ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
外見はタルタロスのような不気味な塔へと変貌を遂げた巌戸台学生分寮であったが、エントランスは普段と何ら変化がなく、日常的な雰囲気のままであった。ソファの隅には美鶴先輩の処刑によって氷の棺桶に閉じ込められた順平も解凍が済み、情報の共有を行っていた。
「へっくしょい!……俺が気を失っている間にそんなことが……ズズ……」
「…………」
鼻水をすすりつつも真剣に話を聞いている順平の隣にはストレガの一員であるチドリという紅髪の少女もいる。本来であれば出所不明の召喚器を取り上げて、リネン室にでも閉じ込めておくべきなのだろうが、巌戸台学生分寮が変貌してしまったのが、自分が人質として総司くんをペルソナに拘束させたことで起きた異常事態だということを理解していて、救助するまで力を貸すと私たちに訴えてきたのだ。
先月会ったストレガのタカヤとジンとはちょっと考え方が違うようであり、美鶴先輩たちは彼女に監視はするということだけを告げ、特別課外活動部と一緒に行動することを認めた。
「寮の1階で変貌しているのは階段だけみたいですね。タルタロスと同じように先が不明瞭になっています」
「ルキアで見てみましたが、やはり2階以上がどうなっているのかは分かりませんでした。ただ屋上にすごいエネルギーが集中しているのだけは感じとれます」
眼鏡を掛けた優ちゃんと今までルキアの張った結界の中にいた風花が状況を報告すると美鶴先輩が話し始めた。
「今夜の影時間内では幾人もの思惑が交差した結果、このような異常事態が起きる事になった。1人は間違いなく幾月理事長だ。ここに来るまでに出会った“未来の我々のシャドウ”の言うことを信じるならの話だが……」
「私は、彼らの話の信憑性は高いと思います。屋久島でのゆかりのお父さんのビデオメッセージの一件、そしてそのビデオメッセージの解析結果が未だに私たちに届いていない事実もありますし」
私がそう言うとゆかりも大きく頷いた。そもそも改修された形跡があるということで美鶴先輩のお父さんに解析をお願いしたのだ。アイギスのようなペルソナを扱えるロボを作れるような機関を持つ桐条グループが2ヶ月も解析に時間が掛るとは到底思えない。私たちに知られることなく、情報を留めておけるのは私たちの顧問となっている幾月理事長しかいない。
「1人はチドリってことだよな。けど、それは俺っちが見栄張ったからだしよ……」
「…………」
順平は帽子のつばを握って顔を伏せる。チドリはそんな順平を見ても平然としているものの、膝に置かれた彼女の手はぎゅっと握りしめられて白くなっている。その様子を見ていた荒垣先輩がガシガシと頭を掻きながら言葉を発した。
「この際、ストレガの思惑はどうでもいいだろ。問題は桐条が指摘する“幾人”の残りの1人である野郎のことだ。あいつにはペルソナを扱う資質はない。それが全員の共通の認識であったはずだ」
「ゴールデンウィーク、そして屋久島で総司が象徴化するのを俺たちは見て来た。あいつに影時間に適応する資質は無い。それが何故、今夜に限って……」
荒垣先輩の言葉に続くようにして話し始めた真田先輩は壁に凭れかかっていたが、その場でくるりと回って壁に向き合うと同時に拳を打ち付けた。『ぎりっ』と彼のやるせなさを表すような音が聞こえてくる。
「あの風花先輩を助けに行った時に、ガングロの人がタルタロスに来たじゃないですか。あれと同じ感じなんじゃないですか?」
「そっか、夏紀ちゃんも確かシャドウに呼ばれてタルタロスに来た事がありましたね」
優ちゃんの意見に風花が相槌を打った。けれど風花が今、言ったように“シャドウに呼ばれて来た”という条件が必要になるということを分かったのか優ちゃんがしょんぼりとソファに座りなおした。風花も自らの口から出た意見がそのまま、彼女の意見を潰したことに気付いたのか目を逸らしつつ座りなおした。
「……普通の人でも、ペルソナを扱える人間が強く意識すれば、影時間の中を動くことは出来る。けれど、その人間は影時間内に起きた事は全て忘れ、都合の良いように記憶が改竄される。……私たちは“そうやって”復讐代行をしてきた」
「……なるほど。復讐代行サイトに書かれ、実際に復讐された人間たちの言葉に一貫性がなかったのはそういうカラクリがあったか。となると、伊織を効果的に追い詰めるために鳴上を使ったということだな」
「そう。丁度いい具合に、屋上にいたし」
「「「…………」」」
総司くんが屋上にいた事情が頭を過ぎった数人が黙った。
彼は恐らく自分の家庭菜園で野菜か果物の収穫か、間引き。手入れをしていたんだろうと思うけれど、満月の夜くらい部屋で大人しくしていてよ、総司くん。
「ともかく、我々の目標は何者かに身体を乗っ取られた鳴上の救出である。我々のシャドウという常識では考えられないような奴らが出てくるくらいだ。学生寮の変貌以上のものが現れる可能性がある。心して掛るぞ」
エントランスに集まっていたメンバーが私を含め全員が頷く。すると風花が突然立ち上がった。何事かと彼女を見ると、表情は青褪め唇を震わせていた。
「今まで何の反応もなかったのに、上の階から強力なシャドウの反応が、……と、突然現れました!」
「おいおい、まさかこのまますんなり屋上へは行けないだろうと思っていたが、どのくらいヤバい?」
「ここに来るまでに戦ってきた皆さんのシャドウと同じくらい……いえ、ちょっと待って下さい」
風花は立ち上がり、私たちから少し離れた位置に移動すると召喚器をこめかみに宛がいルキアを召喚した。そして精神を集中させて、小さく言葉を紡ぎつつ2階の様子を探っている。次第に彼女の額には脂汗がにじみ出てきて、索敵が難しい事が窺える。
だが、誰も口を出さず、彼女の動向だけをただただ見つめる。そして、ルキアの結界が解けると同時に風花はその場に崩れ落ちた。私たちが駆け寄ると風花は肩で息をしており、見るからに疲労していた。ホンの数分という能力の行使だったのに、風花がこれだけ疲労するってことは敵にもまた索敵を妨害する奴がいるということだ。
「はっ……はっ……。敵の正体が分かりました。ムーンライトブリッジに現れた泥人形たちです。ただ、1体1体がここに来るまでに戦った皆さんのシャドウ並の力を保有しているのは間違いありません。他にもタルタロス同様に通路を徘徊するシャドウがいます」
「そうか、すまない山岸。無理をさせたな」
「いえ、そんなことはありません。……私には本当にこれしか出来ませんから」
風花はそう言って悔しそうに俯いてしまった。ゆかりや優ちゃんが彼女の手や肩に触れて慰めている。私は1人、階段のところへ移動し上の方を見上げる。先の方は真っ暗で何も見えないが、何かが蠢く音が耳につく。
「湊さん」
「どうしたの、天田くん」
不意に声を掛けられたので振り向くと天田くんとコロマルが私を見上げていた。その表情は不安そのものである。私は膝に手をついて屈むと、彼と同じ視線で話を聞く。
「すみません。変なことを聞くようですけれど、総司さんって“どんな顔をされていました”っけ?」
「え?」
「おかしいんです。夏休みの初め、年上の人ばっかりのこの寮に来た時、いちばんに優しい笑顔で迎い入れてくれたはずの総司さんの顔が思い浮かばないんです。夏休みの間も一番、一緒に遊んで、一緒に料理して、たくさん話をして、一番一緒に過ごしてきたはずなのに。もう……顔を思い出せない……んです」
いつのまにか天田くんは泣きじゃくっていた。普段から絶対に涙を見せることの無かった天田くんが泣いている。その異常性は痛いほど良く分かる。もしも私がそんな目に遭ったらと思うと心が悲鳴を上げるどころじゃすまないだろうし。私は優しく天田くんを抱きしめ背中をさする。そして、耳元で優しく囁く。
「大丈夫だよ。今はきっと、色んな事が続いて頭が混乱しているだけだから安心して。明日になれば、そんなこともあったんですよって笑い話になっているはずだからね!」
「湊さん。……そう……ですね!変な事を聞いてすみませんでした。武器や防具の点検をしてきますね」
天田くんはそう言って服の袖で涙を拭うと眼元を晴らした状態なのを見られるのを嫌ってエントランスの隅の方へ駆けて行った。私は天田くんを見送った後、イゴールから貰ったペルソナのカードの一枚を胸ポケットから取り出す。そこに描かれているのは青い惑星を下方から支える青い巨人。審判のアルカナを持つアトラスであった。
「……大丈夫。私は総司くんのことを絶対に忘れたりなんかしない。例え皆が彼の事を忘れるようなことがあっても絶対に忘れたりするもんか!だって、総司くんは私の大切な人なんだから」
私はアトラスの描かれたカードをしっかりと握りしめ、総司くんの事を思いながら誓った。
そして、再度階段の方へ向き直り、階上を睨みつける。永久の闇が広がる迷宮の先にいる囚われた状態の総司くんを必ず助け出すとしっかりと心に刻み込みながら。