ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
タルタロスでの探索を終えた後にベルベットルームを訪れた私を出迎えたのは、ここの主であるイゴールさんでも、ちょっと的外れなことを言うテオドールでもなかった。
「やぁ、こんばんは。今宵もいい月だね」
イゴールさんがタロットカードを使って占いをするテーブルに腰かけ、入室した私に向かって斜に構えた状態で話しかけてくる黄色のすごく長いマフラーを首に巻いた同年代の少年。似た雰囲気の子供なら知っているけれど……。
「…………どちらさまですか?」
「あれ?僕が分からないの」
少なくても髪をオールバックにして、それでいてアホ毛まで立たせてキャラ作りしている人物に私は会ったことはない。というか仮にあの少年が成長したらこうなるとは思いたく
「僕だよ。ファルロス」てへぺろ(。・ω<)ゞ
「なんで、そっち系に進化しちゃったのよ!!」
「ええぇっ!?」
なかったけれど、まさか本人の口から真実が話されるとは思わなかったよ!
しばらくすると、イゴールさんやテオドアの姿もベルベットルームに現れる。彼らは私と違い珍客であるファルロスに目立った反応はしなかった。
「お久しぶりにございます、お客人。さて、本日のご用件は何ですかな?」
「イゴールさん、ファルロスのことは何もないの?」
「ふむ。ここベルベットルームにおきましては不必要なことは起こりません。すべての事柄が必然であります。彼がこの地に現れたことも何かの意味があるはずなのです」
私とイゴールさんが話す横で自分のアホ毛を指先でつまんだり、口で吹いたりしている無邪気な少年が視界に入る。その姿に若干、苛立ちを覚える私。大型シャドウのことを忠告しに来ていた子供の姿のファルロスだったら、こんな風には思わなかっただろうに。
「それにしてもお客人におかれましては、色々と我々が想定していた定めというものを尽く覆される。しかし、決められていた定めを崩すということは、我々でも想定していなかった事態が起こり得るということでもあります。テオドア」
「はい」
傍に控えていたテオドアは私に一礼すると、壁に向かって歩いていく。その先には扉があり、彼は取っ手を握り引くようにして開ける。すると、扉の中から2人の女性が現れる。テオドアは2人がベルベットルームに入ったのを確認した後、扉を閉めイゴールさんの後ろに立つ。扉から現れた2人の女性はそれぞれイゴールさんの左右に立った状態で私を見ている。
「貴女さまから見て左におりますのがマーガレット。右におりますのがエリザベスにございます。この2人もまた私を支える者たちにございますが、これから起こり得る事態に備え、“彼女”にも此処へ来ていただく必要がございます」
イゴールさんの紹介に合わせ、2人は妖艶な笑みを浮かべたまま一礼する。そして、イゴールさんが懐から取り出した青い鍵、ベルベットルームの鍵がマーガレットさんの手を経由して私へと渡される。
「一体、何が起ころうとしているんですか?」
私の縋る様な姿にイゴールさんは首を振るだけで何も答えてくれない。それどころかテオドアやマーガレットさん、エリザベスさんも何も言わない。何も言ってくれない。
「近いうちに環境がガラッと変わるんだ」
「ファルロス?」
「僕はここの住人じゃないし、君の“友達”だから出来るだけ協力したいしね。僕には詳しいことはわからないけれど、交わるはずのなかった物語が、とある『少年』を基点として交わってしまった。本来の物語が歪んでしまうほど関わってしまったがゆえに、しばらくその少年を消そうと世界が動くってことさ」
ファルロスの言葉はひどく曖昧なものだった。それに気に食わない表現もあったけれど、ファルロスは私の所に満月戦のことを告げに来る時からどこか浮世離れした言動があっていたし、この言い方も仕方のないことなのではないかと無理やり自分を納得させる。
「ファルロスが言いたいことはわかった。けど、これから一体何が起こるっていうの?」
「それは……えっと?」
ファルロスが何かを告げようとした瞬間、聞く姿勢を崩さなかったイゴールさんから制止のサインが出された。そして、私の視線が自分に向けられるのを確認した彼は告げた。
「お客人。……自己の識闙下に抑圧された『もう1人の自分』と向き合う覚悟はおありですかな?」
イゴールさんの言葉を聞き、私の心臓は早く脈打つ。言葉で言い表すことのできない恐怖が私に、いや私たちに迫っていることを予感したのだった。
□□□
ベルベットルームから出ると私の視界はテレビのチャンネルを切り替えた時と同じように一瞬にして、タルタロスのエントランスへと変わった。見れば階段の方で先輩たちと風花が、他の皆はエントランスの中央で雑談を交わしている。
私が今回、ベルベットルームを訪れたのは総司くんとのコミュニティである『審判』がどうなるのかだったけれど、イゴールさんのあの物言いだと消滅せずに済んだんじゃないだろうかと思う。けれど、代わりに厄介事がまたひとつ増えてしまった。
「敵は、もう1人の自分…か」
それに対抗するために、私とは別にベルベットルームを利用する必要のある女の子がいる。タルタロス内にいる女の子は4人。美鶴先輩、ゆかり、風花、優ちゃん。可能性が一番高いのは、精神体であるが以前にベルベットルームを訪れたことのある優ちゃんだ。その彼女はエントランス中央で漫才のような掛けあいをしているゆかりと順平を見て指差して笑っている。
「エリザベスさんとマーガレットさんは時が来たら、“彼女”もベルベットルームに自分の意思で訪れる事になるけれど、今はその時じゃないって言っていたし静観するしかないか」
私はそう小さく呟いた。
「なーにを静観するって?」
「うわっひゃあ!?」
私は飛び上がってその場を離れる。私が今まで立っていた場所には悪戯を成功させ、『ニシシ』と口元に手を当てて小さく笑うゆかりの姿があった。エントランスの中央では順平を中心としたバカ話へと雑談のテーマが代わっている。彼女は意識が戻った私に気付いていつの間にか移動してきていたのだ。
「用事が済んだんなら早く帰るわよ。夏休みも残り少ないんだしね。それにアンタも彼に会いたいでしょ?」
そう言われ私の脳裏に浮かぶのは、キスされたくらいで顔全体を真っ赤に染めた愛しい総司くんの姿。普段は理知的で何事にも動じないのに、あんなふうにアタフタしちゃって。
「湊、よだれ。よだれ」
「おっと」
ゆかりに指摘され手の甲で漏れ出た欲望をふき取った私は、深呼吸して皆に声を掛ける。そうして今夜のタルタロスの探索は終わりを迎えるのであった。
8月31日(月)
今日は夏休みの最終日。
全国のどこの小中高の生徒たちの幾人かが陥るであろう事態に陥っている哀れな人種が残念ながらここ巌戸台分寮にも存在している。その者の名は、伊織順平。
「うおおおおおおおおおっ!!」
「順平、うっさい!!」
「静かにやらんか!!」
「……はい」
シャープペンシルを握り、頭に鉢巻きを巻いた順平が眉を吊り上げた美鶴先輩とゆかりから冷めた視線をその背に受けつつ、残りに残った夏休みの宿題を真剣と適当を適度に混ぜ合わせながら片付けている。ちなみに私は順平やゆかりたちが補習に行っている間と、空いた時間を利用して終わらせていたので、台所に立つ個性豊かな男子たちの後ろ姿を肴に紅茶を飲んで優雅な朝を満喫している。
「おい、それは塩だぞ……」
「ちょっ、豆板醤はいりませんよ!?」
「…………鬱だ」
灰色の髪を持つ少年は、すごすごとコンロの前からシンクの方へ移動し、調理の際に出る洗い物を黙々と洗い始める。どうやら調子が悪いようだが、大丈夫だろうか。
「えー……、総司くんが調子悪いのは湊ちゃんの所為なのに」
「無駄だ、山岸。都合の悪いことは完全に聞こえなくなっているからな」
ヒソヒソと私を見ながら会話をする風花と真田先輩。私がそちらに視線を向けるとぎこちない笑みをこっちに向けてくる。
「カオスだねー」
「カオスであります」
「クーン……」
優ちゃんとアイギスは、作成総司くん、改修荒垣先輩のコロマルの犬小屋付近で、現在の巌戸台分寮の様子をコメントしている。そんなに心配しなくても、この雰囲気は午前中だけだよ。順平の宿題も厄介な物を後に後にと先に延ばした結果だし、他の物は総司くんや天田くんと一緒に地道にやっていたしね。
「あ、そういえば伊織先輩」
何かを思い出したように優ちゃんが声を出した。真剣に宿題へと向かっていた順平の視線が掲示板付近に立つ優ちゃんへと向けられる。丁度間が良かったのか、同じフロアにいた面々の視線もついでに彼女へと集まった。
「え、どうかしたか優ちゃん?」
「はい。あの赤い髪のゴシックロリータ風のファッションの女性とはどんな関係なんですか?彼女って、伊織先輩の人とは全く喋ろうとしないんですよ。ナンパしようとした男たちには何を言ったか知らないけれど、言葉のみで泣かせて退散させていたし」
「ちょっ!?優ちゃん、なんでそれを知って……。はっ!?」
「ほほう、伊織。お前、宿題を溜めこんでいながら女と逢引きする暇があったのか?」
「心配してあげた私が馬鹿みたいじゃない。つーか、アホでしょアンタ」
「罵声のレベルが上がったー!!優ちゃん、恨むぞって、いねぇええーー!?」
「優さんなら美鶴さんとゆかりさんの雰囲気が変わった瞬間に駆けだしていたであります。そして、順平さんには伝言が」
「いやな予感しかしねぇ……」
アイギスは順平に向かって親指を立ててサムズアップすると
「『Goto~uheru』(地獄に堕ちろ)」
「そこはグッドラックって言ってくれよ!!」
「伊織、そこになおれ!!」
「順平!!」
「いやぁああああああ…………」
巌戸台分寮は今日も騒がしいです、まる。