それから数日後。
俺は暗闇の中、とあるビルの屋上にいた。
目的は、この先に見える研究所の破壊ミッションだ。
「おい、歌唄。ここで合ってるのか?」
「ええ、もちろんっすよ。俺が場所を間違えると思います?」
俺が声を掛けたのは
格好も態度も軽薄でチャラチャラしているが、これでも叔母上の持つ独自の組織「シャムロック」の長である。
その実力は確かだ。
まあ、だからと言って信用出来るかどうかはまた別の話なのだが。
「どうだかな……合ってるのか、藍霧」
「……(コクリ)」
続いて声を掛けた男は、藍霧。
寡黙、無口、口数が少ないという三拍子揃った無言男であり、今の問い掛けにも頷くだけだ。
この男、身長は2mを越える大柄ながら隠密行動に秀でており、また古式魔法の使い手でもある。
「シャムロック」では2人いる副長の内の片方である。
「合ってますよ、若。歌唄を疑いたくなる気持ちは良く分かりますけどね」
そう言うのはもう片方の副長である宵闇だ。
ちなみに女性、しかも美人。
何というか男を騙して手玉に取るのが超上手そうな奴だ。
雰囲気は妖艶で、どんな男もすぐコロッと陥ちてしまうだろう。
ただ、時々俺にも悪戯で迫ってくるのはやめてほしい。
悪戯と分かってても反応してしまうのが男というもの。
こちらも婚約者持ちなので、万が一があっては困るのだ。
幸い最近慣れてきたが。
そんな大人のお姉さんな宵闇だが、こちらも実力は折り紙付き。
放出系統、中でも特に電気系の魔法を得意とする。
その実力は正直「雷」のエレメンツなんじゃないかと疑うレベルだ。
因みに上記の3人、どころか「シャムロック」の構成員は全員が偽名を使っている。
個人情報の詮索は禁止で、本名すら把握しているのは叔母上だけという徹底っぷりだ。
そして「シャムロック」は完全実力制、しかも評価されるのは実戦における強さ、有用性だ。
だからこそあんな軽い男がトップに収まっているのだが……。
あの男は、その性格を考慮してもなおトップに君臨するだけの圧倒的実力を持っている。
今は暗に歌唄など信用出来ないと言った宵闇とワイワイ騒いでいるが。
「しかし、『シャムロック』なんて組織は今まで聞いたことがないんだが……これは他言無用の方が良いのか?」
知らない一団が先導すると聞いて戸惑っていた兄さんだが、ようやく少しずつ慣れてきたようだ。
「うん。これは最重要機密の一つだからね。……さて、そろそろ行こうか」
「了解」
兄さんに声を掛け、突入前の最後の装備点検を行う。
「若、本当に2人だけで行くんですか?」
未だに歌唄と騒いでいる宵闇が尋ねてくるが、頷く。
「俺の場合、少人数の方が戦いやすいからね。他に誰かいたら却って打つ手が限られちゃうんだ」
「まあ、若がそう言うんだったら平気でしょ。ほら宵闇、配置に付け」
「はいはい」
宵闇が仕方ないなあ、という風に肩を竦めて消える。
仕事が出来る藍霧は既に配置についているのか、もうここにはいない。
彼らには今回、ここまでの先導と周りの見張り及び逃げ出した奴のの始末を頼んでいるのだ。
「さて、じゃあまずはあの見張りを消しますかね」
「了解」
「兄さんは右ね。スリーカウントで撃つよ」
3、2、1。
視線の先にいた2人の見張りが、音も無く消え去った。
俺が放ったのは[
敵は魔法師ではあったが、俺の基準では大したことはなかったので。
兄さんが放ったのは[トライデント]だ。
三段階に分かれた分解魔法。
第一段階で領域干渉を、第二段階で情報強化を、第三段階で対象を分解する。
「気付かれる前に行こう」
そのままビルの屋上から飛び降りる。
そして着地直前で加重系魔法を使い慣性を極小化、着地の衝撃をほぼゼロにする。
「ありがとう」
「どういたしまして」
兄さんが礼を言ったのは、兄さんの分まで加重系魔法を使ったからだ。
「まあ、適材適所だよね。というわけでお願い」
「はいはい」
兄さんがCADの銃口を向けた先には今まさに魔法を発動せんという魔法師。
ここからならば[
しかし、こちらには幻にして最強の対抗魔法[
術式は分解され、驚愕の表情を浮かべた魔法師は次の瞬間俺の魔法によって消失した。
「……ふぅ。それじゃあ少ないところから行こうか。どっち?」
「こっちだ」
◆ ◆ ◆
その後俺たちは順調に敵を潰していった。
魔法は全て兄さんに潰され、銃などの物理攻撃は全て俺により防がれる。
障壁魔法を突破するには、事象干渉力を上回る速度或いは質量の攻撃をしなければならない。
加速系統を得意とする俺の事象干渉力はそれ相応のものなので、人が屋内で放てる程度の攻撃相手ならば対物障壁魔法はほぼ鉄壁を誇る。
しかも止めているのでは無くて飛んでくる速度と逆向きに二倍の大きさのベクトルで跳ね返すので、向こうからすれば撃った弾がそのまま帰ってくる訳だ。
更に。
「おい、本部へ連絡しろ!」
「だ、駄目です!通じません!」
「なんだと!?」
藍霧に外部との連絡を断つ結界を張ってもらっているからな。
こうして敵はなす術も無く倒されていった。
「あとはあっちの部屋だけだな」
「何人残ってる?」
「……13人だ。ご丁寧に迎撃の用意をして待ち伏せしている」
「無駄なのになあ。まあ良いや。強いのいる?」
「今までのと比べたら幾らか上だが、問題はないだろう」
「了解。じゃあ行こうか」
俺はここで初めて[
[
「右側の6人、いける?」
「それぐらいなら余裕だ」
「よし、じゃあ残りは俺がやるから。スリーカウントで行くよ」
3、2、1。
0の瞬間、二つの魔法が発動。
最後の生き残りだった13人は跡形も無く消え去った。
◆ ◆ ◆
その後の破壊工作は、特筆すべきことも無く終わった。
この作業はあの三人に手伝ってもらい、見張りは兄さんに頼んだ。
[分解]は便利なのだが、それでこちらの身元が特定されてしまうことは無くとも疑いは掛けられるかもしれない。
こういうのはオーソドックスな魔法を使える方が良いのだ。
「若、そろそろ次に行きますよー」
「ああ、歌唄か。分かった、今行く」
粗方終わったところで歌唄に声を掛けられる。
それに対して返事をすると、兄さんが変な表情で固まっているのが視界に入った。
どうしたんだ一体。
「……ちょっと待て」
「ん、どうしたの?」
「次、があるのか?」
「そりゃあるさ。だって今日の予定は夜明けまでに3つだから」
「あと2つもあるのか……」
信じられない、というように呟く。
俺としては叔母上からの依頼がこんな楽な作業一回で済む方が信じられないのだが。
そうこうして、俺たちは次の目的地へと駆け出した。
◆ ◆ ◆
「以上で、本件の報告を終わります」
「ご苦労だったわ。次のことはまた追って連絡するから、それまではゆっくり休んでちょうだい」
「承知しました」
うんと夜更かしした日の翌日。
午前中にたっぷり寝た後、俺は叔母上に報告をするため四葉家本邸に足を運んでいた。
幾つか確認したいこともあったので。
叔母上もそれを悟ったらしく、可愛げに小首を傾げる。
「あら、何か聞きたいことがありそうね」
「今回の件、その目的についてお聞かせ願いたいと思いまして」
今回、俺は叔母上から事前に殆ど情報を貰わずに任務をこなした。
この件に関してだけ言えば、知っていた情報は兄さんと同じぐらいなものだ。
とはいえそれもあくまでこの件に関してだけなので、兄さんと違って色々と推測出来るところはあるが。
叔母上もそれは分かっているらしかった。
「既に、ある程度の検討はついているのでしょう?」
「ええ、まあ……」
今持っている情報を整理する。
あの研究所が行っている研究は、あまりにも非人道的すぎるものだった。
人体実験の必要な箇所とその失敗率が高い。
それは研究所のデータを少し見れば分かる。
正直、こちらが同じ成果を上げる為には一体何人を犠牲にすれば良いのか分からない。
そしてそれは、ある程度完成の目処が立ってしまっている研究だった。
おそらくあと少ししたら本部に報告、といった段階だろう。
そして、あの研究所は、俺たちや叔母上とは全く関わりが無いが
今回命じられたのは「研究所の破壊」と「研究所内の関係者の殲滅」。
更に、その中でも立場が上の者たちは俺の魔法や兄さんの[分解]で跡形も無く消すこと。
データを消す際には情報を抜き取った形跡を敢えて残すこと。
敵を倒す際には様々な種類の魔法を使うこと。
これが追加で言われていた条件だ。
更に俺たちの目的を鑑みれば、おおよその検討ぐらいはつく。
「破壊の目的自体は奴らが更なる力を手に入れるのを阻止することでしょう。そこに、我々に疑いが掛からないように小細工を講じた訳です」
叔母上は面白そうに笑っている。
「様々な種類の魔法を使わせたのは大人数での襲撃に見せかけるため。我々は奴らに悟られずに大人数を動かすことはできないし、そもそも黒羽以外に大した手札は持っていない。そう思わせていますから」
実態は「シャムロック」がいるのだが、それにしたって実力はともかく人数は大したことはない。
「立場が上の者たちを文字通り消させたのも、敢えて情報を抜き取った跡を残させたのも、裏切りの可能性を示唆して疑心暗鬼に陥らせるためでしょう。まあそこまで上手くいかなくても、外部犯をまず疑うでしょうから我々に疑いの目が向くことはまずないと言っていい」
「正解よ」
叔母上は流石ね、とでもいうように微笑む。
「今現在、彼我の戦力差は大きい。私と貴方がいるから実際に戦えば負けることはないと思うのだけれど、それでは外部に介入の隙を与えることになるし、四葉の力を大きく削がれることになる。そして握っている権力的には向こうの方が圧倒的に上である以上、私たちに今出来るのは少しずつそれを取り返していくことしかないわ。最終的に彼らを潰した後も、問題無く四葉が動けるように」
その過程で仲間割れでも起こしてくれたら、ラッキーよね。
と笑った。
現在の四葉家――ここで言う四葉家は四葉本家の事だ――は完全な状態からは程遠い。
叔母上が抱える実働部隊に「
これを再び元の完全な「四葉」に戻すことこそが、兄さんたちの為にも最優先でやらなければならないことなのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。