魔法科高校の加速者【凍結】   作:稀代の凡人

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第10話

「だから、無茶だと言ったでしょうに」

 

「良いんだよ、後遺症もないんだし。これは成功と言って何ら問題ないね」

 

その後、俺は桜井さんに介抱されていた。

 

俺たちは既に別荘に戻っており、俺は目を覚ましたら自室のベッドで寝かされていた。

全力の[加速(アクセラレーション)]による反動で限界が来ていたところに追い打ちをかけるように最後の[氷炎地獄(インフェルノ)]。

俺の身体も流石に堪えたみたいだ。

 

話によると、3日の間俺は死んだように眠っていたらしい。

おそらく脳に蓄積された疲労を回復していたのだろう。

 

思考を加速させる[加速(アクセラレーション)]は脳に大きな負担をかける。

使用時間にもよるが、普段は夢も見ないで一晩ぐっすり眠る程度で回復するのだが……。

 

まぁ、目が覚めた今となっては今日明日安静にしていれば平気な程度でしかない。

 

それに、これで人一人の命を救えたというのならば安い物だ。

まあ所詮は偽善に過ぎないといえばそうだし、この程度で何かが変わるかと言われればそれもない。

桜井さんが死ぬまで四葉でガーディアンとして生きていかなければならないのは変わらないのだから。

何と意味のない偽善なのだろうか。

 

心の中で自分を嘲笑っていると。

 

「……でも、ありがとうございます」

 

「ん?」

 

「和也様が私を止めてくれなかったら、恐らく私は今ここには居ないでしょう。ですから、ありがとうございます」

 

そう言って微笑む彼女を見ると、俺も少しは良いことをしたのだろうか。

そう思えた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

しばらくすると、ノックの音が飛び込んできた。

 

「和也様、達也です。入っても宜しいでしょうか?」

 

兄さんか……。

 

「構わない」

 

「失礼します」

 

許可を出すと、礼儀正しく入ってくる。

……これでは話し辛いな。

 

「桜井さん、しばらく2人にしてください。少し話したいことがあるので」

 

「分かりました。何かあったら呼んでください」

 

そういって出て行く桜井さん。

躊躇の素振りすら見せないのは、自分でも出ていこうと思っていたからなのだろうか。

 

「座って、兄さん」

 

傍に呼び寄せる。

兄さんはそれに頷き、腰を下ろす。

 

「体調はどうだ?」

 

まずは形式的な質問から始める兄さんに、俺はそれに乗ることにする。

 

「ちょっと疲れただけだよ。明日には元気になってるさ」

 

「そうか……」

 

兄さんは少し躊躇った後、俺に問いを投げかける。

 

「……あの時。どうして深雪と話さなかったんだ?」

 

まぁ、聞かれるというのは分かっていた。

姉さんにだって聞かれそうなぐらいだ、兄さんが違和感を抱かないわけが無い。

 

問題は、果たしてこれに対してどうするかである。

 

姉さんならば躊躇い無くはぐらかすのだが、兄さんとなると下手な嘘は意味が無い。

勿論それで本当の事は伝えたくない、という意思表示はできるが、それを汲み取ってこちらの意思通りに動いてくれるかはまた別の話だ。

 

そして、事は姉さん――兄さんが唯一深い親愛の情を持てる深雪のことである。

中々の高確率で、スルーしてくれないだろう。

残念ながら兄さんにとっては、姉さんと比較した場合俺もその他の有象無象に含まれてしまうのだから。

 

嘘は見破られて意味がないし、真実を話すわけにもいかない。

さて、どうしたものか……。

 

いや、本当に話せないことなのか?

俺が現在これに関して危惧していることは、原作知識のアドバンテージが失われること。

つまり、俺の知らない歴史へと進んでしまうことだ。

 

だが大して介入していない現段階で、既に重大な違いが一つ生まれている。

今回はギリギリどうにかなったが、次も対応できるとは限らない。

特に俺はこの知識に変に縛られているところがあるようで、どうしても原作ありきで物事を考えてしまうのだ。

 

ならば、敢えて話すことで協力者を作るという選択肢もありか……?

 

「……言えないことなのか」

 

俺の沈黙を、どうやらそう取ったらしい。

 

「まぁ、あまり口にしたいことではないね」

 

「俺の予想を話しても良いか?」

 

「……聞こうか」

 

ひとまず兄さんの話を聞くことにしようか。

さて、脳のスペックがおかしい兄さんの予想が一体どこまで当たるか……。

割と核心以外は当たりそうだな。

 

「お前があの時深雪の声に応えなかったのは、罪悪感からだ」

 

「ほう。それはまたどうして?」

 

「深雪が傷付くのを事前に知っていたから」

 

「そうだね、確かにその通りだ」

 

その言葉を肯定すると、次の瞬間には俺は胸倉を掴まれていた。

兄さんの手は怒りのあまり震えていて、目は激情に染まっている。

 

が、すぐに手を離して首を振る。

再びこちらを見た目には自嘲の色が映っていた。

 

「こうして、お前に強い怒りを抱くのは恐らく、俺がお前の事も愛せない(・・・・)からなんだろうな……」

 

そう。

原作と違って司波達也には弟がいる。

しかし、原作と同じように彼がこの世で想うことが出来るのはただ一人、司波深雪だけなのだ。

 

つまり、兄さんは俺に親しい友人と変わらない程度の情しか抱けないのだ。

その点においては、俺はその他の有象無象と何ら差異はない。

 

俺はこの事実を10歳の時に知り、もう既に折り合いをつけたのだが、兄さんは未だに気にしているみたいだ。

 

兄さんはそういったところで常識に拘るところがあるからな。

母さんもそのせいで自分に手を加えなければいけなくなったのだし。

 

では話題を逸らすついでにクイズでも出そうか。

 

「じゃあ、何故それを事前に言わなかったと思う?俺だって兄さんに負けないぐらいには姉さんのことは大切だよ?」

 

「それは……何故だ?死ぬことがないと分かっていた……しかし重傷を負ったのは間違いないし、俺が間に合わなければ死んでいただろう。そこまでのリスクを冒して達成したかった目的があるのか……?」

 

そこを突かれるとは思わなかったのか、瞠目した兄さんは熟考に入る。

 

「俺からは何も言う気はないよ。少なくともそこまでは兄さんの持つ情報で分かるはずだから」

 

「俺の持つ情報で……まさか、俺と深雪の関係か!?」

 

……おい、何で分かるんだよ。

 

今のヒントで分かるとか正直その思考回路が意味分からないんだけど。

 

「……どうしてそう思った?」

 

「その声が正解だと言っているようなものだが、それでは面白くないか。この事件の前後で大きく変わったもの、それもお前にとって良い方向に変わったものを考えてみたんだ。お前は昔から俺と深雪の関係に口出しすることはなかったが、良くなってほしいと思っているのは分かったからな」

 

「なるほど。しかし、それだけでその解答を引っ張り出してくるのはすごいね。流石は兄さんだ」

 

「……誤魔化すな。本題はここからだ」

 

兄さんの目がスッと細まる。

 

「お前の得た情報、その情報源は一体誰だ?」

 

ふむ、やはり一番気になっているのはそこか。

 

「誰だと思う?」

 

「大亜連合の動きを知り得るほどの情報網を持っていて、お前と繋がりのある人間など一人しかいないだろう」

 

その言葉は暗に一人の人間を指している。

 

「極東の魔王」「夜の女王」などと非常に痛々し……失礼。

えっと、まぁなんだ?

とにかく、世界最強の魔法師の一人と目されている四葉家の現当主。

そして兄さんにとって最大の敵。

――四葉真夜のことだろう。

 

まぁ違うんですけどね。

第一その考えには重大な欠陥がある。

例えフリズスキャルヴを使ったとしても知り得ない情報が。

 

「仮に俺が叔母上から情報を得たとしよう。しかしそれだと、まぁ100歩譲って外国人日本兵の裏切りと、彼らがアンティナイトを所持しているのが分かったとして。姉さんが死なない保証はどこにも無いよ?」

 

「――!!それは……」

 

兄さんらしくないミスだが、この可能性に思い当たったせいで視野狭窄に陥ってしまったのだろう。

それだけ四葉真夜の存在は大きい。

 

「それに、叔母上が四葉家当主としてあれだけの魔法力を持つ深雪を危険に晒すわけが無いでしょう?」

 

「それ、は……」

 

AがBだと仮定する。

BならばCとなるはずだが、AはCとはならない。

よってAがBだという仮定は矛盾している。

単純な数学の背理法だ。

 

「……ならば、お前は一体どこから情報を得たんだ。まさか、未来でも見たというのか……?」

 

「そうだね、それに近い」

 

「近い……?」

 

「うん。俺は限定的な範囲ではあるがこの先、高校時代までの歴史を知っている。但し俺の存在しない、ね」

 

「存在、しない……?」

 

「ああ。俺の知っている歴史では司波和也、或いは四葉和也。どんな名前であろうと、兄さんや姉さんに3人目の兄弟なんて存在しなかった」

 

「……俄かには信じ難いな」

 

「だろうね。俺も多分兄さんの立場だったら信じられないと思うよ」

 

「だが、そう考えると確かに辻褄が合うことも多い。先ほどお前が言った問題点も全て説明がつくからな……待てよ?お前が居なかった歴史、そう言ったな?」

 

「そうだけど」

 

「そしてそれは高校時代までは少なくとも続いていた。ということは俺や深雪は生き延びたということだ」

 

「そうだね」

 

一体何が疑問なんだ?

原作でだって彼らは生き延びて……!!

 

「そうか。俺が居なかったらあの時に死んでいる、そう言いたいんだね?」

 

「ああ。あの時はお前が敵艦の斉射攻撃を全て防いでくれたから俺は[質量爆散(マテリアル・バースト)]を発動できた。だがお前が居なかった場合、例え障壁魔法に長けた桜井さんだろうとあれは防ぎきれなかったはずだ」

 

「確かに。そしてそれは俺が兄さんにこんな信じられないような秘密を話した理由にも関わっている」

 

「話した理由?」

 

訝しげな顔になる兄さんに、頷く。

 

「本来、俺の知る歴史通りに事が進んだならば敵の巡洋艦は事前情報通りに2隻のはずだった。そして[質量爆散(マテリアル・バースト)]の時間を稼ぐために桜井さんは敵の艦砲攻撃を防いで、敵艦撃滅後に過負荷の反動で亡くなっている。俺の知る歴史は、絶対ではないんだよ」

 

この事実は兄さんを以ってしても衝撃的だったらしく、暫く言葉を失う。

 

「……それで、お前は前線に出てきたのか。桜井さんを助けるために」

 

「うん、2隻ならば反動ゼロで十分防げるはずだったんだ。だったんだけどねえ……」

 

お陰で命を懸ける羽目になってしまった。

戦場に出たことを後悔しているかと聞かれたら、それはNOと即答するが。

 

2隻分を余裕を持って防げるように調整して挑んだので、対応が大変になってしまっただけだ。

 

やはり妥協して準備に手を抜いてはダメだな。

そういう意味では今回の件は良い教訓になった。

結局誰も死ななかったのだし。

 

「だから、万が一歴史と違った時のために兄さんにも協力してほしいんだ。一人より二人のほうが臨機応変に動けるし、選択肢も増える」

 

「了解した。俺にはどの程度のことを教えてくれるんだ?」

 

どうしようか。

全てを教えるというのは意味が無いのでまず却下。

時を見て少しずつ、って感じがいいか。

 

「そうだね……取り敢えず、今のところ此方から何か言うことはないよ」

 

「そうか……」

 

「安心して、俺は兄さんの味方だよ。今後もしかしたら敵に回ったように見えることがあるかもしれないけど、それはメリットとデメリットを計算した結果で最終的に兄さんに得になるように動くつもりだから」

 

その言葉にふっ、と微笑む。

 

「分かってるよ。……それじゃあ和也、おとなしく寝ているんだぞ?」

 

「む、失礼な。それぐらいちゃんと分かってるよ」

 

「はいはい。じゃあな」

 

兄さんはそう言って、手を振って退室していった。




お読みいただき、ありがとうございました。

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