表情になり、動作ひとつひとつが丁寧かつ大胆に下ごしらえを行っていく。手伝いを申し出たがお客さん扱いでくつろぎながら待っていてほしいとのこと。
やり取りがもはやプロの領域である。
恐らく彼は自分1人で調理を仕上げるタイプなのだろう。他人が自分の領域にいると力が半減するとか、そんな感じの。男の人が料理すると完璧にしようとするあまりこういう人が多いって雑誌にも書いてあったものなぁ。
「はぅっ!?」
鳥もも肉の皮をカリカリに焼いている音が、ご飯の炊きあがる瞬間の甘くていい匂いが、新鮮な野菜の鮮やかな色彩の全てが私の空腹を加速させる。
『くぅ~』
私は咄嗟にお腹を抱えた。
聞かれていない?聞かれていないよね。
私のそんなささやかな抵抗は、穏やかな目をした総司くんにすぐに見破られ、しくしくと涙を流しながら出来上がるまでの繋ぎとして出されたクッキーをついばむことになるのだった。
その日の夜のタルタロスにて
『敵はマジックハンド2体とトランスツインズ2体だ。……って、もう終わりか』
桐条先輩のしょんぼりとした雰囲気の声が頭に響き渡る。
ゆかりや優ちゃんも苦笑いを浮かべるが仕方がないことである。
昼ご飯と晩ご飯で出された料理によって疲労感はなく調子は絶好調。
料理に使われていた食材の恩恵なのか、ペルソナ本来の能力では弱点になっている所が耐性になっており、タルタロスに踏み入れてから私たちがダウンすることはない。
宝物の手と呼ばれる、私たちの姿を見つけたら一目散に逃げ出すシャドウも優ちゃんの見敵必殺(サーチアンドデストロイ)の前には無力だ。
「心なしかオレっちのヘルメスの魔力も上がってんのかな。いつもより威力があるかもしれねぇ」
順平のアルカナは魔術師。魔力が高いはずの彼のペルソナは物理攻撃が主体の能力値で魔力は低く、本来は牽制程度の威力しかない。しかし、今夜の『ヘルメス』の炎はシャドウを一撃で焼き尽くす。
「ああ、それは感じるよね。一段階上のスキルっていうのかな。ほんと、総司くんって何者なのかな」
もともと高い魔力を持つゆかりのペルソナ『イオ』。彼女が放つ風のスキルのガルは体を引き裂く突風を吹かすレベルであるが、今夜は切り刻んだうえに対象シャドウの破片を周囲に散らかし余剰威力で近くにいるシャドウに致命的なダメージを負わせる。
「私の自慢の兄さんです!」
「はいはい、それは分かっているから」
「岳羽先輩、私には少し厳しくないですか?」
そういった優ちゃんは力を増したペルソナの恩恵なのか、喜びをぴょんぴょん跳ねながら体現している。跳ねていると表現したが、タルタロスの通路の天井に手を軽く触れるくらいだと言っておく。この瞬発力と跳躍力のおかげで私たちが桐条先輩に告げられた敵シャドウと対峙するころには、すでに数が減っている。
「この分だと、番人シャドウに挑んでも問題ないか。よし、10Fに行ってただの手袋にしてやろう!」
「「「おお!」」」
5月3日(日)
一晩置いたカレーに手を出すことを禁止された面々がそれぞれ洋風テイストに仕上げられた朝食を取る。
外はカリカリ、中はフワフワでありつつジューシーなフレンチトーストを食べた桐条先輩が
「エクセレントっ!」
と立ち上がった時は何事かと思ったが、一口食べれば賛同できる。付け合わせに出された温野菜とお好みでどうぞと置かれたハーブ入りの塩、これもまた絶品で普段は絶対に野菜に手を出しそうもない順平が我先にと食べていたのが印象的だ。スープを飲めば、体中に広がっていく何とも言えない温かさに力んでいた肉体が安らいでいくのを実感する。
朝食を終えた私たちはラウンジのソファに座り、まったりと過ごす。タルタロス探索の翌日とは思えない満ち足りた雰囲気に、私たちの思いは桐条先輩に何を言うでもなく伝わった。
「まいった。君たちの意見を認めよう」
それは巌戸台分寮に寮母さんを置いて、食事面をカバーしてもらうということ。第一候補は勿論、朝から食べるのを断固阻止させていたカレーの仕上げに入っている総司くんだ。
「昨日の昼食と夕食も素晴らしかった。我々の要望を満たしつつ、完璧に調理を仕上げるあの心構え。タルタロスでの君たちの戦果。目を見張るものがある」
桐条先輩と優ちゃんは頷きあって総司くんの方へ視線を向けた。彼は視線に気づき顔を上げたがそのころには2人はこちらに顔を向けていた。
「エクセレントって、桐条先輩も言っていましたしね」
私がちらっと総司くんを見るとカレーとは別に何かを茹でている。ポテトサラダかな。
「総司くんのオリジナル調味料もまた凄いよ。ジャンクフードばっか食べてる順平に、美味い美味い言わせて野菜を食べさすんだよ」
「地中海の塩とハーブの何種類かを混ぜたものだとは思うが、詳しいことは分からない」
「桐条先輩でも判別できない代物を中学生の彼がねぇ」
ゆかりもソファに背凭れながら総司くんの様子をのぞき見る。
肝心の総司くんはまな板の上で何かを切り分けた後、私たちの前にお皿を置いた。
見ただけで完熟し、食べごろだと分かる果肉が盛りつけられていた。
4人全員がその果肉に目を奪われ、生唾をごくりと飲み込む。こ、これがお預けをくらっているわんちゃんの気持ちか!
総司くんはそんな私たちの心の変異に気づかず、さも当然と言わんばかりにフォークの準備をした後、台所に戻っていって作業を再開した。
「食べて……いいんですかね」
「私たちの前に置かれたということはいいんだろうな」
「お皿に盛りつけられているだけなのに、どうしてこんなに神々しいの!?」
「よし皆の者、実食じゃ!」
上から優ちゃん、桐条先輩、ゆかり、私の発言である。
フォークで突き刺しただけで滴り落ちて行く果汁、それがもったいなくて放り込んだ口の中でその果実は甘い余韻を残し消えた。
「「「「あぁっ!?飲み込んじゃった(でしまった)!!」」」」
味合わなければと思うが中々、思うようにいかず。あっという間に残り1つずつになってしまった。
「どうしてこのレベルのものを何の説明もなしに出すんだ」
桐条先輩は恨むような目つきで総司くんを見る。
「美味しいって分かっているのに、味わえていないよ」
さめざめと涙を流す優ちゃんはツンツンと最後の一個をつついている。
「いやなんなの、なんなのこれ。ありえないでしょ、ありえないよ、こんなの」
ゆかりのそのセリフは時期早々なのではなかろうか。
私も最後に残った一欠けらを見て、決意を固める。みんな同時に最後の一個を食べ飲み込まないようにしながら、味わい…………。
【死は、ふいに来る狩人にあらず もとより誰もが知る……】
「違う違う。これは死んだ時のってあれ?」
気づいた時には昼前になっており、真田先輩と順平が昼ご飯の準備を手伝っている奇妙な光景を目の当たりにした。
「やっと起きたのか、湊っち」
ポテトサラダの盛り付けをしていた順平に話しかけられる。その不自然さに首を傾げていると
「美鶴が起きた瞬間に鳴上兄に詰め寄ってな。現在、追いかけっこの最中だ。だから、準備を万全にし、戦いに備えておく」
そういう真田先輩は大皿を持って炊飯ジャーの前を陣取っているが、確かに気持ちはわかる。カレーの匂いは食欲をおおいに掻き立てるうえに、作ったのは総司くんだ。拙いはずがない。
ゆかりや優ちゃんたちも再起動しはじめ、周囲の状況を確かめている。
よし、私も総司くんを捕まえに行くか!