そして一年が経った。
この一年、俺は時折来る叔母上からの依頼をこなしながら魔法を磨いた。
それは兄さんや姉さんも同じで、特に兄さんは実戦経験を積んだりフォア・リーブス・テクノロジーで魔工技師としての腕を上げたりいつの間にか九重八雲に師事して体術の練度を上げていたり、とぐんぐん力を伸ばしている。
この一年間にあった大きな出来事と言えば……母上が亡くなったことだろうか。
◆ ◆ ◆
体調を崩して寝込みがちになっていた母上も、とうとう身体が限界を迎えたらしかった。
兄さんに対しては冷酷すぎるほど冷たいという欠点こそあったが、俺たちにとっては概ね良い母親であった。
父親があれであることもあって、唯一の親と認識していた母上のことを俺も姉さんも強く慕っていたのだ。
特に姉さんは、しばらく泣き止めなかったほどだ。
最期の言葉を交わしたのは、俺でも姉さんでも桜井さんでもない。
当然頼りにならない父親でもない。
何と、叔母上だった。
◆ ◆ ◆
ベットに横になる母上は、相変わらず美しくて普段と何も変わらないように見えた。
あえて挙げるとすると少し顔色が悪いぐらいか。
だが、本人は命の灯が今にも消えんとしているのを悟っているようだった。
「穂波、今まで長い間ありがとうね」
「そんな……奥様、勿体無いお言葉です……」
桜井さんは泣きそうなのを必死に堪えて顔を歪めている。
そして、傍らで涙を流す姉さんを宥めていた。
「深雪、そんなに泣きなさんな。私が早くに居なくなることは分かっていたでしょう?」
「で、でも……!」
姉さんは溢れる涙が堪えきれない、といった様子。
かく言う俺も中々涙腺がキツイことになってきている。
意地でどうにか堪えているが。
兄さんも顔を歪めている。
この人は多分、姉さんが悲しむのが悲しいんだろうが。
或いはこの状況で一人だけ素直に悲しむことが出来ないこと自体に、なのかもしれない。
「――失礼、姉さんは居るかしら」
その時、その場には似合わぬはっきりとした声が響いた。
全員がドアの方を振り向くと、そこには思いもよらなかった人物がいた。
「叔母……上……?」
「あら真夜。来たの?」
平然としているのは母上だけだ。
まさか叔母上がここに来るとは思いもよらなかった。
母上と叔母上の仲が冷え切っているのは四葉では公然の秘密だ。
決定的な決裂はしていないはずだからどうにかなったら良いなとは思っていたが、ここで来るとは……。
「私は姉さんと話があります。全員この部屋から出て行きなさい」
「で、でも……」
叔母上の宣言。
それに母上を心配した姉さんが反対するが。
「良いわ深雪、行きなさい」
「は、はい」
当の母上にいいと言われて出ていく。
そして俺たちは全員、外に出た。
◆ ◆ ◆
しばらくして叔母上が部屋から出て来た時には、既に母上は眠りについていた。
そしてそのまま目を覚ますことは無く、息を引き取ったのだ。
あの後、二人の間に一体どんな会話があったのか。
それを知る者は、母上亡き今叔母上ただ一人だけだ。
ただ、眠っている母上の顔は今までで一番穏やかな顔をしていた。
だからきっと、あの姉妹は最後に和解したのだろう。
母上の葬儀は一族の者だけで密かに行われた。
特に変わったことは無かったように思われる。
ただ、あの時を境に叔母上が今までよりも精力的に活動し始めたのは確かだ。
その一ヶ月後、俺は今までの家を引き払って東京近くに移り住んだ。
俺のガーディアンとして付いてきたのは、驚いたことに桜井さんだった。
最も、女性である彼女はあくまで繋ぎでしかないらしい。
整体魔法師の寿命は不安定で、短い。
長い間仕えてきた母上の死を境に、彼女も段々と衰弱し始めたらしいのだ。
ならば最期は出来るだけ彼女の望むところで過ごさせてやろう。
そうして選んだのが俺の下だったらしい。
何故そうしたのかは、いくら考えても分からなかった。
きっと、最期まで分からない気がする。
ただ、甲斐甲斐しく俺の世話を焼く桜井さんは実に楽しそうだ。
だからその選択は、本心だったのだろう。
◆ ◆ ◆
「いえ、ですからね?あまり目立つとまずいんですって。相手誰だか知ってますよね?」
「だからじゃないですか!相手はあの『妖精姫』!こちらが見劣りする訳にはいきません!」
「えー……」
俺は、現在進行形ですごく困っていた。
桜井さんが俺にやたら派手な服を着せたがるのだ。
この人の見立ては確かだし、似合わないわけではない。
寧ろよく似合っていると思う。
だが似合っているのとそれを着たいかどうかというのは別だ。
母上譲りの整った顔なので別に気合入れて着飾らなくてもそこまで見劣りするとは思えないんだが……。
俺は地味な服の方が好みだし。
「何でですか、今日は初デートなんですよ?ここで着飾らなくていつ着飾るって言うんですか!」
「別に色々あると思いますけど……」
既にお分かりの方も大勢いらっしゃるかと思うが、ここで一つ言っておこう。
現在、俺がこの世で唯一頭が上がらないのがこの桜井さんである。
赤ん坊の頃から色々と世話されたしな。
結果として、強く言えない俺はそのまま言う通りの服を着せられて満面の笑顔と共に送り出された。
◆ ◆ ◆
さて、何はともあれデートである。
前世では18年間とんと縁が無かった分野だ。
女性とかどう扱って良いのかさっぱり分からん。
さて、どうしたものかなあ……ん。
「――お待たせ」
待ち合わせ場所近くのベンチで目を閉じて座っていたところを、声を掛けられる。
待ち人来たり、かな?
「いえ、今来たところですよ……!」
……桜井さんに感謝しよう。
確かにこれじゃ見劣りするかもしれん。
突然固まった俺に首を傾げる真由美さんの格好はそれは良く似合っていた。
俺のファッションセンスはお粗末なものなので言葉で表せと言われても無理なのだが、取り敢えず月並みながら非常に可愛いとだけ言わせてもらおう。
「……どうしたの?」
「いえ……その服、お似合いですよ」
まさか貴女に見惚れていました、などと言えるわけもなく、曖昧に濁す。
「……そう?ありがとう」
はにかみながら微笑む真由美さん。
何というか、初々しいカップルみたいだな。
いや、正にその通りの間柄なんだが。
「それにしても、随分と久しぶりですね」
「そうね、確かに……1年ぶりかしら。全然そんな気はしないけれど」
「何度も話してはいましたからね」
見合いのとき以降、真由美さんとは一度も会っていなかった。
兄さんや姉さんのことは隠したい以上、次に会うのは俺が引っ越してからということにしていたからだ。
だが、四葉と七草で厳重なセキュリティロックを掛けた回線で何度も会話はしていたのだ。
その為、会うのは2度目なのにそれなりに親密という不思議な関係だ。
出会い系サイトを利用するとこんな感じなのだろうか。
前世から通して一度もお世話になったことがないので全く知らないが。
「じゃあ、行きましょう?」
「はい、分かりました」
彼女の呼び掛けに応えて立ち上がる。
立ち上がると、彼女の目線は俺の肩ぐらいだ。
俺の身長が165cmくらいだから、真由美さんは155cmくらいかな?
「む、思ったより高いわね……。わたしの方が二つ上なのに……」
同じようなことを考えていたのか、落ち込む真由美さん。
身長が低いことがコンプレックスなのは知っていたが、どうしてそんなに気にするのだろうか。
そういうのは当人の問題だから何とも言えないが、俺は正直気にすることはないと思う。
最初から落ち込んでいるのもちょっとあれなので、フォローしときますかね。
「気にしすぎですよ。大事なのはスタイルですから。その点、真由美さんは完璧ですね」
「そ、そう……?そう言ってくれると嬉しいけど……」
「本心ですよ。……さて、どこへ行くんです?正直この辺はよく知らないんですけど」
今住んでいる家こそここから電車で30分と掛からないが、引っ越したばかりなのでほとんど何も知らない。
ついでにデートって何をするものなのかも知らない。
だからそう尋ねると、真由美さんは考え込む。
「そうね……まずはこっちかな。ほら、行きましょ」
「了解です」
先に歩き出す真由美さんを追い掛け、俺も足を踏み出した。
お読みいただき、ありがとうございました。