Chaos;an onion HEAD   作:変わり身
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私を見るな 編

『ささぬへ。お姉ちゃんと一緒に少し出かけています、帰ってきたらまたよろしくお願いします。 アーニァ』

 

「……アイツ日本語話すのは上手いけど、書くのは苦手みたいだな……」

 

そんなこんなで学校が終わり、放課後。

何時も通りに広場の外れに赴いたものの、占い屋は休業状態。赤毛のツンツン娘の姿は影も形も無かった。

 

代わりにというべきか、ベンチの下の占い屋セットと一緒に一通の手紙――と言うよりメモだな。が置かれており、ヘッタクソな文字で上記の事が書かれていたのだ。ささぬとアーニァって誰だよ。

多分ネカネ先生と一緒にバカレンジャーの特別合宿に付き合っているんだろう。果たして連れて行く意味があるのかは疑問だが、泊まりがけなら保護者として当たり前かと考えなおす。

……そういやバカレンジャーと一緒に休んでた近衛とか綺麗な黒髪なんだが、大丈夫かな、アイツ。ネカネ先生が居る以上問題は無いだろうが、そこはかとなく不安である。

 

「……よし、帰っか」

 

アンナが居ないのならばこの場所に用は無い。私は鼻を一つ鳴らすと、手紙を鞄に放り込み歩き出した。

……しかし、何だ。最近は毎日のようにここでアンナの様子を眺めていたから、急に無くなると調子が狂うな。

私的には面倒事を回避でき、自由に使える時間が増えて嬉しい事の筈なのに。どことなく物足りなくて落ち着かない。多分多少なりとも情が移ったんだろうとは思うが、それが何となく気に入らない。

 

「ったく」私は大きく息を吐くと、ガリガリと後頭部を引っ掻きながら家路を辿る足を早めた。

 

「…………」

 

……後頭部。途中にあったバックミラーで背後を確認するが、当然誰も居ない。

だから考えすぎだって――そう笑い飛ばそうとしたが、どうしても笑顔を作れなかった。

 

 

 

 

そうして家に帰り、一心地。

何時もより相当に早く帰れたおかげか精神的な余裕があり、逆に何をすればいいのか迷う。

普段の私ならば迷いなく制服を脱ぎ捨て「ちう」モードに突入すべき所ではあるが、今は期末テストの直前だ。今朝の事もあり、流石にちょっと抵抗があった。小学生からやり直しは嫌だからなぁ。

 

「……しゃーねー。やるか、勉強」

 

二・三時間を試験勉強に当て、その後で「ちう」になろう。それならバランスが取れる筈。

 

私は鞄から教科書類を取り出し机に広げ、勉強の用意をする。気分を出すため制服のまま、科目は苦手な国語と日本史だ。

理数系に関してはクラスのトップ連中の足元くらいには及ぶのだが、文系がちょっと駄目なんだよな。特に日本史とか、数百年前の何時何時に何があったとか一々覚えてらんねーよ。

 

「現代ニュースなら詳しいんだけどなぁ……」

 

日本史と変わってそっちになんねーかな。なんねーよな、わーってるよちくしょー。

 

私は溜息を零し、用意した紅茶を飲みつつ日本史の教科書を開く。途端年号やら将軍の名前だかが目に飛び込んで来て、何かもう早くもイヤになる。

まぁやると決めた以上はそれなりに頑張るけども。ブツブツと愚痴を垂れ流しながら授業の復習を開始した。

 

「…………」

 

かち、こち。かち、こち。

 

無言の時が過ぎる中、壁かけ時計の秒針が妙に大きく部屋に響く。普段は気にもしない小さな音だが、静寂の中だと目立つものだ。

しかしそれは決して煩いものでは無く、今においてはむしろ集中を助ける種類の音だった。

単調なリズムが一種の催眠効果を促し、余分な思考が切り落とされ。徐々に、静かに。意識が直線化し、教科書の中へ引きこまれていく……。

 

「……………………」

 

かち、こち。かち、こち。

 

試験範囲のページに書かれている重要な文章にマーカーを引き、ノートに写し。口内で幾度か呟き脳みそへと定着させる。色々な場所でよく見る効率的な勉強法。で、あるらしい。

私としてはその効果を実感する機会は少ないのだが、ネットでの情報を見る限り確かな効果があるそうだ。何度もそれを繰り返し、教科書を捲る。時計の音の中に紙とシャーペンの芯が擦れる音が混じり、独特な空気が部屋の中に漂った。

 

……腹の底がどっしりと重くなり、無駄な事を考えられなくなるこの感覚。私は結構好きだったりする。

特に最近は――必要も無いのに気にしてしまうモノが多いから。尚更だ。

 

「………………………………、」

 

かち、こち。かちり。

 

時計の音は、只管に続く。一つ鳴る度、意識が沈む。二つ鳴る度、腹が据わる。音は延々と繰り返し、私を更なる深みへ誘った。

 

 

…………………………………………

 

 

「――ん、く」

 

……どれ程の時間が過ぎただろう。吸い込んだ息が無意識に漏れ、私は我を取り戻した。

疲労感に大きく伸びをすれば、丸めていた背骨がミリミリと音を発し頭蓋骨の中で反響する。

 

「……結構、やったなー」

 

気づけば試験範囲の部分は殆どノートに写されており、右手が微細に震え軽い痺れを訴えている。うーわ中指の第一関節あたりがペンの形に引っ込んでやがる。気持ちわりー。

そうして手首を振るついでに凝り固まった首を回しつつ、時計を確認してみると――「あ?」その長針の進み具合に思わず変な声が出た。

 

どうも私はかなりの時間集中して勉強していたらしい。自分でもビックリである。

 

「ここまでやれば、後は軽い見返しと再復習だけでいいだろ」

 

少なくとも、日本史に関してはそれで十分の筈だ。

所謂一夜漬けの手法ではあるが、何か基礎公式がある訳でも無し。私も日々授業だけはまじめに受けているのだし、テスト前の勉強としては概ね問題無いだろう。

 

さて、これからは自由時間だ。

私は疲れを溜息と共に吐き出し、「ちう」モードに入ろうと制服のボタンを外し纏めていた髪を解き――――

 

――――ちり。

 

「…………」

 

……ピク、と。右瞼が震えた。

 

見られている。

動悸が早まり、肺が萎縮し。髪留めを摘む指に力が入る。まただ、また、あの視線だ。陰鬱で、気持ちの悪い、あの視線……!

 

「――――ッ!!」

 

振り向く、しかし誰も居ない。視線の気配も一瞬の間に嘘のように消え失せ、後に残るのは静寂のみだ。

「~~ッ、ぁあッ! もう!」私は言い様の無い苛立ちにぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、魔除けになるというチューリップの鉢植えを引き寄せ、抱きしめる。

 

……いい加減、頭がおかしくなりそうだ。

スルーしたい。勘違いだと断じたい。でも幾ら何でも限度ってもんがある。ここまで何度も何度も感じたのなら、それはもう気のせいなんかじゃ絶対無い。

 

 

――――見られていたんだ。姿の見えない、誰かから。

 

 

「……お、おい。誰か……居んのか?」

 

恐怖と不安に取り乱しそうになる衝動を理性で押し込め、隣室の奴らに聞こえないよう声を抑えて呼びかける。

 

常識的に考えてあり得ない事は分かっている。外ならともかく、ここは家の中だ。ちゃんと戸締まりもしていたし、隠れる場所も限られている。現に姿も気配も無かったんだ。居ないんだよ、現実として。

……なのに視線を感じた事が薄気味悪くて仕方ない。奥歯を噛み締め、怖気を耐える。

 

「くそっ……何なんだよ、一体」

 

そもそも、見られているとしてその理由は?

表は地味を演じているし、言いたか無いがボッチでもある。襲うのならば幾らでも隙はあった筈なのにそうせず、ただ見ているだけというのも不可解だ。

 

そう、全てにおいて意味が全く分からない。私にも心当りなどという物は――――…………。

 

「…………!」

 

バッ、と。思わず自宅用PCの画面を見た。

 

……心当りなら、ある。あった。

思い出すのは、「ちう」に向けられた応援の言葉。私が求めて止まなかった肯定の言葉。

 

 

――何時も、見ています。頑張ってください。

 

 

「……ハ、ハ。そんな筈、無いだろ……?」

 

私の正体はバレてないんだから――――……震える声で否定するが、目線はPC画面に絡みつき離れない。

認識が裏返る。心の均衡が崩れる。私が信じ、享受していたもの。それが持っていた意味が、全く別の醜悪な何かへと変化していく。

 

「…………」

 

「普通」に考えてそんな筈は無いんだ。しかし、それを信じ切れない自分が居る。

……暗い画面に反射し、映る私の顔。そこには疑念の感情が強く混じり、酷く歪んで見えた。

 

――私を、見るな。

 

 


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